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第7部 才能と現実の壁
1-6新人ってみんな初々しくていいよね
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私は〈東地区〉の上空を、エア・カートで飛んでいた。時間は、午後、三時過ぎ。つい先ほどまで、観光案内をしていたが、お客様の希望で、途中のショッピング・モールまで案内し、お別れした。今は、一人で会社に戻る途中だ。
今日は、午前中に一件、午後に一件と、いい感じだった。常に、予約で埋まっているリリーシャさんとは、比べ物にならないけど。一件も、予約のない日もあるので、かなり上出来だと思う。
やっぱ、仕事があるって、いいよねぇ。達成感というか、充実感というか。『今日は一日、よく働いたなぁー』って、心の底から満足できる。それに、仕事が忙しいほうが、むしろ、疲れないんだよね。仕事が終わったあとも、妙に体が軽いし。
ちなみに、仕事があってもなくても、最後は、ホームエリアの〈東地区〉の上空を飛んで、締めくくる。これは、見習い時代から、変わらない習慣だ。見慣れた街並みを眺めていると、物凄くホッとするんだよね。
古びた建物ばかりだけど、とても生活感があって、のんびりした雰囲気が心地よい。住んでいる人たちも、町の中心部とは、ちょっと違う。みんな、気さくで人懐っこく、人情味のある人ばかりだ。
初対面でも、まるで、昔からの知り合いみたいに、親しげに話してくれる。だから、異世界から来た私も、優しく受け入れてくれた。『風歌ちゃんも、東地区の一員だ』と、言ってもらえた時は、涙が出るほど嬉しかった。
私が、この世界にすぐ馴染めたのは、全て〈東地区〉の人たちのお蔭だと思う。ここが、私のシルフィードのスタート地点であり、第二の故郷のようなもの。だから、私にとって、特別な場所であり、一日の終わりは、必ずここで締めくくるのだ。
私が、鼻歌を鳴らしながら、ご機嫌で上空を飛んでいると、メイン・ストリートで、ある人物が目についた。何やら、キョロキョロして、小刻みに、行ったり来たりしている。明らかに、挙動不審だった。
観光客なら、まだ分かるんだけど。シルフィードの制服を着ているので、地元の人だろうし、迷ったりはしないと思う。いったい、何をやっているのだろうか? 探し物をしている感じでもないし……。
もし、何か困っているなら、放っておく訳にもいかない。私は、駐車スペースを見つけると、素早く着陸する。エア・カートを降りると、彼女に近付いて行き、そっと声を掛けた。
「あの、どうしたんですか?」
「あわわっ――その、違うんです! けっして、怪しい者では……。その、つまり、何というか――」
彼女は、顔を赤らめながら、滅茶苦茶、あたふたしながら答える。
「いったん、落ち着いて。肩の力を抜いて、深呼吸してみて」
私が、笑顔で声を掛けると、彼女は言われた通り、何度か深呼吸をした。やがて、落ち着いてきたようで、彼女は、両手を胸に当て、息を整える。
「大丈夫?」
「あぁ、はい、すいません……。だいぶ、落ち着きました」
顔色も、先ほどよりも、よくなった気がする。でも、視線は下に向けたままで、こちらを見ようとしない。
「空から見ていたら、何かウロウロしていたみたいだけど。何をしていたの?」
「あぁ、ですから、その――けっして、怪しい行為していた訳ではなく……」
「大丈夫、そんなふうに思ってないし。だから、落ち着いて、話してみて」
また、アワアワし始めた彼女を、そっとなだめる。
「え、えぇーっとですね、その、つまり――。これを配るように、先輩に言われまして。こういうのは、新人の仕事らしくて……」
彼女は、脇に抱えていた、紙のチラシの束を私に見せた。なるほど、新人の子だったんだ。どうりで、初々しい感じがする訳だ。よく見ると、少し離れ場所に、初心者用の、オレンジ色のエア・ドルフィンが停めてあった。
