私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第3部 笑顔の裏に隠された真実

5-8別に風歌のこと心配している訳じゃないんだからね!

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 私は、カフェ〈ニュー・アリーナ〉で『ノア・マラソン』の観戦を続けていた。流石に、何時間も観続けるのは、精神的に辛い。同じ姿勢で、ずっと座りっぱなしなので、体も疲れてきた。

 それでも私は、真っ直ぐに背筋を伸ばし、真剣に空中モニターを見続ける。これが、シルフィードとしての私の威厳であり、今なお走り続けている風歌への、礼儀と応援だった。 

 フィニーツァは、最初よりもペースが落ちたとはいえ、黙々と口を動かし続けていた。何時間も食べ続けるとは、もはや人間とは思えない、理解を超えた食欲だ。

 私は、お茶を何杯か飲み、フィニーツァのお勧めを軽く味見した程度で、ほとんど食べ物には手を付けていない。風歌のことが気になって、とてもそんな気分には、なれなかったからだ。

 開始から、二時間半ほど過ぎたあたりから、店内が大きく盛り上がり始めた。先頭グループの上位選手たちが、続々と五十キロ地点のゴールに入ってきたからだ。

 一般人が六時間かけて走るところを、その半分以下という、とんでもない速さだった。次々と有名選手たちの走りにスポットが当たり、ゴール後はインタビューも行われていた。

 上位選手たちは、全員、三時間以内にゴールする。それまでの間は、五十キロ地点の映像が流れ続け、有名選手が映る度に、大きな歓声があがっていた。

 当然ながら、後方のグループは、まず映らない。まして、最後方のグループなど、スタート時に少し映って以降、一度も出ていなかった。ある程度、予想はしていたが、風歌は一度も映っておらず、全く様子が分からないままだった。

 有名選手たちが、全員ゴールしたあとは、ゴール地点の映像を中心に、時折、中間地点などの映像に切り替わる。

 店内も、先ほどまでとは、雰囲気が変わった。食事をしたりお酒を飲みながら、雑談を楽しむ人が増えてきた。完全に、消化試合のような感じだ。

 それでも私は、ほんの一瞬でも、風歌が映らないだろうかと、気を張って中継を見続けた。三万人以上が参加している上に、完全に無名の選手なので、全く映らない可能性のほうが高い。

 しかし、今あそこを走っているのは、確かなのだ。一目だけでもいいから、風歌が走っている姿を、見届けたかった。

 たとえ、他の誰一人として見ていなかったとしても、私は風歌の努力を、見届ける義務がある。なぜなら、努力する行為は、何よりも尊いと思うからだ。

 私は、努力せずに生きている人間が、物凄く嫌いだ。私が人と群れるのを嫌うのも、そこにある。あまりにも、のうのうと生きている人間が、多過ぎるからだ。

 私は、この世で最も価値のあるものは、努力だと思う。努力さえすれば上手く行くなどと、甘く考えてはいない。だが、努力は結果よりも、その行為自体に意味がある。

 だから、私は努力する人間を、尊敬し認めていた。風歌は他社の人間だし、物を知らなさ過ぎて、色々と問題はある。だが、何事も必死に努力する人間だ。

 私は努力で、誰にも負けるつもりはない。事実、学生時代も、入社してからも、常に成績はトップだ。だが、私の努力は、自分が可能な範囲でしか行わない。

 しかし、風歌は違う。いつも、到底、無理そうなことに、平気で挑戦して、全力で努力する。私では、絶対に出来ないことを、やってしまうのだ。

 それが、時に腹立たしくもある。だが、尊敬……とまで行かなくとも、認めてはいる。だから、こうして心配もするし、応援してしまうのだ。

 開始から五時間が経過したところで、店の空気が少し変わり始めた。それまで、世間話に花を咲かせていた人たちが、急に中継を見始めたからだ。だが、私は誰よりも早く、モニターを注視していた。なぜなら、風歌の姿が映ったからだ。

 ほんの一瞬で、画面が切り替わるかと思いきや、ずっとカメラが、風歌の姿を追い続ける。しかも、名前や所属する会社名まで、アナウンスされた。無名の選手で、テロップ付きで紹介されるなんて、まずあり得ないことだ。

 風歌が現役シルフィードで〈ホワイト・ウイング〉所属だと、アナウンスが入ったあたりから、急に店内がざわつき始めた。今は、店中の誰もが、中継に釘付けになっている。

 この町で〈ホワイト・ウイング〉を知らない人間なんて、いるはずがない。むしろ、その名前の価値を知らないのは、風歌ぐらいなものだ。

 最初は、驚きの声が上がり『もう、リタイアしたほうがいいのでは?』という意見が、飛びかっていた。しかし、諦めずに、必死に走る姿が映り続けると、しだいに店内は、応援ムードに変わって行った。

「頑張れっ、あと少しだぞ!」
「いいぞ、もう少し踏ん張れ!」
「行けっ、最後まで走り切れ!」

 次々と応援の声が飛び出し、店内の温度が、どんどん上がって行く。

 しかし、私は胸を手で押さえ、物凄く複雑な心境で風歌を見つめていた。なぜなら、風歌はボロボロの状態で走っていたからだ。普段の元気な姿を見ているからこそ、今がどれだけ酷い状態か、一目で分かる。

 左足は、明らかに怪我をしているし、表情からは、すでに限界なのが見て取れた。どんなに辛くたって、笑顔を浮かべているのが、いつもの風歌だ。だから、あんなに辛そうな表情は、初めて見た。

