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第一部:
14 悪役令嬢、愛の論理で勝利を掴む
協議会までの残り三時間。
工房の事務室は、さながら戦時下の司令部と化した。
「売上数はこちらに! 顧客の年齢層別満足度表も作ります!」
私が猛烈な勢いでペンを走らせる中、心強い助っ人たちが次々と現れた。
「アルマデリア様、お手伝いします!」
エリーゼが、過去の文化事業の成功例を抱えて飛び込んできた。
「私も、この工房に魂を救われた一人です。ハイネ様との絆を守るためなら、哲学の粋を集めて反論書を書きますわ!」
「私もよ! 社交界の全人脈を駆使して、侯爵の不祥事……じゃなくて、工房への支持表明を集めてきたわ!」
ソフィアも、扇を剣のように構えて参戦する。
ユーフィとリオンは、顧客から届いた山のような感謝の手紙を、読みやすく纏めていった。
「見てください、この――騎士様に守られている気がして、夜も眠れるようになりました! という切実な声を!」
「……それはちょっと重い気がするけど、いいわ、採用!」
★
貴族協議会の開かれる王宮の広間。
居並ぶ老人たちの厳しい視線の中、私は壇上に立った。
モンフォール侯爵が、毒を含んだ声で吠えはじめる。
「アルマデリア嬢…… 貴公の行為は貴族の誇りを金で売る卑しき所業。王家の威厳を、ただの紙切れに封じ込めるとは何事でしょうか」
私は、震える膝を優雅なドレスの裾で隠し、凛と前を見据えた。
「侯爵、貴方は、愛による経済効果をご存じないのですか?」
「な……経済……愛だと!?」
私は、リオンに魔法で投影させた巨大な図を示した。
「これは、単なる肖像画の売買ではありません。人々が、誰かを応援したい。という純粋な感情を、市場へと還元する、言わば……感情経済の夜明けなのです! 今までより多く画家の雇用を生み、魔術師の技術を向上させ、さらには民の幸福度を上げ、結果として王室への忠誠心を高める……。これのどこが不敬でしょうか!」
顧客からの手紙を掲げる。
「この肖像画があるから、明日も納税のために働けます……この民草の声が、不敬だと仰るのですか!」
納税を理由にするのはちょっとセコいかもしれない。
でもおじさんたちには効いてる。
「だが、伝統が!」
「伝統とは、かつて誰かが始めた『革新』の積み重ねですわ。百年後、この『推し活』もまた、王国の伝統と呼ばれるでしょう」
広間がざわめく中、レイナルドが静かに歩み出た。
「陛下。こちらは殿下の共同事業です。そしてその監督役を仰せつかっている個人として、一言申し上げます。この事業は、民と王家の心の距離を縮める、至高の外交政策となり得る可能性を秘めているかと。つきまして、私は、この事業の継続を、騎士の誇りにかけて推奨いたします」
レイナルドは、冷徹な瞳で侯爵を見下ろした
「私は、自分の肖像が民の手に渡ることを、恥だとは感じておりません。むしろ、戦場に赴く際、これほど心強い背中の守護はないと……そう実感しております」
ちょっとまったー!
今のセリフ、録音したかったーー!!
静まり返る広間の上座に座る王が、低く笑い声を上げた。
「面白い。納税のために働ける、か。民が何かに夢中になり、勝手に働き、勝手に忠誠を誓うというのか。これほど効率的な統治はあるまい……よかろう。この文化がどこまで王国を輝かせるか、見届けてやろうではないか。エドゥインの手腕、その婚約者の手腕に期待している」
「勝った……!」
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを、ソフィアとエリーゼに支えられた。
★
その夜、工房には歓喜の声が響き渡った。
「お疲れ様、アルマデリア様!」
ソフィアが、王都で流行っている高級な果実水を開け、エリーゼが幸せそうにパイを頬張る。
私は一人、月明かりの差し込む事務室で、報告に来たレイナルドと対峙していた。
「……本当に、ありがとうございました、レイナルド卿」
私が深く頭を下げると、彼はふいにと視線を逸らした。
その耳の端が、微かに赤い。
「……貴女の、あの狂気じみた情熱が、王を動かしただけです。これからも、厳しく監視させていただきますよ」
そう言って背を向けた彼の口元が、ほんの数ミリ、優しく弧を描いたのを私は見逃さなかった。
ちょ……待って、今の笑顔!?
今の笑顔、限定1枚のレアショットすぎる!
ゆゆゆゆゆ、ユーフィ、今すぐキャンバスを!
