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冒険しましょう
逃亡に成功したようです
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どこまでも続く畑と木々。
朴訥でよく働く領民たちの顔には、いつかの笑顔ではなく不安と焦燥が見て取れた。
まさか・・・あれほどお祖父様がまとめ上げていたジラール公爵領が、こんな呆気なく崩れ落ちていくなんて・・・。
ユーグやイザックには強気の態度で口にできた言葉が、今は空しく聞こえるだけだ。
ジラール公爵領はすでに敵の手に落ちている。
「ふー、お祖父様と伯父上たちが亡くなって、こんなにも乱れるとは思わなかったな。今までは本家の顔を窺って大人しくしていただけの輩が多かったのか・・・。お祖父様も無念だろう」
次期公爵の座を巡っての争いは、熾烈で狡猾で唾棄すべきものに変容していた。
そして、その種を蒔いたのはザンマルタン家とミュールズ国。
今、叔母上の嫁ぎ先と、大叔父家族と、分家の末端までが入り乱れて、後継争いをしている惨状だ。
当然、当主が変われば領民の生活も変貌せざるを得ない。
わりと良心的だった税や、血の通った政策、福祉事業がどうなるのか・・・。
「ここも、他の貴族領と変わらない地になるのか・・・」
母に連れられて訪れた暖かな地が、冷たい愚か者たちの遊技場へと変わる。
「・・・ヴィー様が、いずれ全てを正し、あの方たちが望んだ国へと育てるのです」
ユーグがそっと俺の背に手を添える。
細く長く息を吐き、気持ちを切り替えよう。
この地を忘れない。
必ず、この国の頂に就いたときには、お祖父様たちが夢見た国を造る、造ってみせる。
そのためにも・・・。
「行こう。早くリシュリュー辺境伯との待ち合わせ場所へ移動したい」
「はい」
俺は踵を返し、ピエーニュの森へと姿を隠す。
今は、この地を去ろう。
次に訪れるときは、国に安寧を齎す者としてか、血に染める侵略者としてかは、分からない。
リシュリュー辺境伯が迎えにと寄こしたのは、飛竜騎士の小隊だった。
見慣れた騎士の顔を見た途端、ほっと肩の力が抜けたのがわかる。
このままユーグと数名の供を連れ飛竜でリシュリュー辺境伯の屋敷を目指すが、残りの者は馬車でブルエンヌ地方を抜けリシュリュー辺境伯領都に向け旅を続けることにした。
王都から一緒の獣人ジャコブは飛竜に乗り、リシュリュー辺境伯の獣人騎士団と目通りしてもらう。
今後の貴重な兵力になる獣人たちと、王都に潜伏している獣人のリーダーでもあるジャコブと連携を取っていてほしいのだ。
幼いころにお祖父様に連れられ妹と訪れたリシュリュー辺境伯領邸。
なにも変わらない屋敷、騎士団の熱気、ただ辺境伯一家の顔ぶれが少し変わっていた。
「久しいですな、殿下」
「しばらく世話になる。もう殿下ではない。ただのヴィーだ。それより・・・、ベルナールも」
「お久しぶりです。ミゲルが手に入れてくれた魔道具のおかげで、こうして皆様の前に出られるようになりました」
ニコッと笑うリシュリュー辺境伯の長男、ベルナール。
病弱で次期辺境伯は次男が継ぐことになり、屋敷の奥深くにひっそりと過ごしていると、王都では噂されていた人物だ。
そして、俺が初めて会った奴隷ではない獣人。
「魔道具のおかげで、あちらの動きも随分と活発になった。あんなことさえなければ、目的を果たすのも近かっただろうに」
「そのことは、落ち着いて話しましょう」
ベルナールに促され、屋敷の中へ足を進める。
「ヴィー様。俺たちは騎士団の方へ行きます」
ジャコブたちが俺の許しを得て、騎士団の獣人たちへと混じっていく。
俺はユーグだけを伴い、幼いころの記憶と答え合わせをしながら進む。
「ひととおりのことはロドルフからの便りで。むしろ王宮内のことはヴィー様はご存じないかと?」
「ああ。そうだな。俺を含めた死亡が民に伝えられたのと、陛下が病気でユベールが政務を行うことになった・・・ぐらいしか知らん」
淹れてもらった紅茶の香りを久々に楽しみ、ゆっくりと口に運ぶ。
「残念ながら、陛下は幽閉されザンマルタンの奴等の手中に。ジラール公爵たちは・・・あのパーティーでほぼ壊滅です。ノアイユ公爵家は当主と嫡男は同じくパーティーで凶刃に倒れています」
「ノアイユ公爵領地を通り過ぎたが、後継争いをしているようには見えなかったな」
そう、ジラール公爵領地でさえ、あんなにも醜い様に成り下がったというのに、ノアイユ公爵領地は何も起きていないかのようだった。
「ノアイユ公爵の弟がすんなりと後を継ぎましたよ。とくに揉めてもいませんね。ザンマルタン家とはいい感じに距離をとっていますので、いまだに中立派を取りまとめています」
「しかし・・・、フランソワは亡くなったが、アデライド妃とジュリエットは陛下と同じように幽閉されてるのでは?ノアイユ公爵家にとっては人質ともなるが?」
リシュリュー辺境伯の顔に痛みが走った。
「ふー。それはもうひとつの報告と関係がありまして・・・」
リシュリュー辺境伯の話とは、奴隷解放された王宮の亜人奴隷たちのことだった。
たしか、ほとんどの亜人奴隷には、冒険者ギルドのギルドマスターが衛兵として潜り込ませた冒険者を連絡係として、計画のことを広めていたはず。
予定外の奴隷解放となったが、予め計画していた通り、冒険者ギルドの協力者たち、ミゲルたちのもとへと逃げたと思っていたが?
