私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第8部 分かたれる道

1-7人事を尽くしたけど天命を待つのが苦手な私

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 夕方、四時過ぎ。私は、一日の観光案内の業務を終えて〈ホワイト・ウイング〉に、戻っている最中だった。エア・カートの後部座席には、二人のお客様が乗っている。とても満足げに、今日の観光の感想を、笑顔で話し合っていた。

 今日も朝から、びっしり予約が埋まっており、次々と、お客様の対応をこなして行った。最初のうちは、ひっきりなしの予約に、かなり焦っていたけど。最近は、だいぶ慣れて来た。

 実際に、やってみて分かったんだけど。一日に、複数のお客様の対応をするには、物凄い体力が必要だ。次の案内までの間に、ほとんど休憩時間がないし。お客様が、早目に来ている場合は、多少、スケジュールを繰り上げる場合もある。
 
 時間が詰まっている時は、お見送りから、次のお客様の対応まで、十分ちょっと。機体の準備などもあるので、全く休憩をとる時間がない。合間に、水を一口、飲む程度だ。場合によっては、お昼ごはんが、抜きの時もある。

 でも、どんな状況でも、最高の笑顔とおもてなしで接する。あくまでも、お客様ファースト。これは、ずっと、リリーシャさんの姿を見ていて、学んだことだ。

 特に、私の場合は、体力をセーブせず、いつでも全力投球。なので、立て続けに案内をするのは、滅茶苦茶、重労働だった。

 ちなみに、今日は、予約が詰まっていたので、お昼は、チョコレートを一粒、食べただけ。本来なら、空腹で動けないところだけど。一度、案内を始めてしまえば、特に、気にはならなかった。

 もう少し、時間に余裕をもって、予約を受けることも、できるんだけど。私は、命一杯、スケジュールを詰め込んでいた。

 なぜなら、いつ予約がなくなるか、分からないから。『今のうちに、受けられるだけ受けておこう』と、思ったからだ。あと、とにかく、たくさんの営業をこなして、どんどん、知名度を上げて行かなければならない。

 例え、何かで話題になったとしても、ブームは、一過性のものだ。リリーシャさんのように、地道な営業で、固定のファンと、根強い人気を、築かなければならない。結局、最後は、本業の実績が、重要なんだよね。

 しばらく飛んでいると、白い翼の、大きな看板が見えてきた。私は、ゆっくりと、敷地の中央に下降していく。着陸すると、すぐに運転席を降り、後部座席に向かった。扉を開け、手を差し出し、お客様をエスコートする。

「長時間、お疲れ様でした。足元に、お気を付けください」
 細身の男性と、ふくよかな体系の男性が、ゆっくりと降りて来る。

「風ちゃんこそ、長時間、お疲れ様」
「お客さんが、殺到してるみたいだし。忙しくて、大変でしょ?」 
「いえ、毎日が充実していて、とても楽しいです」

 確かに、目の回るような忙しさだ。でも、ずっと、憧れていた観光案内ができて、心から嬉しい。散々苦労して、毎日、練習で、町中を飛び回った甲斐が、あったというものだ。

「今日は、お楽しみ、いただけたでしょうか?」
「うん。風ちゃんの観光案内、最高だったよ」
「今までの案内の中で、風ちゃんが、一番だね」

「それは、よかったです。そう言っていただけると、凄く嬉しいです」

 彼らと会うのは、今回が、三回目だ。一回目は、キラリスちゃんに誘われた、メイドカフェ〈アクアリウム〉の、オープニングの手伝いに行った時。私が対応した、第一号のお客様だ。二人とも、ノリがよかったので、よく覚えている。

 二回目は『シルフィード・クルージング』の時。クルージングのお客様としてやって来て、優しく声を掛けてくれた。

 そして、今回が、三回目。二人は、元々『メイドカフェ』が大好きで、シルフィードには、特に、興味がなかったらしい。でも、私に出会ってからは、興味を持ち始め、私のことも、ずっと注目してくれていたそうだ。

