14 / 19
14 悪役令嬢、愛の論理で勝利を掴む
しおりを挟む
協議会までの残り三時間。
工房の事務室は、さながら戦時下の司令部と化した。
「売上数はこちらに! 顧客の年齢層別満足度表も作ります!」
私が猛烈な勢いでペンを走らせる中、心強い助っ人たちが次々と現れた。
「アルマデリア様、お手伝いします!」
エリーゼが、過去の文化事業の成功例を抱えて飛び込んできた。
「私も、この工房に魂を救われた一人です。ハイネ様との絆を守るためなら、哲学の粋を集めて反論書を書きますわ!」
「私もよ! 社交界の全人脈を駆使して、侯爵の不祥事……じゃなくて、工房への支持表明を集めてきたわ!」
ソフィアも、扇を剣のように構えて参戦する。
ユーフィとリオンは、顧客から届いた山のような感謝の手紙を、読みやすく纏めていった。
「見てください、この――騎士様に守られている気がして、夜も眠れるようになりました! という切実な声を!」
「……それはちょっと重い気がするけど、いいわ、採用!」
★
貴族協議会の開かれる王宮の広間。
居並ぶ老人たちの厳しい視線の中、私は壇上に立った。
モンフォール侯爵が、毒を含んだ声で吠えはじめる。
「アルマデリア嬢…… 貴公の行為は貴族の誇りを金で売る卑しき所業。王家の威厳を、ただの紙切れに封じ込めるとは何事でしょうか」
私は、震える膝を優雅なドレスの裾で隠し、凛と前を見据えた。
「侯爵、貴方は、愛による経済効果をご存じないのですか?」
「な……経済……愛だと!?」
私は、リオンに魔法で投影させた巨大な図を示した。
「これは、単なる肖像画の売買ではありません。人々が、誰かを応援したい。という純粋な感情を、市場へと還元する、言わば……感情経済の夜明けなのです! 今までより多く画家の雇用を生み、魔術師の技術を向上させ、さらには民の幸福度を上げ、結果として王室への忠誠心を高める……。これのどこが不敬でしょうか!」
顧客からの手紙を掲げる。
「この肖像画があるから、明日も納税のために働けます……この民草の声が、不敬だと仰るのですか!」
納税を理由にするのはちょっとセコいかもしれない。
でもおじさんたちには効いてる。
「だが、伝統が!」
「伝統とは、かつて誰かが始めた『革新』の積み重ねですわ。百年後、この『推し活』もまた、王国の伝統と呼ばれるでしょう」
広間がざわめく中、レイナルドが静かに歩み出た。
「陛下。こちらは殿下の共同事業です。そしてその監督役を仰せつかっている個人として、一言申し上げます。この事業は、民と王家の心の距離を縮める、至高の外交政策となり得る可能性を秘めているかと。つきまして、私は、この事業の継続を、騎士の誇りにかけて推奨いたします」
レイナルドは、冷徹な瞳で侯爵を見下ろした
「私は、自分の肖像が民の手に渡ることを、恥だとは感じておりません。むしろ、戦場に赴く際、これほど心強い背中の守護はないと……そう実感しております」
ちょっとまったー!
今のセリフ、録音したかったーー!!
静まり返る広間の上座に座る王が、低く笑い声を上げた。
「面白い。納税のために働ける、か。民が何かに夢中になり、勝手に働き、勝手に忠誠を誓うというのか。これほど効率的な統治はあるまい……よかろう。この文化がどこまで王国を輝かせるか、見届けてやろうではないか。エドゥインの手腕、その婚約者の手腕に期待している」
「勝った……!」
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを、ソフィアとエリーゼに支えられた。
★
その夜、工房には歓喜の声が響き渡った。
「お疲れ様、アルマデリア様!」
ソフィアが、王都で流行っている高級な果実水を開け、エリーゼが幸せそうにパイを頬張る。
私は一人、月明かりの差し込む事務室で、報告に来たレイナルドと対峙していた。
「……本当に、ありがとうございました、レイナルド卿」
私が深く頭を下げると、彼はふいにと視線を逸らした。
その耳の端が、微かに赤い。
「……貴女の、あの狂気じみた情熱が、王を動かしただけです。これからも、厳しく監視させていただきますよ」
そう言って背を向けた彼の口元が、ほんの数ミリ、優しく弧を描いたのを私は見逃さなかった。
ちょ……待って、今の笑顔!?
今の笑顔、限定1枚のレアショットすぎる!
ゆゆゆゆゆ、ユーフィ、今すぐキャンバスを!
