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第2部 母と娘の関係
4-4ただのショップの店員さんかと思ったら超有名人だった
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私は〈南地区〉にある〈ナチュラル・ハーブ〉に、ナギサちゃんとフィニーちゃんの三人で来ていた。ここは、オシャレな『ハーブ専門店』で、女性に大人気のお店だ。
また、二階は好きなハーブティーが飲める、カフェになっている。ハーブを使ったケーキもあり、とても美味しいと評判だ。
私は、このお店に来るのは、初めてだった。というか〈南地区〉のお店は、めったに来ない。なぜなら、観光客やセレブの多い地区で、特に〈シルフィード・モール〉は、高めの価格設定のお店が多いんだよね。
だから、お茶会や外食をする時は、いつも〈西地区〉か〈東地区〉の、地元の人が多い、リーズナブルなお店に行っていた。
でも、シルフィードである以上、全ての地域の隅々まで把握しなければならない。それに、何事も勉強なので、今日はナギサちゃんのオススメで、この店でお茶会をすることになった。
いかにも高級そうなので、店に入る前は、ちょっと腰が引けていた。ただ、私の経済事情を理解してか、比較的、安いお店を選んでくれたみたい。
とはいえ、ケーキセット『八百五十ベル』は、私の一日分の食費に相当するので、かなりの贅沢。でも、千ベル以上が普通のこの地区では、安いほうだ。あと、ナギサちゃんが、百ベル分の『割引チケット』をくれたので、少し助かった。
ナギサちゃんたちは、値段を見ても、気にした様子は全くない。そもそも二人とも、今まで、値段やお金を気にする素振りは、一度も見せたことが無いんだよね。やっぱり、仕送りもらってるから、余裕があるのかなぁ?
特に、フィニーちゃんは、食費に相当お金を使ってるから、見習い給では、全然たりないはずなんだけど。いったい、どれだけ仕送りして貰ってるんだろうか?
みんなで席に着くと、店員さんを呼んで、ケーキセットを注文する。注文は四人分。このあと、もう一人、来る予定なんだよね。
「ところで、もう一人って誰なの? もしかして、リリーシャさん?」
「できれば、リリーシャさんにも、来てもらいたいんだけど。相変わらず、仕事が忙しくて、のんびりお茶できないんだよね。今日、呼んだのは、スペシャル・ゲストだよ」
そういえば、リリーシャさんと、外で一緒にお茶したこと無いんだよね。いつも予約がぎっしりだから、会社で空き時間に、軽くお茶するぐらいで。
「だから、それが誰なのか、訊いているのでしょ」
「まぁまぁ、来てのお楽しみということで」
実は、私も初めてお茶する人なので、とても楽しみだったりする。
「別に楽しくなんかないわよ。あらかじめ知っておかないと、挨拶も考えられないし、心の準備もあるでしょ」
相変わらず、ナギサちゃんは真面目だ。人見知りではないけど、人と会うのに、物凄く気を遣うんだよね。几帳面というか、神経質というか。
私は何も気にせず、自然に人に接しているので、なぜそこまで気にするのか、よく分からない。人と会うのに、準備なんてしたことないし。
一方、フィニーちゃんは、全く気にした様子がない。目をキラキラさせながら、メニューに載っている、各種スイーツを眺めている。本当にマイペース、というか、周りに興味ないんだよね。
なんやかんや世間話をしていると、入口から一人の女性が入って来た。私はその姿を確認すると、サッと立ち上がり手を挙げる。彼女はすぐに気づくと、笑顔でこちらに近付いてきた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。新しく入った人の指導をしていたら、中々抜けられなくて」
「いえ、全然、大丈夫です。私たちも、ほんのちょっと前に来たところですし。お忙しいところ来ていただいて、本当にありがとうございます」
私は頭を下げ、丁寧にあいさつをした。すでに引退しているとはいえ、シルフィードの先輩だもんね。
「こちらこそ、お招きありがとうございます。でも、若い人たちの中に、私なんかが入ってもいいのかしら?」
マリアさんは、本当に謙虚な人だ。私みたいな見習いにも、敬語で接してくれるし、誰に対しても腰が低い。
「何を言ってるんですか。マリアさんだって、若いじゃないですか」
私は空いていた椅子を少し後ろに引き、彼女に席をすすめる。
マリアさんが席に着くと、
「彼女は〈シルフィード・ショップ〉で働いている、マリアさん。以前、お店を見に行った時に、知り合いになったの。元シルフィードの先輩だから、色々とためになるお話を、聴けるかと思って」
私はナギサちゃんたちに、マリアさんを紹介した。
「初めまして、マリア・リミュエールです。以前は〈アルテナ・ソサエティ〉に所属していました」
マリアさんが笑顔で挨拶すると、
「初めまして、私は〈ファースト・クラス〉所属の、ナギサ・ムーンライトと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
ナギサちゃんは、いつも通り上品な挨拶を返す。
私と同じで、先輩や目上の人には、物凄く敬意を払うんだよね。そこら辺は、体育会系思考に近いかも。
「〈ウインドミル〉所属、フィニーツァ・カリバーン。よろしく……です」
ナギサちゃんにギロッと睨まれると、語尾に渋々『です』をつけるフィニーちゃん。物凄く自由というか、上下関係とか、全く気にしない性格だ。でも、無邪気で可愛いせいか、それが許されちゃうんだよね。
「あの〈アルテナ・ソサエティ〉ということは、教会の方ですか?」
「協会? シルフィード協会のこと?」
「そっちの協会ではなくて、アルテナ教会のことよ」
ナギサちゃんは、呆れた視線を向けて来る。んー、また私が無知なだけ?
