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第8部 分かたれる道
5-7変装って何か悪いことしてるみたいで後ろめたい
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日曜の昼間。いつもなら、観光案内で、忙しく飛び回っている時間だ。でも『一週間の営業停止中』なので、今日は仕事がない。シルフィードを始めてから、土日・祝日は、いつも仕事だったので、日曜に休むのは、初めての経験だ。
ちなみに、今日は、ユメちゃんと一緒に〈南地区〉に来ていた。私は『謹慎中だから』と、断ったんだけど。『どうせ家にいても、ゴロゴロしてるだけでしょ?』と、無理やり、連れ出されてしまったのだ。確かに、その通りなんだけど……。
一日、二日なら、まだしも。流石に、一週間は長すぎる。毎日、クローゼットの中の、シルフィードの制服を見るたびに、早く仕事に行きたくて、うずうずしていた。
結局、することがなくて、家でゴロゴロしている。仕事をしていた時は、一瞬で、一日が終わってたのに。今は、一日の時間が、永遠に感じるぐらいに長い。じっとしているのも、そろそろ限界だ。
まぁ、こんなに、無駄な時間を消費するぐらいなら、外の空気を吸いに行ったほうが、マシかもしれないよね。仕事ができないだけで、外出は、禁止されていない訳だし。
ただ、世間では、かなり話題になっているので、今日は、バッチリ変装してきた。ユメちゃんが持ってきた服を着て、ウィックをつけ、サングラスも掛けている。すっかり、セレブな雰囲気になり、完全に、見た目は別人だった。
ロングヘアって、初めてなので、何か違和感がある。でも、これなら私だと、誰も分からないはずだ。
変装のお蔭で、バレないとは思うけど、何か後ろめたい気がする。まるで、仕事を、ズル休みしているような気分だ――。
私は、ユメちゃんと一緒に、いろんな店を回って行った。いつもなら、私が案内するんだけど。今日はずっと、ユメちゃんに連れ回されていた。何だか、今日の彼女は、妙にテンションが高い。
休日で学校が休みだから、というのも、あるかもしれないけど。たぶん、私に気を遣ってくれているんだと思う。結局、私が落ち込んだり、悩んだりしている時、いつも元気づけてくれるのは、昔からユメちゃんだった。
私たちは、軽くランチを済ませたあと、人気のフルーツパーラーに来ていた。テラス席は、ほぼ満席状態で、物凄く賑わっている。
今、私たちの目の前には、滅茶苦茶、巨大なパフェが置かれていた。『スペシャル・デラックス・スーパータワー・パフェ』という、名前からして、とんでもない、超特大パフェだ。
もし、フィニーちゃんがいたら、大喜びで、完食したに違いない。でも、私たちは、絶対に、一人じゃ無理な量なので、二人で挑戦していた。先ほどから、必死に、スプーンを動かしているが、全然、減っていない気がする。
「ねぇ、ユメちゃん。今更だけど、やっぱ、これ無理じゃない?」
「何言ってるの、風ちゃんらしくもない。不可能を可能にするのが、いつもの風ちゃんでしょ?」
「いや、いくらなんでも、この量は。気合じゃ、胃袋は、大きくならないから」
「まぁ、いいじゃん。『成否が大事じゃないし、何事も経験』って、風ちゃんが、前に言ってたことだよ」
「あははっ……そうだっけ? まぁ、あのころは、若かったからねぇ」
そういえば、昔は、よくそんなことを、言ってた気もする。
「いやいや、今だって、若いでしょ! なに言ってるの?」
「でも、シルフィード業界だと、十八って、若くないよ」
この業界は、新人の子たちは、十五か十六。なので、若いという感覚は、十七歳ぐらいまでだ。『エア・マスター』以上になると、もう、新人としては、見てもらえないし。物凄く、早熟な業界なのだ。
「そんなこと言ったら、私なんか、どうするの? みんなより、二年遅れで、デビューするんだから。最初から、年寄りじゃん」
ユメちゃんは、ブーッと頬を膨らませる。