俺が生死を彷徨っていた間に、かなりの人数が逃げてきたことで、イザックたちが匿うのに四苦八苦していたと記憶している。
「ええ。獣人や小人、巨人族、ドワーフなどは逃げることを優先しましたので、かなりの人数を保護することができたとロドルフからも報告を受けています。少人数ずつ移動させ、ここリシュリュー辺境伯領で残る者と国外に脱出させる者と振り分けるつもりです」
それは急遽決まった話だな。
そもそも、船で川を渡り隣国のミュールズ国へ逃がすつもりだったのだから。
俺は反対していたがな・・・。
「しかし、エルフ族は逃げることより報復を選びました」
「なに?」
「彼の者たちは自尊心が強く、奴隷の身に堕とされたのが許せなかったのでしょう。逃げるよりも王族に報復することを優先し、その大多数が騎士たちに・・・」
「しかし、エルフ族は奴隷と言っても獣人たちと違って下働きとかではなかったぞ?」
エルフ族は見目が麗しいこともあって、観賞用としてベアトリス妃やアデライド妃が競うように仕入れていたはずだ。
その扱いは下働きの奴隷よりは良かったと思うが・・・、手入れはお金もかかって大変だとフランソワたちも愚痴ってたから・・・。
「扱いの良し悪しは関係ないですよ。ヴィー様も自身が奴隷に堕とされたら扱いが上等でも屈辱でしょう?エルフ族もそうです。そして、その報復先が第3妃のアデライド妃とジュリエット王女様へ」
「まさか?」
「いいえ。命に別状はないそうですよ。ただ・・・意識が無く、お顔にも酷い傷が・・・」
それは、美を貴ぶノアイユ公爵家としては・・・死ぬよりも辛いお立場になられたとしか思えない。
それもジュリエットまでが、傷を負ったとは・・・。
「そうか・・・。不甲斐ない兄だな。弟も妹も守れない・・・」
「おや?まだユベール殿下とエロイーズ殿下がおりますよ?」
ずっと黙って控えていたベルナールが、軽やかに言い放つ。
ドンッ!と強くテーブルを拳で叩き、ベルナールを睨め付ける。
「あれが姉弟のものかっ。あれは敵だ!いずれ俺がこの手で葬る者だっ!」
「落ち着かれよ。そのように感情に任せるものではありませんよ。貴方は簒奪者になるのですから」
楽しそうに目を半月型に歪めベルナールは、俺を挑発する。
「ふんっ。分かっている」
そう・・・、俺は王座を取り戻す。
そのためには、血を分けた姉弟であろうとも、父親だろうとも、この剣で首を刎ねるのだから。
俺はぐっと剣の柄を握りしめた。
ああーっ・・・旨い!旨いよーっ
はぐはぐとおにぎりを口に入れては、両目を瞑ってじーんと感激する私。
ああ・・・涙が零れて止まらないよー!
旨ーい、うーまーいーよー!
