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第7部 才能と現実の壁
5-3レースのことを訊くなら史上最速の人が一番だよね?
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夕方、時間は六時ごろ。最近は、日も長くなってきて、まだ明るい。私は、一日の仕事を終えたあと、洋菓子店によってケーキを買い、アパートに戻って来た。敷地にエア・ドルフィンを停めると、少し緊張しながら、アパートの入口をくぐった。
普段なら、そのまま、屋根裏部屋に直行する。でも、廊下を左に曲がって、ノーラさんの部屋に向かった。今日は、大事な用があるからだ。相変わらず、扉の前に立った瞬間は、妙に緊張する。
ノーラさんが、怖いのもあるけど。何と言っても、元シルフィード・クイーンだからだ。『変にかしこまるな』と、言われたけど。偉大な先輩なので、体育会系の私としては、そうもいかない。先輩とは、常に尊敬の対象なのだ。
私は、深呼吸して襟を正すと、そっと扉をノックする。中から返事が聞こえると、ほどなくして、静かに扉が開いた。
「い……いつも、大変、お世話になっております、ノーラさん」
私は、深く頭を下げながら、丁寧にあいさつをする。
「お前、どうしたんだ? 変な物でも、拾い食いしたのか?」
「って、そんなことしませんよ! ちゃんと、お給料もらってますから」
そういや、前にも、似たようなやり取りが、あった気が――。
「だったら、普通に話せ。お前らしくないし、気持ち悪い」
「うぐっ……。あの、少し、アドバイスをもらおうと思いまして。あと、これは、つまらない物ですが」
私らしくないって――。一応、これでも、エア・マスターだし。毎日、しっかり、接客もしてるし。今では、良識のある、立派な社会人なんだけど。相変わらず、子ども扱いなんだよねぇ……。
とりあえず、ケーキの入った箱を、そっと差し出した。
「まったく、余計な気を回すんじゃないよ。それより、夕飯は?」
「いえ、まだですけど」
「なら、食べて行きな」
「えーっと――。でも、今日は、相談があって来たので」
「なら、夕飯後でいいだろ」
ノーラさんは、さっさと部屋の奥に入ってしまったので、私も黙ってついて行く。すでに、ダイニングには、とてもいい香りが漂っていた。
焼き立てのパンの、甘く香ばしい匂い。あと、これは、シチューの香りだろうか? 美味しそうな匂いを嗅いだら、急にお腹がすいてきた。
結局、私はいつも通り、夕飯をご馳走になることに。どんな状況でも、食欲には抗えない。だって、ノーラさんの料理は、滅茶苦茶、美味しいんだもん……。
******
夕食のあと、私は、ハーブティーを飲んでいた。目の前のお皿には、先ほど買ってきた、美味しそうなケーキものっている。でも、私は手を伸ばさずに、会話を続けていた。
最近の仕事の様子とか、シルフィード業界について。あと、ちょっとした、流行や世間話とか。でも、そろそろ、本題を切り出さないと――。
「あの……実は、教えていただきたいことが、有りまして」
「何だい、今度は? また、どうしようもないミスでも、やらかしたのか?」
「違いますって! どうして、私イコール、失敗なんですか? 私はもう、一人前なんですから。そうじゃなくて、イベントのことを、お聴きしたいんです」
私が一人前になったあとも、ノーラさんの対応は、見習いの時と、全く変わらない。元シルフィード・クイーンから見たら、私なんて、まだまだ、ひよっこなんだろうけど。そろそろ、一人前として、認めてくれてもいいと思う。
確かに、昔は、いっぱい失敗も、やらかしたけど――。ここ最近は、これといった問題は、何一つ、起こしていない。そもそも、エア・マスターって、仕事が完璧にできる人に、与えられる階級なんだから。
「ノア・グランプリのことかい?」
「って、何で分かるんですか?!」
「今の時期のイベントと言ったら、それぐらいしか無いからな。それに、私に相談に来るってことは、レースに出るつもりなんだろ?」
「うっ……。まさしく、その通りです」
