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第一部:
15 悪役令嬢、推しと恋の境界線で迷子になる
貴族協議会という名の関門を乗り越えてから、推し活工房はもはや一つの宗教と化していた。
王国公認という黄金の盾を得たことで、昨日まで眉をひそめていた高位貴族たちが、今や目の色を変えて肖像画を奪い合っている。
「アルマデリア様、本日も予約リストが経典の如き厚さになっておりますわ!」
ソフィアが薔薇色の頬を上気させて報告する。
「ありがとう、ソフィア。でも無理は禁物よ。私たちの使命は推しの魅力を広めることであって、自分たちが倒れることではないのだから」
そう。事業は絶好調。
けれど、私に、どんな魔術でも解けない難題が、降りかかろうとしていた。
――原因は、あの銀髪の騎士、レイナルド・シュタイナー。
定例会議の日。事務室の扉が開くと同時に、私の心臓は狂おしいドラムを打ち鳴らした。
「アルマデリア様、失礼します」
現れた彼は、月の雫を溶かしたような銀髪をなびかせ、氷の静謐を纏っていた。
今日のレイナルド卿、透明感が五割増し。
存在がもはや国宝、あるいは神話の一ページ……!
私は必死で呼吸を整え、震える手で売上報告書を差し出した。
「今週の、報告……ですわ」
レイナルドが書類を読みふける。
その長い睫毛が落とす影、わずかに動く喉仏。
腕から手にかけて浮かぶ血管。
「……アルマデリア様? 顔が真っ赤ですが、魔力酔いでも?」
「な、何でもありませんわ! 部屋の温度が少々、私の情熱に対して低すぎるだけですの」
扇子を高速で動かしながら、私は己の失態に悶絶した。
まずいわ。これじゃ、ただの不審者令嬢だ。
そんな私をよそに、レイナルドは新商品の企画書――推しへの魂の手紙帳――を手に取った。
「魔力による保存封筒か。劣化させずに永久保存できるとは、興味深い」
そう言って、彼は私に向かって――春の雪解けのような微笑みを浮かべた。
や、やめて。笑わないで。笑顔の安売り良くない!
尊すぎて視界が……!
その瞬間、私は悟った。
これは、推しへの敬愛という名の安全地帯を通り越し、もはや恋という名の奈落へ片足を踏み込んでいることに。
★
その夜、私はエリーゼを自室に招き、人生最大の哲学的な問いをぶつけていた。
「エリーゼ……教えて。推しの笑顔が見たくて、その一瞥に一喜一憂し、心臓が爆発しそうなのは……推し活の範囲内なの?」
エリーゼは、縋るような私を見て、まるで賢者のような慈悲深い笑みを浮かべた。
「アルマデリア様。哲学的に言えば、それは……アガペーがエロスへと昇華した瞬間です。つまり……恋ですね」
「こ、恋……」
私はその場に崩れ落ちた。
「でも、待って、この想いは、禁忌の扉なのよ」
なんてこと。私が求めているのは、彼が騎士として輝く概念であって、彼そのものとのアレコレではなかったはずなのに。
「ダメよ、エリーゼ。推しとの恋は、全知全能の神に対して――お付き合いしてください! と告解するようなものだわ。それはもはや信仰の崩壊、オタクとしての死よ!」
「でもアルマデリア様、貴女の心臓は、そんな理屈など無視して、彼の一挙手一投足に律動を奏でているではありませんか」
エリーゼの言葉は、どんな断罪の言葉よりも鋭く私の胸に刺さった。
私は窓の外、月明かりに照らされた男子寮の最上階を見つめた。
観測者でいられなくなる。
被写体である彼に、私の熱い視線の中にある欲望を気づかれてしまったら――。
今、私は、自らの心という名の、最も熾烈な戦場へ足を踏み入れようとしていた。
王国公認という黄金の盾を得たことで、昨日まで眉をひそめていた高位貴族たちが、今や目の色を変えて肖像画を奪い合っている。
「アルマデリア様、本日も予約リストが経典の如き厚さになっておりますわ!」
ソフィアが薔薇色の頬を上気させて報告する。
「ありがとう、ソフィア。でも無理は禁物よ。私たちの使命は推しの魅力を広めることであって、自分たちが倒れることではないのだから」
そう。事業は絶好調。
けれど、私に、どんな魔術でも解けない難題が、降りかかろうとしていた。
――原因は、あの銀髪の騎士、レイナルド・シュタイナー。
定例会議の日。事務室の扉が開くと同時に、私の心臓は狂おしいドラムを打ち鳴らした。
「アルマデリア様、失礼します」
現れた彼は、月の雫を溶かしたような銀髪をなびかせ、氷の静謐を纏っていた。
今日のレイナルド卿、透明感が五割増し。
存在がもはや国宝、あるいは神話の一ページ……!
私は必死で呼吸を整え、震える手で売上報告書を差し出した。
「今週の、報告……ですわ」
レイナルドが書類を読みふける。
その長い睫毛が落とす影、わずかに動く喉仏。
腕から手にかけて浮かぶ血管。
「……アルマデリア様? 顔が真っ赤ですが、魔力酔いでも?」
「な、何でもありませんわ! 部屋の温度が少々、私の情熱に対して低すぎるだけですの」
扇子を高速で動かしながら、私は己の失態に悶絶した。
まずいわ。これじゃ、ただの不審者令嬢だ。
そんな私をよそに、レイナルドは新商品の企画書――推しへの魂の手紙帳――を手に取った。
「魔力による保存封筒か。劣化させずに永久保存できるとは、興味深い」
そう言って、彼は私に向かって――春の雪解けのような微笑みを浮かべた。
や、やめて。笑わないで。笑顔の安売り良くない!
尊すぎて視界が……!
その瞬間、私は悟った。
これは、推しへの敬愛という名の安全地帯を通り越し、もはや恋という名の奈落へ片足を踏み込んでいることに。
★
その夜、私はエリーゼを自室に招き、人生最大の哲学的な問いをぶつけていた。
「エリーゼ……教えて。推しの笑顔が見たくて、その一瞥に一喜一憂し、心臓が爆発しそうなのは……推し活の範囲内なの?」
エリーゼは、縋るような私を見て、まるで賢者のような慈悲深い笑みを浮かべた。
「アルマデリア様。哲学的に言えば、それは……アガペーがエロスへと昇華した瞬間です。つまり……恋ですね」
「こ、恋……」
私はその場に崩れ落ちた。
「でも、待って、この想いは、禁忌の扉なのよ」
なんてこと。私が求めているのは、彼が騎士として輝く概念であって、彼そのものとのアレコレではなかったはずなのに。
「ダメよ、エリーゼ。推しとの恋は、全知全能の神に対して――お付き合いしてください! と告解するようなものだわ。それはもはや信仰の崩壊、オタクとしての死よ!」
「でもアルマデリア様、貴女の心臓は、そんな理屈など無視して、彼の一挙手一投足に律動を奏でているではありませんか」
エリーゼの言葉は、どんな断罪の言葉よりも鋭く私の胸に刺さった。
私は窓の外、月明かりに照らされた男子寮の最上階を見つめた。
観測者でいられなくなる。
被写体である彼に、私の熱い視線の中にある欲望を気づかれてしまったら――。
今、私は、自らの心という名の、最も熾烈な戦場へ足を踏み入れようとしていた。
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