彼女は、二年、休学して、また、一年生からやり直していた。なので、他の人より、スタートが遅くなってしまう。でも、そのハンデは、本人も承知して選んだはずだ。
「ユメちゃんは、大丈夫だよ。頭いいから、ストレートで、昇進すると思うし。『エア・マスター』になっちゃったら、全員、横並びで、一緒だから」
「でも、シルフィードって、若い人のほうが、人気あるんでしょ?」
「全然、そんなことないよー。歳を重ねるごとに、人気が出る人もいるし。リリーシャさんなんか、まさに、そんな感じだから」
リリーシャさんは、今、二十二歳。でも、初めて出会った時と変わらず、若々しいし。ますます、美しくなった気がする。ファンの数も、うなぎ上りに増えていた。
「確かに『天使の羽』は、相変わらず、物凄い人気だもんね。風ちゃんより、人気あるの?」
「当然だよ。私なんて、足元にも及ばないから。そもそも『グランド・エンプレス』の指名が、来るぐらいだもん」
「ええぇぇー?! そうだったの?」
「あっ、ゴメン――。今の、オフレコでお願い。まだ、正式決定じゃないから」
ELのやり取りでも、まだ、話していなかった。ことがことだから、本決まりまでは、言っちゃマズイと思ったので。でも、気が抜けていたせいか、うっかり、口に出てしまった。
「って、それいつの話?」
「数日前に、来たばかりで。面接も、これからだよ」
「うー、聴いてないよー」
「ごめんね。決まってから、知らせようと思って」
指名が来た以上、ほぼ決まったも同然だと思う。でも、本決まりするまでは、やっぱり、少し不安だった。
「決まったら、世界中で、物凄い騒ぎになるだろうね」
「なんで?」
「だって、親子二代で『グランド・エンプレス』だよ。それって、とんでもない快挙じゃん。本当に〈ホワイト・ウイング〉って、史上初が多いよね」
「あー、確かに……」
そもそも『親子二代で上位階級』というのも、史上初で、凄く話題になったらしい。〈ホワイト・ウイング〉の、知名度の高さの一端は、そこにある。
「会社が人気になれば、仕事も増えて、いいことだと思うけど。風ちゃんは、本当に、それでいいの?」
「え――?」
「だって、風ちゃんも、エンプレスを目指してたでしょ? 一席しかないのに、ゆずっちゃっても、いいの?」
ユメちゃんは、真剣な表情で訊ねてきた。
「……まぁ、全く心残りがないと言えば、嘘になるけど。でも、今回は、すんなり受け入れられたんだ。どう考えったって、エンプレスに一番ふさわしいのは、リリーシャさんだもん。私の中では、最高のシルフィードだから」
「もし、他の人に指名が行ったなら、滅茶苦茶、ショックだったと思うけど。リリーシャさんなら、自分のことのように、物凄く嬉しいよ。今まで以上に、追い掛け甲斐があるし」
むしろ、リリーシャさんに指名が来たことで、ホッとしていた。彼女が、私の上にいてくれることで、これからも、永遠に目標として、追い掛けられるのだから。
「相変わらず、風ちゃんは、リリーシャさん一筋だねぇ。でも、私は、ちょっと残念かなぁ。風ちゃんが、エンプレスになるところ、見てみたかったし」
「なんて言うか、時期が悪かったよね。すでに、クイーンが、七人もいるんだし。全員、滅茶苦茶、優秀な人たちだから。私なんて、プリンセスになったばかりだから、まずは、クイーンを目指さないと」
「今は『珠玉の世代』なんて、言われてるし。確かに、優秀な人が多いよね。でも、その中から一人を選ぶなら、やっぱり、私も『天使の羽』にするかな」
「でしょー! やっぱ、そうだよね」
リリーシャさんの優秀さは、誰もが知るところだ。そもそも、欠点らしい欠点が、何もないので、非の打ち所がなかった。
「でも、風ちゃんがクイーンだったら、絶対に、風ちゃんを選ぶけどね!」
「あははっ、ありがとう」
ユメちゃんの私びいきは、昔から変わらない。
「それより、風ちゃん大丈夫?」
「えっ――なにが?」
「だって、元気ないじゃん。お店を回ってる時も、ボーッとしたり、心ここにあらずな感じで」
