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第8部 分かたれる道
5-6何が正しいかは人それぞれだから難しいよね
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夕方、自宅にて。私は、リビングの窓の前に立ち、ボーッと外を眺めていた。目の前には、青く大きな海が見える。いつもなら、とても美しく、心が洗われる光景だ。しかし、今日は灰色に見え、テンションは、下がる一方だった。
私は、フーッと、大きなため息をつくと、ソファーに向かい、端っこに、ちょこんと腰かける。朝からため息ばかりで、何も身に入らない。まぁ、元々普段から、休日の過ごし方は、下手だけど。今日は、特にひどかった。
それに、普通の休日ならまだしも、今は謹慎中だ。のんびりと、休む気にもなれない。今まで、日々忙殺されていたので、急に暇になると、何をやっていいのか、さっぱり分からなかった。
ちなみに、先日の火事のあと。助けた少女は、病院で精密検査を受けたが、どこも異常はなく、完全な健康体だった。検査で一日だけ入院したが、次の日には、元気一杯に退院したそうだ。何事もなく、心からホッとした。
ただ、私は、数々の法律無視や、ルール違反を行ってしまった。『航空法違反』『消防法違反』『シルフィード規定違反』など。その結果、しかるべき、処罰を受けることになった。
『安全飛行講習』一週間。『ライセンスの停止』二週間。『懲罰金』十万ベル。『始末書』の提出など。思っていた以上に、重い処罰だ。しかし、これに関しては、特例として、全て免除になった。
というのも、行政府のトップである評議会議長が『今回は、人命救助でやむを得ない行為であり、素晴らしい判断と行動であった。違反を問うべき問題ではない』と、声明を出したからだ。
加えて、スピでは、今回の処罰の件に対し、大変な、反論が巻き起こっていた。どこのサイトや掲示板でも、この話題で、持ちきりだった。
また、マスコミたちも『今回の件は、消防隊の行動の問題ではないか?』『人助けで罰せられるのは筋違い』『人命よりも法律を優先するのは間違っている』『航空法と消防法の改正が必要なのでは?』と、揃って声をあげていた。
しかも、この町だけではなく、世界中で論争が巻き起こる、大事件になってしまった。罰を受ける覚悟は、最初からしていたけど。私も、まさか、ここまで大事になるとは、完全に予想外だった。
結局、法的な罰則は、全て免除になったが、シルフィード協会のほうからは『一週間の営業停止』が、言い渡された。ただ、これは、当然の処分だと思う。こんなに、世間を騒がせてしまったのだから。何らかの、ペナルティは必要だ。
今回の処分については、十分に納得している。だが、一番の問題は、自分の中での、倫理観についてだ。
少女を助けた時は、間違いなく『正しいことをした』と、確信していたけど。時間が経って、冷静に考えてみると、本当に正しい行為だったのか、だんだん、自信が持てなくなってきた。
仮にも、上位階級で、注目される立場だし。法律を破る行為は、軽率だったのではないだろうか……? 私が無理に助けなくても、あとから来た消防隊に、助けられたのでは――? 少女を、危険にさらしただけでは、ないだろうか……?
次々と、疑問が、頭の中によぎる。結局、今日は、朝からずっと、この事ばかりを考えて、ずっと悶々とし続けていた。しかも、一週間もの営業停止で、何もやることがなかった。
昔から、仕事一筋でやって来たから、休日の過ごし方が、よく分からない。謹慎中のようなものだから、下手に、外にでも出られないし。こんな生活が、一週間も続くかと思うと、滅茶苦茶、憂鬱で、死ぬほど気分が重い。
「はぁー……どうしよう? まだ、初日で、こんなに気疲れするなんて。どうやって、一週間も時間を潰そう――」
見習い時代なら、気楽に、空の散歩をしたり、街中を探索していたけど。今は、それすらも出来ない。昇進できたのは嬉しいけど、何をやっても目立つので、非常に窮屈な立場だ。
