私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~

春風一

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第8部 分かたれる道

2-7私が初めて憧れたのは炎のように強く美しい人だった

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『華麗祭』の最終日。小さなトラブルはあったが、特に大きな問題はなく、三日間のイベントは、無事に進んでいた。相変わらず、連携は取れていないが、それでも、見習いの子たちは、全員せわしなく動き回って、役割を果たしている。

 あの社員寮の裏での、乱闘以降。サイモン派の連中は、何もしてこなかった。すれ違う時は、ピリピリした空気を発しているが、それだけだ。私が、視線を向けると、サッと目を逸らす者もいる。

 結局、群れているだけで、気の小さい連中ばかりなのだ。これなら、ナギサお姉様の力を、借りるまでもない。

 先日、ナギサお姉様の部屋で、治療してもらった際。『何かあったら、私にすぐ言いなさい』『無用な争いを避けるため、しばらくは大人しくしてなさい』と、しっかり釘を刺された。

 何の縁もゆかりもない私に、なぜ、ここまでしてくれるかは、謎だが。少なくとも、彼女は、本気で心配してくれているようだ。

 少々口うるさいが、彼女の言うことは、全て正論だった。それに、実力・実績・気品・人間性、全てが私より上なので、素直に、耳を貸す価値はある。なので、イベント中は、大人しく振る舞うことにした。

 ただ、先日の件は、あれで終わったとは、思えなかった。今は『華麗祭』の準備で忙しいから、手を出して来ないだけかもしれない。これが終われば、また、ひと悶着、起こる可能性がある。
 
 まったく、面倒なことだが、来るなら、来ればいい。ナギサお姉様の、手を煩わせる価値もない連中なので、自分一人で、また、返り討ちにしてやるだけだ。

 今のところ、順調にイベントは進んでいるが、周囲の空気がよくなかった。進行リーダーの子は、頑張っているが、今一つ、まとまっていないのだ。特に、サイモン派の子たちは、まるでやる気がなく、指示も真剣には聴いていない。

 だが、進行リーダーの子も、彼女たちには、強く言えなかった。他の子も、彼女たちが、適当にやっていても、誰も文句は言わない。結局、サイモン派の連中は抜きで、不足の部分は、手の空いている子たちが、何とか穴埋めしていた。

 本来なら『真面目に働きなさいよ!』と、私が一喝してやるところだ。でも、私は無視して、自分の仕事に集中していた。言えば、間違いなく揉める。別に、それは構わない。しかし、ナギサお姉様との、約束があるからだ。

 他人の言いつけを、素直に守るなんて、自分らしくもない。しかも、特に親しい相手でもないのに。でも、彼女の言葉には、不思議な重みと、説得力があった。それに、ほとんど話したことがないのに、私の性格を、しっかり見抜いている。

 ただ、物凄く、ストイックな性格かと思いきや、割と緩いことも言うし。厳しさと甘さが混在する、何とも不思議な人だ。『何かもめ事が起きたら、私の名前を出しなさい』と、言われたけど。私は、そんなことを、するつもりはない。

 他人の威光を借りるなんて、卑怯な真似は、絶対にしたくないからだ。それでは、サイモン派の連中と、何も変わりはしない。

 淡々と仕事をしている内に、何とか、三日間の『華麗祭』が終了した。最初は、絶対に無理だと思ったが、やれば、どうにかなるものだ。一部の子を除いては、必死に動き回っていたので、終わった時、みんな、安堵の息を漏らしていた。

 流石に、私も今回は、かなり一杯一杯だった。連携がとれていないので、皆、バラバラに動いていたからだ。ちゃんと、全員が協力すれば、はるかに効率的に、進められたと思う。

 やはり、私が進行リーダーをやったほうが、良かったんだろうか? そうすれば、もっと、上手くできたのではないだろうか……?