「うっ……そうだった? ごめんね。一応、謹慎中の身なので――」
「まだ、気にしてるの? 先日の火事のこと」
「うん。まだ、少しだけ、モヤモヤしてるかな。人としては、間違ってないと思うんだけど。立場的には、間違った行動だったのかなぁー、なんて」
少女を助けたことには、全く悔いはない。むしろ、あそこで行動しなかったら、別の意味で、後々まで、後悔していただろう。ただ、ルール違反をしたのは事実で、正しい行動だったとは、自信を持って言えない。
「間違ってなんかない! 絶対、正しい行動だったから! 私が同じ立場だったら、絶対に、同じことするよ!」
「ちょっ……ユメちゃん、声大きい――」
周囲の視線が、一斉に、こちらに集まる。私は、ペコペコと頭を下げた。
「とにかく、誰がなんと言おうと、絶対に、正しい行動だったよ。人の命以上に大事なものなんて、ある訳ないもん。それは、命を救ってもらった私が、一番よく分かってるから」
「……そうだよね。なんて言うか、いてもたっても、いられなくて。気付いたら、勝手に体が動いちゃって。アリーシャさんも、きっと、そんな気持ちだったんだろうね。自分の立場とか、一切、関係なしに」
『三・二一事件』の、アリーシャさんの行動についても、一部では『立場を考えて自重するべきだった』という、批判的な意見がある。
でも、それは、現場にいなかったからこそ、言える意見だと思う。目の前の人を見捨てるのは、想像以上に、辛い選択だから。
「きっと、そうだと思う。だから私も、彼女と同じように、人として正しく生きたいんだ。自分の保身なんか考えてたら、正しいことが、何も出来なくなっちゃうよ」
「だよねぇ。でも、上位階級の立場って、凄く難しいんだ。大きな権限とか、人気とかある代わりに、行動に制限があるから。昇進してから、日々ずっと悩んでるよ。『どこまで素でやっていのか?』って」
「全部、素でいいんじゃない? 私は、ありのままの風ちゃんが、一番、好きだよ。どんなことにも、迷わず果敢に進んで行く、強い意思と行動力。私は、それに憧れて、シルフィードになろうと、思ったんだから」
ユメちゃんは、言いながら、パフェをどんどん食べ進める。ちょっと、やけになっている気もする。
「世の中の人が、全員、ユメちゃんみたいに、理解があったら、楽でいいんだけどね。でも、結局、こうして営業停止に、なっちゃった訳だし。立場もルールも、守らないとならないから、自分らしい行動は、難しいよ」
「自分のやりたいことや、正義を貫くのも、大事だと思う。でも、周りに合わせたり、ルールを守るのも、世の中では、大事だから。それが『大人になる』ってことなのかもね――」
ユメちゃんを見ると、一昔前の自分と、姿が重なる。血気盛んで『何でも自分で出来る』『何でも自分の考えが正しい』と、思っていた、あのころに。でも、社会に出て、自分の無力さを知ってから、少しずつ、丸くなってきた。
「そんなんだったら、風ちゃんは、一生、大人にならなくていいよ。周りを気にして、縮こまってるなんて、風ちゃんらしくないもん」
「いや、流石に、そういう訳にも。ってか、私のイメージって……?」
ユメちゃんの中の私は、見習い時代から、何も変わっていないみたいだ。
「私、決めた! 将来、絶対にシルフィード協会の理事になる。そして、つまんないルールは、全部、変えるから。正しい行動をして罰せられるなんて、あり得ないよ」
「あははっ――。ユメちゃんなら、本当に、やりそうだね」
一見、大人しそうな性格だけど、ユメちゃんは、物凄く有言実行だ。結構、熱い性格だし、行動力もある。学校に通い始めてから、どんどん、昔の私に、似て来た気がする……。
でも、積極的に行動する、彼女の姿を見ていると、とても元気になる。可能か不可能か、正しいか間違ってるか。そんなの関係ないんだよね、若いころって。やれると思うからやる。ただ、それだけの、至ってシンプルな考え方だ。
私も、昔みたいに、もっとシンプルに考えて、行動したほうがいいのかも。立場上の行動って、結局は、保身を考えてるだけだよね――?