ソファーで、ボンヤリしていると、チャイムが鳴った。目の前に『ホーム・セキュリティー』の、空中モニターが表示される。画面をタッチすると、そこには、見知った顔が映っていた。
「……はい」
「あぁ――その。突然、来てしまって、悪いのだけれど。今、お邪魔しても、大丈夫かしら?」
「うん、もちろんだよ! 入って、入って」
私は、画面をタッチして、入口のロックを外す。ホーム・セキュリティーを使えば、遠隔で、ロックを外すことも可能だ。
私は、早足で玄関に向かう。玄関に着くと同時に、静かに扉が開いた。私は、彼女の顔を見て、自然に笑みが漏れる。
「ナギサちゃん、いらっしゃい! フィニーちゃんも、キラリンちゃんも、来てくれたんだ!」
私は、親友たちの顔を見て、急に元気が出て来た。
「連絡してから、と思ったんだけど。フィニーツァとキラリスが『サプライズのほうがいい』って、言うから……」
ナギサちゃんは、少し困った表情で語る。
「サプライズは、基本」
「細かいことは、気にするな。会えたんだから、いいじゃないか」
フィニーちゃんと、キラリスちゃんは、いつも通り自由な感じだ。
「とにかく、上がって。超暇してたから、ちょうど良かったよー」
完全に行き詰っていたので、三人の親友は、まさに、救いの神だった。
「フッ、そんなことだろうと思って、トランプとか、色々持って来たぞ」
「食べ物も、いっぱいある」
「ちょっと、あなたたち。遊びに来たんじゃないのよ!」
「あははっ……」
みんな、いつも通りの反応で、凄くホッとする。こうして、突発的な、女子会が始まるのだった――。
******
全員、リビングのソファーに座り、テーブルには、大量の食べ物が並んでいる。三人とも、色んな物を持ってきてくれた。
ナギサちゃんは、サンドイッチやサラダなど、ヘルシーなもの。フィニーちゃんのは、ほぼ茶色だけの、大量の肉と揚げ物。キラリスちゃんは、豚まん、餃子、春巻きなど、中華料理が多い。あと、有名店の、ラーメン詰め合わせもあった。
相変わらずだけど、食べ切れないほどの、物凄い量がある。まぁ、フィニーちゃんがいるから、最終的には、全部なくなりそうだけど……。
最初は、ジュースで乾杯したあと、世間話をしながら、美味しく夕飯を食べる。いつも一人だから、こうして、誰かと一緒に食べるのは、とても嬉しい。
ある程度、食事が進むと、フィニーちゃんは、ごろんと、ソファーに横になった。ぐでーっと脱力して、完全に伸びている。
「ちょっと、フィニーツァ、だらしないわよ。よその家に来て、何やってるの?」
「風歌が、自由にくつろいでいいって、言った」
「そういう問題じゃ、ないでしょ? 立場を考えなさいよ。仮にも『スカイ・プリンセス』なんだから」
「今日、仕事、忙しかったから。超疲れた……」
この二人のやり取りは、昔から、全く変わらない。
「別に、気にしないでいいよ。私たちしか、いないんだし、一人暮らしだから。自分の家のように、のんびり、くつろいでよ」
私は、細かいことは、気にしないので、全然、構わない。それに、昔、実家にいたころは、毎日、こんな感じだったからね。
「ちょっと、フィニーツァを、甘やかさないでよ。ただでさえ、だらしないんだから。これ以上、酷くなったら、どうするの?」
「見習い時代から、変わらない。だから、これ以上、ひどくはならない」
「って、変わりなさいよ!」
ナギサちゃんは、相変わらず厳しい。でも、彼女の言葉には、なんて言うか、愛があるんだよね。
「おい、そんなことより、本題はどうした? ただ、遊びに来ただけじゃ、ないんだろ? 私は、楽しめれば、いいけどさ」
キラリスちゃんが、冷静に突っ込む。
ナギサちゃんは、ゴホンッと咳払いすると、少し遠慮がちに、私に訊ねて来る。
「で――どうなのよ、その後?」
「どうって、何が?」
「だから、大丈夫か、ってことよ? 物理的にも、精神的にも」
「あぁー、そのことね。営業停止、一週間以外は、一切、罰則がなかったし。リリーシャさんも、怒ってなかったし。物理的には、何も問題ないよ」
もし、法的な罰則があったら、そっちの方でも、かなり、落ち込んでたと思う。なので、罰則免除で、本当に助かった。
