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第7部 才能と現実の壁
5-6やればやるほど不安になるのは何故だろう……?
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午後、二時過ぎ。私は、ノーラさんから借りた、大型エア・ドルフィンに乗って、海上を高速で飛行していた。ここは『高速エリア』なので、時速100キロまで、スピードを出すことができる。
スピード・メーターは『98km』を表示していた。物凄い速さで、海面が進んで行く。風を切る轟音が鳴り響き、少し湿った海風が、勢いよく全身を通り抜ける。
ちなみに、今日、乗っているのは、レース用の機体ではない。レース機は、公道では飛べないので、ノーラさんから、普通の大型機を借りて来た。メーカーが同じなので、操作感は、あまり変わらない。
大型機を乗り回しているのは『時間がある時は、常に乗っていろ』と、ノーラさん言われたからだ。これは、機体に少しでも、慣れるため。なので、ここ最近は、会社に通うのも、プライベートの時も、ずっと、この大型機に乗っている。
機体重量が、かなりあるので、上昇や下降、旋回などの魔力制御が、小型機に比べて難しい。また、エンジンパワーがある分、より多くの魔力が必要だ。あと、機体が大きく場所をとるので、駐機するのも、割と大変だったりする。
色んな意味で手が掛かり、小型機のように、気楽に乗れるものではない。でも、高出力エンジンの、爆発的な加速の爽快感は、結構、癖になる。
私は、海上をひたすら飛び続けた。かなり飛ばしているが、100キロ程度では、驚かなくなった。サーキットの練習では、200キロ以上の、超高速で飛んでいるからだ。むしろ、この程度のスピードは、ゆっくりに感じる。
最初は、物凄く怖くて、腰が引けてたけど。速さにも、加速にも、すっかり慣れてしまった。毎日、乗っていたら、普通に平気になって来た。
それに、乗っていて、物凄く気持ちがいい。今では『将来、お金を貯めて、大型機を買おうかなぁ』なんて、思うぐらいだもん。人間の適応力って、結構、高いもんだよねぇ。
ノーラさんが、なぜ、異常なまでに『速さ』に、こだわっていたのか。何で、高速機ばかり、集めているのか。何となくだけど、分かってきた気がする。
私は、マップナビで、周囲に機影がないことを確認すると、機体を横に傾け、素早く旋回した。サーキットで散々練習した、Fターンだ。機体を真横に傾けたまま、スーッと曲がって、綺麗に180度ターンが決まる。
実際には、この倍近いスピードでターンするし。この機体は、あまり癖がないので、かなり、やりやすい。
「よし、いい感じ! 今日は、これぐらいにしておこうかな……」
私は、少し速度を緩めると〈南地区〉の海岸に向かって行った。
本当は、今日も、普通に仕事だったんだよね。でも、明日がレースの本番なので、リリーシャさんが気を遣って、休みにしてくれたのだ。なので、午前中は〈ライトニング・サーキット〉に行って、いつも通りの練習を、こなしてきた。
ただ、レース前日なので、今までのおさらいをするだけの、軽めの練習だった。コーチのマックスさんにも、今日は、ゆっくり休むように言われた。でも、全然、飛び足りなかったので、海上に来て、軽く自主練をしていたのだ。
私って、何だかんだで、常に動いてないと、ダメな性格なんだよね。特に、何かある前日って、テンションが上がりすぎて、ジッとしていられない。期待と不安が入り混じった、熱い気持ちが、心の底から、沸き上がって来るからだ。
ただ、今回は、プロのコーチもついて、本格的な指導を受けたし。プロのメカニックの人に、完全に自分仕様に、機体も仕上げてもらった。
