176 / 363
第5部 厳しさにこめられた優しい想い
2-2安全飛行講習の最終日に決意を新たに前に進み始める
しおりを挟む
私は〈西地区〉にある〈飛行教練センター〉に来ていた。『安全飛行講習』も、十日目。長かった講習も、今日でいよいよ最終日だ。
だが、ここで気を抜く訳にはいかない。今日は、実技による『最終試験』があるからだ。もし、落ちてしまったら、三日間、追加の『再講習』になってしまう。
今日は、練習場のすぐそばの教室で、講義が行われていた。私と同じで、みんな最終日の人たちなので、いつになく、緊張感が漂っている。
今までの講義は、特に問題なく、クリアしていた。けれど、この最終試験だけは、非常に厳しく、実際に落とされる人も、結構いるらしい。
席に着いて、しばらく待っていると、初老の男性が入って来た。彼は講壇に立つと、教室内を、ゆっくり見回した。
「どうも、おはようございます。当教練施設のセンター長、デービスです。本日は、私が皆さんの、指導及び、試験を行います。数日間にわたる、安全飛行講習、大変お疲れ様でした。最後まで、気を抜かずにやっていきましょう」
彼は、静かに挨拶する。
とても穏やかそうな感じの人だ。それにしても、この施設の一番、偉い人が、直接、指導と試験をするとは、思ってもみなかった。
「それでは、本日まで行った、座学と実技の、おさらいをして行きましょう」
彼は、マギコンを操作すると、正面に大きな空中モニターを表示した。
音声付きの動画が流れ、初日から今日までやって来た、講義の重要ポイントを、順番に説明していく。
起きやすい事故の事例・よくある航空法違反。機器のメンテナンス・交通標識・安全な離陸と着陸。徐行運転・ブレーキのかけ方・他の機体との交差方法など。今までの講義の内容が、全て出てきた。
最初は、面倒に感じてたけど、初日の講義を終えて、すぐに『来てよかった』と思うようになった。私は『シルフィード学校』に行っていないので、こういう本格的な授業は、初めてだからだ。
それに、意外と忘れていたことや、知らない知識も多かった。やっぱり、独学だけだと、知らないことや学べない知識も、色々あるよね。
三十分ほどの動画が終わると、このあとの予定が、詳細に説明される。まずは『魔力チェック』からスタートだ。各自、すぐにマギコンを起動し『マナチェッカー』を立ち上げた。
この『マナチェッカー』は、先日の実践講習前に、インストールしたアプリだ。マギコンに指を当てると、マナの状態を、確認することができる。機体についている『魔力ゲージ』よりも、細かい測定が可能だ。
『一日一回は、チェックするように』と、先日の講義で、指導があった。なぜなら、マナの状態が悪いと、時には、事故につながる場合もあるからだ。まさに、私の事故が、これだった。
もし、調子が悪い場合は、その日は乗らない。もしくは、すぐに病院に行って、検査が必要だ。
マギコンに指を置き、意識を集中すると、空中モニターの『魔力ゲージ』が、スーッと上がって行く。ここ数日、体力があり余ってるせいか、すぐにゲージが『グリーンゾーン』一杯になった。
空中モニターには『測定結果』が表示された。
マナ供給量 68.6mp
マナ反応速度 4.20ms
マナ安定度 99.2%
MC値 正常
人によって、魔力量や反応速度が違うし、計測する日によっても、微妙に結果が違う。ただ『MC値』が正常になっていれば、安全運転が可能だ。
ちなみに、マナ供給量は、エンジンパワー。マナ反応速度は、加速・減速の反応速度。マナ安定度は、魔力の正常な流れ。MC値は『マナ・コンディション』のことで、総合的な魔力の調子。
今日は、どれも数値が高くて、とてもいい感じだ。マナ安定度を見ると、今の集中状態がよく分かる。
「どうやら、特に問題がある人は、いないようですね。それでは、シールド・ジャケットを着用後、練習場に移動。各机の番号と、同じ機体の前に集合してください」
