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第6部 飛び立つ勇気
4-7イベント最終日にメイド姿で走り回る
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私は〈北地区〉に来ていた。今日は『シルフィード・フェスタ』の最終日。メインイベントの一つである『シルフィード・クルージング』が行われる。〈北地区〉は漁港だが、景色に不釣り合いの、豪華な大型クルーザーが、何台も泊まっていた。
クルージングは〈北地区〉からスタートし、運河を下って、各地区を通過。〈南地区〉を抜けたあと、最終的には〈新南区〉を、ぐるりと一周するコースだ。かなり、ゆっくり進んで行くので、長時間のクルージングになる。
ちなみに、この運河は『グリュンノア創成期』に作られたものだ。昔はまだ、空飛ぶ機体がなかったため、運搬は全て水路で行っていた。特に〈セベリン市場〉の新鮮な魚を運ぶには、重要な役割を果たしていたのだ。
主に魚を運んでいたので、昔は〈フィッシュ・ロード〉と言われていた。かつては、大量の船で、埋め尽くされていたが、エア・ブルームの登場で、交通事情が一変。今は、遊覧やイベントの時しか、使われていない。
私が搭乗しているのは、八十人以上、乗ることができる『ブルー・クリスタル号』だ。船上には、今回のホストを務める、メイド服姿のスタッフたちが集まっていた。私たち五人の他に、サポートが九人いる。
お手伝いは、シルフィードじゃなくてもOKだったので、私は、アディ―さんに、相談してみた。以前、お手伝いに行った、メイドカフェ〈アクアリウム〉の、店長さんだ。
メイドについて、物凄く詳しいし。ちょっと、変わった人だけど、物凄く仕切り上手なんだよね。とても、スタッフ想いだし。
結局、彼の細かな助言に従って、料理や内装、接客など、全て順調に進行して行った。加えて、本番である本日は〈アクアリウム〉の、精鋭メイド五人と、厨房スタッフ三人を、応援によこしてくれた。
もちろん、アディ―さん自身も参加して、手伝ってくれることになっている。指示がとても的確なので、いてくれるだけで、凄く安心だ。
完成した、船内の内装はかなり凝っていて、料理のメニューも超本格的。まるで、本物の飲食店のようだ。流石は、プロのお仕事。正直、ここまで凄いことになるとは、思っていなかった。
ちなみに、お客様の数は七十人。少し変わった企画なので、人が集まるか心配してた。でも、事前予約では、受付開始から、一分経たずに埋まってしまう、大盛況だった。
むしろ、変わった企画だったので、受けたのかもね。こんな、異色のクルージングをやってるの、うちだけだし……。
「はい、はーい。準備も全てできたし、お客様を、お迎えするわよー!」
「はいっ!!」
アディ―さんの掛け声で、みんな、一斉に動き出した。彼の元で、しっかりと統率が取れている。
私たちメイドは、急いで船外に出て、並んでいたお客様の元に向かった。全員、階段の前に整列すると、一斉に声を合わせて挨拶する。
「ご主人様、お嬢様。大変お待たせいたしました。ようこそ、ブルークリスタル号へ!」
私たちが声を掛けると、続々とお客様たちが、階段を上って来た。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
一人一人に挨拶して、温かくお迎えをする。
やがて、全員が乗り終えると、クルーザーは、ゆっくりと進み始めた。漁港を離れると、少し西に進んで、すぐに運河に入って行った。
船内は、ブッフェ形式の、立食パーティーになっていた。料理は、自由にとってもらって、飲み物は、メイドが給仕する。私は、せわしなく動きながら、お客様たちに、飲み物を配って行く。
人数は多いけど、オーダーは飲み物だけなので、メイドカフェの時に比べれば、だいぶ楽だ。今回は、キャラ作りも特にないので、以前よりもやりやすい。
私は、ジュース乗せたトレーを手に、移動していると、ふと声を掛けられた。
「風ちゃーん」
