私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第8部 分かたれる道

1-6立ちはだかる伝統という名の大きな壁

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 私は〈シルフィード協会〉の会議室で、十五人の理事に囲まれていた。自己紹介が終わって、重苦しい空気が漂う中、私は静かに着席する。最初は、穏やかな空気が流れていたが、流石に、審査が始まると、空気がピリピリと張り詰めた。

 議長が言っていた通り、上位階級への昇進は、シルフィード業界の未来が掛かっている、最重要事項だ。実際、上位階級が、一人が生まれるたびに、数百億のお金が動くと言われている。だが、大事なのは、経済効果だけではない。

 全シルフィードの、上に立つのだから。それ相応の、人格者でなければならなかった。一般階級のシルフィードは、常に、上位階級を目標にして活動する。そのため、模範的かつ、象徴たり得る必要があった。

 つまり、お客様、未来のシルフィード、現役のシルフィード。全ての人が納得できる、優れた、人格・実績・能力が要求されるのだ。注目度が半端ないので、変な人間が昇進すれば、業界全体の、イメージダウンに繋がってしまう。
 
 そう考えると、選ぶほうも、責任は重大だ。実績がある人の推薦が必要なのも、理事会で徹底的に審査するのも、当然のことと言える。

「彼女の経歴と、ここに至るまでの経緯を、簡単に説明しておきます」
 議長が、静かに話を進めていく。

「ノア歴121年3月〈ホワイト・ウイング〉に入社。122年2月、繰り上げ試験で『リトル・ウイッチ』に昇進。同年、7月『ホワイト・ウイッチ』に昇進。123年1月『エア・マスター』に昇進」

「主な実績としては、121年10月『ノア・マラソン』にて、シルフィード史上初の完走を達成。122年7月『ノア・グランプリ EX500』で優勝。コースレコードの更新を含め、史上初の記録を、複数樹立」

「その後、MVや雑誌、各種ニュースで話題になり、人気が急上昇。スピのトレンド・ランキングでは、一位。なお『月刊シルフィード』の特集にも、登場しました。詳しくは、資料の十六ページをご覧ください」

「利用者の満足度評価は、満点。特に、十代・二十代の、若者たちに人気。また、認知度、好感度調査によると、ホームである〈東地区〉が、圧倒的に高いです」

「なお、今回の推薦者は『疾風の剣ゲイルソード』と『天使の羽』エンジェルフェザーの二名。元クイーンと、現クイーンの推薦です。先日、直接、会って、話を聴いてきました。両名とも、如月君の実力、人格ともに、申し分なしと評価しています』

「特に、疾風の剣は『シルフィード業界に、新しい風を吹かせる貴重な逸材』と、言っておられました」

「実績・人気・推薦者と、規定項目は、全てクリアしております。本日は、当人に来ていただいておりますので、疑問点がある方は、質疑をお願いします」
 
 議長は、表情一つ変えずに、淡々と説明を終えた。査問会の時も、そうだったけど。この人は、完全に、中立の立場のようだ。

 しばしの沈黙のあと、一人の理事が声をあげた。彼のことは、よく覚えている。以前、査問会の際に、滅茶苦茶、厳しく突っ込んできた人だ。非常に、険しい表情をしており、態度を見る限り、友好的とは思えない。
 
「君は、シルフィード校に、行っていないようだが。なぜ、行かなかったのかね?」 
「私は、元々マイアの出身です。向こうの世界には、シルフィードがおりませんので。それに類する、専門学校もありませんでした」