どうやら、彼女の会社で、来週末にイベントをやるらしい。チラシには〈ミルキーウェイ〉と書かれていた。うちと同じ〈東地区〉にある、シルフィード会社だ。詳しくは知らないけど、上空からは、何度も見たことがある。
「へぇぇー、フリーマーケットをやるんだ。面白そうだね。でも、配るなら、さっさとやらないと、時間、遅くなっちゃうよ」
どこの会社も、営業時間は、午後五時まで。すでに、三時を過ぎているから、急いで回らないと、間に合わないと思う。枚数も、結構あるみたいだし。
「それは、そうなんですけど――。ちょっと、怖くて……」
「えっ? 怖いって、何が?」
「その――私、物凄く、人見知りなんです……」
彼女は、視線を下に向けたまま、両手の指を合わせて、もじもじしながら答える。
あぁー、そういうことね。だから、さっきから、視線を合わせなかったんだ。私は、誰とでも気兼ねなく話すから、怖いなんて、考えたこともない。でも、たまに、人見知りの子もいるよね。ただ、彼女は、かなり重度の人見知りのようだ。
「別に、怖いことなんて、何もないよ。特に〈東地区〉は、優しい人たちばかりだから。普通に、受け取ってくれると思うけど」
実際〈東地区〉の住人は、物凄く気さくで、優しい人ばかりだ。
「でも――。私なんかが、話し掛けても……。昔から、周りの人たちの印象が、よくなくて」
「そうなの?」
「はい――。会社でも『暗い』とか『覇気がない』って、よく言われます」
「ふーむ、そうなんだ……」
ぱっと見、悪い子ではなさそうだ。暗いというより、自信がないだけだと思う。常に、おどおどしているし。何よりも、目を合わせないのが、問題だと思う。人って、目を見て、印象を判断するからね。
「でも、人と話すのが苦手で、何でシルフィードになったの?」
「その――少しでも、自分を変えたいと思って……」
なるほど、そういうことね。彼女の性格からして、接客業は、向いてなさそうだけど。あえて、自分の苦手なものに挑戦する姿勢は、立派だと思う。
「本気で、変えたいと思う?」
「はい。今の自分は、大嫌いです。だから、何とかして、変えたいです」
「じゃあ、まずは、手初めに――」
私は、両手で彼女の頬を挟み込むと、無理やり上を向かせた。フッと、私と彼女の視線が合う。すると、彼女は顔が真っ赤になり、視線が泳ぎ始めた。
下を向いていて、よく分からなかったけど。色が白くて小顔で、とても可愛らしい子だ。
「あ……あ……あの……?!」
「いいから、そのまま、私の目を見て。会話っていうのは、言葉じゃなくて、目で行うんだよ」
「えっ――?! 目で?」
「そう。目は、大事なコミュニケーション・ツールだから。目が見えないと、気持ちや感情が分からないから、誤解されやすいんだよね」
周りから、悪い印象を持たれるのは、それが一番の原因だと思う。目線をそらすと、嫌な態度をしてると、誤解を与えちゃうからね。
「目線をそらすのは『あなたが嫌いです』っていうサイン。目線を合わせるのは『あなたが好きです』っていうサイン。分かる?」
「は……はい、何となく」
「私のこと、嫌い?」
「い、いえっ、けっして、そんなことは――」
「じゃあ、しっかり、私の目を見て」
私と彼女は、しばしの間、見つめ合う。私は、ゆっくりと、彼女の顔から手を離した。少しぎこちないけど、視線が私の目に向いている。
「なんだ、やれば出来るじゃない。あなたの気持ち、ちゃんと伝わって来たよ」
「ほ……本当ですか?」
「うん、バッチリ! 私も一緒に回ってあげるから、行こっ」
私は、彼女の手を取ると〈東地区商店街〉に向かって行った。
まず、最初に向かったのは、商店街の入口にある『リンド青果店』だ。お店を見ると、恰幅のよい、女将さんの姿が見えた。
ちなみに、ここの女将のメイズさんは、商店街のリーダー的な存在だ。恰幅のよさ、威勢のよさ、声の大きさ、どれも商店街で一番。とにかく、凄い存在感がある。
「こんにちは、メイズさん」
「おや、風歌ちゃん、いらっしゃい! ついに、料理にでも、目覚めたのかい?」
