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第7部 才能と現実の壁
5-5資格って持ってるだけじゃ意味がない気がするけど
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夜、静寂に包まれた、屋根裏部屋。私は、古びた机の前に正座し、顔をしかめながら、空中モニターを凝視していた。恒例のお勉強タイムだが、いつもとは、ちょっと趣旨が違う。今日は、シルフィードではなく、レースについての勉強だ。
私は、レースについての知識が、全くなかった。向こうの世界にいた時は、もちろん。こっちに来てからも、見たことも、興味を持ったこともない。シルフィードとは、全く関係ないし。他にも、やるべきことが、多かったから。
しかも、エア・レースは、この世界、独自のものだ。なので、レースがどういうものなのか、全く想像がつかなかった。
でも、詳細にイメージできないと、上手く飛ぶことはできない。あの高速飛行の中では、ゆっくり、考えている暇がないからだ。何度もイメージして、体に覚え込ませるしかない。
コーチにも『イメージ・トレーニングも重要』って、言われたし。もっと、レースについて、詳しく知る必要がある。なので、必死になって、過去のレース動画を見て、研究していた。
詳細なレースは、図書館の『映像アーカイブ』を見ないと分からない。でも、ダイジェストなら、スピにも、たくさんの動画が上がっていた。決勝レースや、名場面集などだ。
何本か見たら、だいたいの感じは、つかめて来た。しかし、自分の想像の、はるか上を行っている。あまりに速すぎて、目で追うのが、やっとだった。あんなのを、自分がやるかと思うと、頭が真っ白になる。
『EX500』の平均速度は、時速200キロ以上。つい最近まで、100キロすら出したことがなかったので、完全に未知の世界だ。そう簡単に、理解できるはずがない。
なお、理論上の計算では、エンジンパワーの半分まで、スピードが出せる。つまり、500MPの機体だと、250キロまでは、出せるのだ。と言っても、コーナーの度に減速するため、最高速までは、まず行かない。
それでも、初めて動画を見た時は、あまりの速さに、心臓がバクバクして、額に冷や汗が浮かんできた。実際に、乗ってる時も、凄かったけど。こうして、改めて見ると、とんでもない速さだ。
ただ、いくら見ても、どうしても、分からない部分があった。どの機体も、物凄いスピードで、高速ターンしているのだ。どう考えても、曲がれるような、スピードではない。
私は、元々旋回が苦手だった。空中での旋回は、ただ、ハンドルを切れば、曲がる訳ではない。飛行機のように羽がないので、物理的ではなく、魔力コントロールで、方向転換するからだ。
ちょっと曲がるだけでも、魔力コントロールで、エンジンの、パワーとベクトルの、調整が必要になる。この世界に住んでいる人には、いたって、常識だけど。私は、理解と習得に、とんでもなく時間が掛かった。
普段は、ゆっくり飛んでるから、大きめに回れば問題ない。しかし、レースの場合、高速を維持したまま、最小限の距離で、ターンする必要がある。大回りしていたら、タイムが出ないし、あっさり抜かれてしまう。
結局、いくら、機体のパワーがあっても、曲がれなければ、全く意味がない。しかし、魔力コントロールだけで、あんなに高速で、曲がれるのだろうか……?