「では、何で、シルフィードになろうと、思ったのかね?」
「雑誌でシルフィードの存在を知り、その美しさ、気品。また、伝統的な職業に、大変、感銘を受けたからです」

 私は、落ちついて、上品かつ、静かに答える。ここまでの質問は、あらかじめ想定済み。ナギサちゃんと、何度も練習した部分だ。

「それで、わざわざ、この世界に?」
「はい。私の人生を懸けるのに、十分に価値のある仕事だと、思いました」

「ふむ……ご両親は、反対しなかったのかね?」
「最初は、心配しておりましたが。最終的には、快く送り出してくれました」
 
 もちろん、これは捏造だが、必要な嘘だった。おそらく、見習い時代の私なら『親と大喧嘩して、家出してきた』と、素直に言ってしまっただろう――。

「学校にも行っていない、こちらの世界のことも知らない。しかも、十五歳で一人でやって来て、何のつてもない。そんな無茶苦茶な状態で、本当に、上手く行くと思ったのかね?」

「初めての世界、初めての仕事で、不安が沢山あったのは事実です。しかし『疾風の剣』や『天使の羽』を始め、多くの方たちが、優しく手を差し伸べてくださったお蔭で、ここまで、やって来られました」

 彼は、腕組みすると、不機嫌そうな表情で、黙り込んだ。

「ところで、あなたは、どのようにして〈ホワイト・ウイング〉に、入社したのですか? 長期間、休業していましたし、募集は出ていなかった思います。シルフィード校に、行っていないのであれば、入社は難しかったのでは?」
 
 別の男性理事が、質問してきた。

「確かに、募集は、しておりませんでした。ただ、偶然、入ったカフェで『天使の羽』と出会いました。その際に、身の上を話をしたら、会社に誘ってくれたのです。お蔭で、この業界の末席に、つくことが出来ました」

 ここも、色々と改変してある。でも、ナギサちゃんが考えた回答、そのままだ。

「しかし、この世界の知識が少ない上に、学校にも行っていないとなると、業務に支障が出るのでは? 上位階級は、全てに完璧さが求められる。本当に、その地位にふさわしい、振る舞いが出来るのかね?」

 再び、先ほどの、気難しそうな男性が質問してくる。

「その点に関しては、見習い時代より、普通の人の数倍、勉強してまいりました。加えて『天使の羽』の姿を見て、日々学んでおります」

「また『疾風の剣』『深紅の紅玉クリムゾンルビー』『癒やしの風ヒーリングウインド『聖なる光』セイクリッドライトの、先輩方からも、色々ご指導いただきました」

 私が答えると、周囲の空気が大きく揺らぐ。どの人も、圧倒的な知名度の、大人気シルフィードだからだ。

 実は、これも、ナギサちゃんのアドバイス。『理事たちは、権威主義の人が多いから、知り合いの上位階級の名前を、どんどん出すように』と、言われたのだ。実際に、効果は、バツグンのようだった。

「あなたは、その方々と、面識があるのですか?」
 女性の理事が、少し驚いた表情で、質問してくる。

「はい。お茶や食事、パーティーなど。見習い時代から、懇意にさせていただいております。皆、親身になって、ご指導してくださいました。特に『疾風の剣』には、とりわけ、お世話になっております」

 理事たちが、ザワザワし始めた。ノーラさんの名前は、どこに行って出しても、みんな急に態度が変わる。大御所なので、影響力が大きいのだろう。

「ところで『疾風の剣』とは、どのような関係なのですか?」
「私は、彼女が所有する建物の、一室を借りております。ですので、ほぼ毎日、顔を合わせますし。色々と、ご指導していただいております」 

「先日、参加した『ノア・グランプリ』も、大変、親身になって、協力してくださいました。私が乗っていた機体も『疾風の剣』が、現役時代に使っていたものです」

 再び、周囲が、ざわつき始める。

 ちなみに、アパートや屋根裏部屋については、言わないようにと、ナギサちゃんに、しっかり、釘を刺されていた。敬意をもって接するが、けっして、下に見られないようにする。これが、ナギサちゃんのアドバイスの、基本方針だ。