私の心の中のオタクが、勝利の雄叫びを上げる。
「今の角度! 斜め後ろからの、わずかな口角の挙動! 書類を持つ指先の微かな震え! ユーフィ、全力を出しなさい、これは国宝よ!」
破滅の足音は遠ざかり、代わりに推しの笑顔による洗礼という名の新たなミッションが、私の未来を明るく照らし始めていた。
工房の事務室は、さながら戦時下の司令部と化した。
「売上数はこちらに! 顧客の年齢層別満足度表も作ります!」
私が猛烈な勢いでペンを走らせる中、心強い助っ人たちが次々と現れた。
「アルマデリア様、お手伝いします!」
エリーゼが、過去の文化事業の成功例を抱えて飛び込んできた。
「私も、この工房に魂を救われた一人です。ハイネ様との絆を守るためなら、哲学の粋を集めて反論書を書きますわ!」
「私もよ! 社交界の全人脈を駆使して、侯爵の不祥事……じゃなくて、工房への支持表明を集めてきたわ!」
ソフィアも、扇を剣のように構えて参戦する。
ユーフィとリオンは、顧客から届いた山のような感謝の手紙を、読みやすく纏めていった。
「見てください、この――騎士様に守られている気がして、夜も眠れるようになりました! という切実な声を!」
「……それはちょっと重い気がするけど、いいわ、採用!」
★
貴族協議会の開かれる王宮の広間。
居並ぶ老人たちの厳しい視線の中、私は壇上に立った。
モンフォール侯爵が、毒を含んだ声で吠えはじめる。
「アルマデリア嬢…… 貴公の行為は貴族の誇りを金で売る卑しき所業。王家の威厳を、ただの紙切れに封じ込めるとは何事でしょうか」
私は、震える膝を優雅なドレスの裾で隠し、凛と前を見据えた。
「侯爵、貴方は、愛による経済効果をご存じないのですか?」
「な……経済……愛だと!?」
私は、リオンに魔法で投影させた巨大な図を示した。
「これは、単なる肖像画の売買ではありません。人々が、誰かを応援したい。という純粋な感情を、市場へと還元する、言わば……感情経済の夜明けなのです! 今までより多く画家の雇用を生み、魔術師の技術を向上させ、さらには民の幸福度を上げ、結果として王室への忠誠心を高める……。これのどこが不敬でしょうか!」
顧客からの手紙を掲げる。
「この肖像画があるから、明日も納税のために働けます……この民草の声が、不敬だと仰るのですか!」
納税を理由にするのはちょっとセコいかもしれない。
でもおじさんたちには効いてる。
「だが、伝統が!」
「伝統とは、かつて誰かが始めた『革新』の積み重ねですわ。百年後、この『推し活』もまた、王国の伝統と呼ばれるでしょう」
広間がざわめく中、レイナルドが静かに歩み出た。
「陛下。こちらは殿下の共同事業です。そしてその監督役を仰せつかっている個人として、一言申し上げます。この事業は、民と王家の心の距離を縮める、至高の外交政策となり得る可能性を秘めているかと。つきまして、私は、この事業の継続を、騎士の誇りにかけて推奨いたします」
レイナルドは、冷徹な瞳で侯爵を見下ろした
「私は、自分の肖像が民の手に渡ることを、恥だとは感じておりません。むしろ、戦場に赴く際、これほど心強い背中の守護はないと……そう実感しております」
ちょっとまったー!
今のセリフ、録音したかったーー!!
静まり返る広間の上座に座る王が、低く笑い声を上げた。
「面白い。納税のために働ける、か。民が何かに夢中になり、勝手に働き、勝手に忠誠を誓うというのか。これほど効率的な統治はあるまい……よかろう。この文化がどこまで王国を輝かせるか、見届けてやろうではないか。エドゥインの手腕、その婚約者の手腕に期待している」
「勝った……!」
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを、ソフィアとエリーゼに支えられた。
★
その夜、工房には歓喜の声が響き渡った。
「お疲れ様、アルマデリア様!」
ソフィアが、王都で流行っている高級な果実水を開け、エリーゼが幸せそうにパイを頬張る。
私は一人、月明かりの差し込む事務室で、報告に来たレイナルドと対峙していた。
「……本当に、ありがとうございました、レイナルド卿」
私が深く頭を下げると、彼はふいにと視線を逸らした。
その耳の端が、微かに赤い。
「……貴女の、あの狂気じみた情熱が、王を動かしただけです。これからも、厳しく監視させていただきますよ」
そう言って背を向けた彼の口元が、ほんの数ミリ、優しく弧を描いたのを私は見逃さなかった。
ちょ……待って、今の笑顔!?
今の笑顔、限定1枚のレアショットすぎる!
ゆゆゆゆゆ、ユーフィ、今すぐキャンバスを!
私の心の中のオタクが、勝利の雄叫びを上げる。
「今の角度! 斜め後ろからの、わずかな口角の挙動! 書類を持つ指先の微かな震え! ユーフィ、全力を出しなさい、これは国宝よ!」
破滅の足音は遠ざかり、代わりに推しの笑顔による洗礼という名の新たなミッションが、私の未来を明るく照らし始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
「そうだ、結婚しよう!」悪役令嬢は断罪を回避した。
ミズメ
恋愛
ブラック企業で過労死(?)して目覚めると、そこはかつて熱中した乙女ゲームの世界だった。
しかも、自分は断罪エンドまっしぐらの悪役令嬢ロズニーヌ。そしてゲームもややこしい。
こんな謎運命、回避するしかない!
「そうだ、結婚しよう」
断罪回避のために動き出す悪役令嬢ロズニーヌと兄の友人である幼なじみの筋肉騎士のあれやこれや
わがままな婚約者はお嫌いらしいので婚約解消を提案してあげたのに、反応が思っていたのと違うんですが
水谷繭
恋愛
公爵令嬢のリリアーヌは、婚約者のジェラール王子を追いかけてはいつも冷たくあしらわれていた。
王子の態度に落ち込んだリリアーヌが公園を散策していると、転んで頭を打ってしまう。
数日間寝込むはめになったリリアーヌ。眠っている間に前世の記憶が流れ込み、リリアーヌは今自分がいるのは前世で読んでいたWeb漫画の世界だったことに気づく。
記憶を思い出してみると冷静になり、あれだけ執着していた王子をどうしてそこまで好きだったのかわからなくなる。
リリアーヌは王子と婚約解消して、新しい人生を歩むことを決意するが……
◆表紙はGirly Drop様からお借りしました
◇小説家になろうにも掲載しています
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?
なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。
干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。
舞踏会の夜。
聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。
反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。
落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。
水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。
レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。
やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。
支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。
呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。
――公開監査。
記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。
この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。
これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる