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第5部 厳しさにこめられた優しい想い
2-5ワクワクとドキドキが入り混じる二週間ぶりの出勤
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朝、八時四十分ごろ。私は、ワクワクとドキドキの、入り混じる気持ちで〈東地区〉を歩いていた。必死に、気持ちを落ち着けようとしているけど、逆に、どんどん気持ちが高ぶる一方だった。
〈東地区〉のメインストリートを進んで行くと、やがて橋が見えて来る。橋の手前で左に曲がり、水路沿いに歩いて行くと、大きな羽の形の看板が見えてきた。実に、二週間ぶりの〈ホワイト・ウイング〉だった。
「あぁ、やっぱり、いつもと変わらないなぁ。この世界で、私の一番、大好きな場所で、私の全てのスタート地点」
私は、看板を眺めながら、小さくつぶやいた。
二週間ぐらいじゃ、何も変わるはずがないけど。会社が見えて来たら感動して、思わず目がうるんでしまった。つくづく〈ホワイト・ウイング〉が、大好きなんだなぁ、と実感する。
いかん、いかん。感傷的になってる場合じゃないよ。ちゃんと、リリーシャさんと、お話ししないと。
私は、会社の入口の前に立つと、何度か深呼吸したあと、頬をバシッと叩いて気合を入れた。
時間を確認すると、八時四十七分。本当は、もっと早く来たかったんだけど。昨日『明日は定時に来るように』と、リリーシャさんから、メッセ―ジが送られてきていた。これ以上、勝手なことは出来ないので、時間を合わせて来たのだ。
もうそろそろ、出社しても、大丈夫だよね? よしっ、行こう!
私は、覚悟を決めると、会社の敷地に足を踏み入れた。事務所を見ると、灯りがついている。リリーシャさんは、中にいるようだ。
扉の前に立つと、目を閉じ、少しだけ気持ちを落ち着けた。そのあと、緊張する手で、慎重に扉を開け中に入る。
すると、ちょうど、奥の部屋から出てきたリリーシャさんと、目が合った。私は、瞬間的に頭を下げる。
「おはようございます!!」
腰を直角に曲げたまま、今年で一番、気合の入った挨拶をした。
「……おはよう」
少し遅れて、リリーシャさんから、挨拶が返って来る。声は普通だけど、どんな表情をしているのだろうか?
私はそのままの体勢で、
「今回は、何から何まで、本当に、ありがとうございました。あと、沢山ご迷惑をお掛けして、すいませんでした。もう、二度と、ご心配をお掛けすることは、致しません」
心の底から、お礼とお詫びを口にする。
私はずっと、床を見つめたまま、リリーシャさんの言葉を待った。言うべきことは、全て言った。私の素直な気持ちだ。でも、怖くて、リリーシャさんの顔が見れない――。
私が、ドキドキしながら待っていると、
「本当に、反省してる?」
静かな声が返って来る。
「はい、深く反省しています。私の今までの人生の中で、一番」
私は頭を下げ続けたまま、必死の想いで答えた。
「そう……ならいいわ。お帰りなさい、風歌ちゃん」
その柔らかな声を聴いて、私は、初めて顔を上げる。そこには、優しい笑顔のリリーシャさんがいた。
あぁ、いつものリリーシャさんだ――。この柔らかで、心地よい空気。私の大好きな、リリーシャさんだ。
「リリーシャさん、ただいま戻りました」
一気に緊張が解け、私も自然に、笑みがこぼれた。
それにしても、本当に緊張した。最初にあいさつした時の、一瞬の間のせいで、さらに緊張が強くなったからだ。
「その……私、もしかしたら、許してもらえないかと、思ってました」
「え、なんで?」
「退院後に来た時、凄く怒ってる感じでしたし。さっきも、あいさつの後、微妙な間があったので。てっきり、嫌われてしまったものかと――」
「そんな訳ないわ。さっきは、余りに声が大きかったから、びっくりしただけ」
リリーシャさんは、苦笑する。
「あぁ……そういうことですか」
「でも、こないだ怒ってたのは、本当よ。『絶対に許さない』と思ったもの」
「えぇっ!?」
やっぱり、リリーシャさん怒ってたんだ。でも、怒鳴ったりとか、怒りを表に出すのと違って、静かな怒りって、むしろ怖い。
「何で、怒っていたか分かる?」
「それは、心配を掛けてしまったから、でしょうか――?」
「そう。私はね、物凄く気が小さいの。だから、もう、私を驚かせるようなことは、絶対にしないでね」
「はい、二度としません」
リリーシャさんが、顔面蒼白になって、病院に駆け込んで来たことは、ノーラさんから聴いて知っている。きっと、とんでもなく、心配してくれたんだと思う。もう二度と、そんな心配は掛けたくない
「それで、無事にラインセンスは、復活したんですけど。まだ、講習が終わったあと、一度もエア・ドルフィンには、乗っていません。なので、今日も歩いてきました。まずは、リリーシャさんに、許可をもらってからと思いまして……」
