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第一王子でした(2)
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ルーツィンデは思わず声を漏らした。青年――アレクシスの言葉を少しずつ、少しずつ噛み砕いて理解していく。そして――
勢いよく立ち上がり、アレクシスを見下ろした。
「帰って」
彼はきょとん、と不思議そうな様子でルーツィンデを見上げてくるが、意思を変えるつもりはなかった。
「帰ってって言ってるの」
「……魔女様? どういうことでしょう?」
「いいから帰って!」
突然のできごとにアレクシスは困惑しているようだったが、それでも動く気配はなくて。
ルーツィンデは人差し指をピン、と立てると彼のほうを指差し、そして次に玄関へ向けて振った。すると先ほどのティーカップのように薄桃色の粉に包まれ、アレクシスは宙にふわりと浮いて猛烈な勢いで運ばれる。玄関の扉を魔法で開ければ彼はそのまま家の外へ飛び出し、どこかへ行ってしまった。
バタン、と音を立てて扉が閉まる。ルーツィンデはそんな光景を見つめながらやけにのんびりとした動作でどさりと椅子に腰掛けた。テーブルに肘をついて額を押さえ、はぁ、と盛大なため息をつく。
(クレメンティア、ね……)
かつてのことが思い起こされ、ルーツィンデは力なく首をゆるゆると振った。もう三百年も前のことだ。いいかげん国名を聞くだけで我を忘れてしまうのを治さないと。
そうは思うけれど、あのときの絶望は、怒りは、悲しみは、ルーツィンデの心に深く刻み込まれていて。
――ルーツィンデ、もう終わってしまったことだ。なにも変えられないんだ。だからそのように囚われてしまってはいけないよ。
(わかっています、師匠)
師がまだ生きていたころ、何度も何度も繰り返して言われた言葉。その通りだとルーツィンデだってわかっているし、そうしたい。それでも。
(でも、無理なんですよ……)
師匠が死に、あのできごとから三百年以上経った今でも、ルーツィンデはクレメンティアと聞くだけで激昂してしまう。どうしても。
はぁ、と再度ため息をつきつつ、ルーツィンデはちらりとテーブルの反対側に置かれたティーカップを見た。そこには一切口をつけられていない紅茶が注がれていて、先ほどまでその近くに座っていた青年のことを思い出させる。彼はどうしてルーツィンデの態度が豹変したのかわからず、ただひたすら困惑していた。
(申し訳ないことしちゃったわね……)
しかしどうしてクレメンティアの――しかも第一王子と関わることができよう? 未だにあの傷は癒えていないというのに。
むしろここで追い出さずに親しくなって、その後感情を爆発させて先ほどのような行動をしてしまうよりはマシだった。きっとそう。そう思うようにしてルーツィンデは魔法を使い、キッチンに移動させていた夕食をテーブルの上に持ってきて食べ始める。
冷えてしまった夕食は味気なく、心が晴れることはなかった。
そうして翌日からはいつも通りの生活に戻――るつもりだったのだが。
その夜、また昨夜のように家の扉がノックされた。なんとなく予感を覚えながらも、今度こそ依頼人かと思って慎重に扉を開けたのだが――
「な、なんでここにいるのよ!?」
扉の前には昨夜の青年――アレクシスがおり、にっこりと笑みを浮かべながら跪いていたのだった。
勢いよく立ち上がり、アレクシスを見下ろした。
「帰って」
彼はきょとん、と不思議そうな様子でルーツィンデを見上げてくるが、意思を変えるつもりはなかった。
「帰ってって言ってるの」
「……魔女様? どういうことでしょう?」
「いいから帰って!」
突然のできごとにアレクシスは困惑しているようだったが、それでも動く気配はなくて。
ルーツィンデは人差し指をピン、と立てると彼のほうを指差し、そして次に玄関へ向けて振った。すると先ほどのティーカップのように薄桃色の粉に包まれ、アレクシスは宙にふわりと浮いて猛烈な勢いで運ばれる。玄関の扉を魔法で開ければ彼はそのまま家の外へ飛び出し、どこかへ行ってしまった。
バタン、と音を立てて扉が閉まる。ルーツィンデはそんな光景を見つめながらやけにのんびりとした動作でどさりと椅子に腰掛けた。テーブルに肘をついて額を押さえ、はぁ、と盛大なため息をつく。
(クレメンティア、ね……)
かつてのことが思い起こされ、ルーツィンデは力なく首をゆるゆると振った。もう三百年も前のことだ。いいかげん国名を聞くだけで我を忘れてしまうのを治さないと。
そうは思うけれど、あのときの絶望は、怒りは、悲しみは、ルーツィンデの心に深く刻み込まれていて。
――ルーツィンデ、もう終わってしまったことだ。なにも変えられないんだ。だからそのように囚われてしまってはいけないよ。
(わかっています、師匠)
師がまだ生きていたころ、何度も何度も繰り返して言われた言葉。その通りだとルーツィンデだってわかっているし、そうしたい。それでも。
(でも、無理なんですよ……)
師匠が死に、あのできごとから三百年以上経った今でも、ルーツィンデはクレメンティアと聞くだけで激昂してしまう。どうしても。
はぁ、と再度ため息をつきつつ、ルーツィンデはちらりとテーブルの反対側に置かれたティーカップを見た。そこには一切口をつけられていない紅茶が注がれていて、先ほどまでその近くに座っていた青年のことを思い出させる。彼はどうしてルーツィンデの態度が豹変したのかわからず、ただひたすら困惑していた。
(申し訳ないことしちゃったわね……)
しかしどうしてクレメンティアの――しかも第一王子と関わることができよう? 未だにあの傷は癒えていないというのに。
むしろここで追い出さずに親しくなって、その後感情を爆発させて先ほどのような行動をしてしまうよりはマシだった。きっとそう。そう思うようにしてルーツィンデは魔法を使い、キッチンに移動させていた夕食をテーブルの上に持ってきて食べ始める。
冷えてしまった夕食は味気なく、心が晴れることはなかった。
そうして翌日からはいつも通りの生活に戻――るつもりだったのだが。
その夜、また昨夜のように家の扉がノックされた。なんとなく予感を覚えながらも、今度こそ依頼人かと思って慎重に扉を開けたのだが――
「な、なんでここにいるのよ!?」
扉の前には昨夜の青年――アレクシスがおり、にっこりと笑みを浮かべながら跪いていたのだった。
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