ちなみに、リリーシャさんは、今回の件に関して、かなり、複雑な心境のようだ。『人命を救助したのは、とても、素晴らしい行為だけど。母の件があるから、素直には、褒めて上げられないわ』と、言っていた。
一歩、間違えれば、私だって、命を落とす可能性があったのだから、当然だ。でも、怒ってはいなかった。褒めたい気持ちと、心配する気持ちが、混ざっている感じだと思う。どちらが正解か、難しいもんね……。
「ただ、ずっと、悩んでるんだ。私の行動が『本当に、正しかったのか?』って。だから、精神的には、ちょっと、まいってるかな。全然、答えが出せなくて――」
今回の件は、世間的には、極めて好意的だった。ニュースでは『決死の救出劇』『少女の命を救った勇敢なシルフィード』『炎の中に舞い降りた天使』など、全て肯定的に報道されていた。
アリーシャさんと、同じ行為をしたので『白き翼の再来』『二人目の伝説のシルフィード』なんて、派手な見出しもあった。完全に英雄扱いで、脚色も凄い。でも、それだけに、深く考えさせられる。
「何を悩んでるんだ? 少女の命を救ったんだから、いい事したに、決まってるじゃないか。ちょっと、カッコよすぎて、ムカつくけどな」
「人助け、とても、いいこと。風歌、正しい」
キラリスちゃんと、フィニーちゃんは、迷いなく答えた。だが、ナギサちゃんは、ちょっと、難しい顔をしていた。
「……確かに、人命救助は大事だけど、ルールはルール。いくつもの法律を破った、違法行為と危険行為よ。しかも、一般階級ならまだしも、上位階級なのだから。当然、褒められた行為じゃないわ」
ナギサちゃんは、淡々と語る。でも、彼女の言うことは、いつだって正論だ。私も、それについては、散々考えた。
「じゃあナギサは、あの少女を、見捨てたほうが良かった、というのか?」
「そうは、言ってないでしょ。でも、立場と状況を考えれば、あの場は、救助を待つべきだったと思うわ」
「もし、待ってる間に、少女が命を落としたら、どうするんだよ?」
「でも、あのあと、すぐに救助が来たじゃない。待っても、助かったでしょ?」
「そんなもん、結果論だ。間に合わなかったら、どうするんだよ?」
キラリスちゃんと、ナギサちゃんは、熱くなって議論を交わす。でも、どちらも一理あるので、私にも分からない。
「おいっ、フィニーはどう思うんだ?」
キラリスちゃんと、ナギサちゃんの鋭い視線が、ボーッとしていたフィニーちゃんに向いた。
「風歌が、正しい。でも、私なら、助けない」
「えっ――どういうこと、フィニーちゃん?」
「風が強かったし、ドルフィンは不安定。墜落の可能性もあった。私は、あの状況で、無事に助ける自信ない」
「そうなんだよね。私も、本当に、きわどかったし……」
あの時、一瞬、体勢を崩しかけて、強く吹いた追い風に、体を支えられた。あのあと、急に風がやんだし。また『シルフィードの加護』に、助けられたのだろうか? 何にしても、極めて危険だったのは、間違いない。
「人道的に考えれば、やむを得ない行為だと思うわ。でも、二次災害が起こる危険性があるから、法律で禁止されているのでしょ? 助けに行った風歌まで、命を落としたら、どうするつもりだったのよ?」
「うっ――。それは、考えてませんでした」
あの時は、必死だったし。『何とかなる』と、思ってた。為せば成る精神は、昔から変わらない。
「特に〈ホワイト・ウイング〉で、働いている風歌なら、それが、誰よりも分かるでしょ? 過去に『白き翼』の、悲しい事件があったのだから」
「……」
そうだ。『三・二一事件』は、未だに、沢山の人の心に、大きな傷として残っている。もし、助けなければ、アリーシャさんは、生きていた。でも、助けなければ、ユメちゃんは、今いない。あまりにも、難し過ぎる選択だ。
「でも、今回は、風歌が正しい。それに、二人とも無事だったんだから、いちいち、蒸し返さなくたって、いいだろ?」
「分かってるわよ。別に、間違ってるとは、言ってないでしょ。ただ、毎度毎度、無茶するのは、いい加減やめなさいよ。たまには、心配する人間の身にも、なりなさいよね」
「ほほぉー。何だかんだで、ナギサも心配してたのか?」
「ただの、一般論よ! ファンたちや、関係者が、心配するって話だから」
