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第9部 夢の先にあるもの
1-5別れるのは寂しいけど大好きな人には幸せになって欲しい
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慌ただしい一日の仕事を終えたあと。私は、パン屋で買い物すると〈西地区〉の高台に向かった。〈西地区〉は、丘や高台が多く、マナラインが密集しているため、風が特別に心地よい。吹き抜ける風質が、他の地区とは、明らかに違う。
最近は、さっぱり、来なくなってしまったけど。見習い時代は、毎日、仕事終わりに、高台に寄り道して、町の風景や空を眺めていた。綺麗な夜景や星空を見るだけで、明日へ活力が、湧いてくるからだ。
ちなみに、今いるのは、見習い時代によく来ていた、私のお気に入りの場所だった。屋根裏部屋は狭くて、息が詰まってしまうため、昔は、ここで夕飯をとっていた。ごく普通のパンでも、外で食べると、格別に美味しいんだよね。
あと、見習い時代は、お金がなくて、安いパンを、二、三個買うのが、やっとだった。育ち盛りで、全然、足りなくて、いつもお腹を空かせていたのを、覚えている。
でも、今日は、袋に一杯のパンを買ってきた。しかも、結構、高いパンも入っている。別に、贅沢している訳ではない。今日は、お昼ごはんを食べそこねたので、二食分だ。
それに、実際に食べてみないと、ちゃんとしたガイドが出来ない。昔は、リーズナブルなお店ばかり、オススメしていたけど。最近は、客層も広くなったので、高級店の紹介も、しなければならない。
なので、高級品も含めて、色んなものを、食べてみる必要があった。食べ物に、滅茶苦茶、詳しいフィニーちゃんも『美味しい店を見つけるには、実際に食べるのが一番』って、言ってたし。
結局は、何事も経験だ。節約ばかりしてると、世界が狭くなってしまうので。高い物を食べるのは、贅沢ではなく、勉強や研究なんだよね。
今日は〈南地区〉にある〈ベーカリー・ブルーム〉で、買ってきた。お値段は、かなり高めだけど、徹底的に、素材にこだわっている。雑誌などにも、度々登場している、超人気店だ。
高台の芝生に座り、袋を開けて顔を近づけると、パンの香ばしい匂いが漂ってきた。暗くて、あまりよく見えないけど、香りだけで、美味しさが伝わって来る。
まず、最初に取り出したのは、ミートパイ。パイ系の総菜パンの、王道だ。かぶりついた瞬間『サクッ』と、気持ちいい音が響き、口の中で複数の層が、サクサクと弾ける。中の肉の味付けも絶妙で、凄く美味しい。
パイを食べ終えると、次に取り出したのが、オニオン・ブレッド。これも、この町では、定番の総菜パンだ。店によって、少し具材が違うけど、チーズ、マヨ、オニオン、ベーコンなどがのっている。
一口、食べた瞬間、マヨネーズが、口の中で、ジュワッと広がった。濃厚でコク深い味わいは、マヨ好きの私には、たまらない。このパンも、文句なしに、美味しかった。
次に手を付けたのは、これまた定番の、ソーセージ・ロール。長いソーセージの周りに、グルグルとパンが巻きついており、チョココロネのソーセージ版みたいな感じだ。上面には、こんがり焦げたチーズと、刻んだハーブがのっている。
かんだ瞬間、パリッとした、ソーセージの食感と、ジュワッとした油が、口の中いっぱいに広がった。カリっとした、焦げたチーズの風味も最高。これも、超美味しい。
総菜パンはここまで。このあとは、全て甘い菓子パンだ。買ってきたのは、クリームコロネ、チョコ・デニッシュ、ブルーベリー・タルト、揚げパン。この町では、どこのパン屋にもある、定番の菓子パンだ。
総菜パンだけで、すでに、お腹に溜まっているので、流石に、多過ぎた気もする。でも、味見も大事な勉強だから、頑張って食べないと。二食分のエネルギーも、必要だし。それに、ちょっぴり、やけ食い気味でもある。