時間は限られていたけど、最高のサポートの元で、やれるだけのことは、全てやれたと思う。これほど、しっかり仕上がったのは、初めてだ。
とはいえ、まだまだ、未熟な部分も多いし、物足りなさもある。いざ、レース前日になったら、不安な気持ちが、急に膨らんできた。むしろ、自己流で頑張った、サファイア・カップや、ノア・マラソンの時より、はるかに不安が大きかった。
「ふぅー、おかしいなぁ。これほど、完璧な形で準備できたの、初めてなのに。やればやるほど、不安になるなんて――」
私は、小さくため息をつきながら、海岸に沿って〈東地区〉に向かう。
〈エメルラルド・ビーチ〉を抜けると、誰もいないエリアに入った。延々と、白い砂浜だけが続き、閑散としていた。だが、少し進んで行くと、先のほうに人影が見えてくる。その人は、とても熱心に、砂浜を走り込んでいた。
「よかったー、ちょうど会えて」
期待の人物を見つけて、ちょっと嬉しくなる。ちょうど、会いたい気分だったからだ。
私は、スピードを落とすと、ゆっくり、砂浜に降りって行った。エンジン音が大きいせいか、私が声を掛けるより先に、相手がこちらに気付き、視線を向けて来た。
砂浜に着陸して、エンジンを切ると、機体をサッと降りる。私は、手を振りながら、笑顔で声を掛けた。
「お疲れ様、キラリンちゃん。また、トレーニング?」
「次の試合に向けてな。ってか、キ・ラ・リ・スだ! いい加減、覚えろよ」
「あははっ、だって、呼びやすいんだもん。それにしても、よくここで会うよね」
海沿いに来ることがあると、必ずここを通るようにしている。キラリスちゃんに、会えるんじゃないかと、何気に、期待しているからだ。同じ体育会系だし、割と思考が近くて、話が合うんだよね。
ただ、会社も、ホームエリアも、全然、違うから。普段は、全く会う機会がない。〈新南区〉は、滅多に、行く機会がないし、本島とも、かなり離れている。なので、ここで、鉢合わせるぐらいしか、会う機会がないんだよね。
「昔から、ここは、私のトレーニング場だからな。朝のランニングでは、ミラ先輩も来てるし」
「へぇー、そうなんだ。やっぱり、どんなスポーツも、走り込みは基本だよね」
「まぁ、体力つけるのは、ランニングが一番だからな。それに、私の場合は、瞬発力が、一番の武器だから。人一倍、脚を鍛えないと、いけないんだよ」
「なるほどねぇ」
私は、格闘技をよく知らない。でも、以前、キラリスちゃんを、スピで調べたことがある。彼女は、足を使って素早く動き回る、トリッキーな戦闘スタイルだ。速さには定評があり、彼女を『スピード・スター』と、呼ぶ人たちもいる。
動画で、彼女の試合を、見たことがあるけど、とにかくよく動く。しかも、物凄くきわどいタイミングで、攻撃を見切って回避する。防御は、ほとんど使わず、全てを、足を使ってかわしていた。
瞬発力や動体視力、テクニックも凄いけど。試合の間中、ずっと動いているので、そうとうな、スタミナがあるはずだ。それはきっと、毎日、こうして砂浜を走っている、努力の結晶なんだと思う。
「それより、あの機体、買ったのか? 中々カッコイイじゃないか」
「あれは、借り物なんだ。ノーラさんが、貸してくれたんで」
でも、ただで、貸してくれた訳じゃない。休日は、アパートの掃除の手伝いと、ガレージ内の清掃をするのが、貸し出しの条件だった。それでも、とんでもなく高価な機体なので、安いものだ。
「ん……誰だそれ?」
「あぁ、キラリンちゃんは、知らないよね。私の大先輩で『疾風の剣』って言えば、分かるかな?」
「まさか、元シルフィード・クイーンの『疾風の剣』かっ?! 何で、お前が知り合いなんだよ?」
「うちの、大家さんなんで」
私は、今住んでいるアパートと、過去の経緯を、簡単に説明する。私にとっては、ただの大家さんなんだけど。やっぱり『疾風の剣』の名を出すと、誰もが驚く。
