私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第3部 笑顔の裏に隠された真実

5-9例え限界を超えても私には立ち止まれない理由がある

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『こんなはずじゃなかった……』   
 私は走りながら、何度も何度も、この言葉を心の中でつぶやいた。

 もっと、上手くやれたのでは――?
 慎重に走っていれば、こうはならなかったのでは……?

 事前にペース配分を、もっと考えておくべきだったのでは――?
 無理をしないで、ハーフゴールでよかったのでは……?

 後悔の念が、浮かんでは消えて行く。

 いまさら悔やんでも、どうにもならないのは、分かっている。それでも、次々と自分の甘さを責める想いが、浮かび続けていた。

 走れば何とかなると思ってた――。気合でどうにでもなると信じてた……。

 でも、現実は、そんなに都合よく行くはずもなかった。今までは、何事も運がよかっただけだ。

 本当に考えが甘かった――。全ておいて甘すぎた……。

 一歩、前に進むたびに、足に激痛が走り、私に現実の厳しさを直視させる。この痛みは、私の甘い考えへの、罰なのかもしれない。

 平気なフリをして走っていたのも、束の間だった。四十一キロ地点を少し過ぎたあたりで、普通の痛みが『激痛』に変わったからだ。例えようもない痛みが、脳にガンガン響いて、全身から嫌な汗が噴き出してくる。

 もう、平気なフリをする余裕もなく、走ることもできない。足を引きずりながら、ゆっくり歩くのが、やっとだった。観客たちからも『無理しないで』と、次々に心配の声が上がる。いよいよ、本格的にマズイ状況になって来た。

 それでも、私は歩みを止めなかった。止めないのではなく、止められなかったのだ。四十キロ地点でリタイアしなかった時点で、私は完全に退路を断っていた。だから、どうあがいても、ゴールする以外に選択肢はなかった。

 歩いても歩いても、前に進まない気がする。先ほどまでとは違い、ゴールがはるか彼方に感じた。

 一歩一歩が、あまりに重すぎる。まるで、一歩進むごとに、命を削っているような感覚。それ程までに、激しく辛く、まるで地獄を歩いているようだった。

 激痛と疲労もあるけど、何よりも、心が折れかけていた。これでは、気合も何も、あったもんじゃない。心が折れそうになるのが、こんなに辛いとは思わなかった。心の強さには自信があったのに、すでに決壊寸前のところまで来ていた。

 もう、立ち止まってもいいんじゃないの? 
 ノー……。

 もう、あきらめて楽になろうよ?
 ノー……。

 もう、十分なんじゃないの? 
 ノー……。

 一歩ごとに意識がゆらぎ、諦めを促す心の声が聞こえてきた。ちょっとでも気を許せば、すぐに同調してしまいそうになる。

 これほど重い一歩は、これほど長い道のりは、私の人生で初めてだった。疲労・足の激痛・心の声の全てが、一歩一歩に、重く圧し掛かってくる。

 私は諦めの悪さには自信があった。でも、自分の心が、これ程もろいものだと、今初めて痛感する。

 たぶん、この激しい辛さは、体じゃなくて、心の痛みなんだと思う。諦めて楽になりたい気持ちと、諦めたくない気持ちが、ずっとぶつかり合っていた。

 なんで、そこまで頑張らなきゃいけないの?
 わからない――。

 こんなに無理して走って、何になるの?
 わからない――。

 名誉のため? 意地のため?
 わからない――。

 何のために前に進んでいるのか、目的が分からなくなってきた。もう、考える力さえ残っていないはずなのに、頭の中で色んな想いが交錯する。考えるのが苦手なのに、何でこんな大変な時に限って……。

 でも、答は何も見つからない。それでも、私は歩き続けた。ゴールすれば、何か答が見つかるかもしれないから――。

 足も心もきしませながら、辛うじて歩みを進めていると、

「大丈夫ですか? リタイアしますか? 救急コンテナが、すぐ後ろで待機していますので。もしダメなら、すぐに声を掛けてください」

 すぐ隣まで来た、運営スタッフの人が、大きな声で私に呼び掛けてきた。

 私は『大丈夫です』と答えようとしたが、声が出なかった。もう、声を出す力すら残っていない。

 私は左手を軽く挙げて、無事であることを伝えた。だが、スタッフの人は微妙な表情をしている。おそらく、全然、無事には見えなかったのだろう。

 でも、気にせず私は歩き続けた。今私にできるのは、前に進むことだけだ。例え、どんなに果てしなく遠くても、一歩踏み出すたびに、確実にゴールは近づいている。歩き続ける限り、いつかはたどり着くはずだ。

 前へ……前へ………。
 私は心の中で唱え続けた。全神経を、前へ進むことだけに集中する。

 前へ……前へ……前へ……。
 私は前に進むためだけに、生きているのかもしれない。

 前へ……前へ……前へ……前へ……。
 前に進むためなら、命を懸けてもいい。それが私の生き方なのだから。

 ふと、音が消えていることに気が付いた。周りから聞こえていた歓声や雑音が、全く聞こえない。自分の足音さえ聞こえなくなった。

 疲れすぎて、耳もダメになっちゃったのかな? 