『シールド・ジャケット』は、万一、転倒したりした場合、マナ・フィールドが発生し、体を衝撃から保護してくれる。警察官やレスキュー。また、レーサーなどの、危険が伴う仕事をする人たちが、着用しているものだ。
『普段から、着ればいいじゃん?』と思うかもしれないけど、ライフジャケットと同じで、結構、大きくて目立つ。見た目が重要なシルフィードは、使えないよね。あと、これ一着で、数十万ベルするらしい。
私は、ジャケットを素早く装着すると、外の練習場に向かって行った……。
******
外に出て、各機体の前に集合すると、すぐに練習が始まった。乗る機体は、持っているライセンスによって違う。
エア・カートや、ロード・カート。中には、大型のエア・コンテナの人もいる。私が乗るのは、いつもと同じ、小型のエア・ドルフィンだ。
まずは、路面走行で、信号や標識を見ながら、順番にコースを走っていく。これは、ライセンスの取得試験でも、やった記憶がある。特に難しいコースではなく、標識も、至って基本的なものだ。
しかし、練習走行が始まると、
「ほらそこっ! 停止線をはみ出している。違うだろっ! 横断歩道は、二メートル前に停止。遅いっ! ウインカーは、車線変更の三秒以上前。この数日間、何を学んで来たんだっ!!」
突然、人が変わったかのように、センター長が怒鳴り始めた。
なるほど。最終試験が厳しいって、こういう意味だったわけね――。このままだと、試験も相当、厳しくチェックされそうだ。
私は、信号が青になったあと、発進が遅れて『遅いっ! すぐに発進しないのは事故の元だ』と、怒鳴られてしまった。だって、緊張してたんだもん……。
路面走行が終わったあとは、飛行練習に切り替わる。その後も『周囲確認が足りない!』『機体間距離が近すぎる!』など、続々と怒鳴り声が飛び交った。
みっちり、一時間半の実地講習が終わると、いよいよ、本番の試験が始まる。名前を呼ばれた人が、機体に乗り、一人ずつ、試験がスタートした。
なお、試験の際は、一人ずつ、コースや標識が変わる。教官が持っている端末で、自由に変更が可能だからだ。なので、コースを覚えることはできず、臨機応変な対応力が必要だった。
試験中は、教官は無言のまま、チェクリストに記入をして行く。ミスしても、何も言って貰えないので、むしろ怖い。
一人ずつ試験が進み、四番目の、私の順番が回って来た。あらかじめ、他の人の様子を見ていて、落ち着けたのが、幸いだった。
先ほどの、練習中に指摘されたことを注意し、慎重かつ迅速に進めて行く。あまり、のんびりやり過ぎても、ダメだからだ。
まずは、周囲を確認したあと、エンジンを起動。再び、周囲と上空を確認してから、ゆっくり浮上を始める。地上用の機体と違って、上空を確認することが、とても重要だった。エンジン起動直後の、上昇中に事故が多いからだ。
高度計をしっかり見て、標準規定高度の、七メートルまで上昇する。そのまま、標識をみながら、速度や高度を微調整していく。最後は、指定された駐車スペースに、静かに着陸する。しっかり、指定のマークがついた位置に合わせて、着地ができた。
操縦が終わると、エンジンが切れたことを確認し、サッと降りて、機体の左側に立つ。機体を降りて、横に立つまでが試験だ。教官が、コクリと頷くと、私は小さく息を吐いて、練習場をあとにした――。
******
私は、待合ロビーの、長椅子に座っていた。試験の結果発表待ちだ。全員の試験が終わったと、ロビーの空中モニターに、試験の結果が発表される。
試験は、練習中に言われたことは、全部できたと思う。それでも、やっぱり、結果発表待ちの間は、物凄く緊張する。それに、全員で十八人いるので、結構、待ち時間が長い。
私が、悶々としていると、少し離れたところに、大きく息を吐きながら、眼鏡をかけた女の子が座った。私と同じで、シルフィードの制服を着ている。
