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祈ることしかできない自分を責めないで

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宿屋の自分たちに宛がわれた部屋に入ると、どっと疲れを感じた。
よろよろと歩き、ソファにようやく腰を下ろすと、深いため息が口から洩れた。

「ヴィー様。お茶・・・淹れますね」

青い顔した主人を気遣う獣人のユーグは、慣れない手付きでお茶を淹れようとする。

「ああ・・・。酒を、ワインにしてくれ」

手で目を覆い上を向く。
酒を飲んでしまったら、ベルナールから仕入れた情報を精査することができないかもしれないが、それよりも何よりもアルコールを体に入れてしまいたかった。

「あまり、飲みすぎないでくださいよ」

渋い顔をしたユーグが、ワインボトルとグラスを持ってくる。

「ユーグも座って、付き合ってくれ。ひとりだと悪い考えしか浮かばない」

「ベルナール様の話ですか?」

コクリと頷いた俺は、自分でグラスにワインを注ぐ。

「シルヴィーが生きていることは喜ばしい。しかも、信頼できる仲間とトゥーロン王国を出国しているとなれば、安心だ・・・」

だが、ベルナールの話ではそんな単純なことでもないらしい。
忌々しいザンマルタン家とミュールズ国・・・そして、我が国の宰相派たちめ。
俺はワインを飲みながら、ベルナールから聞いた話をもう一度、ユーグ相手に整理することにした。







「シルヴィーは、あのパーティーに参加していた。ザンマルタン家に与する貴族以外は、殺されたか拘束されたと聞いたが?」

子供の彼女がひとりで参加できるパーティーではない。
そのことから、例え面識の無い妹でも、ユベールたちも気づくだろう、彼女が忘れられていた第4王女だと。
当然、その場で生き長らえたとしても、拘束後どういう扱いをされたのか、考えるのも悍ましい。

「それがね、彼女は怪我ひとつ負うことなく会場から逃げ出し、王城どころかトゥーロン王国からも脱出しているよ」

ニコニコ顔の上機嫌で語るベルナールに、俺は怪訝な顔をしてみせた。

「バカな。シルヴィーには護衛兵士もいないし、満足な使用人もいない。傍にいて世話をしていたのは亜人奴隷だけと聞いている」

その亜人奴隷も殺されているか、隷属魔法陣が破壊された影響で離ればなれになったか、最悪憂さ晴らしとしてシルヴィーに何か・・・。

「そうだよね。そう考えるのが正しいよ。でも彼女はね、使用人となった亜人奴隷たちと強力して、離宮から必要な物を根こそぎ分捕って逃げたらしいよ?君の妹なのにリリアーヌ嬢と違って逞しいよね」

「はあ?」

あの日、幼いリリアーヌの頃のドレスを着ていたあの少女が?

「彼女は、たぶんずっと前から城出を企んでいたんじゃないかな?そして、あの日、事件のどさくさに紛れて逃げた。それだけじゃない、亜人奴隷の解放として王家の秘儀、隷属の魔法陣を破壊していった」

「まさかっ!」

シルヴィーは、生まれた時から王城の外れの離宮から出たことは、ほぼない。
それなのに、王宮のどこかにある隷属の魔法陣の場所も破壊方法も分かるはずがないし、そんな力もない、ただの子供だ!

「ふふふ。君が知らないだけだよ?彼女は見事に奴隷たちを解放して、自らもトゥーロン王国から脱出してみせた。本来なら人道的な国として人気の高いミュールズ国へ行くべきなのに、彼女は敢えてミュールズ国から離れたルートを進み・・・この国に辿り着いた」

「ここに・・・シルヴィーが・・・」

「離宮に閉じ込められていたはずのみそっかす王女が、なぜミュールズ国の裏の顔に気づいたんだろうね?君たちだってミュールズ国の王太子たちと出会わなければ、気付かなかったでしょ?」

そうだ。
亜人奴隷、亜人差別に心を痛めていたが、どうにかしたいと真剣に思い始めたのは、ミュールズ国の王太子と第2王子と知り合ってから。
そして、全ての元凶がミュールズ国であると理解したのは、リリアーヌと第2王子アベルとの婚約の話が進み始めた頃だ。
なのに、シルヴィーは知っていた?