規則だけの問題じゃなくて、これは、リリーシャさんに、心配を掛けたことに対しての、私なりのけじめだ。もし、ダメだと言われれば、許してもらえるまでは、乗らないようにしようと思う。
「まずは、ガレージを開けてみて。仕事と飛行の話は、そのあとにしましょう」
「はい――」
私は、リリーシャさんの言葉に従い外に出ると、ガレージに向かった。
そういえば、もう二週間もガレージを、掃除してないんだよね。まずは、機体の掃除から、スタートかな? まぁ、あれだけのことを、しちゃったんだから。当分は、掃除と内勤だよね……。
私は、ガレージの前に行くと、壁についているパネルに、そっと手を触れた。魔力認証で、一瞬、青く光ったあと、シャッターが、ゆっくりと上がって行く。中は、いつも通り、整然と機体が並んでいた。
このガレージの匂いと、雰囲気が、妙に懐かしく感じる。今までと、全く変わっていない。でも、見た瞬間に、しっかり掃除されているのが分かった。きっと、私がいない間は、リリーシャさんが、全部やってくれていたのだと思う。
私は中に入ると、一台ずつ、チェックしていく。どの機体も、綺麗に磨いてあった。床もホコリ一つなく、綺麗に掃除してある。
でも、これだけキレイに掃除してあるなら、私のやることは、ないんじゃないのかな?
だが、私はある場所で、足を止めた。かつては、私が使っていた、練習機が置いてあった場所だ。ただ、私が壊してしまってからは、空きスペースになっていた。
しかし、その場所に、銀色のシートが掛けてある、何かが置いてあった。もしかして、あの機体が、修理から戻って来たんだろうか? でも、墜落で全損してしまったと、聴いていたけど――。
「あの……これって?」
私は振り向いて、少し後ろに立っていた、リリーシャさんに尋ねる。
「開けてみて」
リリーシャさんは、静かに答えた。
私は言われた通り、そっとシートを外してみる。すると、中からは、ピカピカのボディーの機体が出てきた。
「これって――もしかして、新品ですか?!」
傷一つない、真新しいフレーム。それに、今までの機体と違って、デザインが最近のものだ。しかも、これは、雑誌にのっていた、最新モデルと同じ型だと思う。
「ちょうど、昨日、届いたばかりなのよ」
「……それって、私が機体を、壊しちゃったからですよね?」
新品のエア・ドルフィンは、凄く嬉しいけど、物凄く複雑な気分だ。今まで乗っていたのは、古い型だったけど、とても愛着があった。ちゃんと扱っていれば、まだまだ、乗れてたと思う。
「それは違うわ。そろそろ、交換しようとは、思っていたの」
「でも、あれって――アリーシャさんの代からあった、とても大事な機体なんですよね? 私がもっと、気を付けて乗っていれば……」
私が一番、引っ掛かっていたのは、その部分だ。大事な思い出の品であり、アリーシャさんの、形見の機体だった。リリーシャさんにとっては、特別な機体だったと思う。
「機体なんか、別に、どうでもいいのよ」
「え――?」
リリーシャさんは、小さく微笑んだ。
「昔、母のお気に入りのティーカップを、割ってしまったことが有って。母に謝ったら『物なんていつかは壊れるんだから、どうでもいいのよ。新しく買えば済むんだから』って言われたの」
「確かに、物はいくらでも、買い換えられる。でもね、人は替えが絶対にきかない。だから、私は、風歌ちゃんが、無事に帰って来てくれただけで、とっても嬉しいの」
リリーシャさんは、とても優しい笑みを浮かべた。それは、作り笑いではなく、心からの笑顔だと思う。優しさや嬉しさが、ひしひしと伝わって来る。
あぁ……そういうことなんだ。
リリーシャさんの表情を見た瞬間、それが、本心から言っていることが分かった。本当に、ただただ、私のことだけを、見てくれていたんだ。
「その――本当に、ありがとうございます。私、このご恩は、一生を懸けて、お返ししますので」
「いいのよ、何も気にしないで。風歌ちゃんが、無事に元気でいてくれるだけで、十分に、お返しをもらってるから」
リリーシャさんが、金銭や損得など、考えない人なのは、分かってる。初めて出会った時から、ずっとそうだった。何も見返りを求めず、見ず知らずの私に、優しくしてくれた。本当に、純粋に優しい人なのだ。
でも、それじゃあ、私の気が済まない。いつになるかは、分からないけど。今回の件の分は、何倍にも利子をつけて、お返ししよう。損得や貸し借りじゃなくて、気持ちの問題だからね。
「それで……私は、この機体に乗って、また練習飛行をしてもいい、ってことでしょうか?」
また、空を自由に飛び回れる、しかも、おニューの機体で。あまりにも、嬉し過ぎる展開だ。
「それは、ダメよ」
「えっ――?!」
即行で、ダメ出しをされてしまった。てか、この流れでダメなの?