「試験は、どうでしたか?」
私は、少し横にずれながら、彼女に声を掛けた。
「えっ、あぁ……。緊張してたので、あまり自信がないんですけど」
彼女は、ずいぶんと疲れた顔をしていた。
「私も同じです。シルフィードの方ですよね? 私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です。まだ、見習いですけど」
「えっ、あぁ、えぇと――私は〈ホワイト・ハート〉所属の、リスティー・メイソンです。私も見習いです、はい」
彼女は、あせあせしながら答える。急に声を掛けたから、驚いちゃったのかな? でも、他社のシルフィードと、交流できる機会って少ないし。何か、仲間を見つけた感じで、つい嬉しくなっちゃって。
「同じ見習いだし『ホワイト』つながりだね」
「あぁ、そう言われて見れば、そうですねぇ」
ようやく彼女は、笑顔になってくれた。
「リスティーちゃんも、事故で?」
「えぇ、離陸した直後に、接触事故を起こしてしまって」
「えっ、それだけで、安全飛行講習なの?」
「はい、しっかり十日間。私、物凄くどんくさいので……」
話を聴いたところ、全員、一律で十日間らしい。罰金や被害報告書で、済む場合もある。ただし、ライセンスを取り立ての人は、小さな事故でも、全員『安全飛行講習』に回されるらしい。この世界は、事故に対して、かなり厳しいんだね。
「私なんか、墜落事故なんで。二週間の、営業停止処分も受けちゃって」
「えっ?! 墜落事故って、大丈夫だったんですか?」
「機体は、壊れちゃったけど。私は無傷だったんで」
「ふぅー、それは、よかったです」
彼女は息を吐き出し、ホッとした表情をする。のんびりしてるけど、ずいぶんと、表情が豊かな子だ。コロコロと表情が変わる。
「お互いに、気を付けないとだね。怪我もそうだけど。見習いで、長期間、仕事ができないのは、痛いから」
「ですよねぇ。ただでさえ、不器用なのに。下手に休んだら、どんどん、みんなに置いて行かれちゃいますよぉ」
彼女は、しょぼんとした表情で、軽くため息をついた。
「それに、長期間、休むと、会社に顔を出し辛くなるよね」
「そう、それなんです。白い目で見られないか、凄く怖くて――」
やっぱり、お互いに、悩みは同じようだ。二週間も休むと、どんな顔をして、会社に行けばいいのか、よく分からない。それに、なんてお詫びを言えばいいか、まだ考え中なので……。
しばらく二人で話をしていると、待合席の正面に、空中モニターが表示された。モニターには『最終試験 午前の部 結果発表』と、表題がついている。
その下には、赤い色で、受験者の番号が表示されていた。私は、自分の番号の『A04』を、素早く探す。
「あった!! よし、合格!」
私は、声を上げたあと、すぐに隣を見る。
「ありましたー!! 合格です!」
彼女も、しっかり受かっていたようだ。
「やったね、リスティーちゃん!」
「はい、風歌さんも、おめでとうございます!」
二人で手を握り合い、大喜びする。
周りにいた人たちも『よしっ!』『やった!』と、歓喜の声を上げている人たちが多い。みんな、無事に受かったようだ。
「でもこれ、よく見たら、全員、受かってない?」
「あぁ、そう言われて見れば、そうですねぇ。番号、全部、出てますし」
『A01』から『A18』まで、全ての番号が表示されていた。あれだけ厳く怒鳴られていたので、最悪の事態も、考えてたんだけど。よくよく考えてみたら、あれは試験に落ちないための、アドバイスだったのかもしれない。
ほどなくして、センター長がやって来ると、
「みなさん、十日間の講習、お疲れ様でした」
穏やかな声で、挨拶をした。
「これは、毎回、言っていることですが。できれば、もう二度と来ないで欲しいです。別に、仕事が面倒だから、言ってる訳じゃありませんよ」
周囲から、小さな笑いが起こる。
