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第7部 才能と現実の壁
1-7人生って結局は二択なんだと思う
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私は〈南地区〉の上空を、眼下の様子を見ながら、ゆっくり飛んでいた。今日は、一件も予約がなかったので、飛び込み営業だ。お客様を探し、朝から、エア・カートで飛び回っている。〈南地区〉は、最も観光客が多いので、狙い目のエリアだ。
とはいえ、予約をしてから来る人が多いので、フリーのお客様を見つけるのは、想像以上に難しい。今は、スピを使えば、何でも簡単に予約できてしまう。飛行艇・ホテル・飲食店・シルフィードの予約が、一括で出来る便利なサイトまである。
ただ、こういったサイトでのオススメは、大企業や上位階級のシルフィードだけだ。なので、私のような、一般階級のシルフィードに、予約が入ることはない。結局は、知り合いからの紹介や、地道な営業活動しかないんだよね。
しばらく飛んでいると、巨大な敷地の〈グリュンノア国際空港〉が見えてきた。ここは、この町の玄関口で、観光客が必ず通る。そのため、お客様を見つけるには、絶好の場所だ。
しかし、同業のシルフィードはもちろん、タクシーも沢山いるので、ライバルが、非常に多かった。そのうえ、物凄く混雑しており、人の流れも速い。なので、素早くお客様を見つけないと、先を越されてしまう、上級者向きの場所といえる。
でも、私も、エア・マスターの端くれなので、負けてはいられない。お客様の獲得も、れっきとした戦いなのだ。
軽く流して飛びながら、持ち前の視力を活かして、人の動きを注視する。一人一人を見るのではなく、流れを見ることが大切だ。
流れの違う場所や、違和感のある場所に、お客様がいる。これは、今までの経験から、学んだことだ。
私は、ある人物に、ふと視線が止まった。大きな流れの中で、一人、立ち止まっていたからだ。素早く高度を落とすと、大通りの端に、エア・カートを着陸させる。機体を降りると、すぐに、その人の元に向かった。
手には、大きなトランクを持っているので、間違いなく、旅行者だと思う。視線が泳いでいるので、道が分からないのだろうか?
「こんにちは。何かお探しですか?」
私は、若い女性に、笑顔で明るく声を掛けた。
「あぁ……えーと、ホテルに行きたいんですけど。よく分からなくて」
「よろしければ、ご案内いたしましょうか?」
「いいんですか――?」
「この町のことは、隅々まで知っていますので。お任せ下さい」
「じゃあ……お願いします」
私は、彼女のトランクを預かり、エア・カートの助手席に載せる。彼女が着席し、シートベルトを締めたのを確認すると、静かに上昇して行った。
「この町は、初めてですか?」
「はい。想像よりも都会で、ビックリしました」
「ですよねぇ。私も、初めて来た時は、驚いて、オロオロしていました」
『南方の孤島』と聞いていたから、かなり、のんびりした、大自然をイメージしていた。でも、実際に来てみたら、高層ビルとかが一杯、立ち並んでたから、滅茶苦茶、驚いたんだよね。
「この町の方じゃ、ないんですか?」
「私は、二年ほど前に、マイアから来たんです」
「えっ?! そうだったんですか? よかったー、ちょっと安心しました。まさか、こちらの世界で、同郷の人に会えるとは、思わなかったので」
「私も、同じ世界の人に会えて、凄く嬉しいです。何か、ホッとしますよね」
観光に来る人の八割は、こちらの世界の人たちだ。もちろん、向こうの世界から、やって来る人もいる。でも、ほとんどの人は、大陸のほうに行っちゃうんだよね。〈グリュンノア〉は、マイアでは、まだまだ、マイナーな存在なのだ。
「あの、シルフィードの方ですよね? 観光案内が専門なのに、ホテルへの道案内なんかさせてしまって、良かったのでしょうか?」
