私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第5部 厳しさにこめられた優しい想い

5-2一年の感謝を込めて町中にお礼を伝えに飛び回る

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 私は、エア・ドルフィンに乗って、町中を飛び回っていた。今日は、いつもの練習飛行とは違う。後部座席に、荷物ボックスを付けて飛んでいた。ボックスの中には、大量の『クッキーの袋』が入っている。

 今日は、この町の恒例行事である『クッキー配り』を行っていた。お世話になった人たちに、お礼を言いながら、クッキーを渡すイベントだ。向こうの世界の、ホワイトデーに近い感じかな。

 先日、リリーシャさんと、お茶をしている時に、ちょうどその話題が出てきた。それで『一緒に作ろう』という事になった。リリーシャさんも、毎年、物凄くたくさん配るため、大量に作っているらしい。

 そんな流れで、リリーシャさんの家にお邪魔して、クッキー作りを行った。でも、私は生地をこねたりする、力作業の担当。焼いたり、デコレーションしたりの、細かい作業は、全部リリーシャさんにやってもらった。

 おかげで、見た目もキレイで、とても美味しいクッキーが完成した。流石は、リリーシャさん。まるで、プロが作った市販品のように、完璧な仕上がりだった。一応、私も手伝ったんだから、自作ってことでいいよね。

 袋詰めした、大量のクッキーは、ダンボール数箱分になった。リリーシャさんは、超人気があるし、知り合いも多いからね。でも、私も意外と配る人が多く、ダンボール一箱分以上が、必要だった。

〈東地区商店街〉は、全てのお店に配るし。他にも、いつも通っているお店は、全部、配りに回るつもりだ。友達や知り合いも含めると、結構な数が必要なんだよね。よくよく考えてみたら、私も意外と、お付き合いしている人が多かった。

 でも、富を分け合うことで、お互いが幸せになれるって、とても素敵な考え方だよね。まぁ、私には、分けられるような富はないけど、気持ちが大事だから。そう、気持ち、超大事!

 そんなわけで、まずは、自分が住んでいる〈北地区〉から、回って行くことにした。最初に行ったのは、ノーラさんのところだ。部屋を貸してもらっている上に、よく食事をご馳走になってるからね。こっちに来てから、お世話になりっぱなしだ。

 クッキーを渡すと、真っ先に『これ、リリー嬢ちゃんが焼いたやつだろ?』と、あっさり、見破られてしまった。見た瞬間に分かるとは、流石は、リリーシャさんの料理の師匠だ。

『一応、生地をこねたり、袋詰めは手伝いました』と言ったんだけど、鼻で笑われてしまった……。でも、ノーラさんも、ちゃんと準備していたみたいで、お返しのクッキーを渡してくれた。

 そのあとは、よく通っている、パン屋さんを数件。あと、喫茶店の〈宿り木〉の女将さんのところも。さらに、以前、代行でパンの宅配に行った御宅にも、順番に配って行った。一度、会っただけでも、ご縁は大事にしたいからね。

 あと、徒歩で老紳士を送って行った〈マーカス・グリーン・ファーム〉にも、渡しに行く。すると、娘さんが出てきて、お返しのクッキーに加え、また、どっさりと、とれたての野菜をもらってしまった。

 なんか、渡す量より、もらってる量のほうが、はるかに多い気がする。これでは、富を分け合うんじゃなくて、私が一方的に、得しちゃってるのでは――?