キラリスちゃんが、薄笑いを浮かべながら言うと、ナギサちゃんは、そっぽを向いてしまった。
でも、結局、そこなんだよね。こうして、みんなも心配して、様子を見に来てくれたし。リリーシャさんだって、うるさくは、言わなかったけど。滅茶苦茶、心配していたのが、伝わって来た。
「終わったことは、どうでもいい。風歌、たくさん食べて、元気だす」
フィニーちゃんに、大きな豚まんを渡される。
「そうだね。いつまで、くよくよしてても、しょうがないし。気持ちを、切り替えていくよ」
いくら考えても、分からないんじゃ。悩んでも、しょうがないよね。
「おう、たくさん食え。そうだ、キッチン借りていいか? ラーメン作るぞ」
「おおっ、ラーメン!」
「ちょっと、あなたたち。まだ、食べるつもり?」
「あははっ」
こうして、楽しい女子会は、夜遅くまで続くのだった。
たぶん私は、同じ場面に遭遇したら、何度でも、同じ行動をすると思う。あとで悩みはしたけど、あの行動に悔いはない。みんなには、いつも、心配かけて悪いけど。これからも、自分が正しいと思う行動をしていこう。
だって、それが私らしい、シルフィードのあり方だから……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『変装って何か悪いことしてるみたいで後ろめたい』
嘘とは何か。それは変装した真実にすぎない
私は、フーッと、大きなため息をつくと、ソファーに向かい、端っこに、ちょこんと腰かける。朝からため息ばかりで、何も身に入らない。まぁ、元々普段から、休日の過ごし方は、下手だけど。今日は、特にひどかった。
それに、普通の休日ならまだしも、今は謹慎中だ。のんびりと、休む気にもなれない。今まで、日々忙殺されていたので、急に暇になると、何をやっていいのか、さっぱり分からなかった。
ちなみに、先日の火事のあと。助けた少女は、病院で精密検査を受けたが、どこも異常はなく、完全な健康体だった。検査で一日だけ入院したが、次の日には、元気一杯に退院したそうだ。何事もなく、心からホッとした。
ただ、私は、数々の法律無視や、ルール違反を行ってしまった。『航空法違反』『消防法違反』『シルフィード規定違反』など。その結果、しかるべき、処罰を受けることになった。
『安全飛行講習』一週間。『ライセンスの停止』二週間。『懲罰金』十万ベル。『始末書』の提出など。思っていた以上に、重い処罰だ。しかし、これに関しては、特例として、全て免除になった。
というのも、行政府のトップである評議会議長が『今回は、人命救助でやむを得ない行為であり、素晴らしい判断と行動であった。違反を問うべき問題ではない』と、声明を出したからだ。
加えて、スピでは、今回の処罰の件に対し、大変な、反論が巻き起こっていた。どこのサイトや掲示板でも、この話題で、持ちきりだった。
また、マスコミたちも『今回の件は、消防隊の行動の問題ではないか?』『人助けで罰せられるのは筋違い』『人命よりも法律を優先するのは間違っている』『航空法と消防法の改正が必要なのでは?』と、揃って声をあげていた。
しかも、この町だけではなく、世界中で論争が巻き起こる、大事件になってしまった。罰を受ける覚悟は、最初からしていたけど。私も、まさか、ここまで大事になるとは、完全に予想外だった。
結局、法的な罰則は、全て免除になったが、シルフィード協会のほうからは『一週間の営業停止』が、言い渡された。ただ、これは、当然の処分だと思う。こんなに、世間を騒がせてしまったのだから。何らかの、ペナルティは必要だ。
今回の処分については、十分に納得している。だが、一番の問題は、自分の中での、倫理観についてだ。
少女を助けた時は、間違いなく『正しいことをした』と、確信していたけど。時間が経って、冷静に考えてみると、本当に正しい行為だったのか、だんだん、自信が持てなくなってきた。
仮にも、上位階級で、注目される立場だし。法律を破る行為は、軽率だったのではないだろうか……? 私が無理に助けなくても、あとから来た消防隊に、助けられたのでは――? 少女を、危険にさらしただけでは、ないだろうか……?