「ったく、風歌のくせに、生意気だぞっ! そんな凄い人と、知り合いなんて」
「でも、それを言ったら、キラリンちゃんだって、同じじゃない。世界チャンピオンと、いつも一緒なんだから」
「ふむ――それもそうか。でも、何でそんな大型機を、乗り回してるんだ? しかも、スポーツタイプだし。観光案内じゃ、あんな機体、使わないだろ?」
大型機には、二種類ある。機体が大きく、搭載容量が大きい、一般タイプ。もう一つが、大きさの割には、搭載容量が小さい、スポーツタイプだ。
スポーツタイプは、高出力エンジンや、大型ラジエーターを搭載しているため、パーツで、かなりスペースをとっている。さらに、空気抵抗を減らすため、無駄な部分を全て削ってあり、一人乗りだ。
速く飛ぶだけで、その他の快適性は低く、一般的な用途には、向いていない。当然、観光では使わないし、よほど好きな人しか乗らない、マニアックな機体だ。
「レースの練習で、最近は、毎日、乗ってるんだ。〈ライトニング・サーキット〉にも、通ってるし」
「お前、まさか『ノア・グランプリ』に出る気か?」
「うん。私が、参加するのは『EX500』だけど」
「マジかっ?! 500は、プロも出て来る、超ハイレベルなレースだぞ」
彼女は、あからさまに、驚いた表情をする。でも、これが、普通の反応だ。本来なら、素人が出るような、気楽なレースではないのだから。
「それは、知ってる。でも、シルフィードも『空のプロ』じゃない?」
「まぁ、そうだけど。同じ空でも、世界が、全然、違うんじゃんかよ」
「やっぱ、無謀な挑戦だと思う?」
「んー……いいんじゃないか。何事も、やってみなきゃ、分かんねーし」
彼女は、一瞬、考えたあと、意外にも、あっさり答えた。
「いいんだ――? もっと、突っ込まれるかと、思ったけど」
「格闘技やってる私が、言えることじゃないよな。シルフィードとは、真逆の世界だし。それに、お前、何だかんだで『ノア・マラソン』を、完走したじゃないか」
「うーん。あれは、オマケで、完走にしてもらっただけで」
「でも、完走は、完走だろ? しかも、シルフィード史上初の」
「まぁ、一応は……」
未だに、あの結果には、納得いっていない。ほとぼりも覚めたし、エア・マスターにもなったので、今年は、再挑戦するつもりだ。まだ、誰にも言ってないけどね。
「それに比べたら、エア・レースなんて、大したことないだろ。前例もあるんだし。『疾風の剣』も『蒼空の女神』も、優勝してんだから」
「なるほど――。そう言われてみれば、そうだね」
しかも、二人は『EX500』よりも、さらに上の『GSR』で優勝している。GSRの場合は、1000MP以上の、超高出力エンジンを積んだ機体で戦う。時速500km越えの、異次元のハイスピード・レースだ。
「お前、緊張してるのか?」
「そりゃ、するよー。本番、明日だもん。キラリンちゃんは、試合の前日に、緊張したりしないの?」
「する訳ない! と言いたいところだが。正直、食事も、のどを通らないぐらい、マジで緊張する。ミラ先輩は、全く緊張しないらしいけど。私は、あんなに、強くないからな……」
「それが、普通だよね。私も、今朝から食欲なくて――」
こんなに緊張するのは、久しぶりだ。ここ最近は、平和な日々が続いていたし。試合やレースなどには、全く縁がなかったからだ。
「凡人は凡人らしく、精一杯、強がるしかないよな。どうせ、本番になったら、戦わなきゃならないんだから」
「だよねぇー。最後は、やせ我慢と根性。私は、いつも、こればっかり。緊張しない人が、うらやましいよ」
行動力には、人一倍、自信がある。でも、決して、怖くない訳じゃない。単に、恐怖よりも、好奇心や行動力が、わずかに上回っているだけだ。
確かに、昔は色んなことを、自信満々にやってたけど。あれは、単にモノを知らなさ過ぎただけだ。人並に、知識や経験が身についてくると、根拠のない自信は、持ち辛くなってくる。
