私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第6部 飛び立つ勇気

5-6明るい世界への最初の一歩を踏み出す勇気

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 午前中の仕事を終えたあと、私は〈西地区〉にある、ユメちゃんの家に来ていた。何度、見ても、驚くほど大きなお屋敷だ。最初のころに比べれば、だいぶ慣れてきたけど。やっぱり、入り口をくぐる時は、凄く緊張する。

 毎度のことだけど、屋敷に入る時は、執事やメイドの人たちが、ずらりと整列し、とても丁寧な、出迎えをされている。私は、この家では、賓客扱いらしい。

 ちなみに、先日の一件のあと。私は、ユメちゃんが外に出て、普通の生活ができるようになるための、お手伝いをすることに決めた。困ってる人を助けるのは、当然だし。親友なら、なおさらだ。

 最初は、二人だけの約束だったけど。後日、リチャードさんから、正式な依頼として、私に指名がやってきた。これは、ユメちゃんのご両親の、意向でもあるそうだ。

 もちろん、これには、超ビックリした。だって、お客様からの初指名が、まさか、親友のユメちゃんからなんて、思っても見なかったから……。

 リリーシャさんに相談したところ、最初は驚いていた。アリーシャさんが助けた少女が、私と親友だったなんて、全く知らなかったからだ。でも、私だって、つい先日、知ったばかりだからね。

 当然、リリーシャさんにも、複雑な想いはあったはずだ。アリーシャさんが、命を落とす原因になったのは、ユメちゃんを助けたからだし。だから、私もこの話を切り出すのには、かなりの勇気が必要だった。

 でも、リリーシャさんは、快く承諾してくれた。『風歌ちゃんが、力になってあげて。母も、それを望んでいると思うから』と、即答してくれたのだ。

 結局、午前中は町を飛び回って、通常の営業活動を行い、午後はユメちゃんの家に行って、お手伝いをすることになった。ちゃんと、シルフィード本来の仕事も、こなさないとだからね。

 とはいえ、相変わらず、お客様が見つからないので、練習飛行をしてるようなものなんだけど――。

 私は、正式に依頼を受けた翌日から、ユメちゃんの家に通っている。まずは、ユメちゃんの部屋に行って、色々お話をすることから始めた。いきなり、外に連れ出す訳にも行かないし。まずは、彼女をよく知ることが、必要だからだ。

 ちなみに『ユーメリア・アッシュフィールド』が、彼女の本名だ。アッシュフィールド家は、代々続く、有名な資産家だった。ELエルで話してた時も、何となく感じてはいたけど、ユメちゃんは、正真正銘のお嬢様だ。

 とはいえ、ナギサちゃんやアンジェリカちゃんとは、全く違うタイプで、物凄く気さくな子だ。特に、形式ばったところもなく、今時の若者風だった。なので、何の気がねもなく、普通に話せる。

 呼び方は、今まで通りで、私はユメちゃん、彼女は風ちゃんで行くことになった。EL友の時と、同じほうが話しやすいし。呼び方って、友人関係では、とても重要だからね。

 初日は、お互いに色んな話をして、盛り上がった。普段ELで話しているのと、変わらない内容だ。でも、直接、相手の顔を見ながら話すのは、とても楽しい。

 ただ、二日目からは、少しずつ、本題に入っていった。彼女の口から、直接、過去の話を聴いたり。今まで、どのように過ごして来たかを、細かく訊いて行く。

 ただ、やっぱり、事故のことを思い出すのは、相当に辛そうだった。途中で頭を押さえたり、息苦しくなったり。今でも、心の傷は、そうとう深いように見える。カウンセリングを受けてすら、治らなかったのだから。そんなに軽いはずがない。

 そもそも、リチャードさんが、私のところに来たのも、八方手を尽くして、ダメだっからだ。でも、ずっと、ふさぎ込んでいたユメちゃんが、私とELを始めてから、とても明るくなったと、リチャードさんが言っていた。