「アルテナ教会は、生命と水をつかさどる『女神アルテナ』を信仰している、教会のことです。〈アルテナ・ソサエティ〉とは、教会が運営している、シルフィード会社です」
「私は子供のころから教会で育ち、シスターを務めていました。今もシスターは続けています」
私が首を傾げていると、マリアさんが、分かりやすく説明してくれた。
「なるほど。じゃあ、シスターとシルフィードの、両方をやられていたんですね。なんか、素敵ですねぇ」
とても物腰が落ち着いていて、慈愛にあふれた優しさは、シスターをやっていたからなんだね。それにしても、シスターがシルフィードをやっているとは、知らなかった。この業界って、色んな人がいるんだね。
「確か『聖なる光』も、アルテナ教会に所属されていましたよね――?」
ナギサちゃんは、何やら考えながら質問する。
「私のことを、御存じの方がいてくださるとは、とても嬉しいです」
マリアさんは、とても柔らかな笑顔を浮かべた。
「ん……えっ? あなたが、あのマリアさんですか?!」
「現役時代は、そう呼ばれていましたので。おそらく、私のことだと思います」
マリアさんは静かに答える。
何のことだか、さっぱり分からず、ボケーッとしていると、ナギサちゃんにガシッと腕を掴まれた。
「何で隠してたのよ? だから『誰なのか教えて』と、事前に言ったでしょ」
ナギサちゃんは、私だけに聞こえるように、小声で呟く。
「えーと、どゆこと? もしかして、マリアさんって、凄い人だったりする?」
「凄いに決まってるでしょ! 元シルフィード・クイーンの『聖なる光』を知らないシルフィードなんて、誰もいないわよ。シルフィードどころか、一般人だって誰でも知ってるわ!」
ナギサちゃんは興奮して、いつの間にか声が大きくなっていた。
「えぇー!! そんな凄い人だったの? 私はただの、シルフィード・ショップの店員さんだと思ってた――」
何でこうも身近なところに、凄い人ばかりいるんだろうか……? アパートの大家さんとか、店員さんが、元有名人だなんて。そんなの分かる訳ないよー。
「あなたは、物を知らなさ過ぎよ!」
ナギサちゃんは、物凄い剣幕で私をにらみつけた。
私は、ちらりとフィニーちゃんに視線を向けると、
「私も知ってる。『光のマリア』は、超有名」
サラッと答えた。
どうやら、知らなかったのは、私だけのようだ――。
「昔『光のマリア』という、ドキュメンタリー映画が公開されたのよ。この町の人なら、誰でも知っているわ」
今一つ、状況が理解できていない私に、ナギサちゃんが説明してくれる。
「なるほど。でも、私こっちの世界に来たばかりだし、全然、知らないよー」
「勉強すれば、分かるでしょ。ただの、勉強不足よ」
「うー……」
それは、ごもっとも。でも、歴史系は苦手だから、あまり過去のことは知らないんだよね。最低限必要な歴史ば勉強するけど、それ以外は、特に調べたりしないし。
「私は、別に凄くはありません。風歌ちゃんの言う通り、今はただの店員ですから。知らないのは、当然だと思います」
マリアさんは、静かに語りながら、フォローしてくれる。
「とんでもありません。『聖なる光』は、我々シルフィードはもちろん、この町の全ての人が、尊敬する存在です。ただ、風歌が、どうしようもなく無知なだけですから」
「んがっ――」
ナギサちゃん、言い方……。ちょっとは、マリアさんを見習ってー!