「戦いが楽しい、とか言ってる人間は、一握りの天才と、頭のネジが外れてる奴だけだ。ミラ先輩の場合は、その両方だけどな……」
「あははっ。天才って、ちょっと、普通の人とは、感性が違うよね」
「ま、せいぜい頑張れ。プロが相手じゃ、予選通過すら、難しいだろうけどな」
「でも、私、優勝するつもりなんだけど」
「はっ?! お前、本物の馬鹿なのかっ?」
キラリスちゃんは、急に声を張り上げる。
「さっき『強がるしかない』って、言ってたでしょ?」
「それは、そうだが。勝敗は、別問題だろ?」
「実力不足なのは、分かってるけど。最初から、負けるつもりじゃ、やらないよ」
私は、いつだって本気だ。相手が誰だろうと関係なしに、全力で勝ちに行く。勝率が0%じゃなければ、勝てる可能性はあるんだから。
「――どうやら、お前も、頭のネジが、ゆるい人種のようだな」
「酷っ! 私、普通だよ」
「いや、今の誉め言葉だぞ」
「そうなの? 何か素直に喜べないんだけど……」
その後も、他愛もない世間話で、盛り上がる。何だかんだで、彼女とは、話が合うんだよね。何でも、本音で言ってくれるし。普段から、格闘技で鍛えているせいか、彼女も私と同じ、精神論思考だ。
気合や根性って、今時、流行らないし。下手に、口にすると、引かれてしまう。そもそも、泥臭い努力や、無謀な挑戦は、嫌う人が多い。でも、彼女は、ごく普通に、その考えを受け入れてくれる。
おかげで、少し気持ちが軽くなった。誰だって、本番前に緊張するのは、同じだよね。特に、身の丈に合わない挑戦する時は、怖くて当然だ。
緊張を力に変えて、頑張ろう。私はいつだって、ギリギリの勝負を挑んで、ここまで、はい上がって来たのだから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『やっぱり勝負の直前って超緊張するんだよね』
死を感じる前の緊張感こそ、生きてる感じ
スピード・メーターは『98km』を表示していた。物凄い速さで、海面が進んで行く。風を切る轟音が鳴り響き、少し湿った海風が、勢いよく全身を通り抜ける。
ちなみに、今日、乗っているのは、レース用の機体ではない。レース機は、公道では飛べないので、ノーラさんから、普通の大型機を借りて来た。メーカーが同じなので、操作感は、あまり変わらない。
大型機を乗り回しているのは『時間がある時は、常に乗っていろ』と、ノーラさん言われたからだ。これは、機体に少しでも、慣れるため。なので、ここ最近は、会社に通うのも、プライベートの時も、ずっと、この大型機に乗っている。
機体重量が、かなりあるので、上昇や下降、旋回などの魔力制御が、小型機に比べて難しい。また、エンジンパワーがある分、より多くの魔力が必要だ。あと、機体が大きく場所をとるので、駐機するのも、割と大変だったりする。
色んな意味で手が掛かり、小型機のように、気楽に乗れるものではない。でも、高出力エンジンの、爆発的な加速の爽快感は、結構、癖になる。
私は、海上をひたすら飛び続けた。かなり飛ばしているが、100キロ程度では、驚かなくなった。サーキットの練習では、200キロ以上の、超高速で飛んでいるからだ。むしろ、この程度のスピードは、ゆっくりに感じる。
最初は、物凄く怖くて、腰が引けてたけど。速さにも、加速にも、すっかり慣れてしまった。毎日、乗っていたら、普通に平気になって来た。
それに、乗っていて、物凄く気持ちがいい。今では『将来、お金を貯めて、大型機を買おうかなぁ』なんて、思うぐらいだもん。人間の適応力って、結構、高いもんだよねぇ。
ノーラさんが、なぜ、異常なまでに『速さ』に、こだわっていたのか。何で、高速機ばかり、集めているのか。何となくだけど、分かってきた気がする。
