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第1部 家出して異世界へ
2-6ガサツな私でも天使みたいになれるだろうか?
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私はエア・ドルフィンに乗り、今日も町の上空を飛び回って練習をしていた。やはり、メインは町の地形を覚えることだ。
〈グリュンノア〉は、とにかく広い。建物が密集していたり、道が複雑な部分もるので、全て覚えるのは、かなり大変だった。
以前は、高度を高めにとって、ざっくりと地形を把握していた。しかし、最近は高度を低めにして、建物の名前や特徴、細い路地のチェック。また、行き交う人達の行動も、つぶさに見ていた。
もちろん、周りを飛んでいる、先輩シルフィード方の、飛び方や所作も、じっくり観察して勉強する。
シルフィード業界では『千飛知深』の言葉がよく使われていた。これは『千回飛べば、より深い部分を知ることが出来る』という意味だ。なので、新人のうちは、同じ場所を何百回も、それこそ文字通り千回以上、飛ぶこともある。
私も例にもれず、同じ場所を何度も飛び回っていた。ただ、お気に入りの場所が優先だけどね。
今は〈南地区〉にある〈豊穣通り〉という、パン屋の多い通りの上を飛んでいた。よく買いに来るし、パンの香りが漂う、お気に入りの飛行ポイントだ。パンの香ばしい匂いを嗅いでいると、だんだんお腹が減ってくる。
『今日のお昼は何にしようかなぁー?』なんて、ウキウキしながら考えていると、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
通りに目を向けると、少し先のほうで、手を降っている人を発見する。
「おーい、風歌ちゃーん!」
よく通る声で叫んでいるのは〈金麦亭〉の女将さんだった。
〈金麦亭〉は、私もよく通っている、老舗のパン屋さんだ。ゆっくりと高度を落としながら、彼女の直ぐ側に着地した。
「イグリットさん、こんにちは」
「こんにちは、風歌ちゃん。呼び止めちゃって、ごめんね。忙しかった?」
「いえいえ、今は練習飛行中なので、全然、平気ですよ」
私は笑顔で答える。
暇という訳でもないけど、自主練だから、時間の使い方は自由だった。見習いは、自分一人で練習し、分からない部分は先輩方を見て学ぶのが、シルフィード業界の伝統だ。何か、職人の世界に通ずるものがあるよね。
「悪いんだけど、ちょっと頼まれてくれないかしら?」
「私に出来ることなら、喜んで。何かあったんですか?」
「それがね、うちの亭主が熱を出して、寝込んじゃってさ」
「えぇー?! 大将、大丈夫なんですか?」
ここの店主は、いつも元気で、とても恰幅のいい人なので、病気になるイメージが全然、思い浮かばなかった。声もでかいし、豪快な人だからね。
「風邪をこじらせただけだから、大丈夫。寝てりゃ、すぐ治るから。ただ、配達が出来なくて困ってるのよ。いつも亭主が配達をやってたから」
「そういえば、学校にも配達してるんでしたっけ?」
「今日は学校の配達は、ない日だからいいんだけど、常連さんへの配達があってね。結構、遠い場所もあるのよ。私は店番があるから、離れられないし」
このお店は、夫婦二人でやっているから、一人は残っていないとダメだよね。個人店は、夫婦だけでやっているお店が多い。
「件数と場所は、どんな感じですか?」
「配達は七ヶ所で、一番遠い所が北の岬なんだけど……」
女将さんは、エプロンのポケットから配達リストを取り出す。
受け取ったリストにサッと目を通すと、どれも知っている場所だった。私も結構、地理に詳しくなって来たよね。
「これなら大丈夫です。どれも飛んだことがある場所なので」
「流石はシルフィードね。配達料は払うから、お願いできないかしら?」
「お金は結構ですよ。いつも、お世話になっていますし」
「あら、そんな訳には行かないわ。いつも買ってもらって、お世話になってるのは、こっちだし。それに、私はこういうの、キッチリしないとダメな性格なのよ」
「うーん……なら、現物支給でいただけますか? ここのパン大好きなので」
私は運送業じゃないし、そもそも、見習いは営業許可が降りてないので、お金をもらって人を乗せてはいけない。これは、荷物運びも同じだと思う。それより何より、お店の一ファンとして、普通に協力したかった。
「OK、分かったわ。じゃあ、報酬のパン、山盛り用意しておくわね」
「わーい、楽しみー」