 でも、地面を踏みしめる感触は、しっかり伝わって来る。しかし、気を失いそうなほどの足の痛みが、なぜか消えていた。

 あぁ、まだ足は生きてるみたい。なら、たぶん大丈夫――。

 私は無音の中で、足を動かし続ける。倒れそうになる前に、逆の足を前に出す。ただ、それだけのこと。なんだ、簡単じゃない……。

 だが、今度は、急に視界が狭まった。先に続く道しか見えない。沢山いたはずの観客が消え、私一人になった。

 周りがよく見えないけど、まぁ、いいか。進む道さえあれば、それでいい――。

 黙々と歩みを進めていると、フッと色が消え、視界がモノクロになる。さらに、だんだん光がなくなっていく。延々と続く暗いトンネルを、さまよっているような感覚だ。ついには、自分の体も見えなくなる。

 いよいよ、ヤバイかも。私死んじゃうのかな……?

 でも、不思議と心は穏やかだった。今のこの状況にも何の疑問も持たずに、ただ、黙々と足を動かし続けていた。体は見えないけど、地面を踏みしめる感覚だけは残っている。

 後ろのほうから、いくつもの光の玉が、私をスーッと追い抜き、前に進んで行った。追いかけようとするが、私の体だけ、スロー再生のように異常に遅い。いくら追い掛けても、全く追い付けなかった。

 手を伸ばそうとするが、手が動かない。声をかけようとするが、声も出ない。次々と、光の玉が前に進んで行き、暗闇の先に、吸い込まれるように消えて行った。

 この道って、どこに続いているんだろ? 天国だといいなぁ。って、私なんでこんな所にいるんだっけ――?

 私は停止していた思考を、再び動かし始める。すると、少しずつ、色んなことを思い出して来た。

 教室で、友達たちと笑いながら、世間話をしていたこと。陸上部の仲間たちと、一緒にグラウンドを走っているところ。学校の帰りに、友達たちとコンビニに寄って、アイスを食べていたこと。

 休日に、友達たちとショッピングに行って、わいわい騒いでいるところ。休みの前日の深夜に、ベッドの上に寝転び、お菓子を食べながら漫画を読んでいたこと。

 次々と、楽しい記憶ばかりが、よみがえって来る。

 これって、走馬灯ってやつかな? 結構、楽しい人生だったよね。もう、思い残すことはなにもな……。違う――違うよ。私、もっと別に、やりたいことが有ったはず……。

 記憶が高速で再生される。親と喧嘩して、家を飛び出した時のこと。不安と期待が入り混じる気持ちで、時空航行船に乗ったこと。初めてこの町に降り立った時に、超感動したこと。

 受けた会社の全てに落ちて、絶望のふちに立たされたこと。通りすがりのリリーシャさんと、運命の出会いをしたこと。〈ホワイト・ウイング〉に入社して、超浮かれていたこと。

 あぁ、そうだ。辛いことや大変なことも、一杯あった。けれど、いつも沢山の人たちが、手を差し伸べてくれて、私を助けてくれたんだ――。

 今まで出会った、全ての人たちの顔が思い浮かび、とても温かくて優しい光が、私の中に流れ込んで来る。

 私は立派なシルフィードになりたくて、この町に来た。最初はそんな、個人的な理由だけだった。でも、今は違う……。

 シルフィードが、この町の人にとって、特別な存在だと知った。それに、私を応援してくれる、優しい人たちもいる。だから、その想いに答えたい。私の夢はもう、私一人だけのものでは無いのだから――。

 そうか……そうなんだ。私が歩みを止められない理由。ただの負けず嫌いとか根性とか、そんなものじゃない。

 ここで立ち止まったら、夢を諦めるような気がするから。今までに受けた、沢山の優しさを、無下にしてしまう気がするから。だから、私は止まれないんだ。夢を果たして、みんなに恩返しをするまでは――。

 心の中のモヤが一気に晴れる。その刹那、音・視界・色の全てが元に戻った。と同時に、体にずっしりとした重みと、足の激痛も戻って来た。

 観客たちの大きな声と、急に戻った明るい光。加えて、疲労で鉛のように重い体と、頭にギンギンと響く足の激痛が、まとまって押し寄せた。私は受け止めきれずに、フラフラとよろける。

 周囲から、悲鳴にも似た声があがった。だが、私は辛うじてこらえて、持ち直す。すると、安堵の声と応援をする声が、一気に広がった。

 もう、何も迷いはない。心が折れる心配もない。なぜなら、今の私は、沢山の人たちに支えられているから。ずっと一人だと思ってたけど、こちらの世界に来てから、一人だったことなんて、一度もなかったんだ。

 応援してくれる人がいる限り、私は絶対に立ち止まらない。はってでも、前に進み続けてみせる。

 私は再び命を燃やしながら、ゆっくりと、でも確実に、一歩ずつ前に進み続けるのだった……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『命を燃やして進む人生で最も長い10メートル』

 弁解無用。人生は一回こっきりの真剣勝負だ。
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