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第壱蟲 『抑蟲』

カッティング×ザ×パスト

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「でさでさぁ、その『千切娘』ってのがさぁ!!出会った人間を鋭いカタナでミンチにしちゃうんだってさ、まさに現代の『切り裂きジャック』!!」

 放課後の教室にてユキはいつものように瞳を輝かせ、二人にそう詰め寄る。

「怖ぁい。」

「いやいやありえないでしょ?」

 そしてそれに対し、共感するように口を押さえてそう言うミゾレ、相反するように、ユキの語る噂にあきれた様子のアメがいた。


「えーそう?」

「いくらなんでも人間みじん切りとかありえないって、骨とか硬いんだからさぁ……つか『切り裂きジャック』は何も人間を細切れにしてた訳でも無いしな。」

 散々ユキの言う『噂』を聞かされ続けたアメは、彼女の話を真っ向から否定する。

 その過程にて彼女自身にも偏った知識が蓄積していったのは些か皮肉めいてはいるが。

「目撃談とかもおおいんだよぉ?」

 しかしユキはめげず、なにやらメモ帳のようなものを取り出し、その中を指さす。

 そこには罫線を大幅に無視した走り書きの文章が書かれていた。

「まぁたしかに、本当だったらニュースとかで大騒ぎになってそうだしね。」

 アメの意見に同調したようで、ミゾレもまたユキに対して苦笑いに近い笑みを向ける。

「えぇ!?ミゾレまでそう言うのぉ!?」

「いくらミスYESガール筆頭のミゾレといえど、ミゾレの怪談一つ一つを鵜呑みにするほど呆けちゃいないよ。」

「え?私ってそんなアダ名ついてたの?」

「でもでもさ、ミゾレは一年前、下水道で『蟲姫』に会ったんだよね!?」

「え?」

 瞬間、思考が停止したようにミゾレは固まり、その後ゆっくりと下を向く。
 ユキの発言から察するように、あれから1年の年月が経過し、高校1年生だった彼女達は2年へと進級していた。