結局、私は配達の代理を引受けることにした。エア・ドルフィンの後ろに、白い荷物ボックスをセットすると、町の上空に飛び立った。パンだから、そんなに重くはないけど、やはりボックスを載せると、バランスが取り辛い。
でも、お客様用の席のついた、客席付きエア・ドルフィンの練習も、たまにやっているので、特に問題はなさそう。
ちなみに、会社の敷地内で指導者付きなら、中型のエア・ドルフィンも運転できるんだよね。たまに、リリーシャさんの暇な時に、見てもらいながら試乗している。
私はリストの近い家から、順に回っていった。目的の家には直接、行ったことはない。でも、近くを通ったことなら何度もあるので、案外すんなりと発見できた。これぞ、日頃の練習の成果だ。
配達に行った家で、代理で届けに来たと告げると、皆『シルフィードに運んで貰えるなんて、凄く運がいい』と喜んでくれた。
シルフィードは『風の精霊の女王』の名にちなんでおり、幸運の象徴とされているからだ。別に、私自身が褒められてる訳じゃないんだけど、なんか嬉しい。
結局、何事もなくスムーズに、六件の配達を終えた。私って、宅配専門の『スカイ・ランナー』の素質もあるんじゃない? 狭いところを飛ぶのは得意だし、駐車テクニックも自信あるし。シルフィードには、あまり関係ない技術だけどね。
私は意気揚々と、最後の一軒に向かった。〈飛魚岬〉は、町の最北端にあり、結構な距離がある。全速力で飛ばし、ひたすら北を目指した。
こうして一直線に飛ぶと、改めて〈グリュンノア〉の大きさが分かる。町の面積だけ見ると、大国の首都などよりも、ずっと大きい。
やがて、磯の香りが漂い、町の雰囲気が変わってきた。〈北地区〉は、観光客はめったに訪れない場所で、田畑も多く、のんびりした雰囲気だ。他のエリアは開発が進み都会だけど、ここは手つかずで田舎な感じがする。
リストをもう一度、確認し、目印の青い屋根と花が一杯の庭を探した。ここら辺は、大きな建物があまりないので、目印も少ない。
しばらく飛び回っていると、それっぽい家を発見した。他に青い屋根の家もないし、カラフルな庭なので、たぶん合ってると思う。
ゆっくり庭に降りていくと、磯の香りから一転し、甘い花の香りに包まれた。私はエア・ドルフィンから降りると、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「うーん、いい香り。こんな素敵な庭、初めて見たよー」
綺麗な庭の家は見たことが有るが、ここまで手の込んだのは、初めてだった。
「あらあら、可愛らしいお客様ね」
車椅子に乗った、上品そうな老婦人が、笑顔で近づいてきた。
「あの、初めまして。〈金麦亭〉の代理でパンを届けに来ました」
私はペコリ頭を下げ挨拶する。
「まぁまぁ、わざわざありがとう。あなた、シルフィードさんでしょ? なぜ、パンの配達を?」
「私〈金麦亭〉にはよく行くので、大将と女将さんと顔見知りなんです。大将が熱で寝込んじゃったらしいので、私が代わりに来ました。あぁ、でも、ただの風邪らしいので、大将は大丈夫です」
「あらあら、そうだったの。でも、とても嬉しいわ。この二十年、シルフィードが配達してくれたのなんて、初めてですもの。何だか、とても幸運なことがありそうだわ」
老婦人は嬉しそうに微笑む。今日は配達したどこの家でも、物凄く歓迎してくれた。この町でのシルフィードの影響力って、本当に大きいよね。
「シルフィードと言っても、まだ見習いなので、そこまで効果があるかは、分かりませんが……。って、二十年も〈金麦亭〉から配達してもらっているんですか?」
「このお店のパンが大好きなの。開店時から、ずっと常連なのよ」
「私も〈金麦亭〉の大ファンなんです。特に、コーンマヨパンが大好きで。この町に来てから、足しげく通っています」
同じファンがいるのは、何かとても嬉しい。しかも、年季の入り方が凄い、超大先輩だ。
「昔は、普通に通っていたのだけれど。歩けなくなってからは、毎日、配達してもらっているの。結構、距離があるから、この足では、ちょっと厳しいのよね」
老婦人は一瞬、遠い目をしたが、どう言葉を返していいのか、私には分からなかった。
「あなた〈ホワイト・ウイング〉の方かしら?」
「はい、そうです。うちの会社を、ご存知なんですか?」
突然、きかれてちょっと驚く。でも、うちって小さい割には、有名みたいだよね。ナギサちゃんも、この町の人なら、誰でも知ってるって言ってたし。
「その腕章には、見覚えがあってね。昔、何度か、アリーシャさんに、お世話になったことがあるの。今は、娘さんがやられているのかしら?」