私は、無理やり口を動かし、どんどん、パンを胃袋に収めて行った。毎日、ハードな仕事をこなすには、たくさんのエネルギーが必要だ。なにより、食べないと元気が出ない。
シルフィードの仕事は、楽しくて大好きだけど。心身ともに、結構、ハードだ。仕事中は、全く気にならないけど。仕事が終わったとたん、一気に、疲れが襲い掛かってくる。
常に、全力投球なのもあるけど。非常に、細かいところまで、色々と気を遣うからだ。特に、上位階級になってからは、気疲れが多い。
それに、仕事以外でも、気を遣うことはある。先日の、リリーシャさんの昇進辞退の件などが、まさにそうだ。一応、頭では納得したけど。心の中では、完全に、吹っ切れた訳ではない。まだ、モヤモヤした気持ちが、少し残っている。
自分のことだけではなく、周囲の人のことも含めて、精神的な疲労は、日々たまっていく。『社会人って、精神的な負担が大きいものなんだ』って、最近になって、ようやく分かって来た。
まぁ、世の中って、楽しい事だけじゃないもんね。特に、仕事をしていれば、辛いことや大変なことは、必ず起きるし。人間関係だって、時には、ぎくしゃくしたり、衝突したりもある。人生とは、山あり谷ありだ。
でも、疲れるってことは、仕事が充実している証拠だし。別に、悪いことじゃないと思う。体力には自信があるから、できれば、肉体的な疲労だけだと、いいんだけど。実際は、精神的な疲労のほうが、圧倒的に多いんだよね……。
社会人は、どうしても、ストレスは避けられない。どんなに楽しくやっていたって、知らず知らずに、ストレスは溜まって行く。
それでも、私は、回復が早いほうだ。美味しい物を、たくさん食べて、ぐっすり眠れば、たいていのストレスは、綺麗に消え去って行く。単純な性格で、本当によかった。
無理矢理、押し込んで、全てのパンを食べ終えると、私は、周囲を慎重に確認する。誰もいないことを確かめると、そっと芝生に寝転んだ。昔なら、気軽にできたけど。上位階級の立場上、こんな姿は、他の人には見せられない。
夜空を見上げると、数え切れないほどの星が、美しくきらめいていた。灯りが少ない場所なので、とてもよく星が見える。それに、大きな青い星も、くっきりと見えていた。あれは、昔、私が住んでいた、向こうの世界の地球だ。
ここ最近、夜空を見上げる機会が、全然なかったので。星は、物凄く久しぶりに、見た気がする。でも、見習い時代に見た星空と、全く変わっていない。
私の持っている『最高のシルフィードになる』という、大きな夢も、あのころと、全く同じままだ。
「ふぅー。流石に、食べ過ぎたー。こんなにたくさん食べたの、久しぶりだなぁー。ここのところ、今一つ、食欲なかったし――」
仕事が忙しかったり、上位階級のプレッシャーもあったけど。一番は、リリーシャさんのことだった。
でも、なんで、自分の問題じゃないのに、こんなに悩んでいるんだろう? 自分の昇進なら、いざ知らず。他の人の昇進を、ここまで気にするなんて……。
リリーシャさんが、憧れの人だから? とても大切な人だから? それとも、私の理想や願望のせい――?
色々と考えてみたけど、やっぱり、私の個人的な願望が、大きいのかもしれない。リリーシャさんには、ずっと『理想のシルフィード像』で、あって欲しいから。エンプレスになれば、永遠にそれが、かなうからだと思う。
でも、それって、単に、理想の押し付けだよね? リリーシャさんは『天使みたいな人』って、ずっと思って来たけど。それは、私の勝手な、思い込みだったのかもしれない。
ツバサさんも『リリーは天使なんかじゃなくて、普通の人間だよ』って、言ってたし。言われてみれば、当り前のことだけど。憧れの人は、どうしたって、特別に見えてしまうものだ。
でも、特別に見られる側にとっては、迷惑なのだろうか? 私も、最近は、どこに行っても、VIP待遇なので、居心地の悪さを感じることがある。リリーシャさんも、そんな感じなのかな?