言うまでもなく、完全に見抜かれていた。
レースのことを聴くなら、ノーラさんほどの、適任者はいない。『疾風の剣』の二つ名を持ち『史上最速のシルフィード』と言われていた人だ。しかも『ノア・グランプリ GSR』の、優勝経験までもっている。
『GSR』は、プロのレーサーですら、一握りの人しか参加できない、世界最高峰のレースだ。それを、普通のシルフィードが優勝しているのだから、とんでもない異業だった。難易度としては、私のノア・マラソン完走どころの話じゃない。
「出るのは、250か?」
「いえ。『EX500』に出る予定です」
「ずいぶん、思い切った選択だな。普通なら、50か250からだろ?」
「実は、昨年『L50』には、参加したんですよ」
『L50』は、初心者向けのレース。50MPの小型エア・ドルフィンで、町の中を走るため、老若男女、誰でも気軽に参加できる。速さよりも、お祭りを楽しむためのイベントだ。対して『M250』からは、速さを競う、本格的なレースだ。
「なら、順序としては、250だろ?」
「でも、せっかく『高速ライセンス』を取ったので。それに、自分の実力を、試してみたくなって」
見習い時代とは違い、今はどんな機体にも、乗ることができる。魔力制御だって、以前とは、比較にならないぐらい、上手くなった。だからこそ、どれぐらい実力が付いたのか、明確に知りたいのだ。
「そもそも『高速を取ったほうがいい』って言ったの、ノーラさんじゃないですか」
「確かに、そうだが。いきなり、上級者向けのレースに出ろとは、言ってないだろ? そういう無謀なところは、相変わらずだな」
確かに、順を追っていくのが、正しい方法だとは分かっている。でも――。
「それは、否定しませんけど。ただ、どうしても出たいんです。こういうのは、やれる内に、やっておかないと。私だって、いつまでも、若くありませんから」
「ずいぶんと、言うようになったじゃないか。だが、そこまでして、やらなきゃならない理由が、あるのか? レースってのは、危険で、命がけのものだ。怪我をすれば、仕事にだって、支障が出るぞ」
危険なのは、重々承知している。もちろん、二度と怪我はしたくない。足を怪我した時は、仕事が物凄く大変だったので。それでも、今はとにかく、少しでも実績が欲しい。
「好奇心もありますけど、実績が欲しいんです。私は、何も持っていませんから。異世界人の、ハンデもありますし。新人の子たちも、どんどん入って来て。『今のままじゃ、頭打ちなのでは?』と思って……」
「正直に言うと、ちょっと焦ってます。以前、ある人に言われました。『今の言葉が、二十歳を越えても言えるか?』って。若い時期って、意外と短いですよね。でも、私にできることって、限られてて。運動系以外は、サッパリなので――」
もっと別に、特技があったり、器用であれば、やりようがあると思う。ただ、私には何もない。才色兼備のリリーシャさんや、ナギサちゃんたちとは、全く違うのだ。普通に頑張っても、追いつける気が、全くしない。
「なんだ、リリー嬢ちゃんのこと、プレッシャーに感じてるのか?」
「最初は、頑張れば追いつける、と思ってました。でも、やっぱり、タイプが全然、違うじゃないですか? だから、同じになるのは、厳しいなぁーと」
頑張れば、何でもできる。努力は、自分を裏切らない。このことは、今でも信じていた。でも、現実の厳しさを見ていると、日に日に、自信がなくなって来る。
「そんなの、当たり前だ。どう逆立ちしたって、お目みたいなポンコツが、優等生のリリー嬢ちゃんのように、なれる訳ないだろ。一生、掛かっても、無理な話だ」
「んがっ?! そこまで、言わなくても……。でも、だからこそ、自分にできることで、実力を示したいんです。レースだって、滅茶苦茶、ハードル高いのは、分かってます。やっぱり、馬鹿な挑戦だと思いますか?」
「ハッキリ言って、そうとうな馬鹿だな。だが、馬鹿は嫌いじゃない。いつだって、大きな風穴を開けるのは、馬鹿なやつだからな」
「え――?」
褒められてるんだか、馬鹿にされてるんだか、よく分からない。でも、ノーラさんは、一瞬、ニヤリと笑みを浮かべた。