「私は元々、警察の『事故処理課』にいた人間です。だから、沢山の事故を見てきました。目も当てられないような、大怪我をした人。中には、命を落としてしまった人。そんな惨状を、嫌というほど見てきました」
「あと、事故に遭った家族の人たちの、悲しい表情も、たくさん見てきました。実は、一番つらいのは、事故に遭った本人よりも、その家族や友人たちなんです」
「どうか、あなたを愛してくれている人たちを、二度と悲しませないでください。そして、あなた自身の命を、大事にして欲しい。だから、もう、二度とここには、来ないように」
センター長の、静かで穏やかだけど、とても重みのある言葉に、誰もが真剣に耳を傾けていた。その言葉には、思いやりや優しがあふれている。練習の時、厳しく怒鳴っていたのも、優しさだったのかもしれない。
「では、皆さんのライセンスの、失効を取り消します。これは、安全飛行ができることの、証明書です。それを、くれぐれも、忘れないように」
センター長が、マギコンを操作すると、周囲から一斉に、着信音が鳴った。私は、すぐにライセンスを表示すると、でかでかと表示されていた『失効』の文字が消えていた。
「それでは、みなさん、安全飛行で気を付けてお帰り下さい。十日間、おつかれさまでした」
センター長が頭を下げると、
「ありがとうございました!」
みんなも、一斉に頭を下げて挨拶をする。
私は、リスティーちゃんと一緒に、軽やかな足取りで〈飛行教練センター〉を出た。彼女と別れの挨拶をすると、気持ちを引き締め、歩き始める。
もう、二度と事故は起こさない。周りの人に、心配を掛けたくないから。また、一からやり直すつもりで、初心に戻って頑張ろう。
私は歩きながら、新たな決意をするのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『どんなに凄い人でも昔は一杯失敗してたんだね』
試行錯誤を繰り返して 何度でも失敗して その過程があるからこそ皿は輝く
だが、ここで気を抜く訳にはいかない。今日は、実技による『最終試験』があるからだ。もし、落ちてしまったら、三日間、追加の『再講習』になってしまう。
今日は、練習場のすぐそばの教室で、講義が行われていた。私と同じで、みんな最終日の人たちなので、いつになく、緊張感が漂っている。
今までの講義は、特に問題なく、クリアしていた。けれど、この最終試験だけは、非常に厳しく、実際に落とされる人も、結構いるらしい。
席に着いて、しばらく待っていると、初老の男性が入って来た。彼は講壇に立つと、教室内を、ゆっくり見回した。
「どうも、おはようございます。当教練施設のセンター長、デービスです。本日は、私が皆さんの、指導及び、試験を行います。数日間にわたる、安全飛行講習、大変お疲れ様でした。最後まで、気を抜かずにやっていきましょう」
彼は、静かに挨拶する。
とても穏やかそうな感じの人だ。それにしても、この施設の一番、偉い人が、直接、指導と試験をするとは、思ってもみなかった。
「それでは、本日まで行った、座学と実技の、おさらいをして行きましょう」
彼は、マギコンを操作すると、正面に大きな空中モニターを表示した。
音声付きの動画が流れ、初日から今日までやって来た、講義の重要ポイントを、順番に説明していく。
起きやすい事故の事例・よくある航空法違反。機器のメンテナンス・交通標識・安全な離陸と着陸。徐行運転・ブレーキのかけ方・他の機体との交差方法など。今までの講義の内容が、全て出てきた。
最初は、面倒に感じてたけど、初日の講義を終えて、すぐに『来てよかった』と思うようになった。私は『シルフィード学校』に行っていないので、こういう本格的な授業は、初めてだからだ。
それに、意外と忘れていたことや、知らない知識も多かった。やっぱり、独学だけだと、知らないことや学べない知識も、色々あるよね。