 結局、色々もらって荷物が一杯になったので、いったん荷物を置きに、会社に戻った。荷物を置いて、クッキーを補充すると、今度は〈西地区〉〈南地区〉の順に回って行く。

〈南地区〉は、何度か行ったことのある、喫茶店の〈水晶亭〉にも顔を出す。すると、偶然にも、ライザさんが来ていて、お互いに再会を喜び合う。ライザさんも、クッキーを渡しに来たんだって。

 私は、二人にクッキーを渡すと、お礼のクッキーを受け取る。さらには、入れたてのカフェオレとケーキを、ご馳走になってしまった。 
 
 この町では、クッキーを渡しあうのって、本当にあたり前の習慣なんだね。どこに行っても、ちゃんとお返しのクッキーを、用意してあるもん。しかも、渡したのより、豪華なのが返って来るし。

〈水晶亭〉で、しばらく休憩すると、再びクッキー配りに飛び回る。まだまだ、配る所は多いし、むしろ、これからが本番だ。

 ナギサちゃんたちは、今度お茶した時に渡すとして。やっぱり〈東地区商店街〉は、気合を入れて回らないとね。

〈東地区商店街〉は、全てのお店の、店主や女将さんと、知り合いだった。いつも、町内会でも会ってるし。買い物も、ここですることが、多いからだ。それに〈ホワイト・ウイング〉の、ホームエリアだからね。しっかり、挨拶をしておかないと。

 おそらく、リリーシャさんも、ここは重点的に回っていると思う。でも、もらって困る物じゃないし、被っても問題ないよね。要は、気持ちの問題だから。

 私は、いったん事務所に戻って、クッキーを満タンに補充することにした。すると、キッチンのテーブルには、私がもらった物の他にも、沢山のクッキーが置いてあった。おそらく、リリーシャさんが、もらって来たものだと思う。

「リリーシャさんも、かなり沢山もらうと思うから。このペースだと、夕方には、クッキーだらけになっちゃうかも……」
 
 それはそれで、凄く楽しそうだけど。全部、食べ切れるんだろうか? まだまだ、増えそうな感じだし。

「ま、いっかー。甘いものは、大好きだし」
 私は、準備を終えると、再びクッキー配りに向かうのだった……。


 ******
 
 
 私は〈東地区〉の駐車場に、エア・ドルフィンを停めると、少し歩いて〈東地区商店街〉に向かった。両手には、クッキーの袋が大量に入った、紙袋を持っている。端から端まで配るので、結構な量が必要だ。

 軒数が多いので、かなり大変だけど、日ごろから、凄くお世話になってるからね。ちゃんと、今年一年のお礼を言わないと。

 私は、こっちの世界に来てから、いつも色んな人に、お世話になりっぱなしだ。でも、冷静に考えてみると、ちゃんと、お礼を口にしたことって、あまりないんだよね。私も故事にならって、一軒ずつ心を込めて、お礼を言って行こう。