 最初に、進行リーダーの話が回って来たのは、私だ。でも、私は、その仕事を、あっさり断った。元々私は、同期の子とは、全く関わりを、持っていなかったからだ。それに、私の性格上、サイモン派ともめるのは、目に見えていた。

 通常、成績がトップの人間が、リーダーに選ばれる。しかし、今回は、私が断ったため、二位の子が務めることになった。彼女は、優秀で真面目だが、あまり、ハッキリ言える性格ではない。そのせいで、まるで、まとまらなかったのだ。

 でも、終わったことは、しょうがない。それより、この後どうするかだ。イベント終了後は、華麗祭名物の『後夜祭』がある。

 正直、私は、気が重かった。パーティーなんて、全く興味ないし。人付き合いは、苦手だ。しかも、昔の舞踏会を模したイベントなので、綺麗に、着飾らなければならない。私は、安物のドレスしかないし、装飾品も持っていなかった。

 でも、ここにいるのは、お金持ちの家の子が多い。特に〈聖アルテナ学園〉出身の子は、良家のお嬢様ばかりだ。サイモン派の連中も、全員、あの学園の卒業生だった。ナギサお姉様も、あの学校のOGらしい。

 どの学校の出身かで、だいたい、グループが形成されている。また、親の社会的地位も、関係していた。結局、金持ちの子同士で、固まっている。

 私は〈レイアード文武校〉の出身。ここは学費も安く、シルフィード校の中で、最も庶民的な学校。名前の通り、武道にも力を入れており、強い精神を養うのが、教育方針だ。

 私がここを選んだのは、純粋に、強くなりたかったから。あと、成績優秀者は、学費免除の制度があったからだ。

 うちは、金持ちではなく、ごく普通の一般家庭。それに、弟二人に、妹が一人と、兄弟が多い。生活費や、弟たちの今後の養育費を考えると、費用を抑えざるを得なかった。
 
 ただ〈ファースト・クラス〉では、レイアード文武校の出身は、極めて少数派だ。まぁ、お金がある家の子なら、間違いなく、別の学校を選ぶだろう。特に〈ファースト・クラス〉を希望しているなら、なおさらだ。

 ちなみに、上位階級に昇進するには、大企業に入るのが必須条件。私は、大手三社、どこを受けても、合格する自信はあった。でも、私がここを選んだのは、伝統と気品を、大切にしているからだ。
 
 また『業界一厳しい』という、骨のある社風も、気に入った。自分を磨くには、最適な環境だからだ。レベルの高い人間と、切磋琢磨すれば、自分のレベルも上がる。そう期待していたのだが、完全に、期待外れだ。

「ふぅー。伝統とはいえ、本当に面倒ね。私みたいな、一般庶民には、全く関係ない世界のに――」 
 
 私は、ため息をつきながらも、準備のために、部屋に戻るのだった……。


 ******


 私は、北エリアにある〈エミールノルデ館〉の、大ホールに来ていた。周囲には、美しいドレスや装飾品で着飾った、沢山の社員がひしめいている。中には、物凄く高価そうな宝石の付いた、ネックレスやブレスレットをしている子たちもいた。

 まるで『ファッション・ショー』でも見ている感覚だ。建物の入口に来た時点で、自分が、完全に場違いであることが分かった。私は、物凄く地味な格好だし。そもそも、このきらびやかな空気が、全く合っていない。

 舞踏会なんて、金持ち連中の道楽だ。私なんかが来ても、全く面白くもなんともない。それに、特に、話す相手がいる訳でもないし。当然、ダンスをする相手なども、いなかった。ハッキリ言って、来るだけ時間の無駄だ。

 私は、シャンパングラスを手に、壁際の人のいない場所まで下がり、ボーッと様子を眺めていた。皆とても楽しそうに、お上品な話で、盛り上がっている。何が楽しいのか、私には、よく分からない。