「見習い時代から、それほどの大物たちと……」
「そもそも〈ホワイト・ウイング〉は、名企業ですし」
「やはり、よき場所には、よい人材が集まるものですな」

「しかし『聖なる光』とまで、面識があるとは――」
「ふむ。『疾風の剣』が目を掛けているだけあり、先日のレースも納得ですな」
「なるほど、クイーン二人が、推薦するだけは有りますね」

 周りから、次々と好感触な声が上がる。

 流石は、ナギサちゃん。完全に、彼女の作戦通りだ。以前の、査問会の時の態度とは、みんな大違いだった。それだけ、上位階級の人たちの権威が、凄いということだ。

 しばらく、ざわついたあと。『ゴホンッ!』と、大きな咳払いが聴こえた。先ほどの、不機嫌な表情をしていた、男性理事だ。おそらく、わざとやったのだと思う。その瞬間、室内は、急に静かになった。

「確かに、よい人脈は、持っているようだ。しかし、これは、あくまで、本人の能力を審査するものであり、他者の力は、関係ないのではないかね? もし、実力者に推薦されただけで、昇進できたら、審査の意味がないのではないか?」 

「だいたい、七光りだけで昇進して、何になる? これから先も、ずっと、助けてくれるとでも? 上位階級とは、そんな、軽いものではないはずだ。皆の模範であり、象徴であり、とても神聖な存在なのだから」

 彼は、眉間にしわを寄せて、厳しく語る。確かに、彼の言うことは、正論だ。でも、明らかに、敵意がにじみ出ていた。

 彼の言葉のあと、部屋の空気が変わる。ゆるくなっていた空気が、再び、ピリッと引き締まった。

「もう一度、訊くが、本当に、学校にも行っていないで、業務に差し支えはないのかね? 立場が立場なだけに、普通レベルでは論外だ。上位階級として、極めてレベルの高い、知識・教養・技術・人格が求められる。それは、分かっているな?」

「はい、重々承知しております。その点については、私の友人のシルフィードから、彼女が通っていた学校の、全ての学習ファイルを譲り受け、直接、指導も受けております」

「彼女は〈聖アルティナ学園〉を、首席卒業しておりますので。指導者としては、申し分ないと思います。また、礼技作法や品位に関しては、とても、うるさい性格ですので」

 学校のことで突っ込まれたら、自分の名前を出すようにと、ナギサちゃんから、事前に言われていた。学校の首席卒業というのは、物凄い実績らしいので。

「ほう。〈聖アルティナ学園〉を首席卒業とは、どなたですか? 私も、あの学校を卒業していますので」
 女性の理事が、興味深そうに尋ねてきた。

「〈ファースト・クラス〉所属の、エア・マスター。ナギサ・ムーンライトです。私に、初めてできた、シルフィードの友人で、見習い時代から、親しくしております」
 私が答えると、また、周囲がざわざわする。

「まさか『白金の薔薇プラチナローズ』のご息女とまで、繋がりがあるとは」
「〈ファースト・クラス〉始まって以来の才女と、言われているそうですね」
「なるほど。彼女が指導したなら、心配ないでしょう」

「本当に、よき指導者たちに、恵まれましたね」
「それにしても、素晴らしい人脈だ。社交性と人間性の賜物でしょう」
「優れた人脈もまた、優れた能力ですな」

 再び、空気が軽くなった。

 よく見ると、先ほどの男性理事は、眉をピクピクさせながら、ますます不機嫌な表情になっていた。しかし、ここで、彼女を否定することはできない。なぜなら、ナギサちゃんのお母さんが、目の前にいるのだから……。

 なるほど、ナギサちゃんが、自分の名前を出せと言ったのは、こういう意味だったんだ。『白金の薔薇』まで、巻き込んじゃうのは、何かズルイ気がするけど。でも、十五人を相手に、一人で戦うには、手段を選んではいられないのだ。