「はい、リリーシャさんが、会社を経営されています。私、アリーシャさんは話で聴いただけで、直接お会いしたことはないんです。どんな方だったのですか?」
「そうね……上品で温厚で優しくて、まるで天使みたいな人だったわ」
へぇー、じゃあ、リリーシャさんとそっくりな感じかな? リリーシャさんも、物凄く天使みたいな人だもんね。
「流石は、リリーシャさんのお母様。やっぱり『グランド・エンプレス』になる人は凄いですね。私なんか、全然、足元にも及ばないです」
滅茶苦茶、凄いリリーシャさんよりも、更に凄かったアリーシャさん。『グランド・エンプレス』への道のりは、果てしなく遠い……。
「あら、でも先ほどあなたが来た時、天使が舞い降りて来たのかと思ったわ」
老婦人は微笑みながら話す。
「えっ、私がですか? まだ、始めたばかりの見習いですし、上品さとかは全然ですけど……」
知識や技術はだいぶついてきた。でも、上品さばかりは、一朝一夕ではどうにもならないんだよねぇ。そもそも、私に最も遠い存在なので――。
「何というのかしら、纏っている風が、アリーシャさんと、そっくりなのよね」
「風……ですか?」
雰囲気のことかな? でも、私はガサツでせっかちだし、優しくもないよね……。
「あなたは将来、とても素敵なシルフィードになると思うわ」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
例えお世辞だったとしても、物凄く嬉しい。だって、こんな風に褒めて貰ったのって、初めてだもん。
しばしの会話のあと、私はパンを渡すと、老婦人に別れを告げ、再び空に飛び上がった。私が上昇している間も、老婦人は花が一杯の庭から、微笑みながら見守ってくれていた。私は彼女に手を降ったあと、ゆっくり加速して進み始めた。
「素敵なシルフィードになるかぁー、えへへっ。私も将来『天使みたい』って言われるようになれるのかな?」
天使といえば『天使の羽』の二つ名を持つ、リリーシャさんが一番近いと思う。今は果てしなく遠い存在だけど、いつかは手が届くところまで行けたらいいな。
いや、絶対に行かなきゃダメだ。リリーシャさんへの恩返しのためにもね……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『地上で働くシルフィードは誰よりも輝いていた』
風の中のスバル……砂の中の銀河――
〈グリュンノア〉は、とにかく広い。建物が密集していたり、道が複雑な部分もるので、全て覚えるのは、かなり大変だった。
以前は、高度を高めにとって、ざっくりと地形を把握していた。しかし、最近は高度を低めにして、建物の名前や特徴、細い路地のチェック。また、行き交う人達の行動も、つぶさに見ていた。
もちろん、周りを飛んでいる、先輩シルフィード方の、飛び方や所作も、じっくり観察して勉強する。
シルフィード業界では『千飛知深』の言葉がよく使われていた。これは『千回飛べば、より深い部分を知ることが出来る』という意味だ。なので、新人のうちは、同じ場所を何百回も、それこそ文字通り千回以上、飛ぶこともある。
私も例にもれず、同じ場所を何度も飛び回っていた。ただ、お気に入りの場所が優先だけどね。
今は〈南地区〉にある〈豊穣通り〉という、パン屋の多い通りの上を飛んでいた。よく買いに来るし、パンの香りが漂う、お気に入りの飛行ポイントだ。パンの香ばしい匂いを嗅いでいると、だんだんお腹が減ってくる。
『今日のお昼は何にしようかなぁー?』なんて、ウキウキしながら考えていると、誰かに名前を呼ばれたような気がした。
通りに目を向けると、少し先のほうで、手を降っている人を発見する。
「おーい、風歌ちゃーん!」
よく通る声で叫んでいるのは〈金麦亭〉の女将さんだった。
〈金麦亭〉は、私もよく通っている、老舗のパン屋さんだ。ゆっくりと高度を落としながら、彼女の直ぐ側に着地した。
「イグリットさん、こんにちは」
「こんにちは、風歌ちゃん。呼び止めちゃって、ごめんね。忙しかった?」
「いえいえ、今は練習飛行中なので、全然、平気ですよ」
私は笑顔で答える。
暇という訳でもないけど、自主練だから、時間の使い方は自由だった。見習いは、自分一人で練習し、分からない部分は先輩方を見て学ぶのが、シルフィード業界の伝統だ。何か、職人の世界に通ずるものがあるよね。
「悪いんだけど、ちょっと頼まれてくれないかしら?」
「私に出来ることなら、喜んで。何かあったんですか?」