 特定のシルフィードの所には、物凄く人が集まっていた。同期の子たちは、先輩シルフィードに群がり、皆、一生懸命に、ゴマをすっている。いわゆる、ポイント稼ぎというやつだ。きっと、姉探しに、必死なんだろう。

 まぁ、私には、関係ない話ね。私は、あんな無能どもと違って、一人でやっていけるのだから、姉妹なんて必要ない。だいたい、尊敬できる人間なんて、そうそう、いないのだから。

 しばらく眺めていると、会場内から、拍手が聞こえてくる。どうやら、新しい姉妹が、誕生したようだ。二人が進み出ると、皆は、端のほうに寄り、中央にスペースができる。
 
 それに合わせて、生演奏していたオーケストラが、ダンス用の曲に切り替えた。二人は、楽しそうに微笑みながら、優雅に舞い踊る。

 周囲からは、感嘆の声があがるが、私は冷めた目で見ていた。まるで、別世界での出来事で、私はここにいないような、幻でも見ている感覚だったからだ。

 内容は、だいたい分かったし、もう、十分だわ。これ以上、茶番に付き合うつもりはないし。さっさと帰ろう――。

 私が、立ち去ろうと思った瞬間、横から声を掛けられた。

「あなたは、参加しないでいいの?」
「えっ……?!」  

 静かだが、凜として、力強さを感じる声。いつの間にか、私のすぐ隣には、ナギサお姉様が立っていた。

 背筋を真っ直ぐに伸ばし、燃えるような、真っ赤なドレス姿はからは、圧倒的な気品があふれていた。スタイルも抜群にいいし、白く透き通る肌と、サラサラの金髪。こうして間近で見ると、本当に美しい人だ。

 ドレスは、物凄く高そうだけど、装飾品は、首につけた、小さなネックレス一つだけ。化粧も薄く、ほとんど飾り付けていない、簡素なスタイルだ。それでも、その美しさには、目を惹かれてしまう。

 つい先ほどまで、たくさんの人に、声を掛けられていた。これほど、存在感があって、目立つのだから、無理もない。なのに、なぜ、こんな人のいないところに――?

「同期や先輩方とも、話すチャンスよ。普段は、皆忙しくて、なかなか接する機会がないのだから」

「別に……私は、そういうのは、興味ないので。それに、後夜祭と言ったって、結局は、姉妹を作るのが目的で、参加している人ばかりじゃないですか」
 
「確かに、そういう人が多いわ。とんだ、茶番よね」
「え――?」

 横顔をそっと見ると、彼女は、冷めた目で、ホールの中央を見つめていた。甘く優しい部分があると思えば、妙に冷めていたり。本当に、よく分からない人だ。

「私も、初参加の時、そう思ったわ。くだらないから、さっさと帰ろうとして。あなたも、そうなのでしょ?」
「えぇ、まぁ……」
 
「私は、お世辞も、ゴマをするのも、大嫌いだから。例え演技でも、ああいうのは、絶対に、できないわ」

 彼女が向けた視線の先には、先輩にゴマをすっている、新人シルフィードの姿があった。皆、自分を気に入ってもらおうと、必死になっている。

「私も、死んでも出来ませんね。あんな事するぐらいなら、一生、一人でいいです。自分の力で、やればいいだけですから」
「そうね。私も、同感だわ。媚びを売る暇があったら、自分を磨くべきね」

「でも、あなたには、お姉様がいるじゃないですか? どうやって、気に入られたんですか?」 

 上位階級の姉を作るのは、並大抵の大変さではない。OGの姉を持つ場合は多いが、ツバサお姉様は、私と同じ〈レイアード文武校〉の出身。ナギサお姉様とは、この会社に入るまで、接点がなかったはずだ。

「さぁ、よく分からないわね。向こうから声を掛けて来なければ、全く、話す機会もなかったでしょうし。『華麗祭』の時に、姉妹に誘われなければ、ずっと、一人だったと思うわ」 
 