「全然、大丈夫ですよ。道案内の仕事も多いですし。それに、元々シルフィードは、観光ではなく、道案内が仕事でしたので」
昔、まだ、国家公務員だった時代は、警官に近い存在だった。ここまで、華々しい職業になったのは、ずっとあとの話だ。ま、私の場合は、今でも半分は、道案内が仕事なんだけど――。
移動中に、色んな世間話で盛り上がる。やはり、同郷の人とは、共通の話題があって、凄く話しやすい。向こうの世界の、知識や話題に触れないよう、気を遣う必要もないし。
ちなみに、彼女の名は、佐々木 舞さん。大学一年生で、私の一個上だった。でも、童顔なのと、声が可愛いので、あまり、年上には見えない。
『自分の知らない世界を見ることで、何か発見があるかもしれない』と思って、この町に来たんだって。私も、最初は、そんな感じだったよね。異世界に行けば、何かが変わるかも、って思ってたから。
ほどなくして、目的の〈ロイヤルスター・ホテル〉に到着する。名前は豪華だけど、かなりリーズナブルな、ビジネスホテルだ。
ホテルの前に着陸すると、私は、トランクを降ろし、彼女に手渡した。ほんの十分ほどだったけど、向こうの世界の人と話せて、とても楽しかった。
私が、お別れのあいさつを言おうとすると、
「あの……観光案内も、お願いできますか? 予約してないと、ダメですか?」
意外な言葉が、彼女の口から出て来た。
「いえ、大丈夫ですよ。このあと、空いてますので。どこでも、お好きな所に、ご案内いたします」
「よかったー! 是非、お願いします」
私としても、願ったりかなったりだ。普通は、道案内だけで、終わっちゃうから。こういうケースって、意外とレアなんだよね。お客様からしたら、シルフィードもタクシーも、大して変わらないので。
私が、エア・カートの横で待っていると、チェックインの手続きを終えた彼女が、小走りでやって来た。
「すいません、お待たせして」
「いえ、お気になさらず。どこか、行きたい場所は、ありますか?」
「えーと、まずは、ショッピングしたいです。あと、美味しい物も、食べたいです。でも、こんなんじゃ、全然、観光っぽくないですよね――?」
「そんなこと有りませんよ。ショッピングや食べ歩きは、観光の醍醐味ですから。それに、美味しいお店なら、任せてください」
買い物や食べ歩きだけに来る人も、意外と多い。特に、この町は、人気の飲食店が多く、グルメファンも、世界中からやって来る。
「もうすぐ、十二時ですし。まずは、お昼ごはんに行きますか?」
「はいっ。実は、おなかペコペコで」
こうして、舞さんと一緒に、観光をすることになったのだった……。
******
私たちは〈東地区〉でランチをしたあと、観光に向かった。あまり、予算がないとのことだったので、なるべく、リーズナブルに、楽しめる場所を選んだ。まぁ、低予算なら、私の超得意分野だからね。
観光は、お金を掛けなくても、楽しめる場所は一杯ある。食事やショッピングだって、地元の人が行くお店なら、安く済ませられるからだ。地元価格と、観光客価格って、全然、違うので。
まずは〈東地区商店街〉を見物したあと〈中央区〉に向かった。お約束の〈シルフィード像〉を見るためだ。観光ガイドには、必ず載ってるし、初めてきた人は、絶対に見たがるからね。
その後〈西地区〉の〈ウインド・ストリート〉に向かった。ここは、価格もリーズナブルだし、地元の若者も、たくさん来ている場所だ。世代的に、彼女に合っているかと思って、連れて来た。案の定、物凄く喜んでくれている。
彼女は、アクセサリーや小物などが好きなようで、見るたびに『カワイイー!』と、はしゃいでいた。途中で、ウイング焼きを買って食べ歩いたり、お店を見て、二人でワイワイ盛り上がったり。まるで、友達と遊びに来たような感覚だった。
やっぱり、歳が近いと、やりやすいよね。しかも、同じ世界の出身だから、普通に、向こうの世界の話や、常識が通じる。気を遣わずに、全力で話せたのって、凄く久しぶりだ。