「まだ、来たばかりだから、慣らし運転もしてないし。風歌ちゃん用に、調整もしなきゃいけないから」
「じゃあ、私は……」
「しばらくは、内勤。事務所で、大人しくしていてね」
「はい――」
ニッコリ微笑むリリーシャさんには、逆らえない。何気に、笑顔の圧力が凄かったりする。
それに、過保護なリリーシャさんのことだから、当分は乗せてもらえないかも。でも、しばらくは、しょうがないよね。事務所で、大人しく勉強でもしていよう。
ただ、リリーシャさんと、元の関係に戻れて、本当によかった。それに、リリーシャさんの、本当の気持ちが聴けたし。改めて『大事にされてるなぁー』というのが、よく分かった。
あと、もう1つ、分かったことがある。私が頑張っているのは『リリーシャさんがいるから』ってことだ。
この二週間、距離を置いてみて、よく分かった。リリーシャさんがいない生活は、あまりに味気なかった。あんなに幸せだった日々が、物凄く色あせて見えた。
私は、リリーシャさんに、喜んでもらいたくて、認めてもらいたくて、頑張っているんだってこと。それが、改めて分かってしまった。最初は、自分のためや、親を認めさせるためだったのに。いつの間にか、目的がすり替わっていた。
これからも、リリーシャさんに喜んでもらえるように、心配を掛けないように。一人前のシルフィードを目指して、頑張って行こう……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『小さな巨人が挑むお祭り最終日のパン喰い競争』
お前は今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?
〈東地区〉のメインストリートを進んで行くと、やがて橋が見えて来る。橋の手前で左に曲がり、水路沿いに歩いて行くと、大きな羽の形の看板が見えてきた。実に、二週間ぶりの〈ホワイト・ウイング〉だった。
「あぁ、やっぱり、いつもと変わらないなぁ。この世界で、私の一番、大好きな場所で、私の全てのスタート地点」
私は、看板を眺めながら、小さくつぶやいた。
二週間ぐらいじゃ、何も変わるはずがないけど。会社が見えて来たら感動して、思わず目がうるんでしまった。つくづく〈ホワイト・ウイング〉が、大好きなんだなぁ、と実感する。
いかん、いかん。感傷的になってる場合じゃないよ。ちゃんと、リリーシャさんと、お話ししないと。
私は、会社の入口の前に立つと、何度か深呼吸したあと、頬をバシッと叩いて気合を入れた。
時間を確認すると、八時四十七分。本当は、もっと早く来たかったんだけど。昨日『明日は定時に来るように』と、リリーシャさんから、メッセ―ジが送られてきていた。これ以上、勝手なことは出来ないので、時間を合わせて来たのだ。
もうそろそろ、出社しても、大丈夫だよね? よしっ、行こう!
私は、覚悟を決めると、会社の敷地に足を踏み入れた。事務所を見ると、灯りがついている。リリーシャさんは、中にいるようだ。
扉の前に立つと、目を閉じ、少しだけ気持ちを落ち着けた。そのあと、緊張する手で、慎重に扉を開け中に入る。
すると、ちょうど、奥の部屋から出てきたリリーシャさんと、目が合った。私は、瞬間的に頭を下げる。
「おはようございます!!」
腰を直角に曲げたまま、今年で一番、気合の入った挨拶をした。
「……おはよう」
少し遅れて、リリーシャさんから、挨拶が返って来る。声は普通だけど、どんな表情をしているのだろうか?