三十分ほどの動画が終わると、このあとの予定が、詳細に説明される。まずは『魔力チェック』からスタートだ。各自、すぐにマギコンを起動し『マナチェッカー』を立ち上げた。
この『マナチェッカー』は、先日の実践講習前に、インストールしたアプリだ。マギコンに指を当てると、マナの状態を、確認することができる。機体についている『魔力ゲージ』よりも、細かい測定が可能だ。
『一日一回は、チェックするように』と、先日の講義で、指導があった。なぜなら、マナの状態が悪いと、時には、事故につながる場合もあるからだ。まさに、私の事故が、これだった。
もし、調子が悪い場合は、その日は乗らない。もしくは、すぐに病院に行って、検査が必要だ。
マギコンに指を置き、意識を集中すると、空中モニターの『魔力ゲージ』が、スーッと上がって行く。ここ数日、体力があり余ってるせいか、すぐにゲージが『グリーンゾーン』一杯になった。
空中モニターには『測定結果』が表示された。
マナ供給量 68.6mp
マナ反応速度 4.20ms
マナ安定度 99.2%
MC値 正常
人によって、魔力量や反応速度が違うし、計測する日によっても、微妙に結果が違う。ただ『MC値』が正常になっていれば、安全運転が可能だ。
ちなみに、マナ供給量は、エンジンパワー。マナ反応速度は、加速・減速の反応速度。マナ安定度は、魔力の正常な流れ。MC値は『マナ・コンディション』のことで、総合的な魔力の調子。
今日は、どれも数値が高くて、とてもいい感じだ。マナ安定度を見ると、今の集中状態がよく分かる。
「どうやら、特に問題がある人は、いないようですね。それでは、シールド・ジャケットを着用後、練習場に移動。各机の番号と、同じ機体の前に集合してください」
『シールド・ジャケット』は、万一、転倒したりした場合、マナ・フィールドが発生し、体を衝撃から保護してくれる。警察官やレスキュー。また、レーサーなどの、危険が伴う仕事をする人たちが、着用しているものだ。
『普段から、着ればいいじゃん?』と思うかもしれないけど、ライフジャケットと同じで、結構、大きくて目立つ。見た目が重要なシルフィードは、使えないよね。あと、これ一着で、数十万ベルするらしい。
私は、ジャケットを素早く装着すると、外の練習場に向かって行った……。
******
外に出て、各機体の前に集合すると、すぐに練習が始まった。乗る機体は、持っているライセンスによって違う。
エア・カートや、ロード・カート。中には、大型のエア・コンテナの人もいる。私が乗るのは、いつもと同じ、小型のエア・ドルフィンだ。
まずは、路面走行で、信号や標識を見ながら、順番にコースを走っていく。これは、ライセンスの取得試験でも、やった記憶がある。特に難しいコースではなく、標識も、至って基本的なものだ。
しかし、練習走行が始まると、
「ほらそこっ! 停止線をはみ出している。違うだろっ! 横断歩道は、二メートル前に停止。遅いっ! ウインカーは、車線変更の三秒以上前。この数日間、何を学んで来たんだっ!!」
突然、人が変わったかのように、センター長が怒鳴り始めた。
なるほど。最終試験が厳しいって、こういう意味だったわけね――。このままだと、試験も相当、厳しくチェックされそうだ。
私は、信号が青になったあと、発進が遅れて『遅いっ! すぐに発進しないのは事故の元だ』と、怒鳴られてしまった。だって、緊張してたんだもん……。
路面走行が終わったあとは、飛行練習に切り替わる。その後も『周囲確認が足りない!』『機体間距離が近すぎる!』など、続々と怒鳴り声が飛び交った。
みっちり、一時間半の実地講習が終わると、いよいよ、本番の試験が始まる。名前を呼ばれた人が、機体に乗り、一人ずつ、試験がスタートした。
なお、試験の際は、一人ずつ、コースや標識が変わる。教官が持っている端末で、自由に変更が可能だからだ。なので、コースを覚えることはできず、臨機応変な対応力が必要だった。
