酒呑童子 遥かなる転生の果てに

小狐丸

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第五話 ホクト二歳

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 朝日が窓から差し込み始め、部屋の中が段々明るくなっていく。木窓の隙間から光が差し込み、部屋を明るくする。

 部屋にあるベッドの上で座禅を組み瞑想している小さな子供がいた。

 青味がかった母親譲りの銀髪と、万人が見惚れる愛らしさを持つ男の子。

 ホクトは先日二歳の誕生日を迎えた。

 ただこの世界では誕生日を毎年祝うという風習はない。何故ならこの世界では乳幼児の死亡率の高い。それ故、何とか無事にその時期を乗り越えた五歳の誕生日は教会で洗礼を受け、家族から祝ってもらうのだ。
 王都に暮らす貴族達は、政治目的で五歳以降も誕生日を祝うパーティーを開くが、辺境の男爵家三男には関係のない話だ。

 ホクトは座禅を組み瞑想して魔力の操作を訓練している。最近では、さらに気を身体に巡らせ魔力と混ぜる事で、この世界では誰も知らない、知ったとしても真似出来ないであろう事を訓練していた。
 気の運用は、転生の際に神にアドバイスして貰ったので、酒呑童子であった頃の鬼道の延長線からと、その後転生を繰り返していた頃に身に付けた、気を運用した武術を使用していた事を思い出してやってみると、意外にも気と魔力の相性は良かった。
 今は気と魔力を練り込む事を、息をする様に自然と出来るようになる事がホクトの目標だ。

 魔力による身体能力強化は、込める魔力量で強化される身体能力が上昇する。
 このホクトが取り組む気と魔力を混ぜて練り込む術は、魔力だけを身体に纏い身体能力を向上させた場合と比べ、五倍以上の効果がある事にホクトは気が付いていない。


「ふぅーーーーーー!」

 丹田に力を込めて息を吐き切るホクト。

 コン、コン。「ホクト様、お着替えですよ」

 ちょうどホクトが瞑想を終えたタイミングでアマリエがホクトの着替えの手伝いに入って来る。

 これも毎日のルーティーンになっている。



 この一年でホクトの魔力操作も上達し、以前のように有り余る魔力を溢れされる事もなくなった。
 この魔力操作の上達が、後にホクトにとって大きな恩恵を与えるのだが、それに気がつくのはもう少し後のことになる。



 着替えを済ませて顔を洗い、朝食を食べるためにダイニングへ歩く。まだまだ身体は小さいホクトだけど、二歳児とはかけ離れた身体能力を有していた。
 この世界では早熟な獣人族なら許容範囲だろうが、決してエルフの身体能力ではない。
 カインはエルフの子供の成長について分からない為、フローラが気付きながらも黙っているので、ヴァルハイム家の中では問題になっていなかった。
 さらにホクトの行動範囲も屋敷の中限定なので、周りにホクトの異常な魔力量や身体能力が漏れる事はなかった。



 現在、ヴァルハイム家のダイニングには長男のアルバンがいない。この春から王都にある王国立学園へ入学したからだ。

 朝食を食べ終えたホクトは、屋敷の庭で走り回って遊ぶ。以前、転生を繰り返していた頃にも経験して分かっていたのだが、今世のホクトも、肉体に精神が引っ張られていた。まぁ多少普通の二歳児とは知能の面でも、他の同年代の子供とはかけ離れているが。

 この庭で遊ぶ事もホクトに取っては訓練のうちだった。

「どうして僕は訓練漬けの日々を送ってるんだろう」

 ふと、そう考えるホクトだが、咲耶と再会した後に、彼女を護る為と考えなおす。

「この世界は危険だらけって母上も言ってたしな。僕が咲耶を護れる様に強くならないと」

 本当はフローラに魔法を教えて欲しいのだが、フローラは魔法を教えるのは五歳からと譲らなかった。エルフの国の子供でも魔法を実際に習い始めるのは、もっと大きくなってからだ。
 その代わりフローラは、ホクトに瞑想による魔力量の増大と、魔力操作の訓練を徹底的に行った。
 本来この年代の子供に、魔力量増大訓練や魔力操作の訓練などの地道な訓練は続かない。前世の記憶があるホクトだから成し得たのだが、その結果もともと産まれながらに多かったホクトの魔力量は既に大陸一に、魔力操作もエルフの国を含めても三本の指に入る幼児が出来上がっていた。


 ヴァルハイム家は辺境の男爵家だけあって、カインの書斎にある本はそれ程多くない。実際ホクトは既に大方読み終えてしまった。ヴァルハイム男爵家の治める領地には大きな街がないので図書館や本屋も望めない。

 ロマリア王国内に図書館は、王都ローマンブルクにしかない。本を売る商会なら隣のアーレンベルク辺境伯の領都アールスタットへ行けばあるが、印刷技術の発達していないこの世界で、本はとても高価な物だった。当然、男爵家に過ぎないヴァルハイム家には気軽に本など買えないのだ。ましてや三男の幼児の為に高価な本は与えられない。
 カインの書斎にある本は、第一夫人のジェシカが実家から持って来た物と、フローラが冒険者時代に集めた物が大半だ。カインに至っては、貧乏騎士爵の五男如きに書斎の本棚を埋める本を用意出来る筈がなかった。

 ジェシカが実家から持って来た本は、この国の歴史や貴族名鑑、大陸の風土記などが多く、フローラが集めた本は、植物図鑑、魔物図鑑、初級魔法書といったラインナップだった。

「魔導具の本が欲しいな」

 千二百年前、鍛冶屋の息子として産まれた酒呑童子としての記憶を持つホクトは、鍛冶や魔導具にも興味があった。特にこの世界独特の技術である魔導具には興味津々だ。
 この屋敷にも灯りの魔導具やキッチンにコンロの魔導具が有るが、さすがに分解して調べる事は出来ない。

「本を買うにもお金がかかるもんな」

 王国立学園にも図書館があるが、ホクトが学園に通うようになるまであと十年ある。

 気長に待つしかないかと諦める。
 エルフであるホクトには、時間はたっぷりあるのだから。


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