最後は、彼女の希望の『風車』を、見に行くことになった。前から、本物の風車を、ずっと見てみたかったんだって。向こうの世界だと、風車を見る機会って、滅多にないからね。
まずは〈ウィンドミル〉の大風車を、上空から眺めたあと、定番の〈風車丘陵〉に向かった。やはり、風車と言えば、ここだよね。大きな風車が、一斉に回っている光景は、いつ見ても壮観だ。それに、何と言っても、風が気持ちいい。
あと、こんなに凄い景色なのに、無料で見ることができる。低予算の観光には、絶好のスポットだ。
二人で、丘をゆっくり登って行き、頂上に到着すると、マナラインの交差地点に向かう。相変わらず、物凄く風が強い。体の周りを、まとわりつくように、風が流れていく。
目的地に着くと、心地よい風に吹かれながら、眼下に広がる街の景色を眺めた。天気がいいので、はるか先まで視界がクリアで、海の水平線まで、キレイに見える。
「うわぁー! とても綺麗な街並みだと思ってたけど、ここから見ると、一段と素敵ですね。まるで、違う町みたい」
「見る場所、天気、時間帯でも、この町は、色んな表情に変わるんですよ。あと、風によっても、見え方が違ってきますし」
「そういえば、ここは、物凄く風が強いですね。町の中は、それほどでもなかったのに。高い場所だからかな?」
「マナラインが集中していると、風が強くなるんです。マナラインに沿って、風が吹いて行くので」
彼女は、首をかしげていたので、マナについて、分かりやすく解説する。今では、すっかり、常識になっちゃったけど。魔法が存在しない、向こうの世界の人からしたら、未知の概念だもんね。
しばし、二人並んで、風と景色を楽しむ。彼女は、黙って何か考え事をしている様子だったので、私も静かに、横で、町を眺めていた。
十分ほどして、彼女がそっと口を開く。
「私、これから先の生き方について、何も見えなくて。特に、やりたいことも、夢も目標も、何もないので。大学の進学も、なんとなく選んだだけだし」
「なので、異世界に行ったら『何か見つかるかなぁー』と思って。それで、この町にやって来たんです。観光というより、自分探し、みたいな感じですかね」
静かに語る彼女の横顔は、どことなく、不安げに見えた。
「でも、普通は、そんなものじゃないですか? 私も、昔は、何もやりたいことがなくて。日々を、何となく生きていたので」
「そうなんですか? 異世界に来て、立派に働いているのに?」
彼女は、不思議そうな表情を浮かべる。
「数年前、偶然、シルフィードの存在を知って。それがキッカケで、この世界に来ることになったんです。もし、その偶然がなければ、今でも、毎日、何の目的もなく、無為に生きていたと思いますよ」
たまたま、本屋で手にした雑誌で、シルフィード特集をやっていた。もし、あの雑誌を目にしなければ、シルフィードになることはもちろん、こちらの世界にすら、来なかったと思う。
そう考えると、本当に偶然なんだよね。雑誌一冊で、将来を決めちゃったんだから。一見、難しそうだけど、人生の選択って、意外とシンプルなのかもしれない。
「偶然……なんですか?」
「はい、100%偶然ですね。まぁ、私の人生は、偶然ばかりなので」
「なら、私にも見つかるでしょうか? 自分の、本当にやりたいことが?」
「きっと、見つかりますよ。とても素敵な偶然が。それが、どこにあるか、いつ現れるかは、分かりませんけど」
偶然は、いつだって、突然やって来る。いつやって来るか、分からないからこそ、偶然なんだよね。嫌な出来事もあるけど、素敵な偶然だって、たくさんある。
私の場合は、シルフィードを見つけたこと。あと、こちらの世界に来て、リリーシャさんたちに出会えたこと。全てが、行き当たりばったりだけど、素敵な偶然だ。
「私も、早く見つけたいなぁ――。そこそこ、順調な人生なのに。日々満たされない気持ちで、悶々としていて。頑張りたいのに、どこに向かえばいいのか、全く分からなくて……」
「それ、凄く分かります。ゴールが見えないと、スッキリしないですよね」
