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第8部 分かたれる道
1-8大空に舞い上がる白い天使の翼
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私は、事務所を出ると、空から下りて来た、青い機体に近付いて行った。いつも、町中でよく見かける『スカイ・エクスプレス』の、配送用のエア・コンテナだ。庭に静かに着陸すると、すぐに運転席の扉が開き、配送員の人が降りてきた。
青いユニフォームを着た男性は、帽子をとり、軽く会釈すると、笑顔で明るく声を掛けてくる。
「こんにちは、スカイ・エクスプレスです。お届け物を、お持ちしました」
「お疲れ様です」
私は、少し緊張した声で答えた。
「〈ホワイト・ウイング〉の、如月 風歌様宛に、特別郵便です」
「それなら、私です」
「では、魔力認証をお願いします」
彼が、手に持っていたマギコンを、手際よく操作すると、目の前に、空中モニターが現れる。私が、画面を軽くタッチすると、一瞬、青く光り『承認完了』の文字が表示された。
「それでは、こちらが郵送物になります」
「配達、ありがとうございます」
配送員の人は、会釈すると、すぐに飛び去って行く。
私は、少し大きめの封筒を見ると、急に心拍数が跳ねあがった。軽いはずなのに、妙に重く感じる。私は、封筒を大事に握りしめ、ドキドキしながら、事務所に早足で戻って行く。
「リリーシャさん、来ました。ついに、通知が来ました……」
私は、心配そうな表情をしていたリリーシャさんに、そっと声を掛けた。
金色の枠の付いた封筒を、見せた瞬間、リリーシャさんの表情が、柔らかな笑顔に変わる。彼女は、優しい表情で、静かに頷いた。
私は、座る時間すら惜しいので、立ったまま、ペーパーナイフで封筒を開く。でも、手が震えて、なかなか上手く開けない。
何とか手紙を取り出すと、私は、緊張しながら、文面に目を通した。難しい前置きや、あいさつの部分は、この際、全てすっ飛ばす。
急いで流し読みしていると、後半部分で、ピタリと目がとまった。
『十五人の理事による、厳正なる審査の結果
如月 風歌に、以下の階級と称号を、授与するものとする。
階級:スカイ・プリンセス
称号:天使の翼
世界歴2062年 ノア歴123年 8月8日
理事会代表 ブラウン・ノービス』
見た瞬間、私は、心臓が止まりそうになった。何か言わなければならないのに、何も言葉が出てこない。驚きと、胸がいっぱい過ぎて、上手い言葉が、全く浮かんでこなかった。
しばらく、驚きと興奮をかみしめたあと、
「わ……私、やりました。ついに――ようやく……」
辛うじて声を振り絞りながら、リリーシャさんに手紙を見せる。
リリーシャさんは、察してくれたのか、一瞬、驚いた表情を浮かべたあと、今までの中でも、最高に素敵で、優しい笑顔を向けてくれた。
「おめでとう、風歌ちゃん。本当に……本当に、よく頑張ったわね」
「はい――。ありがとう……ございます――」
言いたいことは、山のように一杯ある。この嬉しさと感動を、思い切り言葉で表したい。なによりも、ここまで導いてくれた、リリーシャさんに対しての、感謝の言葉を伝えたかった。
ただ、あまりにも、その感謝の気持ちが、大き過ぎて。私には、上手く、言葉で表現することができない。なんて伝えれば、いいんだろうか……?
でも、次の瞬間、私の体は、勝手に動いていた。手にしていた手紙を放り出し、リリーシャさんに歩み寄る。そして、ガバッと、リリーシャさんに抱きついていた。
あまりに、感謝の気持ちが大きくて。あまりに、尊敬し過ぎていて。あまりにも、大好きすぎて。どんなに言葉を並べても、私の気持ちは、表現しきれないと思う。
滅茶苦茶、嬉しいはずなのに。私の目からは、熱いものが流れ出していた。こんなに、おめでたい時なのに、なんでだろう――?