「いやー、それはまだ――。今日は、お願いがあって来ました」
「おや、何だい? 私にできることなら、何でも言っとくれ」
メイズさんは、腰に手を当てると、威勢よく答えた。
「実は、チラシを配ってまして」
私は、隣にいた少女に、そっと視線を向ける。
すると彼女は、
「よ……よろしくお願いします」
恐る恐る、チラシを前に差し出した。
緊張で声は震えているし、顔も真っ赤になっている。でも、先ほど教えた通り、しっかりと、メイズさんの目を見て話していた。
「おや、フリーマーケットかい、面白そうだね。〈ミルキーウェイ〉なら、何度か行ったことあるよ。ちょっと、顔出してみるかね」
メイズさんは、笑顔で答える。
「よかったね。行ってくれるって」
「は――はい」
少女は、ようやく笑みを浮かべた。
「ところで、その可愛い子は、風歌ちゃんの後輩かい?」
「会社は、違うんですけど。まぁ、そんな感じです」
同じシルフィードなら、会社のことは関係ない。私も、見習い時代は、他の会社の先輩シルフィードに、色々とお世話になったので。
その後も、次々とお店を回って行く。中には〈ミルキーウェイ〉を懇意にしていて、チラシを置いてくれる、というお店もあった。順調に進んで、三十分ほどで、全てのチラシを配り終えた。
「いやー、意外と早く終わったね。もっと、チラシ一杯あっても、よかったんじゃない? ちょっと、足りないぐらいだよね」
「は、はい。こんなに、受け取ってもらえるとは、思いませんでした……」
「ここの商店街の人たちは、優しくて、ノリのいい人ばかりだからね。イベント事も大好きだし。これからは、遠慮せずに、声を掛けたほうがいいと思うよ」
「はい、そうします」
最初に会った時に比べると、ずいぶん、ハキハキと話すようになった。今回の件が、少しは、自信に繋がったのかもしれない。
「あ――あの。ご挨拶が遅れましたが、私は〈ミルキーウェイ〉所属の、セラフィーナ・ミルズです。今年の一月に入ったばかりの、新人です」
「そういえば、自己紹介が、まだだったね。私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月 風歌。エア・マスターです」
「えぇっ?! そんなに凄い方だったんですか? 大先輩に、こんな雑用を手伝わせてしまって、大変、申し訳ありませんでした……」
彼女は、慌てて頭を深々と下げた。
「いやいや、私もまだ三年目で、修行中だし。全然、凄くないから」
「と、とんでもない。商店街の方たちも、全員、ご存知のようでしたし。〈ホワイト・ウイング〉って、伝説のシルフィードが作られた、超名門企業ですよね?」
ゆっくりと顔を上げた彼女から、何やら、畏敬の視線を感じる。
「確かに、会社は凄いけど。私は、関係ないというか、何というか――」
「そんな、ご謙遜を。とても凄いです、尊敬します」
彼女は、目をキラキラさせながら答えた。
本当に、全然、凄くないんだけど。でも、新人の子から見たら、エア・マスターだって、凄い存在に見えるのかもしれない。私も、昔は、そうだったもんね。
「まぁ、でも、無事に配り終って、よかったね。見習い時代は、色々大変かもしれないけど、これからも頑張って。じゃ、私はそろそろ、会社に戻るから」
「はい、頑張ります。本当に、色々ありがとうございました」
別れのあいさつをすると、踵を返し、停めてあった、エア・カートに向かう。機体に乗り込み、後ろに視線を向けると、彼女は、ずっと私のことを見つめていた。
何だろう、この見守ってあげたいと思う、不思議な感情。先輩って、みんな、こんな気持ちなのかな? 会社は違うけど、彼女には『絶対に上手く行って欲しい』と、心から思う。
きっと、大丈夫だよね。何も知らなくて、学校にすら行ってない私だって、ここまで来れたんだから。彼女も、これから少しずつ成長して、素敵なシルフィードになれるよ。
私は、軽く微笑みながら、空に舞い上がって行った……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『人生って結局は二択なんだと思う』