「私も、決めたよ。これからは、もっと、私らしく行動する。まぁ、それで、上位階級をクビになっちゃったら、それはそれだよね」
「うんうん、それでこそ、風ちゃんだよ! でも、クビになんて、絶対にさせないから。もし、そんなことになったら、うちの親に頼んで、シルフィード協会、潰してもらうから」
「ちょっ……なに不穏なこと、言ってるの? 冗談だよね?」
「えっ? 本気だけど」
「怖い、怖いって、ユメちゃん!」
ユメちゃんが言うと、冗談に聞こえないから怖い。でも、お蔭で、物凄くすっきりした。
「それよりも、私、もう限界なんですけど――」
「えぇー?! まだ、半分も行ってないよ。もっと、頑張ってよー! って、うぷっ。私も、きつくなってきた……」
結局、超特大パフェは、周りにいたお客さんたちにも、手伝って貰って、かろうじて完食した。当分、パフェは見たくないかも――。
ただ、今回の火事の件で、少し吹っ切れた気がする。やっぱり、正しいと思うことは、どんな立場だろうと、やると思うし。同じ場面に遭遇したら、また、同じ行動をするだろう。
アリーシャさんも、エンプレスになったあとも、気ままにやってたみたいだし。私も、私らしくやればいいと思う。昇進のために、自分を殺してしまっては、意味がないし。リスクのない行動だけを選ぶなんて、私らしくない。
私は私のやり方で、これからも、真っ直ぐ、前に進んで行こう。例え、それで認められなかったとしても。きっと、ユメちゃんのように、私を認めてくれる人は、いると思うから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『この幸せな時間が永遠に続くと思っていたのに……』
永遠に続く道はない。いつかは分かれ道が訪れる
ちなみに、今日は、ユメちゃんと一緒に〈南地区〉に来ていた。私は『謹慎中だから』と、断ったんだけど。『どうせ家にいても、ゴロゴロしてるだけでしょ?』と、無理やり、連れ出されてしまったのだ。確かに、その通りなんだけど……。
一日、二日なら、まだしも。流石に、一週間は長すぎる。毎日、クローゼットの中の、シルフィードの制服を見るたびに、早く仕事に行きたくて、うずうずしていた。
結局、することがなくて、家でゴロゴロしている。仕事をしていた時は、一瞬で、一日が終わってたのに。今は、一日の時間が、永遠に感じるぐらいに長い。じっとしているのも、そろそろ限界だ。
まぁ、こんなに、無駄な時間を消費するぐらいなら、外の空気を吸いに行ったほうが、マシかもしれないよね。仕事ができないだけで、外出は、禁止されていない訳だし。
ただ、世間では、かなり話題になっているので、今日は、バッチリ変装してきた。ユメちゃんが持ってきた服を着て、ウィックをつけ、サングラスも掛けている。すっかり、セレブな雰囲気になり、完全に、見た目は別人だった。
ロングヘアって、初めてなので、何か違和感がある。でも、これなら私だと、誰も分からないはずだ。
変装のお蔭で、バレないとは思うけど、何か後ろめたい気がする。まるで、仕事を、ズル休みしているような気分だ――。
私は、ユメちゃんと一緒に、いろんな店を回って行った。いつもなら、私が案内するんだけど。今日はずっと、ユメちゃんに連れ回されていた。何だか、今日の彼女は、妙にテンションが高い。
休日で学校が休みだから、というのも、あるかもしれないけど。たぶん、私に気を遣ってくれているんだと思う。結局、私が落ち込んだり、悩んだりしている時、いつも元気づけてくれるのは、昔からユメちゃんだった。
私たちは、軽くランチを済ませたあと、人気のフルーツパーラーに来ていた。テラス席は、ほぼ満席状態で、物凄く賑わっている。