母親と大喧嘩して、一人で家を飛び出した日のこと。初めての異世界行きに、とまどいながら、時空航行船に乗り込んだこと。期待と不安の入り混じった気持ちで、この町に降り立ったこと。
見習い時代の、数々の失敗。訳が分からなくて、頭を抱えながら、勉強していた時のこと。夜、お腹がすき過ぎて、眠れなかったこと。様々な苦労と苦い経験を、次々と思い出す。
でも、それと同じぐらい沢山の、リリーシャさんの、優しい笑顔が浮かんできた。無知で、不器用で、非常識な私に、懇切丁寧に、一から十まで教えてくれて。どんなに失敗しても、けっして怒らずに、笑顔でフォローしてくれた。
毎日、私のそばに居てくれて。常に、最高のシルフィードの姿を、見せてくれていた。物凄く素敵な先輩で、私が目指すべき、理想のシルフィード。私にとっては、世界一、大切な存在だ。
「私は、信じていたわ。いつか、風歌ちゃんが、大きく羽ばたく時が来ると。ついに、努力が実ったわね」
「いいえ、それは違います。全ては、リリーシャさんのお蔭です。もし、私が、リリーシャさんと、出会わなければ。絶対に、こうは、なっていませんでした。リリーシャさんが、手を差し伸べてくれなければ、私は、何もできませんでした」
「でも、お客様の評価も、今までの実績も、全ては、風歌ちゃん自身の実力よ。私は、ただ、見守っていただけ」
「そんなこと有りません。私は、リリーシャさんに、育てられたんですから。知識も、常識も、礼儀作法も。何から何まで『リリーシャ流』です。ただ、リリーシャさんが教えてくれたことが、評価されただけなんです」
これは、私の本心だ。私自身も、必死に頑張ったのは、事実だけど。それでも、九割以上は、リリーシャさんのお蔭だと、心から思っている。
様々な、知識や技能だけではない。常に、そばで見守ってくれた、安心感。常に、向けてくれた、優しい笑顔。その全てが、今の私にとって、欠かせないものだった。
「そう思っているのは、風歌ちゃんだけ。もう、立派な『風歌流』になっているのだから。それが好きで、お客様たちが、来てくれているのよ」
「そうでしょうか……?」
私は、常に、彼女の行動を観察し、真似し続けていた。何をやる時にも『リリーシャさんなら、どうするだろう?』って、真っ先に考えている。私の正解は、いつだって、リリーシャさん基準なのだ。
「もうそろそろ、落ち着いた?」
「えっ――。あぁ、すいません……。ちょっと、興奮して、取り乱してしまって。暑苦しかったですよね?」
私は、慌てて、リリーシャさんから離れた。
「それは、別に構わないけど。それよりも、もっと、大切なことがあるでしょ?」
「え――?」
「上位階級になったら、これからは、二つ名で呼ばれるのよ」
「あっ……そうでした!」
私は、床に落としてしまっていた手紙を、急いで拾い上げる。
そうだった、昇進以上に、気にすべきことがあった。上位階級にとって、物凄く重要な、二つ名についてだ。
「あの、これって、もしかして――。リリーシャさんが、付けてくれたんですか?」
「えぇ。沢山の候補を出したのだけど、なかなか、決められなくて。最終的には、無難な名前を選んでしまったの。気に入らなかったかしら……?」
「とんでもないです。これ以上に、最高の二つ名なんて、ありませんよ! これって『お二人の名前をいただいた』って、ことですよね?」
「二つ名の一部に、自分や関係者の名前を入れるのは、よくあることなの。でも、どちらを入れるか、散々迷った挙句、両方とも入れてしまったわ」
『天使の翼』は、『天使の羽』と『白き翼』の、両方を合わせて作ったものだ。つまり、リリーシャさんとアリーシャさんの名を、引き継いでいる。二人の偉大なシルフィードの名前をもらえるなんて、これ以上ない、最高の栄誉だ。
「物凄く、嬉しいです。お二人と、常に、一緒にいられる気がして。でも、私には、あまりにも、過ぎた名前な気もしますけど……」
