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15巻
15-3
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9 エルフの皮を被った……
王都の複数箇所で、同時に魔法による爆発が起きた。
警戒していた騎士団や衛兵が、テロリスト鎮圧に向けて迅速に動き出す。
バーキラ王国、ロマリア王国、ユグル王国の三ヶ国同盟が結ばれた後、トリアリア王国やシドニア神皇国との戦争を経て、さらにタクミによる魔大陸でのダンジョンブートキャンプで精鋭化したユグル王国騎士団の動きは速かった。
そしてタクミとカエデのダンジョンブートキャンプを乗り越えた者がここにもいた。
「アネモネ! リリィ! 行くわよ!」
「「はい!」」
フランの号令に返事をし、駆け出すアネモネとリリィ。
タクミから王都のテロに対処するよう依頼されたフラン、アネモネ、リリィの三人は、魔法の発動の気配を察知すると、爆発が起きる前に準備を終え、動き出していた。
騎士団だった頃よりも、冒険者だった頃よりも大幅にレベルが上がり、さらに各種スキルレベルの向上と新規スキルの取得。ダンジョンブートキャンプを受けた騎士団の精鋭と同等以上の力を得たフラン、アネモネ、リリィが王都を駆ける。
その彼女達の魔力探知に反応があり、精霊が敵だと教えた。
「アネモネ、二時! リリィ、十時!」
「「はい!」」
フランの短い指示で、それぞれ行動へと移す。
「ギャッ!」
「グゥヘッ!」
「ウッ!」
たちまち三人のテロリストが地面へと沈む。
「エルフだけじゃありませんね」
アネモネが意識を刈り取ったテロリストの一人を引きずりながら言った。彼女が引きずっているのは冒険者風の人族だ。
「そうね。人族の冒険者崩れも交じっているわね」
「エルフは、全員が精霊の加護を失っているみたいです」
フランが頷き、リリィは担いできたエルフの男をその場にドサリと放り捨てた。
「なら精霊に聞けば、間違う事はないわね」
「フラン先輩、とりあえず拘束しました」
「じゃあ次に行くわよ。無理に生かす必要はないわ。難しい事はイルマ殿や姫様に任せればいい」
三人のテロリストを簡単に拘束したアネモネに対し、フランは王都で暴れるテロリストへの対応を確認した。リリィが笑う。
「フランさん、難しい事考えるの苦手ですもんね」
「苦手じゃない! 嫌いなだけだ!」
「先輩、それ同じですよ」
「うるさい! 次行くぞ!」
「ちょ、待ってくださいよぉー!」
顔を赤くしたフランが駆け出し、その後をアネモネとリリィが追いかける。
ホーディアとその部下が起こしたテロは、途中で駆けつけたタクミとカエデ、フラン達三人や精鋭の騎士団、衛兵達の活躍で、負傷者を出したものの、不幸中の幸いか、死者を出さずに終息した。
騎士団や有志の住民が、壊された家屋の瓦礫を片付ける中、王都でいくつかアジトと思しき場所が発覚する。
もともと何ヶ所か特定されていたのだが、想定以上に数が多く、小心者なホーディアの性格を表していた。
◇
僕――タクミと合流したフランさん達三人は、復興を騎士団や衛兵に任せ、今後の事を話し合っていた。
「それでイルマ殿、あの豚は捕縛されたのですか?」
「それがやっぱり王都にはいなくて、脱出を許したみたいなんだ」
「クソッ! あのエルフの恥晒しの豚が!」
フランさんはホーディアの事をもう豚としか呼ばなくなった。
今回、王都と他の街で暴れた、もしくは暴れようとした奴らは、おおかた捕縛か倒された。だけどその中にあのホーディアはいなかったんだ。
それにテロリストの中に、僕が先日トリアリア王国から救出して奴隷から解放した元騎士の男がいた事も、僕達の気持ちを重くした。
特に同じ境遇だったフランさん達三人は、複雑な心境みたいだ。
「とにかく、一度聖域に帰ろうか」