 私は、明るいユメちゃんしか知らないから、暗くふさぎ込んでいる姿なんて、全く想像もつかないんだけど……。

 通い始めて、三日目。私は、ある挑戦をすることを勧めた。と言っても、そんなに難しいことじゃない。窓際に行って、外を眺めるだけだ。でも、空を見るのが怖い彼女にとって、それは、大変な行為だった。
 
 写真なら、空を見ても大丈夫らしいけど、実際の空は、全くダメらしい。現状、窓際には、近づけないので、カーテンの開け閉めは、執事やメイドの人たちがやっている。部屋の家具なども、全て入り口側に置いてある、徹底ぶりだ。

 今私は、部屋のカーテンを開けた状態で、ユメちゃんの手を、しっかり握っていた。でも、部屋の半分ぐらいまで来たところで、彼女は腰が引けて、立ち止まってしまった。顔が真っ青になっており、手も汗ばんで来ていた。

「ねぇ――。やっぱ、無理……。絶対に無理っ――」
「大丈夫だよ。私が、ずっと手を繋いでるから」
 
「でも……。怖い――怖いよ……」
「平気だよ。この屋敷の上は、何も飛んでないから」

 先ほどから、ほとんど、前に進んでいない。彼女は、膝がガクガクと震えている。まるで、生まれたての小鹿のようだ。

「大丈夫。私はシルフィード。『幸運の使者』なんだから」
「でも――。幸運の使者が、空から降って来たんだよ……」

 うぐっ――そうだった。事故を起こしたのは、シルフィードなんだから……。

「けど、私は、特別に幸運なシルフィードだから、大丈夫。運には自信あるからね」
「でも――。墜落したでしょ?」

 んがっ……。そうだった!

「それでも、かすり傷一つ、なかったんだよ。『ノア・マラソン』だって完走したし。ユメちゃんも、言ってたじゃん。私は、不可能を可能にするシルフィードだって。私のこと、信用できない?」

「してる――。もちろん、信用してるよ。でも……怖くて。体が、全然、言うこときかなくて――」

 確かに、ユメちゃんの言う通り、完全に、体が拒絶反応を起こしていた。このままじゃ、いくら頑張っても、無理かもしれない。

 私は、少し考えたあと、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「じゃ、私に乗って」
「えっ?」

「おんぶだよ、おんぶ。お嬢様は、そういうの、やった事ないかな?」
「流石に、それぐらいは有るよー。私を何だと思ってるの?」

「引きこもりの、お姫様?」
「あっ、ひっどーい! まぁ、実際、引きこもりだけどさぁ……」

 彼女は、ブイブイ言いながら、私の背中に引っ付いた。

 よし、作戦通り。私は、サッと彼女の足を抱えると、前進を始める。

「ちょっ、待って待って!! 心の準備が、まだ! 超安全運転で、お願いします」
「ちゃんと、安全運転だよ」

 私が、ゆっくり前進すると、ユメちゃんは、ギューッとしがみついて来た。物凄く動き辛いけど、彼女も、恐怖と戦うので、必死なんだと思う。

 私は、なるべく揺らさないように、静かに進んで行く。やがて、大きな窓の目の前までやって来た。窓に映った姿を見ると、彼女は、目をギュッと閉じ、うつむいている様子だった。

「お客様、目的地に到着しましたよ。目を開けて、ご覧ください。目の前の、とても平和で、最高に素敵な青空を」

 私が、そっと声を掛けると、彼女はゆっくり顔をあげる。だが、目は閉じたままだった。

「あっ、流れ星」
「えっ、嘘っ?!」

 ユメちゃんは、パッと目を開けた。もちろん、嘘だけど。

「ね、とても平和で、素敵な青空でしょ?」
「うっ、だましたのね? てか、超眩しい! 本物の空を見るの、二年ぶりぐらいだし」
 
「二年って、また、凄いねそれ。でも、もう、空見れるようになったでしょ?」
「まぁ、一応は――。超だまされたけど」
「そこは、忘れてー!」

 いつの間にか、思い切りしがみついていた、ユメちゃんの力が、スーッと抜けていた。眩しそうにはしているけど、普通に外を眺めている。

 心の問題って、繊細で難しいけど。時には、多少、強引な方法も、必要なのかもしれないね……。


 ******

 
 ユメちゃんが、窓の外を眺められるようになってから数日。彼女は、私と手を繋いでなら、外を見ることが、出来るようになった。最初と違って、ちゃんと、自分の足で歩いている。