「それにしても、風ちゃん、物凄い話題になってるよね」
「うんうん。スピでは、風ちゃんの話で、持ちきりだよ」
「ありがとうございます。私も、ちょっと、驚いてます」

「でも、元々光るものを持ってたから、当然だよね。むしろ、遅いぐらい」
「そうそう、いずれ来るとは、思ってたよ。でも、やっぱり、推しの子が活躍してくれるのって、自分のことのように、嬉しいよね」

 二人とも、物凄く嬉しそうに語っている。

 彼らは、私がまだ、無名の時から、とても好意的に接してくれていた。名前も、すぐに憶えてくれたし。『風ちゃん』と、親しく呼んでくれるのは、ユメちゃんと、彼らだけだ。

 最後に、事務所の前で、三人並んで、記念撮影をする。撮影が終わると、世間話をしながら、敷地の入口まで、お見送りした。

「風ちゃん、今日は、ありがとう。とても楽しかったよ」
「うんうん。風ちゃんの案内、楽しかったし、とても勉強になった」
「こちらこそ、いつも、ありがとうございます」

 手を振りながら立ち去る二人を、私も、笑顔で手を振りながら見送った。

 二人の姿が見えなくなると、エア・カートをガレージにしまい、足早に、事務所に向かって行った。リリーシャさんの乗って行った機体が、停まっていたので、先に帰って来ているようだ。

 私は、事務所の入り口をくぐると、元気に声を掛ける。
「リリーシャさん、ただいま、戻りました」
「お帰りなさい、風歌ちゃん」

 リリーシャさんは、優しい笑顔で迎えてくれた。この柔らかな声と、優しい表情を見るだけで、ホッとして、疲れが吹き飛ぶ気がする。

「今、お茶を淹れますね」
「今日は、私が淹れるから。風歌ちゃんは、座ってて」

「えっ? でも……」
「日報も、あるでしょ?」
「あぁ――では、お言葉に甘えて」

 ここ最近、非常にお客様が多い。なので、私もリリーシャさんを見習って、日報を付け始めた。

 日報には、その日の観光案内の、細かな記録を付けていく。行った場所、会話の内容、お客様の食べ物の好みなど。まだ、新規のお客様ばかりだけど、リピートしてくれた時に、役立つからだ。

 リリーシャさんは、物凄く細かく記録してるみたいだけど。私の場合は、かなりザックリだった。行った場所と、何を食べたかぐらい。会話については、完全に、アドリブなので、特に記録していなかった。

 私の場合は、ほぼ全てにおいて、ノリと思いつきだ。会話も、観光名所の歴史の説明以外は、素で話している。観光案内をしているというより、お客様と一緒に、観光を楽しんでいる感じだ。
 
 私は、下手に、マニュアル通りにしようとすると、ガチガチに硬くなってしまう。なので、情報は、最低限のほうがいいのだ。ここら辺は、個々の性格によって、かなり違う。

 リリーシャさんや、ナギサちゃんは、事前に準備して動く、完全計画タイプ。私やフィニーちゃんは、その場のノリで動く、アドリブタイプだ。

 私は、マギコンで記録用のファイルを開くと、今日、行った場所を思い浮かべながら、情報を書き込んで行く。だが、今一つ、集中できなかった。書いている最中に、窓から外の様子を、何度も眺める。

 元々書きものって、苦手だし。机の前に、じっと座っているのも、好きではなかった。できれば、さっさと終わらせて、早く庭の掃除をしたい。体を動かしたいのもあるけど、他にも、重要な目的があるからだ。

 私が、少しソワソワしながら、日報を書いていると、リリーシャさんに、声を掛けられた。

「お茶、どうぞ。何か、落ち着かない様子ね?」
「あっ……ありがとうございます。いや、その、まだかなぁ――と思いまして」

「そういえば、もうそろそろよね」
「はい。こんなに時間が掛かるなんて。やっぱり、ダメだったんでしょうか……?」

 先日、昇進の面接に行ってから、三日が過ぎていた。面接の直後に、採決が行われ、すぐに合否が決まるはずだ。特別郵便なら、この町の中であれば、出した当日に到着する。その割には、ずいぶん、時間が掛かっている。