 商店街に入ると、一番、端にあるお店から回って行く。最初のお店は、八百屋の『リンド青果店』だ。

「こんにちは。いつも、お世話になっています」
「おや、風歌ちゃんじゃないかい。いらっしゃい!」
 恰幅のよい女将のメイズさんが、元気に声を返してきた。

「今年、一年間、大変お世話になりました。つまらない物ですが」
 私は、頭を下げながら、クッキーの袋を差し出した。

「あらあら、嬉しいわ。シルフィードにクッキーをもらえるなんて、商売繁盛、間違いなしね!」
「あははっ、だと、いいんですけど」
 
 この町では、シルフィードは幸運の象徴であり、幸運をみんなに運んでくれる、と言われている。つまり、シルフィード自体が『縁起物』なんだよね。

「はい、これ。お返しのクッキー。あと、これも持ってきな」
 メイズさんは、用意してあったクッキーの他に、リンゴを一山、袋に入れて渡してくれた。

「あの、いいんですか? お礼に来たのに、逆にいただいちゃって――」
「いいの、いいの。シルフィードが来てくれるだけで、物凄い幸運なのよ。他の店も回る予定なの?」

「はい。商店街の、全てのお店を回るつもりです」
「なら、みんな凄く喜ぶわよ。風歌ちゃんは、幸運の使者に加え、この商店街の、ヒーローなんだから」

 メイズさんは、腰に手を当て、満面の笑みを浮かべる。でも、私はちょっと、引きつった笑みを浮かべた。

 いやいや、私はお礼に来ただけで、そんなに、凄い存在んじゃないんだけど。まぁ、喜んでもらえるなら、いいのかな……? 取りあえず、誠心誠意、お礼を伝えて行こう。

 私がそう考えていると、

「みんなー、幸運の使者が、クッキーを持ってやって来たわよー!! ちゃんと、お返しを、用意しておきなさい!」

 メイズさんが、大きな声で、周りの人たちに呼びかけた。

「おぉー、風歌ちゃんか!」
「いやー、物凄くご利益ありそうだな!」
「そうかい、そうかい。なら、とっておきのお返し、用意しないとね!」

 お店の大将や女将さんたちが、一斉に動き出した。さらに、こちらに、期待に満ちた視線を向けて来る。私が来たという噂は、次々と、先のほうのお店まで、伝わって行った。流石に、凄いチームワークと行動力だ。

 ちょっ……。普通にクッキーを渡して、お礼をしようと思っただけなのに。何で、こんな大事に?! これじゃ、まるで、何かのイベントみたいじゃない――?

「ほれ、行っといで。みんな、楽しみに待ってるからさ」  
 私は、バシッと、メイズさんに背中を叩かれた。

「あ、あははっ、頑張ります……」
 私は、ぎこちない笑みを浮かべて、それに答える。

 最初は、軽く世間話でもしながら、気楽に渡そうと思ってたんだけど。急にハードルが上がって、プレッシャーが、大きくなってきた。どのお店の人たちも、ジーッと私のことを、期待のまなざしで見ているからだ。

 でもまぁ、こうなったら、精一杯シルフィードとして、振る舞うしかないよね。私は、ただの見習いだけど、みんなは、そう思ってないみたいだし。

 私は、日ごろの勉強の成果と、リリーシャさんの振る舞いを、思い浮かべながら、一軒ずつ回って行った。まずは、クッキーを渡して、一年のお礼を言って、それぞれに合った世間話をする。

 そして最後に『今後も〈ホワイト・ウイング〉を、よろしくお願いいたします』と、しっかり、会社の宣伝もしておく。

 みんな、想像していた以上に、大喜びしてくれた。クッキーをもらうことも、大事だけど、誰からもらうかも、物凄く重要らしい。中でも、シルフィードからもらうクッキーは、最上級のご利益があるんだって。

 ただ、私自身、全くお金ないし。金運が上がるかどうかは、怪しいんだけど――。でも、みんなの、素敵な笑顔が見れるのは、私もとても嬉しい。だから私は、一人前のシルフィードとして。また、幸運の使者として、精一杯に振る舞った。

 ちょうど、商店の中間あたりに来たところで、声を掛けられた。この明るく軽いノリの声は、聞き覚えがある。

「やっほー、風歌ちゃん。相変わらず、超人気者ねー」
「あれ、ユキさん。何でこんな所に……?」
 町内会長のお孫さんの、ユキさんだ。

 相変わらず、斬新なファッションに、ビビッドな色のマニュキュアと、濃い目の化粧。服装もだけど、たくさんの装飾品を身に着けて、実に派手な格好だ。この昔ながらの商店街の中では、完全に浮いている。

「ちょっと、おじいちゃんの家に、用があってね。そうそう、聴いたわよ。あのイベントのあと、商店街の売り上げが、かなり伸びたらしいじゃない」

「みたいですね。お役に立てて、よかったです。本当に〈ホワイト・ウイング〉の知名度と、リリーシャさんの人気って、凄いですよね」

『ホワイト・ウイング・フェア』は、結局、初日で千人以上が集まるという、大盛況だった。二日目以降も、話題が話題を呼び、滅茶苦茶、人が集まったらしい。やっぱり、知名度や人気の影響力って、凄いよね。

 イベントのあとも、通ってくれるようになったお客さんも、結構、多いんだって。お礼に回った各お店で、みんな、同じことを言っていた。

「何言ってんの? あのイベントの功労者は、風歌ちゃんじゃない」 
「いえいえ、私なんて、大したことやってませんよ。ただの見習いですし」

 結局、リリーシャさんの、懐の広い対応と多大な協力。あと、他社のナギサちゃんたちにまで、手伝ってもらった。あとは、商店街の人たちの、情熱や頑張りがあったからだ。 

「そもそも、風歌ちゃんが動かなきゃ、実現しなかったイベントよ。あのイベントの、成功の七割は、風歌ちゃんの力と影響力なんだから」
「いやいや、まさか……。力も影響力も、全くありませんから」

