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1年生
【1年 4月-1】となりの陰キャさん
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家が1軒挟んで隣の俺と彩菜は、一緒に登校してきた期間がかなり長い。中学の前半、男女を意識する思春期あるあるの時期以外は、ほぼ一緒に登校している。
「おはよっ! 今日も一緒に学校行こっ」
——なんて、ラブコメのテンプレのような挨拶はありはしない。10億が当たった上にそんな挨拶をする幼馴染がいたら、俺はこの世界の『赤い薬』を探す旅に出た方がいいだろう。
現実は、インターフォンが鳴り、俺が玄関に向かうと、気だるそうに立っている、目が半開きの彩菜が「おう……」と低い声を発するだけである。
小学1年のときはちゃんと「おはよう」だったはずだ。それがいつの頃からか「はよ」になった。しばらく経って「よう」に変化した。そして中学3年には最終形として今の「おう」に進化を遂げた。
ローマ字で『ohayo』と表記すればわかりやすいが、前半の音がどんどん削られていき、最後にoの母音一字が残ったようだ。果たして『ayo』の時期はあったのだろうか。観測データが現存していないのが惜しまれる。
そして俺たちは朝の町を歩く。その姿はまるで低予算映画の特殊メイクなしのモブゾンビである。たまに「ア゛ア゛ア゛……」という低い唸り声すら上げる。だって俺たち朝が弱いんだもん。
しかし今日の綾菜の調子はそこまで悪くもなかった。朝日を浴びた綾菜の長い金髪が風に揺られてキラキラと輝いていて眩しい。それがまるで黒髪陰キャの俺を寄せ付けないオーラを放っているようで、少し寂しくもある。
「今日から授業かぁ、正直だるいね」と、綾菜があくびをしながら言った。
「だるい。俺、学校に行く必要あるかなぁ」
「それダメ。入学早々、学校が自分に『必要かどうか』なんて恵まれし者の悩みだよ。『ウンがツいてる』オーラが出てるよ」
「『ウンがある』か『ツいてる』かどっちかにしてくれよ。大体、金を持ってなくても、人生の悩みとしてそう思うことも——」
「しーっ。お金を持っているとか持っていないとか、そういう話は完全にアウト。けんこー、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃない?」
——昨日読んでた漫画に影響されてるな、これ。
綾菜がこんな、世話ばかりかけちまいそうな発言をするのには訳がある。
俺の宝くじの10億円当選が判明した直後は「100万ちょうだい♡」だの「家買って♡」だのと浮かれていた彩菜だったが、その日の夜、真城家の家族会議に緊急召喚されると、顔面から垂直急降下で現実を叩き突きつけられた。
「誰かに知られたら健康の人生がメチャクチャになるからね。脅迫されたり、誘拐されるかもしれない。彩菜ちゃんもわかってるよね? いい? ご両親にも言ってはいけないよ?」
目を細めた母親が彩菜の頭を鷲掴みにしている幻覚がはっきりと見えた。実子の俺ですらあの圧は経験したことがない。
母親が子を全力で守ろうとするあの気迫——あれはもはや殺意だ。以降、彩菜が自発的にお金の話をすることはなくなった。むしろ俺をたしなめるくらいで、これは精神支配に近い類なのではと疑う。
なお、彩菜の両親には『プライベートなことなので詳細は言えないが、俺のメンタルがとにかくヤバいので夕食時に綾菜をお借りしたい』というふんわりした要望がゴリ押されている。
そのせいで、入学式で会って挨拶をした綾菜の母親の目が具体性のない憐憫と慈愛に満ちていたけれど、実は愛娘のメンタルの方がヤバかったんですよ、奥さん。
「ねえ、聞いてる? 闇バイトにやらせたら、けんこーなんかイチコロだよ!」
あ、過去形じゃないみたいです、奥さん。
「ちょ、それ自体が脅迫に聞こえるんだけど。怖いこと言うなよ」
「そっか、ごめん。……でも、どっちにしろ、学校が楽しくなるようにはした方がいいと思う。けんこーの性格だと、学校辞めたら引きこもりになって、そのまま人生終わっちゃうかもよ」
「……まあ、それはそうなるかもね。でもクラスガチャもハズレだしなあ」
「あたしがいないから?」