私は世界を選択し、君は未来を選択した
今日は、午前中に一件、午後に一件と、いい感じだった。常に、予約で埋まっているリリーシャさんとは、比べ物にならないけど。一件も、予約のない日もあるので、かなり上出来だと思う。
やっぱ、仕事があるって、いいよねぇ。達成感というか、充実感というか。『今日は一日、よく働いたなぁー』って、心の底から満足できる。それに、仕事が忙しいほうが、むしろ、疲れないんだよね。仕事が終わったあとも、妙に体が軽いし。
ちなみに、仕事があってもなくても、最後は、ホームエリアの〈東地区〉の上空を飛んで、締めくくる。これは、見習い時代から、変わらない習慣だ。見慣れた街並みを眺めていると、物凄くホッとするんだよね。
古びた建物ばかりだけど、とても生活感があって、のんびりした雰囲気が心地よい。住んでいる人たちも、町の中心部とは、ちょっと違う。みんな、気さくで人懐っこく、人情味のある人ばかりだ。
初対面でも、まるで、昔からの知り合いみたいに、親しげに話してくれる。だから、異世界から来た私も、優しく受け入れてくれた。『風歌ちゃんも、東地区の一員だ』と、言ってもらえた時は、涙が出るほど嬉しかった。
私が、この世界にすぐ馴染めたのは、全て〈東地区〉の人たちのお蔭だと思う。ここが、私のシルフィードのスタート地点であり、第二の故郷のようなもの。だから、私にとって、特別な場所であり、一日の終わりは、必ずここで締めくくるのだ。
私が、鼻歌を鳴らしながら、ご機嫌で上空を飛んでいると、メイン・ストリートで、ある人物が目についた。何やら、キョロキョロして、小刻みに、行ったり来たりしている。明らかに、挙動不審だった。
観光客なら、まだ分かるんだけど。シルフィードの制服を着ているので、地元の人だろうし、迷ったりはしないと思う。いったい、何をやっているのだろうか? 探し物をしている感じでもないし……。
もし、何か困っているなら、放っておく訳にもいかない。私は、駐車スペースを見つけると、素早く着陸する。エア・カートを降りると、彼女に近付いて行き、そっと声を掛けた。
「あの、どうしたんですか?」
「あわわっ――その、違うんです! けっして、怪しい者では……。その、つまり、何というか――」
彼女は、顔を赤らめながら、滅茶苦茶、あたふたしながら答える。
「いったん、落ち着いて。肩の力を抜いて、深呼吸してみて」
私が、笑顔で声を掛けると、彼女は言われた通り、何度か深呼吸をした。やがて、落ち着いてきたようで、彼女は、両手を胸に当て、息を整える。
「大丈夫?」
「あぁ、はい、すいません……。だいぶ、落ち着きました」
顔色も、先ほどよりも、よくなった気がする。でも、視線は下に向けたままで、こちらを見ようとしない。
「空から見ていたら、何かウロウロしていたみたいだけど。何をしていたの?」
「あぁ、ですから、その――けっして、怪しい行為していた訳ではなく……」
「大丈夫、そんなふうに思ってないし。だから、落ち着いて、話してみて」
また、アワアワし始めた彼女を、そっとなだめる。
「え、えぇーっとですね、その、つまり――。これを配るように、先輩に言われまして。こういうのは、新人の仕事らしくて……」
彼女は、脇に抱えていた、紙のチラシの束を私に見せた。なるほど、新人の子だったんだ。どうりで、初々しい感じがする訳だ。よく見ると、少し離れ場所に、初心者用の、オレンジ色のエア・ドルフィンが停めてあった。
どうやら、彼女の会社で、来週末にイベントをやるらしい。チラシには〈ミルキーウェイ〉と書かれていた。うちと同じ〈東地区〉にある、シルフィード会社だ。詳しくは知らないけど、上空からは、何度も見たことがある。
「へぇぇー、フリーマーケットをやるんだ。面白そうだね。でも、配るなら、さっさとやらないと、時間、遅くなっちゃうよ」
どこの会社も、営業時間は、午後五時まで。すでに、三時を過ぎているから、急いで回らないと、間に合わないと思う。枚数も、結構あるみたいだし。