『先輩』と呼ぶのは、ダメ出しされたけど。尊敬したり、真似をするのは、特に、嫌がっている様子を、見たことがない。彼女の真似をして、上手くできるようになると、優しい笑顔で、褒めてくれてたし。
もっとも、いつも笑顔だし、絶対に嫌な顔をしないから。心の中で、どう思っていたかは、正確には分からない。
しかし、何で、本音を隠しちゃうんだろうか? とても真面目で、完璧主義な性格だから……? ただ、真面目さや完璧さは、ナギサちゃんも、全く同じなんだよね。ただ、ナギサちゃんの場合は、容赦なく、本音をぶつけて来る。
他に、リリーシャさんに近い人と言えば、メイリオさんかな。あの人も、いつも笑顔だけど、リリーシャさんとは、ちょっと違う気がする。フィニーちゃんと同じで、自然体な感じがするからだ。
フィニーちゃんから、話を聴く限りでは、ハーブ育成とか、料理の研究とか、好きなことに没頭してるらしいし。プライベートでは、結構、ゆるいみたいだ。
リリーシャさんは、プライベートでは、どうなんだろう? そこまで、詳しくは知らないけど。何度か家にお邪魔した限り、休日でも、気を張っている感じがする。
あれでちゃんと、体が休まっているんだろうか――? 一度も、気を抜いたところを、見たことがないし。『気遣いの達人』なんて、評価もされてるし。
単純な私でさえ、気疲れしたり、精神的に消耗するんだから。そうとう、ストレスを、ため込んでいるのではないだろうか? 本音を言わないから、愚痴もこぼせそうにないし。
ツバサさんは『リリーは滅茶苦茶、面倒な性格』と、言っていたけど。よくよく考えてみると、確かに、物凄く大変な性格だと思う。
常に、気を遣ってくれているから、周りの人は、とてもいい気分だろうけど。当の本人は、半端なく、精神的な負担が大きそうだ。おそらく、私にも、常に気を遣ってくれていると思うし。
よく言えば、気遣いの達人だけど。悪く言えば『八方美人』かもしれない。好きでやっているなら、いいんだけど。本人は、本当に、好きでやっているんだろうか?
それに、リリーシャさんは、どんなことでも、不満一つ口にせず、黙々とやる人だ。だから、どんなに嫌なことでも、笑顔でやってしまうのだろう。
結局、シルフィードも、ずっと我慢して、続けていたのだろうか? 我慢して、無理やり笑顔を浮かべて、とても辛かったのだろうか……?
でも、どんどん評価が上がって、ついに、エンプレスの指名まで来てしまった。もし、エンプレスになれば、ますます気遣いが増えて、精神的負担が、とんでもなく、増えてしまう気がする。その点も考慮して、断ったのかも――?
そう考えると、ある程度、納得できる。ただ『リリーシャさんに、エンプレスになって欲しい』と、本気で思っていたので、心残りはある。それでも、一番の望みは、彼女自信の幸せだ。
アリーシャさん失って、心に大きな傷ができて。さらには、クイーンに昇進して、色々な負担が増えて。そんな状態で、エンプレスになったら、どうなってしまうか、全く分からない。
そもそも、心の傷は、完全には、消えていないみたいだし。これ以上、心に負担が掛かるのは、マズイかもしれない。
リリーシャさんは『自分の進むべき道ではない』と、言っていたけれど。じゃあ、別に何か、進むべき道があるのだろうか? リリーシャさんの、夢や目標って、何なのだろう?