「うーむ、サッパリ、分かんないよ――。どうして、こんな速さで、曲がれるの? 機体に、特別な旋回機能なんて、なかったよね?」
いくら考えても、よく分からない。
まだ、真っ直ぐ飛ぶ練習しかしてないから、しょうがないかもだけど。あのスピードで、曲がれる気が、全くしなかった。
ただでさえ、ノーラさんの機体は、操縦が難しい。ABSが付いていないので、真っ直ぐ飛ぶだけでも、一苦労だ。アクセルとブレーキを使って、自分で機体を安定させる必要がある。今では珍しい、フル・マニュアル機だ。
コーチの、マックスさんも言ってたけど、そうとうな、上級者向けの機体。それを、ど素人の私が、乗っているんだから。一筋縄で行かないのは、当然だ。
うんうん唸りながら、動画を見ていると、マギコンの着信音が鳴った。メッセージを確認すると、ユメちゃんからだった。
夜の時間の、ユメちゃんとのコミュニケーションは、見習い時代からの、日課になっている。私の、数少ない、ストレス解消の手段だ。悩んだり、悶々とした時は、ユメちゃんと話すに限る。
私は、急いでELを立ち上げた。
『風ちゃん、こんばんはー。元気してる?』
『こんばんは、ユメちゃん。元気元気、超元気だよ!』
『勉強中だった?』
『うん。でも、大丈夫。今日は、動画、見てただけだから』
私の目の前では、物凄いスピードで、かっ飛んで行く機体が映っていた。いったん、動画を停止して、会話に集中する。
『動画って、何の勉強してたの……?』
『レースの勉強だよ。私、今までレースとか、全然、見たこと無かったから』
『もしかして、ノア・グランプリに出るの?』
『うん。私が出るのは「EX500」だけどね』
『おぉー、凄い凄い! でも、あのレースって、プロじゃなくても出れるの?』
『高速ライセンスがあれば「EX500」までなら、出られるよ』
最初は、高速ライセンスなんて、いらないと思ってた。けど、ノーラさんに言われた通り、取っておいて正解だった。何だかんだで、ナギサちゃんも、フィニーちゃんも、しっかり取ってたし。
『高速って、100キロ以上、出せるんだっけ?』
『300キロまで、出せるよ。まぁ、普通に飛ぶだけなら、いらないけどね。そんなスピードが出せる場所なんて、まず無いし』
そもそも、日常生活をしていて、100キロ以上、出すことはない。市街区域は、だいたい、30から40キロ制限だ。
また、区域や飛行量に応じても、細かく制限されていた。交通標識は、全て空中モニターで表示されている。そのため、日や時間帯によって、制限速度が、変わることもあるのだ。
なお、一部の高速エリアは、100キロまで出せる。これは、向こうの世界の、高速道路のようなものだ。ただ、この町から大陸に渡る『横断空路』だけで、町の中は、60キロが、最高速度になっている。
さらに、シルフィード協会では『安全基準速度』が、35キロと、定められていた。私も、普段は、30キロ前後の、超安全運転で飛んでいる。
『シルフィードって、みんな、高速ライセンスを取るの?』
『そんなことないよ。私も、最初は取るつもりなかったし。ノーラさんに言われて、念のため取っただけだから』
『あぁー、大家さん「疾風の剣」だもんね。何となく、分かるかも』
『あと、使わなくても、資格に挑戦するために、取得する人もいるね』
ナギサちゃんが、まさに、このタイプだ。結構、色んな資格を持っているらしい。向こうの世界の、英検とか漢字検定みたいな感覚かな。
ちなみに、フィニーちゃんの場合は『速く飛んだら、気持ちよさそう』という、いたって、シンプルな理由だった。
『それも分かる。資格を取るのって、達成感があって、楽しいもんね』
『うーん、楽しいのかなぁ――?』
『楽しいよ。私も、いくつか持ってるし』
『例えば、どんなの?』
勉強が嫌いな私には、その感覚は、全く分からない。ないと仕事に差し支えがあるから、渋々取ってるだけなので。
『会計管理検定・翻訳技能検定・世界地理検定・スイーツ検定・ハーブティー検定・司書検定・マイア文化検定・E検1種と2種。他にも、いくつかあるよ』
『って、いくつ持ってるの……?!』
『全部で、十三個だったかな? 引きこもってて、結構、暇だったし』
『いや、暇つぶしに資格を取る人って、あんま、いないと思うけど――』
ちなみに、E検とは『エレクトラ世界標準語検定』のこと。この世界のどこでも使える『エレクトラ語』の技能検定で、向こうの世界だと、英語みたいな存在だ。1種が筆記、2種が会話だ。
