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第一章
第4話 『王宮の初舞踏と揺れる想い』
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夜空に月光が薄氷のように輝く頃、アルヴァレス王宮の大舞踏会場には華やかなティアラとシルクの裾が揺れる貴族たちの行列が続いていた。千灯のシャンデリアが雪崩のように光を降らせ、宮殿内部はほのかな金色に包まれている。
アリシア・グランフォードは、初めての宮廷舞踏会に向けたドレスをまとい、鏡の前で深呼吸をした。淡い藍色に刺繍された銀糸が月下で微かに煌めき、まるで凍てつく湖面を思わせる美しさだ。だがその美しさよりも、彼女の心は高鳴りと不安で揺れていた。
「――大丈夫、アリシア。あなたはこの国の未来の王妃なのだから」
そっと背後から声をかけたのは、侍女長イザベラ。優しく髪を整えながら、アリシアの肩に手を置く。
「ありがとうございます。でも、万が一失敗したらと思うと……」
震える指をイザベラがそっと包んだ。
「あなたは十分に準備してきました。レオン殿下もあなたの輝きを、宮廷中に知ってほしいと期待しておられますよ」
励ましに頷き、アリシアは小さく笑みを返した。
◆
舞踏会場の扉が開かれ、侍女長に伴われて入場したアリシアを、一瞬、ざわめきが追った。各国からの使節、貴族、侯爵夫人たちの視線が一斉に注がれる。その重圧を感じながらも、彼女は歩みを止めなかった。
中央のダンスフロアでは、レオン・アルヴァロ王子が群衆の中から姿を現した。黒の燕尾服に身を包み、洗練された立ち姿。それが目に入ると、アリシアの心臓は跳ねた。彼は微笑一つせず、静かに一歩前に進み、片手を差し出す。
「アリシア、俺と踊ってほしい」
低く落ち着いた声は、周囲の喧騒を掻き消すように響いた。すべての視線が二人に注がれ、静寂の中で二人だけの空間が生まれた。
「はい、殿下」
アリシアはおずおずと手を重ね、王子の隣へ進む。
◆
音楽が始まり、ヴァイオリンとピアノの旋律が優雅に舞い上がる。二人はゆったりと足を踏み出し、まるで氷上で滑るように軽やかにステップを刻んだ。アリシアの心は緊張でいっぱいだったが、レオンのリードは確かで、一歩ごとに安心感が広がった。
踊りながら、アリシアは小さく囁く。
「静かですね……こんなにも人がいるのに、まるで二人きりのようです」
レオンはわずかに微笑み、わずかな間だけ視線を下に落とした。
「君がいると、それ以外が背景になる。君を守り、君を主役にしたいだけだ」
その言葉に、アリシアの胸がじんと熱くなる。政略のためだけではなく、彼が本当に自分を大切に思ってくれていることを確信し、足取りが少し軽くなった。
◆
やがて踊りが終わり、拍手の波が二人を包む。王子は優雅に挨拶し、アリシアをエスコートして中央へ戻る。見守る貴族の注目を浴びながら、その姿は一枚の絵画のように完璧だった。
「素晴らしいお手並みです、アリシア王妃」と、隣の侯爵夫人が微笑みかける。
「まだ王妃ではありませんが……」と、アリシアは慌てて言葉を返す。しかしその声には、自信が宿っていた。
レオンは優雅に場を離れ、アリシアをそっと傍らに引き寄せる。
「これで、初めての舞踏も無事に済んだな」
「はい……本当にありがとうございます」
アリシアは深く礼をし、心からの笑顔を見せた。
◆
夜の終わり、月明かりに照らされる回廊で、二人は並んで歩いていた。アリシアの心には安堵と新たな期待が芽生えていたが、その一方で胸の奥底には微かな不安もくすぶっていた。
「殿下……」
アリシアが言葉を切り出す。
「はい?」
「私をこの国の王妃として迎える決断は、正しかったと思っていただけますか?」
レオンは少しだけ驚いたように目を丸くし、そして静かに答えた。
「――君と踊ったあの瞬間、確信した。君を選んでよかったと」
その言葉に、アリシアの頬が熱く染まった。月夜の回廊に、二人の影が長く伸びる。
やがて、二人の足音が遠ざかり、王宮の夜は静寂を取り戻した。揺れる想いを胸に、アリシアはこれから訪れる試練と甘い瞬間を思い描きながら、ゆっくりと夜風に身を委ねるのだった。
アリシア・グランフォードは、初めての宮廷舞踏会に向けたドレスをまとい、鏡の前で深呼吸をした。淡い藍色に刺繍された銀糸が月下で微かに煌めき、まるで凍てつく湖面を思わせる美しさだ。だがその美しさよりも、彼女の心は高鳴りと不安で揺れていた。
「――大丈夫、アリシア。あなたはこの国の未来の王妃なのだから」
そっと背後から声をかけたのは、侍女長イザベラ。優しく髪を整えながら、アリシアの肩に手を置く。
「ありがとうございます。でも、万が一失敗したらと思うと……」
震える指をイザベラがそっと包んだ。
「あなたは十分に準備してきました。レオン殿下もあなたの輝きを、宮廷中に知ってほしいと期待しておられますよ」
励ましに頷き、アリシアは小さく笑みを返した。
◆
舞踏会場の扉が開かれ、侍女長に伴われて入場したアリシアを、一瞬、ざわめきが追った。各国からの使節、貴族、侯爵夫人たちの視線が一斉に注がれる。その重圧を感じながらも、彼女は歩みを止めなかった。
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「アリシア、俺と踊ってほしい」
低く落ち着いた声は、周囲の喧騒を掻き消すように響いた。すべての視線が二人に注がれ、静寂の中で二人だけの空間が生まれた。
「はい、殿下」
アリシアはおずおずと手を重ね、王子の隣へ進む。
◆
音楽が始まり、ヴァイオリンとピアノの旋律が優雅に舞い上がる。二人はゆったりと足を踏み出し、まるで氷上で滑るように軽やかにステップを刻んだ。アリシアの心は緊張でいっぱいだったが、レオンのリードは確かで、一歩ごとに安心感が広がった。
踊りながら、アリシアは小さく囁く。
「静かですね……こんなにも人がいるのに、まるで二人きりのようです」
レオンはわずかに微笑み、わずかな間だけ視線を下に落とした。
「君がいると、それ以外が背景になる。君を守り、君を主役にしたいだけだ」
その言葉に、アリシアの胸がじんと熱くなる。政略のためだけではなく、彼が本当に自分を大切に思ってくれていることを確信し、足取りが少し軽くなった。
◆
やがて踊りが終わり、拍手の波が二人を包む。王子は優雅に挨拶し、アリシアをエスコートして中央へ戻る。見守る貴族の注目を浴びながら、その姿は一枚の絵画のように完璧だった。
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「まだ王妃ではありませんが……」と、アリシアは慌てて言葉を返す。しかしその声には、自信が宿っていた。
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「これで、初めての舞踏も無事に済んだな」
「はい……本当にありがとうございます」
アリシアは深く礼をし、心からの笑顔を見せた。
◆
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「殿下……」
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「はい?」
「私をこの国の王妃として迎える決断は、正しかったと思っていただけますか?」
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「――君と踊ったあの瞬間、確信した。君を選んでよかったと」
その言葉に、アリシアの頬が熱く染まった。月夜の回廊に、二人の影が長く伸びる。
やがて、二人の足音が遠ざかり、王宮の夜は静寂を取り戻した。揺れる想いを胸に、アリシアはこれから訪れる試練と甘い瞬間を思い描きながら、ゆっくりと夜風に身を委ねるのだった。
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