次々と、疑問が、頭の中によぎる。結局、今日は、朝からずっと、この事ばかりを考えて、ずっと悶々とし続けていた。しかも、一週間もの営業停止で、何もやることがなかった。
昔から、仕事一筋でやって来たから、休日の過ごし方が、よく分からない。謹慎中のようなものだから、下手に、外にでも出られないし。こんな生活が、一週間も続くかと思うと、滅茶苦茶、憂鬱で、死ぬほど気分が重い。
「はぁー……どうしよう? まだ、初日で、こんなに気疲れするなんて。どうやって、一週間も時間を潰そう――」
見習い時代なら、気楽に、空の散歩をしたり、街中を探索していたけど。今は、それすらも出来ない。昇進できたのは嬉しいけど、何をやっても目立つので、非常に窮屈な立場だ。
ソファーで、ボンヤリしていると、チャイムが鳴った。目の前に『ホーム・セキュリティー』の、空中モニターが表示される。画面をタッチすると、そこには、見知った顔が映っていた。
「……はい」
「あぁ――その。突然、来てしまって、悪いのだけれど。今、お邪魔しても、大丈夫かしら?」
「うん、もちろんだよ! 入って、入って」
私は、画面をタッチして、入口のロックを外す。ホーム・セキュリティーを使えば、遠隔で、ロックを外すことも可能だ。
私は、早足で玄関に向かう。玄関に着くと同時に、静かに扉が開いた。私は、彼女の顔を見て、自然に笑みが漏れる。
「ナギサちゃん、いらっしゃい! フィニーちゃんも、キラリンちゃんも、来てくれたんだ!」
私は、親友たちの顔を見て、急に元気が出て来た。
「連絡してから、と思ったんだけど。フィニーツァとキラリスが『サプライズのほうがいい』って、言うから……」
ナギサちゃんは、少し困った表情で語る。
「サプライズは、基本」
「細かいことは、気にするな。会えたんだから、いいじゃないか」
フィニーちゃんと、キラリスちゃんは、いつも通り自由な感じだ。
「とにかく、上がって。超暇してたから、ちょうど良かったよー」
完全に行き詰っていたので、三人の親友は、まさに、救いの神だった。
「フッ、そんなことだろうと思って、トランプとか、色々持って来たぞ」
「食べ物も、いっぱいある」
「ちょっと、あなたたち。遊びに来たんじゃないのよ!」
「あははっ……」
みんな、いつも通りの反応で、凄くホッとする。こうして、突発的な、女子会が始まるのだった――。
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全員、リビングのソファーに座り、テーブルには、大量の食べ物が並んでいる。三人とも、色んな物を持ってきてくれた。
ナギサちゃんは、サンドイッチやサラダなど、ヘルシーなもの。フィニーちゃんのは、ほぼ茶色だけの、大量の肉と揚げ物。キラリスちゃんは、豚まん、餃子、春巻きなど、中華料理が多い。あと、有名店の、ラーメン詰め合わせもあった。
相変わらずだけど、食べ切れないほどの、物凄い量がある。まぁ、フィニーちゃんがいるから、最終的には、全部なくなりそうだけど……。
最初は、ジュースで乾杯したあと、世間話をしながら、美味しく夕飯を食べる。いつも一人だから、こうして、誰かと一緒に食べるのは、とても嬉しい。
ある程度、食事が進むと、フィニーちゃんは、ごろんと、ソファーに横になった。ぐでーっと脱力して、完全に伸びている。
「ちょっと、フィニーツァ、だらしないわよ。よその家に来て、何やってるの?」
「風歌が、自由にくつろいでいいって、言った」
「そういう問題じゃ、ないでしょ? 立場を考えなさいよ。仮にも『スカイ・プリンセス』なんだから」
「今日、仕事、忙しかったから。超疲れた……」
この二人のやり取りは、昔から、全く変わらない。
「別に、気にしないでいいよ。私たちしか、いないんだし、一人暮らしだから。自分の家のように、のんびり、くつろいでよ」
私は、細かいことは、気にしないので、全然、構わない。それに、昔、実家にいたころは、毎日、こんな感じだったからね。
「ちょっと、フィニーツァを、甘やかさないでよ。ただでさえ、だらしないんだから。これ以上、酷くなったら、どうするの?」
「見習い時代から、変わらない。だから、これ以上、ひどくはならない」
「って、変わりなさいよ!」
ナギサちゃんは、相変わらず厳しい。でも、彼女の言葉には、なんて言うか、愛があるんだよね。
「おい、そんなことより、本題はどうした? ただ、遊びに来ただけじゃ、ないんだろ? 私は、楽しめれば、いいけどさ」
キラリスちゃんが、冷静に突っ込む。
ナギサちゃんは、ゴホンッと咳払いすると、少し遠慮がちに、私に訊ねて来る。
「で――どうなのよ、その後?」
「どうって、何が?」
「だから、大丈夫か、ってことよ? 物理的にも、精神的にも」
「あぁー、そのことね。営業停止、一週間以外は、一切、罰則がなかったし。リリーシャさんも、怒ってなかったし。物理的には、何も問題ないよ」
もし、法的な罰則があったら、そっちの方でも、かなり、落ち込んでたと思う。なので、罰則免除で、本当に助かった。
ちなみに、リリーシャさんは、今回の件に関して、かなり、複雑な心境のようだ。『人命を救助したのは、とても、素晴らしい行為だけど。母の件があるから、素直には、褒めて上げられないわ』と、言っていた。