日々楽しく平和に生きられれば、それだけで、幸せな人もいるかもしれない。でも、何かに挑戦して、上を目指さないと、満たされない人もいるのだ。彼女もきっと、私と同じタイプの人間なんだと思う。
「見つけたいと願っていれば、必ず見つかりますよ。とても小さな発見から、人生が大きく変わることも有るので」
「ですよね。私も、もっと頑張って探さないと。でも、こちらに来て、一つだけ発見しました。こういう生き方も、ありだなぁー、って」
「えっ――?」
彼女は、スッキリした笑みを向けて来た。
「大学に行って、普通の会社に就職して、平穏な日々を淡々と送る。今までは、ずっと、そう考えていました。でも、それ以外の生き方も、いいかなぁーって。あなたを見ていて、そう思いました」
「いやいや、あまり、お勧めできませんよ。ジェットコースターみたいな、起伏の激しい人生なので」
自分では、この上げ下げが激しく、成り行き任せの生き方に、割と満足している。とはいえ、他の人には、おすすめできない。だって、辛いことや不安も多いし。成功率だって、雀の涙ほど。安定や平穏とは、程遠い生き方だ。
「でも、凄く楽しそう。私、ジェットコースター、大好きだし」
「うーん。ただ、人生のジェットコースターは、滅茶苦茶、スリリングですよ」
二人で目をあわせると、クスクスと笑う。
人生には、常識的で安定した生き方と、私のような冒険心あふれた、不安定な生き方がある。どちらがいいのかは、正直、分からない。
でも、結局は、自分が納得できる生き方が、一番だと思う。いくら安定していても、つまらない人生は、嫌だから。やりたいことを我慢して安定をとるか、夢のために不安定をとるか。結局は、この二択なんだと思う。
私は、後者を選んだから、凄く大変だけど。それでも、全く後悔はない。彼女も、きっと今、その二つの選択肢の、分岐点にいるのだと思う。
いつか彼女にも、素敵が生き方が見つかるはずだ。その選択が、彼女にとって、最高に幸せなものであって欲しいと、心から願わずにはいられなかった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『大切な人が成功する瞬間は自分のこと以上に嬉しい』
成功する人って、こういう人なんだって思った
とはいえ、予約をしてから来る人が多いので、フリーのお客様を見つけるのは、想像以上に難しい。今は、スピを使えば、何でも簡単に予約できてしまう。飛行艇・ホテル・飲食店・シルフィードの予約が、一括で出来る便利なサイトまである。
ただ、こういったサイトでのオススメは、大企業や上位階級のシルフィードだけだ。なので、私のような、一般階級のシルフィードに、予約が入ることはない。結局は、知り合いからの紹介や、地道な営業活動しかないんだよね。
しばらく飛んでいると、巨大な敷地の〈グリュンノア国際空港〉が見えてきた。ここは、この町の玄関口で、観光客が必ず通る。そのため、お客様を見つけるには、絶好の場所だ。
しかし、同業のシルフィードはもちろん、タクシーも沢山いるので、ライバルが、非常に多かった。そのうえ、物凄く混雑しており、人の流れも速い。なので、素早くお客様を見つけないと、先を越されてしまう、上級者向きの場所といえる。
でも、私も、エア・マスターの端くれなので、負けてはいられない。お客様の獲得も、れっきとした戦いなのだ。
軽く流して飛びながら、持ち前の視力を活かして、人の動きを注視する。一人一人を見るのではなく、流れを見ることが大切だ。
流れの違う場所や、違和感のある場所に、お客様がいる。これは、今までの経験から、学んだことだ。
私は、ある人物に、ふと視線が止まった。大きな流れの中で、一人、立ち止まっていたからだ。素早く高度を落とすと、大通りの端に、エア・カートを着陸させる。機体を降りると、すぐに、その人の元に向かった。
手には、大きなトランクを持っているので、間違いなく、旅行者だと思う。視線が泳いでいるので、道が分からないのだろうか?