「で、レースに出るとして、機体はどうするんだ?」
「調べて見たら、事前に申し込んでおけば、当日、貸してくれるらしいので。レンタルした機体で、参加しようかと」
「お前、馬鹿か? そんなの、ダメに決まってるだろ」
「うぐっ……。なんで、ダメなんですか?」
そもそも、私は、レースに出られるような機体なんて、持っていない。唯一の機体が、借り物の、古い小型エア・ドルフィンだけだ。でも、小型のドルフィンでも、新品を買えば、二、三十万ベルはする。
500MPの大型機だと、数百万ベルなので、とてもじゃないけど、手が出ない。レース用にチューンアップすれば、さらにお金が掛かる。
「貸し出しは、レース直前だ。それじゃ、ロクに練習ができないだろ? 仮に、別の機体で練習したって、機体ごとに性格が違うから、論外だ。サファイア・カップのように、全員が、同じレンタル機に、乗る訳じゃないんだぞ」
「それに、万一、事故ったら、修理費は自己負担だ。少し接触しただけでも、軽く百万以上、吹っ飛ぶぞ」
「えぇぇーー?! そんなに、するんですか?」
私が想像していたよりも、ゼロが二つほど多い。
「レースってのは、凄く金が掛かるんだよ。特に、500以上の機体はな。レース用のパーツは、素材自体が特別製だ。だから、高くて当然なんだよ」
「うぅっ――。私、修理代のことまでは、考えていませんでした……」
いくら、エア・マスターになったとはいえ、まだ私は、新人サラリーマン並みのお給料だ。特に、実績もなく、お客様も少ない。当然、副収入も全くない状態だ。普通に生活するだけなら、問題ないけど。そこまで、余裕がある訳ではなかった。
もし、事故で機体を壊してしまったら、私の少ない貯金では、とても払いきれない。最悪、借金生活になってしまう――。
「まったく、考えなしだな、お前は。やるかどうか決める前に、資金や準備のことを考えろ。いつまで、子供気分で、夢を見ているつもりだ?」
「ぐはっ……。返す言葉もございません」
昔から『やればなんとかなる』という、基本スタンスは、何一つ変わっていない。だって、しょうがないじゃん。私、本当に、何も持ってないし。考えるのも、苦手だし。ずっと、こういう生き方をして来たから、いまさら、変えられないよ――。
「ったく、しょうがないな……。私が、昔使ってた機体を、貸してやるよ。少し古い型だが、チューン済みの、500の機体がある」
「えっ?! いいんですか?」
「だが、1000万以上する機体だからな。万一、事故ったら、お前の安月給じゃ、一生、働いて返すことになるぞ」
「なっ――?!」
元々レース用の大型機は、物凄く高額だ。それに、以前ノーラさんのガレージを見たら、どれもこれも、高級な機体ばかりだった。きっと、貸してくれるのも、物凄く高価な機体に違いない。
「この程度でビビってるなら、止めておけ。レースってのは、金も掛かるし、命懸けだ。体を張るつもりがないなら、大人しく見物してろ」
「大丈夫ですよ。私、人生かけて、シルフィードやってるんで。それに、こっちに来てからは、綱渡りばかりでしたから。いつだって、体張ってましたよ」
私は、少しムキになって言い返す。
まだ、こちらの世界に、来たばかりのころ。私は、着の身着のままで、知識も経験もお金も、何一つ持っていなかった。だから、普通の人が、当り前にできることでも、常に、体を張ってやるしか、なかったのだ。
「そうかい。なら、せいぜい頑張んな」
静かに答えると、ノーラさんは、それっきり、この話題には触れなかった。
ノーラさんは厳しいけど、それは、心構えに対してだ。最終的には、何だかんだで、いつも手助けしてくれる。
協力してくれたノーラさんの、恩に報いるためにも、全身全霊で臨むつもりだ。もちろん、頑張るだけじゃない。本気で、優勝を狙っていく。結果を出さなきゃ、意味がないんだから。
ただ、口で言うのは簡単だけど、とんでもなく大変だ。サファイア・カップのような、お祭りレースではない。プロも出て来る、超ハイレベルなレースだからだ。