普段、世間話は、色々するけど。突っ込んだ話はしないので、全く分からない。いつも、私のことばかり語って、リリーシャさん自身の話は、ほとんど、出てこないからだ。
でも、訊こうと思えば、いくらでも機会はあった。ただ、怖くて、なかなか踏み込めないでいた。全然、人見知りしない性格なのに、彼女だけは特別なのだ。この関係と距離感は、これからも、変わらない気がする。
それに、心の傷の問題も、将来の夢や希望も、私が、どうこうしてあげられる問題ではない。見ているだけなのは、もどかしいけど。結局は、自分自身で、どうにかするしかないからだ。
ただ一つ、確実に言えるのは『リリーシャさんに、幸せになって欲しい』ということ。その道が、シルフィード以外にあるのなら、そちらを選ぶべきだと思う。
人の進むべき道は、交わりそうで交わらない。いつかは、離れて行ってしまう。寂しいけど、これは、認めなければならない。
私だけが、幸せになっても意味がないし。大好きなリリーシャさんにも、私以上に幸せになって欲しい。だから、もし、彼女が新しい道を見つけたなら、その時は、心から応援しようと思う。
「さて、そろそろ帰るかな。いつまでも、ぐじぐじしてても、しょうがないし。帰って、勉強して、さっさと寝よっと」
私は、軽く頬を叩いたあと、エア・カートに乗って、静かに飛び去るのだった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『自分の進むべき道は誰にも変えられないものだ』
自分の道は自分の手でひらいていくんだよ
最近は、さっぱり、来なくなってしまったけど。見習い時代は、毎日、仕事終わりに、高台に寄り道して、町の風景や空を眺めていた。綺麗な夜景や星空を見るだけで、明日へ活力が、湧いてくるからだ。
ちなみに、今いるのは、見習い時代によく来ていた、私のお気に入りの場所だった。屋根裏部屋は狭くて、息が詰まってしまうため、昔は、ここで夕飯をとっていた。ごく普通のパンでも、外で食べると、格別に美味しいんだよね。
あと、見習い時代は、お金がなくて、安いパンを、二、三個買うのが、やっとだった。育ち盛りで、全然、足りなくて、いつもお腹を空かせていたのを、覚えている。
でも、今日は、袋に一杯のパンを買ってきた。しかも、結構、高いパンも入っている。別に、贅沢している訳ではない。今日は、お昼ごはんを食べそこねたので、二食分だ。
それに、実際に食べてみないと、ちゃんとしたガイドが出来ない。昔は、リーズナブルなお店ばかり、オススメしていたけど。最近は、客層も広くなったので、高級店の紹介も、しなければならない。
なので、高級品も含めて、色んなものを、食べてみる必要があった。食べ物に、滅茶苦茶、詳しいフィニーちゃんも『美味しい店を見つけるには、実際に食べるのが一番』って、言ってたし。
結局は、何事も経験だ。節約ばかりしてると、世界が狭くなってしまうので。高い物を食べるのは、贅沢ではなく、勉強や研究なんだよね。
今日は〈南地区〉にある〈ベーカリー・ブルーム〉で、買ってきた。お値段は、かなり高めだけど、徹底的に、素材にこだわっている。雑誌などにも、度々登場している、超人気店だ。
高台の芝生に座り、袋を開けて顔を近づけると、パンの香ばしい匂いが漂ってきた。暗くて、あまりよく見えないけど、香りだけで、美味しさが伝わって来る。
まず、最初に取り出したのは、ミートパイ。パイ系の総菜パンの、王道だ。かぶりついた瞬間『サクッ』と、気持ちいい音が響き、口の中で複数の層が、サクサクと弾ける。中の肉の味付けも絶妙で、凄く美味しい。
パイを食べ終えると、次に取り出したのが、オニオン・ブレッド。これも、この町では、定番の総菜パンだ。店によって、少し具材が違うけど、チーズ、マヨ、オニオン、ベーコンなどがのっている。
一口、食べた瞬間、マヨネーズが、口の中で、ジュワッと広がった。濃厚でコク深い味わいは、マヨ好きの私には、たまらない。このパンも、文句なしに、美味しかった。
次に手を付けたのは、これまた定番の、ソーセージ・ロール。長いソーセージの周りに、グルグルとパンが巻きついており、チョココロネのソーセージ版みたいな感じだ。上面には、こんがり焦げたチーズと、刻んだハーブがのっている。
かんだ瞬間、パリッとした、ソーセージの食感と、ジュワッとした油が、口の中いっぱいに広がった。カリっとした、焦げたチーズの風味も最高。これも、超美味しい。