私は、マップナビで、周囲に機影がないことを確認すると、機体を横に傾け、素早く旋回した。サーキットで散々練習した、Fターンだ。機体を真横に傾けたまま、スーッと曲がって、綺麗に180度ターンが決まる。
実際には、この倍近いスピードでターンするし。この機体は、あまり癖がないので、かなり、やりやすい。
「よし、いい感じ! 今日は、これぐらいにしておこうかな……」
私は、少し速度を緩めると〈南地区〉の海岸に向かって行った。
本当は、今日も、普通に仕事だったんだよね。でも、明日がレースの本番なので、リリーシャさんが気を遣って、休みにしてくれたのだ。なので、午前中は〈ライトニング・サーキット〉に行って、いつも通りの練習を、こなしてきた。
ただ、レース前日なので、今までのおさらいをするだけの、軽めの練習だった。コーチのマックスさんにも、今日は、ゆっくり休むように言われた。でも、全然、飛び足りなかったので、海上に来て、軽く自主練をしていたのだ。
私って、何だかんだで、常に動いてないと、ダメな性格なんだよね。特に、何かある前日って、テンションが上がりすぎて、ジッとしていられない。期待と不安が入り混じった、熱い気持ちが、心の底から、沸き上がって来るからだ。
ただ、今回は、プロのコーチもついて、本格的な指導を受けたし。プロのメカニックの人に、完全に自分仕様に、機体も仕上げてもらった。
時間は限られていたけど、最高のサポートの元で、やれるだけのことは、全てやれたと思う。これほど、しっかり仕上がったのは、初めてだ。
とはいえ、まだまだ、未熟な部分も多いし、物足りなさもある。いざ、レース前日になったら、不安な気持ちが、急に膨らんできた。むしろ、自己流で頑張った、サファイア・カップや、ノア・マラソンの時より、はるかに不安が大きかった。
「ふぅー、おかしいなぁ。これほど、完璧な形で準備できたの、初めてなのに。やればやるほど、不安になるなんて――」
私は、小さくため息をつきながら、海岸に沿って〈東地区〉に向かう。
〈エメルラルド・ビーチ〉を抜けると、誰もいないエリアに入った。延々と、白い砂浜だけが続き、閑散としていた。だが、少し進んで行くと、先のほうに人影が見えてくる。その人は、とても熱心に、砂浜を走り込んでいた。
「よかったー、ちょうど会えて」
期待の人物を見つけて、ちょっと嬉しくなる。ちょうど、会いたい気分だったからだ。
私は、スピードを落とすと、ゆっくり、砂浜に降りって行った。エンジン音が大きいせいか、私が声を掛けるより先に、相手がこちらに気付き、視線を向けて来た。
砂浜に着陸して、エンジンを切ると、機体をサッと降りる。私は、手を振りながら、笑顔で声を掛けた。
「お疲れ様、キラリンちゃん。また、トレーニング?」
「次の試合に向けてな。ってか、キ・ラ・リ・スだ! いい加減、覚えろよ」
「あははっ、だって、呼びやすいんだもん。それにしても、よくここで会うよね」
海沿いに来ることがあると、必ずここを通るようにしている。キラリスちゃんに、会えるんじゃないかと、何気に、期待しているからだ。同じ体育会系だし、割と思考が近くて、話が合うんだよね。
ただ、会社も、ホームエリアも、全然、違うから。普段は、全く会う機会がない。〈新南区〉は、滅多に、行く機会がないし、本島とも、かなり離れている。なので、ここで、鉢合わせるぐらいしか、会う機会がないんだよね。
「昔から、ここは、私のトレーニング場だからな。朝のランニングでは、ミラ先輩も来てるし」
「へぇー、そうなんだ。やっぱり、どんなスポーツも、走り込みは基本だよね」
「まぁ、体力つけるのは、ランニングが一番だからな。それに、私の場合は、瞬発力が、一番の武器だから。人一倍、脚を鍛えないと、いけないんだよ」
「なるほどねぇ」