でも、大きな壁を越えない限り、これ以上、先には進めない気がする。私は、その他大勢の中の一人ではなく、一握りの側に行きたいのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『度胸だけなら誰にも負けない自信があるんで……』
度胸が欲しければ、恐ろしくて手が出ないことに挑んでみることだ
普段なら、そのまま、屋根裏部屋に直行する。でも、廊下を左に曲がって、ノーラさんの部屋に向かった。今日は、大事な用があるからだ。相変わらず、扉の前に立った瞬間は、妙に緊張する。
ノーラさんが、怖いのもあるけど。何と言っても、元シルフィード・クイーンだからだ。『変にかしこまるな』と、言われたけど。偉大な先輩なので、体育会系の私としては、そうもいかない。先輩とは、常に尊敬の対象なのだ。
私は、深呼吸して襟を正すと、そっと扉をノックする。中から返事が聞こえると、ほどなくして、静かに扉が開いた。
「い……いつも、大変、お世話になっております、ノーラさん」
私は、深く頭を下げながら、丁寧にあいさつをする。
「お前、どうしたんだ? 変な物でも、拾い食いしたのか?」
「って、そんなことしませんよ! ちゃんと、お給料もらってますから」
そういや、前にも、似たようなやり取りが、あった気が――。
「だったら、普通に話せ。お前らしくないし、気持ち悪い」
「うぐっ……。あの、少し、アドバイスをもらおうと思いまして。あと、これは、つまらない物ですが」
私らしくないって――。一応、これでも、エア・マスターだし。毎日、しっかり、接客もしてるし。今では、良識のある、立派な社会人なんだけど。相変わらず、子ども扱いなんだよねぇ……。
とりあえず、ケーキの入った箱を、そっと差し出した。
「まったく、余計な気を回すんじゃないよ。それより、夕飯は?」
「いえ、まだですけど」
「なら、食べて行きな」
「えーっと――。でも、今日は、相談があって来たので」
「なら、夕飯後でいいだろ」
ノーラさんは、さっさと部屋の奥に入ってしまったので、私も黙ってついて行く。すでに、ダイニングには、とてもいい香りが漂っていた。
焼き立てのパンの、甘く香ばしい匂い。あと、これは、シチューの香りだろうか? 美味しそうな匂いを嗅いだら、急にお腹がすいてきた。
結局、私はいつも通り、夕飯をご馳走になることに。どんな状況でも、食欲には抗えない。だって、ノーラさんの料理は、滅茶苦茶、美味しいんだもん……。
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夕食のあと、私は、ハーブティーを飲んでいた。目の前のお皿には、先ほど買ってきた、美味しそうなケーキものっている。でも、私は手を伸ばさずに、会話を続けていた。
最近の仕事の様子とか、シルフィード業界について。あと、ちょっとした、流行や世間話とか。でも、そろそろ、本題を切り出さないと――。
「あの……実は、教えていただきたいことが、有りまして」
「何だい、今度は? また、どうしようもないミスでも、やらかしたのか?」
「違いますって! どうして、私イコール、失敗なんですか? 私はもう、一人前なんですから。そうじゃなくて、イベントのことを、お聴きしたいんです」
私が一人前になったあとも、ノーラさんの対応は、見習いの時と、全く変わらない。元シルフィード・クイーンから見たら、私なんて、まだまだ、ひよっこなんだろうけど。そろそろ、一人前として、認めてくれてもいいと思う。
確かに、昔は、いっぱい失敗も、やらかしたけど――。ここ最近は、これといった問題は、何一つ、起こしていない。そもそも、エア・マスターって、仕事が完璧にできる人に、与えられる階級なんだから。
「ノア・グランプリのことかい?」
「って、何で分かるんですか?!」
「今の時期のイベントと言ったら、それぐらいしか無いからな。それに、私に相談に来るってことは、レースに出るつもりなんだろ?」
「うっ……。まさしく、その通りです」
言うまでもなく、完全に見抜かれていた。
レースのことを聴くなら、ノーラさんほどの、適任者はいない。『疾風の剣』の二つ名を持ち『史上最速のシルフィード』と言われていた人だ。しかも『ノア・グランプリ GSR』の、優勝経験までもっている。
