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第六十二話 押し掛け従者
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闇ギルドの男達を王都の守備隊に預けた後、ダークエルフのジル・シーウッドと名乗った女性と場所を変えて少し話す事になった。
(どうしてこうなった?)
ホクトが困惑するのには訳があった。
守備隊の詰所で簡単な調書を取ったあと、ジルたっての願いで、話を聞く事になった。
そこまでは良かった。
詰所でもホクトの身分がしっかりしている上に、相手が闇ギルドとあって、事情聴取も簡単に済んだ。
詰所で、ジルがダークエルフ故に目立ってはいたが、ホクトとサクヤがエルフとして有名になりつつある為にまだましだったのだろう。
エルフ二人とダークエルフでは、さすがに目立つので、ヴァルハイム剣をの王都屋敷で話を聞く事にした。
そして、屋敷でアマリエが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついた所で、改めて自己紹介をする。
「それでは改めて、僕はホクト・フォン・ヴァルハイムです」
「ホクトの婚約者、サクヤ・アーレンベルクです」
先ずホクトとサクヤが自己紹介する。
「ジル・シーウッドと申します。
もとアスカール王国、シーウッド男爵家の三女です」
ジルは、自身の出自とシーウッド家の役目、忍びの術と兄達との確執、この大陸で生きることになった経緯を全てホクトに語った。
そして闇ギルドを通してのホクト暗殺依頼と、それを断ったが故の先程のトラブル。
ホクトは闇ギルドのくだりはまだしも、ジルの出自や兄との確執、この大陸に来る切っ掛けとなった事件の事を聞かされても困る。と言うのが正直な感想だ。
ホクトが首を傾げる横で、サクヤはなんとなくジルの言いたい事が推測できた。
そして…………。
「ホクト殿、お願いがあります」
ジルが姿勢を正し真剣な表情でホクトを見る。
「はい、何でしょう?」
「私を従者として、お側に置いて頂けないでしょうか。
ホクト殿とサクヤ殿は、エルフです。私もダークエルフですから、同じ時間をお仕えする事が出来ると思います」
「へ?!」
ホクトが訳がわからないと驚いた顔で固まる。
「ジル様は、どこかの組織に追われているとかありますか?」
驚き固まるホクトの横から、サクヤがジルに聞く。
「ジルとお呼び下さい。
コードネーム【シャドウ】としてなら、追手をかける組織はありますが、ダークエルフのジルとしては大丈夫だと思います」
今のジルは黒いフードを脱いでいる。
後ろで結ばれたそのセミロングの輝く銀髪。
切れ長の目と、涼しい青い瞳。
スイカでも入っているのかと思える胸から、折れそうなほど細い腰、そこから張り出したヒップ。
スラっと長い手脚。
ダークエルフとしても際立って美しいジルが、フードとマスクで姿を隠して行動していた気持ちは、ホクトとサクヤだからこそ痛いほど分かった。
「と言う事は、これからはダークエルフのジルとしてホクトに仕えたいと言うこと?」
「勿論です。ホクト殿とサクヤ殿が諜報や暗殺を依頼されるなら、全力で応えたいと思います」
「イヤイヤ、暗殺なんて頼まないよ」
暗殺と聞いてホクトが慌てて再起動する。
「僕からも聞いて良いかな?
どうして僕の従者なの?
一応男爵だけど、僕は十三歳のまだ子供だよ」
ホクトの困惑も当然だろう。
ジルとは数時間前に会ったばかりだ。ホクトの従者になりたい理由が分からなかった。
「上手く言えないのですが……、一目見てこの方に仕えたいと思ったのです」
ジルの言葉に、ホクトは首を傾げサクヤは頷いていた。
「良いんじゃない、ホクト。彼女がこの大陸で一人で生きていくのは非常に困難よ。ホクトの従者になるというのは、彼女の助けにもなるわ」
サクヤには分かっていた。ジルが一目惚れに近い感情を持っている事を、そしてその感情に本人は気がついていない事も。
それでもホクトは思う。ジルには祖国アスカール王国との関係と祖国に居る、兄達との問題も残されている。
「ジルさんは、祖国へ帰りたくないのですか?」
「ジルとお呼び下さい。
父や母、姉や弟と会いたいとは思いますが、兄達の事もありますし、私が国へ帰れば、いらぬ混乱が起こるでしょう」
ジルが寂しそうな顔を見せる。
嫉妬と焦燥にかられた兄達に命を狙われた事実、父や母、姉や弟に対する愛情、複雑な心境なのだろう。
「うん、そうだな。
…………暫く家にいると良いよ」
事情を聞いたうえで、このまま放りだす気にはなれなかった。ダークエルフが独りでこの大陸で生きる困難も分かるだけに尚更だった。
「私とホクトが学園に居る間は、この屋敷でフローラ様に魔力操作と魔力感知を徹底的に仕込んで貰えば良いわ」
「そうだな、母上も暇つぶしになるだろうし、ジルさ、ジルも魔力操作が随分甘いみたいだからね」
ジルをさん付けで呼びかけて、ジルの訴えるような目で、慌てて言いなおすホクト。