 あれほど怪我をしないように、注意しなさいと言ったのに。さっさとリタイアして、手当てをしなさいよ。シルフィードの仕事を犠牲にしてまで、やる事じゃないでしょ? 努力することは大事だけど、無茶をしては意味ないでしょうが――。
 
 でも、最初から分かっていた。無茶をするなと言って、素直に聴くような性格じゃないことは。何事も無茶をするのが、風歌という人間なのだ。

 努力する人間は好きだが、後先考えずに、無茶をする人間は嫌いだった。だから、素直に応援すべきなのか、私の心の中では、大きな葛藤が起こっていた。

 疲労困憊の状態で、辛うじて走っている風歌を、他の選手たちが追い抜いて行った。中には、隣に並んで走りながら、応援したり声を掛けている選手もいる。だが、次々と先に進んで行き、最後は、風歌一人だけが取り残された。

 やがて、距離が進むにつれ、さらに速度が落ちて行った。体はフラフラになり、片足を引きずるようになる。ついには、スピードを維持することも出来ず、走るのを止め、歩き始めた。

『如月風歌選手、四十一キロを過ぎたあたりで、急に速度が落ちました。もはや、体力の限界でしょうか? 足の怪我も、明らかに好ましくない状態です』

『うーん、これはもう、流石に厳しいですね。このまま続行すれば、大怪我に繋がりかねません。今すぐに走るのを中止して、手当てを受けるべきです』

 アナウンサーと解説者も、心配そうに声を上げる。

『ここまで、本当によく頑張りました。通常のフルマラソンであれば、もう直ぐゴールに到達する距離です。これだけやれば、十分なんじゃないでしょうか?』

『彼女の頑張りは、これを見ている誰もが認めるところですし、賞賛すべき走りです。どうか、次回のために、無理はしないで欲しいですね』

 本当に、その通りだ。だが、心のどこかでは『もしかしたら、最後まで行けるんじゃないの?』という気持ちも湧いてくる。風歌なら、何とかしそうな気がするからだ。

『ただいま、再び大会運営スタッフが近寄り、並びながら話し掛けています。おそらく、競技の中断を勧めているのだと思いますが、どうなるのでしょうか?』

『先ほどは断っていましたが、今はかなり状態が悪いですからね。流石に受け入れると思いますが……』

 スタッフは歩きながら、必死に話し掛けているが、随分と時間が掛かっている。でも、このあとの風歌の行動が、私にはだいたい予想が付いていた。

『ただいま、スタッフが手を挙げて合図をしています。おおっと、これは、どうやら続行のようです。如月風歌選手、立ち止まりません。何という強い精神力!』

『いやー、驚きましたね。普通なら、とっくに立ち止まっているところです。疲労も足の痛みも、相当なものだと思いますよ。本当に、物凄い根性ですね』

 二人とも、かなり興奮気味にアナウンスしている。それに合わせて、店内の人たちも熱が入り、大きな声を上げ始めた。

『怪我に加え、この雨ですからね。あまりにも、コンディションが悪すぎます。気になるのは、残りの距離ですが――』

『応援はしたいですが、実に厳しいですね。体力と足が、最後まで、もつかも心配ですが。何よりも、規定時間内に、間に合うかが心配です』

『すでに、歩くスピードになっていますから、だいたい時速四キロ程度でしょうか? 時間的にも、かなりギリギリです』

 風歌は、もう歩くのもやっとの状態だった。しかも、雨が体を濡らし続けている。最悪すぎるコンディションだ。それでも彼女は、立ち止まらなかった。

『あっ、ただいま、後方から「救急コンテナ」がやって来ました。音は鳴らしていませんが、警光灯が赤く点滅して、十メートルほど後方から、ゆっくり移動しながらついて来ています』

『何かあった時、すぐに搬送できるよう、準備しているのでしょう。観客からも、心配の声が上がっていますし。待機中の救急隊員たちも、気が気じゃないでしょうね、これは……』

 本当に、見てるこっちのほうが、気が気じゃない。全く、毎度毎度、どれだけ心配させれば気が済むのよ――?

 私はずっと沈黙したまま見ていたが、ついに我慢できなくなり、立ち上がった。

「フィニーツァ、悪いけど、私帰るわ」
 私はサッと背を向け、立ち去ろうとする。だが、袖を掴まれた。

「私も行く。風歌のところ」
 何も言ってないのに、この子は、変なところで鋭い。

「って……別に風歌の所に行くとは、言ってないでしょ。それに、フィニーツァは、食べ放題が目当てなんだから。最後まで、残っていればいいじゃない?」
「大丈夫、十分たべた。それに、本命は風歌の応援。心配なのは、ナギサと同じ」

 あれだけ黙々と食べて、どの口が言うのよ? 中継だって、ほとんど見ていなかったくせに。

 でも、その目は真剣だった。表情は変わらないから、よく分からないけど。彼女なりに、心配はしているのかもしれない。

「言っておくけど、別に風歌を心配している訳じゃないから。念のため、ちょっとだけ、様子を見に行くだけだからね」
 そう、あくまで念のためだ。

「ナギサ、最初からずっと、心配そうな顔してた」
「なっ――別にしてないわよ! ほら、さっさと行くわよ」

 私はちらりと、モニターに映る風歌の姿を確認したあと、店の出口に向かって行った……。


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次回――
『例え限界を超えても私には立ち止まれない理由がある』

 マーベラスな跳躍でファンタスティックに限界を飛び越えろ!
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