「そんなことないわ。大きな白い翼で、どこまでも飛んで行く。風歌ちゃんには、ピッタリな、二つ名だと思うわよ。それに、この町では、どちらも、とても縁起のよい言葉だから」
「はい。『幸運の使者』のシルフィードには、この上なく、ピッタリな名前ですね。私、この二つ名、一生の宝物にします!」
「気に入って貰えたなら、嬉しいわ」
本当に、これ以上ないのではないかと思うぐらい、最高に素敵な二つ名だ。昇進できたこと以上に、この名前をもらえたことのほうが、はるかに嬉しい。
今までは、偉大過ぎる、リリーシャさんやアリーシャさんとの間に、大きな壁を感じていた。でも、これでようやく〈ホワイト・ウイング〉の一員になれた気がする。
「でも、風歌ちゃん。本番は、これからよ。上位階級になるということは、別の世界に移り住むのと、同じだから」
「別の世界――ですか?」
「それは、明日になれば分かるわ。この世界の全ての人の、見る目も態度も、完全に変わるから」
「つまり、それだけ『責任が重い』ということですね」
一般階級と上位階級には、天と地ほどの、名声や権力の差がある。それだけに、責任の重さも、比較にならない。地位には、それに見合った責任が、付きまとうのだ。
「そうね。どの階級の人も、同じ人間だけど。周りは、そうは見てくれない。常に、完璧さ・強さ・美しさなどの、特別さが求められるわ。だから、地位と称号に見合うだけの努力を、し続けなければならないの。今まで以上にね」
「はい。今の私は、明らかに、名前負けしてしまっているので。今後、そうとうな努力が、必要だと感じています。また、見習いに戻った気持ちで、一から学んでいこうと思います」
「でも、風歌ちゃんなら、大丈夫そうね。元々、努力家だし。どんな困難でも、乗り越えていく、強い行動力があるから」
「今までは、生きるために、努力せざるを得えなかっただけで。あと、行動力というより、何でも勢いでやる性格なので。今後はむしろ、思い付きで行動しないで、よく考えることを、学んでいかないと……」
思いついたら、即行動。これが、昔からの、私の行動方針だ。そのお蔭で、上手く行ったことも有るけど。圧倒的に、失敗やトラブルを、巻き起こしたほうが多い。
以前は、それでも、よかったかもしれない。でも、これからは、失敗が許されない。みんなの憧れの的で、常に、注目されているのだから。もっと慎重に、考えて行動しないと。
「私は、風歌ちゃんは、今のままで、いいと思うわよ。性格は、人それぞれの、持ち味だから。自分の個性を、活かしながら、腕を磨いていけば」
「本当に、それで、いいんでしょうか? 完璧さが、求められるんですよね?」
「心構えとしては、そうね。でも、母も、言うほど、完璧な人じゃなかったし。割と、ミスはしていたわよ。でも、ミスが気にならないぐらい、明るい性格で、誰からも愛されていたから。それで、許されていたのね」
「あー、なんとなく、それ分かります。何をやっても、許されちゃう人って、いますよね。得ですよね、そういう性格って」
ミスするたびに、厳しく怒られる人もいるけど。中には、何をやっても、笑って許されてしまう人もいる。こればかりは、性格しだいだよね。
「風歌ちゃんも、そういう性格でしょ? だから、私も、怒ろうとしても、つい、許しちゃうのよね」
「えぇ―?! 私って、そんなに怒られるほど、ミスしてましたっけ?」
リリーシャさんが、クスクスと笑い出すと、私もつられて笑い出した。
正直、私にはまだ、上位階級になった実感が、全く湧いていない。今までは、憧れているだけの、遥かに遠い存在だったし。いくら階級が上がっても、私は、私のままだ。
だから、どう振る舞えばいいかも、全く分からないし。どんな、シルフィードを目指せばいいのかも、まだ見えていない。ただ一つ、分かっているのは、この二つ名に、ふさわしい人間になることだ。