今、私たちの目の前には、滅茶苦茶、巨大なパフェが置かれていた。『スペシャル・デラックス・スーパータワー・パフェ』という、名前からして、とんでもない、超特大パフェだ。
もし、フィニーちゃんがいたら、大喜びで、完食したに違いない。でも、私たちは、絶対に、一人じゃ無理な量なので、二人で挑戦していた。先ほどから、必死に、スプーンを動かしているが、全然、減っていない気がする。
「ねぇ、ユメちゃん。今更だけど、やっぱ、これ無理じゃない?」
「何言ってるの、風ちゃんらしくもない。不可能を可能にするのが、いつもの風ちゃんでしょ?」
「いや、いくらなんでも、この量は。気合じゃ、胃袋は、大きくならないから」
「まぁ、いいじゃん。『成否が大事じゃないし、何事も経験』って、風ちゃんが、前に言ってたことだよ」
「あははっ……そうだっけ? まぁ、あのころは、若かったからねぇ」
そういえば、昔は、よくそんなことを、言ってた気もする。
「いやいや、今だって、若いでしょ! なに言ってるの?」
「でも、シルフィード業界だと、十八って、若くないよ」
この業界は、新人の子たちは、十五か十六。なので、若いという感覚は、十七歳ぐらいまでだ。『エア・マスター』以上になると、もう、新人としては、見てもらえないし。物凄く、早熟な業界なのだ。
「そんなこと言ったら、私なんか、どうするの? みんなより、二年遅れで、デビューするんだから。最初から、年寄りじゃん」
ユメちゃんは、ブーッと頬を膨らませる。
彼女は、二年、休学して、また、一年生からやり直していた。なので、他の人より、スタートが遅くなってしまう。でも、そのハンデは、本人も承知して選んだはずだ。
「ユメちゃんは、大丈夫だよ。頭いいから、ストレートで、昇進すると思うし。『エア・マスター』になっちゃったら、全員、横並びで、一緒だから」
「でも、シルフィードって、若い人のほうが、人気あるんでしょ?」
「全然、そんなことないよー。歳を重ねるごとに、人気が出る人もいるし。リリーシャさんなんか、まさに、そんな感じだから」
リリーシャさんは、今、二十二歳。でも、初めて出会った時と変わらず、若々しいし。ますます、美しくなった気がする。ファンの数も、うなぎ上りに増えていた。
「確かに『天使の羽』は、相変わらず、物凄い人気だもんね。風ちゃんより、人気あるの?」
「当然だよ。私なんて、足元にも及ばないから。そもそも『グランド・エンプレス』の指名が、来るぐらいだもん」
「ええぇぇー?! そうだったの?」
「あっ、ゴメン――。今の、オフレコでお願い。まだ、正式決定じゃないから」
ELのやり取りでも、まだ、話していなかった。ことがことだから、本決まりまでは、言っちゃマズイと思ったので。でも、気が抜けていたせいか、うっかり、口に出てしまった。
「って、それいつの話?」
「数日前に、来たばかりで。面接も、これからだよ」
「うー、聴いてないよー」
「ごめんね。決まってから、知らせようと思って」
指名が来た以上、ほぼ決まったも同然だと思う。でも、本決まりするまでは、やっぱり、少し不安だった。
「決まったら、世界中で、物凄い騒ぎになるだろうね」
「なんで?」
「だって、親子二代で『グランド・エンプレス』だよ。それって、とんでもない快挙じゃん。本当に〈ホワイト・ウイング〉って、史上初が多いよね」
「あー、確かに……」
そもそも『親子二代で上位階級』というのも、史上初で、凄く話題になったらしい。〈ホワイト・ウイング〉の、知名度の高さの一端は、そこにある。
「会社が人気になれば、仕事も増えて、いいことだと思うけど。風ちゃんは、本当に、それでいいの?」
「え――?」
「だって、風ちゃんも、エンプレスを目指してたでしょ? 一席しかないのに、ゆずっちゃっても、いいの?」
ユメちゃんは、真剣な表情で訊ねてきた。