 そしてそれは同時にミゾレと『蟲姫』との出会いから同じく1年もの年月が経過していることを指し示していた。

「お、おいユキ……その話は……」

 ユキの暴走に近い発言にアメは少し戸惑いつつ、彼女に注意を促す。
 その当時の事は、三人の中でも触れてはいけない項目として暗黙の内に了承されていた。

 故に、ユキの発言はデリカシーに欠けたものであり、アメはミゾレの傷を抉ったのではないかと内心焦りを感じていた。

 さすがのユキもそれを察し、地雷を踏んだとばかりに冷汗を額に浮かべていた。

「えっと、うーん……まぁね。」

 が、両者の予想とは裏腹にミゾレの表情は暗くは無く、俯いていた事も恥ずかしさを隠さんとしていたが故の挙動に見えた。

「ほらぁ!!」

 あと数秒ミゾレの返答が遅れていたならば、ユキは頭頂部を教室の床に擦り付け、許しを請いつつ号泣していたであろう。

 ユキはそういった心内不安からの開放から安堵の表情と共にそう叫ぶ。

「いや、たしかにミゾレはアンタがかつて言いふらしてた『蟲姫』に会ったかもだけどさ、それとこれとは関係無いだろ……。」

 アメもまた安心したように息を吐き、ミゾレの表情の変化を眺めつつそう言う。

「あ、そうだ思い出した。」

 ユキは突如何かを思い出したように興奮状態から冷め、手を叩く。

「おい無視か?」

「いつか聞こうと思ってたんだけどさ、ミゾレに『蟲姫』は何もしてこなかったの?」

 そしてアメの発言を華麗にかわしつつ、真剣な面持ちでミゾレにそう訊ねた。

「え?」

「ほら『蟲姫』って生血を吸うとか人肉を食べるとかの噂もあるし……。」

 ユキは若干ミゾレから目を逸らしつつ、口元を押さえてそう呟く。

 当時、彼女が知っていた『蟲姫』の『噂』はあくまで一片にすぎなかった。

 そしてミゾレの体験談を聞いた彼女はより深く『蟲姫』の『噂』をあらゆるメディアから調べつくした。

 そしてその中にはそういった『怪物』としての伝承や都市伝説も多かったようである。

「おいおい!!大丈夫なのかミゾレェ!?」

 アメはユキの『噂』に珍しく血相を変えて反応し、ミゾレの両肩を抱えてそう問いただす。

 その表情は不安に満ちており、心の底から彼女を心配している。

「えぇ!?」

 アメの急激な変貌にミゾレは声をあげて驚く。

「ソイツに血吸われたのか?それとも腎臓かどっか……!!」

 アメの過剰なまでの心配は更に加速し、ミゾレを抱き寄せドラキュラなどに噛まれた際にありがちな首筋の傷などが無いかを確認する。

「いやいや、大丈夫だよアメちゃん……!!」

 ミゾレは涙目になり抱きつくアメをその身から引き剥がす。

 そして顔を見合わせて彼女はニッコリとアメへと微笑みかける。

「私は至って健康優良だし、お父さんも真面目に働いて休みが重なった時には家族サービスしてくれるし……。」

 ミゾレはアメの不安を労おうと自らの近況を語る。

 その表情は明るく、一切の不満も感じさせない。

「ミゾレ……。」

 アメは少し落ち着いたのか手を離し、零れかけた涙をぬぐう。

 そしてミゾレはアメのそんな様子を見、安らかな微笑みを浮かべる。

「それにしてもさぁ。」

 刹那、ユキがミゾレの太ももに座り、彼女の視界ががらりと変わる。

 そして同時に彼女の顔が目と鼻の先にまで近づき、ユキは首を傾げて不思議そうにミゾレの表情を眺める。

「ふぇ!?何、ユキちゃん!?」

 ミゾレは顔色を真っ赤に染め、突如眼前に現れたユキの姿に驚いた。

「うーん……その反応もそうだけど『あの一件』以来、ミゾレなーにか……変わったよねぇ?」

 ユキはそう言い、じっとミゾレの表情を見つめる。

 ミゾレは何故か近くにあるユキの顔を見ようとはせず、目を逸らし顔を赤らめる。

「い、いや何も変わらないよ!?」

 ミゾレは明らかに挙動不審な様子でユキにそう返答する。

「そう?」

 対しユキは疑いの目を向けたまま腕を組み、ミゾレの足の上で鎮座していた。

「相変わらず彼氏の一人も出来ないし、数学は苦手だし、こないだのゲームはまだクリア出来てないし……。」

 彼女は焦り、ミゾレは感情を隠さんと混乱したまま意味不明な供述をする。

 しかしユキには通じてはいない様子で、彼女は自らの足の上に座ったままピクリとも動こうとしない。