「えっ!? 向こうから、誘って来たんですか?」 

 社内で『深紅の紅玉クリムゾンルビー』を、知らない人はいない。先輩から後輩まで、全ての層に人気がある。実力はもちろん、カッコイイ外見に加え、明るく、話術も巧みだ。彼女を狙っていた人も、滅茶苦茶、多かったはずだ。

「そう、半ば強引にね。無理矢理、ダンスに連れ出されて。踊っている最中に、いきなり『姉妹になろう』って、言って来たのよ。お互いに、やたらと、姉妹に誘われて面倒だから。『僕たちが姉妹になれば、楽になるんじゃない?』と、言われて」

「は――? じゃあ、単に利害の一致で、姉妹になったんですか?」 

「そういうこと。あと、お互いに干渉されるのは、好きじゃないから。必要以上に干渉せず、普段は、個人行動することを、条件にね」

「なっ?! それって、姉妹と言えるんですか? 利害以外に、何もないじゃないですか?」
 
 あまりに、意外な答えに、流石に私も驚いた。なんていう、ドライな関係なんだろうか? やっぱり、この人は、見た目通りに、物凄くクールな人だ。どう考えたって、人と慣れあったり、頼ったりするような感じじゃない。
  
「普通の姉妹から見たら、おかしいかもしれないわね。たまに、お茶するぐらいだし、べたべたもしないし。でも、何かあった時は、協力してくれるわ。私も、何かあれば、全力で手伝うし」
  
「でも、それって、姉妹である必要性が、ないんじゃないですか? ただの友人や知り合いレベルでは? 姉妹って、いつも一緒にいたり。より仲良くするために、なるもんじゃないんですか?」

 確かに、先輩シルフィードと、仲良くなるのは、自分の昇進などの、将来を有利にするためを考えてが多い。しかし、100%利害だけで、なるものではないと思う。

「でも、皆、利害関係でなるものでしょ? 建前上は、仲良くしていたって。結局、利害が一致しているから、一緒にいるだけよ。自分の立場を、有利にするために、姉妹になるのだから」

「それは、そうですけど。ずいぶんと、割り切っているんですね。自分にとって得なら、相手のことを好きじゃなくても、誰でもいいんですか?」

「結論から言えば、そうじゃない? 本気で、上を目指す人間ならね。友達や姉妹を作るために、この会社に入った訳じゃないんだから。それとも、あなたは、そういう口かしら?」

「まさか。私も、昇級以外には、全く興味ありませんよ。だから、自分一人でいいんです。周りの人間なんか、どうでもいいので」

 私は、少しムキになって言い返す。確かに、彼女の言うことは正論だ。しかし、そこまで、権力欲の強い人だったとは。もっと、真っ直ぐな人だと思ってたのに。人を利用することしか、考えていないんだろうか?