「こんにちは。何かお探しですか?」
私は、若い女性に、笑顔で明るく声を掛けた。
「あぁ……えーと、ホテルに行きたいんですけど。よく分からなくて」
「よろしければ、ご案内いたしましょうか?」
「いいんですか――?」
「この町のことは、隅々まで知っていますので。お任せ下さい」
「じゃあ……お願いします」
私は、彼女のトランクを預かり、エア・カートの助手席に載せる。彼女が着席し、シートベルトを締めたのを確認すると、静かに上昇して行った。
「この町は、初めてですか?」
「はい。想像よりも都会で、ビックリしました」
「ですよねぇ。私も、初めて来た時は、驚いて、オロオロしていました」
『南方の孤島』と聞いていたから、かなり、のんびりした、大自然をイメージしていた。でも、実際に来てみたら、高層ビルとかが一杯、立ち並んでたから、滅茶苦茶、驚いたんだよね。
「この町の方じゃ、ないんですか?」
「私は、二年ほど前に、マイアから来たんです」
「えっ?! そうだったんですか? よかったー、ちょっと安心しました。まさか、こちらの世界で、同郷の人に会えるとは、思わなかったので」
「私も、同じ世界の人に会えて、凄く嬉しいです。何か、ホッとしますよね」
観光に来る人の八割は、こちらの世界の人たちだ。もちろん、向こうの世界から、やって来る人もいる。でも、ほとんどの人は、大陸のほうに行っちゃうんだよね。〈グリュンノア〉は、マイアでは、まだまだ、マイナーな存在なのだ。
「あの、シルフィードの方ですよね? 観光案内が専門なのに、ホテルへの道案内なんかさせてしまって、良かったのでしょうか?」
「全然、大丈夫ですよ。道案内の仕事も多いですし。それに、元々シルフィードは、観光ではなく、道案内が仕事でしたので」
昔、まだ、国家公務員だった時代は、警官に近い存在だった。ここまで、華々しい職業になったのは、ずっとあとの話だ。ま、私の場合は、今でも半分は、道案内が仕事なんだけど――。
移動中に、色んな世間話で盛り上がる。やはり、同郷の人とは、共通の話題があって、凄く話しやすい。向こうの世界の、知識や話題に触れないよう、気を遣う必要もないし。
ちなみに、彼女の名は、佐々木 舞さん。大学一年生で、私の一個上だった。でも、童顔なのと、声が可愛いので、あまり、年上には見えない。
『自分の知らない世界を見ることで、何か発見があるかもしれない』と思って、この町に来たんだって。私も、最初は、そんな感じだったよね。異世界に行けば、何かが変わるかも、って思ってたから。
ほどなくして、目的の〈ロイヤルスター・ホテル〉に到着する。名前は豪華だけど、かなりリーズナブルな、ビジネスホテルだ。
ホテルの前に着陸すると、私は、トランクを降ろし、彼女に手渡した。ほんの十分ほどだったけど、向こうの世界の人と話せて、とても楽しかった。
私が、お別れのあいさつを言おうとすると、
「あの……観光案内も、お願いできますか? 予約してないと、ダメですか?」
意外な言葉が、彼女の口から出て来た。
「いえ、大丈夫ですよ。このあと、空いてますので。どこでも、お好きな所に、ご案内いたします」
「よかったー! 是非、お願いします」
私としても、願ったりかなったりだ。普通は、道案内だけで、終わっちゃうから。こういうケースって、意外とレアなんだよね。お客様からしたら、シルフィードもタクシーも、大して変わらないので。
私が、エア・カートの横で待っていると、チェックインの手続きを終えた彼女が、小走りでやって来た。
「すいません、お待たせして」
「いえ、お気になさらず。どこか、行きたい場所は、ありますか?」
「えーと、まずは、ショッピングしたいです。あと、美味しい物も、食べたいです。でも、こんなんじゃ、全然、観光っぽくないですよね――?」
「そんなこと有りませんよ。ショッピングや食べ歩きは、観光の醍醐味ですから。それに、美味しいお店なら、任せてください」
買い物や食べ歩きだけに来る人も、意外と多い。特に、この町は、人気の飲食店が多く、グルメファンも、世界中からやって来る。
「もうすぐ、十二時ですし。まずは、お昼ごはんに行きますか?」