「……まぁ、全く心残りがないと言えば、嘘になるけど。でも、今回は、すんなり受け入れられたんだ。どう考えったって、エンプレスに一番ふさわしいのは、リリーシャさんだもん。私の中では、最高のシルフィードだから」
「もし、他の人に指名が行ったなら、滅茶苦茶、ショックだったと思うけど。リリーシャさんなら、自分のことのように、物凄く嬉しいよ。今まで以上に、追い掛け甲斐があるし」
むしろ、リリーシャさんに指名が来たことで、ホッとしていた。彼女が、私の上にいてくれることで、これからも、永遠に目標として、追い掛けられるのだから。
「相変わらず、風ちゃんは、リリーシャさん一筋だねぇ。でも、私は、ちょっと残念かなぁ。風ちゃんが、エンプレスになるところ、見てみたかったし」
「なんて言うか、時期が悪かったよね。すでに、クイーンが、七人もいるんだし。全員、滅茶苦茶、優秀な人たちだから。私なんて、プリンセスになったばかりだから、まずは、クイーンを目指さないと」
「今は『珠玉の世代』なんて、言われてるし。確かに、優秀な人が多いよね。でも、その中から一人を選ぶなら、やっぱり、私も『天使の羽』にするかな」
「でしょー! やっぱ、そうだよね」
リリーシャさんの優秀さは、誰もが知るところだ。そもそも、欠点らしい欠点が、何もないので、非の打ち所がなかった。
「でも、風ちゃんがクイーンだったら、絶対に、風ちゃんを選ぶけどね!」
「あははっ、ありがとう」
ユメちゃんの私びいきは、昔から変わらない。
「それより、風ちゃん大丈夫?」
「えっ――なにが?」
「だって、元気ないじゃん。お店を回ってる時も、ボーッとしたり、心ここにあらずな感じで」
「うっ……そうだった? ごめんね。一応、謹慎中の身なので――」
「まだ、気にしてるの? 先日の火事のこと」
「うん。まだ、少しだけ、モヤモヤしてるかな。人としては、間違ってないと思うんだけど。立場的には、間違った行動だったのかなぁー、なんて」
少女を助けたことには、全く悔いはない。むしろ、あそこで行動しなかったら、別の意味で、後々まで、後悔していただろう。ただ、ルール違反をしたのは事実で、正しい行動だったとは、自信を持って言えない。
「間違ってなんかない! 絶対、正しい行動だったから! 私が同じ立場だったら、絶対に、同じことするよ!」
「ちょっ……ユメちゃん、声大きい――」
周囲の視線が、一斉に、こちらに集まる。私は、ペコペコと頭を下げた。
「とにかく、誰がなんと言おうと、絶対に、正しい行動だったよ。人の命以上に大事なものなんて、ある訳ないもん。それは、命を救ってもらった私が、一番よく分かってるから」
「……そうだよね。なんて言うか、いてもたっても、いられなくて。気付いたら、勝手に体が動いちゃって。アリーシャさんも、きっと、そんな気持ちだったんだろうね。自分の立場とか、一切、関係なしに」
『三・二一事件』の、アリーシャさんの行動についても、一部では『立場を考えて自重するべきだった』という、批判的な意見がある。
でも、それは、現場にいなかったからこそ、言える意見だと思う。目の前の人を見捨てるのは、想像以上に、辛い選択だから。
「きっと、そうだと思う。だから私も、彼女と同じように、人として正しく生きたいんだ。自分の保身なんか考えてたら、正しいことが、何も出来なくなっちゃうよ」
「だよねぇ。でも、上位階級の立場って、凄く難しいんだ。大きな権限とか、人気とかある代わりに、行動に制限があるから。昇進してから、日々ずっと悩んでるよ。『どこまで素でやっていのか?』って」
「全部、素でいいんじゃない? 私は、ありのままの風ちゃんが、一番、好きだよ。どんなことにも、迷わず果敢に進んで行く、強い意思と行動力。私は、それに憧れて、シルフィードになろうと、思ったんだから」
ユメちゃんは、言いながら、パフェをどんどん食べ進める。ちょっと、やけになっている気もする。