「そんなことは、ないと思うわよ。対応は、完璧にできたのでしょ?」
「自分的には、特に、問題なかったと思うんですけど。ただ、最後に、ある理事から、批判意見が出たので。それが、引っ掛かっていて――」

 彼は、ゴドウィン理事と呼ばれていた。私が、査問会に行った時も、一番、厳しく追及してきた人だ。あまり、人を疑いたくはないけれど。間違いなく、彼には、嫌われている気がする。

「シルフィード業界は、伝統のある職業だから。中には、とても、保守的な人もいるわ。でも、それは、ごく一部だけで、たいていは、理解のある人たちよ。それに『白金の薔薇プラチナローズ』がいるから、公正な判断をしてくれると思うわ」

「はい。ちょうど、その批判意見の時も、彼女が、間違いを正す発言をしてくれました。でも、最終的には、多数決ですよね?」

「確かに、多数決ではあるけれど。皆、この業界の未来を、真剣に考えているわ。ちゃんと、冷静に正しい判断をするはずよ」
「だと、いいんですけど……」

 途中までは、自分でも信じられないぐらい、上手くできていた。と言っても、全ては、ナギサちゃんの書いた、シナリオ通りだったんだけど。

 知り合いの上位階級の人たちの、名声や威光を借りる。これは、ちょっと、ズルイ気もするけど。不利な条件が多い私には、この方法しかなかった。

 結局、作戦通りに行って、私が家出していたこと、学校に行っていないこと、異世界人だということ。これらは、上手くかわせた。だが、そう思った、最後の最後で、痛烈な、異世界人批判が出てきてしまった。

 一番、最後に、出てきた意見なので、全理事に、強烈なインパクトを与えたはずだ。物凄く、不条理な意見だけど、全く分からない訳でもない。

 向こうの世界だって、外国人不可の職業はあるし。外国人を、毛嫌いしている人たちだって、少数ながら、いるのも事実だ。

 あの理事だって、根っからの、悪い人ではないと思う。でも、シルフィード業界を、大切に考えているからこその、意見だろう。

「最初から、分かっては、いたことですけど。やっぱり、異世界人は、理解されるのが、難しいですよね」

 以前、ナギサちゃんのお母さんに『力ある者は何をやっても正しく評価され、力なき者は何をやっても間違った評価をされる』と、言われたことがある。シルフィード業界は、想像以上に、階級社会で閉鎖的だ。

 その中では、異世界人は、極めて力の弱い立場だ。初の異世界人シルフィードなので、前例が全くないし。シルフィード校にも行っていないうえに、特別、優秀でもない。マイナス評価をされても、仕方のないことだ。

「でも、私は信じているわ。皆の優しさと良心を。これだけは、覚えておいて。私は、ただの一度も、風歌ちゃんを、異世界人だなんて、思ったことはないから。私だけじゃない。風歌ちゃんの周りの人は、全員そうよ」
 
 リリーシャさんは、私の手に、そっと手を重ねてきた。手の甲から、優しいぬくもりが伝わって来る。

「はい。みんな、とっても、優しい人ばかりですから」
 中には、悪意や敵意を、向けてくる人もいた。でも、それは、ごく少数で、優しくていい人たちも、沢山いる。きっと、理事たちも、そうだと思いたい。

 その時、外から、エンジン音が聞こえて来た。視線を外に向けると、青い機体が、ゆっくりと、下りてきている所だった。あれは、間違いなく、配送用の機体だ。

 私が、リリーシャさんに目を向けると、彼女は小さくうなずいた。

「ちょっと、行ってきますね」
 私は、スッと立ち上がると、覚悟を決めた。息を大きく吸い込んだあと、運命の審判に身をゆだねるため、一歩ずつ、外に向かって行くのだった……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『大空に舞い上がる白い天使の翼』

 闇に光を灯し、荒れ野に花を咲かせ、心を大空に旅立たせる
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