 しばらく、盛り上がったあと、ある人物の一言で、室内が静寂に包まれる。今まで、ずっと黙っていたが、ついに口を開いた。一斉に、皆の視線が、彼女に集中する。

「あなたに、質問したいことがあります。あなたにとって、シルフィードとは、何ですか? 自分の故郷を捨ててまで、こちらの世界に来て。そこまでして、やる理由は何ですか?」

 質問して来たのは『白金の薔薇』だ。静かだが、とても力強く感じる声だった。

 彼女の目を見るかぎり、色々と事情を知っていそうだ。ナギサちゃん、もしくは、ノーラさんから、私の身の上や〈ホワイト・ウイング〉に入った経緯の真実も、全て聴いている可能性がある。

 それに、彼女の射貫くような視線の前では、嘘は付けそうにない。ただ、ここまでは、全て、飾り立てたり、作り上げた、虚像の言葉だ。しかし、真っ直ぐな人柄の彼女にだけは、真実の想いを伝えたい。

 私は、大きく息を吸い込むと、静かに話し始めた。

「私にとって、シルフィードは、人生の全てであり、天職だと思っています。なので、それ以外の全てを、捨てることになっても、何一つ、後悔はありません」

「あと、一度、帰郷した際に、親と約束してきました。自分の夢を果たすまでは、絶対に帰らないと。なので、場合によっては、本当に、故郷を捨てることになるかもしれません――」

 大げさな話かもしれないけど、シルフィードで成功できなければ、自分の人生は、終わってもいいと思っている。今はもう、これ以外の夢は、考えられないから。

「その、果たしたい夢とは、何ですか?」
 彼女は、真剣な表情で尋ねて来る。

 私は、その問いに対して、少し戸惑った。なぜなら、本当のことを言えば、反感を買う可能性が高いからだ。

 ただでさえ、私に対して、批判的な理事たちもいるのに。あまり、出過ぎたことを言うのは、賢いやり方ではない。ここは、事前に練習した通り、無難な答えをするべきだろうか……?

 私が迷っていると、

「構いません。夢とは、得てして、壮大で、突拍子もないものです。あなたの本心を、聴かせてください」

 彼女は、私の心を見透かしたかのように、静かに声を掛けて来た。  

 その言葉と、彼女の真っ直ぐな瞳を見て、私は腹をくくった。どうせ、いずれは、口にすべきことだし、覚悟もしなければならない。それに、もし、上位階級に昇進したら、次に目指すべき、ゴール地点なのだから――。

 私は、大きく息を吸い込むと、
「私の夢は『グランド・エンプレス』になることです」
 力強く、自分の想いを口にした。

 その瞬間、室内の空気が、大きく揺らいだ。皆の顔が、明らかに変わる。

「なぜ『グランド・エンプレス』に、なりたいのですか?」
 しかし、彼女だけは、全く表情が変えずに、続けて質問してきた。

「それは、私の見習い時代からの夢でした。もちろん、過ぎた夢であることも。『白き翼』ホワイトウイングにも『天使の羽』にも、遠く及ばないのは、自覚しております。それでも、人生を懸けてやるからには、頂点を目指したいです」
 
「あと、私は、本物の『幸運の使者』になって、世界中の人たちを、幸せにしたいです。壮大すぎる夢かもしれませんが。私を快く受け入れてくれ、沢山の幸せを与えてくれた、この世界の人たちに、恩返ししたいのです」

 あまりにも、大きすぎる夢で、現実味を帯びていないし。まだ、上位階級にもなっていない私が言うのは、出過ぎたことなのも分かっている。それでも、これが私の本心だった。

 ただ、本音とは、常に反感を買う可能性のある、とても危険なものだ。このような、公式な場所で、言うべきではなかったかもしれない。ナギサちゃんにも『絶対に、本音は言わないように』と、うるさく言われたし。