「そうですね。ユグル王国内の捜索は騎士団に任せましょう」
あとでシルフやミーミル様と色々相談が必要だろうけど、とりあえず一旦聖域に帰る事にした。
あのホーディアの事だから、財力に任せて高価な魔導具を使い身を隠して脱出したんだろう。シルフなら場所の特定も不可能ではないだろうけど、世界に干渉しすぎる事を嫌ってやらないかもな。
それにあのホーディアは必ずまた僕達に絡んでくると確信していた。
あれだけソフィアに執着していた男が、この程度で諦めるはずがない。
僕がそう言うと、フランさんとアネモネさんも頷いた。
二人もホーディアの事をよく知っているようで、「粘着質で好色なホーディアは一度狙った女は諦めない」と断言した。
全員、体力的にはまだまだ平気だけど、ホーディアを逃した事もあり、精神的に疲れたため、国王や宰相には挨拶せず、騎士団長に帰る旨を伝え、聖域へと転移した。
タイタンと囚われていた女性のエルフを思い出し、直ぐに戻って謝り倒したけどね。
10 豚はウェッジフォートへ
高価な魔導具をいくつも使用した馬車が走る。
魔導具により音を消し、気配を消し、その存在自体を隠匿し、さらに認識阻害までする念の入れようだ。
結界の魔導具を入れると五つもの魔導具が使われている。
伯爵だった自分が、たった一台の馬車で逃避行している現状に、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えるホーディアだが、同時に無事ユグル王国から脱出出来た安堵も感じていた。
資金は問題ない。
高価なマジックバッグも、ホーディアくらいになれば、複数持っている。
ただ、タクミの作るマジックバッグと違い、容量も小さく、時間停止どころか時間経過を二分の一の速度に遅延させる性能があるだけで数も多くない。
そのマジックバッグに回収出来た財産を詰め込み、王都の混乱に乗じて何とか逃げ出せた。
目指すはウェッジフォート。
嘗ては魔境が多数点在する不毛の大地だった未開地に突然現れた城塞都市。
今ではユグル王国とバーキラ王国、そして聖域を繋ぐ重要な交易路で楔の街。
当然、同盟三ヶ国の騎士団が駐留し、各王国の出先機関も設けられていた。
大陸中の商人や職人、冒険者が集まり、非常に活気に溢れた街となっている。
ただ、それだけに裏の組織の人間も集まってきている。
バーキラ王国の領有する街ではあるが、三ヶ国の合同警備隊が巡回警備をしている。だが大きな組織ならいざ知らず、細かな組織まで手が回らないのも事実だった。
城壁近くの三階建ての建物に、人目を忍んで入っていく数人の怪しげな人影があった。
何処の街でもそうだが、中央に比べ城壁に近いほど土地は安くなる傾向がある。
未開地という魔物の脅威を他よりも感じやすい土地柄であれば、よりその傾向は強い。
ウェッジフォートは、タクミにより建てられた堅固な城壁に護られた鉄壁の城塞都市だが、そんな場所でさえ心理的な影響か、城壁近くは貧民層が集まるエリアになっていた。
そんな城壁近くの建物に逼塞するしかない男が怨嗟の声を上げる。
「クソッ、この儂が、ホーディア伯爵様がこんな城壁近くの建物を拠点とせねばならんとは、この屈辱をどうしてくれようか」
「旦那様、今は雌伏の時でございます」
家宰の男が前と同じようになだめた。
無事にユグル王国を脱出し、ウェッジフォートの街へと入る事が出来たホーディア達だが、富裕層の住むエリアで拠点を探すわけにもいかない。ホーディアの虚栄心を満たすためだけに、無駄遣いは出来なかった。
それでもホーディアがマジックバッグで持ち出した財産の額は少なくない。
その辺の男爵や子爵など比べものにならないくらいの大金を保有している。同じ伯爵家と比べてもその資産は膨大だった。それはホーディアが、それだけ後ろ暗い方法で稼いでいた事の証明でもある。
今、ホーディア達がしないといけないのは、この金を減らす事なく、殖やす手段を見つける事だ。