 それから、さらに数日が過ぎると、誰かがそばにいれば、手を繋がなくても、窓際に行けるようになった。カーテンの開け閉めも、普通に自分でやっている。

 あまりの急激な進歩に、リチャードさんも、ご家族も、滅茶苦茶、驚いていた。今まで、医者でも治せなかったのが、ほんの数日で、出来るようになったのだから。確かに、驚くのも無理はない。

 まぁ、お医者さんじゃ、強引な方法なんて、そうそうやらないよね。ましてや、大資産家のお嬢様じゃ、手荒なことは、絶対にできないし。友達の私だからこそ、出来たことだ。

 私が、ユメちゃんの家に通い始めてから、十日目。今日は、ある挑戦を行う予定になっていた。外を見るのも、平気になって来たので、いよいよ、外出に挑戦することになったのだ。

 家の中から外を眺めるのは、安全だと、ユメちゃん自身も、理解できた。ただ、外に出るのは、全くの別の問題。二年も、部屋にこもっていた彼女にとって、外は完全に未知の世界だからだ。

 それに、心の傷が、治った訳じゃない。おそらく、死の恐怖体験は、一生、消えないと思う。私だって、怪我はなかったものの、墜落した時の恐怖は、いまだに残っている。たまに、ふと思い出して、冷や汗が出ることもあるし。
 
 ユメちゃんの場合は、とんでもない大怪我をしたうえに、何人もの人が、命を落としている。当然、私とは比べ物にならない、恐怖の大きさだと思う。だから、いくら考えなしの私でも、外に出ることは、強要できなかった。

 ただ、何度も話し合った結果、ユメちゃん自身が、外に出る挑戦を希望したのだ。『いつまでも、怖がっていても、しょうがないから』という彼女の意思で、ちゃんと、日にちも決めた。それが、今日だった。

 ユメちゃんと私は、屋敷の入口の、大きな扉の前にいた。扉の両側には、扉を開けるために、二人の執事さんが待機している。

 私たちの後方では、リチャードさんを始め、この屋敷で働いる人たちが集まり、不安そうな目でユメちゃんに視線を向けていた。その中には、ユメちゃんのご両親もいる。わざわざ、今日のために、仕事を休んだみたいだ。

 ユメちゃんは、さっきから深呼吸したり、目を閉じたりして、必死に気持ちを落ち着けていた。周囲には、妙な緊張感が漂っている。

「それにしても、ずいぶんと、人が集まったね――」
「もう、何でお父さんやお母さんまでいるのよ? 見世物じゃないのに」
「まぁまぁ。それだけ、ユメちゃんを、心配してるからだよ」

 私は、そっとユメちゃんを、なだめる。周りで見守っている人たちの気持ちは、凄くよく分かる。私だって、正直、かなり心配だ。

 初めて会った日の、錯乱状態も見ているし。窓から外を見る時だって、最初は、とんでもなく大変だった。彼女は、常人には計り知れない、恐怖という名の爆弾を、抱えているのだ。いつ爆発したって、おかしくはない。

 扉の前に立ってから、すでに、ニ十分以上が過ぎている。ユメちゃんは、胸を押さえて、気持ちを落ち着けようとしているが、どうしても、踏ん切りがつかない様子だ。

「なぁ、ユーメリア。別に、無理しなくても、いいんだぞ。十分、頑張っているんだから。日を改めたらどうだね?」
「そうよ。無理しなくたって、ゆっくりで、いいのよ」

 じっと見守っていた、ユメちゃんのお父さんとお母さんが、見かねて、声を掛けてきた。

「お父さんとお母さんは、黙ってて! 私は、やるって決めたら、やるのっ!」
 ユメちゃんは、少しイライラしながら答える。

 ここしばらく、一緒にいて分かったけど。ユメちゃんは、結構、頑固だ。ELエルでは、とても素直で、大らかな感じだったけど。本質的には、かなり芯が強い子で、やると言ったら、絶対やる性格だ。案外、私に性格が似てるのかも。