 でも『白金の薔薇』は、本心が聴きたいと言って来た。だから、私は、自分の本当の気持ちを、素直に打ち明けた。彼女なら、受け止めてくれると、信じたから。

 だが、他の理事たちの反応は、かなり微妙そうだった。先ほどまで、温和な顔をしていたのに、難しい表情に変わっている人もいる。

「なるほど、よく分かりました。しかし、けっして、壮大すぎる夢ではありません。上位階級になる者であれば、その程度の考えは、当然です」

「日々上を目指し、努力する。そうすれば、必然的に、目指すのは頂点である『グランド・エンプレス』になるでしょう。ただ、それを、公で口にできる人は、ほとんどいません。なぜなら、とても強い覚悟が、必要だからです」

 彼女の一言で、再び、室内の空気が変わった。

「確かに、非常に目線の高い、素晴らしい目標ですね」
「若者が、大きな夢を持つのは、いいことです」
「実に、向上心があって、いいではありませんか」
「上位階級になるなら、それぐらいの気概がなくては、なりませんな」 
 
 次々と、彼女に賛同する声があがる。流石は『白金の薔薇』だ。『疾風の剣』と並び、大御所の一人と言われているだけあり、彼女の発言力と影響力は、圧倒的だった。

 その後も、いくつかの質問が出てきた。しかし『最後に帰郷したのはいつか?』『この世界には慣れたのか?』『この町は好きか?』など、普通の質問が多かった。私の回答に対しても、好意的に受け止めてくれていた。

 しばらく、小さな質問が続いたあと、室内が静かになった。すると『白金の薔薇』は、隣にいた議長に、視線を向けた。議長は頷いて、静かに話し始める。

「質問は、あらかた出たようですし。本人からの、納得のいく回答も得られました。つきましては、彼女には退出していただき、最終的な採決に、入りたいと思います。みなさん、よろしいでしょうか?」

 周囲にいた理事たちは、皆、静かに頷く。

「それでは、如月君。本日は、大変お疲れ様でした。結果につきましては、このあと採決を行い、後日、書面にて送らせていただきます」
「はい。よろしくお願いいたします」

「では、いったん閉会とし、十五分後に、ここで、採決を行いたいと思います。つきましては……」
 議長が淡々と説明していると、一人の男性が、突然、声をあげた。

「ちょっと、待っていただきたい」
 彼は、一番、最初に、私に質問してきた理事だ。

「どうされましたか、ゴドウィン理事?」
「みんな、本当に、これでよろしいのか?」 
 彼の表情は、明らかに、納得がいっていないのが、見て取れた。

「一つ、忘れていないか? 彼女が、異世界人であることを? ずっと、伝統を大事にして来た、シルフィード業界に、入ってくること自体が、おこがましいというのに。そんな者が、上位階級だと?」
 
「今まで守り続けてきた、伝統を壊しても、いいというのか? 皆は、何とも思わないのか? いくら、時代が変わったとはいえ、守り続けなければ、ならないものがある。けっして、変えては、いけないものがある」

 彼は、語気を荒げ、怒りに満ちた表情をしていた。

「『白金の薔薇』に、お尋ねしたい。あなたは、誰よりも、伝統や格式を、大事にしてきた方だ。その、崇高なる生き方は、私も尊敬しています。そんなあなたが、こんな異世界人の昇進を、認められるのか?」 

 その言葉で、部屋の中の空気が、一気に重くなった。

 彼は、査問会の時も、最も激しく、私を攻撃してきた人だ。この面接の間中も、ずっと、不機嫌な顔をしていた。私が嫌い、というよりも、異世界人を、受け入れられないのかもしれない。

 異世界人批判についても、ある程度は、予想していた。しかし、よりによって、話がまとまり掛けていた、最後の最後に出てくるとは――。

 残念ながら、私には、何も反論できない。私が口を出せば、火に油を注ぐようなものだからだ。

 その重苦しい空気の中、凜とした声が響き渡った。

「ゴドウィン理事。あなたは、何か勘違いされているようですね。私は確かに、伝統や格式は、大事にしてきました。しかし、それは、悪しき習慣に、しがみつくことでは有りません」