勿論、真っ当な商売などする気はなかった。普通に商人になったとしても大きな儲けは望めないのを理解するだけの頭はある。
「それに旦那様、ここは三ヶ国同盟以外にもトリアリア王国やサマンドール王国の情報まで手に入れる事が出来ます。加えて聖域と行き来する商人の中継地でもありますから、旦那様が望まれるあの女の情報も手に入れる事が出来るやもしれません」
「おお! ソフィア! ソフィアは儂のモノだ! 聖域の管理者か、精霊樹の守護者か知らんが、下賤な人族になど勿体ない!」
もう、泥舟だろうが乗り続けるしかない家宰の男からソフィアの名が出ると、それだけでホーディアが顔を赤らめて興奮している。
この男、あれだけ失敗を繰り返しながら、いまだにソフィアを諦めていなかったようだ。
その執着心だけは人並み外れている。本当にエルフではなく、新種のオークではないのか、家宰の男ですらそんな考えが頭をよぎる。
「……ソフィアは手に入れるとして、先立つものが必要だな。金はいくらあっても足りないくらいだからな」
「旦那様、まずは、トリアリア王国へ物資の密輸をしては如何でしょう。トリアリア王国もこのところの敗戦から、黒い魔物の氾濫の被害と良いところがありません。戦争状態の三ヶ国とは交易は停止していますので、我らが物資の密輸をすれば、かなり儲かるのでは?」
「……ふむ、やれる事は全て行うか」
ホーディアは、少し考えゴーサインを出す。
勿論、三ヶ国の目を盗み密輸するのは簡単ではないが、ホーディアが持ち出したマジックバッグのいくつかを使えば可能だろう。
「とにかく、まずはあまり派手な犯罪には手を出すな。儂らが身を隠せるのは未開地にある街くらいだからな」
「承知しております」
「おお、そうだ。もし、トリアリアから麻薬を買えたなら大きな儲けが期待出来るな」
「……麻薬の取り締まりは厳しいと聞いていますので、難しいとは思いますが、出来そうか調査してみます」
「うむ、頼んだぞ」
家宰の男を含め、ホーディアの部下達が早速行動へ移る。
トリアリアへと向かう者。
ウェッジフォートの犯罪組織と渡りをつけようとする者。
聖域との交易を行っている商人を調べる者。
精霊に見つかるのを遅らせるため、それぞれが高価な魔導具を装備していた。
ウェッジフォートの片隅で、ユグル王国一のクズが動き始める。
11 豚、目覚める
ユグル王国でのテロ騒ぎは、王都の建物に多少の被害が出て、怪我人も少し出たみたいだけど、幸い死人は出なかった。世界樹に被害もなく、大勢の犯罪組織の人間を捕縛する事が出来た。
その中に、トリアリア王国から救出した元騎士のエルフが交ざっていた事が残念だけど、仕方ないと思うようにしている。
僕にどれだけ力があったとしても、全てを救えるなんて思いあがってはいけない。
なら手の届く範囲の人達は幸せにしたいと思う。
フランさんやアネモネさん、リリィさんにはそのままユグル王国に戻る選択肢もあったんだけど、三人は聖域での暮らしを選んだ。
ただ、全てが上手くいったわけじゃない。
事の首謀者であるホーディアと少数の取り巻きが消えた。
とはいえ、テロを防がなくてはならなかったので、最初から王都を放ってホーディアを探す事は出来なかった。
シルフ辺りが本気になれば、ホーディアを捕らえる事も可能なんだろうけど、基本的に大精霊は直接的な力の行使はしない。
それは女神様が、直接地上世界に干渉しないのと同じで、大きすぎる力は人の歩みを壊してしまうからだと言う。
ただ、ホーディア達が高価な魔導具で精霊の目をも欺き、国を脱出した後、おそらくウェッジフォート方面へと向かったとだけ教えてくれた。
ウェッジフォートは、バーキラ王国やロマリア王国へ行くための中継地。
そのまま南下してサマンドール王国やトリアリア王国に向かうには、街道のない未開地を行く必要があるから、その可能性は低いと思う。