私は、格闘技をよく知らない。でも、以前、キラリスちゃんを、スピで調べたことがある。彼女は、足を使って素早く動き回る、トリッキーな戦闘スタイルだ。速さには定評があり、彼女を『スピード・スター』と、呼ぶ人たちもいる。
動画で、彼女の試合を、見たことがあるけど、とにかくよく動く。しかも、物凄くきわどいタイミングで、攻撃を見切って回避する。防御は、ほとんど使わず、全てを、足を使ってかわしていた。
瞬発力や動体視力、テクニックも凄いけど。試合の間中、ずっと動いているので、そうとうな、スタミナがあるはずだ。それはきっと、毎日、こうして砂浜を走っている、努力の結晶なんだと思う。
「それより、あの機体、買ったのか? 中々カッコイイじゃないか」
「あれは、借り物なんだ。ノーラさんが、貸してくれたんで」
でも、ただで、貸してくれた訳じゃない。休日は、アパートの掃除の手伝いと、ガレージ内の清掃をするのが、貸し出しの条件だった。それでも、とんでもなく高価な機体なので、安いものだ。
「ん……誰だそれ?」
「あぁ、キラリンちゃんは、知らないよね。私の大先輩で『疾風の剣』って言えば、分かるかな?」
「まさか、元シルフィード・クイーンの『疾風の剣』かっ?! 何で、お前が知り合いなんだよ?」
「うちの、大家さんなんで」
私は、今住んでいるアパートと、過去の経緯を、簡単に説明する。私にとっては、ただの大家さんなんだけど。やっぱり『疾風の剣』の名を出すと、誰もが驚く。
「ったく、風歌のくせに、生意気だぞっ! そんな凄い人と、知り合いなんて」
「でも、それを言ったら、キラリンちゃんだって、同じじゃない。世界チャンピオンと、いつも一緒なんだから」
「ふむ――それもそうか。でも、何でそんな大型機を、乗り回してるんだ? しかも、スポーツタイプだし。観光案内じゃ、あんな機体、使わないだろ?」
大型機には、二種類ある。機体が大きく、搭載容量が大きい、一般タイプ。もう一つが、大きさの割には、搭載容量が小さい、スポーツタイプだ。
スポーツタイプは、高出力エンジンや、大型ラジエーターを搭載しているため、パーツで、かなりスペースをとっている。さらに、空気抵抗を減らすため、無駄な部分を全て削ってあり、一人乗りだ。
速く飛ぶだけで、その他の快適性は低く、一般的な用途には、向いていない。当然、観光では使わないし、よほど好きな人しか乗らない、マニアックな機体だ。
「レースの練習で、最近は、毎日、乗ってるんだ。〈ライトニング・サーキット〉にも、通ってるし」
「お前、まさか『ノア・グランプリ』に出る気か?」
「うん。私が、参加するのは『EX500』だけど」
「マジかっ?! 500は、プロも出て来る、超ハイレベルなレースだぞ」
彼女は、あからさまに、驚いた表情をする。でも、これが、普通の反応だ。本来なら、素人が出るような、気楽なレースではないのだから。
「それは、知ってる。でも、シルフィードも『空のプロ』じゃない?」
「まぁ、そうだけど。同じ空でも、世界が、全然、違うんじゃんかよ」
「やっぱ、無謀な挑戦だと思う?」
「んー……いいんじゃないか。何事も、やってみなきゃ、分かんねーし」
彼女は、一瞬、考えたあと、意外にも、あっさり答えた。
「いいんだ――? もっと、突っ込まれるかと、思ったけど」
「格闘技やってる私が、言えることじゃないよな。シルフィードとは、真逆の世界だし。それに、お前、何だかんだで『ノア・マラソン』を、完走したじゃないか」
「うーん。あれは、オマケで、完走にしてもらっただけで」
「でも、完走は、完走だろ? しかも、シルフィード史上初の」
「まぁ、一応は……」
未だに、あの結果には、納得いっていない。ほとぼりも覚めたし、エア・マスターにもなったので、今年は、再挑戦するつもりだ。まだ、誰にも言ってないけどね。
「それに比べたら、エア・レースなんて、大したことないだろ。前例もあるんだし。『疾風の剣』も『蒼空の女神』も、優勝してんだから」
