私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

文字の大きさ
69 / 363
第2部 母と娘の関係

4-3全く知らなかったうちの大家さんの隠された過去

しおりを挟む
 午後四時半。私は終業前の掃除や、備品のチェックなどを全て終え、席に着き学習ファイルを開いていた。空いた時間は、ひたすら勉強が基本……。とはいえ、終業時間が迫って来ると、何かうずうずして落ち着かない。

 学生時代の、最後の授業が終わる直前と、同じ感覚だ。『仕事終わったら何しよう?』『夕飯は何にしようかな?』なんて、つい余計なことを考えてしまう。

 机の前にじっと座ってるのは、やっぱり苦手だった。でも、この仕事は大好きだから、残業だって喜んでやるつもりだ。もっとも、残業があったことは、一度もないんだけどね。

 リリーシャさんは、今日の予約の仕事を全て終え、事務所で黙々とデスクワークをしていた。マギコンを開いて、経理の仕事をやっている。

 私は数字とか苦手だから、あまりよく分からないんだよね。数字が得意なら、お仕事、手伝えるんだけど……。

 私は、リリーシャさんの手が止まった瞬間を見計らい、そっと声を掛けた。

「リリーシャさん、少しいいですか?」
「ええ、どうしたの?」
 リリーシャさんは、優しい笑顔を向けて来た。

「実は『蒼海祭』のことで、少し質問があるんですが。海で行われるレースは、ご存知ですか?」
「毎年〈サファイア・ビーチ〉で行われている『サファイア・カップ』ね」

 一流のシルフィードだし、ずっと地元にいるんだから、知ってて当然だよね。リリーシャさんは、生まれも育ちもこの町の『ノアーズ』なんだから。

「はい、それです。リリーシャさんは、参加されたことがありますか?」
「私は、参加したことはないけれど。見に行ったことは、何度もあるわ。地元の人がたくさん参加して、とても盛り上がるの」 

『サファイア・カップ』は、この町では、超人気があるイベントだ。本来『蒼海祭』は、海に感謝する神事なんだけど。『このレースが一番の楽しみ』って人が、かなり多いみたい。

「へぇー、それは楽しそうですね。実は――私も参加したいと思うんですが、出ても大丈夫でしょうか……?」

 私は恐る恐る口にする。あまり目立つことに参加するのは、シルフィードとしてマズイかもしれないし。まだ見習いだから、技術的にも微妙なので。

「あら、それはとても素敵ね。いい経験になると思うわ」
 意外にも、リリーシャさんは、笑顔でOKしてくれる。

 私は、てっきり止められると思っていた。リリーシャさんは、大らかな性格だけど、危ないことや無理なことは、絶対に許してくれないので。

「やったー! でも、私、水上は走ったことが無くて。会社に『ウォーター・ドルフィン』って、ありませんか?」 

 毎日、ガレージの中も掃除しているけど、ウォーター・ドルフィンは、見掛けたことがない。

「大きな会社だと、用意しているところも有るようだけど。残念ながら、うちの会社にはないの。私も乗ったことがないし、ごめんなさいね」

「いえ、私の思い付きですので、すいません。でも、どうしよう。どこかで、借りられないでしょうか――?」

 一人乗りの『ウォーター・ドルフィン』は、普通はシルフィード会社には、置いてないよね。水上観光の時は、水空両用の『エア・ゴンドラ』を使うし。

「海にある、マリンスポーツの施設で、レンタルできるけど。一回で、一万ベル以上はすると思うの」
「高っ! うーん、それだと気楽に練習は、できないですね……」

 いくら、十万ベルの商品券がもらえるとはいえ、優勝できる保証はないし。下手をしたら、賞品よりも、練習代のほうが、掛かるかもしれない。

 そもそも『ウォーター・ドルフィン』って、割とお金を持っている人の、娯楽だもんね。レンタルでも高いのは、しょうがないかも――。

 私が、どうしたものかと考えていると、
「それなら、ノーラさんに相談してみたら、どうかしら?」
 リリーシャさんが、意外な提案をしてきた。

「えっ、ノーラさんですか? ノーラさんって、マリンスポーツとか、するんですか?」 

 私には『おっかない、アパートの大家さん』のイメージしかなかった。

「確か、サファイア・カップも、優勝したことがあるはずよ」
「優勝?! ノーラさんって、元レーサーか何かですか?」
「いいえ。ノーラさんは、元シルフィードよ」

 リリーシャさんは、クスクス笑いながら答える。

「ん……えぇー?! あの人が、元シルフィードですかっ?」

 えぇー!? ちょっとちょっとー、聞いてないよ、そんな話! この町に来てから、色々驚いたことがあったけど、今の話が、一番ビックリしたよ。

 だって、シルフィードって、華麗で繊細なお仕事でしょ? ノーラさんて、全く対極じゃない? ガッチリした筋肉質で、肉体労働系の仕事をやっていたようにしか、見えなもん。

 いや、ちょっと待って……。てことは、最初からシルフィードのこと、滅茶苦茶、詳しかったんじゃん? どうりで『グランド・エンプレスになる』って言った時に、大笑いされたわけだ――。

「ノーラさんは『疾風の剣』ゲイルソードの二つ名を持ち『史上、最速のシルフィード』と言われていた、元『シルフィード・クイーン』なのよ」
「ええぇぇー?! うそっ……うちの大家さんが、元シルフィード・クイーン?」

 あまりの衝撃に、一瞬、脳がマヒした。

「風歌ちゃんに、格安で部屋を貸してくれたのも、シルフィード繋がりなのよ。私たちの先輩だし」
「そ、そうだったんですか――」

 なるほど、何かリリーシャさんと親し気だと思ったら、そういう繋がりだったんだ。

 それはさておき、元シルフィード・クイーンに、軽々しく『グランド・エンプレス宣言』しちゃったわけで……。ぎゃーー、超恥ずかしいーー!! 