「それもあると言えばある」
「……」
気まずい沈黙。
「ねえ、席が隣の人とかと、もっと話してみたら? 部活に入るのもいいよね。自分を変えるタイミングだよ、けんこークン」
◇ ◇ ◇
昼休み。新しいクラスはまだ馴染んでおらず、中学の顔見知りグループを作って弁当を食べている集団もいれば、ひとりで食べている人もちらほらといる。
俺の左隣の、窓側に座っている、ふわふわとした髪質のナチュラルボブの女子は、コンビニ弁当の蓋すらまだ開けずに校庭をぼんやりと眺めている。マイ箸持参で環境に優しい。
間違いない。俺と同類の陰キャの波動を感じる。こいつならいける。ドン・キホーテを創った男の言葉を思い出そう。
『真の勇敢さは、臆病と無鉄砲の中間にある』——ミゲル・デ・セルバンテス
つまり、無鉄砲に動ける臆病な陰キャは、性格が中和して勇敢と呼べる。……はず。
俺は彼女の肩を指でつついた。彼女がこっちを振り向いたところで、俺は間髪入れず右手を差し出す。
「どうも。真城健康です。健康診断の健康だけど、発音は『け』が高いからよろしく」
「あ、どうも」
俺の押しの強さに負けた感じだが、彼女も右手を出して握手してくれた。第一関門突破だ。
「どうぞこれ、手拭き用のウエットティッシュよかったら。……あ、これはその、俺の手が汚いからとかそういうことじゃなくて、食事前だからってことで……」
早速やらかしたと思ったが、彼女は笑いながら礼を言い、50枚入りの袋からウエットティッシュを1枚取った。なかなか笑顔が愛らしい。髪は少し茶色がかっているが、これは地毛だろうか。陰キャだから地毛だな(決めつけ)。
「使ったティッシュはこの俺の弁当袋の中に入れてくれればいいから」
「ありがとう。マキくん、中1のとき同じクラスだったよ私。覚えてない?」
「あ、えーと、ぼんやりと。えー、いろ……」
中1と言えば、俺がかなり尖っていた時期である。だが黒歴史ではない。尖っていたというのは客観的に見た話なだけで、俺の主観では尖るという字の如く、小の部分と大の部分のバランスが悪かっただけである。
「若色(わかいろ) 愛美(あいみ)だよ。名前も覚えてない?」
「あー、思い出した……かも」
その名前を見聞きした記憶はある。だが容姿に関してはすっかり忘れていて、会話も覚えていない。おそらく小学校は別だったはずだ。あるいはクラスがずっと違ったのかも? どちらにせよ、印象としては初対面に近い。確実に言えるのは、この娘は陰キャで、だから印象が薄いということだ。
「本当に思い出した? マキくんあの頃、ずーっと英語の本読んでたよね。懐かしいな。もう読まないの?」
そう、中1の俺はトールキンの『ホビットの冒険』の原書にドハマリしていた。英語の単語と文法の知識もろくにないまま、原書のペーパーバックと日本語訳の文庫を突き合わせ、オリジナルの文の雰囲気を味わって楽しんでいた。
「今は日本語も面白いと思って普通の小説を読んでいるよ。ラノベも。あと漫画もよく読む」
「インドアな趣味ばっかりだね。ゲームはしないの?」
ゲームはさせられていることが多い……とは言えないよなぁ。
「家に一応ゲーム機はあるけど……本、漫画と来たから次はゲームにハマるかもね。若色さんはゲームする?」
「私もあんまりかな。無料ゲームをスマホに入れたこともあったけど、なんか楽しめなくてやめちゃった」
ヤバい。共通の趣味がなさそうである。陰キャのくせにゲームしないの? と問い質したくなる。話題どうしよう。
「えーと……。ごめん、話し込んじゃって。食べよう。いただきます」
うん、我ながらいい感じで話題を逸らした。
「いただきます。……個性的なお弁当だね」
すっかり忘れていた。俺の弁当は汁漏れと蓋の汚れを防ぐため、白米、おかず、白米の順に盛り付けている。つまりぱっと見ただの白米である。それが二段ある。
「中はツナマヨとキャベツだから。意外とおいしいよ」
「そういう他人の目は気にしないってところ、マキくんは変わってないね。背は伸びたけど。今身長いくつ?」
「174。中1のときはどのぐらいだったかな。もう覚えてないや」
「自分の身長すら興味なかったの? どうだったかな……。あのとき私はもう162cmあったけど、マキくんはそれよりは下だったと思うよ」
今の綾菜が確か158cmだっけ?