『GSR』は、プロのレーサーですら、一握りの人しか参加できない、世界最高峰のレースだ。それを、普通のシルフィードが優勝しているのだから、とんでもない異業だった。難易度としては、私のノア・マラソン完走どころの話じゃない。
「出るのは、250か?」
「いえ。『EX500』に出る予定です」
「ずいぶん、思い切った選択だな。普通なら、50か250からだろ?」
「実は、昨年『L50』には、参加したんですよ」
『L50』は、初心者向けのレース。50MPの小型エア・ドルフィンで、町の中を走るため、老若男女、誰でも気軽に参加できる。速さよりも、お祭りを楽しむためのイベントだ。対して『M250』からは、速さを競う、本格的なレースだ。
「なら、順序としては、250だろ?」
「でも、せっかく『高速ライセンス』を取ったので。それに、自分の実力を、試してみたくなって」
見習い時代とは違い、今はどんな機体にも、乗ることができる。魔力制御だって、以前とは、比較にならないぐらい、上手くなった。だからこそ、どれぐらい実力が付いたのか、明確に知りたいのだ。
「そもそも『高速を取ったほうがいい』って言ったの、ノーラさんじゃないですか」
「確かに、そうだが。いきなり、上級者向けのレースに出ろとは、言ってないだろ? そういう無謀なところは、相変わらずだな」
確かに、順を追っていくのが、正しい方法だとは分かっている。でも――。
「それは、否定しませんけど。ただ、どうしても出たいんです。こういうのは、やれる内に、やっておかないと。私だって、いつまでも、若くありませんから」
「ずいぶんと、言うようになったじゃないか。だが、そこまでして、やらなきゃならない理由が、あるのか? レースってのは、危険で、命がけのものだ。怪我をすれば、仕事にだって、支障が出るぞ」
危険なのは、重々承知している。もちろん、二度と怪我はしたくない。足を怪我した時は、仕事が物凄く大変だったので。それでも、今はとにかく、少しでも実績が欲しい。
「好奇心もありますけど、実績が欲しいんです。私は、何も持っていませんから。異世界人の、ハンデもありますし。新人の子たちも、どんどん入って来て。『今のままじゃ、頭打ちなのでは?』と思って……」
「正直に言うと、ちょっと焦ってます。以前、ある人に言われました。『今の言葉が、二十歳を越えても言えるか?』って。若い時期って、意外と短いですよね。でも、私にできることって、限られてて。運動系以外は、サッパリなので――」
もっと別に、特技があったり、器用であれば、やりようがあると思う。ただ、私には何もない。才色兼備のリリーシャさんや、ナギサちゃんたちとは、全く違うのだ。普通に頑張っても、追いつける気が、全くしない。
「なんだ、リリー嬢ちゃんのこと、プレッシャーに感じてるのか?」
「最初は、頑張れば追いつける、と思ってました。でも、やっぱり、タイプが全然、違うじゃないですか? だから、同じになるのは、厳しいなぁーと」
頑張れば、何でもできる。努力は、自分を裏切らない。このことは、今でも信じていた。でも、現実の厳しさを見ていると、日に日に、自信がなくなって来る。
「そんなの、当たり前だ。どう逆立ちしたって、お目みたいなポンコツが、優等生のリリー嬢ちゃんのように、なれる訳ないだろ。一生、掛かっても、無理な話だ」
「んがっ?! そこまで、言わなくても……。でも、だからこそ、自分にできることで、実力を示したいんです。レースだって、滅茶苦茶、ハードル高いのは、分かってます。やっぱり、馬鹿な挑戦だと思いますか?」
「ハッキリ言って、そうとうな馬鹿だな。だが、馬鹿は嫌いじゃない。いつだって、大きな風穴を開けるのは、馬鹿なやつだからな」
「え――?」
褒められてるんだか、馬鹿にされてるんだか、よく分からない。でも、ノーラさんは、一瞬、ニヤリと笑みを浮かべた。
「で、レースに出るとして、機体はどうするんだ?」
「調べて見たら、事前に申し込んでおけば、当日、貸してくれるらしいので。レンタルした機体で、参加しようかと」