「ミゾレェ……この私に隠し事なんて通用すると思って……」

 ユキはニヤリと邪悪な笑みを見せ、ミゾレに追い討ちをかけようとする。

「二人の事はだ、大好きだから!!」

 しかしその時、ミゾレは決死の思い出その一言を叫ぶ。

 大好き。

 その一言が放課後の教室に響き渡り、二人の友人の心身をも震わせる。

 ミゾレはそう言い終えた後に口を紡ぎ、目をぐっと瞑った。

「お、おぉ」

 おおよそ十五秒。

 彼女等が沈黙した時間である。

 普段より寡黙なアメはまだしも、クラス内にて『おしゃべりモンスター』と称されるユキまでも、そのあまりの衝撃に言葉を発せられなかった。

「んもう可愛いなコイツゥ!!」

「ミゾレエェ!!」

 二人はそう声をあげ、自らに対し目に見える好意を表すミゾレに抱きつき、椅子から持ち上げる。

 そして三人は立ち上がり抱き合った状態となった。

「まぁアメも大分変わったけどねぇ。」

 ユキはミゾレの頭を撫で回しつつ、共に抱きつくアメにそう語る。

「あ?何も変わってねえよ。」

 対しアメはムッと顔をしかめる。

「さっきみたくミゾレの事よく気にするようになったしぃ。」

 ユキはアメの表情を窺いつつニヤニヤと微笑む。

「それは『あの時』……ごめん。」

 アメは何かを言いかけ、しかしグッと口を閉じる。

 そして申し訳ないようというような、そんな表情をアメを浮かべる。

「ううん、私が家出した時二人は心配して町中探してくれてたんだよね?ね?」

「私嬉しかったんだ……こんなにも自分のこと気にかけてくれる友人がいるなんて幸せだなって。」

 ミゾレはそんな様子のアメに満面の笑みを見せ、ユキにも同様の表情を向ける。

「ミゾレェ……!!」

「こんにゃろ、思い出して泣けてきただろが!!」

「おぉう、やはりミゾレは私の天使!!ホーリーライトニングだよぉ!!」

 ミゾレの嬉しい言葉に二人は更に強く抱きしめる。

「や、やめてよ二人ともぉ……ちょっと、本当に苦しい……!!」

 ミゾレは照れながらも、二人の苦しい程に圧迫する抱擁をその身に一身に受け止める。

「あ、でも『蟲姫』って『願い』を叶える代わりに『代償』か何かあるんじゃなかったっけ?」

 ユキはまたも思い出したようにそう言うと、ミゾレを抱き締めていた両手を離す。

 ミゾレの身体は高度を落とし、椅子の上に臀部を打ち付ける。

「おいおい、仮にも『オカ研部長』だろ?」

 アメはミゾレを離そうとはせず、頬を擦り付けたままユキにそう言う。

「ははは……面目ない。」

 ユキは頭の後ろを掻き、照れくさそうする。

 去年の暮れにユキは念願の『オカルト研究部』を創設。

 十数人もの人数を数多の学年よりかき集め、見事その部長へと君臨していた。

「まったく……」

 二人は先程までの話題と全く関係の無い話題で盛り上がる中、ミゾレだけは黙している。
 綻んだ表情を浮かべるアメとユキに対し、ミゾレは顔を真っ赤にし体を震わせる。
 そしてその挙動不審な様子は、恥ずかしさを伴っているように感じさせた。

「ん?」

 アメとユキはミゾレの異常に気付く。

 それはここまでのどの反応とも違う。

 否、これまでの彼女に見たことも無いようなそんな表情であった。

 ユキとアメはキョトンとした様子で互いに顔を見合わせる。

「い、いや、そうだよね……『代償』だから仕方ないんだよね……!!」

 ミゾレは何故か『代償』という単語に戸惑い、自らに言い聞かせる様にそう言う。

「……何どうしたミゾレ?」

「え?もしかしてもう何か『蟲姫』に奪われちゃったの!?」

「いや……あの、その……。」

「ミゾレ!!」

「ミゾレェ!!」

「う、うばわれた……というのは……その、私の『ハジメテ』といいますか……。」

 ミゾレはモジモジと身体をくねらせ、口元を押さえてそう語る。

 その表情は気恥ずかしさは勿論の事、何処と無く光悦としたものを秘めている。

「……え?」

 そしてそれは同時に、再び二人に沈黙の時を取り戻す。

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 そして先刻との大きな相違点は、次の刹那に響き渡るは声にならぬ絶叫である事であった。