私はそのままの体勢で、
「今回は、何から何まで、本当に、ありがとうございました。あと、沢山ご迷惑をお掛けして、すいませんでした。もう、二度と、ご心配をお掛けすることは、致しません」
心の底から、お礼とお詫びを口にする。
私はずっと、床を見つめたまま、リリーシャさんの言葉を待った。言うべきことは、全て言った。私の素直な気持ちだ。でも、怖くて、リリーシャさんの顔が見れない――。
私が、ドキドキしながら待っていると、
「本当に、反省してる?」
静かな声が返って来る。
「はい、深く反省しています。私の今までの人生の中で、一番」
私は頭を下げ続けたまま、必死の想いで答えた。
「そう……ならいいわ。お帰りなさい、風歌ちゃん」
その柔らかな声を聴いて、私は、初めて顔を上げる。そこには、優しい笑顔のリリーシャさんがいた。
あぁ、いつものリリーシャさんだ――。この柔らかで、心地よい空気。私の大好きな、リリーシャさんだ。
「リリーシャさん、ただいま戻りました」
一気に緊張が解け、私も自然に、笑みがこぼれた。
それにしても、本当に緊張した。最初にあいさつした時の、一瞬の間のせいで、さらに緊張が強くなったからだ。
「その……私、もしかしたら、許してもらえないかと、思ってました」
「え、なんで?」
「退院後に来た時、凄く怒ってる感じでしたし。さっきも、あいさつの後、微妙な間があったので。てっきり、嫌われてしまったものかと――」
「そんな訳ないわ。さっきは、余りに声が大きかったから、びっくりしただけ」
リリーシャさんは、苦笑する。
「あぁ……そういうことですか」
「でも、こないだ怒ってたのは、本当よ。『絶対に許さない』と思ったもの」
「えぇっ!?」
やっぱり、リリーシャさん怒ってたんだ。でも、怒鳴ったりとか、怒りを表に出すのと違って、静かな怒りって、むしろ怖い。
「何で、怒っていたか分かる?」
「それは、心配を掛けてしまったから、でしょうか――?」
「そう。私はね、物凄く気が小さいの。だから、もう、私を驚かせるようなことは、絶対にしないでね」
「はい、二度としません」
リリーシャさんが、顔面蒼白になって、病院に駆け込んで来たことは、ノーラさんから聴いて知っている。きっと、とんでもなく、心配してくれたんだと思う。もう二度と、そんな心配は掛けたくない
「それで、無事にラインセンスは、復活したんですけど。まだ、講習が終わったあと、一度もエア・ドルフィンには、乗っていません。なので、今日も歩いてきました。まずは、リリーシャさんに、許可をもらってからと思いまして……」
規則だけの問題じゃなくて、これは、リリーシャさんに、心配を掛けたことに対しての、私なりのけじめだ。もし、ダメだと言われれば、許してもらえるまでは、乗らないようにしようと思う。
「まずは、ガレージを開けてみて。仕事と飛行の話は、そのあとにしましょう」
「はい――」
私は、リリーシャさんの言葉に従い外に出ると、ガレージに向かった。
そういえば、もう二週間もガレージを、掃除してないんだよね。まずは、機体の掃除から、スタートかな? まぁ、あれだけのことを、しちゃったんだから。当分は、掃除と内勤だよね……。
私は、ガレージの前に行くと、壁についているパネルに、そっと手を触れた。魔力認証で、一瞬、青く光ったあと、シャッターが、ゆっくりと上がって行く。中は、いつも通り、整然と機体が並んでいた。
このガレージの匂いと、雰囲気が、妙に懐かしく感じる。今までと、全く変わっていない。でも、見た瞬間に、しっかり掃除されているのが分かった。きっと、私がいない間は、リリーシャさんが、全部やってくれていたのだと思う。
私は中に入ると、一台ずつ、チェックしていく。どの機体も、綺麗に磨いてあった。床もホコリ一つなく、綺麗に掃除してある。
でも、これだけキレイに掃除してあるなら、私のやることは、ないんじゃないのかな?