総菜パンはここまで。このあとは、全て甘い菓子パンだ。買ってきたのは、クリームコロネ、チョコ・デニッシュ、ブルーベリー・タルト、揚げパン。この町では、どこのパン屋にもある、定番の菓子パンだ。
総菜パンだけで、すでに、お腹に溜まっているので、流石に、多過ぎた気もする。でも、味見も大事な勉強だから、頑張って食べないと。二食分のエネルギーも、必要だし。それに、ちょっぴり、やけ食い気味でもある。
私は、無理やり口を動かし、どんどん、パンを胃袋に収めて行った。毎日、ハードな仕事をこなすには、たくさんのエネルギーが必要だ。なにより、食べないと元気が出ない。
シルフィードの仕事は、楽しくて大好きだけど。心身ともに、結構、ハードだ。仕事中は、全く気にならないけど。仕事が終わったとたん、一気に、疲れが襲い掛かってくる。
常に、全力投球なのもあるけど。非常に、細かいところまで、色々と気を遣うからだ。特に、上位階級になってからは、気疲れが多い。
それに、仕事以外でも、気を遣うことはある。先日の、リリーシャさんの昇進辞退の件などが、まさにそうだ。一応、頭では納得したけど。心の中では、完全に、吹っ切れた訳ではない。まだ、モヤモヤした気持ちが、少し残っている。
自分のことだけではなく、周囲の人のことも含めて、精神的な疲労は、日々たまっていく。『社会人って、精神的な負担が大きいものなんだ』って、最近になって、ようやく分かって来た。
まぁ、世の中って、楽しい事だけじゃないもんね。特に、仕事をしていれば、辛いことや大変なことは、必ず起きるし。人間関係だって、時には、ぎくしゃくしたり、衝突したりもある。人生とは、山あり谷ありだ。
でも、疲れるってことは、仕事が充実している証拠だし。別に、悪いことじゃないと思う。体力には自信があるから、できれば、肉体的な疲労だけだと、いいんだけど。実際は、精神的な疲労のほうが、圧倒的に多いんだよね……。
社会人は、どうしても、ストレスは避けられない。どんなに楽しくやっていたって、知らず知らずに、ストレスは溜まって行く。
それでも、私は、回復が早いほうだ。美味しい物を、たくさん食べて、ぐっすり眠れば、たいていのストレスは、綺麗に消え去って行く。単純な性格で、本当によかった。
無理矢理、押し込んで、全てのパンを食べ終えると、私は、周囲を慎重に確認する。誰もいないことを確かめると、そっと芝生に寝転んだ。昔なら、気軽にできたけど。上位階級の立場上、こんな姿は、他の人には見せられない。
夜空を見上げると、数え切れないほどの星が、美しくきらめいていた。灯りが少ない場所なので、とてもよく星が見える。それに、大きな青い星も、くっきりと見えていた。あれは、昔、私が住んでいた、向こうの世界の地球だ。
ここ最近、夜空を見上げる機会が、全然なかったので。星は、物凄く久しぶりに、見た気がする。でも、見習い時代に見た星空と、全く変わっていない。
私の持っている『最高のシルフィードになる』という、大きな夢も、あのころと、全く同じままだ。
「ふぅー。流石に、食べ過ぎたー。こんなにたくさん食べたの、久しぶりだなぁー。ここのところ、今一つ、食欲なかったし――」
仕事が忙しかったり、上位階級のプレッシャーもあったけど。一番は、リリーシャさんのことだった。
でも、なんで、自分の問題じゃないのに、こんなに悩んでいるんだろう? 自分の昇進なら、いざ知らず。他の人の昇進を、ここまで気にするなんて……。
リリーシャさんが、憧れの人だから? とても大切な人だから? それとも、私の理想や願望のせい――?
色々と考えてみたけど、やっぱり、私の個人的な願望が、大きいのかもしれない。リリーシャさんには、ずっと『理想のシルフィード像』で、あって欲しいから。エンプレスになれば、永遠にそれが、かなうからだと思う。
でも、それって、単に、理想の押し付けだよね? リリーシャさんは『天使みたいな人』って、ずっと思って来たけど。それは、私の勝手な、思い込みだったのかもしれない。
ツバサさんも『リリーは天使なんかじゃなくて、普通の人間だよ』って、言ってたし。言われてみれば、当り前のことだけど。憧れの人は、どうしたって、特別に見えてしまうものだ。
でも、特別に見られる側にとっては、迷惑なのだろうか? 私も、最近は、どこに行っても、VIP待遇なので、居心地の悪さを感じることがある。リリーシャさんも、そんな感じなのかな?