「いやぁ、まさか唇のことだったとは……思わず変なこと想像しちゃったよぉ。」

 ユキは安堵の表情を浮かべそう言う。

「変な……こと?」

 対しミゾレはキョトンとした表情で首を傾げる。

「ほらヴァージn」

「わーわーわーわー!!」

 ユキが何かを言いかけたその刹那、アメが慌てて止めに入る。

「え?バー……何?」

 ミゾレはユキの言いかけた事を想像すらもついていないらしく、アメにそう聞く。

「いや!!いや何でも無い!!」

 アメは真っ赤に顔色を染め上げ、全力でそう言う。

「でもそっかぁ……ミゾレ、ファーストキッスを捧げちゃったんだぁ。」

 ユキはニヤニヤと微笑んでそう呟く。

「う……うん。」

 ミゾレは照れ臭そうに両手で顔を隠し頷く。

「マジかぁ……ワタシもまだだってのに。」

 アメは腕を組み、未だに信じられないといった体でいる。

「え!?アメちゃん無いの!?」

「何をそんなに驚く?」

「そこまでいく前に振られちゃうんだよねぇ。」

 そう言うユキはアメを嘲笑するように口元を押さえ、笑いを堪えている。

「うっせ!!」

 ユキの発言に対し、アメは頬を膨らませそっぽを向く。

「なら『オカ研』内での『噂』も訂正しなきゃねぇ……。」

「訂正ってどう書き換える気だ?」

 アメはピクリと肩を震わせ不穏な発言をするユキを睨んだ。

「そりゃあ『蟲姫』は『願い』の成就と引き換えに、その者の『純潔』を……。」

「やめれ。」

「あ、いけない!!」

 アメトユキの談笑を傍から眺めていたミゾレだったが、彼女は何かをふと思い出した様子でそう言う。

「どしたミゾレ?」

 そんなミゾレの発言にユキは特に慌てる様子も無くそう応じる。

「今って何時かな?」

 ミゾレは『あの日』と同様の質問を言い放つ。

「4時……だけど?」

 アメは不安げな表情を浮かべ、ミゾレの質問に答える。

 彼女の脳裏に蘇るはかつて彼女が虐待を受け、家を飛び出したあの日。

 ミゾレが『蟲姫』との開合を果たし、『抑蟲』のチカラを手にしたあの日である。

「え?まさかミゾレ……アルバイトとか?」

 アメは恐る恐るそう聴く。

 ミゾレはかつて家計及び自らの学生生活を支える為、夜遅くまでアルバイトを行っていた。
 それも年齢を偽り、深夜までの労働という同年齢の少女が行って良い代物では無いものであった。

「ううん、もうアルバイトは辞めたよ!?」

 彼女は明るく振舞う。
 その仕草からはかつて彼女が抱えていた闇が感じられず、傍目からは何の異常も無いと見える。
 いや、寧ろ何の不安げも感じさせない部分が異常に見えるといっても過言ではない。