「それって当時の女子としては大きい方だよね」
そう言えば、いたかもしれない。今と違って目まで隠れるような長い前髪にショートヘアで、いつも静かな感じだった。あと、失礼だけど、もっとぽっちゃりしていたかも。
「デカ女って呼ばれてたよ。それから全然伸びなかったけど。マキくんは暴言を吐いた相手に『お前がチビなだけじゃん』って言って私を庇ってくれたんだけど、覚えてない?」
「えーと……ごめん。でも俺そんなこと言うキャラだったっけ?」
「あ、でも、聞こえるか聞こえないかぐらいで、ボソッと言ってただけだよ」
それなら納得だ。おそらく中途半端にイキっていただけだと思われる。
「それにマキくんって割と『それはダメだろ』とか『〇〇さんが困ってるから、もうやめろよ』とかボソッと人に注意するタイプだったと思うけど」
「今はもう大人しいもんですから」
「えー。ちゃんと注意できる人の方がいいよ」
「注意できるほど偉くないし、注意するのが正解だとも限らないと悟ったんですよ。それに、昔……」
しまった。つい気を許して、ポロッと口を滑らせそうになった。
「昔……なに?」
「ごめん、話の流れで、ちょっと変な話を言いそうになった」
「なになに。聞くよ」
「うーん、えーと……」
話を引っ込めにくい。どうしよう。
いや、でも、そうか。万が一のためにクラスにひとりだけでも仲間を作っておいた方がいいかもしれない。
「若色さん、スマホ持ってる? あまり人に聞かれたくなくて」
「ああ、そっか。気がつかなくてごめん」
うん? いつの間にかすんなり女子のLINEアカウントと繋がってしまったぞ。真の勇敢さには、女子のLINEアカウントがついてくるようだ。
「おはよっ! 今日も一緒に学校行こっ」
——なんて、ラブコメのテンプレのような挨拶はありはしない。10億が当たった上にそんな挨拶をする幼馴染がいたら、俺はこの世界の『赤い薬』を探す旅に出た方がいいだろう。
現実は、インターフォンが鳴り、俺が玄関に向かうと、気だるそうに立っている、目が半開きの彩菜が「おう……」と低い声を発するだけである。
小学1年のときはちゃんと「おはよう」だったはずだ。それがいつの頃からか「はよ」になった。しばらく経って「よう」に変化した。そして中学3年には最終形として今の「おう」に進化を遂げた。
ローマ字で『ohayo』と表記すればわかりやすいが、前半の音がどんどん削られていき、最後にoの母音一字が残ったようだ。果たして『ayo』の時期はあったのだろうか。観測データが現存していないのが惜しまれる。
そして俺たちは朝の町を歩く。その姿はまるで低予算映画の特殊メイクなしのモブゾンビである。たまに「ア゛ア゛ア゛……」という低い唸り声すら上げる。だって俺たち朝が弱いんだもん。
しかし今日の綾菜の調子はそこまで悪くもなかった。朝日を浴びた綾菜の長い金髪が風に揺られてキラキラと輝いていて眩しい。それがまるで黒髪陰キャの俺を寄せ付けないオーラを放っているようで、少し寂しくもある。
「今日から授業かぁ、正直だるいね」と、綾菜があくびをしながら言った。
「だるい。俺、学校に行く必要あるかなぁ」
「それダメ。入学早々、学校が自分に『必要かどうか』なんて恵まれし者の悩みだよ。『ウンがツいてる』オーラが出てるよ」
「『ウンがある』か『ツいてる』かどっちかにしてくれよ。大体、金を持ってなくても、人生の悩みとしてそう思うことも——」
「しーっ。お金を持っているとか持っていないとか、そういう話は完全にアウト。けんこー、もしかしてまだ、自分が死なないとでも思ってるんじゃない?」
——昨日読んでた漫画に影響されてるな、これ。
綾菜がこんな、世話ばかりかけちまいそうな発言をするのには訳がある。