「でも、なぜ『最速』って言われていたんですか? シルフィードって、そんなに速く飛んだりは、しないですよね?」

 運送や郵便の『スカイ・ランナー』は、かなり飛ばしているのを見かけるけど。シルフィードは、基本ゆっくり飛ぶことが多い。観光案内に、スピードは必要ないからね。

「ノーラさんは、色んなレースで優勝しているの。レースの参加は、趣味らしいのだけれど。『ノア・グランプリ』でも、優勝しているのよ」
「凄っ!! それってもう、プロと変わらないじゃないですか?」

『ノア・グランプリ』とは、この町で年に一度行われる、年間イベントの一つ。しかし『GSR』(グランド・スカイ・レース)と言われる、最もグレードの高いレースだった。

 世界中から、一流のプロたちが集まる、超ハイレベルなレースだ。向こうの世界でいうところの『F1』みたいな感じかな。
 
「プロチームからのお誘いも来ていたみたいだし、実力はプロと変わらないわね。でも、ノーラさんは、あくまで趣味なんですって」

 リリーシャさんは、微笑みながら語る。

「もしかして、ノーラさんって、とんでもなく凄い人だったんですか?」

 いつも、ほうきを片手に掃除している姿しか知らないので、ピンと来ない。いまだに、頭の中が混乱している。

「元シルフィード・クイーンの時点で、とても凄い人だと思うわよ。風歌ちゃんは『蒼空の女神スカイゴッドネス』を知っているかしら?」

「はい、現シルフィード・クイーンで、プロレーサーの、ミルティア・フォードさんですよね?」 

『魔法祭』のパレードを見に行った時、私の目の前を、ゴンドラに乗って通過した。すっごくカッコイイ人だったので、よく覚えている。

「彼女は、ノーラさんに憧れて、シルフィードとレーサーになったらしいの」
「ほへぇーー……」

 なんかもう、凄すぎて、訳わかんなくなってきた。元シルフィード・クイーンだけでも凄いのに、プロレーサー並みの飛行技術を持っている。さらに、現シルフィード・クイーンが憧れる人だなんて、次元が違いすぎるよ――。

「でも、そんなに凄い人が、なぜアパートの大家さんをやっているんですか? シルフィードだって、まだ現役で出来ますよね?」

 シルフィードは、十代から二十代の若い女性がメインだ。でも、三十代や四十代で活躍している人たちもいる。ノーラさんって、まだ三十代ぐらいだと思うんだけど……。

「元々あのアパートは、ノーラさんの、おばあ様が管理していたのだけど。おばあ様が病気で亡くなったあと、ノーラさんが引き継いだの。無理に引き継がなくても良かったのだけれど、ノーラさん、物凄くおばあちゃんっ子だったらしくて」

「なるほど、そんなことが有ったんですか――」

『シルフィード・クイーン』の地位を捨ててまで、あとを継いだというのは、余程おばあさんのことが、大好きだったのだろう。でも、あのノーラさんが、おばあちゃんっ子だったなんて、想像つかないよねぇ……。

「私はレースに出たことが無いし、いつも安全運転でゆっくり飛んでいるから、ノーラさんに訊いてみて。色々と教えてくれると思うから」 
「うーん――教えてくれますかね? ノーラさん、いつも厳しいし」

 正直、ノーラさんは怖くて、話し掛け辛い。リリーシャさんには、とても優しい感じなんだけど。なぜか、私には、すっごく厳しいんだよね。もしかして、嫌われているんだろうか?

「大丈夫よ。ノーラさん、凄く優しいから」
 リリーシャさんは、ニコニコしながら答える。

「えっ?! それって、リリーシャさんに対してだけなのでは?」
「誰にでも優しいわよ。そうでなければ、風歌ちゃんのこと、アパートに置いてくれなかったでしょ?」

 身元不明の異世界人のうえに、お金もロクに持っていない、家出中の未成年。そんな危なっかしい人間に、部屋を貸してくれる奇特な人は、まずいないだろう。そう考えると、相当に寛容だよね、ノーラさんは。

「分かりました。今度、ノーラさんに、お話きいてみます」

 レースのこともあるけど、元シルフィード・クイーンなら、色んなシルフィードの知識や経験が学べそうだ。
 
 今までは苦手意識があって、こちらから話し掛けることは、あまりなかった。でも、もう少し仲良くなった方がいいよね。私の大先輩でもある訳だし。

 それにしても、色んなタイプのシルフィードがいるんだねぇ。優しかったり上品な人もいれば、厳しかったり勇ましい人もいて。シルフィード業界は、実に奥が深い。

 私は将来、どんなタイプのシルフィードになるんだろうね……?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『ただのショップの店員さんかと思ったら超有名人だった』

 私、有名人と天才とお金持ちには弱いの
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...