「それがね、うちの亭主が熱を出して、寝込んじゃってさ」
「えぇー?! 大将、大丈夫なんですか?」
ここの店主は、いつも元気で、とても恰幅のいい人なので、病気になるイメージが全然、思い浮かばなかった。声もでかいし、豪快な人だからね。
「風邪をこじらせただけだから、大丈夫。寝てりゃ、すぐ治るから。ただ、配達が出来なくて困ってるのよ。いつも亭主が配達をやってたから」
「そういえば、学校にも配達してるんでしたっけ?」
「今日は学校の配達は、ない日だからいいんだけど、常連さんへの配達があってね。結構、遠い場所もあるのよ。私は店番があるから、離れられないし」
このお店は、夫婦二人でやっているから、一人は残っていないとダメだよね。個人店は、夫婦だけでやっているお店が多い。
「件数と場所は、どんな感じですか?」
「配達は七ヶ所で、一番遠い所が北の岬なんだけど……」
女将さんは、エプロンのポケットから配達リストを取り出す。
受け取ったリストにサッと目を通すと、どれも知っている場所だった。私も結構、地理に詳しくなって来たよね。
「これなら大丈夫です。どれも飛んだことがある場所なので」
「流石はシルフィードね。配達料は払うから、お願いできないかしら?」
「お金は結構ですよ。いつも、お世話になっていますし」
「あら、そんな訳には行かないわ。いつも買ってもらって、お世話になってるのは、こっちだし。それに、私はこういうの、キッチリしないとダメな性格なのよ」
「うーん……なら、現物支給でいただけますか? ここのパン大好きなので」
私は運送業じゃないし、そもそも、見習いは営業許可が降りてないので、お金をもらって人を乗せてはいけない。これは、荷物運びも同じだと思う。それより何より、お店の一ファンとして、普通に協力したかった。
「OK、分かったわ。じゃあ、報酬のパン、山盛り用意しておくわね」
「わーい、楽しみー」
結局、私は配達の代理を引受けることにした。エア・ドルフィンの後ろに、白い荷物ボックスをセットすると、町の上空に飛び立った。パンだから、そんなに重くはないけど、やはりボックスを載せると、バランスが取り辛い。
でも、お客様用の席のついた、客席付きエア・ドルフィンの練習も、たまにやっているので、特に問題はなさそう。
ちなみに、会社の敷地内で指導者付きなら、中型のエア・ドルフィンも運転できるんだよね。たまに、リリーシャさんの暇な時に、見てもらいながら試乗している。
私はリストの近い家から、順に回っていった。目的の家には直接、行ったことはない。でも、近くを通ったことなら何度もあるので、案外すんなりと発見できた。これぞ、日頃の練習の成果だ。
配達に行った家で、代理で届けに来たと告げると、皆『シルフィードに運んで貰えるなんて、凄く運がいい』と喜んでくれた。
シルフィードは『風の精霊の女王』の名にちなんでおり、幸運の象徴とされているからだ。別に、私自身が褒められてる訳じゃないんだけど、なんか嬉しい。
結局、何事もなくスムーズに、六件の配達を終えた。私って、宅配専門の『スカイ・ランナー』の素質もあるんじゃない? 狭いところを飛ぶのは得意だし、駐車テクニックも自信あるし。シルフィードには、あまり関係ない技術だけどね。
私は意気揚々と、最後の一軒に向かった。〈飛魚岬〉は、町の最北端にあり、結構な距離がある。全速力で飛ばし、ひたすら北を目指した。
こうして一直線に飛ぶと、改めて〈グリュンノア〉の大きさが分かる。町の面積だけ見ると、大国の首都などよりも、ずっと大きい。
やがて、磯の香りが漂い、町の雰囲気が変わってきた。〈北地区〉は、観光客はめったに訪れない場所で、田畑も多く、のんびりした雰囲気だ。他のエリアは開発が進み都会だけど、ここは手つかずで田舎な感じがする。
リストをもう一度、確認し、目印の青い屋根と花が一杯の庭を探した。ここら辺は、大きな建物があまりないので、目印も少ない。
しばらく飛び回っていると、それっぽい家を発見した。他に青い屋根の家もないし、カラフルな庭なので、たぶん合ってると思う。
ゆっくり庭に降りていくと、磯の香りから一転し、甘い花の香りに包まれた。私はエア・ドルフィンから降りると、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「うーん、いい香り。こんな素敵な庭、初めて見たよー」
綺麗な庭の家は見たことが有るが、ここまで手の込んだのは、初めてだった。
「あらあら、可愛らしいお客様ね」
車椅子に乗った、上品そうな老婦人が、笑顔で近づいてきた。