ウェッジフォートからサマンドールまでは、結構距離がある。僕達なら何でもないけれど、普通の人が行くのは自殺行為だ。冒険者も護衛なんて引き受けないだろう。
トリアリア王国に逃げ込むと、ユグル王国からの追手からは逃れられる。また、復興途中の旧シドニア神皇国なら、隠れ住む場所はいくらでもあるだろう。
今日僕は、ウェッジフォートの自分の屋敷に来ていた。
パペックさんの商会以外に卸す聖域の物産の量の話し合いと、バーキラ王国、ロマリア王国に今年売る分の精霊樹の葉と樹液の量の交渉だ。
パペック商会には、いまだにポーション類をはじめとして、聖域で造られたお酒や農産物にエルフやドワーフが作った道具や工芸品を卸している。
でもパペック商会だけを優先していると、いずれこの市場の独占状態が良くない方向に働いてしまうかもしれないからね。
とは言っても、僕がボルトンで家を持てたのも、ソフィアやマリアと出会うきっかけをくれたのもパペックさんのお陰だ。本人には言わないけど、その恩は僕にとって凄く大きい。
それはさておき、諸々の仕事も終わって、今日はウェッジフォートの街を散策する約束をしている。
「パパ、早く、早く!」
「分かったよ。じゃあ行こうか、エトワール」
僕の手を引っ張って、早く行こうとねだるのは、僕とソフィアの娘エトワールだ。
春香とフローラは、今日は来ていない。
前回、連れてきた時、ウェッジフォートの活気ある街並みが、二人にはお気に召さなかったようだ。
兎の獣人族であるフローラは五感が優れているから、活気というのを通り越した賑やかさのウェッジフォートが、五月蝿くて嫌だったみたい。
春香は玩具や公園で遊ぶ方が好きだからね。
エトワールは、色々なモノに興味を持つ娘だから、様々な種族や職業の人で溢れるウェッジフォートの街を散策するのを楽しみにしてついてきた。
「手を離しちゃダメだよ」
「うん! 分かってるよ!」
僕はエトワールと手を繋いで歩き出す。
何処を見せてあげようかな。市場は楽しいから、まずはあそこからかな。
勿論、護衛はついている。
最強の護衛であるカエデが姿を見せずに張りついているし、身重のソフィアの指示で、フランさん、アネモネさん、リリィさん達三人が左右と背後を護ってくれている。
結果的に子連れの人族の僕が、エルフの美女に囲まれて、もの凄く目立っちゃってるね。
◇
その日、隠れ住むアジトでの暮らしに飽きた儂――ホーディアは、ウェッジフォートの街に出た。
勿論、偽装の魔導具で美しいエルフの姿から、平凡な人族の姿へと変化させ、併せて精霊の耳目を誤魔化す高価な魔導具をつけて、だ。
仕方ないとはいえ、この儂が、下賤な人族の姿に化けるなど屈辱でしかないがな。
「旦那様、ここの市場は様々な国や聖域からの物産で溢れています。何か面白いものもあるかもしれませんよ」
「確かに、ユグル王国では見ないものが多いな」
癪に障るが、それは認めねばならんだろう。ユグル王国は、最近まで他国との交易も最低限しか行っていなかったからな。
儂があの愚王に成り代われば、もっと国を発展させられたものを……
その時、儂の従者が緊張したような声を上げおった。
「だ、旦那様」
「ん? なっ!? フオォォッ!!」
「旦那様! お静かに」
従者が儂を引っ張って身を隠す。
儂らが目にしたのは、エルフの美女三人をはべらす人族の男。
エルフの美女三人はまだいい。美女ではあるが、ソフィアには及ばない。
問題は人族の男が連れているエルフの幼女だ。
儂は雷に打たれたようになった。
あの子を我が手にしたい。
従者が必死で引き止めていなかったら、儂はあの人族の元に駆け寄り、あのエルフの幼女の買い取りを交渉していただろう。
あの人族も、金さえ積めば嫌とは言わんだろうしな。
だが、姿を偽装しているとはいえ、流石にこの場でそんな事をすれば悪目立ちする。
なに、あれだけ目立つ存在だ。
直ぐに居場所は分かるだろう。