『天使の翼』は、大空を舞う天使の、真っ白で美しい翼。いつか、全ての人が、私に、そのイメージを重ねられるように。これからも、力強く、どこまでも高く、飛び続けて行こう……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『超盛大な昇進パーティーで決意を新たにする』
固く決意すれば、どんな運命のいたずらにも左右されない
青いユニフォームを着た男性は、帽子をとり、軽く会釈すると、笑顔で明るく声を掛けてくる。
「こんにちは、スカイ・エクスプレスです。お届け物を、お持ちしました」
「お疲れ様です」
私は、少し緊張した声で答えた。
「〈ホワイト・ウイング〉の、如月 風歌様宛に、特別郵便です」
「それなら、私です」
「では、魔力認証をお願いします」
彼が、手に持っていたマギコンを、手際よく操作すると、目の前に、空中モニターが現れる。私が、画面を軽くタッチすると、一瞬、青く光り『承認完了』の文字が表示された。
「それでは、こちらが郵送物になります」
「配達、ありがとうございます」
配送員の人は、会釈すると、すぐに飛び去って行く。
私は、少し大きめの封筒を見ると、急に心拍数が跳ねあがった。軽いはずなのに、妙に重く感じる。私は、封筒を大事に握りしめ、ドキドキしながら、事務所に早足で戻って行く。
「リリーシャさん、来ました。ついに、通知が来ました……」
私は、心配そうな表情をしていたリリーシャさんに、そっと声を掛けた。
金色の枠の付いた封筒を、見せた瞬間、リリーシャさんの表情が、柔らかな笑顔に変わる。彼女は、優しい表情で、静かに頷いた。
私は、座る時間すら惜しいので、立ったまま、ペーパーナイフで封筒を開く。でも、手が震えて、なかなか上手く開けない。
何とか手紙を取り出すと、私は、緊張しながら、文面に目を通した。難しい前置きや、あいさつの部分は、この際、全てすっ飛ばす。
急いで流し読みしていると、後半部分で、ピタリと目がとまった。
『十五人の理事による、厳正なる審査の結果
如月 風歌に、以下の階級と称号を、授与するものとする。
階級:スカイ・プリンセス
称号:天使の翼
世界歴2062年 ノア歴123年 8月8日
理事会代表 ブラウン・ノービス』
見た瞬間、私は、心臓が止まりそうになった。何か言わなければならないのに、何も言葉が出てこない。驚きと、胸がいっぱい過ぎて、上手い言葉が、全く浮かんでこなかった。
しばらく、驚きと興奮をかみしめたあと、
「わ……私、やりました。ついに――ようやく……」
辛うじて声を振り絞りながら、リリーシャさんに手紙を見せる。
リリーシャさんは、察してくれたのか、一瞬、驚いた表情を浮かべたあと、今までの中でも、最高に素敵で、優しい笑顔を向けてくれた。
「おめでとう、風歌ちゃん。本当に……本当に、よく頑張ったわね」
「はい――。ありがとう……ございます――」
言いたいことは、山のように一杯ある。この嬉しさと感動を、思い切り言葉で表したい。なによりも、ここまで導いてくれた、リリーシャさんに対しての、感謝の言葉を伝えたかった。
ただ、あまりにも、その感謝の気持ちが、大き過ぎて。私には、上手く、言葉で表現することができない。なんて伝えれば、いいんだろうか……?
でも、次の瞬間、私の体は、勝手に動いていた。手にしていた手紙を放り出し、リリーシャさんに歩み寄る。そして、ガバッと、リリーシャさんに抱きついていた。
あまりに、感謝の気持ちが大きくて。あまりに、尊敬し過ぎていて。あまりにも、大好きすぎて。どんなに言葉を並べても、私の気持ちは、表現しきれないと思う。
滅茶苦茶、嬉しいはずなのに。私の目からは、熱いものが流れ出していた。こんなに、おめでたい時なのに、なんでだろう――?