試験中は、教官は無言のまま、チェクリストに記入をして行く。ミスしても、何も言って貰えないので、むしろ怖い。
一人ずつ試験が進み、四番目の、私の順番が回って来た。あらかじめ、他の人の様子を見ていて、落ち着けたのが、幸いだった。
先ほどの、練習中に指摘されたことを注意し、慎重かつ迅速に進めて行く。あまり、のんびりやり過ぎても、ダメだからだ。
まずは、周囲を確認したあと、エンジンを起動。再び、周囲と上空を確認してから、ゆっくり浮上を始める。地上用の機体と違って、上空を確認することが、とても重要だった。エンジン起動直後の、上昇中に事故が多いからだ。
高度計をしっかり見て、標準規定高度の、七メートルまで上昇する。そのまま、標識をみながら、速度や高度を微調整していく。最後は、指定された駐車スペースに、静かに着陸する。しっかり、指定のマークがついた位置に合わせて、着地ができた。
操縦が終わると、エンジンが切れたことを確認し、サッと降りて、機体の左側に立つ。機体を降りて、横に立つまでが試験だ。教官が、コクリと頷くと、私は小さく息を吐いて、練習場をあとにした――。
******
私は、待合ロビーの、長椅子に座っていた。試験の結果発表待ちだ。全員の試験が終わったと、ロビーの空中モニターに、試験の結果が発表される。
試験は、練習中に言われたことは、全部できたと思う。それでも、やっぱり、結果発表待ちの間は、物凄く緊張する。それに、全員で十八人いるので、結構、待ち時間が長い。
私が、悶々としていると、少し離れたところに、大きく息を吐きながら、眼鏡をかけた女の子が座った。私と同じで、シルフィードの制服を着ている。
「試験は、どうでしたか?」
私は、少し横にずれながら、彼女に声を掛けた。
「えっ、あぁ……。緊張してたので、あまり自信がないんですけど」
彼女は、ずいぶんと疲れた顔をしていた。
「私も同じです。シルフィードの方ですよね? 私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月風歌です。まだ、見習いですけど」
「えっ、あぁ、えぇと――私は〈ホワイト・ハート〉所属の、リスティー・メイソンです。私も見習いです、はい」
彼女は、あせあせしながら答える。急に声を掛けたから、驚いちゃったのかな? でも、他社のシルフィードと、交流できる機会って少ないし。何か、仲間を見つけた感じで、つい嬉しくなっちゃって。
「同じ見習いだし『ホワイト』つながりだね」
「あぁ、そう言われて見れば、そうですねぇ」
ようやく彼女は、笑顔になってくれた。
「リスティーちゃんも、事故で?」
「えぇ、離陸した直後に、接触事故を起こしてしまって」
「えっ、それだけで、安全飛行講習なの?」
「はい、しっかり十日間。私、物凄くどんくさいので……」
話を聴いたところ、全員、一律で十日間らしい。罰金や被害報告書で、済む場合もある。ただし、ライセンスを取り立ての人は、小さな事故でも、全員『安全飛行講習』に回されるらしい。この世界は、事故に対して、かなり厳しいんだね。
「私なんか、墜落事故なんで。二週間の、営業停止処分も受けちゃって」
「えっ?! 墜落事故って、大丈夫だったんですか?」
「機体は、壊れちゃったけど。私は無傷だったんで」
「ふぅー、それは、よかったです」
彼女は息を吐き出し、ホッとした表情をする。のんびりしてるけど、ずいぶんと、表情が豊かな子だ。コロコロと表情が変わる。
「お互いに、気を付けないとだね。怪我もそうだけど。見習いで、長期間、仕事ができないのは、痛いから」
「ですよねぇ。ただでさえ、不器用なのに。下手に休んだら、どんどん、みんなに置いて行かれちゃいますよぉ」
彼女は、しょぼんとした表情で、軽くため息をついた。
