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暴く
幸せになるはずだった誰か
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王宮としては質素な、私たち兄妹にとっては豪奢な部屋で静かにお茶を楽しむ……わけではないけど、静寂な空気が重苦しい。
チラリと壁側に視線を投げれば、無表情で立ち続ける騎士とメイドたち。
「あら?」
気のせいか職務に忠実な彼らの眼がどことなく虚ろな?
「ああ、彼らは気にしないで。お互い知られたくないこともあるでしょう? 少し薬を嗅がせたわ。後に残らないし彼らの記憶にも残らないわ。ただ私たちが仲良く会話を楽しんでいたと誤認するだけよ」
ニコリとかわいらしく笑った彼女の言葉の内容に、私は慌てて兄へと顔を向けた。
「……。ああ、大丈夫だよ。確かに毒ではない。少し倦怠感が残るぐらいだろう。麻酔効果のある薬かな?」
兄がソファーから立ち上がり騎士の顔、特に目や口元を確認し、首筋をクンクンと嗅ぎだした。
どうやら彼らの症状や匂いで使われた薬に見当がついたらしい。
「ご名答。軽い薬よ。出回っていた例の薬ではないわ」
パチパチと手を叩いて兄を称賛する彼女に、私は鋭い視線を飛ばす。
「言ったでしょ? お互いに知られたくない話もあるだろうって? 例えば……貴方たちのお母様の話とか?」
「お母様?」
なぜここで母の話が出るのか、私はピンとこなかったが、隣に座った兄が冴え冴えとした声で返す。
「それはヴォルチエ国のことか?」
「そうよ。貴方たちの母はヴォルチエ国の貴族。結婚してこの国に来た。私たちと違って望んでこの国に渡ったヴォルチエ国民。その血は貴方たち兄妹に繋がっている」
私たちと違って、と彼女は言った。
アンリエッタが調べたとおり、彼女はヴォルチエ国から船で連れられ孤児院に捨てられたのだろうか?
「私が貴方たちに聞きたいことの一つは、魔力を持っているかどうか? そして、あのモルヴァン公爵家のお嬢さんみたいな出来損ないかどうかよ」
「出来損ないってなによ!」
バッと勢いよく立ち上がった私は、テーブルを挟んでいるオレリアに怒りを表した。
ミレイユ様はいつ体の機能が止まってしまうのか、眠ったまま目覚めなくなってしまうのか、そんな恐怖と戦いながらも必死に生きているのに!
「プッ。アッハハハ。なあに? あんな出来損ないのために貴方が怒ることないじゃない。別にあのお嬢さんを貶めたいわけじゃないわ。だって……私も同じだもの」
ふっと視線を下に向け口の端を皮肉げに上げたオレリアの姿に、私は力なくポスンとソファーに座った。
「君がミレイユ嬢と同じってどういうことだい? 君はヴォルチエ国の出身なのだろう?」
ソファーの背に体を預けた私と交代するように、兄が身を乗り出して彼女に問いかけた。
「ええ。私はヴォルチエ国の出身。あの国の子爵家の令嬢だったのよ。六歳まではね」
ヴォルチエ国の民は王族から平民、孤児、罪人の子でさえも魔力を持ち魔法が使える。
他の国が他族民と交わり血を薄め、貴き魔女の血を能力を失っていくのを横目に、ひたすら血を守り排他してきたヴォルチエ国。
それでも、極僅かに魔法が使えない子が生まれ出してきた。
ほぼ平民が多かったその出来損ないたちは、ある日魔法が使えないと確定するとどこかへと消えていく。
最初からいなかった者のように。
家族すらも、そのことを忘れて生きていく。
オレリアもそうだった。
生まれたときは父も母も兄も姉も使用人も、子爵家の末っ子姫の誕生喜んでいた。
三歳のころ、教会での祝福を受けて魔力量を測った。
子爵家にしては魔力量が多く、かわいらしい容姿もあって、きっと高位貴族へ嫁入りできると母がはしゃいでいた。
そのための教育が始まり、勉強、マナー教育と合わせて魔法の訓練もスケジュールに組み込まれた。
……しかし、オレリアは魔法を使うことができなかった。
三歳の祝福の儀を終えて魔法が使えないとわかった場合は、すぐに船に乗せられる。
だが、オレリアの家族は希望が捨てられず、そこから三年、オレリアに魔法を教え続けた。
六歳の誕生日の夜、昏い眼をした父と母に馬車に乗せられた。
そして神様のいる国へ行こうと船に乗せられる。
オレリアにはわかっていた。
他の子供たちはまだ三歳や四歳で幼くて、神様のいる国が本当にあると思っている。
でも、オレリアはわかっていた。
魔法が使えない自分は、父や母に捨てられたのだと。
魔力があっても魔法が使えない自分はヴォルチエ国ではいらない者なのだと。
真っ暗な船倉で、他の子供たちの無邪気な話を聞きながらオレリアは静かに涙を流した。
知らない国の小さな港に着き、大柄で人相の悪い男に荷馬車に乗せられて、こじんまりとした教会の裏手に置き去りにされた。
他の子供たちはスヤスヤと眠っていた。
なぜ?
魔法が使えないのは私のせいではないのに。
魔法が使えないというだけで、私は親に捨てられ国に捨てられ、こんな場所に置き去りにされるのか。
どうして?
私はそんなにひどいことをしたのだろうか?
いいえ!