振り返ると、そこには、二人組の男性がいた。よく見ると、見覚えのある顔だった。
「あっ、以前〈アクアリウム〉に来てくださった、お客さ……いえ、ご主人様」
妙に、ノリのいい人だったので、よく覚えている。
「おぉー、覚えていてくれたんだ」
「まさか、また会えるとは、思わなかったよー」
「私も、またお会いできるとは思いませんでした。いつも、ありがとうございます」
「それにしても、クルージングで、メイドカフェ風にするとは、思い切ったね」
「奇抜で、凄くイイよね。この企画って、ツバサさんが考えたの?」
二人は、物凄く楽しそうだ。よほど、メイドカフェが、好きなんだろう。
「いえ、実は私が発案者で。〈アクアマリン〉の店長さんにも、手伝ってもらって」
「おぉー、マジで?! 風ちゃん、神じゃん!」
「マジ神だね! 何か光るものが有るとは思ってたけど、流石は風ちゃん」
「いやー、ただの、思い付きだったんですけど。皆さんのご協力のお蔭で、何とか形になりました」
本当に、みんなの協力が大きかった。ナギサちゃんは、滅茶苦茶、手際がいいし。フィニーちゃんは、料理のアイディアを、たくさん出してくれた。
あと、アディ―さんが加わってからは、流れが劇的に変わった。思い付きのやり方が、急に計画的なやり方に、変わったからだ。流石に、本業でやっている人は、考え方も効率も、まるで違う。
「ところで、今日は、アレないのかな?」
「そうそう。メイドカフェと言えば、アレだよね」
「分かりました、アレですね。ご主人様、少々お待ちください」
私は、笑顔で答えると、急いで厨房に向かった。
厨房では、次々と料理が作られていた。プロの人を呼んできただけ合って、実に手際がいい。
「すいません。オムライス、二つお願いします」
「了解。下準備できてるから、直ぐに完成するよ」
厨房を見ると、大量のケチャップ・ライスが、すでに用意してあった。
解いた卵を、二つのフライパンに同時いれると、素早くオムレツを作って行く。見事な手際に、見とれていると、あっという間に、オムライスが完成した。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
私は、オムライスの皿とケチャップを、ワゴンに乗せると、早足で船室に向かって行った。
「お待たせしましたー、ご主人様」
「おぉー、来た来た!」
「やっぱ、これだよね!」
「美味しくなる魔法、いりますか?」
「もちろん!」
「是非是非!」
私は、以前メイドカフェでやった『美味しくなる魔法』を、心を込めてやっていく。二人とも、その様子を、とても嬉しそうに見つめている。
魔法が掛け終わると同時に、周囲から声が掛かった。
「へぇー、そんなのあるんだ」
「私も、オムライスください」
「自分も、お願いします」
「こっちも、二つ」
「はーい、少々お待ちください。ご主人様、お嬢様」
実は『隠しメニュー』だったんだけど。オムライスの注文が、大量に飛び交って、私は必死になって、キッチンと客室を往復する。いつの間にか、他のメイドの子たちも、せっせと、オムライスの注文の対応をしていた。
途中、ナギサちゃんとすれ違った時、鋭い視線で睨まれる。『何よけいなことしてるのよ』とでも、言いたげだった。でも、しょうがないよね、お客様たちが、喜んでくれてるんだから――。
忙しく走り回っている内に、運河を抜け、いつの間にか、海に出ていた。ゆっくり景色を楽しもうと、思ってたけど。そんな暇は、全くなかった。休む間もなく、船室と厨房を行き来する。
その間、リリーシャさんと、ツバサさんの周りには、常に人だかりが出来ていた。握手会にサイン会、写真撮影会。二人が目当てで、来ているお客様が、ほとんどだ。なので、二人には、ずっとお客様への、ファン・サービスをやって貰っていた。
女性客は、主にツバサさんの元に。タキシードを着た執事姿が、妙に似合っていて、凜としてカッコイイ。サービスで、肩を組んで写真を撮ったりすると、女性たちから、キャーキャーと黄色い声が上がっていた。