「お前、馬鹿か? そんなの、ダメに決まってるだろ」
「うぐっ……。なんで、ダメなんですか?」
そもそも、私は、レースに出られるような機体なんて、持っていない。唯一の機体が、借り物の、古い小型エア・ドルフィンだけだ。でも、小型のドルフィンでも、新品を買えば、二、三十万ベルはする。
500MPの大型機だと、数百万ベルなので、とてもじゃないけど、手が出ない。レース用にチューンアップすれば、さらにお金が掛かる。
「貸し出しは、レース直前だ。それじゃ、ロクに練習ができないだろ? 仮に、別の機体で練習したって、機体ごとに性格が違うから、論外だ。サファイア・カップのように、全員が、同じレンタル機に、乗る訳じゃないんだぞ」
「それに、万一、事故ったら、修理費は自己負担だ。少し接触しただけでも、軽く百万以上、吹っ飛ぶぞ」
「えぇぇーー?! そんなに、するんですか?」
私が想像していたよりも、ゼロが二つほど多い。
「レースってのは、凄く金が掛かるんだよ。特に、500以上の機体はな。レース用のパーツは、素材自体が特別製だ。だから、高くて当然なんだよ」
「うぅっ――。私、修理代のことまでは、考えていませんでした……」
いくら、エア・マスターになったとはいえ、まだ私は、新人サラリーマン並みのお給料だ。特に、実績もなく、お客様も少ない。当然、副収入も全くない状態だ。普通に生活するだけなら、問題ないけど。そこまで、余裕がある訳ではなかった。
もし、事故で機体を壊してしまったら、私の少ない貯金では、とても払いきれない。最悪、借金生活になってしまう――。
「まったく、考えなしだな、お前は。やるかどうか決める前に、資金や準備のことを考えろ。いつまで、子供気分で、夢を見ているつもりだ?」
「ぐはっ……。返す言葉もございません」
昔から『やればなんとかなる』という、基本スタンスは、何一つ変わっていない。だって、しょうがないじゃん。私、本当に、何も持ってないし。考えるのも、苦手だし。ずっと、こういう生き方をして来たから、いまさら、変えられないよ――。
「ったく、しょうがないな……。私が、昔使ってた機体を、貸してやるよ。少し古い型だが、チューン済みの、500の機体がある」
「えっ?! いいんですか?」
「だが、1000万以上する機体だからな。万一、事故ったら、お前の安月給じゃ、一生、働いて返すことになるぞ」
「なっ――?!」
元々レース用の大型機は、物凄く高額だ。それに、以前ノーラさんのガレージを見たら、どれもこれも、高級な機体ばかりだった。きっと、貸してくれるのも、物凄く高価な機体に違いない。
「この程度でビビってるなら、止めておけ。レースってのは、金も掛かるし、命懸けだ。体を張るつもりがないなら、大人しく見物してろ」
「大丈夫ですよ。私、人生かけて、シルフィードやってるんで。それに、こっちに来てからは、綱渡りばかりでしたから。いつだって、体張ってましたよ」
私は、少しムキになって言い返す。
まだ、こちらの世界に、来たばかりのころ。私は、着の身着のままで、知識も経験もお金も、何一つ持っていなかった。だから、普通の人が、当り前にできることでも、常に、体を張ってやるしか、なかったのだ。
「そうかい。なら、せいぜい頑張んな」
静かに答えると、ノーラさんは、それっきり、この話題には触れなかった。
ノーラさんは厳しいけど、それは、心構えに対してだ。最終的には、何だかんだで、いつも手助けしてくれる。
協力してくれたノーラさんの、恩に報いるためにも、全身全霊で臨むつもりだ。もちろん、頑張るだけじゃない。本気で、優勝を狙っていく。結果を出さなきゃ、意味がないんだから。
ただ、口で言うのは簡単だけど、とんでもなく大変だ。サファイア・カップのような、お祭りレースではない。プロも出て来る、超ハイレベルなレースだからだ。
でも、大きな壁を越えない限り、これ以上、先には進めない気がする。私は、その他大勢の中の一人ではなく、一握りの側に行きたいのだから……。
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