「世の中の人が、全員、ユメちゃんみたいに、理解があったら、楽でいいんだけどね。でも、結局、こうして営業停止に、なっちゃった訳だし。立場もルールも、守らないとならないから、自分らしい行動は、難しいよ」
「自分のやりたいことや、正義を貫くのも、大事だと思う。でも、周りに合わせたり、ルールを守るのも、世の中では、大事だから。それが『大人になる』ってことなのかもね――」
ユメちゃんを見ると、一昔前の自分と、姿が重なる。血気盛んで『何でも自分で出来る』『何でも自分の考えが正しい』と、思っていた、あのころに。でも、社会に出て、自分の無力さを知ってから、少しずつ、丸くなってきた。
「そんなんだったら、風ちゃんは、一生、大人にならなくていいよ。周りを気にして、縮こまってるなんて、風ちゃんらしくないもん」
「いや、流石に、そういう訳にも。ってか、私のイメージって……?」
ユメちゃんの中の私は、見習い時代から、何も変わっていないみたいだ。
「私、決めた! 将来、絶対にシルフィード協会の理事になる。そして、つまんないルールは、全部、変えるから。正しい行動をして罰せられるなんて、あり得ないよ」
「あははっ――。ユメちゃんなら、本当に、やりそうだね」
一見、大人しそうな性格だけど、ユメちゃんは、物凄く有言実行だ。結構、熱い性格だし、行動力もある。学校に通い始めてから、どんどん、昔の私に、似て来た気がする……。
でも、積極的に行動する、彼女の姿を見ていると、とても元気になる。可能か不可能か、正しいか間違ってるか。そんなの関係ないんだよね、若いころって。やれると思うからやる。ただ、それだけの、至ってシンプルな考え方だ。
私も、昔みたいに、もっとシンプルに考えて、行動したほうがいいのかも。立場上の行動って、結局は、保身を考えてるだけだよね――?
「私も、決めたよ。これからは、もっと、私らしく行動する。まぁ、それで、上位階級をクビになっちゃったら、それはそれだよね」
「うんうん、それでこそ、風ちゃんだよ! でも、クビになんて、絶対にさせないから。もし、そんなことになったら、うちの親に頼んで、シルフィード協会、潰してもらうから」
「ちょっ……なに不穏なこと、言ってるの? 冗談だよね?」
「えっ? 本気だけど」
「怖い、怖いって、ユメちゃん!」
ユメちゃんが言うと、冗談に聞こえないから怖い。でも、お蔭で、物凄くすっきりした。
「それよりも、私、もう限界なんですけど――」
「えぇー?! まだ、半分も行ってないよ。もっと、頑張ってよー! って、うぷっ。私も、きつくなってきた……」
結局、超特大パフェは、周りにいたお客さんたちにも、手伝って貰って、かろうじて完食した。当分、パフェは見たくないかも――。
ただ、今回の火事の件で、少し吹っ切れた気がする。やっぱり、正しいと思うことは、どんな立場だろうと、やると思うし。同じ場面に遭遇したら、また、同じ行動をするだろう。
アリーシャさんも、エンプレスになったあとも、気ままにやってたみたいだし。私も、私らしくやればいいと思う。昇進のために、自分を殺してしまっては、意味がないし。リスクのない行動だけを選ぶなんて、私らしくない。
私は私のやり方で、これからも、真っ直ぐ、前に進んで行こう。例え、それで認められなかったとしても。きっと、ユメちゃんのように、私を認めてくれる人は、いると思うから……。
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次回――
『この幸せな時間が永遠に続くと思っていたのに……』
永遠に続く道はない。いつかは分かれ道が訪れる
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