リリーシャさんの所には、男性客が多い。リリーシャさんの執事姿には、神々しい美しさがあった。やっぱり、何を着ても、優しさや気品が、あふれ出してるよね。男性客のほうは、大人しい、というか、照れている人が多いようだ。
個々の対応が終わると、今度は、リリーシャさんとツバサさんの、ペアでの撮影会が始まった。人気シルフィードのツーショットは、非常にレアなので、お客様たちも大喜びだ。
ツバサさんが、リリーシャさんを正面から抱きしめると、これまた、黄色い声と大歓声が上がった。
やっぱり、二人とも物凄い人気だ。それに、お客様の喜ぶことを、よく理解している。特に、ツバサさんはノリノリで、常にサービス精神が旺盛だ。リリーシャさんは、笑顔で立っているだけで、みんなに喜ばれている。
私は、そんな二人を尻目に、終始、船内を走り回っていた。少しでも、お客様に喜んでもらうために、自分にできる仕事に専念する。
途中、数人のお客様から、声を掛けられた。以前、メイドカフェに来ていたお客様と、ノア・マラソンを見てれた人たちだ。中には、私のファンだと、言ってくれた人もいた。少数とはいえ、私を知ってくれている人がいるのは、滅茶苦茶、嬉しい。
時折り、お客様と会話をしながら、慌ただしく動き回っている内に、ぐるりと〈新南区〉を一周する。こうして、約三時間のクルージングは、無事に終了したのだった……。
******
〈新南区〉にあるマリーナで、お客様たちを、全員でお見送りしたあと。私たちは、船室の片付けと清掃をしていた。私は、ほうきを持って、せっせと床掃除をしている。こういった掃除は、私の得意分野だ。
さすがに、七十人の接客は大変で、みんな疲れた表情をしていた。無言のまま、黙々と後片付けをしている。フィニーちゃんは、完全にヘロヘロに。ナギサちゃんも、顔に疲労の色が出ている。
特にナギサちゃんは、やたらと、お客様に声を掛けられていた。『白金の薔薇』の娘というのも有るけど、何と言ってもキレイなので、物凄く目立つ。やっぱ美人って、どの世界でも、得だよねぇ。
私は、黙々と掃除をしていると、客室から陽気な声が響いてきた。
「はい、はーい。皆さん注目ー! 片付けは、いったん終了。ここからは、私たちが、楽しむ時間よー!」
アディ―さんの声と共に、厨房スタッフたちが、料理の乗った皿を運んできた。テーブル上には、続々と美味しそうな料理が並ベられて行く。先ほどは出てなかった料理もあるので、ちゃんと別に用意してあったようだ。
疲れ切っていた、スタッフたちの表情が、急に明るくなった。もちろん、フィニーちゃんは、即行で復活する。
「今日は、本当にお疲れ様。あなたち、みんな、とても輝いていたわよ。最高に、グッジョブだったわ! 私のおごりだから、好きなだけ飲んで食べて。心行くまで、楽しんでちょうだい」
アディ―さんの言葉に、みんなから歓喜の声が上がる。
手伝ってくれた上に、こんなアフターケアまでしてくれて。本当に、スタッフ想いで気の回る人だ。みんなの士気の高め方も、よく知ってるよね。
「と、その前に。今回の素敵な企画を考えた、風歌ちゃんから、ご挨拶」
「えっ、私ですか……?!」
「ほらほら、早くしないと、打ち上げが始まらないわよ」
私は、アディ―さんにせかされて、みんなの前に立つ。
「あの――。今日は、私の発案にお付き合いいただき、本当に、ありがとうございました。皆さんのご協力がなければ、絶対に実現できませんでした。心から感謝しております」
私は、深々と頭を下げた。
私が頭を上げると、アディ―さんに、そっとグラスを渡された。彼は、笑顔でコクリと頷く。
「それでは、みなさん。大地の恵みに感謝します。乾杯!!」
「大地の恵みに感謝します。乾杯!!」
グラスをか掲げると、皆も、それに合わせて乾杯をする。
私は、グラスをテーブルに置くと、一人一人のスタッフに、挨拶に回って行く。特に、応援に来てくれた人たちには、念入りにお礼を言って回る。一通り、挨拶を済ませたところで、いつもの二人のところに向かった。
案の定、フィニーちゃんは、特盛のお皿の前で、黙々と食べ続けていた。ナギサちゃんは、グラスを片手に、少々お疲れの様子だった。
「二人とも、お疲れ様。大変だったけど、お客様たちも喜んでくれて、大成功だね」
