王子様は魔女になりたいそうです

白藤結

文字の大きさ
4 / 9

第一王子でした(2)

しおりを挟む
 ルーツィンデは思わず声を漏らした。青年――アレクシスの言葉を少しずつ、少しずつ噛み砕いて理解していく。そして――
 勢いよく立ち上がり、アレクシスを見下ろした。

「帰って」

 彼はきょとん、と不思議そうな様子でルーツィンデを見上げてくるが、意思を変えるつもりはなかった。

「帰ってって言ってるの」
「……魔女様? どういうことでしょう?」
「いいから帰って!」

 突然のできごとにアレクシスは困惑しているようだったが、それでも動く気配はなくて。
 ルーツィンデは人差し指をピン、と立てると彼のほうを指差し、そして次に玄関へ向けて振った。すると先ほどのティーカップのように薄桃色の粉に包まれ、アレクシスは宙にふわりと浮いて猛烈な勢いで運ばれる。玄関の扉を魔法で開ければ彼はそのまま家の外へ飛び出し、どこかへ行ってしまった。

 バタン、と音を立てて扉が閉まる。ルーツィンデはそんな光景を見つめながらやけにのんびりとした動作でどさりと椅子に腰掛けた。テーブルに肘をついて額を押さえ、はぁ、と盛大なため息をつく。

(クレメンティア、ね……)

 かつてのことが思い起こされ、ルーツィンデは力なく首をゆるゆると振った。もう三百年も前のことだ。いいかげん国名を聞くだけで我を忘れてしまうのを治さないと。
 そうは思うけれど、あのときの絶望は、怒りは、悲しみは、ルーツィンデの心に深く刻み込まれていて。

 ――ルーツィンデ、もう終わってしまったことだ。なにも変えられないんだ。だからそのように囚われてしまってはいけないよ。
(わかっています、師匠)

 師がまだ生きていたころ、何度も何度も繰り返して言われた言葉。その通りだとルーツィンデだってわかっているし、そうしたい。それでも。

(でも、無理なんですよ……)

 師匠が死に、あのできごとから三百年以上経った今でも、ルーツィンデはクレメンティアと聞くだけで激昂してしまう。どうしても。
 はぁ、と再度ため息をつきつつ、ルーツィンデはちらりとテーブルの反対側に置かれたティーカップを見た。そこには一切口をつけられていない紅茶が注がれていて、先ほどまでその近くに座っていた青年のことを思い出させる。彼はどうしてルーツィンデの態度が豹変したのかわからず、ただひたすら困惑していた。

(申し訳ないことしちゃったわね……)

 しかしどうしてクレメンティアの――しかも第一王子と関わることができよう? 未だにあの傷は癒えていないというのに。
 むしろここで追い出さずに親しくなって、その後感情を爆発させて先ほどのような行動をしてしまうよりはマシだった。きっとそう。そう思うようにしてルーツィンデは魔法を使い、キッチンに移動させていた夕食をテーブルの上に持ってきて食べ始める。
 冷えてしまった夕食は味気なく、心が晴れることはなかった。



 そうして翌日からはいつも通りの生活に戻――るつもりだったのだが。
 その夜、また昨夜のように家の扉がノックされた。なんとなく予感を覚えながらも、今度こそ依頼人かと思って慎重に扉を開けたのだが――

「な、なんでここにいるのよ!?」

 扉の前には昨夜の青年――アレクシスがおり、にっこりと笑みを浮かべながら跪いていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

処理中です...