『先輩』と呼ぶのは、ダメ出しされたけど。尊敬したり、真似をするのは、特に、嫌がっている様子を、見たことがない。彼女の真似をして、上手くできるようになると、優しい笑顔で、褒めてくれてたし。
もっとも、いつも笑顔だし、絶対に嫌な顔をしないから。心の中で、どう思っていたかは、正確には分からない。
しかし、何で、本音を隠しちゃうんだろうか? とても真面目で、完璧主義な性格だから……? ただ、真面目さや完璧さは、ナギサちゃんも、全く同じなんだよね。ただ、ナギサちゃんの場合は、容赦なく、本音をぶつけて来る。
他に、リリーシャさんに近い人と言えば、メイリオさんかな。あの人も、いつも笑顔だけど、リリーシャさんとは、ちょっと違う気がする。フィニーちゃんと同じで、自然体な感じがするからだ。
フィニーちゃんから、話を聴く限りでは、ハーブ育成とか、料理の研究とか、好きなことに没頭してるらしいし。プライベートでは、結構、ゆるいみたいだ。
リリーシャさんは、プライベートでは、どうなんだろう? そこまで、詳しくは知らないけど。何度か家にお邪魔した限り、休日でも、気を張っている感じがする。
あれでちゃんと、体が休まっているんだろうか――? 一度も、気を抜いたところを、見たことがないし。『気遣いの達人』なんて、評価もされてるし。
単純な私でさえ、気疲れしたり、精神的に消耗するんだから。そうとう、ストレスを、ため込んでいるのではないだろうか? 本音を言わないから、愚痴もこぼせそうにないし。
ツバサさんは『リリーは滅茶苦茶、面倒な性格』と、言っていたけど。よくよく考えてみると、確かに、物凄く大変な性格だと思う。
常に、気を遣ってくれているから、周りの人は、とてもいい気分だろうけど。当の本人は、半端なく、精神的な負担が大きそうだ。おそらく、私にも、常に気を遣ってくれていると思うし。
よく言えば、気遣いの達人だけど。悪く言えば『八方美人』かもしれない。好きでやっているなら、いいんだけど。本人は、本当に、好きでやっているんだろうか?
それに、リリーシャさんは、どんなことでも、不満一つ口にせず、黙々とやる人だ。だから、どんなに嫌なことでも、笑顔でやってしまうのだろう。
結局、シルフィードも、ずっと我慢して、続けていたのだろうか? 我慢して、無理やり笑顔を浮かべて、とても辛かったのだろうか……?
でも、どんどん評価が上がって、ついに、エンプレスの指名まで来てしまった。もし、エンプレスになれば、ますます気遣いが増えて、精神的負担が、とんでもなく、増えてしまう気がする。その点も考慮して、断ったのかも――?
そう考えると、ある程度、納得できる。ただ『リリーシャさんに、エンプレスになって欲しい』と、本気で思っていたので、心残りはある。それでも、一番の望みは、彼女自信の幸せだ。
アリーシャさん失って、心に大きな傷ができて。さらには、クイーンに昇進して、色々な負担が増えて。そんな状態で、エンプレスになったら、どうなってしまうか、全く分からない。
そもそも、心の傷は、完全には、消えていないみたいだし。これ以上、心に負担が掛かるのは、マズイかもしれない。
リリーシャさんは『自分の進むべき道ではない』と、言っていたけれど。じゃあ、別に何か、進むべき道があるのだろうか? リリーシャさんの、夢や目標って、何なのだろう?
普段、世間話は、色々するけど。突っ込んだ話はしないので、全く分からない。いつも、私のことばかり語って、リリーシャさん自身の話は、ほとんど、出てこないからだ。
でも、訊こうと思えば、いくらでも機会はあった。ただ、怖くて、なかなか踏み込めないでいた。全然、人見知りしない性格なのに、彼女だけは特別なのだ。この関係と距離感は、これからも、変わらない気がする。
それに、心の傷の問題も、将来の夢や希望も、私が、どうこうしてあげられる問題ではない。見ているだけなのは、もどかしいけど。結局は、自分自身で、どうにかするしかないからだ。
ただ一つ、確実に言えるのは『リリーシャさんに、幸せになって欲しい』ということ。その道が、シルフィード以外にあるのなら、そちらを選ぶべきだと思う。
人の進むべき道は、交わりそうで交わらない。いつかは、離れて行ってしまう。寂しいけど、これは、認めなければならない。
私だけが、幸せになっても意味がないし。大好きなリリーシャさんにも、私以上に幸せになって欲しい。だから、もし、彼女が新しい道を見つけたなら、その時は、心から応援しようと思う。
「さて、そろそろ帰るかな。いつまでも、ぐじぐじしてても、しょうがないし。帰って、勉強して、さっさと寝よっと」
私は、軽く頬を叩いたあと、エア・カートに乗って、静かに飛び去るのだった……。
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『自分の進むべき道は誰にも変えられないものだ』
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