「最初は、どうなるかと思ったけど。何とか、無事に終わったわね」
「ここの料理、おいしい。みんな、喜んでた」
二人とも、方向性は違うものの、とりあえずは、成功ということで、認めてくれたようだ。まぁ、この微妙に薄い反応は、いつも通りだけど。
「いやー、さすがに、こんなに沢山のお客様がいると、大変だね」
「大変にしたのは、風歌でしょ? 何で、手間の掛かるメニューなんかを……」
「でも、客様は、喜んでくれたし。結果オーライじゃない?」
「相変わらず、行き当たりばったりね。ちゃんと、事前に言っておきなさいよ」
「あははっ――」
ナギサちゃんは、相変わらず、全てが計画的だ。でも、こういうイベントは、ノリと勢いが大事だよね。ツバサさんなんか、完全に、アドリブで盛り上げてたし。
「あっ……!」
「どうしたの、フィニーちゃん?」
「私も、オムライス食べる」
「って、そっち――」
急に声をあげるから、何事かと思った。
「特大のオムライス。ナギサに、魔法かけてもらう」
「やる訳ないでしょ! そんなこと」
「でも、ナギサちゃん。さっきは、普通にやってたじゃん」
「あれは、仕事で仕方なくやってたのよ! 好きでやる訳ないでしょ!」
「あははっ……」
ナギサちゃんの、照れながらやっている姿が、滅茶苦茶、大好評だった。メイドカフェの時も、ギャップが物凄く受けてたもんね。
そんなこんなで、シルフィード・クルージングは、無事に終了。とても大掛かりで、大変だったけど。貴重な経験と、いい思い出ができた。初のイベント参加としては、大成功だと思う。
まだまだ、学ぶことも多いし、ファンも少ないけど。いずれは、自分の人気でお客様が呼べるように、精一杯、頑張りまっしょい!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『私の一番のファンはいつも元気と勇気を与えてくれる』
ファンってのは、何点差だろうと奇跡を信じて待ってくれてる
クルージングは〈北地区〉からスタートし、運河を下って、各地区を通過。〈南地区〉を抜けたあと、最終的には〈新南区〉を、ぐるりと一周するコースだ。かなり、ゆっくり進んで行くので、長時間のクルージングになる。
ちなみに、この運河は『グリュンノア創成期』に作られたものだ。昔はまだ、空飛ぶ機体がなかったため、運搬は全て水路で行っていた。特に〈セベリン市場〉の新鮮な魚を運ぶには、重要な役割を果たしていたのだ。
主に魚を運んでいたので、昔は〈フィッシュ・ロード〉と言われていた。かつては、大量の船で、埋め尽くされていたが、エア・ブルームの登場で、交通事情が一変。今は、遊覧やイベントの時しか、使われていない。
私が搭乗しているのは、八十人以上、乗ることができる『ブルー・クリスタル号』だ。船上には、今回のホストを務める、メイド服姿のスタッフたちが集まっていた。私たち五人の他に、サポートが九人いる。
お手伝いは、シルフィードじゃなくてもOKだったので、私は、アディ―さんに、相談してみた。以前、お手伝いに行った、メイドカフェ〈アクアリウム〉の、店長さんだ。
メイドについて、物凄く詳しいし。ちょっと、変わった人だけど、物凄く仕切り上手なんだよね。とても、スタッフ想いだし。
結局、彼の細かな助言に従って、料理や内装、接客など、全て順調に進行して行った。加えて、本番である本日は〈アクアリウム〉の、精鋭メイド五人と、厨房スタッフ三人を、応援によこしてくれた。
もちろん、アディ―さん自身も参加して、手伝ってくれることになっている。指示がとても的確なので、いてくれるだけで、凄く安心だ。
完成した、船内の内装はかなり凝っていて、料理のメニューも超本格的。まるで、本物の飲食店のようだ。流石は、プロのお仕事。正直、ここまで凄いことになるとは、思っていなかった。
ちなみに、お客様の数は七十人。少し変わった企画なので、人が集まるか心配してた。でも、事前予約では、受付開始から、一分経たずに埋まってしまう、大盛況だった。
むしろ、変わった企画だったので、受けたのかもね。こんな、異色のクルージングをやってるの、うちだけだし……。