他のは、よく分からないけど。スイーツ検定やハーブティー検定は、以前、雑誌で見たことがある。午後の『ティータイム』の習慣があるこの町では、かなり、人気のある資格らしい。
『そういえば、レースの練習のほうは順調?』
『んー、どうだろ? 私、レース機に乗るの、初めてだから』
『でも、コーチも付いてるんでしょ?』
『うん。ただ、100キロ以上で、飛んだことなかったし。実際のレースでは、200キロ以上になるから。まだ、何とも言えないんだよねぇ』
一応、160キロぐらいまでは、出せるようになった。少しずつ、スピードに慣らすので、200キロ以上は、もうしばらく、時間が掛かりそうだ。
『200キロって、何か想像がつかないね。通常のジェットコースターでも、時速80~100キロぐらいだから。150キロ以上、出るコースターもあるけど。乗ってるだけと、運転するんじゃ、全然、違うもんね』
『だねぇー。真っ直ぐ飛ぶだけでも、結構、大変だよ。ノーラさんから借りた機体、かなり特殊みたいだから』
『あー、そっか。疾風の剣の機体に乗ってるんだよね。なら、超速いんじゃない?』
『速いというか、速過ぎ。全く、曲がれる気がしないんだけど……』
まだ、曲がる方法は、全く教わっていない。直線の魔力制御と、アクセル・コントロール。あと、脳の情報処理能力。全てが、完璧に出来るようになるまで、コーナー・アタックは、やらせてもらえない。
なので、ひたすら、直線の加速と停止の練習をしている。日数が限られているので、間に合うか、かなり心配だ――。
『もう「Fターン」の練習してるの?』
『何、それ?』
『エア・レースで、よく使われてるテクニックで「ファルコン・ターン」の略称だよ。機体を90度に傾けて、ターンするの。横に曲がるんじゃなくて、上昇旋回する感じだね』
『ふむふむ。確かに、レース動画でも、みんな、やってたような気が。真横に曲がってたら、大きく流されちゃうからか……』
でも、あの体勢で、上手く飛べるんだろうか? そもそも、機体を傾けるなんて、考えたこともなかった。そうとうスピードが出てないと、機体を傾けたら、操縦席から、落ちちゃうもんね――。
『レースの醍醐味は、いかに綺麗に、Fターンを決めるかだから』
『うーむ。私にできるのかな? あんまり、器用じゃないからなぁ』
『風ちゃんなら、大丈夫だよ。滅茶苦茶、運動神経いいじゃない』
『そういう問題なのかな……? 圧倒的に、経験不足だけど』
ウォーター・ドルフィンは、体幹が重要だから、運動神経の重要性は分かるけど。エア・ドルフィンは、それとは、また違う気がする。
『私は、運動が壊滅的だから、無理だけど。運動神経がいい人は、たいてい、何でも出来ちゃうんだよ。サファイア・カップの時も、そうだったじゃない?』
『あれは、そんなに、速くなかったから。それに、プロは出てなかったし』
『でも、何だかんだで、乗りこなしてたでしょ?』
『まぁ、最終的にはね。でも、練習中は、中々上手くいかなくて、転倒しまくってたよ。時間が、全然、足りなかったから。ほぼ、ぶっつけ本番だったし』
練習中は、かなりの回数、転倒して、体中にあざが出来ていた。本番は、割と上手く乗れたけどね。
『それでも、ちゃんと乗れたんだし、僅差で、二着だったんだから。適応力が、滅茶苦茶、高い証拠だよ。あと、本番に強い性格じゃない?』
『確かに、昔から「本番には強いタイプ」って言われてた。テスト以外はね――』
『テストは、運動神経、関係ないもん。運動神経 = 適応力だと思うよ』
『ふむふむ……』
あまり、考えたことはないけど、環境適応力は、高めだと思う。どこでも寝れるし、新しい環境にも、割と早くなじむので。それと、レースが関係あるかは、分からないけど――。
『私は、風ちゃんが羨ましいよ。適応力ゼロだから』
『そう? 滅茶苦茶、頭いいのに?』
名門校で、成績が学年一位なのは、伊達じゃない。中学生で、すでに、大学に行けるぐらいの、高い学力があるのだから。私から見たら、とんでもない天才だ。
『それは、関係ないよ。知ってるのと、できるのは、別問題。知識だけで、行動が伴わないのは、ただの机上の空論だから。私、体力も運動神経も、壊滅的だもん。学校から帰ってきたら、疲れ果てて、しばらくベッドの上で伸びてるし』
『あははっ、相変わらずだねぇ。外に出るようになってから、ちょっとは、体力ついたんじゃないの?』
『何とか、学校で過ごせるぐらいにはね。でも、階段、登るときは、息切れてるし。こないだ友達に「首から下は、いらないんじゃない?」なんて、言われちゃったよ。誉め言葉だって、言ってたけどさぁ』