「それは、そうなんですけど――。ちょっと、怖くて……」
「えっ? 怖いって、何が?」
「その――私、物凄く、人見知りなんです……」
彼女は、視線を下に向けたまま、両手の指を合わせて、もじもじしながら答える。
あぁー、そういうことね。だから、さっきから、視線を合わせなかったんだ。私は、誰とでも気兼ねなく話すから、怖いなんて、考えたこともない。でも、たまに、人見知りの子もいるよね。ただ、彼女は、かなり重度の人見知りのようだ。
「別に、怖いことなんて、何もないよ。特に〈東地区〉は、優しい人たちばかりだから。普通に、受け取ってくれると思うけど」
実際〈東地区〉の住人は、物凄く気さくで、優しい人ばかりだ。
「でも――。私なんかが、話し掛けても……。昔から、周りの人たちの印象が、よくなくて」
「そうなの?」
「はい――。会社でも『暗い』とか『覇気がない』って、よく言われます」
「ふーむ、そうなんだ……」
ぱっと見、悪い子ではなさそうだ。暗いというより、自信がないだけだと思う。常に、おどおどしているし。何よりも、目を合わせないのが、問題だと思う。人って、目を見て、印象を判断するからね。
「でも、人と話すのが苦手で、何でシルフィードになったの?」
「その――少しでも、自分を変えたいと思って……」
なるほど、そういうことね。彼女の性格からして、接客業は、向いてなさそうだけど。あえて、自分の苦手なものに挑戦する姿勢は、立派だと思う。
「本気で、変えたいと思う?」
「はい。今の自分は、大嫌いです。だから、何とかして、変えたいです」
「じゃあ、まずは、手初めに――」
私は、両手で彼女の頬を挟み込むと、無理やり上を向かせた。フッと、私と彼女の視線が合う。すると、彼女は顔が真っ赤になり、視線が泳ぎ始めた。
下を向いていて、よく分からなかったけど。色が白くて小顔で、とても可愛らしい子だ。
「あ……あ……あの……?!」
「いいから、そのまま、私の目を見て。会話っていうのは、言葉じゃなくて、目で行うんだよ」
「えっ――?! 目で?」
「そう。目は、大事なコミュニケーション・ツールだから。目が見えないと、気持ちや感情が分からないから、誤解されやすいんだよね」
周りから、悪い印象を持たれるのは、それが一番の原因だと思う。目線をそらすと、嫌な態度をしてると、誤解を与えちゃうからね。
「目線をそらすのは『あなたが嫌いです』っていうサイン。目線を合わせるのは『あなたが好きです』っていうサイン。分かる?」
「は……はい、何となく」
「私のこと、嫌い?」
「い、いえっ、けっして、そんなことは――」
「じゃあ、しっかり、私の目を見て」
私と彼女は、しばしの間、見つめ合う。私は、ゆっくりと、彼女の顔から手を離した。少しぎこちないけど、視線が私の目に向いている。
「なんだ、やれば出来るじゃない。あなたの気持ち、ちゃんと伝わって来たよ」
「ほ……本当ですか?」
「うん、バッチリ! 私も一緒に回ってあげるから、行こっ」
私は、彼女の手を取ると〈東地区商店街〉に向かって行った。
まず、最初に向かったのは、商店街の入口にある『リンド青果店』だ。お店を見ると、恰幅のよい、女将さんの姿が見えた。
ちなみに、ここの女将のメイズさんは、商店街のリーダー的な存在だ。恰幅のよさ、威勢のよさ、声の大きさ、どれも商店街で一番。とにかく、凄い存在感がある。
「こんにちは、メイズさん」
「おや、風歌ちゃん、いらっしゃい! ついに、料理にでも、目覚めたのかい?」
「いやー、それはまだ――。今日は、お願いがあって来ました」
「おや、何だい? 私にできることなら、何でも言っとくれ」
メイズさんは、腰に手を当てると、威勢よく答えた。
「実は、チラシを配ってまして」
私は、隣にいた少女に、そっと視線を向ける。
すると彼女は、
「よ……よろしくお願いします」
恐る恐る、チラシを前に差し出した。