従者にしがみつかれながら、儂の天使が歩き去るのをいつまでも見ていた。
ウェッジフォートも悪くないな。
12 子供達との一日
今日は珍しく、一日これといった仕事がないので、子供達と一緒に遊ぼうと決めた。
普段から文字通り世界を飛び回っている僕は、なかなか子供達と長い時間遊んであげられないからね。
「今日は何して遊ぶ?」
「パパと遊べるの?」
「本当?」
「やったー!」
朝ごはんを食べ終えた僕が、子供達に聞いてみると、エトワールは喜びつつも本当に遊んでもらえるのか疑ってるね。
でも天真爛漫なフローラと春香は、直ぐに喜んでいる。
活発で少しいたずらっ子なフローラと素直な春香と違い、大人しめのエトワールは控えめだな。
「じゃあさ、じゃあさ、鬼ごっこしようよ!」
「えー、チャンバラがいいー!」
「私は魔法を教えてほしいかな」
「「ええーー!!」」
エトワールの意見に、フローラと春香からブーイングが起こる。
春香は魔法は嫌いじゃないが、魔法を教えてもらうのは春香にとっては勉強で遊びじゃない。フローラはこの歳にして魔法は苦手と割り切っていた。獣人族にしては魔力が多いフローラは、頑張ればそれなりに使えるようになれそうなんだけどな。
「見事にバラバラだね。さて、困ったな」
「パパのお休みはいつまで?」
僕が考え込んでいると、エトワールが聞いてきた。
「ん? 今のところ決まってないかな。二日、三日は休もうかと思ってるけどね」
「じゃあね、私達の好きな遊びを一日ずつやってほしいかな」
誰がエトワールにこんな上目遣いを教えたんだ。こんなのダメって言えないじゃないか。
「わ、分かったよ。じゃ、じゃあ、誰がいつ遊ぶのか順番を決めてごらん」
「やった!」
「わーい!」
「ありがとう、パパ」
春香とフローラが飛び上がって喜び、エトワールは僕にギュッと抱きついてお礼を言った。
本当に誰だ、エトワールにこんな仕草を教えているのは……犯人を見つけないとな。
王都の複数箇所で、同時に魔法による爆発が起きた。
警戒していた騎士団や衛兵が、テロリスト鎮圧に向けて迅速に動き出す。
バーキラ王国、ロマリア王国、ユグル王国の三ヶ国同盟が結ばれた後、トリアリア王国やシドニア神皇国との戦争を経て、さらにタクミによる魔大陸でのダンジョンブートキャンプで精鋭化したユグル王国騎士団の動きは速かった。
そしてタクミとカエデのダンジョンブートキャンプを乗り越えた者がここにもいた。
「アネモネ! リリィ! 行くわよ!」
「「はい!」」
フランの号令に返事をし、駆け出すアネモネとリリィ。
タクミから王都のテロに対処するよう依頼されたフラン、アネモネ、リリィの三人は、魔法の発動の気配を察知すると、爆発が起きる前に準備を終え、動き出していた。
騎士団だった頃よりも、冒険者だった頃よりも大幅にレベルが上がり、さらに各種スキルレベルの向上と新規スキルの取得。ダンジョンブートキャンプを受けた騎士団の精鋭と同等以上の力を得たフラン、アネモネ、リリィが王都を駆ける。
その彼女達の魔力探知に反応があり、精霊が敵だと教えた。
「アネモネ、二時! リリィ、十時!」
「「はい!」」
フランの短い指示で、それぞれ行動へと移す。
「ギャッ!」
「グゥヘッ!」
「ウッ!」
たちまち三人のテロリストが地面へと沈む。
「エルフだけじゃありませんね」
アネモネが意識を刈り取ったテロリストの一人を引きずりながら言った。彼女が引きずっているのは冒険者風の人族だ。
「そうね。人族の冒険者崩れも交じっているわね」
「エルフは、全員が精霊の加護を失っているみたいです」
フランが頷き、リリィは担いできたエルフの男をその場にドサリと放り捨てた。
「なら精霊に聞けば、間違う事はないわね」
「フラン先輩、とりあえず拘束しました」
「じゃあ次に行くわよ。無理に生かす必要はないわ。難しい事はイルマ殿や姫様に任せればいい」