母親と大喧嘩して、一人で家を飛び出した日のこと。初めての異世界行きに、とまどいながら、時空航行船に乗り込んだこと。期待と不安の入り混じった気持ちで、この町に降り立ったこと。
見習い時代の、数々の失敗。訳が分からなくて、頭を抱えながら、勉強していた時のこと。夜、お腹がすき過ぎて、眠れなかったこと。様々な苦労と苦い経験を、次々と思い出す。
でも、それと同じぐらい沢山の、リリーシャさんの、優しい笑顔が浮かんできた。無知で、不器用で、非常識な私に、懇切丁寧に、一から十まで教えてくれて。どんなに失敗しても、けっして怒らずに、笑顔でフォローしてくれた。
毎日、私のそばに居てくれて。常に、最高のシルフィードの姿を、見せてくれていた。物凄く素敵な先輩で、私が目指すべき、理想のシルフィード。私にとっては、世界一、大切な存在だ。
「私は、信じていたわ。いつか、風歌ちゃんが、大きく羽ばたく時が来ると。ついに、努力が実ったわね」
「いいえ、それは違います。全ては、リリーシャさんのお蔭です。もし、私が、リリーシャさんと、出会わなければ。絶対に、こうは、なっていませんでした。リリーシャさんが、手を差し伸べてくれなければ、私は、何もできませんでした」
「でも、お客様の評価も、今までの実績も、全ては、風歌ちゃん自身の実力よ。私は、ただ、見守っていただけ」
「そんなこと有りません。私は、リリーシャさんに、育てられたんですから。知識も、常識も、礼儀作法も。何から何まで『リリーシャ流』です。ただ、リリーシャさんが教えてくれたことが、評価されただけなんです」
これは、私の本心だ。私自身も、必死に頑張ったのは、事実だけど。それでも、九割以上は、リリーシャさんのお蔭だと、心から思っている。
様々な、知識や技能だけではない。常に、そばで見守ってくれた、安心感。常に、向けてくれた、優しい笑顔。その全てが、今の私にとって、欠かせないものだった。
「そう思っているのは、風歌ちゃんだけ。もう、立派な『風歌流』になっているのだから。それが好きで、お客様たちが、来てくれているのよ」
「そうでしょうか……?」
私は、常に、彼女の行動を観察し、真似し続けていた。何をやる時にも『リリーシャさんなら、どうするだろう?』って、真っ先に考えている。私の正解は、いつだって、リリーシャさん基準なのだ。
「もうそろそろ、落ち着いた?」
「えっ――。あぁ、すいません……。ちょっと、興奮して、取り乱してしまって。暑苦しかったですよね?」
私は、慌てて、リリーシャさんから離れた。
「それは、別に構わないけど。それよりも、もっと、大切なことがあるでしょ?」
「え――?」
「上位階級になったら、これからは、二つ名で呼ばれるのよ」
「あっ……そうでした!」
私は、床に落としてしまっていた手紙を、急いで拾い上げる。
そうだった、昇進以上に、気にすべきことがあった。上位階級にとって、物凄く重要な、二つ名についてだ。
「あの、これって、もしかして――。リリーシャさんが、付けてくれたんですか?」
「えぇ。沢山の候補を出したのだけど、なかなか、決められなくて。最終的には、無難な名前を選んでしまったの。気に入らなかったかしら……?」
「とんでもないです。これ以上に、最高の二つ名なんて、ありませんよ! これって『お二人の名前をいただいた』って、ことですよね?」
「二つ名の一部に、自分や関係者の名前を入れるのは、よくあることなの。でも、どちらを入れるか、散々迷った挙句、両方とも入れてしまったわ」
『天使の翼』は、『天使の羽』と『白き翼』の、両方を合わせて作ったものだ。つまり、リリーシャさんとアリーシャさんの名を、引き継いでいる。二人の偉大なシルフィードの名前をもらえるなんて、これ以上ない、最高の栄誉だ。
「物凄く、嬉しいです。お二人と、常に、一緒にいられる気がして。でも、私には、あまりにも、過ぎた名前な気もしますけど……」
「そんなことないわ。大きな白い翼で、どこまでも飛んで行く。風歌ちゃんには、ピッタリな、二つ名だと思うわよ。それに、この町では、どちらも、とても縁起のよい言葉だから」
「はい。『幸運の使者』のシルフィードには、この上なく、ピッタリな名前ですね。私、この二つ名、一生の宝物にします!」