緊張で声は震えているし、顔も真っ赤になっている。でも、先ほど教えた通り、しっかりと、メイズさんの目を見て話していた。
「おや、フリーマーケットかい、面白そうだね。〈ミルキーウェイ〉なら、何度か行ったことあるよ。ちょっと、顔出してみるかね」
メイズさんは、笑顔で答える。
「よかったね。行ってくれるって」
「は――はい」
少女は、ようやく笑みを浮かべた。
「ところで、その可愛い子は、風歌ちゃんの後輩かい?」
「会社は、違うんですけど。まぁ、そんな感じです」
同じシルフィードなら、会社のことは関係ない。私も、見習い時代は、他の会社の先輩シルフィードに、色々とお世話になったので。
その後も、次々とお店を回って行く。中には〈ミルキーウェイ〉を懇意にしていて、チラシを置いてくれる、というお店もあった。順調に進んで、三十分ほどで、全てのチラシを配り終えた。
「いやー、意外と早く終わったね。もっと、チラシ一杯あっても、よかったんじゃない? ちょっと、足りないぐらいだよね」
「は、はい。こんなに、受け取ってもらえるとは、思いませんでした……」
「ここの商店街の人たちは、優しくて、ノリのいい人ばかりだからね。イベント事も大好きだし。これからは、遠慮せずに、声を掛けたほうがいいと思うよ」
「はい、そうします」
最初に会った時に比べると、ずいぶん、ハキハキと話すようになった。今回の件が、少しは、自信に繋がったのかもしれない。
「あ――あの。ご挨拶が遅れましたが、私は〈ミルキーウェイ〉所属の、セラフィーナ・ミルズです。今年の一月に入ったばかりの、新人です」
「そういえば、自己紹介が、まだだったね。私は〈ホワイト・ウイング〉所属の、如月 風歌。エア・マスターです」
「えぇっ?! そんなに凄い方だったんですか? 大先輩に、こんな雑用を手伝わせてしまって、大変、申し訳ありませんでした……」
彼女は、慌てて頭を深々と下げた。
「いやいや、私もまだ三年目で、修行中だし。全然、凄くないから」
「と、とんでもない。商店街の方たちも、全員、ご存知のようでしたし。〈ホワイト・ウイング〉って、伝説のシルフィードが作られた、超名門企業ですよね?」
ゆっくりと顔を上げた彼女から、何やら、畏敬の視線を感じる。
「確かに、会社は凄いけど。私は、関係ないというか、何というか――」
「そんな、ご謙遜を。とても凄いです、尊敬します」
彼女は、目をキラキラさせながら答えた。
本当に、全然、凄くないんだけど。でも、新人の子から見たら、エア・マスターだって、凄い存在に見えるのかもしれない。私も、昔は、そうだったもんね。
「まぁ、でも、無事に配り終って、よかったね。見習い時代は、色々大変かもしれないけど、これからも頑張って。じゃ、私はそろそろ、会社に戻るから」
「はい、頑張ります。本当に、色々ありがとうございました」
別れのあいさつをすると、踵を返し、停めてあった、エア・カートに向かう。機体に乗り込み、後ろに視線を向けると、彼女は、ずっと私のことを見つめていた。
何だろう、この見守ってあげたいと思う、不思議な感情。先輩って、みんな、こんな気持ちなのかな? 会社は違うけど、彼女には『絶対に上手く行って欲しい』と、心から思う。
きっと、大丈夫だよね。何も知らなくて、学校にすら行ってない私だって、ここまで来れたんだから。彼女も、これから少しずつ成長して、素敵なシルフィードになれるよ。
私は、軽く微笑みながら、空に舞い上がって行った……。
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次回――
『人生って結局は二択なんだと思う』
私は世界を選択し、君は未来を選択した
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(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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