「はいっ。実は、おなかペコペコで」
こうして、舞さんと一緒に、観光をすることになったのだった……。
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私たちは〈東地区〉でランチをしたあと、観光に向かった。あまり、予算がないとのことだったので、なるべく、リーズナブルに、楽しめる場所を選んだ。まぁ、低予算なら、私の超得意分野だからね。
観光は、お金を掛けなくても、楽しめる場所は一杯ある。食事やショッピングだって、地元の人が行くお店なら、安く済ませられるからだ。地元価格と、観光客価格って、全然、違うので。
まずは〈東地区商店街〉を見物したあと〈中央区〉に向かった。お約束の〈シルフィード像〉を見るためだ。観光ガイドには、必ず載ってるし、初めてきた人は、絶対に見たがるからね。
その後〈西地区〉の〈ウインド・ストリート〉に向かった。ここは、価格もリーズナブルだし、地元の若者も、たくさん来ている場所だ。世代的に、彼女に合っているかと思って、連れて来た。案の定、物凄く喜んでくれている。
彼女は、アクセサリーや小物などが好きなようで、見るたびに『カワイイー!』と、はしゃいでいた。途中で、ウイング焼きを買って食べ歩いたり、お店を見て、二人でワイワイ盛り上がったり。まるで、友達と遊びに来たような感覚だった。
やっぱり、歳が近いと、やりやすいよね。しかも、同じ世界の出身だから、普通に、向こうの世界の話や、常識が通じる。気を遣わずに、全力で話せたのって、凄く久しぶりだ。
最後は、彼女の希望の『風車』を、見に行くことになった。前から、本物の風車を、ずっと見てみたかったんだって。向こうの世界だと、風車を見る機会って、滅多にないからね。
まずは〈ウィンドミル〉の大風車を、上空から眺めたあと、定番の〈風車丘陵〉に向かった。やはり、風車と言えば、ここだよね。大きな風車が、一斉に回っている光景は、いつ見ても壮観だ。それに、何と言っても、風が気持ちいい。
あと、こんなに凄い景色なのに、無料で見ることができる。低予算の観光には、絶好のスポットだ。
二人で、丘をゆっくり登って行き、頂上に到着すると、マナラインの交差地点に向かう。相変わらず、物凄く風が強い。体の周りを、まとわりつくように、風が流れていく。
目的地に着くと、心地よい風に吹かれながら、眼下に広がる街の景色を眺めた。天気がいいので、はるか先まで視界がクリアで、海の水平線まで、キレイに見える。
「うわぁー! とても綺麗な街並みだと思ってたけど、ここから見ると、一段と素敵ですね。まるで、違う町みたい」
「見る場所、天気、時間帯でも、この町は、色んな表情に変わるんですよ。あと、風によっても、見え方が違ってきますし」
「そういえば、ここは、物凄く風が強いですね。町の中は、それほどでもなかったのに。高い場所だからかな?」
「マナラインが集中していると、風が強くなるんです。マナラインに沿って、風が吹いて行くので」
彼女は、首をかしげていたので、マナについて、分かりやすく解説する。今では、すっかり、常識になっちゃったけど。魔法が存在しない、向こうの世界の人からしたら、未知の概念だもんね。
しばし、二人並んで、風と景色を楽しむ。彼女は、黙って何か考え事をしている様子だったので、私も静かに、横で、町を眺めていた。
十分ほどして、彼女がそっと口を開く。
「私、これから先の生き方について、何も見えなくて。特に、やりたいことも、夢も目標も、何もないので。大学の進学も、なんとなく選んだだけだし」
「なので、異世界に行ったら『何か見つかるかなぁー』と思って。それで、この町にやって来たんです。観光というより、自分探し、みたいな感じですかね」
静かに語る彼女の横顔は、どことなく、不安げに見えた。
「でも、普通は、そんなものじゃないですか? 私も、昔は、何もやりたいことがなくて。日々を、何となく生きていたので」
「そうなんですか? 異世界に来て、立派に働いているのに?」
彼女は、不思議そうな表情を浮かべる。
