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王子様、褒める(2)
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アレクシスの穏やかな声が聞こえたが、ルーツィンデは一切そちらを見ることなく書物に目を落としたままだった。彼が危ない目にあっていないか心配していたと知られるのも、彼の来訪を心待ちにしていたと思われるのも、気恥ずかしかったからだ。
(そもそもね、心配したのはただ単にそれだと目覚めが悪いからであって、来るのを待ってなんかいないわ。ええ、むしろ来ないほうが煩わされなくて気が楽よ!)
そう心の中で誰にでもなく言い訳をしながらルーツィンデは書物に目を落とす。そうして読書をしているふりをしていたのだが、やがてそれも難しくなってきた。
穴があいてしまうのではと思ってしまうほど、隣に腰掛けたアレクシスがルーツィンデを凝視してきていたのだ。一瞬たりとも見逃さないかのようにじっと見つめられており、どうしてもそれが気になってしまってそわそわしてしまう。
……はぁ、とため息をつくと、ルーツィンデはパタンと本を閉じてアレクシスを睨みつけた。途端、彼はどうしてだか嬉しそうに頬を緩める。それを見てどうしてだか胸がざわついた。
平静平静、と自らに言い聞かせながらルーツィンデは「ちょっと」と口を開く。
「集中できないから、見るのやめてくれない?」
「嫌です」
食い気味な返事に、ルーツィンデはむっと顔を顰める。
「あなた、この前は邪魔はしないって言ってなかった?」
「ええ、言いましたね。けれど今回はお邪魔ではないでしょう? 魔女様は本を読んでなどいないのですし」
見事に言い当てられて頬が急速に熱を持った。「な、なんでそれを!」と思わず叫べば、クスクスと笑いながらアレクシスはルーツィンデの持っている本を指で示す。
「だって、本が逆さまじゃないですか」
「…………あ」
彼にそう言われて確認すれば、確かに本が上下逆になっていた。これでは本を読んでいたとは主張しがたいだろう。
慌ててルーツィンデは本の向きを直した。恥ずかしすぎて真正面から彼を見つめる勇気はなく、ちらりと横目でアレクシスのほうを窺う。彼はまるで幼子でも見るような瞳で微笑ましそうにルーツィンデを見下ろしており、不満を抱くものの、こんな初歩的なミスをしてしまったのだからある意味それも当然だとうなだれた。
(ああ、もう! なにをやっているのかしら、私……)
こんな失敗なんてここ百年近くやったことなどなかったのに、彼が来てからおかしい。今回の件もそうだが、彼がクレメンティアの第一王子だと知って激昂してしまったし、すでに何回も家に上げてしまっているため、今更強引に彼を追い払うのは気が引けてしまい、なんだかんだでいつも彼を拒絶することなく家に招き入れてしまっている。
(これじゃあまるで、国を追われる前に戻ったみたいじゃない……)
〝魔女〟となり三百年経ってもなにも成長していない自分に呆れつつ、ルーツィンデは頭を抱えた。はぁ、と自然とため息がこぼれる。
そのとき、クスリとアレクシスの押し殺したような笑い声が降ってきた。むっとしながら彼の方を見上げれば、まるで小動物でも見るような瞳でこちらを見下ろしてきていた。
「なによ」
「いえ。魔女様は可愛らしいな、と思っただけです」
(そもそもね、心配したのはただ単にそれだと目覚めが悪いからであって、来るのを待ってなんかいないわ。ええ、むしろ来ないほうが煩わされなくて気が楽よ!)
そう心の中で誰にでもなく言い訳をしながらルーツィンデは書物に目を落とす。そうして読書をしているふりをしていたのだが、やがてそれも難しくなってきた。
穴があいてしまうのではと思ってしまうほど、隣に腰掛けたアレクシスがルーツィンデを凝視してきていたのだ。一瞬たりとも見逃さないかのようにじっと見つめられており、どうしてもそれが気になってしまってそわそわしてしまう。
……はぁ、とため息をつくと、ルーツィンデはパタンと本を閉じてアレクシスを睨みつけた。途端、彼はどうしてだか嬉しそうに頬を緩める。それを見てどうしてだか胸がざわついた。
平静平静、と自らに言い聞かせながらルーツィンデは「ちょっと」と口を開く。
「集中できないから、見るのやめてくれない?」
「嫌です」
食い気味な返事に、ルーツィンデはむっと顔を顰める。
「あなた、この前は邪魔はしないって言ってなかった?」
「ええ、言いましたね。けれど今回はお邪魔ではないでしょう? 魔女様は本を読んでなどいないのですし」
見事に言い当てられて頬が急速に熱を持った。「な、なんでそれを!」と思わず叫べば、クスクスと笑いながらアレクシスはルーツィンデの持っている本を指で示す。
「だって、本が逆さまじゃないですか」
「…………あ」
彼にそう言われて確認すれば、確かに本が上下逆になっていた。これでは本を読んでいたとは主張しがたいだろう。
慌ててルーツィンデは本の向きを直した。恥ずかしすぎて真正面から彼を見つめる勇気はなく、ちらりと横目でアレクシスのほうを窺う。彼はまるで幼子でも見るような瞳で微笑ましそうにルーツィンデを見下ろしており、不満を抱くものの、こんな初歩的なミスをしてしまったのだからある意味それも当然だとうなだれた。
(ああ、もう! なにをやっているのかしら、私……)
こんな失敗なんてここ百年近くやったことなどなかったのに、彼が来てからおかしい。今回の件もそうだが、彼がクレメンティアの第一王子だと知って激昂してしまったし、すでに何回も家に上げてしまっているため、今更強引に彼を追い払うのは気が引けてしまい、なんだかんだでいつも彼を拒絶することなく家に招き入れてしまっている。
(これじゃあまるで、国を追われる前に戻ったみたいじゃない……)
〝魔女〟となり三百年経ってもなにも成長していない自分に呆れつつ、ルーツィンデは頭を抱えた。はぁ、と自然とため息がこぼれる。
そのとき、クスリとアレクシスの押し殺したような笑い声が降ってきた。むっとしながら彼の方を見上げれば、まるで小動物でも見るような瞳でこちらを見下ろしてきていた。
「なによ」
「いえ。魔女様は可愛らしいな、と思っただけです」
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