一歩、間違えれば、私だって、命を落とす可能性があったのだから、当然だ。でも、怒ってはいなかった。褒めたい気持ちと、心配する気持ちが、混ざっている感じだと思う。どちらが正解か、難しいもんね……。
「ただ、ずっと、悩んでるんだ。私の行動が『本当に、正しかったのか?』って。だから、精神的には、ちょっと、まいってるかな。全然、答えが出せなくて――」
今回の件は、世間的には、極めて好意的だった。ニュースでは『決死の救出劇』『少女の命を救った勇敢なシルフィード』『炎の中に舞い降りた天使』など、全て肯定的に報道されていた。
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「何を悩んでるんだ? 少女の命を救ったんだから、いい事したに、決まってるじゃないか。ちょっと、カッコよすぎて、ムカつくけどな」
「人助け、とても、いいこと。風歌、正しい」
キラリスちゃんと、フィニーちゃんは、迷いなく答えた。だが、ナギサちゃんは、ちょっと、難しい顔をしていた。
「……確かに、人命救助は大事だけど、ルールはルール。いくつもの法律を破った、違法行為と危険行為よ。しかも、一般階級ならまだしも、上位階級なのだから。当然、褒められた行為じゃないわ」
ナギサちゃんは、淡々と語る。でも、彼女の言うことは、いつだって正論だ。私も、それについては、散々考えた。
「じゃあナギサは、あの少女を、見捨てたほうが良かった、というのか?」
「そうは、言ってないでしょ。でも、立場と状況を考えれば、あの場は、救助を待つべきだったと思うわ」
「もし、待ってる間に、少女が命を落としたら、どうするんだよ?」
「でも、あのあと、すぐに救助が来たじゃない。待っても、助かったでしょ?」
「そんなもん、結果論だ。間に合わなかったら、どうするんだよ?」
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「おいっ、フィニーはどう思うんだ?」
キラリスちゃんと、ナギサちゃんの鋭い視線が、ボーッとしていたフィニーちゃんに向いた。
「風歌が、正しい。でも、私なら、助けない」
「えっ――どういうこと、フィニーちゃん?」
「風が強かったし、ドルフィンは不安定。墜落の可能性もあった。私は、あの状況で、無事に助ける自信ない」
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「うっ――。それは、考えてませんでした」
あの時は、必死だったし。『何とかなる』と、思ってた。為せば成る精神は、昔から変わらない。
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「……」
そうだ。『三・二一事件』は、未だに、沢山の人の心に、大きな傷として残っている。もし、助けなければ、アリーシャさんは、生きていた。でも、助けなければ、ユメちゃんは、今いない。あまりにも、難し過ぎる選択だ。
「でも、今回は、風歌が正しい。それに、二人とも無事だったんだから、いちいち、蒸し返さなくたって、いいだろ?」
「分かってるわよ。別に、間違ってるとは、言ってないでしょ。ただ、毎度毎度、無茶するのは、いい加減やめなさいよ。たまには、心配する人間の身にも、なりなさいよね」
「ほほぉー。何だかんだで、ナギサも心配してたのか?」
「ただの、一般論よ! ファンたちや、関係者が、心配するって話だから」
キラリスちゃんが、薄笑いを浮かべながら言うと、ナギサちゃんは、そっぽを向いてしまった。
でも、結局、そこなんだよね。こうして、みんなも心配して、様子を見に来てくれたし。リリーシャさんだって、うるさくは、言わなかったけど。滅茶苦茶、心配していたのが、伝わって来た。
「終わったことは、どうでもいい。風歌、たくさん食べて、元気だす」
フィニーちゃんに、大きな豚まんを渡される。
「そうだね。いつまで、くよくよしてても、しょうがないし。気持ちを、切り替えていくよ」
いくら考えても、分からないんじゃ。悩んでも、しょうがないよね。
「おう、たくさん食え。そうだ、キッチン借りていいか? ラーメン作るぞ」
「おおっ、ラーメン!」
「ちょっと、あなたたち。まだ、食べるつもり?」
「あははっ」
こうして、楽しい女子会は、夜遅くまで続くのだった。
たぶん私は、同じ場面に遭遇したら、何度でも、同じ行動をすると思う。あとで悩みはしたけど、あの行動に悔いはない。みんなには、いつも、心配かけて悪いけど。これからも、自分が正しいと思う行動をしていこう。
だって、それが私らしい、シルフィードのあり方だから……。
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次回――
『変装って何か悪いことしてるみたいで後ろめたい』
嘘とは何か。それは変装した真実にすぎない
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おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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