「しかし、あなたほどの方ならば、シルフィード協会からも、何らかの役職のお誘いが、来たのではありませんか? 実績や名声を考えると、シルフィードショップの店員をされるような、軽い立場ではないと思いますが」
ナギサちゃんは、不思議そうな顔で訊ねる。
「理事会に加わらないかと、お誘いはいただきました。でも、丁重にお断りさせていただきました」
「えっ?! 理事職を断ったのですか?」
「私は管理職ではなく、お客様と直接、接する仕事がしたかったのです。ですから、今の仕事はとても楽しいですよ」
「でも、理事職を断るなんて――」
ナギサちゃんは、唖然とした表情で呟いた。
シルフィード協会は、全シルフィードを統括する組織。加えて、理事会はそのトップ。つまり『シルフィード・クイーン』や『グランド・エンプレス』よりも、さらに上の立場だ。
また、上位階級にいたシルフィードも、全員がなれる訳ではない。能力はもちろん、人柄や品行も重視される。なので、選ばれるのは、大変に名誉なことだ。
政財界とも強くつながりが有り、権力や発言力も相当なものらしい。まぁ、ここら辺は、ナギサちゃんに教えてもらったことで、あまり詳しくは知らないんだけどね。
何にしても、簡単にはなれない、凄く高い地位だ。それをあっさり蹴って、ショップの店員になる人は、そうはいないよね。
「シルフィードが、本当に大好きなんですね」
「えぇ、大好きです」
私の問いに、素敵な笑顔で答えるマリアさんを見て、何か分かる気がした。
リリーシャさんも、ツバサさんも、忙しいけど、凄く楽しそうだ。『好き』という気持ちが、ヒシヒシと伝わってくる。
上に行く人たちって、みんな凄い能力を持っているけど、一番は『シルフィードが好き』って、気持ちなんじゃないのかな?
私もシルフィードは大好きだけど、上の人たちは、もっともっと好きなんだと思う。やっぱり、人気のある人たちって、つくづく凄いよね。能力も気持ちも、全て持ってるんだもん。
でも、今の私には、特技も才能も何もない。だからこそ、好きな気持ちだけは、誰にも負けないシルフィードを目指さないとね……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『聖女にはなれないけど明るく元気なシルフィードになろう』
日々のたゆまぬ努力こそが、聖女へのみちなのだ!
また、二階は好きなハーブティーが飲める、カフェになっている。ハーブを使ったケーキもあり、とても美味しいと評判だ。
私は、このお店に来るのは、初めてだった。というか〈南地区〉のお店は、めったに来ない。なぜなら、観光客やセレブの多い地区で、特に〈シルフィード・モール〉は、高めの価格設定のお店が多いんだよね。
だから、お茶会や外食をする時は、いつも〈西地区〉か〈東地区〉の、地元の人が多い、リーズナブルなお店に行っていた。
でも、シルフィードである以上、全ての地域の隅々まで把握しなければならない。それに、何事も勉強なので、今日はナギサちゃんのオススメで、この店でお茶会をすることになった。
いかにも高級そうなので、店に入る前は、ちょっと腰が引けていた。ただ、私の経済事情を理解してか、比較的、安いお店を選んでくれたみたい。
とはいえ、ケーキセット『八百五十ベル』は、私の一日分の食費に相当するので、かなりの贅沢。でも、千ベル以上が普通のこの地区では、安いほうだ。あと、ナギサちゃんが、百ベル分の『割引チケット』をくれたので、少し助かった。
ナギサちゃんたちは、値段を見ても、気にした様子は全くない。そもそも二人とも、今まで、値段やお金を気にする素振りは、一度も見せたことが無いんだよね。やっぱり、仕送りもらってるから、余裕があるのかなぁ?
特に、フィニーちゃんは、食費に相当お金を使ってるから、見習い給では、全然たりないはずなんだけど。いったい、どれだけ仕送りして貰ってるんだろうか?