「はい、はーい。準備も全てできたし、お客様を、お迎えするわよー!」
「はいっ!!」
アディ―さんの掛け声で、みんな、一斉に動き出した。彼の元で、しっかりと統率が取れている。
私たちメイドは、急いで船外に出て、並んでいたお客様の元に向かった。全員、階段の前に整列すると、一斉に声を合わせて挨拶する。
「ご主人様、お嬢様。大変お待たせいたしました。ようこそ、ブルークリスタル号へ!」
私たちが声を掛けると、続々とお客様たちが、階段を上って来た。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
一人一人に挨拶して、温かくお迎えをする。
やがて、全員が乗り終えると、クルーザーは、ゆっくりと進み始めた。漁港を離れると、少し西に進んで、すぐに運河に入って行った。
船内は、ブッフェ形式の、立食パーティーになっていた。料理は、自由にとってもらって、飲み物は、メイドが給仕する。私は、せわしなく動きながら、お客様たちに、飲み物を配って行く。
人数は多いけど、オーダーは飲み物だけなので、メイドカフェの時に比べれば、だいぶ楽だ。今回は、キャラ作りも特にないので、以前よりもやりやすい。
私は、ジュース乗せたトレーを手に、移動していると、ふと声を掛けられた。
「風ちゃーん」
振り返ると、そこには、二人組の男性がいた。よく見ると、見覚えのある顔だった。
「あっ、以前〈アクアリウム〉に来てくださった、お客さ……いえ、ご主人様」
妙に、ノリのいい人だったので、よく覚えている。
「おぉー、覚えていてくれたんだ」
「まさか、また会えるとは、思わなかったよー」
「私も、またお会いできるとは思いませんでした。いつも、ありがとうございます」
「それにしても、クルージングで、メイドカフェ風にするとは、思い切ったね」
「奇抜で、凄くイイよね。この企画って、ツバサさんが考えたの?」
二人は、物凄く楽しそうだ。よほど、メイドカフェが、好きなんだろう。
「いえ、実は私が発案者で。〈アクアマリン〉の店長さんにも、手伝ってもらって」
「おぉー、マジで?! 風ちゃん、神じゃん!」
「マジ神だね! 何か光るものが有るとは思ってたけど、流石は風ちゃん」
「いやー、ただの、思い付きだったんですけど。皆さんのご協力のお蔭で、何とか形になりました」
本当に、みんなの協力が大きかった。ナギサちゃんは、滅茶苦茶、手際がいいし。フィニーちゃんは、料理のアイディアを、たくさん出してくれた。
あと、アディ―さんが加わってからは、流れが劇的に変わった。思い付きのやり方が、急に計画的なやり方に、変わったからだ。流石に、本業でやっている人は、考え方も効率も、まるで違う。
「ところで、今日は、アレないのかな?」
「そうそう。メイドカフェと言えば、アレだよね」
「分かりました、アレですね。ご主人様、少々お待ちください」
私は、笑顔で答えると、急いで厨房に向かった。
厨房では、次々と料理が作られていた。プロの人を呼んできただけ合って、実に手際がいい。
「すいません。オムライス、二つお願いします」
「了解。下準備できてるから、直ぐに完成するよ」
厨房を見ると、大量のケチャップ・ライスが、すでに用意してあった。
解いた卵を、二つのフライパンに同時いれると、素早くオムレツを作って行く。見事な手際に、見とれていると、あっという間に、オムライスが完成した。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
私は、オムライスの皿とケチャップを、ワゴンに乗せると、早足で船室に向かって行った。
「お待たせしましたー、ご主人様」
「おぉー、来た来た!」
「やっぱ、これだよね!」
「美味しくなる魔法、いりますか?」
「もちろん!」
「是非是非!」
私は、以前メイドカフェでやった『美味しくなる魔法』を、心を込めてやっていく。二人とも、その様子を、とても嬉しそうに見つめている。
魔法が掛け終わると同時に、周囲から声が掛かった。
「へぇー、そんなのあるんだ」