「あの、初めまして。〈金麦亭〉の代理でパンを届けに来ました」
私はペコリ頭を下げ挨拶する。
「まぁまぁ、わざわざありがとう。あなた、シルフィードさんでしょ? なぜ、パンの配達を?」
「私〈金麦亭〉にはよく行くので、大将と女将さんと顔見知りなんです。大将が熱で寝込んじゃったらしいので、私が代わりに来ました。あぁ、でも、ただの風邪らしいので、大将は大丈夫です」
「あらあら、そうだったの。でも、とても嬉しいわ。この二十年、シルフィードが配達してくれたのなんて、初めてですもの。何だか、とても幸運なことがありそうだわ」
老婦人は嬉しそうに微笑む。今日は配達したどこの家でも、物凄く歓迎してくれた。この町でのシルフィードの影響力って、本当に大きいよね。
「シルフィードと言っても、まだ見習いなので、そこまで効果があるかは、分かりませんが……。って、二十年も〈金麦亭〉から配達してもらっているんですか?」
「このお店のパンが大好きなの。開店時から、ずっと常連なのよ」
「私も〈金麦亭〉の大ファンなんです。特に、コーンマヨパンが大好きで。この町に来てから、足しげく通っています」
同じファンがいるのは、何かとても嬉しい。しかも、年季の入り方が凄い、超大先輩だ。
「昔は、普通に通っていたのだけれど。歩けなくなってからは、毎日、配達してもらっているの。結構、距離があるから、この足では、ちょっと厳しいのよね」
老婦人は一瞬、遠い目をしたが、どう言葉を返していいのか、私には分からなかった。
「あなた〈ホワイト・ウイング〉の方かしら?」
「はい、そうです。うちの会社を、ご存知なんですか?」
突然、きかれてちょっと驚く。でも、うちって小さい割には、有名みたいだよね。ナギサちゃんも、この町の人なら、誰でも知ってるって言ってたし。
「その腕章には、見覚えがあってね。昔、何度か、アリーシャさんに、お世話になったことがあるの。今は、娘さんがやられているのかしら?」
「はい、リリーシャさんが、会社を経営されています。私、アリーシャさんは話で聴いただけで、直接お会いしたことはないんです。どんな方だったのですか?」
「そうね……上品で温厚で優しくて、まるで天使みたいな人だったわ」
へぇー、じゃあ、リリーシャさんとそっくりな感じかな? リリーシャさんも、物凄く天使みたいな人だもんね。
「流石は、リリーシャさんのお母様。やっぱり『グランド・エンプレス』になる人は凄いですね。私なんか、全然、足元にも及ばないです」
滅茶苦茶、凄いリリーシャさんよりも、更に凄かったアリーシャさん。『グランド・エンプレス』への道のりは、果てしなく遠い……。
「あら、でも先ほどあなたが来た時、天使が舞い降りて来たのかと思ったわ」
老婦人は微笑みながら話す。
「えっ、私がですか? まだ、始めたばかりの見習いですし、上品さとかは全然ですけど……」
知識や技術はだいぶついてきた。でも、上品さばかりは、一朝一夕ではどうにもならないんだよねぇ。そもそも、私に最も遠い存在なので――。
「何というのかしら、纏っている風が、アリーシャさんと、そっくりなのよね」
「風……ですか?」
雰囲気のことかな? でも、私はガサツでせっかちだし、優しくもないよね……。
「あなたは将来、とても素敵なシルフィードになると思うわ」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
例えお世辞だったとしても、物凄く嬉しい。だって、こんな風に褒めて貰ったのって、初めてだもん。
しばしの会話のあと、私はパンを渡すと、老婦人に別れを告げ、再び空に飛び上がった。私が上昇している間も、老婦人は花が一杯の庭から、微笑みながら見守ってくれていた。私は彼女に手を降ったあと、ゆっくり加速して進み始めた。
「素敵なシルフィードになるかぁー、えへへっ。私も将来『天使みたい』って言われるようになれるのかな?」
天使といえば『天使の羽』の二つ名を持つ、リリーシャさんが一番近いと思う。今は果てしなく遠い存在だけど、いつかは手が届くところまで行けたらいいな。
いや、絶対に行かなきゃダメだ。リリーシャさんへの恩返しのためにもね……。
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次回――
『地上で働くシルフィードは誰よりも輝いていた』
風の中のスバル……砂の中の銀河――
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