『うーむ……それは、微妙な評価だね』
とても学力の高い学校なので、基本的には、大人し目の子が多いらしい。でも、その子たちの目から見ても、ユメちゃんの体力のなさは、際立っているのだろう。
『とにかく、風ちゃんは凄いってこと、言いたかったの! 絶対に、優勝してよね。ちゃんと、応援に行くから』
『うん、ありがとう。優勝トロフィー、もらってくるよ!』
一瞬『それは厳しいかも』と、打ち込もうとしたが、すぐに書き直した。今回は、ノア・マラソンの時より、はるかに条件が厳しい。操縦技術は、気合や根性では、どうにもならないからだ。それに、一番の問題は、プロも参加することだった。
それでも、私にとっては、物凄く重要なイベントだ。ここで勝たないと、これ以上、先には、行けない気がする。大げさかもしれないけど、私の人生の、分岐点のような気がする。
それに、協力してくれる人、応援してくれる人のためにも、絶対に負けられない。今の私には、結果を出すこと意外で、恩返しができないのだから。
いまだかつて、これほどまで、勝利を渇望したことはない。基本、争いごとは嫌いだし、ほどほどの結果で、甘んじて生きてきたからだ。でも、今回ばかりは、何が何でも、絶対に勝ちたい。
久々に、心の奥底で、熱い炎が、めらめらと燃え上がるのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『やればやるほど不安になるのは何故だろう……?』
不安と無とは、つねに互いに呼応している
私は、レースについての知識が、全くなかった。向こうの世界にいた時は、もちろん。こっちに来てからも、見たことも、興味を持ったこともない。シルフィードとは、全く関係ないし。他にも、やるべきことが、多かったから。
しかも、エア・レースは、この世界、独自のものだ。なので、レースがどういうものなのか、全く想像がつかなかった。
でも、詳細にイメージできないと、上手く飛ぶことはできない。あの高速飛行の中では、ゆっくり、考えている暇がないからだ。何度もイメージして、体に覚え込ませるしかない。
コーチにも『イメージ・トレーニングも重要』って、言われたし。もっと、レースについて、詳しく知る必要がある。なので、必死になって、過去のレース動画を見て、研究していた。
詳細なレースは、図書館の『映像アーカイブ』を見ないと分からない。でも、ダイジェストなら、スピにも、たくさんの動画が上がっていた。決勝レースや、名場面集などだ。
何本か見たら、だいたいの感じは、つかめて来た。しかし、自分の想像の、はるか上を行っている。あまりに速すぎて、目で追うのが、やっとだった。あんなのを、自分がやるかと思うと、頭が真っ白になる。
『EX500』の平均速度は、時速200キロ以上。つい最近まで、100キロすら出したことがなかったので、完全に未知の世界だ。そう簡単に、理解できるはずがない。
なお、理論上の計算では、エンジンパワーの半分まで、スピードが出せる。つまり、500MPの機体だと、250キロまでは、出せるのだ。と言っても、コーナーの度に減速するため、最高速までは、まず行かない。
それでも、初めて動画を見た時は、あまりの速さに、心臓がバクバクして、額に冷や汗が浮かんできた。実際に、乗ってる時も、凄かったけど。こうして、改めて見ると、とんでもない速さだ。
ただ、いくら見ても、どうしても、分からない部分があった。どの機体も、物凄いスピードで、高速ターンしているのだ。どう考えても、曲がれるような、スピードではない。
私は、元々旋回が苦手だった。空中での旋回は、ただ、ハンドルを切れば、曲がる訳ではない。飛行機のように羽がないので、物理的ではなく、魔力コントロールで、方向転換するからだ。
ちょっと曲がるだけでも、魔力コントロールで、エンジンの、パワーとベクトルの、調整が必要になる。この世界に住んでいる人には、いたって、常識だけど。私は、理解と習得に、とんでもなく時間が掛かった。
普段は、ゆっくり飛んでるから、大きめに回れば問題ない。しかし、レースの場合、高速を維持したまま、最小限の距離で、ターンする必要がある。大回りしていたら、タイムが出ないし、あっさり抜かれてしまう。
結局、いくら、機体のパワーがあっても、曲がれなければ、全く意味がない。しかし、魔力コントロールだけで、あんなに高速で、曲がれるのだろうか……?