「なるほど――。そう言われてみれば、そうだね」
しかも、二人は『EX500』よりも、さらに上の『GSR』で優勝している。GSRの場合は、1000MP以上の、超高出力エンジンを積んだ機体で戦う。時速500km越えの、異次元のハイスピード・レースだ。
「お前、緊張してるのか?」
「そりゃ、するよー。本番、明日だもん。キラリンちゃんは、試合の前日に、緊張したりしないの?」
「する訳ない! と言いたいところだが。正直、食事も、のどを通らないぐらい、マジで緊張する。ミラ先輩は、全く緊張しないらしいけど。私は、あんなに、強くないからな……」
「それが、普通だよね。私も、今朝から食欲なくて――」
こんなに緊張するのは、久しぶりだ。ここ最近は、平和な日々が続いていたし。試合やレースなどには、全く縁がなかったからだ。
「凡人は凡人らしく、精一杯、強がるしかないよな。どうせ、本番になったら、戦わなきゃならないんだから」
「だよねぇー。最後は、やせ我慢と根性。私は、いつも、こればっかり。緊張しない人が、うらやましいよ」
行動力には、人一倍、自信がある。でも、決して、怖くない訳じゃない。単に、恐怖よりも、好奇心や行動力が、わずかに上回っているだけだ。
確かに、昔は色んなことを、自信満々にやってたけど。あれは、単にモノを知らなさ過ぎただけだ。人並に、知識や経験が身についてくると、根拠のない自信は、持ち辛くなってくる。
「戦いが楽しい、とか言ってる人間は、一握りの天才と、頭のネジが外れてる奴だけだ。ミラ先輩の場合は、その両方だけどな……」
「あははっ。天才って、ちょっと、普通の人とは、感性が違うよね」
「ま、せいぜい頑張れ。プロが相手じゃ、予選通過すら、難しいだろうけどな」
「でも、私、優勝するつもりなんだけど」
「はっ?! お前、本物の馬鹿なのかっ?」
キラリスちゃんは、急に声を張り上げる。
「さっき『強がるしかない』って、言ってたでしょ?」
「それは、そうだが。勝敗は、別問題だろ?」
「実力不足なのは、分かってるけど。最初から、負けるつもりじゃ、やらないよ」
私は、いつだって本気だ。相手が誰だろうと関係なしに、全力で勝ちに行く。勝率が0%じゃなければ、勝てる可能性はあるんだから。
「――どうやら、お前も、頭のネジが、ゆるい人種のようだな」
「酷っ! 私、普通だよ」
「いや、今の誉め言葉だぞ」
「そうなの? 何か素直に喜べないんだけど……」
その後も、他愛もない世間話で、盛り上がる。何だかんだで、彼女とは、話が合うんだよね。何でも、本音で言ってくれるし。普段から、格闘技で鍛えているせいか、彼女も私と同じ、精神論思考だ。
気合や根性って、今時、流行らないし。下手に、口にすると、引かれてしまう。そもそも、泥臭い努力や、無謀な挑戦は、嫌う人が多い。でも、彼女は、ごく普通に、その考えを受け入れてくれる。
おかげで、少し気持ちが軽くなった。誰だって、本番前に緊張するのは、同じだよね。特に、身の丈に合わない挑戦する時は、怖くて当然だ。
緊張を力に変えて、頑張ろう。私はいつだって、ギリギリの勝負を挑んで、ここまで、はい上がって来たのだから……。
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次回――
『やっぱり勝負の直前って超緊張するんだよね』
死を感じる前の緊張感こそ、生きてる感じ
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だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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