「はぁー。何にも、分かってないわね。もう、これだから、無自覚な有名人は」
「へ――?」

 ユキさんは、小さくため息をついた。

「ま、いいわ。とりあえず、写真を撮らせてちょうだい。また、アップしとくから」
「えっ……? あの、目立つのはちょっと」 
「別に、お礼でクッキーを配るなんて、誰もがやってることだから、平気よ」

 そういうと、ユキさんは、マギコンを起動して、パシャパシャと写真を撮り始めた。『勝手にやるから、気にしないで』と言われたので、私は再び、クッキー配りを続けて行くのだった……。


 ******
 
 
 夕方の、四時過ぎ。私は、大量のお返しの入った荷物ボックスを持って、事務所に戻って来た。もらい物の量が多すぎて、ボックスのふたが閉まらない。

 結局、全ての店を回るのに、二時間以上かかってしまった。ユキさんは、ふと気付くと、いつの間にか姿を消していた。相変わらず、神出鬼没な人だ。

 事務所に入ると、リリーシャさんが、事務仕事をしていた。私に気付くと、笑顔で声をかけて来る。

「風歌ちゃん、お帰りなさい。ずいぶんと、沢山もらって来たのね」
「いやー、お礼を渡すつもりが。むしろ、一杯もらっちゃいました」 

「貰ったよりも、沢山お返しするのが、習わしみたいなものだから」
「なるほど、そうだったんですね」

 とりあえず、荷物を置くために、キッチンのテーブルに向かう。だが、私は部屋に入った瞬間、驚いて声を上げてしまった。

「えぇぇーっ!? 置く場所が全然ない――」

 テーブルの上は、クッキーやら何やらで、完全に埋まっていた。私が想像していた量を、はるかに上回っていたのだ。中には、リボンのついた大きな箱など、高級そうなものも置いてある。

 さ、流石は、リリーシャさん。人気があるとは思ってたけど、まさか、ここまで凄いとは……。

「いつも、こちらがお世話になっているので、申しわけないけれど。でも、渡された物は、受け取るのがマナーだから」
「まぁ、そうですよねぇー」
 
 私はとりあえず、椅子の上に、ボックスをどさっと置いた。

「ところで、これどうしましょう? クッキーは、お茶の時に食べればいいとして。生ものなんかも、結構、もらっちゃったんですけど――」
 
 もらった中には、野菜や魚なんかもある。でも、私は一切、自炊をしないので。このままだと、腐らせてしまうだけだ。

「なら、私の家で、食事会をしましょうか? 私は、ツバサちゃんに、声を掛けてみるから。風歌ちゃんも、お友達を呼ぶのはどう?」 
「えっ、いいんですか?」

「一人じゃ無理でも、みんななら、食べきれるんじゃない?」
「はい、そうですね!」

 そんな訳で、急きょ、リリーシャさんの家で、もらい物の食事会を行うことになった。リリーシャさんなら、料理が超上手だし、安心だよね。

 それにしても、お礼に行ったはずが、こんなに沢山、もらい物をするとは、思っても見なかった。みんな、大らかというか、優しいというか、いい人たちばかりだ。しかも、シルフィードが来てくれたと、滅茶苦茶、喜んでくれてたし。

 相変わらず、助けられたり、もらったりしてばかりだけど。いつか、みんなの期待に応えらえる、本物シルフィードにならないとね。

 私の夢だけじゃなく、みんなの夢や希望も、一緒に抱えているのだから……。


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次回――
『生まれて初めて来る超巨大スパで大はしゃぎ』

 幸せなら歌い、笑うように。気分がいいならはしゃぐように
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