「うーむ、サッパリ、分かんないよ――。どうして、こんな速さで、曲がれるの? 機体に、特別な旋回機能なんて、なかったよね?」
いくら考えても、よく分からない。
まだ、真っ直ぐ飛ぶ練習しかしてないから、しょうがないかもだけど。あのスピードで、曲がれる気が、全くしなかった。
ただでさえ、ノーラさんの機体は、操縦が難しい。ABSが付いていないので、真っ直ぐ飛ぶだけでも、一苦労だ。アクセルとブレーキを使って、自分で機体を安定させる必要がある。今では珍しい、フル・マニュアル機だ。
コーチの、マックスさんも言ってたけど、そうとうな、上級者向けの機体。それを、ど素人の私が、乗っているんだから。一筋縄で行かないのは、当然だ。
うんうん唸りながら、動画を見ていると、マギコンの着信音が鳴った。メッセージを確認すると、ユメちゃんからだった。
夜の時間の、ユメちゃんとのコミュニケーションは、見習い時代からの、日課になっている。私の、数少ない、ストレス解消の手段だ。悩んだり、悶々とした時は、ユメちゃんと話すに限る。
私は、急いでELを立ち上げた。
『風ちゃん、こんばんはー。元気してる?』
『こんばんは、ユメちゃん。元気元気、超元気だよ!』
『勉強中だった?』
『うん。でも、大丈夫。今日は、動画、見てただけだから』
私の目の前では、物凄いスピードで、かっ飛んで行く機体が映っていた。いったん、動画を停止して、会話に集中する。
『動画って、何の勉強してたの……?』
『レースの勉強だよ。私、今までレースとか、全然、見たこと無かったから』
『もしかして、ノア・グランプリに出るの?』
『うん。私が出るのは「EX500」だけどね』
『おぉー、凄い凄い! でも、あのレースって、プロじゃなくても出れるの?』
『高速ライセンスがあれば「EX500」までなら、出られるよ』
最初は、高速ライセンスなんて、いらないと思ってた。けど、ノーラさんに言われた通り、取っておいて正解だった。何だかんだで、ナギサちゃんも、フィニーちゃんも、しっかり取ってたし。
『高速って、100キロ以上、出せるんだっけ?』
『300キロまで、出せるよ。まぁ、普通に飛ぶだけなら、いらないけどね。そんなスピードが出せる場所なんて、まず無いし』
そもそも、日常生活をしていて、100キロ以上、出すことはない。市街区域は、だいたい、30から40キロ制限だ。
また、区域や飛行量に応じても、細かく制限されていた。交通標識は、全て空中モニターで表示されている。そのため、日や時間帯によって、制限速度が、変わることもあるのだ。
なお、一部の高速エリアは、100キロまで出せる。これは、向こうの世界の、高速道路のようなものだ。ただ、この町から大陸に渡る『横断空路』だけで、町の中は、60キロが、最高速度になっている。
さらに、シルフィード協会では『安全基準速度』が、35キロと、定められていた。私も、普段は、30キロ前後の、超安全運転で飛んでいる。
『シルフィードって、みんな、高速ライセンスを取るの?』
『そんなことないよ。私も、最初は取るつもりなかったし。ノーラさんに言われて、念のため取っただけだから』
『あぁー、大家さん「疾風の剣」だもんね。何となく、分かるかも』
『あと、使わなくても、資格に挑戦するために、取得する人もいるね』
ナギサちゃんが、まさに、このタイプだ。結構、色んな資格を持っているらしい。向こうの世界の、英検とか漢字検定みたいな感覚かな。
ちなみに、フィニーちゃんの場合は『速く飛んだら、気持ちよさそう』という、いたって、シンプルな理由だった。
『それも分かる。資格を取るのって、達成感があって、楽しいもんね』
『うーん、楽しいのかなぁ――?』
『楽しいよ。私も、いくつか持ってるし』
『例えば、どんなの?』
勉強が嫌いな私には、その感覚は、全く分からない。ないと仕事に差し支えがあるから、渋々取ってるだけなので。
