宝くじで10億円を当ててから幼馴染の様子がおかしい

沢尻夏芽

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【入学前】きっとこれがプロローグ

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 高校入学前の春休み。俺は、真城(まき) 健康(けんこう)という名前に全く相応しくない、インドアで不健康な生活を送っていた。

 今日やっているのは、RPGの金稼ぎ。レベルはもう十分高いのに、彩菜がカジノで負けてしまったため、再度挑戦する費用を稼いでいるのだ。

 白駒(しらこま) 彩菜(あやな)。俺の同学年の近所の幼馴染。仰向けでソファーに横になり、俺に足を向けて漫画を読んでいる。そのせいで、ソファーの俺のスペースは、付箋ののりしろぐらいしかない。

 「まだなの?」と彩菜がたまに俺を蹴る。さっきは股間を狙われ「早くしないと……わかってるよね?」と言われた。そんなことを言われても、敵を倒すペースはこれ以上早くしようがないのだけど。

 ここまでの描写だけだと、爆ぜるべきイチャイチャのノリだと思う人もいるかもしれない。

 しかし、俺の精殺与奪の権を握る彼女は、着古したグレーのスウェット姿に、高校デビューのために金髪にした長い髪はボサボサ、ピアスこそしていないが一見するといわゆるヤンキーである。

 さらに、口の周りにさっきおやつ替わりに食べたミートボールのソースがまだちょっと残っていて、甘い雰囲気にはなりようがない。

 ——と言うか、もうティッシュ渡すわ。なんで気付かないの?

「拭いて♡」

 ……まあ、これはちょっと爆ぜかけだと認めざるを得ない。こうやって甘えられるとかわいいっちゃかわいいので、ついつい世話をしてしまう。

 やがて漫画に飽きた彩菜に「もうええでしょう」とコントローラーを奪われた。ついでに「漫画も、もうええでしょう」と片付けさせられた。最後に「お前も、もうええでしょう」と、用済み宣言された。誰かボクをぎゅーって抱きしめて!

 とは言え解放されて楽になった。今日は本当は先日入学説明会で買った高校の教科書に目を通しておきたかったのである。

 俺は真面目系陰キャなので、ちゃんと勉強するし、成績もそれなりにいい。高校は近さで選んだけれど、学力的には地域の最上位校を目指せると言われたほどだ。そのせいで中3のときは彩菜の勉強の面倒を見させられた。面倒だった。

 二階の俺の部屋に行って、説明会から帰ってきて以来そのままだったボストンバッグを開ける。新品の本、本、本。そのとき、ふと、何かを忘れている感覚がした。

 本……? 新品……? 新品……。あっ!

 真城家では、お年玉とは別に年末の宝くじを子どもに渡す謎の習慣がある。母親曰く「運をあてにしてはいけない」ということを実体験で理解させるためである。

 2歳下の妹の柚梨(ゆずり)とそれぞれ連番10枚3000円分、合計6000円が、7等300円×2を除いてほぼドブに捨てられる。

 いつも当たらないので今年は年始に当選発表を確認し忘れており、その後は受験もあったので、すっかりその存在を忘れていた。確かまだ机の引き出しにあったはず。
 
 いいことを思いついた。俺は机の引き出しから未開封の宝くじを取り出し、急いで一階に戻る。

「彩菜ぁ、このお年玉の宝くじまだ開けてなかったから、これで勝負しようぜ。何か当たったら俺の勝ちで、当たらなかったら彩菜の勝ち。負けた方が罰ゲーム」

「馬鹿じゃん、いつも当たってないのに。宝くじなんてそう簡単に当たらないっしょ。いいよ」

 ——馬鹿はどっちかな?

 俺たちはスマホで当選番号を調べた。

「はい、7等下1ケタ6。当ったり!」

「はぁ? それはズルっしょ」

「当たりは当たりだから。何してもらおうかな~?」

「ふぅん。じゃあ、あたしもけんこー君に落としダマあげちゃおっかな~」

 彩菜が両手の爪を立てて顔の前に出し、ニヤリと笑う。SNSでよく見る『がおー』のポーズである。いわゆる萌えポーズの一種だが、これはそんなにかわいいもんじゃない。タマを握って落とすよのポーズであり、手加減を知らない小学校の頃は実際に被害にあった。あの件、ちゃんと訴訟したら勝てるんじゃないか?

 ……まあ、訴訟という観点で言うなら、100%勝てる勝負を仕掛けるのも敗訴濃厚か。

 それに彩菜はあれで案外本気で嫌な罰ゲームは要求してこない。

 小学生の頃、すね毛のガムテープ脱毛をさせられたことがあった。

 しかし一回やって大げさに痛がったら、なんだかんだ中止してくれて、残りは普通に剃ることになり、保湿クリームも家からもってきて貸してくれた。

「こっちの方が清潔感あっていいよ」

 と処理後のつるつるになった肌にクリームを塗られながら言われ(毛処理童貞の俺には塗る量がわからなかった)、それから身だしなみには気をつけるようになったので、あの罰ゲームから始まった一連の出来事は、俺の脳内ではむしろギリギリ『いい思い出』カテゴリに登録されている。

「……じゃあ6等以上の当たりにするけど、俺の方が不利だから罰ゲームは軽いのな」

「いいけど、当たったら何かおごって♡」

「500円までな」

「遠足かよ! ……じゃあ番号言うよ」

 綾菜に6等から順に当たり番号を言ってもらって、俺が宝くじの方の番号を確認する。お正月はこうして、彩菜と当選を確認するのが恒例になっていたので、手慣れたものだ。連番なので、ハズレがすぐにわかってしまうのが少し寂しい。

「次、1等。108組」

「お。108組だ」

「番号は——」

 何回も読み上げてもらった。そのあと自分の目でも確認した。間違っていなかった。


 1等とその前後賞。10億円が当たっていた。
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