「よきものを取り入れ、よりよき伝統として、後世に伝えていく。伝統とは、常に変わりゆくものです。シルフィードとて、創設時と今では、存在意義そのものが、全く別物ではありませんか?」

 彼女の言葉は、静かだが、とても自信に満ちあふれ、力強く心に響く。周囲の理事たちは、皆、彼女の話に、聴き入っていた。

「それに、シルフィードに出自は、関係ありません。最初に結成されたシルフィードは、世界各国から集まっていましたし。かの『白き翼』とて、この町の出身ではありません」

「伝統とは、出自や形ではなく、精神に宿るものです。少なくとも彼女は、シルフィードの原点である『人々の平和と幸せを守る』という、伝統的な精神を、正当に受け継いでいるでは有りませんか?」

「それを、出自だけで語るとは、あなたこそ、伝統の何たるかを、理解していないのではありませんか? 彼女を侮辱することは、元シルフィードである私を、いえ、この町全てのシルフィードを、汚す行為ですよ」

 彼女が語り終えると、部屋の中が静寂に包まれた。この話を切り出した、ゴドウィン理事は、こぶしを握り締め、物凄く悔しそうな表情をしていた。だが、全く反論してこなかった。

『白金の薔薇』の、権力だけじゃない。彼女の言ったことは、物凄く正論だったからだ。それに、なんて正々堂々として、説得力のある言葉だろうか。思わず、私も聴き入ってしまった。

 しばしの静寂のあと、再び、議長が口を開く。

「えー、いったん、閉会して、クールダウンしましょう。再開は、三十分後としますので、各自、冷静に考えて、公正な判断をお願いいたします」

 その言葉と共に、各議員は席を立ち、ぞろぞろと部屋を出て行った。途中までは、いい雰囲気だったのに。最後のゴドウィン理事の一言で、すっかり、空気が重くなってしまった。これでは、どんな結果が出るのか、私にも予想がつかない。

 私が、異世界人なのは、事実だし。伝統的な職業だから、内心、快く思っていない人たちも、いるのかもしれない。昇進させるなら、この世界や、この町の出身者を優先したいのは、当然だと思う。

 はぁ……。せっかく、色々準備してきたのに。もし、落ちてしまったら、どうしよう? みんなも、一生懸命、協力してくれたのに――。

 少しブルーな気分で、ゆっくり部屋の外に出ると、声を掛けられた。

「もし、本気で『グランド・エンプレス』を目指すのであれば、常に、毅然とした態度をとりなさい。そんな、自信なさげな人間に、誰が憧れると?」

「それに、正しくても、批判されることはあるし。上位階級になっても、そういう機会は、多々あるわよ。しっかりなさい」

 目の前には『白金の薔薇』が立っていた。威厳があるせいか、妙に大きく見える。

「は……はい。『白金の薔薇』にも、そのようなことが、あるのですか?」
「えぇ、数えきれないほどね。私は、ハッキリと、ものを言うから、敵も多いのよ。でも、根も葉もない批判は、全て跳ねのけて来たわ」

 凜とした声とたたずまいは、流石は『史上最も気高いシルフィード』と、言われただけのことはある。その、堂々とした物言いや態度は、ナギサちゃん以上だ。

「本気で上を目指すのであれば、戦う覚悟もしておきなさい。全ての人間と、分かり合うことは、不可能なのだから」
 彼女は、そう言うと、踵を返し立ち去って行った。

 確かに、彼女の言う通りかもしれない。それでも、私は、全ての人と、仲良くなりたいと思う。きっと、どんな人とでも、分かり合えると、信じたい。

 私が目指す、シルフィード像は、世界中の全ての人を、笑顔で幸せにすることなのだから……。


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次回――
『人事を尽くしたけど天命を待つのが苦手な私』

 待つだけの忍耐さえあれば、結局はすべてうまく行く
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