『会計管理検定・翻訳技能検定・世界地理検定・スイーツ検定・ハーブティー検定・司書検定・マイア文化検定・E検1種と2種。他にも、いくつかあるよ』
『って、いくつ持ってるの……?!』
『全部で、十三個だったかな? 引きこもってて、結構、暇だったし』
『いや、暇つぶしに資格を取る人って、あんま、いないと思うけど――』
ちなみに、E検とは『エレクトラ世界標準語検定』のこと。この世界のどこでも使える『エレクトラ語』の技能検定で、向こうの世界だと、英語みたいな存在だ。1種が筆記、2種が会話だ。
他のは、よく分からないけど。スイーツ検定やハーブティー検定は、以前、雑誌で見たことがある。午後の『ティータイム』の習慣があるこの町では、かなり、人気のある資格らしい。
『そういえば、レースの練習のほうは順調?』
『んー、どうだろ? 私、レース機に乗るの、初めてだから』
『でも、コーチも付いてるんでしょ?』
『うん。ただ、100キロ以上で、飛んだことなかったし。実際のレースでは、200キロ以上になるから。まだ、何とも言えないんだよねぇ』
一応、160キロぐらいまでは、出せるようになった。少しずつ、スピードに慣らすので、200キロ以上は、もうしばらく、時間が掛かりそうだ。
『200キロって、何か想像がつかないね。通常のジェットコースターでも、時速80~100キロぐらいだから。150キロ以上、出るコースターもあるけど。乗ってるだけと、運転するんじゃ、全然、違うもんね』
『だねぇー。真っ直ぐ飛ぶだけでも、結構、大変だよ。ノーラさんから借りた機体、かなり特殊みたいだから』
『あー、そっか。疾風の剣の機体に乗ってるんだよね。なら、超速いんじゃない?』
『速いというか、速過ぎ。全く、曲がれる気がしないんだけど……』
まだ、曲がる方法は、全く教わっていない。直線の魔力制御と、アクセル・コントロール。あと、脳の情報処理能力。全てが、完璧に出来るようになるまで、コーナー・アタックは、やらせてもらえない。
なので、ひたすら、直線の加速と停止の練習をしている。日数が限られているので、間に合うか、かなり心配だ――。
『もう「Fターン」の練習してるの?』
『何、それ?』
『エア・レースで、よく使われてるテクニックで「ファルコン・ターン」の略称だよ。機体を90度に傾けて、ターンするの。横に曲がるんじゃなくて、上昇旋回する感じだね』
『ふむふむ。確かに、レース動画でも、みんな、やってたような気が。真横に曲がってたら、大きく流されちゃうからか……』
でも、あの体勢で、上手く飛べるんだろうか? そもそも、機体を傾けるなんて、考えたこともなかった。そうとうスピードが出てないと、機体を傾けたら、操縦席から、落ちちゃうもんね――。
『レースの醍醐味は、いかに綺麗に、Fターンを決めるかだから』
『うーむ。私にできるのかな? あんまり、器用じゃないからなぁ』
『風ちゃんなら、大丈夫だよ。滅茶苦茶、運動神経いいじゃない』
『そういう問題なのかな……? 圧倒的に、経験不足だけど』
ウォーター・ドルフィンは、体幹が重要だから、運動神経の重要性は分かるけど。エア・ドルフィンは、それとは、また違う気がする。
『私は、運動が壊滅的だから、無理だけど。運動神経がいい人は、たいてい、何でも出来ちゃうんだよ。サファイア・カップの時も、そうだったじゃない?』
『あれは、そんなに、速くなかったから。それに、プロは出てなかったし』
『でも、何だかんだで、乗りこなしてたでしょ?』
『まぁ、最終的にはね。でも、練習中は、中々上手くいかなくて、転倒しまくってたよ。時間が、全然、足りなかったから。ほぼ、ぶっつけ本番だったし』
練習中は、かなりの回数、転倒して、体中にあざが出来ていた。本番は、割と上手く乗れたけどね。
