悪役令嬢は推しを愛でるのに忙しいので婚約破棄して構いません!~『推し活工房』を作って聖遺物を販売中!

りわ あすか

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第一部:

7 悪役令嬢、徹夜明けで監督に提出する

 執務室の重厚な扉が閉まった瞬間、私はその場で力が抜け、思わず壁に背を預けた。
 肺に溜め込んでいた息を、捕らわれの鳥を放つように吐き出す。

「……やったわ。第一関門、突破」

 頭の中でだけ、控えめなファンファーレが鳴った。

 レイナルド・シュタイナー。
 あの氷点下の視線に宿っていたのは、相変わらずの不信と警戒。
 それでも彼は頷いた。

 監督役という名の鎖で、私とこの事業に関わることを受け入れたのだ。

 ほぼ毎日。
 逃げ場なし。
 ……公式から推しを常時観測できる権利、獲得。

 胸の奥で歓喜と戦慄が同時に踊る。
 画面越しにしか触れられなかった最推しと、同じ空間で、同じ時間を刻む未来。

 これは救済か、それとも破滅への近道か。

 私は胸元に忍ばせた小さな肖像画を、指先でそっと確かめた。
 微かな魔法の熱が、確かにそこにある。

 信じてもらえなくて構わない。
 私は、推しの人生を邪魔せず、全力で世界を変えるだけ)

 そう心に誓い、私は王太子の私室を後にした。



 その夜。
 新学期を前にした学院寮の自室は、完全に修羅場と化していた。

 机の上には羊皮紙の山。
 計算式、図面、事業構想。
 紅茶は三杯目で味を失い、蝋燭は心なしか私を睨んでいる。

「……露店じゃ足りない。固定店舗、必要。立地、動線、資金……」

 ぶつぶつと呟きながら、羽ペンを走らせる。
 そこへ、控えめなノックが響く。

「お嬢様……夜分に失礼いたします」

 エイミが差し出した銀盆の上には、一通の書簡。
 青い封蝋を見た瞬間、嫌な予感しかしなかった。

 差出人はレイナルド・シュタイナー

 推しからの初レター。
 恋文ではない。絶対に。

 封を切った瞬間に溢れ出したのは、書いた者の性格をそのまま写し取ったかのような、峻厳なまでの冷気だった。

 明日より、貴殿の事業を監督する。
 ついては、実現可能な事業計画書を提出されたし。
 店舗選定、資金繰り、協力者、品質保証。
 日没までに。
 不十分と判断した場合、殿下へ即時報告する。

 ほぼ箇条書きというか殴り書き。
 私の推しは、ひたすら容赦がない。

「……ふふ」

 思わず、笑ってしまった。

「最高じゃない」

 理念だけの夢想家だと思われたまま終わる気はない。
 ここで折れたら、推しを推す資格すらない。

「エイミ、今夜は下がって。私は――朝までやるわ」

「お嬢様……本当に、お体だけは」

 夜の帳が深まるにつれ、世界は死んだように静まり返る。
 揺れる蝋燭の炎が、壁に映る私の影を、まるで巨大な魔女のように揺らめかせていた。
 私は、前世で培ったオタクとしての執念と、現世の公爵令嬢としての教養を、一つの坩堝に放り込んだ。

 店舗は、ただの店であってはならない。
 そこは、人々が日常を忘れ、憧れの存在と魂で繋がるための神殿でなければ。

 資金計画を計算する指先が、過労で痺れ始める。
 けれど、その痛みさえもが、レイナルドという名の劇薬によって、甘美な痺れへと変わっていく。
 リオンに依頼する魔法加工のコスト、ユーフィが描く肖像の独占契約料、そして――将来的に王家へ納めるべき献上金の比率。

 一文字綴るごとに、私の運命が、断罪の未来から遠ざかり、未知なる明日へと書き換えられていくのを感じる。

「……見ていなさい、レイナルド。貴方が守ろうとしている世界に、私は新しい愛の定義イデアを刻んでみせるから」

 窓の外、紺青の空が、わずかに白み始めていた。



 女子寮の前庭を、夜露を含んだ風が吹き抜ける。

 一睡もしていない私は、分厚い書類の束を胸に抱えて立っていた。
 頭はぼんやりしているのに、目だけが異様に冴えている。

 ……徹夜テンションって怖い。

 遠く、男子寮の方から規則正しい足音。
 振り向けば、そこにいた。

 整った制服。無駄のない姿勢。
 安定の不機嫌フェイス。

 レイナルド・シュタイナー。

「……その顔色で、提出に来たというのか」

「おはようございます、私の守護神」

 私は笑って、書類を差し出した。

「全力で書きましたわ。愛と計算の結晶です」

「守……相変わらず、貴殿の言葉は意味不明だ」

 彼は無言で受け取り、ぱらりと最初の頁をめくる。
「……ほう」

 彼の指が、ある一行で止まった。 

「騎士の肖像権に関するロイヤリティ売上の三割……? 王家の規定よりも高いぞ。正気か?」

「ええ。尊い被写体には、相応の対価が支払われるべき。それが推し活の正義ですから」

「……(こいつ、金儲けだけが目的じゃないのか?)」

 私は、勝った気がした。
 今日から始まるのは、学院生活と、監督付き推し活事業。
 平穏とは無縁だろう。

 でも――推しの制服姿こんな特等席で見られるのは最高じゃない!
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