ボロボロ泣きながら塩おにぎりと醤油と味噌の焼きおにぎりを頬張っていた私。
そして、そんな私に鋭い視線を向けていたアルベール・・・。
そんな視線に気づくはずもなく、リュシアンとリオネルとおにぎり争奪戦に参戦するのだった。
朴訥でよく働く領民たちの顔には、いつかの笑顔ではなく不安と焦燥が見て取れた。
まさか・・・あれほどお祖父様がまとめ上げていたジラール公爵領が、こんな呆気なく崩れ落ちていくなんて・・・。
ユーグやイザックには強気の態度で口にできた言葉が、今は空しく聞こえるだけだ。
ジラール公爵領はすでに敵の手に落ちている。
「ふー、お祖父様と伯父上たちが亡くなって、こんなにも乱れるとは思わなかったな。今までは本家の顔を窺って大人しくしていただけの輩が多かったのか・・・。お祖父様も無念だろう」
次期公爵の座を巡っての争いは、熾烈で狡猾で唾棄すべきものに変容していた。
そして、その種を蒔いたのはザンマルタン家とミュールズ国。
今、叔母上の嫁ぎ先と、大叔父家族と、分家の末端までが入り乱れて、後継争いをしている惨状だ。
当然、当主が変われば領民の生活も変貌せざるを得ない。
わりと良心的だった税や、血の通った政策、福祉事業がどうなるのか・・・。
「ここも、他の貴族領と変わらない地になるのか・・・」
母に連れられて訪れた暖かな地が、冷たい愚か者たちの遊技場へと変わる。
「・・・ヴィー様が、いずれ全てを正し、あの方たちが望んだ国へと育てるのです」
ユーグがそっと俺の背に手を添える。
細く長く息を吐き、気持ちを切り替えよう。
この地を忘れない。
必ず、この国の頂に就いたときには、お祖父様たちが夢見た国を造る、造ってみせる。
そのためにも・・・。
「行こう。早くリシュリュー辺境伯との待ち合わせ場所へ移動したい」
「はい」
俺は踵を返し、ピエーニュの森へと姿を隠す。
今は、この地を去ろう。
次に訪れるときは、国に安寧を齎す者としてか、血に染める侵略者としてかは、分からない。
リシュリュー辺境伯が迎えにと寄こしたのは、飛竜騎士の小隊だった。
見慣れた騎士の顔を見た途端、ほっと肩の力が抜けたのがわかる。
このままユーグと数名の供を連れ飛竜でリシュリュー辺境伯の屋敷を目指すが、残りの者は馬車でブルエンヌ地方を抜けリシュリュー辺境伯領都に向け旅を続けることにした。
王都から一緒の獣人ジャコブは飛竜に乗り、リシュリュー辺境伯の獣人騎士団と目通りしてもらう。
今後の貴重な兵力になる獣人たちと、王都に潜伏している獣人のリーダーでもあるジャコブと連携を取っていてほしいのだ。
幼いころにお祖父様に連れられ妹と訪れたリシュリュー辺境伯領邸。
なにも変わらない屋敷、騎士団の熱気、ただ辺境伯一家の顔ぶれが少し変わっていた。
「久しいですな、殿下」
「しばらく世話になる。もう殿下ではない。ただのヴィーだ。それより・・・、ベルナールも」
「お久しぶりです。ミゲルが手に入れてくれた魔道具のおかげで、こうして皆様の前に出られるようになりました」
ニコッと笑うリシュリュー辺境伯の長男、ベルナール。
病弱で次期辺境伯は次男が継ぐことになり、屋敷の奥深くにひっそりと過ごしていると、王都では噂されていた人物だ。
そして、俺が初めて会った奴隷ではない獣人。
「魔道具のおかげで、あちらの動きも随分と活発になった。あんなことさえなければ、目的を果たすのも近かっただろうに」
「そのことは、落ち着いて話しましょう」
ベルナールに促され、屋敷の中へ足を進める。
「ヴィー様。俺たちは騎士団の方へ行きます」
ジャコブたちが俺の許しを得て、騎士団の獣人たちへと混じっていく。
俺はユーグだけを伴い、幼いころの記憶と答え合わせをしながら進む。
「ひととおりのことはロドルフからの便りで。むしろ王宮内のことはヴィー様はご存じないかと?」
「ああ。そうだな。俺を含めた死亡が民に伝えられたのと、陛下が病気でユベールが政務を行うことになった・・・ぐらいしか知らん」
淹れてもらった紅茶の香りを久々に楽しみ、ゆっくりと口に運ぶ。
「残念ながら、陛下は幽閉されザンマルタンの奴等の手中に。ジラール公爵たちは・・・あのパーティーでほぼ壊滅です。ノアイユ公爵家は当主と嫡男は同じくパーティーで凶刃に倒れています」
「ノアイユ公爵領地を通り過ぎたが、後継争いをしているようには見えなかったな」
そう、ジラール公爵領地でさえ、あんなにも醜い様に成り下がったというのに、ノアイユ公爵領地は何も起きていないかのようだった。
「ノアイユ公爵の弟がすんなりと後を継ぎましたよ。とくに揉めてもいませんね。ザンマルタン家とはいい感じに距離をとっていますので、いまだに中立派を取りまとめています」
「しかし・・・、フランソワは亡くなったが、アデライド妃とジュリエットは陛下と同じように幽閉されてるのでは?ノアイユ公爵家にとっては人質ともなるが?」
リシュリュー辺境伯の顔に痛みが走った。
「ふー。それはもうひとつの報告と関係がありまして・・・」
リシュリュー辺境伯の話とは、奴隷解放された王宮の亜人奴隷たちのことだった。
たしか、ほとんどの亜人奴隷には、冒険者ギルドのギルドマスターが衛兵として潜り込ませた冒険者を連絡係として、計画のことを広めていたはず。
予定外の奴隷解放となったが、予め計画していた通り、冒険者ギルドの協力者たち、ミゲルたちのもとへと逃げたと思っていたが?
