私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第7部 才能と現実の壁

2-1大切な人が成功する瞬間は自分のこと以上に嬉しい

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 午後、三時半過ぎ。私は、ほうきを片手に、会社の敷地を掃除していた。今日は、午後に一件、観光案内があり、三時ごろに会社に戻って来た。中途半端な時間だったので、残りの時間は、念入りに掃除をすることにしたのだ。

 基本、午後二時ぐらいまでには、お客様を見つけないとならない。あまり遅い時間に、観光に行く人はいないからだ。

 一回の観光案内で、だいたい二時間。なので、午後に、観光案内が入っていると、終わったあと、時間が余ることが多いんだよね。

 リリーシャさんのように、ひっきりなしに、予約が入っているなら関係ない。いくら、中途半端な時間だろうと、お客様は、喜んでやって来る。それに、完全予約制なので、お客様を、探す必要もない。

 でも、現状の私は、一日中、町を飛び回っても、午前に一件、午後一件がやっとだった。探すのに時間が掛かるし、中途半端な時間だと、お客様が見つからないし。予約がないと、物凄く非効率だ。

 まぁ、時間が余ったら余ったで、掃除や買い出しができるので、いいけどね。掃除は、適度に体を動かすので、結構、好きだし。

 特に、観光案内後の掃除は、とても気分がいい。仕事の締め運動には、ちょうど良く『今日も働いたなぁー』って、充実感にひたれるからだ。

 私が、ご機嫌で掃除をしていると、上空から、エンジン音が聞こえて来た。あの青い機体は、配送業者のものだ。小型のエア・コンテナで、ミニバンみたいな感じだ。側面には『スカイ・エクスプレス』の、マークがついている。

 スカイ・エクスプレスは、郵便、宅急便、引っ越しなど、あらゆる物を運ぶ、配送業者の最大手だ。MVで、頻繁にCMもやってるし。町のあちこちで、配送用の青い機体を見かける。

 ちなみに、この世界の郵便局は、受付だけで、配送は行っていない。配送は、民間企業が、請け負っている。そのため、郵便物は、毎回、持って来る配送業者が違う。

 敷地に静かに着陸すると、すぐに、配送員の人が出て来た。私は、掃除の手を止め、彼に近付いて行った。

「こんにちは、スカイ・エクスプレスです。お届け物を、お持ちしました」
「配達、お疲れ様です」

「ホワイト・ウイングの、リリーシャ・シーリング様宛に、特別郵便です」
「今、営業に出ていますので、代わりに受け取っても、大丈夫ですか?」

 特別郵便とは、向こうの世界の『書留』と同じものだ。直接、手渡して、受け取り記録を残しておく。

「はい。それでは、魔力認証をお願いします」
 彼が、手に持っていたマギコンを操作すると、目の前に、小さな空中モニターが現れる。画面を軽くタッチすると、青く光ったあと『認証完了』の文字が表示された。

「それでは、こちらが郵送物になります」
「はい、ありがとうございます」

 配送員の人は、軽く会釈すると、そそくさと立ち去って行った。

 私が渡されたのは、少し大きめの封筒だった。しかも、金色の枠がついた、ずいぶんと高価そうな封筒だ。裏を見ると、シルフィード協会のマークが、描かれていた。

「協会からって、何だろう? また、上位階級のお仕事かな?」
 上位階級は、イベント参加の仕事が、定期的にあった。また、時には、セミナーや講演会などの、依頼が来る場合もある。

 ただでさえ、通常営業のほうが忙しいのに、本当に大変だ。でも、仕事が少なく、暇をしていることが多い私からすると、うらやましい限りだった。一度でいいから『仕事が忙しくて』なんて、言ってみたい……。

 手紙を、いったん事務所に起きに戻ったあと、再び外の掃除を続けた。はき掃除が終わると、敷地の隅々まで、細かくチェックする。

「敷地よし、テラス席よし、窓よし、入口よし。全部、ばっちりキレイだね」
 一つずつ、指をさしながら確認すると、私は満足して頷いた。やっぱり、キレイになると、気持ちいいよね。 

 それに、例え、単純な雑用であっても、決して手を抜かずに、完璧にこなす。これこそが、プロ意識だと思う。

 掃除用具を片付け、事務所に戻ると、時間は、四時ちょっと過ぎ。そろそろ、最後のお客様の観光案内が終わり、リリーシャさんが、戻って来るころだ。

 私は、キッチンに向かうと、手際よくお茶の準備を始める。二年以上もやっているので、流石に手慣れて来た。今では、リリーシャさんの淹れたお茶にも、引けをとらないと思う。

 お茶の準備をしていると、外からエンジン音が聞こえてきた。これは、リリーシャさんが乗って行った、エア・カートの音だ。私は、手を止めると、早足で入り口に向かった。お客様の、お出迎えをするためだ。

 しかし、地面すれすれまで下降したあと、機体は直接、ガレージのほうに向かって行った。ほどなくして、事務所に戻って来たリリーシャさんを、笑顔で迎える。

「リリーシャさん、お仕事、お疲れ様です」
「ただいま、風歌ちゃん」

「お客様は、ホテルに、お送りしたんですか?」
「お勧めのレストランに、ご案内してきたの」
「あぁー、なるほど」

 観光案内は、会社から出発し、会社に戻って来るのが基本だ。でも、うちの場合は、割と融通を利かせており、最終地点は、お客様の希望に沿うことも多い。夕方だと、おすすめのディナーのお店を、紹介してあげる場合もある。