俺の宝くじの10億円当選が判明した直後は「100万ちょうだい♡」だの「家買って♡」だのと浮かれていた彩菜だったが、その日の夜、真城家の家族会議に緊急召喚されると、顔面から垂直急降下で現実を叩き突きつけられた。
「誰かに知られたら健康の人生がメチャクチャになるからね。脅迫されたり、誘拐されるかもしれない。彩菜ちゃんもわかってるよね? いい? ご両親にも言ってはいけないよ?」
目を細めた母親が彩菜の頭を鷲掴みにしている幻覚がはっきりと見えた。実子の俺ですらあの圧は経験したことがない。
母親が子を全力で守ろうとするあの気迫——あれはもはや殺意だ。以降、彩菜が自発的にお金の話をすることはなくなった。むしろ俺をたしなめるくらいで、これは精神支配に近い類なのではと疑う。
なお、彩菜の両親には『プライベートなことなので詳細は言えないが、俺のメンタルがとにかくヤバいので夕食時に綾菜をお借りしたい』というふんわりした要望がゴリ押されている。
そのせいで、入学式で会って挨拶をした綾菜の母親の目が具体性のない憐憫と慈愛に満ちていたけれど、実は愛娘のメンタルの方がヤバかったんですよ、奥さん。
「ねえ、聞いてる? 闇バイトにやらせたら、けんこーなんかイチコロだよ!」
あ、過去形じゃないみたいです、奥さん。
「ちょ、それ自体が脅迫に聞こえるんだけど。怖いこと言うなよ」
「そっか、ごめん。……でも、どっちにしろ、学校が楽しくなるようにはした方がいいと思う。けんこーの性格だと、学校辞めたら引きこもりになって、そのまま人生終わっちゃうかもよ」
「……まあ、それはそうなるかもね。でもクラスガチャもハズレだしなあ」
「あたしがいないから?」
「それもあると言えばある」
「……」
気まずい沈黙。
「ねえ、席が隣の人とかと、もっと話してみたら? 部活に入るのもいいよね。自分を変えるタイミングだよ、けんこークン」
◇ ◇ ◇
昼休み。新しいクラスはまだ馴染んでおらず、中学の顔見知りグループを作って弁当を食べている集団もいれば、ひとりで食べている人もちらほらといる。
俺の左隣の、窓側に座っている、ふわふわとした髪質のナチュラルボブの女子は、コンビニ弁当の蓋すらまだ開けずに校庭をぼんやりと眺めている。マイ箸持参で環境に優しい。
間違いない。俺と同類の陰キャの波動を感じる。こいつならいける。ドン・キホーテを創った男の言葉を思い出そう。
『真の勇敢さは、臆病と無鉄砲の中間にある』——ミゲル・デ・セルバンテス
つまり、無鉄砲に動ける臆病な陰キャは、性格が中和して勇敢と呼べる。……はず。
俺は彼女の肩を指でつついた。彼女がこっちを振り向いたところで、俺は間髪入れず右手を差し出す。
「どうも。真城健康です。健康診断の健康だけど、発音は『け』が高いからよろしく」
「あ、どうも」
俺の押しの強さに負けた感じだが、彼女も右手を出して握手してくれた。第一関門突破だ。
「どうぞこれ、手拭き用のウエットティッシュよかったら。……あ、これはその、俺の手が汚いからとかそういうことじゃなくて、食事前だからってことで……」
早速やらかしたと思ったが、彼女は笑いながら礼を言い、50枚入りの袋からウエットティッシュを1枚取った。なかなか笑顔が愛らしい。髪は少し茶色がかっているが、これは地毛だろうか。陰キャだから地毛だな(決めつけ)。
「使ったティッシュはこの俺の弁当袋の中に入れてくれればいいから」
「ありがとう。マキくん、中1のとき同じクラスだったよ私。覚えてない?」
「あ、えーと、ぼんやりと。えー、いろ……」
中1と言えば、俺がかなり尖っていた時期である。だが黒歴史ではない。尖っていたというのは客観的に見た話なだけで、俺の主観では尖るという字の如く、小の部分と大の部分のバランスが悪かっただけである。
「若色(わかいろ) 愛美(あいみ)だよ。名前も覚えてない?」