ホクトとサクヤから見て、ジルの魔力操作や魔力感知は拙いものだった。
これは始祖エルフから別れ数万年、エルフは精霊魔法と属性魔法に高い適性を持つ特徴を残していた。ダークエルフは森を離れ海を渡り、高い身体能力得たが、魔力の扱いや魔法を重要視しなくなり、素養はあるものの、ホクトやサクヤから見れば、自分達と近い種族とは思えない拙さだった。
ダークエルフの特徴である高い身体能力も、エルフの基準で測れないホクトとサクヤに比べれば、あきらかに劣る。
ただ魔法に頼らなくなったのには、アスカール王国の事情も関係している。
アスカール王国は、この大陸と大型の魔物が棲む海を隔て、外敵からの脅威にさらされる事がなかった。
さらに、現在のアスカール王国の種族比率こそダークエルフが5割を超えるが、ダークエルフが移住して来た建国当初、現地に住む人族の屈強な少数部族が住んで居た。その人族が使うのが、刀術、槍術、弓術などの武術だった。ホクトは日本人の末裔かと疑う人族に、ダークエルフ達が影響を受けるのに時間は掛からなかったと言う。ジルの実家が伝える忍術もその流れだという。
魔力量にしてもジルはエルフ基準で言えば、決して多くない。フローラとの訓練で少しは増えるだろうが、劇的な魔力量増加は難しいだろう。
ならば魔力操作の上達で、消費魔力を抑える方向で鍛えた方が良い。
魔力量の少ない獣人族のカジムでも、最近は身体強化が長く維持する事が出来るまでになった。獣人族から比べれば、はるかに魔力量が多いジルなら、使える魔力が多いので、カジムとも身体能力でわたり合える時が来るだろう。
「…………」
魔力操作が拙いと言われたジルだが、本能でホクトとサクヤが自分よりも遥かに上位にいる事を感じていた為、悔しくもあったが納得した。
「朝、登校する前と学園の休みの日には、僕達と一緒に鍛錬すれば良い」
ジルは何故か初めて会ったホクトに忠誠を誓うが、ホクトは鍛錬などを通じて、少しづつ信頼関係を築いていければ良いと思っていた。
(どうしてこうなった?)
ホクトが困惑するのには訳があった。
守備隊の詰所で簡単な調書を取ったあと、ジルたっての願いで、話を聞く事になった。
そこまでは良かった。
詰所でもホクトの身分がしっかりしている上に、相手が闇ギルドとあって、事情聴取も簡単に済んだ。
詰所で、ジルがダークエルフ故に目立ってはいたが、ホクトとサクヤがエルフとして有名になりつつある為にまだましだったのだろう。
エルフ二人とダークエルフでは、さすがに目立つので、ヴァルハイム剣をの王都屋敷で話を聞く事にした。
そして、屋敷でアマリエが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついた所で、改めて自己紹介をする。
「それでは改めて、僕はホクト・フォン・ヴァルハイムです」
「ホクトの婚約者、サクヤ・アーレンベルクです」
先ずホクトとサクヤが自己紹介する。
「ジル・シーウッドと申します。
もとアスカール王国、シーウッド男爵家の三女です」
ジルは、自身の出自とシーウッド家の役目、忍びの術と兄達との確執、この大陸で生きることになった経緯を全てホクトに語った。
そして闇ギルドを通してのホクト暗殺依頼と、それを断ったが故の先程のトラブル。
ホクトは闇ギルドのくだりはまだしも、ジルの出自や兄との確執、この大陸に来る切っ掛けとなった事件の事を聞かされても困る。と言うのが正直な感想だ。
ホクトが首を傾げる横で、サクヤはなんとなくジルの言いたい事が推測できた。
そして…………。
「ホクト殿、お願いがあります」
ジルが姿勢を正し真剣な表情でホクトを見る。
「はい、何でしょう?」
「私を従者として、お側に置いて頂けないでしょうか。
ホクト殿とサクヤ殿は、エルフです。私もダークエルフですから、同じ時間をお仕えする事が出来ると思います」
「へ?!」
ホクトが訳がわからないと驚いた顔で固まる。
「ジル様は、どこかの組織に追われているとかありますか?」
驚き固まるホクトの横から、サクヤがジルに聞く。
「ジルとお呼び下さい。
コードネーム【シャドウ】としてなら、追手をかける組織はありますが、ダークエルフのジルとしては大丈夫だと思います」
今のジルは黒いフードを脱いでいる。
後ろで結ばれたそのセミロングの輝く銀髪。
切れ長の目と、涼しい青い瞳。
スイカでも入っているのかと思える胸から、折れそうなほど細い腰、そこから張り出したヒップ。
スラっと長い手脚。
ダークエルフとしても際立って美しいジルが、フードとマスクで姿を隠して行動していた気持ちは、ホクトとサクヤだからこそ痛いほど分かった。
「と言う事は、これからはダークエルフのジルとしてホクトに仕えたいと言うこと?」
「勿論です。ホクト殿とサクヤ殿が諜報や暗殺を依頼されるなら、全力で応えたいと思います」
「イヤイヤ、暗殺なんて頼まないよ」
暗殺と聞いてホクトが慌てて再起動する。
「僕からも聞いて良いかな?