三人のテロリストを簡単に拘束したアネモネに対し、フランは王都で暴れるテロリストへの対応を確認した。リリィが笑う。
「フランさん、難しい事考えるの苦手ですもんね」
「苦手じゃない! 嫌いなだけだ!」
「先輩、それ同じですよ」
「うるさい! 次行くぞ!」
「ちょ、待ってくださいよぉー!」
顔を赤くしたフランが駆け出し、その後をアネモネとリリィが追いかける。
ホーディアとその部下が起こしたテロは、途中で駆けつけたタクミとカエデ、フラン達三人や精鋭の騎士団、衛兵達の活躍で、負傷者を出したものの、不幸中の幸いか、死者を出さずに終息した。
騎士団や有志の住民が、壊された家屋の瓦礫を片付ける中、王都でいくつかアジトと思しき場所が発覚する。
もともと何ヶ所か特定されていたのだが、想定以上に数が多く、小心者なホーディアの性格を表していた。
◇
僕――タクミと合流したフランさん達三人は、復興を騎士団や衛兵に任せ、今後の事を話し合っていた。
「それでイルマ殿、あの豚は捕縛されたのですか?」
「それがやっぱり王都にはいなくて、脱出を許したみたいなんだ」
「クソッ! あのエルフの恥晒しの豚が!」
フランさんはホーディアの事をもう豚としか呼ばなくなった。
今回、王都と他の街で暴れた、もしくは暴れようとした奴らは、おおかた捕縛か倒された。だけどその中にあのホーディアはいなかったんだ。
それにテロリストの中に、僕が先日トリアリア王国から救出して奴隷から解放した元騎士の男がいた事も、僕達の気持ちを重くした。
特に同じ境遇だったフランさん達三人は、複雑な心境みたいだ。
「とにかく、一度聖域に帰ろうか」
「そうですね。ユグル王国内の捜索は騎士団に任せましょう」
あとでシルフやミーミル様と色々相談が必要だろうけど、とりあえず一旦聖域に帰る事にした。
あのホーディアの事だから、財力に任せて高価な魔導具を使い身を隠して脱出したんだろう。シルフなら場所の特定も不可能ではないだろうけど、世界に干渉しすぎる事を嫌ってやらないかもな。
それにあのホーディアは必ずまた僕達に絡んでくると確信していた。
あれだけソフィアに執着していた男が、この程度で諦めるはずがない。
僕がそう言うと、フランさんとアネモネさんも頷いた。
二人もホーディアの事をよく知っているようで、「粘着質で好色なホーディアは一度狙った女は諦めない」と断言した。
全員、体力的にはまだまだ平気だけど、ホーディアを逃した事もあり、精神的に疲れたため、国王や宰相には挨拶せず、騎士団長に帰る旨を伝え、聖域へと転移した。
タイタンと囚われていた女性のエルフを思い出し、直ぐに戻って謝り倒したけどね。
10 豚はウェッジフォートへ
高価な魔導具をいくつも使用した馬車が走る。
魔導具により音を消し、気配を消し、その存在自体を隠匿し、さらに認識阻害までする念の入れようだ。
結界の魔導具を入れると五つもの魔導具が使われている。
伯爵だった自分が、たった一台の馬車で逃避行している現状に、腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えるホーディアだが、同時に無事ユグル王国から脱出出来た安堵も感じていた。
資金は問題ない。
高価なマジックバッグも、ホーディアくらいになれば、複数持っている。
ただ、タクミの作るマジックバッグと違い、容量も小さく、時間停止どころか時間経過を二分の一の速度に遅延させる性能があるだけで数も多くない。
そのマジックバッグに回収出来た財産を詰め込み、王都の混乱に乗じて何とか逃げ出せた。
目指すはウェッジフォート。
嘗ては魔境が多数点在する不毛の大地だった未開地に突然現れた城塞都市。
今ではユグル王国とバーキラ王国、そして聖域を繋ぐ重要な交易路で楔の街。
当然、同盟三ヶ国の騎士団が駐留し、各王国の出先機関も設けられていた。