私の心の中のオタクが、勝利の雄叫びを上げる。
「今の角度! 斜め後ろからの、わずかな口角の挙動! 書類を持つ指先の微かな震え! ユーフィ、全力を出しなさい、これは国宝よ!」
破滅の足音は遠ざかり、代わりに推しの笑顔による洗礼という名の新たなミッションが、私の未来を明るく照らし始めていた。
工房の事務室は、さながら戦時下の司令部と化した。
「売上数はこちらに! 顧客の年齢層別満足度表も作ります!」
私が猛烈な勢いでペンを走らせる中、心強い助っ人たちが次々と現れた。
「アルマデリア様、お手伝いします!」
エリーゼが、過去の文化事業の成功例を抱えて飛び込んできた。
「私も、この工房に魂を救われた一人です。ハイネ様との絆を守るためなら、哲学の粋を集めて反論書を書きますわ!」
「私もよ! 社交界の全人脈を駆使して、侯爵の不祥事……じゃなくて、工房への支持表明を集めてきたわ!」
ソフィアも、扇を剣のように構えて参戦する。
ユーフィとリオンは、顧客から届いた山のような感謝の手紙を、読みやすく纏めていった。
「見てください、この――騎士様に守られている気がして、夜も眠れるようになりました! という切実な声を!」
「……それはちょっと重い気がするけど、いいわ、採用!」
★
貴族協議会の開かれる王宮の広間。
居並ぶ老人たちの厳しい視線の中、私は壇上に立った。
モンフォール侯爵が、毒を含んだ声で吠えはじめる。
「アルマデリア嬢…… 貴公の行為は貴族の誇りを金で売る卑しき所業。王家の威厳を、ただの紙切れに封じ込めるとは何事でしょうか」
私は、震える膝を優雅なドレスの裾で隠し、凛と前を見据えた。
「侯爵、貴方は、愛による経済効果をご存じないのですか?」
「な……経済……愛だと!?」
私は、リオンに魔法で投影させた巨大な図を示した。
「これは、単なる肖像画の売買ではありません。人々が、誰かを応援したい。という純粋な感情を、市場へと還元する、言わば……感情経済の夜明けなのです! 今までより多く画家の雇用を生み、魔術師の技術を向上させ、さらには民の幸福度を上げ、結果として王室への忠誠心を高める……。これのどこが不敬でしょうか!」
顧客からの手紙を掲げる。
「この肖像画があるから、明日も納税のために働けます……この民草の声が、不敬だと仰るのですか!」
納税を理由にするのはちょっとセコいかもしれない。
でもおじさんたちには効いてる。
「だが、伝統が!」
「伝統とは、かつて誰かが始めた『革新』の積み重ねですわ。百年後、この『推し活』もまた、王国の伝統と呼ばれるでしょう」
広間がざわめく中、レイナルドが静かに歩み出た。
「陛下。こちらは殿下の共同事業です。そしてその監督役を仰せつかっている個人として、一言申し上げます。この事業は、民と王家の心の距離を縮める、至高の外交政策となり得る可能性を秘めているかと。つきまして、私は、この事業の継続を、騎士の誇りにかけて推奨いたします」
レイナルドは、冷徹な瞳で侯爵を見下ろした
「私は、自分の肖像が民の手に渡ることを、恥だとは感じておりません。むしろ、戦場に赴く際、これほど心強い背中の守護はないと……そう実感しております」
ちょっとまったー!
今のセリフ、録音したかったーー!!
静まり返る広間の上座に座る王が、低く笑い声を上げた。
「面白い。納税のために働ける、か。民が何かに夢中になり、勝手に働き、勝手に忠誠を誓うというのか。これほど効率的な統治はあるまい……よかろう。この文化がどこまで王国を輝かせるか、見届けてやろうではないか。エドゥインの手腕、その婚約者の手腕に期待している」
「勝った……!」
私は、その場に崩れ落ちそうになるのを、ソフィアとエリーゼに支えられた。
★
その夜、工房には歓喜の声が響き渡った。
「お疲れ様、アルマデリア様!」
ソフィアが、王都で流行っている高級な果実水を開け、エリーゼが幸せそうにパイを頬張る。
私は一人、月明かりの差し込む事務室で、報告に来たレイナルドと対峙していた。
「……本当に、ありがとうございました、レイナルド卿」
私が深く頭を下げると、彼はふいにと視線を逸らした。
その耳の端が、微かに赤い。
「……貴女の、あの狂気じみた情熱が、王を動かしただけです。これからも、厳しく監視させていただきますよ」
そう言って背を向けた彼の口元が、ほんの数ミリ、優しく弧を描いたのを私は見逃さなかった。
ちょ……待って、今の笑顔!?
今の笑顔、限定1枚のレアショットすぎる!
ゆゆゆゆゆ、ユーフィ、今すぐキャンバスを!
私の心の中のオタクが、勝利の雄叫びを上げる。
「今の角度! 斜め後ろからの、わずかな口角の挙動! 書類を持つ指先の微かな震え! ユーフィ、全力を出しなさい、これは国宝よ!」
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