「私も、オムライスください」
「自分も、お願いします」
「こっちも、二つ」
「はーい、少々お待ちください。ご主人様、お嬢様」
実は『隠しメニュー』だったんだけど。オムライスの注文が、大量に飛び交って、私は必死になって、キッチンと客室を往復する。いつの間にか、他のメイドの子たちも、せっせと、オムライスの注文の対応をしていた。
途中、ナギサちゃんとすれ違った時、鋭い視線で睨まれる。『何よけいなことしてるのよ』とでも、言いたげだった。でも、しょうがないよね、お客様たちが、喜んでくれてるんだから――。
忙しく走り回っている内に、運河を抜け、いつの間にか、海に出ていた。ゆっくり景色を楽しもうと、思ってたけど。そんな暇は、全くなかった。休む間もなく、船室と厨房を行き来する。
その間、リリーシャさんと、ツバサさんの周りには、常に人だかりが出来ていた。握手会にサイン会、写真撮影会。二人が目当てで、来ているお客様が、ほとんどだ。なので、二人には、ずっとお客様への、ファン・サービスをやって貰っていた。
女性客は、主にツバサさんの元に。タキシードを着た執事姿が、妙に似合っていて、凜としてカッコイイ。サービスで、肩を組んで写真を撮ったりすると、女性たちから、キャーキャーと黄色い声が上がっていた。
リリーシャさんの所には、男性客が多い。リリーシャさんの執事姿には、神々しい美しさがあった。やっぱり、何を着ても、優しさや気品が、あふれ出してるよね。男性客のほうは、大人しい、というか、照れている人が多いようだ。
個々の対応が終わると、今度は、リリーシャさんとツバサさんの、ペアでの撮影会が始まった。人気シルフィードのツーショットは、非常にレアなので、お客様たちも大喜びだ。
ツバサさんが、リリーシャさんを正面から抱きしめると、これまた、黄色い声と大歓声が上がった。
やっぱり、二人とも物凄い人気だ。それに、お客様の喜ぶことを、よく理解している。特に、ツバサさんはノリノリで、常にサービス精神が旺盛だ。リリーシャさんは、笑顔で立っているだけで、みんなに喜ばれている。
私は、そんな二人を尻目に、終始、船内を走り回っていた。少しでも、お客様に喜んでもらうために、自分にできる仕事に専念する。
途中、数人のお客様から、声を掛けられた。以前、メイドカフェに来ていたお客様と、ノア・マラソンを見てれた人たちだ。中には、私のファンだと、言ってくれた人もいた。少数とはいえ、私を知ってくれている人がいるのは、滅茶苦茶、嬉しい。
時折り、お客様と会話をしながら、慌ただしく動き回っている内に、ぐるりと〈新南区〉を一周する。こうして、約三時間のクルージングは、無事に終了したのだった……。
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〈新南区〉にあるマリーナで、お客様たちを、全員でお見送りしたあと。私たちは、船室の片付けと清掃をしていた。私は、ほうきを持って、せっせと床掃除をしている。こういった掃除は、私の得意分野だ。
さすがに、七十人の接客は大変で、みんな疲れた表情をしていた。無言のまま、黙々と後片付けをしている。フィニーちゃんは、完全にヘロヘロに。ナギサちゃんも、顔に疲労の色が出ている。
特にナギサちゃんは、やたらと、お客様に声を掛けられていた。『白金の薔薇』の娘というのも有るけど、何と言ってもキレイなので、物凄く目立つ。やっぱ美人って、どの世界でも、得だよねぇ。
私は、黙々と掃除をしていると、客室から陽気な声が響いてきた。
「はい、はーい。皆さん注目ー! 片付けは、いったん終了。ここからは、私たちが、楽しむ時間よー!」
アディ―さんの声と共に、厨房スタッフたちが、料理の乗った皿を運んできた。テーブル上には、続々と美味しそうな料理が並ベられて行く。先ほどは出てなかった料理もあるので、ちゃんと別に用意してあったようだ。
疲れ切っていた、スタッフたちの表情が、急に明るくなった。もちろん、フィニーちゃんは、即行で復活する。