「でもさ、君たち王族を殺しまくったのはミュールズ国の意向では無かったみたいなんだよね。ミュールズ国が次代の傀儡の王として狙っていたのは・・・第3王子のフランソワだったし」

ミュールズ国の前国王と現国王が考えていたシナリオは、第3王子フランソワを王に担ぎ上げること。
外祖父のノアイユ公爵は、芸術事に興味があっても政には無関心だ。
確かに・・・祖父ジラール公爵よりも扱いやすく、ザンマルタンよりも金に執着がない。

「どちらかというと、ユベール王子の出来の悪さに嫌気が差したからだと思うよ。実際、宰相派はユベール王子を見限った」

宰相派はとにかく王家に忠誠を誓う派閥だ。
だが、王族であれば、誰でもいいという、いささか特殊な考えを持っている。
つまり、王族の血が入っていれば、俺でもユベールでもシルヴィーでも、王冠さえ被れば膝を付くのだ。
なのに、ユベールを見限った?

「ユベール王子としては、邪魔者は全員殺したのに、まさか実の姉が一番の邪魔者だとは思わなかった。ユベール王子とエロイーズ王女で王位を巡って争っているらしいよ」

姉弟の争いが苛烈過ぎて、祖父でもあるザンマルタンは頭を抱えているらしい。
そのおかげで、病気として幽閉中の父である国王を葬ることもできずに生かしているというのは、まだ救いかもしれない。

「そして、宰相派が目に付けた王族が、第4王女のシルヴィー殿下。同じく、ユベール王子たちを王位に即けたくないミュールズ国が探し始めたのも第4王女のシルヴィー殿下。その動きに気づけば、ザンマルタンやユベール王子たちはシルヴィー殿下を殺そうと刺客を放つよね」

ニヤッと笑って俺の顔を伺うベルナール。

「そんな・・・。あの子はまだ子供じゃないか・・・」

それも、王族として生まれたのに忘れられて、満足に世話もしてもらえず、痩せた子供だったのに。

「まあ、この国で旅を続けたら出会うかもしれないし、まだどちらの勢力も王女を見つけていないから大丈夫だよ?今はたったひとりでも妹が無事だったことを喜べば?」

「・・・失礼する」

完全に面白がっているベルナールに怒りが沸いて、握る両拳に力が入る。
そのまま、ベルナールの部屋を早足で辞した。







こうして、落ち着いて考えると疑問が出てくる。
何よりも、ベルナールはどうやってその情報を掴んだ?
現在のトゥーロン王国の内部のことも、ミュールズ国の動静も。
たぶん・・・。

「リシュリュー辺境伯とは別に情報網を持っている」

リシュリュー辺境伯から連れてきた騎士や使用人は、ベルナール自身にいるのだろう。
ベルナールの目的のために。

「ヴィー様。シルヴィー殿下を探すためにベルナール様たちとは、別行動なさいますか?」

「いや。それはベルナールが許さないだろう。奴は妹が同じ国にいて狙われているのが分かっても手出しができずに藻掻く俺が見たいのだ」

「そんな・・・」

「仕方ない。我がトゥーロン王国の王族は奴にそれほどの恨みを持たれることをしたのだから」

ただ、その恨みは俺たちへ。
何も罪のない幼い妹、シルヴィーに向けられることのないように・・・、俺は祈ることしかできなかった。

どうか、無事で。







「ちょっと!ヴィーさん。こっちにまで防御シールドかけたら掘れませんよ!」

「無理言わないでよ!こっちも必死なんだからあああぁぁぁっ」

鉱山ダンジョンに潜るようになって幾日、なかなかこれだ!という鉱石が見つからないから、今日はいつもと違う坑道へ入りました私たち。

でも狭いのよっ!
そこへ、魔獣がわんさかと出たら、戦うじゃない?
ルネとリオネルが、縦横無尽に、狭い坑道の中を・・・って、落盤事故発生したらどうすんのよっ!
私は嫌よ?
こんな所で窒息したり、圧死したりとか・・・。
だから坑道全体に防御膜シールドを張ったら、今度は採掘組みのセヴランたちからツルハシが岩盤に刺さらないとクレームが・・・。

「もう!ルネとリオネル!もっと大人しく戦いなさーい!」

「「ムーリー!」」

坑道に楽し気な声が反響するのだった。


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