俺が生死を彷徨っていた間に、かなりの人数が逃げてきたことで、イザックたちが匿うのに四苦八苦していたと記憶している。
「ええ。獣人や小人、巨人族、ドワーフなどは逃げることを優先しましたので、かなりの人数を保護することができたとロドルフからも報告を受けています。少人数ずつ移動させ、ここリシュリュー辺境伯領で残る者と国外に脱出させる者と振り分けるつもりです」
それは急遽決まった話だな。
そもそも、船で川を渡り隣国のミュールズ国へ逃がすつもりだったのだから。
俺は反対していたがな・・・。
「しかし、エルフ族は逃げることより報復を選びました」
「なに?」
「彼の者たちは自尊心が強く、奴隷の身に堕とされたのが許せなかったのでしょう。逃げるよりも王族に報復することを優先し、その大多数が騎士たちに・・・」
「しかし、エルフ族は奴隷と言っても獣人たちと違って下働きとかではなかったぞ?」
エルフ族は見目が麗しいこともあって、観賞用としてベアトリス妃やアデライド妃が競うように仕入れていたはずだ。
その扱いは下働きの奴隷よりは良かったと思うが・・・、手入れはお金もかかって大変だとフランソワたちも愚痴ってたから・・・。
「扱いの良し悪しは関係ないですよ。ヴィー様も自身が奴隷に堕とされたら扱いが上等でも屈辱でしょう?エルフ族もそうです。そして、その報復先が第3妃のアデライド妃とジュリエット王女様へ」
「まさか?」
「いいえ。命に別状はないそうですよ。ただ・・・意識が無く、お顔にも酷い傷が・・・」
それは、美を貴ぶノアイユ公爵家としては・・・死ぬよりも辛いお立場になられたとしか思えない。
それもジュリエットまでが、傷を負ったとは・・・。
「そうか・・・。不甲斐ない兄だな。弟も妹も守れない・・・」
「おや?まだユベール殿下とエロイーズ殿下がおりますよ?」
ずっと黙って控えていたベルナールが、軽やかに言い放つ。
ドンッ!と強くテーブルを拳で叩き、ベルナールを睨め付ける。
「あれが姉弟のものかっ。あれは敵だ!いずれ俺がこの手で葬る者だっ!」
「落ち着かれよ。そのように感情に任せるものではありませんよ。貴方は簒奪者になるのですから」
楽しそうに目を半月型に歪めベルナールは、俺を挑発する。
「ふんっ。分かっている」
そう・・・、俺は王座を取り戻す。
そのためには、血を分けた姉弟であろうとも、父親だろうとも、この剣で首を刎ねるのだから。
俺はぐっと剣の柄を握りしめた。
ああーっ・・・旨い!旨いよーっ
はぐはぐとおにぎりを口に入れては、両目を瞑ってじーんと感激する私。
ああ・・・涙が零れて止まらないよー!
旨ーい、うーまーいーよー!
ボロボロ泣きながら塩おにぎりと醤油と味噌の焼きおにぎりを頬張っていた私。
そして、そんな私に鋭い視線を向けていたアルベール・・・。
そんな視線に気づくはずもなく、リュシアンとリオネルとおにぎり争奪戦に参戦するのだった。
応援ありがとうございます!
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