だが、私はある場所で、足を止めた。かつては、私が使っていた、練習機が置いてあった場所だ。ただ、私が壊してしまってからは、空きスペースになっていた。
しかし、その場所に、銀色のシートが掛けてある、何かが置いてあった。もしかして、あの機体が、修理から戻って来たんだろうか? でも、墜落で全損してしまったと、聴いていたけど――。
「あの……これって?」
私は振り向いて、少し後ろに立っていた、リリーシャさんに尋ねる。
「開けてみて」
リリーシャさんは、静かに答えた。
私は言われた通り、そっとシートを外してみる。すると、中からは、ピカピカのボディーの機体が出てきた。
「これって――もしかして、新品ですか?!」
傷一つない、真新しいフレーム。それに、今までの機体と違って、デザインが最近のものだ。しかも、これは、雑誌にのっていた、最新モデルと同じ型だと思う。
「ちょうど、昨日、届いたばかりなのよ」
「……それって、私が機体を、壊しちゃったからですよね?」
新品のエア・ドルフィンは、凄く嬉しいけど、物凄く複雑な気分だ。今まで乗っていたのは、古い型だったけど、とても愛着があった。ちゃんと扱っていれば、まだまだ、乗れてたと思う。
「それは違うわ。そろそろ、交換しようとは、思っていたの」
「でも、あれって――アリーシャさんの代からあった、とても大事な機体なんですよね? 私がもっと、気を付けて乗っていれば……」
私が一番、引っ掛かっていたのは、その部分だ。大事な思い出の品であり、アリーシャさんの、形見の機体だった。リリーシャさんにとっては、特別な機体だったと思う。
「機体なんか、別に、どうでもいいのよ」
「え――?」
リリーシャさんは、小さく微笑んだ。
「昔、母のお気に入りのティーカップを、割ってしまったことが有って。母に謝ったら『物なんていつかは壊れるんだから、どうでもいいのよ。新しく買えば済むんだから』って言われたの」
「確かに、物はいくらでも、買い換えられる。でもね、人は替えが絶対にきかない。だから、私は、風歌ちゃんが、無事に帰って来てくれただけで、とっても嬉しいの」
リリーシャさんは、とても優しい笑みを浮かべた。それは、作り笑いではなく、心からの笑顔だと思う。優しさや嬉しさが、ひしひしと伝わって来る。
あぁ……そういうことなんだ。
リリーシャさんの表情を見た瞬間、それが、本心から言っていることが分かった。本当に、ただただ、私のことだけを、見てくれていたんだ。
「その――本当に、ありがとうございます。私、このご恩は、一生を懸けて、お返ししますので」
「いいのよ、何も気にしないで。風歌ちゃんが、無事に元気でいてくれるだけで、十分に、お返しをもらってるから」
リリーシャさんが、金銭や損得など、考えない人なのは、分かってる。初めて出会った時から、ずっとそうだった。何も見返りを求めず、見ず知らずの私に、優しくしてくれた。本当に、純粋に優しい人なのだ。
でも、それじゃあ、私の気が済まない。いつになるかは、分からないけど。今回の件の分は、何倍にも利子をつけて、お返ししよう。損得や貸し借りじゃなくて、気持ちの問題だからね。
「それで……私は、この機体に乗って、また練習飛行をしてもいい、ってことでしょうか?」
また、空を自由に飛び回れる、しかも、おニューの機体で。あまりにも、嬉し過ぎる展開だ。
「それは、ダメよ」
「えっ――?!」
即行で、ダメ出しをされてしまった。てか、この流れでダメなの?
「まだ、来たばかりだから、慣らし運転もしてないし。風歌ちゃん用に、調整もしなきゃいけないから」
「じゃあ、私は……」
「しばらくは、内勤。事務所で、大人しくしていてね」
「はい――」
ニッコリ微笑むリリーシャさんには、逆らえない。何気に、笑顔の圧力が凄かったりする。
それに、過保護なリリーシャさんのことだから、当分は乗せてもらえないかも。でも、しばらくは、しょうがないよね。事務所で、大人しく勉強でもしていよう。
ただ、リリーシャさんと、元の関係に戻れて、本当によかった。それに、リリーシャさんの、本当の気持ちが聴けたし。改めて『大事にされてるなぁー』というのが、よく分かった。
あと、もう1つ、分かったことがある。私が頑張っているのは『リリーシャさんがいるから』ってことだ。
この二週間、距離を置いてみて、よく分かった。リリーシャさんがいない生活は、あまりに味気なかった。あんなに幸せだった日々が、物凄く色あせて見えた。
私は、リリーシャさんに、喜んでもらいたくて、認めてもらいたくて、頑張っているんだってこと。それが、改めて分かってしまった。最初は、自分のためや、親を認めさせるためだったのに。いつの間にか、目的がすり替わっていた。
これからも、リリーシャさんに喜んでもらえるように、心配を掛けないように。一人前のシルフィードを目指して、頑張って行こう……。
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『小さな巨人が挑むお祭り最終日のパン喰い競争』
お前は今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?
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