 あと、家族たちに対しては、弱いところを、見せたくないようだった。でも、その気持ちは、凄く分かる。私も、親に対しては、いつも強がってたから……。

「どうする、ユメちゃん。今日は、止めておく?」 
「いやっ、絶対にやる。でも、怖い――」

 私が、小さな声で尋ねると、ユメちゃんも、私にだけ聴こえる、小さな声で返してきた。私は、その答えを聴くと、小さくうなずき、彼女の前に立った。

 私は、背を向けながら、
「じゃ、私の背中につかまって」
 そっと声をかけた。

「えっ? また、おんぶ?」
「違う違う、つかまるだけ。目を閉じて、顔をうずめてても、いいから。もし、私のことを信じてくれるなら、一緒に行こう、ユメちゃん」

 ほどなくして、ピタッと張り付いたユメちゃんの体温が、背中から伝わって来る。表情は見えないけど、不安な気持ちや息遣いが、私にも、流れ込んで来るような気がした。

「じゃ、行くよ、ユメちゃん」
「うん。ゆっくりね……」

 私が、目で合図すると、待機していた二人の執事さんが、静かに扉を開いた。

 私は、一歩ずつ、ゆっくりと慎重に、歩みを進めて行く。

「ねえ――まだ?」
「うん、まだだよ。まだ、家の中」

「本当に、まだ?」
「うん、まだだから、安心して」

 このやり取りを、何度も繰り返したあと、私は、ピタリと足を止めた。

「ユメちゃん。とても、いい風だよ。目を閉じたままでもいいから、風を感じてみて。いつもと、違う感じでしょ?」
「確かに、いつもと違うかも……」

「じゃ、ゆっくり、目を開けてみて」
「うん――」

 背中で、もぞもぞっと動く。
 
 しばらくして、
「うそっ?! ……ここ外? また、だまされた――」 
 ユメちゃんは、驚きの声をあげた。

「いや、ダマしてないって。歩いてれば、いずれは、外に出るんだから」
「ちゃんと、外に出る前に『教えて』って言ったのに」

「でも、結果的には、外に出れたじゃない。おめでとう、ユメちゃん」
「もう、風ちゃんの、ばかー!」
 
 ユメちゃんは、私の背中を、ポカポカと叩く。でも、それは、とても心地のよい痛みだった。

「これからは、いつでも、外に出られるね。ユメちゃんの大好きな、本屋にだって、行けるんだよ」 
「えっ……本屋? 超行きたい!! でも、流石に、まだそこまでの勇気はないよ」

「へーき、へーき。私が、連れてってあげるから。忘れてない? 私は、プロの観光案内人なんだよ。任せて!」

 まだ、新人とはいえ、私もプロだ。お客様を、行きたい場所に連れて行ってあげることに関しては、誰にも負けない自信がある。

「時々、だましたりするけどね――」
「ってもう、そこから離れてよー!」

 二人の視線が合うと、同時に、ゲラゲラと笑い始めた。

 まだ、これは、ほんの小さな一歩に過ぎない。でも、どんな物事でも、最初の一歩は、こんなものだよね。

 ユメちゃんは、これから、もっともっと、先に進んで行けるし。元の生活を取り戻すことだって、絶対にできるはずだ。彼女が、明るい笑顔で学校に通える日も、そう遠くないのかもしれない。

 私は、その日が実現するまで、彼女のことを、全力で応援して行こうと思う……。


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次回――
『世界中の人たちの心の支えになりたい』

 あなたが世界を背負うなら、僕は世界ごとあなたを支えます
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