「風歌ちゃんのほうは、どうだったの?」
「二組とも、凄く喜んでくれたので、ホッとしました。私は、割とマイナーな場所に、案内するので。お客様の反応が、心配なんですよね」

「でも、そういうのを、楽しみにしているお客様も、いると思うわよ」
「だと、いいんですけど」
 
 私の場合、観光ガイドに出ているような、メジャーな場所は、お客様からの要望がないと、あまり行かない。どちらかというと、地元の人しか知らないような、目立たない場所に行くことが多かった。

 食べ物なんかも、出店だったり、B級グルメを紹介している。安くて美味しい方がいいかなぁ、と思って。メジャーな観光スポットだと、観光客価格で、結構、お高いんだよね。

 事務所に入ると、私は、すぐに自分の机に向かった。先ほど受け取った、封筒を渡すためだ。

「リリーシャさん宛てに、つい先ほど、特別郵便が届きました。私が、代わりに受け取っておきましたけど、大丈夫でしたか?」
「えぇ、ありがとう」

 リリーシャさんは、笑顔で受け取る。だが、封筒を見た瞬間、すぐに真剣な表情に変わった。彼女は席に戻ると、ゆっくり封筒を開け、中に入っていた手紙を、そっと取り出した。

 ジッと見ているのも失礼なので、私はキッチンに戻ると、お茶の準備を再開する。あらかじめ沸かしてあったお湯を、茶葉の入っているポットに、そっと注いだ。

 茶葉の開き具合、香りの立ち方、お湯を入れてからの時間を、正確にチェックしていく。本当に美味しいお茶を淹れるには、タイミングや、時間の見極めが重要だ。ガラスのポットを、ずっと集中して凝視する。

「よし、こんなものかな」
 私は、さっとポットを持ち上げると、手際よく、ティーカップに注いでいった。

 準備ができると、トレーにのせ、事務所に運んでいく。リリーシャさんは、まだ、手紙を読んでいるようだ。私は、邪魔にならないよう、机の端に、静かにティーカップを置いた。

「お茶、お待たせしました」
「いつも、ありがとう」
「また、お仕事の依頼ですか? ずいぶんと、豪華な封筒でしたけど」

 たまに、協会から、手紙が送られてくることはある。でも、今までは、もっと普通の封筒だった。何か、特別な式典とかでも、あるのだろうか?

 リリーシャさんは、少し考えたあと、
「風歌ちゃんも、読んでみる?」
 そっと、私に手紙を差し出して来た。

「えっ?! でも、私が読んでも、いいんですか?」
「えぇ。風歌ちゃんも、知っておいたほうが、いいと思うから」
「――では、拝見します」 
 
 私は、ちょっと緊張しながら、手紙を受け取った。何か、他人の手紙を見るのって、微妙に罪悪感があるよね。それに、物凄く真剣に読んでいたから、かなり重要な内容だと思う。

 手紙を見ると、シルフィード協会の、理事会からだった。冒頭には、理事会の議長の名前が書かれている。

 まずは、挨拶から始まり、今回、手紙を送った経緯が書かれていた。ずいぶんと、形式的で、堅苦しい書き方だった。内容が難しくて、分かり辛い。

 だが、手紙を読み進めて行き、ある部分で、ふと目がとまった。

『理事会による厳正なる審査、及び、全理事の総意によって、リリーシャ・シーリングを、次期シルフィード・クイーンとして、推薦することが決定した旨を、ここにお知らせします。ついては、下記に日時に面接を行うため……』

 えぇっ?!  これって、もしかして――?

「リリーシャさん。『シルフィード・クイーン』おめでとうございます!! いつかは、こうなるって、信じてました!」

 私は、興奮して、思わず大きな声を上げてしまった。体の奥底から、熱い想いがこみあげて来る。まるで、自分のことのように、滅茶苦茶、嬉しかった。

「ありがとう。でも、まだ、決まった訳じゃないのよ。最終面接を行って、そこで受からないと、昇進は見送りだから」
「大丈夫ですよ!! リリーシャさんなら、絶対に受かりますから!」

 何事も完璧なリリーシャさんが、面接で落ちる訳がない。そもそも、推薦が来た時点で、ほぼ決定だと思う。だって、理事会の総意って、全員が推薦してる、ってことでしょ?

 ただ、私は、物凄く興奮してるのに、リリーシャさんは、いたって冷静だった。というか、あまり嬉しそうには見えない。

「あの――リリーシャさんは、嬉しくないんですか……?」
「いえ、そんな事はないけれど。でも、まだ、実感が湧かなくて。それに、私は昇進のために、やっている訳ではないから」

 なるほど、流石は、リリーシャさん。昇進など気にせず、常に、目の前の仕事に集中する。これぞ、本物のプロというものだ。それに、元々謙虚な性格だから、浮かれたりはしないのだろう。 

 ただ、私はこの時、かすかな違和感を覚えていた。なぜなら、リリーシャさんの表情に、どことなく、影があったからだ。

 私はまた、何かに、気付けていなのではないだろうか? 嬉しいはずの昇進なのに、なぜか、不安な気持ちがよぎるのだった……。


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次回――
『最近の新人はたるんでいるんじゃないの?』

 プロになった瞬間から新人であることは許されない
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