「数年前、偶然、シルフィードの存在を知って。それがキッカケで、この世界に来ることになったんです。もし、その偶然がなければ、今でも、毎日、何の目的もなく、無為に生きていたと思いますよ」
たまたま、本屋で手にした雑誌で、シルフィード特集をやっていた。もし、あの雑誌を目にしなければ、シルフィードになることはもちろん、こちらの世界にすら、来なかったと思う。
そう考えると、本当に偶然なんだよね。雑誌一冊で、将来を決めちゃったんだから。一見、難しそうだけど、人生の選択って、意外とシンプルなのかもしれない。
「偶然……なんですか?」
「はい、100%偶然ですね。まぁ、私の人生は、偶然ばかりなので」
「なら、私にも見つかるでしょうか? 自分の、本当にやりたいことが?」
「きっと、見つかりますよ。とても素敵な偶然が。それが、どこにあるか、いつ現れるかは、分かりませんけど」
偶然は、いつだって、突然やって来る。いつやって来るか、分からないからこそ、偶然なんだよね。嫌な出来事もあるけど、素敵な偶然だって、たくさんある。
私の場合は、シルフィードを見つけたこと。あと、こちらの世界に来て、リリーシャさんたちに出会えたこと。全てが、行き当たりばったりだけど、素敵な偶然だ。
「私も、早く見つけたいなぁ――。そこそこ、順調な人生なのに。日々満たされない気持ちで、悶々としていて。頑張りたいのに、どこに向かえばいいのか、全く分からなくて……」
「それ、凄く分かります。ゴールが見えないと、スッキリしないですよね」
日々楽しく平和に生きられれば、それだけで、幸せな人もいるかもしれない。でも、何かに挑戦して、上を目指さないと、満たされない人もいるのだ。彼女もきっと、私と同じタイプの人間なんだと思う。
「見つけたいと願っていれば、必ず見つかりますよ。とても小さな発見から、人生が大きく変わることも有るので」
「ですよね。私も、もっと頑張って探さないと。でも、こちらに来て、一つだけ発見しました。こういう生き方も、ありだなぁー、って」
「えっ――?」
彼女は、スッキリした笑みを向けて来た。
「大学に行って、普通の会社に就職して、平穏な日々を淡々と送る。今までは、ずっと、そう考えていました。でも、それ以外の生き方も、いいかなぁーって。あなたを見ていて、そう思いました」
「いやいや、あまり、お勧めできませんよ。ジェットコースターみたいな、起伏の激しい人生なので」
自分では、この上げ下げが激しく、成り行き任せの生き方に、割と満足している。とはいえ、他の人には、おすすめできない。だって、辛いことや不安も多いし。成功率だって、雀の涙ほど。安定や平穏とは、程遠い生き方だ。
「でも、凄く楽しそう。私、ジェットコースター、大好きだし」
「うーん。ただ、人生のジェットコースターは、滅茶苦茶、スリリングですよ」
二人で目をあわせると、クスクスと笑う。
人生には、常識的で安定した生き方と、私のような冒険心あふれた、不安定な生き方がある。どちらがいいのかは、正直、分からない。
でも、結局は、自分が納得できる生き方が、一番だと思う。いくら安定していても、つまらない人生は、嫌だから。やりたいことを我慢して安定をとるか、夢のために不安定をとるか。結局は、この二択なんだと思う。
私は、後者を選んだから、凄く大変だけど。それでも、全く後悔はない。彼女も、きっと今、その二つの選択肢の、分岐点にいるのだと思う。
いつか彼女にも、素敵が生き方が見つかるはずだ。その選択が、彼女にとって、最高に幸せなものであって欲しいと、心から願わずにはいられなかった……。
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『大切な人が成功する瞬間は自分のこと以上に嬉しい』
成功する人って、こういう人なんだって思った
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若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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