「自分一人の力じゃ、無理よ。だから、先日も、取っ組み合いの、喧嘩になったんでしょ? しかも、八人を相手に」
「って、なんで、そのことを知っているんですか?!」

 私は、怪我の治療をして貰った時も、何があったのかは、一切、話していない。なのに、なんで知ってるの? しかも、詳細な人数まで……。

「会場をみて、何か気付かない? あなたに、ちょっかいを出してきた連中たちが、いないでしょ?」
「えっ――?」

 私は、慌てて、会場内に視線を動かした。そういえば、サイモン派の子たちが、一人も姿が見えない。あのお嬢様たちが、このイベントに、参加しないはずがないのに。

「いったい、何をしたんですか……? それに、今回のこと、どこまで知っているんですか?」
 私は、少し動揺しながら、ナギサお姉様に問いただす。

「ミス・ハーネスに相談して、ちょっと、謹慎処分にね。あと、サイモン派の子には、私の母と姉の名前を出したら、素直に、全て話してくれたわよ」

「はっ――?! 告げ口をしたんですか? しかも、他人の力を頼るなんて、恥ずかしくないんですか?」

「集団に立ち向かって、取っ組み合いの大立ち回りをするほうが、カッコイイとでも? 結局は、怪我をして、彼女たちと、溝が深まっただけで。何か一つでも、解決したの?」

 彼女は、冷徹に言い放つ。物凄く、頭にくる物言いだが、何も言い返せなかった。

「暴力問題に発展する前に、相手を制する。これが、正しい力の使い方よ。暴力なんて、最高に下品で、最低の手段だわ。でも、見習い一人の力では、この方法は無理。だから、みんな、自分より力のある人間と、姉妹になりたいのでしょ?」

 そうだ……その通りだ。あんな、取っ組み合いの喧嘩なんて、本当に低レベル過ぎる。そんなの、分かってる――分かってるけど……。

「でも、同期の子を救うために、我が身を顧みず、行動したのは、素晴らしい行為だわ。誰もが怯えて、見て見ぬ振りをしていたのに。あなた一人だけは、目を背けなかった。本当に、よくやったわ」

「えっ――?」

「でも、やり方を、もっと考えなさい。あんな低レベルな人間たちと、目線を合わせるべきではないわ。それに、あなたなら、もっといい方法を考えられるだけの、知性があるでしょ?」

 ナギサお姉様は、私に静かに視線を向けて来た。それは、先ほどまでの、冷めた目ではなかった。本気で、私を心配して、諭してくれている目だ。

「一つ言っておくけど、私は、他人を利用するのは、大嫌いよ。他人に、頼る行為もね。私は、何でも、自分の力だけでやらないと、気が済まない性格だから。あなたも、そうなんでしょ?」

「えぇ……そうですけど」

 彼女の語る顔は、とても凛々しく、気高かった。けっして、他人を利用したり、頼るようには見えない。私は、その顔と目を、よく知っている。なぜなら、それは、自分の力だけを、強く信じている人間の表情だからだ。

「それでも、時には、誰かの力を借りたほうが、スマートに解決することも有るのよ。誰にだって、得意分野はあるし。自分よりも上手くできる人に、やってもらったほうが、早いこともあるわ」

「権力だって、同じよ。悔しいけど、今の私の力では、どうにもならないことも有るわ。そういう時は、力のある人間に、協力を仰ぐ。取っ組み合いなんて、原始的な方法をとるより、よっぽどいいと思わない?」
 
 確かに、その通りだ。今思えば、とんでもなく、浅はかで低次元なことをやっていた。でも、私には、彼女のように、権力のある知り合いなどいない。

「……でも、それは、力のある人間の、知り合いがいるから、言えるセリフですよね? 私のような一般人には、何の人脈もコネも、ありませんから。私は、あなたみたいに、お嬢様じゃないので。一人で頑張るしか、ないんですよ」

 そうだ、私には、何もない。彼女のような、上流階級の出ではないのだ。偉大な母親を持ち、お金持ちで、お嬢様学校に行っているような人間に。庶民の気持ちは、絶対に分かるはずがない。何不自由なく、生きて来たのだろうから。

「私はね、お嬢様って言われるのが、一番、嫌いなのよ。どんなに努力して、自分の力で結果を出しても。その一言で、片づけられてしまう。できることなら、普通の家庭に、生まれたかったわ。全ての結果が、自分の力と、認めて貰えるのだから」

「――?!」
 私は、その意外な言葉に、激しい衝撃を受けた。

 権力にすがるだけの、ただの良家のお嬢様だと思っていたが、この人には、そんな甘えが、全く感じられない。この全身に張り詰める、ピリピリとした空気は、自分の力で、戦い続けている人間、特有のものだ。

「この世の中は、弱肉強食。どこの業界に行っても、戦いよ。力のない者は、どんどん淘汰されていく。どんなに努力して能力を磨いたって、力がなければ、生き残れない。だから、みんな、力を手に入れるために、必死になっているんでしょ?」 