「今日は、本当にお疲れ様。あなたち、みんな、とても輝いていたわよ。最高に、グッジョブだったわ! 私のおごりだから、好きなだけ飲んで食べて。心行くまで、楽しんでちょうだい」
アディ―さんの言葉に、みんなから歓喜の声が上がる。
手伝ってくれた上に、こんなアフターケアまでしてくれて。本当に、スタッフ想いで気の回る人だ。みんなの士気の高め方も、よく知ってるよね。
「と、その前に。今回の素敵な企画を考えた、風歌ちゃんから、ご挨拶」
「えっ、私ですか……?!」
「ほらほら、早くしないと、打ち上げが始まらないわよ」
私は、アディ―さんにせかされて、みんなの前に立つ。
「あの――。今日は、私の発案にお付き合いいただき、本当に、ありがとうございました。皆さんのご協力がなければ、絶対に実現できませんでした。心から感謝しております」
私は、深々と頭を下げた。
私が頭を上げると、アディ―さんに、そっとグラスを渡された。彼は、笑顔でコクリと頷く。
「それでは、みなさん。大地の恵みに感謝します。乾杯!!」
「大地の恵みに感謝します。乾杯!!」
グラスをか掲げると、皆も、それに合わせて乾杯をする。
私は、グラスをテーブルに置くと、一人一人のスタッフに、挨拶に回って行く。特に、応援に来てくれた人たちには、念入りにお礼を言って回る。一通り、挨拶を済ませたところで、いつもの二人のところに向かった。
案の定、フィニーちゃんは、特盛のお皿の前で、黙々と食べ続けていた。ナギサちゃんは、グラスを片手に、少々お疲れの様子だった。
「二人とも、お疲れ様。大変だったけど、お客様たちも喜んでくれて、大成功だね」
「最初は、どうなるかと思ったけど。何とか、無事に終わったわね」
「ここの料理、おいしい。みんな、喜んでた」
二人とも、方向性は違うものの、とりあえずは、成功ということで、認めてくれたようだ。まぁ、この微妙に薄い反応は、いつも通りだけど。
「いやー、さすがに、こんなに沢山のお客様がいると、大変だね」
「大変にしたのは、風歌でしょ? 何で、手間の掛かるメニューなんかを……」
「でも、客様は、喜んでくれたし。結果オーライじゃない?」
「相変わらず、行き当たりばったりね。ちゃんと、事前に言っておきなさいよ」
「あははっ――」
ナギサちゃんは、相変わらず、全てが計画的だ。でも、こういうイベントは、ノリと勢いが大事だよね。ツバサさんなんか、完全に、アドリブで盛り上げてたし。
「あっ……!」
「どうしたの、フィニーちゃん?」
「私も、オムライス食べる」
「って、そっち――」
急に声をあげるから、何事かと思った。
「特大のオムライス。ナギサに、魔法かけてもらう」
「やる訳ないでしょ! そんなこと」
「でも、ナギサちゃん。さっきは、普通にやってたじゃん」
「あれは、仕事で仕方なくやってたのよ! 好きでやる訳ないでしょ!」
「あははっ……」
ナギサちゃんの、照れながらやっている姿が、滅茶苦茶、大好評だった。メイドカフェの時も、ギャップが物凄く受けてたもんね。
そんなこんなで、シルフィード・クルージングは、無事に終了。とても大掛かりで、大変だったけど。貴重な経験と、いい思い出ができた。初のイベント参加としては、大成功だと思う。
まだまだ、学ぶことも多いし、ファンも少ないけど。いずれは、自分の人気でお客様が呼べるように、精一杯、頑張りまっしょい!
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次回――
『私の一番のファンはいつも元気と勇気を与えてくれる』
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都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
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異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
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