「あー、思い出した……かも」
その名前を見聞きした記憶はある。だが容姿に関してはすっかり忘れていて、会話も覚えていない。おそらく小学校は別だったはずだ。あるいはクラスがずっと違ったのかも? どちらにせよ、印象としては初対面に近い。確実に言えるのは、この娘は陰キャで、だから印象が薄いということだ。
「本当に思い出した? マキくんあの頃、ずーっと英語の本読んでたよね。懐かしいな。もう読まないの?」
そう、中1の俺はトールキンの『ホビットの冒険』の原書にドハマリしていた。英語の単語と文法の知識もろくにないまま、原書のペーパーバックと日本語訳の文庫を突き合わせ、オリジナルの文の雰囲気を味わって楽しんでいた。
「今は日本語も面白いと思って普通の小説を読んでいるよ。ラノベも。あと漫画もよく読む」
「インドアな趣味ばっかりだね。ゲームはしないの?」
ゲームはさせられていることが多い……とは言えないよなぁ。
「家に一応ゲーム機はあるけど……本、漫画と来たから次はゲームにハマるかもね。若色さんはゲームする?」
「私もあんまりかな。無料ゲームをスマホに入れたこともあったけど、なんか楽しめなくてやめちゃった」
ヤバい。共通の趣味がなさそうである。陰キャのくせにゲームしないの? と問い質したくなる。話題どうしよう。
「えーと……。ごめん、話し込んじゃって。食べよう。いただきます」
うん、我ながらいい感じで話題を逸らした。
「いただきます。……個性的なお弁当だね」
すっかり忘れていた。俺の弁当は汁漏れと蓋の汚れを防ぐため、白米、おかず、白米の順に盛り付けている。つまりぱっと見ただの白米である。それが二段ある。
「中はツナマヨとキャベツだから。意外とおいしいよ」
「そういう他人の目は気にしないってところ、マキくんは変わってないね。背は伸びたけど。今身長いくつ?」
「174。中1のときはどのぐらいだったかな。もう覚えてないや」
「自分の身長すら興味なかったの? どうだったかな……。あのとき私はもう162cmあったけど、マキくんはそれよりは下だったと思うよ」
今の綾菜が確か158cmだっけ?
「それって当時の女子としては大きい方だよね」
そう言えば、いたかもしれない。今と違って目まで隠れるような長い前髪にショートヘアで、いつも静かな感じだった。あと、失礼だけど、もっとぽっちゃりしていたかも。
「デカ女って呼ばれてたよ。それから全然伸びなかったけど。マキくんは暴言を吐いた相手に『お前がチビなだけじゃん』って言って私を庇ってくれたんだけど、覚えてない?」
「えーと……ごめん。でも俺そんなこと言うキャラだったっけ?」
「あ、でも、聞こえるか聞こえないかぐらいで、ボソッと言ってただけだよ」
それなら納得だ。おそらく中途半端にイキっていただけだと思われる。
「それにマキくんって割と『それはダメだろ』とか『〇〇さんが困ってるから、もうやめろよ』とかボソッと人に注意するタイプだったと思うけど」
「今はもう大人しいもんですから」
「えー。ちゃんと注意できる人の方がいいよ」
「注意できるほど偉くないし、注意するのが正解だとも限らないと悟ったんですよ。それに、昔……」
しまった。つい気を許して、ポロッと口を滑らせそうになった。
「昔……なに?」
「ごめん、話の流れで、ちょっと変な話を言いそうになった」
「なになに。聞くよ」
「うーん、えーと……」
話を引っ込めにくい。どうしよう。
いや、でも、そうか。万が一のためにクラスにひとりだけでも仲間を作っておいた方がいいかもしれない。
「若色さん、スマホ持ってる? あまり人に聞かれたくなくて」
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