みんなで席に着くと、店員さんを呼んで、ケーキセットを注文する。注文は四人分。このあと、もう一人、来る予定なんだよね。
「ところで、もう一人って誰なの? もしかして、リリーシャさん?」
「できれば、リリーシャさんにも、来てもらいたいんだけど。相変わらず、仕事が忙しくて、のんびりお茶できないんだよね。今日、呼んだのは、スペシャル・ゲストだよ」
そういえば、リリーシャさんと、外で一緒にお茶したこと無いんだよね。いつも予約がぎっしりだから、会社で空き時間に、軽くお茶するぐらいで。
「だから、それが誰なのか、訊いているのでしょ」
「まぁまぁ、来てのお楽しみということで」
実は、私も初めてお茶する人なので、とても楽しみだったりする。
「別に楽しくなんかないわよ。あらかじめ知っておかないと、挨拶も考えられないし、心の準備もあるでしょ」
相変わらず、ナギサちゃんは真面目だ。人見知りではないけど、人と会うのに、物凄く気を遣うんだよね。几帳面というか、神経質というか。
私は何も気にせず、自然に人に接しているので、なぜそこまで気にするのか、よく分からない。人と会うのに、準備なんてしたことないし。
一方、フィニーちゃんは、全く気にした様子がない。目をキラキラさせながら、メニューに載っている、各種スイーツを眺めている。本当にマイペース、というか、周りに興味ないんだよね。
なんやかんや世間話をしていると、入口から一人の女性が入って来た。私はその姿を確認すると、サッと立ち上がり手を挙げる。彼女はすぐに気づくと、笑顔でこちらに近付いてきた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。新しく入った人の指導をしていたら、中々抜けられなくて」
「いえ、全然、大丈夫です。私たちも、ほんのちょっと前に来たところですし。お忙しいところ来ていただいて、本当にありがとうございます」
私は頭を下げ、丁寧にあいさつをした。すでに引退しているとはいえ、シルフィードの先輩だもんね。
「こちらこそ、お招きありがとうございます。でも、若い人たちの中に、私なんかが入ってもいいのかしら?」
マリアさんは、本当に謙虚な人だ。私みたいな見習いにも、敬語で接してくれるし、誰に対しても腰が低い。
「何を言ってるんですか。マリアさんだって、若いじゃないですか」
私は空いていた椅子を少し後ろに引き、彼女に席をすすめる。
マリアさんが席に着くと、
「彼女は〈シルフィード・ショップ〉で働いている、マリアさん。以前、お店を見に行った時に、知り合いになったの。元シルフィードの先輩だから、色々とためになるお話を、聴けるかと思って」
私はナギサちゃんたちに、マリアさんを紹介した。
「初めまして、マリア・リミュエールです。以前は〈アルテナ・ソサエティ〉に所属していました」
マリアさんが笑顔で挨拶すると、
「初めまして、私は〈ファースト・クラス〉所属の、ナギサ・ムーンライトと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
ナギサちゃんは、いつも通り上品な挨拶を返す。
私と同じで、先輩や目上の人には、物凄く敬意を払うんだよね。そこら辺は、体育会系思考に近いかも。
「〈ウインドミル〉所属、フィニーツァ・カリバーン。よろしく……です」
ナギサちゃんにギロッと睨まれると、語尾に渋々『です』をつけるフィニーちゃん。物凄く自由というか、上下関係とか、全く気にしない性格だ。でも、無邪気で可愛いせいか、それが許されちゃうんだよね。
「あの〈アルテナ・ソサエティ〉ということは、教会の方ですか?」
「協会? シルフィード協会のこと?」
「そっちの協会ではなくて、アルテナ教会のことよ」
ナギサちゃんは、呆れた視線を向けて来る。んー、また私が無知なだけ?