 彼女は、再び、先輩シルフィードに群がっている、新人たちに視線を向けた。

「必死に、力を求める努力をしている者を、非難する資格はないわ。特に、あなたのように、何の力もない者にはね。力と能力は、別物よ。よく、覚えておきなさい」

 ぐっ……。滅茶苦茶、頭にくるし、悔しいけど、何も言い返せない。あまりにも、正論すぎて、ぐうの音も出ない。今までは、何でも論破してきたけど。こんな屈辱は、初めてだ。

 私は、ずっと努力して、自分の能力を磨き続けてきた。だから、能力では、誰にも負けない自信がある。でも、今の私には、彼女が言う通り、全く力がない。

 でも、どうすれば、いいっていうのよ? 私も、あんなふうに、愛想笑いを浮かべて、媚びを売れとでも――? 力を得るには、そこまでしきゃダメなの……? 私はただ、誰よりも優れた、最高のシルフィードになりたいだけなのに――。

 こんな不快な思いをするなら、来るんじゃなかった……。結局は、自分の無力さを、知っただけじゃない。何をやってるのよ、私は――。

 私は、俯きながら、拳を握りしめ、悔しさに耐えていた。彼女の話を聴いて、すっかり、自信を喪失してしまった。薄々分かってはいたことだ。自分一人の力には、限界があることを……。

 だが、絶望しかけた私の心に、
「顔を上げなさい。上を目指す者が、そんな弱気でどうするの?」
 彼女の言葉が、強くしみ込んで来る。

 私が、ゆっくり顔を上げると、彼女は真っ直ぐな瞳で、私を見つめて来た。そして、静かに語り始める。

「あなた、私の妹になりなさい。そうすれば、二度と、あんな馬鹿げた争いに、巻き込まれることは、なくなるわ」 
「はっ――?!」

 何を言っているのか、私には、理解できなかった。聴き間違い……? いや、そんなはずはない。でも、なんで、あの話の流れから――? まったく、訳が分からない。

「私の妹になれば、ちょっかいを出して来る子も、いなくなるわよ。あなたに手を出すということは、私に喧嘩を売るのと同じだから。そんな度胸のある人間が、この会社にいるかしら?」
 
 彼女は、凜とした顔で言い放つ。不覚にも、その表情と自信にあふれる態度に、見入ってしまった。生まれて初めて、誰かを見て、心からカッコイイと思ってしまった……。

「あ――あの、からかっているんですか? 何で、私みたいな一般人を? しかも、浮きまくっている人間を? 他に、いくらだって、いい子がいるじゃないですか。家柄もよくて、素直な子たちが……」

 彼女は、まだ、一般階級だが、この会社で知らない者はいない。とりわけ、新人たちの間では有名人で、憧れている者も多かった。『白金の薔薇プラチナローズ』の娘で『紅蓮の紅玉』の妹。でも、それだけじゃない。

 学生時代から、常に成績はトップ。何をやっても、完璧。何より、その容姿の美しさ。正々堂々とした、気高さ。それは、かつて『白金の薔薇』が、現役時代だったころに、そっくりだ。

 当然、人気はあるが、あまりにも高根の花過ぎて、誰も近づけない。高慢なお嬢様連中だって、一歩、引いて接しているのに。何で、私みたいな一般人が――?

「私、素直な子は、好きじゃないわ。反骨精神の一つもない人間が、上に行けるとは思えないから。それに、お世辞を言ったり、媚びを売る人間も、大嫌いよ。あと、何の努力もせずに、頼ってくる人間もね」
 
「あなたは、どう? そんな、つまらない人間なの? 私の、見込み違いだったかしら?」

 私がイメージしていたのと、彼女は、全く違う性格だった。この、歯に衣着せぬ物言い。ちょっと、頭に来るけど、決して、上から目線という訳ではなかった。むしろ、ここまでハッキリ言うのは、清々しい。