「じゃあ一体……。」

 ミゾレがアルバイトを辞めたと聞いたアメ。

 しかしその不安感は未だ拭えず、再度眼前にて微笑むミゾレにそう尋ねる。

 ユキやミゾレから聴いた『蟲姫』の逸話に関して、彼女は全て鵜呑みにしている訳ではない。

 ユキの話についてはほぼ眉唾モノとしての扱いだが、ミゾレの言う『抑える蟲』についても信じきっている訳では無かった。

 例えばそう、ミゾレ自身が『蟲姫』のチカラにより状況が改善した……『彼女自身がそう思い込んでいるだけで、その実何も変わっていないのではないか?』という疑問である。

 かつての様に、否かつて以上に自らを虚像で塗り固めてはいないかという不安。

 疑心暗鬼といえばそれまでである。

 だが実質、アメはミゾレの虚像を見抜けず、そして失いかけていた。

 故に過ちを繰り返さない為、ミゾレを失い、見失わない為にアメはミゾレを注意深く観察する。

 そしてユキもまた、アメと同様にミゾレの様子を眺める。

 口数多く、口下手故にミゾレの時刻を尋ねた段階で彼女は口を紡ぎ、一切の発言を抑制する。

 彼女もまた、ミゾレの悩みを見抜けず、その事を密かに後悔していた。

 だから今度ミゾレが、否、彼女だけでなくアメに関しても、不安も悩みも何もかもを見逃すまい……と本気でそう考えていた。

「実は今日、お父さんとお母さんの結婚記念日なんだぁ。」

 しかしそんな両者の心配をよそにミゾレは顔を綻ばせる。

 そして少し照れ、頭の後ろを触りながらそう言った。

「結婚記念日ィ!?」

 これには敢えて黙視を貫いていたユキも予想外だったようで、声をあげて驚く。

「うん!!だから早く帰ってお祝いしなきゃ!!」

 彼女の発言に対し、目を見開きポカンと口を開けていたミゾレの友人AとBであったが、暫らくすると互いに顔を見合わせて笑う。

「……っかあぁ泣かせる娘さんだねぇ!!」

「なるほどなぁ、そりゃあおめでたい!!親孝行って訳か!!」

 そして両者共に半ば茶化すようにオーバーなリアクションをした。

 その反応の裏には、ミゾレのあまりに幸福そうな様子、そして先程までの自分達の不安が意味無きモノであったという喜びが含まれていた。

「もう、大袈裟だってぇ。」

 ミゾレはそんな二人の様子が可笑しいようで、謙遜しつつもつられて笑う。

「わたしなんて両親の誕生日の日付すらも曖昧だというのにねぇ……。」

 ユキは笑い過ぎて毀れた涙の雫を拭いつつ、その特徴的な口調でそう言う。

「それはヤバイな。」

 そしてアメは若干引いた様子で、ユキの発言に対しそう呟いた。

「じゃあ、そういうことだから行ってくるね!!」

 ミゾレは椅子から勢いよく立ち上がり、二人に明るくそう言う。

「おー行って来い、んで甘えてこーい!!」

「じゃあねぇ」

「うん、また明日!!」

 ミゾレは活気に満ちた表情で友人達に手を振り、教室から駆ける様にして去って行った。

「……明日、土曜日なのにな。」

 ミゾレのいなくなった教室にて、アメはポツリとそう呟く。

 休日もよく集まる三人であるが、何の約束も無しに集まれる程に彼女達それぞれも暇では無い。

 故に今回のミゾレの発言は、単に翌日の学校の有無に関する間違いである事がわかっていた。

「んだねぇ。」

 ユキはミゾレの出たドアを微笑ましいといった様子で眺める。

 そして彼女の心内では「平常運転だなぁ」といった声が発せられていた。

「あれから一年か……。」

 アメはそう過去を懐かしむ。

 本当の意味では分かりあえていなかったであろう、かつての自分達を思いつつ。
 あの頃より変わったような自分を見返しつつ。

「アメの失恋記録も着実に更新中だしねぇ。」

「まあな。」

 そして変わらぬ自分を見直しつつ。

「さってっと、私も創設者として部室に赴きますかねぇ。」

 ユキは両手を上で組んで間延びし、気分改めといった様子でそう言う。

「行けよ部長。」

 対しアメは皮肉めいたニュアンスで彼女を『部長』と呼ぶ。

「へぇい。」

 実のところ彼女は研究部の最上位の立場『部長』に君臨し、後輩達を指導する指導者であり、部員らをまとめる最高責任者でもあった。

 本来ならば今日もとっくに部室に向かってなければならないユキであった。

が、なにぶん彼女は人の上に立つ気力を兼ね備えてはおらず、今回においても副部長や後輩に作業を任せっきりにしてしまっていた。

 故にアメの指摘にはかなり胸を刺すものがあったのである。

「……そうだ。」

 しかしこれで折れる彼女では無い。

「何?」

「四組のヤスノリ、今日の部活6時あがりだってよ。」

 目には目を歯には歯を。

 弱点には弱点をである。

「……それが?」

 アメは少し間を空けてそう反応する。

 至って冷静な面持ちであり、傍目からは何も違和感は無い。

「好きなんでしょ?」

 しかしユキは確信をもってそう指摘する。

 彼女の得意分野は何も『オカルト』だけでは無い。

 『情報収集』こそが彼女の真骨頂なのである。

「……知ってたのか。」

 確信を持って真っ直ぐにそう尋ねるユキ。

 アメは隠し切れぬと踏み、そう打ち明けた。

「一緒に帰るの位誘ってみなよ、多分向こうもアンタのこと気にしてる筈だしぃ?」

 ユキは得意気に自らの情報をアメにひけらかし、アドバイスする。

「ユキ……。」

 しかしそれを聞いたアメはどこか申し訳ないといった様子で彼女の名を口にする。

「なぁに?」

 ユキは自慢げに且つ得意気に踏ん反り返って応答する。

 勝ち誇り、ざまあみろよと言いたげな表情である。

「もう……っている。」

 しかしアメはボソボソと恥ずかしげな表情でそう言う。

「……え?」

 ユキは聞き取れなかった様子で首を傾げてアメを眺める。

 否、真実としては聞こえていた。

 が、そのアメの発言を信じたくはない、聞き間違いであれという願いが彼女の意中にあったのである。

「もう付き合っているんだ……私達。」

「は?」

 この時ユキはアメに対し、『情報』という側面に対する戦いにおいて、初めての敗北を期したのであった。

 それも、絶対に負けることの無いと思っていたアメに、最も近くにいた筈のアメの情報を彼女は手に入れていなかったのである。

「え?いつから?」

「二ヶ月前……。」

 そしてこの経験が、彼女の先の人生において重要な意味を持つ事と成るのだが、それはまた別の御話である。
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