「アルテナ教会は、生命と水をつかさどる『女神アルテナ』を信仰している、教会のことです。〈アルテナ・ソサエティ〉とは、教会が運営している、シルフィード会社です」
「私は子供のころから教会で育ち、シスターを務めていました。今もシスターは続けています」
私が首を傾げていると、マリアさんが、分かりやすく説明してくれた。
「なるほど。じゃあ、シスターとシルフィードの、両方をやられていたんですね。なんか、素敵ですねぇ」
とても物腰が落ち着いていて、慈愛にあふれた優しさは、シスターをやっていたからなんだね。それにしても、シスターがシルフィードをやっているとは、知らなかった。この業界って、色んな人がいるんだね。
「確か『聖なる光』も、アルテナ教会に所属されていましたよね――?」
ナギサちゃんは、何やら考えながら質問する。
「私のことを、御存じの方がいてくださるとは、とても嬉しいです」
マリアさんは、とても柔らかな笑顔を浮かべた。
「ん……えっ? あなたが、あのマリアさんですか?!」
「現役時代は、そう呼ばれていましたので。おそらく、私のことだと思います」
マリアさんは静かに答える。
何のことだか、さっぱり分からず、ボケーッとしていると、ナギサちゃんにガシッと腕を掴まれた。
「何で隠してたのよ? だから『誰なのか教えて』と、事前に言ったでしょ」
ナギサちゃんは、私だけに聞こえるように、小声で呟く。
「えーと、どゆこと? もしかして、マリアさんって、凄い人だったりする?」
「凄いに決まってるでしょ! 元シルフィード・クイーンの『聖なる光』を知らないシルフィードなんて、誰もいないわよ。シルフィードどころか、一般人だって誰でも知ってるわ!」
ナギサちゃんは興奮して、いつの間にか声が大きくなっていた。
「えぇー!! そんな凄い人だったの? 私はただの、シルフィード・ショップの店員さんだと思ってた――」
何でこうも身近なところに、凄い人ばかりいるんだろうか……? アパートの大家さんとか、店員さんが、元有名人だなんて。そんなの分かる訳ないよー。
「あなたは、物を知らなさ過ぎよ!」
ナギサちゃんは、物凄い剣幕で私をにらみつけた。
私は、ちらりとフィニーちゃんに視線を向けると、
「私も知ってる。『光のマリア』は、超有名」
サラッと答えた。
どうやら、知らなかったのは、私だけのようだ――。
「昔『光のマリア』という、ドキュメンタリー映画が公開されたのよ。この町の人なら、誰でも知っているわ」
今一つ、状況が理解できていない私に、ナギサちゃんが説明してくれる。
「なるほど。でも、私こっちの世界に来たばかりだし、全然、知らないよー」
「勉強すれば、分かるでしょ。ただの、勉強不足よ」
「うー……」
それは、ごもっとも。でも、歴史系は苦手だから、あまり過去のことは知らないんだよね。最低限必要な歴史ば勉強するけど、それ以外は、特に調べたりしないし。
「私は、別に凄くはありません。風歌ちゃんの言う通り、今はただの店員ですから。知らないのは、当然だと思います」
マリアさんは、静かに語りながら、フォローしてくれる。
「とんでもありません。『聖なる光』は、我々シルフィードはもちろん、この町の全ての人が、尊敬する存在です。ただ、風歌が、どうしようもなく無知なだけですから」
「んがっ――」
ナギサちゃん、言い方……。ちょっとは、マリアさんを見習ってー!
「しかし、あなたほどの方ならば、シルフィード協会からも、何らかの役職のお誘いが、来たのではありませんか? 実績や名声を考えると、シルフィードショップの店員をされるような、軽い立場ではないと思いますが」
ナギサちゃんは、不思議そうな顔で訊ねる。
「理事会に加わらないかと、お誘いはいただきました。でも、丁重にお断りさせていただきました」
「えっ?! 理事職を断ったのですか?」
「私は管理職ではなく、お客様と直接、接する仕事がしたかったのです。ですから、今の仕事はとても楽しいですよ」
「でも、理事職を断るなんて――」
ナギサちゃんは、唖然とした表情で呟いた。
シルフィード協会は、全シルフィードを統括する組織。加えて、理事会はそのトップ。つまり『シルフィード・クイーン』や『グランド・エンプレス』よりも、さらに上の立場だ。
また、上位階級にいたシルフィードも、全員がなれる訳ではない。能力はもちろん、人柄や品行も重視される。なので、選ばれるのは、大変に名誉なことだ。
政財界とも強くつながりが有り、権力や発言力も相当なものらしい。まぁ、ここら辺は、ナギサちゃんに教えてもらったことで、あまり詳しくは知らないんだけどね。
何にしても、簡単にはなれない、凄く高い地位だ。それをあっさり蹴って、ショップの店員になる人は、そうはいないよね。
「シルフィードが、本当に大好きなんですね」
「えぇ、大好きです」
私の問いに、素敵な笑顔で答えるマリアさんを見て、何か分かる気がした。
リリーシャさんも、ツバサさんも、忙しいけど、凄く楽しそうだ。『好き』という気持ちが、ヒシヒシと伝わってくる。
上に行く人たちって、みんな凄い能力を持っているけど、一番は『シルフィードが好き』って、気持ちなんじゃないのかな?
私もシルフィードは大好きだけど、上の人たちは、もっともっと好きなんだと思う。やっぱり、人気のある人たちって、つくづく凄いよね。能力も気持ちも、全て持ってるんだもん。
でも、今の私には、特技も才能も何もない。だからこそ、好きな気持ちだけは、誰にも負けないシルフィードを目指さないとね……。
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次回――
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