「いいえ。私はただ生まれてきただけ。魔法使いの国という古ぼけた呪われた国に生まれてしまっただけなの」
オレリアの呟きが私の心に波紋を広げていく。
チラリと壁側に視線を投げれば、無表情で立ち続ける騎士とメイドたち。
「あら?」
気のせいか職務に忠実な彼らの眼がどことなく虚ろな?
「ああ、彼らは気にしないで。お互い知られたくないこともあるでしょう? 少し薬を嗅がせたわ。後に残らないし彼らの記憶にも残らないわ。ただ私たちが仲良く会話を楽しんでいたと誤認するだけよ」
ニコリとかわいらしく笑った彼女の言葉の内容に、私は慌てて兄へと顔を向けた。
「……。ああ、大丈夫だよ。確かに毒ではない。少し倦怠感が残るぐらいだろう。麻酔効果のある薬かな?」
兄がソファーから立ち上がり騎士の顔、特に目や口元を確認し、首筋をクンクンと嗅ぎだした。
どうやら彼らの症状や匂いで使われた薬に見当がついたらしい。
「ご名答。軽い薬よ。出回っていた例の薬ではないわ」
パチパチと手を叩いて兄を称賛する彼女に、私は鋭い視線を飛ばす。
「言ったでしょ? お互いに知られたくない話もあるだろうって? 例えば……貴方たちのお母様の話とか?」
「お母様?」
なぜここで母の話が出るのか、私はピンとこなかったが、隣に座った兄が冴え冴えとした声で返す。
「それはヴォルチエ国のことか?」
「そうよ。貴方たちの母はヴォルチエ国の貴族。結婚してこの国に来た。私たちと違って望んでこの国に渡ったヴォルチエ国民。その血は貴方たち兄妹に繋がっている」
私たちと違って、と彼女は言った。
アンリエッタが調べたとおり、彼女はヴォルチエ国から船で連れられ孤児院に捨てられたのだろうか?
「私が貴方たちに聞きたいことの一つは、魔力を持っているかどうか? そして、あのモルヴァン公爵家のお嬢さんみたいな出来損ないかどうかよ」
「出来損ないってなによ!」
バッと勢いよく立ち上がった私は、テーブルを挟んでいるオレリアに怒りを表した。
ミレイユ様はいつ体の機能が止まってしまうのか、眠ったまま目覚めなくなってしまうのか、そんな恐怖と戦いながらも必死に生きているのに!
「プッ。アッハハハ。なあに? あんな出来損ないのために貴方が怒ることないじゃない。別にあのお嬢さんを貶めたいわけじゃないわ。だって……私も同じだもの」
ふっと視線を下に向け口の端を皮肉げに上げたオレリアの姿に、私は力なくポスンとソファーに座った。
「君がミレイユ嬢と同じってどういうことだい? 君はヴォルチエ国の出身なのだろう?」
ソファーの背に体を預けた私と交代するように、兄が身を乗り出して彼女に問いかけた。
「ええ。私はヴォルチエ国の出身。あの国の子爵家の令嬢だったのよ。六歳まではね」
ヴォルチエ国の民は王族から平民、孤児、罪人の子でさえも魔力を持ち魔法が使える。
他の国が他族民と交わり血を薄め、貴き魔女の血を能力を失っていくのを横目に、ひたすら血を守り排他してきたヴォルチエ国。
それでも、極僅かに魔法が使えない子が生まれ出してきた。
ほぼ平民が多かったその出来損ないたちは、ある日魔法が使えないと確定するとどこかへと消えていく。
最初からいなかった者のように。
家族すらも、そのことを忘れて生きていく。
オレリアもそうだった。
生まれたときは父も母も兄も姉も使用人も、子爵家の末っ子姫の誕生喜んでいた。
三歳のころ、教会での祝福を受けて魔力量を測った。
子爵家にしては魔力量が多く、かわいらしい容姿もあって、きっと高位貴族へ嫁入りできると母がはしゃいでいた。
そのための教育が始まり、勉強、マナー教育と合わせて魔法の訓練もスケジュールに組み込まれた。
……しかし、オレリアは魔法を使うことができなかった。
三歳の祝福の儀を終えて魔法が使えないとわかった場合は、すぐに船に乗せられる。
だが、オレリアの家族は希望が捨てられず、そこから三年、オレリアに魔法を教え続けた。
六歳の誕生日の夜、昏い眼をした父と母に馬車に乗せられた。
そして神様のいる国へ行こうと船に乗せられる。
オレリアにはわかっていた。
他の子供たちはまだ三歳や四歳で幼くて、神様のいる国が本当にあると思っている。
でも、オレリアはわかっていた。
魔法が使えない自分は、父や母に捨てられたのだと。
魔力があっても魔法が使えない自分はヴォルチエ国ではいらない者なのだと。
真っ暗な船倉で、他の子供たちの無邪気な話を聞きながらオレリアは静かに涙を流した。
知らない国の小さな港に着き、大柄で人相の悪い男に荷馬車に乗せられて、こじんまりとした教会の裏手に置き去りにされた。
他の子供たちはスヤスヤと眠っていた。
なぜ?
魔法が使えないのは私のせいではないのに。
魔法が使えないというだけで、私は親に捨てられ国に捨てられ、こんな場所に置き去りにされるのか。
どうして?
私はそんなにひどいことをしたのだろうか?
いいえ!
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オレリアの呟きが私の心に波紋を広げていく。
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