『それでも、ちゃんと乗れたんだし、僅差で、二着だったんだから。適応力が、滅茶苦茶、高い証拠だよ。あと、本番に強い性格じゃない?』
『確かに、昔から「本番には強いタイプ」って言われてた。テスト以外はね――』
『テストは、運動神経、関係ないもん。運動神経 = 適応力だと思うよ』
『ふむふむ……』
あまり、考えたことはないけど、環境適応力は、高めだと思う。どこでも寝れるし、新しい環境にも、割と早くなじむので。それと、レースが関係あるかは、分からないけど――。
『私は、風ちゃんが羨ましいよ。適応力ゼロだから』
『そう? 滅茶苦茶、頭いいのに?』
名門校で、成績が学年一位なのは、伊達じゃない。中学生で、すでに、大学に行けるぐらいの、高い学力があるのだから。私から見たら、とんでもない天才だ。
『それは、関係ないよ。知ってるのと、できるのは、別問題。知識だけで、行動が伴わないのは、ただの机上の空論だから。私、体力も運動神経も、壊滅的だもん。学校から帰ってきたら、疲れ果てて、しばらくベッドの上で伸びてるし』
『あははっ、相変わらずだねぇ。外に出るようになってから、ちょっとは、体力ついたんじゃないの?』
『何とか、学校で過ごせるぐらいにはね。でも、階段、登るときは、息切れてるし。こないだ友達に「首から下は、いらないんじゃない?」なんて、言われちゃったよ。誉め言葉だって、言ってたけどさぁ』
『うーむ……それは、微妙な評価だね』
とても学力の高い学校なので、基本的には、大人し目の子が多いらしい。でも、その子たちの目から見ても、ユメちゃんの体力のなさは、際立っているのだろう。
『とにかく、風ちゃんは凄いってこと、言いたかったの! 絶対に、優勝してよね。ちゃんと、応援に行くから』
『うん、ありがとう。優勝トロフィー、もらってくるよ!』
一瞬『それは厳しいかも』と、打ち込もうとしたが、すぐに書き直した。今回は、ノア・マラソンの時より、はるかに条件が厳しい。操縦技術は、気合や根性では、どうにもならないからだ。それに、一番の問題は、プロも参加することだった。
それでも、私にとっては、物凄く重要なイベントだ。ここで勝たないと、これ以上、先には、行けない気がする。大げさかもしれないけど、私の人生の、分岐点のような気がする。
それに、協力してくれる人、応援してくれる人のためにも、絶対に負けられない。今の私には、結果を出すこと意外で、恩返しができないのだから。
いまだかつて、これほどまで、勝利を渇望したことはない。基本、争いごとは嫌いだし、ほどほどの結果で、甘んじて生きてきたからだ。でも、今回ばかりは、何が何でも、絶対に勝ちたい。
久々に、心の奥底で、熱い炎が、めらめらと燃え上がるのだった……。
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次回――
『やればやるほど不安になるのは何故だろう……?』
不安と無とは、つねに互いに呼応している
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パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
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第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
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異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
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