「気に入って貰えたなら、嬉しいわ」
本当に、これ以上ないのではないかと思うぐらい、最高に素敵な二つ名だ。昇進できたこと以上に、この名前をもらえたことのほうが、はるかに嬉しい。
今までは、偉大過ぎる、リリーシャさんやアリーシャさんとの間に、大きな壁を感じていた。でも、これでようやく〈ホワイト・ウイング〉の一員になれた気がする。
「でも、風歌ちゃん。本番は、これからよ。上位階級になるということは、別の世界に移り住むのと、同じだから」
「別の世界――ですか?」
「それは、明日になれば分かるわ。この世界の全ての人の、見る目も態度も、完全に変わるから」
「つまり、それだけ『責任が重い』ということですね」
一般階級と上位階級には、天と地ほどの、名声や権力の差がある。それだけに、責任の重さも、比較にならない。地位には、それに見合った責任が、付きまとうのだ。
「そうね。どの階級の人も、同じ人間だけど。周りは、そうは見てくれない。常に、完璧さ・強さ・美しさなどの、特別さが求められるわ。だから、地位と称号に見合うだけの努力を、し続けなければならないの。今まで以上にね」
「はい。今の私は、明らかに、名前負けしてしまっているので。今後、そうとうな努力が、必要だと感じています。また、見習いに戻った気持ちで、一から学んでいこうと思います」
「でも、風歌ちゃんなら、大丈夫そうね。元々、努力家だし。どんな困難でも、乗り越えていく、強い行動力があるから」
「今までは、生きるために、努力せざるを得えなかっただけで。あと、行動力というより、何でも勢いでやる性格なので。今後はむしろ、思い付きで行動しないで、よく考えることを、学んでいかないと……」
思いついたら、即行動。これが、昔からの、私の行動方針だ。そのお蔭で、上手く行ったことも有るけど。圧倒的に、失敗やトラブルを、巻き起こしたほうが多い。
以前は、それでも、よかったかもしれない。でも、これからは、失敗が許されない。みんなの憧れの的で、常に、注目されているのだから。もっと慎重に、考えて行動しないと。
「私は、風歌ちゃんは、今のままで、いいと思うわよ。性格は、人それぞれの、持ち味だから。自分の個性を、活かしながら、腕を磨いていけば」
「本当に、それで、いいんでしょうか? 完璧さが、求められるんですよね?」
「心構えとしては、そうね。でも、母も、言うほど、完璧な人じゃなかったし。割と、ミスはしていたわよ。でも、ミスが気にならないぐらい、明るい性格で、誰からも愛されていたから。それで、許されていたのね」
「あー、なんとなく、それ分かります。何をやっても、許されちゃう人って、いますよね。得ですよね、そういう性格って」
ミスするたびに、厳しく怒られる人もいるけど。中には、何をやっても、笑って許されてしまう人もいる。こればかりは、性格しだいだよね。
「風歌ちゃんも、そういう性格でしょ? だから、私も、怒ろうとしても、つい、許しちゃうのよね」
「えぇ―?! 私って、そんなに怒られるほど、ミスしてましたっけ?」
リリーシャさんが、クスクスと笑い出すと、私もつられて笑い出した。
正直、私にはまだ、上位階級になった実感が、全く湧いていない。今までは、憧れているだけの、遥かに遠い存在だったし。いくら階級が上がっても、私は、私のままだ。
だから、どう振る舞えばいいかも、全く分からないし。どんな、シルフィードを目指せばいいのかも、まだ見えていない。ただ一つ、分かっているのは、この二つ名に、ふさわしい人間になることだ。
『天使の翼』は、大空を舞う天使の、真っ白で美しい翼。いつか、全ての人が、私に、そのイメージを重ねられるように。これからも、力強く、どこまでも高く、飛び続けて行こう……。
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次回――
『超盛大な昇進パーティーで決意を新たにする』
固く決意すれば、どんな運命のいたずらにも左右されない
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