「まさか。私は、自分の力しか、信じていませんよ。誰かに頼ったり、媚びを売るぐらいなら、死んだ方がマシですから。そこらの軟弱者と、一緒にしないでもらえますか」

「そう、ならいいわ。本気で上を目指すなら、力は絶対に必要よ。私のことを、信頼しなくてもいいから。私の力を、思う存分に、利用しなさい。私の名前を出せば、これからは、正しい行いを、気兼ねなくできるわよ」

 確かに、力は必要だ。それに、彼女は、その力を持っている。彼女の妹になれば、サイモン派だって、手は出せなくなるだろう。間違いを指摘することだって、いくらでも出来る。だが……。

「でも、私にはメリットがあっても、ナギサお姉様には、何もないじゃないですか? それでは、利害関係以前に、私だけが、一方的に得をしていますよね? 力のない、見ず知らずの新人と、姉妹になることに、何の意味があるんですか?」

 私たちは、ロクに話したこともないし、仲がいい訳でもない。学校の先輩後輩でもないし。そもそも、お互いのことを、よく知らなかった。彼女には、何一つ、メリットが見当たらない。

「分かってないわね。姉妹とは、相手の力や実績が、自分の力になるのよ。片方が実績を出せば、もう片方の力にもなる。あなた、上位階級を、目指しているんじゃないの? それとも、その威勢は、見かけ倒しかしら?」

「当然、目指してますよ! 私は、この会社のトップに、なる予定なんで」
 私は、少しいらつきながら、語調を強めて返した。

「それは、偶然ね。私も、この会社のトップを、目指しているから。お互い、ライバル同士ね」 
 彼女は、鋭い視線を向けて来る。だが、私も、負けじと睨み返した。

「本気で上を目指すなら、この手を取りなさい」
 彼女は、そっと、手を差し出してくる。

「……」
 私は、少し考えたあと、彼女の手のひらに、自分の手を重ねた。

「さぁ、行くわよ」
 私は、彼女に手を引かれ、ホールの中央に向かって行った。それと同時に、周囲から、ザワザワと声があがる。

「嘘でしょ、ナギサお姉様が、妹を?!」
「何で、あんな地味な子が、ナギサお姉様と?」
「あの子じゃ、ナギサお姉様と、釣り合わないんじゃない?」
 
 予想していた通りの反応だ。どう考えたって、私と彼女では、不釣り合いだ。能力だけじゃなく、容姿も、家柄も、人間性も、全てにおいて、遠く及ばない。私は気まずくなって、視線を下に落とす。

 だが、目の前にいた、ナギサお姉様から、

「背筋を伸ばして、もっと、シャキッとしなさい。私の妹が、情けない姿をするのは、許さないわよ。つまらない中傷など、毅然とした態度で、全て跳ね返しなさい」
 
 力強い言葉が飛んでくる。

「はい――」
 
 私は、彼女にリードされながら、踊り始めた。こうして、改めて近くで見ると、本当に、美しくて自信に満ちあふれた人だ。彼女を見ている内に、周りのことは、全く気にならなくなっていた。

 それにしても、不思議な人だ。お嬢様のはずなのに、超現実主義だし。ずばずばと、平気でキツイことを言ってくるし。緩い考え方かと思えば、物凄くドライな部分もあるし。かと言って、厳しい中にも、優しさがあったりとか。
 
 今までに、出会ったことのないタイプで、理解できない部分が多い。でも、私よりも、はるかに強い人であることだけは、確かだ。

 私も、いつか、こんなふうに、強く美しくなれるのだろうか? この人を、追い掛けて行けば、いつか、これ程までに、気高くなれるだろうか?

 今は、まだ、よく分からない。でも、この人を信じて、ついて行こう。私が、初めて見付けた、心から尊敬できる人なのだから……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『言いたいことが言い合える仲間っていいよね』

 運命の女神が、共に生きるように定めた仲間を愛せよ
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