どうして僕の従者なの?
一応男爵だけど、僕は十三歳のまだ子供だよ」
ホクトの困惑も当然だろう。
ジルとは数時間前に会ったばかりだ。ホクトの従者になりたい理由が分からなかった。
「上手く言えないのですが……、一目見てこの方に仕えたいと思ったのです」
ジルの言葉に、ホクトは首を傾げサクヤは頷いていた。
「良いんじゃない、ホクト。彼女がこの大陸で一人で生きていくのは非常に困難よ。ホクトの従者になるというのは、彼女の助けにもなるわ」
サクヤには分かっていた。ジルが一目惚れに近い感情を持っている事を、そしてその感情に本人は気がついていない事も。
それでもホクトは思う。ジルには祖国アスカール王国との関係と祖国に居る、兄達との問題も残されている。
「ジルさんは、祖国へ帰りたくないのですか?」
「ジルとお呼び下さい。
父や母、姉や弟と会いたいとは思いますが、兄達の事もありますし、私が国へ帰れば、いらぬ混乱が起こるでしょう」
ジルが寂しそうな顔を見せる。
嫉妬と焦燥にかられた兄達に命を狙われた事実、父や母、姉や弟に対する愛情、複雑な心境なのだろう。
「うん、そうだな。
…………暫く家にいると良いよ」
事情を聞いたうえで、このまま放りだす気にはなれなかった。ダークエルフが独りでこの大陸で生きる困難も分かるだけに尚更だった。
「私とホクトが学園に居る間は、この屋敷でフローラ様に魔力操作と魔力感知を徹底的に仕込んで貰えば良いわ」
「そうだな、母上も暇つぶしになるだろうし、ジルさ、ジルも魔力操作が随分甘いみたいだからね」
ジルをさん付けで呼びかけて、ジルの訴えるような目で、慌てて言いなおすホクト。
ホクトとサクヤから見て、ジルの魔力操作や魔力感知は拙いものだった。
これは始祖エルフから別れ数万年、エルフは精霊魔法と属性魔法に高い適性を持つ特徴を残していた。ダークエルフは森を離れ海を渡り、高い身体能力得たが、魔力の扱いや魔法を重要視しなくなり、素養はあるものの、ホクトやサクヤから見れば、自分達と近い種族とは思えない拙さだった。
ダークエルフの特徴である高い身体能力も、エルフの基準で測れないホクトとサクヤに比べれば、あきらかに劣る。
ただ魔法に頼らなくなったのには、アスカール王国の事情も関係している。
アスカール王国は、この大陸と大型の魔物が棲む海を隔て、外敵からの脅威にさらされる事がなかった。
さらに、現在のアスカール王国の種族比率こそダークエルフが5割を超えるが、ダークエルフが移住して来た建国当初、現地に住む人族の屈強な少数部族が住んで居た。その人族が使うのが、刀術、槍術、弓術などの武術だった。ホクトは日本人の末裔かと疑う人族に、ダークエルフ達が影響を受けるのに時間は掛からなかったと言う。ジルの実家が伝える忍術もその流れだという。
魔力量にしてもジルはエルフ基準で言えば、決して多くない。フローラとの訓練で少しは増えるだろうが、劇的な魔力量増加は難しいだろう。
ならば魔力操作の上達で、消費魔力を抑える方向で鍛えた方が良い。
魔力量の少ない獣人族のカジムでも、最近は身体強化が長く維持する事が出来るまでになった。獣人族から比べれば、はるかに魔力量が多いジルなら、使える魔力が多いので、カジムとも身体能力でわたり合える時が来るだろう。
「…………」
魔力操作が拙いと言われたジルだが、本能でホクトとサクヤが自分よりも遥かに上位にいる事を感じていた為、悔しくもあったが納得した。
「朝、登校する前と学園の休みの日には、僕達と一緒に鍛錬すれば良い」
ジルは何故か初めて会ったホクトに忠誠を誓うが、ホクトは鍛錬などを通じて、少しづつ信頼関係を築いていければ良いと思っていた。
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