『婚約破棄された令嬢ですが、隣国の冷徹王子に溺愛されて困ってます』

Rough ranch

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第三章

第11話『神託の地、静寂の前夜』

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アリシアたちが王都を発ってから三日――聖堂都市エルフェリアは、霧に包まれていた。

「なんて静かなの……」

聖堂の街並みは整然としており、美しい白壁の建物が連なる街道には、祈りを捧げる人々の姿がちらほらと見えるだけ。だが、その静けさの裏には、確かに緊張が潜んでいた。

「敵の気配はまだないが……この静寂、嵐の前のそれに近いな」

レオンは剣に手をかけたまま、警戒を怠らない。

一行が訪れたのは、街の中心部にある大神殿――神託の書が納められている場所だ。聖堂内は大理石の柱に囲まれ、神の象徴とされる巨大な水晶が天井から吊るされていた。

「アリシア様ですね。お待ちしておりました」

現れたのは、聖堂の長である老女・シエナ。柔らかな微笑みを浮かべる彼女の背後には、神官たちが静かに控えていた。

「神託の書は、封印の奥にございます。お見せできるのは“神に選ばれし者”のみですが……今はその例外としましょう」

「ありがとうございます」

アリシアは静かに頭を下げる。

案内された地下の祭壇には、魔法の障壁に守られた古い書があった。書には触れられないようだが、文字は浮かび上がり、アリシアの視線に映し出される。

《光と影、交わる時、真なる終焉が訪れる。だが、それを超えるのは、二つの心の“絆”である》

「……“絆”?」

アリシアは小さくつぶやいた。

「この書には、“終焉の魔眼”を持つ者が、最後に選ぶべき道についての記述があります」

シエナは静かに言う。

「一人で立ち向かうのではなく、誰かと共に歩む。その選択こそが、運命を超える鍵になる……と」

アリシアの脳裏に浮かんだのは、クロウの孤独な瞳だった。そして――レオンの、いつも傍にいてくれる眼差し。

「……私は、間違えない」

アリシアはそう口にし、神託の書から目を離した。

その夜。

一行は聖堂内の宿泊室に滞在していた。静けさの中、アリシアはベッドに横たわりながらも、眠れぬ夜を過ごしていた。

(私は、どうするべきなの……?)

クロウは「世界を終わらせる」と言った。だがその裏には、選ばれなかった者の悲しみがあったように感じる。

力は、誰かを守るためにあるのか、それとも――奪うためにあるのか。

「……アリシア、起きてるか?」

扉越しにレオンの声が聞こえた。

「……うん。ちょっとだけ」

レオンは扉を開け、静かに部屋に入ってくる。彼の手には、湯気の立つカップが二つ。

「聖堂の下働きがくれたハーブティー。眠れない時は、これが効くらしい」

「……ありがとう」

アリシアは微笑を浮かべ、カップを受け取る。

「怖いか?」

「……ううん。でも、正直言うと、自分が何者なのか、まだ全部は分かっていないの。クロウの言葉を聞いて、私にも……あんな風になってしまう可能性があるんじゃないかって」

「違う」

レオンは真っ直ぐに言った。

「君は誰よりも、人を想ってる。それは、あいつとは決定的に違う。……だから怖くないよ」

アリシアはしばらく沈黙し、やがて小さくうなずいた。

「ありがとう。レオンがいてくれて……良かった」

カップを口に運びながら、アリシアは心の中で、もう一度自分に誓った。

(私は、私の力で誰かを救う。そして、もう誰にも傷ついてほしくない)

そしてその頃――

聖堂都市の外れ、封印されたはずの東の森。その奥に、一人の影が静かに立っていた。

「絆、か……」

クロウは薄く笑う。

「それがどれだけ脆いものか、すぐに分かる」

彼の背後に、黒い霧が渦を巻く。その中から現れたのは、かつてアリシアたちが戦った“堕ちた騎士”たち――蘇った魂の兵。

「今宵、神託の都は……終わる」

静かに、だが確実に、影の侵攻は始まろうとしていた。

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