「それに、長期間、休むと、会社に顔を出し辛くなるよね」
「そう、それなんです。白い目で見られないか、凄く怖くて――」
やっぱり、お互いに、悩みは同じようだ。二週間も休むと、どんな顔をして、会社に行けばいいのか、よく分からない。それに、なんてお詫びを言えばいいか、まだ考え中なので……。
しばらく二人で話をしていると、待合席の正面に、空中モニターが表示された。モニターには『最終試験 午前の部 結果発表』と、表題がついている。
その下には、赤い色で、受験者の番号が表示されていた。私は、自分の番号の『A04』を、素早く探す。
「あった!! よし、合格!」
私は、声を上げたあと、すぐに隣を見る。
「ありましたー!! 合格です!」
彼女も、しっかり受かっていたようだ。
「やったね、リスティーちゃん!」
「はい、風歌さんも、おめでとうございます!」
二人で手を握り合い、大喜びする。
周りにいた人たちも『よしっ!』『やった!』と、歓喜の声を上げている人たちが多い。みんな、無事に受かったようだ。
「でもこれ、よく見たら、全員、受かってない?」
「あぁ、そう言われて見れば、そうですねぇ。番号、全部、出てますし」
『A01』から『A18』まで、全ての番号が表示されていた。あれだけ厳く怒鳴られていたので、最悪の事態も、考えてたんだけど。よくよく考えてみたら、あれは試験に落ちないための、アドバイスだったのかもしれない。
ほどなくして、センター長がやって来ると、
「みなさん、十日間の講習、お疲れ様でした」
穏やかな声で、挨拶をした。
「これは、毎回、言っていることですが。できれば、もう二度と来ないで欲しいです。別に、仕事が面倒だから、言ってる訳じゃありませんよ」
周囲から、小さな笑いが起こる。
「私は元々、警察の『事故処理課』にいた人間です。だから、沢山の事故を見てきました。目も当てられないような、大怪我をした人。中には、命を落としてしまった人。そんな惨状を、嫌というほど見てきました」
「あと、事故に遭った家族の人たちの、悲しい表情も、たくさん見てきました。実は、一番つらいのは、事故に遭った本人よりも、その家族や友人たちなんです」
「どうか、あなたを愛してくれている人たちを、二度と悲しませないでください。そして、あなた自身の命を、大事にして欲しい。だから、もう、二度とここには、来ないように」
センター長の、静かで穏やかだけど、とても重みのある言葉に、誰もが真剣に耳を傾けていた。その言葉には、思いやりや優しがあふれている。練習の時、厳しく怒鳴っていたのも、優しさだったのかもしれない。
「では、皆さんのライセンスの、失効を取り消します。これは、安全飛行ができることの、証明書です。それを、くれぐれも、忘れないように」
センター長が、マギコンを操作すると、周囲から一斉に、着信音が鳴った。私は、すぐにライセンスを表示すると、でかでかと表示されていた『失効』の文字が消えていた。
「それでは、みなさん、安全飛行で気を付けてお帰り下さい。十日間、おつかれさまでした」
センター長が頭を下げると、
「ありがとうございました!」
みんなも、一斉に頭を下げて挨拶をする。
私は、リスティーちゃんと一緒に、軽やかな足取りで〈飛行教練センター〉を出た。彼女と別れの挨拶をすると、気持ちを引き締め、歩き始める。
もう、二度と事故は起こさない。周りの人に、心配を掛けたくないから。また、一からやり直すつもりで、初心に戻って頑張ろう。
私は歩きながら、新たな決意をするのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『どんなに凄い人でも昔は一杯失敗してたんだね』
試行錯誤を繰り返して 何度でも失敗して その過程があるからこそ皿は輝く
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる