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第9部 夢の先にあるもの
2-6元気な人が病気になると必要以上に心配してしまう
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夕方の四時過ぎ。つい先ほどまで、観光案内をしており、今しがた、会社の敷地で、お客様のお見送りをしたばかりだ。今日も朝から、予約がびっしり埋まっており、とても忙しい一日だった。
本来ならこの時間は、日報を付けたり、掃除をしている。しかし、最後の案内が終わるやいなや、私は、自分のエア・カートに飛び乗って、大急ぎで会社をあとにした。
なぜなら、先ほど観光案内中に、リリーシャさんから、気になるメッセージが届いたからだ。
『風歌ちゃん、お仕事お疲れ様。少し問題が発生したので、念のため、メッセージを送っておきます。先ほど病院から「ノーラさんが倒れて搬送された」と、連絡がありました』
『ただ、命に別状はなく、症状も軽い貧血だったそうです。私は、会社に戻るのが、遅くなるかもしれないので。もし、気になるようなら、早退して、お見舞いに行ってきてください』
私は、メッセージを見た瞬間、驚きのあまり、心臓が止まりそうになった。ノーラさんは、いつも元気で、たくましいイメージがある。そんな彼女が、倒れるだなんて、全く想像もしなかったからだ。
それに、ノーラさんは、私にとって、いろんな意味での大恩人だ。シルフィードとしても、人としても、尊敬すべき大先輩だし。この世界では、母親代わりのような存在だった。とにかく、言葉では言い尽くせないほど、お世話になっている。
しかし、ちょうど、観光案内中だったので、動揺した姿を、見せる訳にはいかなかった。私は、努めて冷静に、いつも以上に明るい笑顔で、お客様の対応をした。ただ、心の中では、大きな焦りと不安が渦巻いていたのは、言うまでもない。
なので、会社に戻って、お客様をお見送りしたあと、大急ぎで、病院に向かうことにした。一応、途中で、お見舞いの品を買うため、寄り道したけど。とにかく、気が気じゃなかった。
私がやって来たのは〈西地区〉にある〈グリュンノア新国立病院〉だ。ここは、以前、私が墜落事故を起こした時に、入院していたので、よく知っている。この町で最も大きく、最新設備が揃った、とても綺麗な病院だ。
私は、受付でノーラさんの病室を訊くと、早足で病棟に向かって行った。フローターに乗っている間も、落ち着かずに、ソワソワしていた。ノーラさんがいる五階に着くと、走り出したい気持ちを押さえ、静かに病室に向かう。
部屋の前に着くと、扉をノックして、そっと扉を開けた。そこは、かなり大きな個室で、すでに、お見舞いの花などが、いくつも置いてあった。私が入院した時も、個室だったけど、その部屋よりも、一回り大きい。
ベッドの上には、ノーラさんがおり、上体を起こして、こちらをジッと見つめていた。見た感じ、いつもと変わった様子はなく、普通に元気そうだ。
「こんにちは、ノーラさん。お加減は、いかがですか?」
「あぁ、見ての通り、ぴんぴんしているよ。今日は大事をとって、ここで過ごすが。明日には、退院する予定だ」
「そっかぁー、よかったー。リリーシャさんから、ノーラさんが倒れたって、メッセージが来た時は、心臓が止まりそうになりましたよ」
「どうせ、リリー嬢ちゃんが、大げさに言ったんだろ? ただの貧血なんだから、わざわざ、見舞いに来るほどのことじゃないよ」
ノーラさんは、不愛想に答える。でもまぁ、いつも通り元気そうで、本当によかった。私は、ホッとして、大きく息を吐き出した。
「いろいろ買ってきたんですけど、何か食べますか?」
「何を持って来たんだい?」
「えーと、バナナとプリンとチョコレート。あとは、栄養ドリンクに栄養ゼリー。スポーツ・ドリンクもありますよ」
「まるで、風邪をひいた時みたいな、ラインナップだな」
「やっぱり、ケーキやお花とかの、もっと、お見舞いらしい物のほうが、よかったですか?」
何を買っていくか、ちょっと迷った。一応、上位階級としての立場があるし。ノーラさんも、元クイーンだし。高級な物のほうが、よさそうな気もしたんだけど。
でも『栄養があって、元気が出そうな物のほうが、いいかなぁー』と思って。実用性を考えたら、お見舞いというより、差し入れに近い感じになってしまったのだ。
「いや、お前らしくていいよ。あまり、気取ったものを、持って来られてもな」
ノーラさんが視線を向けると、そこには、お花やフルーツの盛り合わせなどが、置いてあった。どれも、とても高価そうな物ばかりだ。
「すでに、お見舞いに来た人たちが、沢山いるんですね」
「まったく、リリー嬢ちゃんだけに、知らせればよかったのに。病院のほうで、変に気を回してしまって。協会にまで、連絡が行ったらしくてな」
「まぁ、元クイーンが、倒れたなんて言ったら、大変な事件ですから。それは、しょうがないんじゃないですか?」
「そんなの、ずいぶん前の話だろ。今はもう、ただの一般人だ。それに、大病ならまだしも。貧血で、一瞬めまいがして、倒れただけで。全然、騒ぐほどのことじゃないだろ?」
例え、本人がそう思っていても、周りはそうは思わない。それは、私が上位階級になって、身に染みて分かった。本人が考えている以上に、特別視されているのだ。
上位階級は、普通の人から見たら、雲の上の人で、憧れの存在。けっして、一般人としては、見てもらえない。おそらく、引退したとしても、それは、ずっと続くのだと思う。
私は、ノーラさんに椅子を勧められ、静かに腰掛ける。近くに置いてあった、大きな花の植木鉢には『シルフィード協会』の札が付いていた。どうやら、協会の人たちも、お見舞いに来たらしい。
流石は『大御所』と言われている、元シルフィード・クイーンだ。今では、全く表舞台に顔を出していないけど。いまだに、その知名度は、絶大だった。
「それよりも、仕事はどうした? まだ、営業時間中だろ?」
「今日の営業は、先ほど、全て終わらせてきました。リリーシャさんからも、今日は早退して、お見舞いに行っていいと、連絡がきましたので」
「やれやれ、二人そろって、大げさだな。他人の心配などせず、自分の仕事に、専念したらどうだ? 上位階級になったからと言って、それで終わりではないだろ?」
それは、私自身も、よく分かっている。上位階級は、ゴールではなく、新たなスタート地点に、立っただけに過ぎないのだ。
「もちろん、それは、分かっています。まだまだ、私が未熟なのも、能力が足りないのも。でも、それよりも、私には、もっと大切なものがあるんです」
「人々の、幸せや笑顔を守りたい。私にとって、それ以上に大切なことは、ありません。上位階級は、人気取りで、やってる訳じゃありませんし。一人一人を、大切にできないなら、シルフィードをやっている意味が、ありませんので」
上位階級になって、人気と知名度が、一気に高まった。とても嬉しいけど、それが目的ではない。目指すのは、本物の『幸運の使者』だから。
それに、先日『大地の魔女』とも、約束した。この世界の平和を守ると。私は、四魔女のように、世界を変えるほどの、大きなことは、出来ないかもしれない。それでも、人々の笑顔や幸せを、守ることはできるはずだ。
「何かあったのか?」
「えっ……?」
「一皮むけた感じの顔をしてるからさ。ただの理想や思い付きで、言ってる感じでもないしな。何か、覚悟を決めるキッカケでも、あったんじゃないのか?」
「まぁ、あったと言えば、ありましたけど。滅茶苦茶、おかしな話ですし。話すと、かなり長いですから」
当然だが、先日、百年以上前の〈グリュンノア〉に行って、伝説の大魔女たちに会ってきた話は、誰にもしていない。話したところで『夢でも見てたんじゃないの?』と、言われるのは、目に見えているからだ。
私自身も、それが、現実だったどうか、最初は、なかなか信じられなかった。でも、向こうの世界でもらった腕輪を見て、本当だったと確信した。
あのあと『大地の魔女』にもらった腕輪は、貴金属店に持って行って、綺麗に手入れしてもらった。ピカピカになり、傷も修復されて戻って来た。
お店の人が言うには、とても珍しい金属で出来ているらしい。『ミスリル』という、魔力を帯びた金属で、現在、市場には出回っていない、滅茶苦茶、貴重なレアメタルで作られている。もし、売りに出せば、数億ベルはするそうだ。
それ以来、私は左腕に、その腕輪を付けている。この世界を平和にするために奮闘した、大魔女たちの『遺志を継ぐ』と、心に決めたからだ。
「構わないよ。お前がおかしいのは、昔からだし。どうせ、暇で何もやることがないからな」
「んがっ――。そんな、頭のおかしい子みたいな言い方、しないでくださいよ。でも、これを話したら、絶対に、そう思われるよなぁ……」
「いいから話しな。これ以上、お前の評価は、落ちようがないんだから」
「うぐっ……」
いい加減、見習い時代のイメージは、忘れて欲しい――。
まぁ、でも、この不思議な出来事が、仮に夢だったとしても。私にとっては、とても有意義な経験だった。なんせ、一ヶ月も一緒に、三人の大魔女と過ごしたのだから。この貴重な体験は、何ものにも代えがたい。
私は、大きく深呼吸したあと。〈中央区〉の水路に置いてあった、不思議な鏡の話から、こちらに戻って来る儀式までの出来事を、順番に話して行った。全て話すのに、三十分近くかかったけど。ノーラさんは、何も言わず、最後まで聴いてくれた。
全て話し終えると、ノーラさんは、黙ったまま考え込む。こんな非常識な話、誰が聴いたって、信じられる訳がないので、当然だよね。
しばらくすると、ノーラさんは、静かに口を開いた。
「相変わらず、お前は、巻き込まれ体質だな。最悪、戻って来れない可能性も、あったんだろ?」
「えぇ、まぁ……。って、私の話、信じてくれるんですか?」
「その腕輪があるなら、本当なんだろ? 何か、不思議な力を感じるしな。それに、お馬鹿なお前が、こんな凝った話を、創作できる訳ないだろ」
「んがっ――。まったくもって、その通りなんですが。信じてもらえて、嬉しいような、嬉しくないような……」
確かに、文才の欠片もない私が、こんな凝った作り話が、できる訳がない。
「でも、いい経験だったんだろ?」
「はい。とんでもなく、貴重な経験でした! やっぱり、凄かったです、伝説の魔女たちは。でも、間近で見ると、意外と人間臭くて、割と普通な感じでした」
確かに、魔法も使ってたし、仕事もテキパキこなしていた。そもそも、朝から晩まで、働きっぱなしで、休んでいる姿を、全然、見たことがない。
でも、歴史の勉強で知った、大英雄という感じは、特にしなかった。親しくなってみると、割と普通な人に見える部分も、結構あったし。
特に、フィーネさんは、どう見ても、一般人にしか見えなかった。アルティナさんは、お菓子やパンの話になると、子供のように、目をキラキラさせていたし。
ただ一人、レイアードさんだけは、常に、無表情で真面目だったけど。あの人は、整理能力は、壊滅的だった。いくら片付けても、机の上や部屋が、すぐに汚れちゃうし。仕事以外の生活能力は、かなり低めで、女子力は皆無だった。
まぁ、全てにおいて、完全無欠な人なんていないよね。何かが凄ければ、たいていの場合、何かが欠けているものだ。
「そんなものさ。尾ひれ背びれがついて、どんどん、大げさになって行くんだよ。どんなに凄い人間でも、しょせんは、ただの一般人さ。ただ、普通の人間よりも、はるかに努力した一般人だけどな」
「そうですね。努力も覚悟も、普通の人と、比べ物にならないぐらい、凄かったです。あの姿を見たら『私なんて、まだまだだな』って、思いました」
あの三人の、必死に頑張る姿に、大きく感化された。なぜなら、ただ頑張るのではなく、全て命懸けでやっているのが、伝わって来たからだ。
「戦時中は、そうしなければ、生きて行けなかったんだろうな。今の時代では、そこまで、頑張る必要がない。だが、平和な時代には、平和な時代の戦い方がある」
「平和を守る、ってことですよね?」
「あぁ。平和は勝ち取ることよりも、守ることのほうが大変だ。別に、平和に限ったことじゃない。手に入れたものは、守り続けるほうが、ずっと大変だ。維持するためには、永遠に努力が必要だからな」
「確かに――そうかもしれませんね」
その後も、私たちは、昔の〈グリュンノア〉についてや、四魔女について、色々な話をした。
今のこの平和な世界も、シルフィードも、昔の人たちの、尋常じゃない努力の結果の上に、存在している。今までは、漠然としたイメージだったけど。魔女たちに、実際に出会って、平和の重みと大切さを、改めて認識した。
今の私にできるのは、その与えてもらった平和を、次の世代に繋いでいくこと。そのためにも、平和の象徴であるシルフィードが、努力し続ける必要があるのだ。
私個人の力で、できることは限られている。それでも、一生懸命、頑張って、一人でも多くの人を、幸せにできれば。世の中の争いごとを、なくせるのではないだろうか?
アリーシャさんが言っていたように、世界中の人を笑顔にできれば、戦争は、起きないんじゃないだろうか?
この平和な時代を守るために、これからも私は、精一杯、努力を続けて行こうと思う。偉大な魔女たちの想いを、永遠に消さないためにも……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『年越しっていくつになってもワクワクするよね』
年越しの瞬間は誰もが明るい希望の光を見る
本来ならこの時間は、日報を付けたり、掃除をしている。しかし、最後の案内が終わるやいなや、私は、自分のエア・カートに飛び乗って、大急ぎで会社をあとにした。
なぜなら、先ほど観光案内中に、リリーシャさんから、気になるメッセージが届いたからだ。
『風歌ちゃん、お仕事お疲れ様。少し問題が発生したので、念のため、メッセージを送っておきます。先ほど病院から「ノーラさんが倒れて搬送された」と、連絡がありました』
『ただ、命に別状はなく、症状も軽い貧血だったそうです。私は、会社に戻るのが、遅くなるかもしれないので。もし、気になるようなら、早退して、お見舞いに行ってきてください』
私は、メッセージを見た瞬間、驚きのあまり、心臓が止まりそうになった。ノーラさんは、いつも元気で、たくましいイメージがある。そんな彼女が、倒れるだなんて、全く想像もしなかったからだ。
それに、ノーラさんは、私にとって、いろんな意味での大恩人だ。シルフィードとしても、人としても、尊敬すべき大先輩だし。この世界では、母親代わりのような存在だった。とにかく、言葉では言い尽くせないほど、お世話になっている。
しかし、ちょうど、観光案内中だったので、動揺した姿を、見せる訳にはいかなかった。私は、努めて冷静に、いつも以上に明るい笑顔で、お客様の対応をした。ただ、心の中では、大きな焦りと不安が渦巻いていたのは、言うまでもない。
なので、会社に戻って、お客様をお見送りしたあと、大急ぎで、病院に向かうことにした。一応、途中で、お見舞いの品を買うため、寄り道したけど。とにかく、気が気じゃなかった。
私がやって来たのは〈西地区〉にある〈グリュンノア新国立病院〉だ。ここは、以前、私が墜落事故を起こした時に、入院していたので、よく知っている。この町で最も大きく、最新設備が揃った、とても綺麗な病院だ。
私は、受付でノーラさんの病室を訊くと、早足で病棟に向かって行った。フローターに乗っている間も、落ち着かずに、ソワソワしていた。ノーラさんがいる五階に着くと、走り出したい気持ちを押さえ、静かに病室に向かう。
部屋の前に着くと、扉をノックして、そっと扉を開けた。そこは、かなり大きな個室で、すでに、お見舞いの花などが、いくつも置いてあった。私が入院した時も、個室だったけど、その部屋よりも、一回り大きい。
ベッドの上には、ノーラさんがおり、上体を起こして、こちらをジッと見つめていた。見た感じ、いつもと変わった様子はなく、普通に元気そうだ。
「こんにちは、ノーラさん。お加減は、いかがですか?」
「あぁ、見ての通り、ぴんぴんしているよ。今日は大事をとって、ここで過ごすが。明日には、退院する予定だ」
「そっかぁー、よかったー。リリーシャさんから、ノーラさんが倒れたって、メッセージが来た時は、心臓が止まりそうになりましたよ」
「どうせ、リリー嬢ちゃんが、大げさに言ったんだろ? ただの貧血なんだから、わざわざ、見舞いに来るほどのことじゃないよ」
ノーラさんは、不愛想に答える。でもまぁ、いつも通り元気そうで、本当によかった。私は、ホッとして、大きく息を吐き出した。
「いろいろ買ってきたんですけど、何か食べますか?」
「何を持って来たんだい?」
「えーと、バナナとプリンとチョコレート。あとは、栄養ドリンクに栄養ゼリー。スポーツ・ドリンクもありますよ」
「まるで、風邪をひいた時みたいな、ラインナップだな」
「やっぱり、ケーキやお花とかの、もっと、お見舞いらしい物のほうが、よかったですか?」
何を買っていくか、ちょっと迷った。一応、上位階級としての立場があるし。ノーラさんも、元クイーンだし。高級な物のほうが、よさそうな気もしたんだけど。
でも『栄養があって、元気が出そうな物のほうが、いいかなぁー』と思って。実用性を考えたら、お見舞いというより、差し入れに近い感じになってしまったのだ。
「いや、お前らしくていいよ。あまり、気取ったものを、持って来られてもな」
ノーラさんが視線を向けると、そこには、お花やフルーツの盛り合わせなどが、置いてあった。どれも、とても高価そうな物ばかりだ。
「すでに、お見舞いに来た人たちが、沢山いるんですね」
「まったく、リリー嬢ちゃんだけに、知らせればよかったのに。病院のほうで、変に気を回してしまって。協会にまで、連絡が行ったらしくてな」
「まぁ、元クイーンが、倒れたなんて言ったら、大変な事件ですから。それは、しょうがないんじゃないですか?」
「そんなの、ずいぶん前の話だろ。今はもう、ただの一般人だ。それに、大病ならまだしも。貧血で、一瞬めまいがして、倒れただけで。全然、騒ぐほどのことじゃないだろ?」
例え、本人がそう思っていても、周りはそうは思わない。それは、私が上位階級になって、身に染みて分かった。本人が考えている以上に、特別視されているのだ。
上位階級は、普通の人から見たら、雲の上の人で、憧れの存在。けっして、一般人としては、見てもらえない。おそらく、引退したとしても、それは、ずっと続くのだと思う。
私は、ノーラさんに椅子を勧められ、静かに腰掛ける。近くに置いてあった、大きな花の植木鉢には『シルフィード協会』の札が付いていた。どうやら、協会の人たちも、お見舞いに来たらしい。
流石は『大御所』と言われている、元シルフィード・クイーンだ。今では、全く表舞台に顔を出していないけど。いまだに、その知名度は、絶大だった。
「それよりも、仕事はどうした? まだ、営業時間中だろ?」
「今日の営業は、先ほど、全て終わらせてきました。リリーシャさんからも、今日は早退して、お見舞いに行っていいと、連絡がきましたので」
「やれやれ、二人そろって、大げさだな。他人の心配などせず、自分の仕事に、専念したらどうだ? 上位階級になったからと言って、それで終わりではないだろ?」
それは、私自身も、よく分かっている。上位階級は、ゴールではなく、新たなスタート地点に、立っただけに過ぎないのだ。
「もちろん、それは、分かっています。まだまだ、私が未熟なのも、能力が足りないのも。でも、それよりも、私には、もっと大切なものがあるんです」
「人々の、幸せや笑顔を守りたい。私にとって、それ以上に大切なことは、ありません。上位階級は、人気取りで、やってる訳じゃありませんし。一人一人を、大切にできないなら、シルフィードをやっている意味が、ありませんので」
上位階級になって、人気と知名度が、一気に高まった。とても嬉しいけど、それが目的ではない。目指すのは、本物の『幸運の使者』だから。
それに、先日『大地の魔女』とも、約束した。この世界の平和を守ると。私は、四魔女のように、世界を変えるほどの、大きなことは、出来ないかもしれない。それでも、人々の笑顔や幸せを、守ることはできるはずだ。
「何かあったのか?」
「えっ……?」
「一皮むけた感じの顔をしてるからさ。ただの理想や思い付きで、言ってる感じでもないしな。何か、覚悟を決めるキッカケでも、あったんじゃないのか?」
「まぁ、あったと言えば、ありましたけど。滅茶苦茶、おかしな話ですし。話すと、かなり長いですから」
当然だが、先日、百年以上前の〈グリュンノア〉に行って、伝説の大魔女たちに会ってきた話は、誰にもしていない。話したところで『夢でも見てたんじゃないの?』と、言われるのは、目に見えているからだ。
私自身も、それが、現実だったどうか、最初は、なかなか信じられなかった。でも、向こうの世界でもらった腕輪を見て、本当だったと確信した。
あのあと『大地の魔女』にもらった腕輪は、貴金属店に持って行って、綺麗に手入れしてもらった。ピカピカになり、傷も修復されて戻って来た。
お店の人が言うには、とても珍しい金属で出来ているらしい。『ミスリル』という、魔力を帯びた金属で、現在、市場には出回っていない、滅茶苦茶、貴重なレアメタルで作られている。もし、売りに出せば、数億ベルはするそうだ。
それ以来、私は左腕に、その腕輪を付けている。この世界を平和にするために奮闘した、大魔女たちの『遺志を継ぐ』と、心に決めたからだ。
「構わないよ。お前がおかしいのは、昔からだし。どうせ、暇で何もやることがないからな」
「んがっ――。そんな、頭のおかしい子みたいな言い方、しないでくださいよ。でも、これを話したら、絶対に、そう思われるよなぁ……」
「いいから話しな。これ以上、お前の評価は、落ちようがないんだから」
「うぐっ……」
いい加減、見習い時代のイメージは、忘れて欲しい――。
まぁ、でも、この不思議な出来事が、仮に夢だったとしても。私にとっては、とても有意義な経験だった。なんせ、一ヶ月も一緒に、三人の大魔女と過ごしたのだから。この貴重な体験は、何ものにも代えがたい。
私は、大きく深呼吸したあと。〈中央区〉の水路に置いてあった、不思議な鏡の話から、こちらに戻って来る儀式までの出来事を、順番に話して行った。全て話すのに、三十分近くかかったけど。ノーラさんは、何も言わず、最後まで聴いてくれた。
全て話し終えると、ノーラさんは、黙ったまま考え込む。こんな非常識な話、誰が聴いたって、信じられる訳がないので、当然だよね。
しばらくすると、ノーラさんは、静かに口を開いた。
「相変わらず、お前は、巻き込まれ体質だな。最悪、戻って来れない可能性も、あったんだろ?」
「えぇ、まぁ……。って、私の話、信じてくれるんですか?」
「その腕輪があるなら、本当なんだろ? 何か、不思議な力を感じるしな。それに、お馬鹿なお前が、こんな凝った話を、創作できる訳ないだろ」
「んがっ――。まったくもって、その通りなんですが。信じてもらえて、嬉しいような、嬉しくないような……」
確かに、文才の欠片もない私が、こんな凝った作り話が、できる訳がない。
「でも、いい経験だったんだろ?」
「はい。とんでもなく、貴重な経験でした! やっぱり、凄かったです、伝説の魔女たちは。でも、間近で見ると、意外と人間臭くて、割と普通な感じでした」
確かに、魔法も使ってたし、仕事もテキパキこなしていた。そもそも、朝から晩まで、働きっぱなしで、休んでいる姿を、全然、見たことがない。
でも、歴史の勉強で知った、大英雄という感じは、特にしなかった。親しくなってみると、割と普通な人に見える部分も、結構あったし。
特に、フィーネさんは、どう見ても、一般人にしか見えなかった。アルティナさんは、お菓子やパンの話になると、子供のように、目をキラキラさせていたし。
ただ一人、レイアードさんだけは、常に、無表情で真面目だったけど。あの人は、整理能力は、壊滅的だった。いくら片付けても、机の上や部屋が、すぐに汚れちゃうし。仕事以外の生活能力は、かなり低めで、女子力は皆無だった。
まぁ、全てにおいて、完全無欠な人なんていないよね。何かが凄ければ、たいていの場合、何かが欠けているものだ。
「そんなものさ。尾ひれ背びれがついて、どんどん、大げさになって行くんだよ。どんなに凄い人間でも、しょせんは、ただの一般人さ。ただ、普通の人間よりも、はるかに努力した一般人だけどな」
「そうですね。努力も覚悟も、普通の人と、比べ物にならないぐらい、凄かったです。あの姿を見たら『私なんて、まだまだだな』って、思いました」
あの三人の、必死に頑張る姿に、大きく感化された。なぜなら、ただ頑張るのではなく、全て命懸けでやっているのが、伝わって来たからだ。
「戦時中は、そうしなければ、生きて行けなかったんだろうな。今の時代では、そこまで、頑張る必要がない。だが、平和な時代には、平和な時代の戦い方がある」
「平和を守る、ってことですよね?」
「あぁ。平和は勝ち取ることよりも、守ることのほうが大変だ。別に、平和に限ったことじゃない。手に入れたものは、守り続けるほうが、ずっと大変だ。維持するためには、永遠に努力が必要だからな」
「確かに――そうかもしれませんね」
その後も、私たちは、昔の〈グリュンノア〉についてや、四魔女について、色々な話をした。
今のこの平和な世界も、シルフィードも、昔の人たちの、尋常じゃない努力の結果の上に、存在している。今までは、漠然としたイメージだったけど。魔女たちに、実際に出会って、平和の重みと大切さを、改めて認識した。
今の私にできるのは、その与えてもらった平和を、次の世代に繋いでいくこと。そのためにも、平和の象徴であるシルフィードが、努力し続ける必要があるのだ。
私個人の力で、できることは限られている。それでも、一生懸命、頑張って、一人でも多くの人を、幸せにできれば。世の中の争いごとを、なくせるのではないだろうか?
アリーシャさんが言っていたように、世界中の人を笑顔にできれば、戦争は、起きないんじゃないだろうか?
この平和な時代を守るために、これからも私は、精一杯、努力を続けて行こうと思う。偉大な魔女たちの想いを、永遠に消さないためにも……。
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年越しの瞬間は誰もが明るい希望の光を見る
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精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
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