大陸中の商人や職人、冒険者が集まり、非常に活気に溢れた街となっている。
ただ、それだけに裏の組織の人間も集まってきている。
バーキラ王国の領有する街ではあるが、三ヶ国の合同警備隊が巡回警備をしている。だが大きな組織ならいざ知らず、細かな組織まで手が回らないのも事実だった。
城壁近くの三階建ての建物に、人目を忍んで入っていく数人の怪しげな人影があった。
何処の街でもそうだが、中央に比べ城壁に近いほど土地は安くなる傾向がある。
未開地という魔物の脅威を他よりも感じやすい土地柄であれば、よりその傾向は強い。
ウェッジフォートは、タクミにより建てられた堅固な城壁に護られた鉄壁の城塞都市だが、そんな場所でさえ心理的な影響か、城壁近くは貧民層が集まるエリアになっていた。
そんな城壁近くの建物に逼塞するしかない男が怨嗟の声を上げる。
「クソッ、この儂が、ホーディア伯爵様がこんな城壁近くの建物を拠点とせねばならんとは、この屈辱をどうしてくれようか」
「旦那様、今は雌伏の時でございます」
家宰の男が前と同じようになだめた。
無事にユグル王国を脱出し、ウェッジフォートの街へと入る事が出来たホーディア達だが、富裕層の住むエリアで拠点を探すわけにもいかない。ホーディアの虚栄心を満たすためだけに、無駄遣いは出来なかった。
それでもホーディアがマジックバッグで持ち出した財産の額は少なくない。
その辺の男爵や子爵など比べものにならないくらいの大金を保有している。同じ伯爵家と比べてもその資産は膨大だった。それはホーディアが、それだけ後ろ暗い方法で稼いでいた事の証明でもある。
今、ホーディア達がしないといけないのは、この金を減らす事なく、殖やす手段を見つける事だ。
勿論、真っ当な商売などする気はなかった。普通に商人になったとしても大きな儲けは望めないのを理解するだけの頭はある。
「それに旦那様、ここは三ヶ国同盟以外にもトリアリア王国やサマンドール王国の情報まで手に入れる事が出来ます。加えて聖域と行き来する商人の中継地でもありますから、旦那様が望まれるあの女の情報も手に入れる事が出来るやもしれません」
「おお! ソフィア! ソフィアは儂のモノだ! 聖域の管理者か、精霊樹の守護者か知らんが、下賤な人族になど勿体ない!」
もう、泥舟だろうが乗り続けるしかない家宰の男からソフィアの名が出ると、それだけでホーディアが顔を赤らめて興奮している。
この男、あれだけ失敗を繰り返しながら、いまだにソフィアを諦めていなかったようだ。
その執着心だけは人並み外れている。本当にエルフではなく、新種のオークではないのか、家宰の男ですらそんな考えが頭をよぎる。
「……ソフィアは手に入れるとして、先立つものが必要だな。金はいくらあっても足りないくらいだからな」
「旦那様、まずは、トリアリア王国へ物資の密輸をしては如何でしょう。トリアリア王国もこのところの敗戦から、黒い魔物の氾濫の被害と良いところがありません。戦争状態の三ヶ国とは交易は停止していますので、我らが物資の密輸をすれば、かなり儲かるのでは?」
「……ふむ、やれる事は全て行うか」
ホーディアは、少し考えゴーサインを出す。
勿論、三ヶ国の目を盗み密輸するのは簡単ではないが、ホーディアが持ち出したマジックバッグのいくつかを使えば可能だろう。
「とにかく、まずはあまり派手な犯罪には手を出すな。儂らが身を隠せるのは未開地にある街くらいだからな」
「承知しております」
「おお、そうだ。もし、トリアリアから麻薬を買えたなら大きな儲けが期待出来るな」
「……麻薬の取り締まりは厳しいと聞いていますので、難しいとは思いますが、出来そうか調査してみます」
「うむ、頼んだぞ」
家宰の男を含め、ホーディアの部下達が早速行動へ移る。
トリアリアへと向かう者。
ウェッジフォートの犯罪組織と渡りをつけようとする者。
聖域との交易を行っている商人を調べる者。
精霊に見つかるのを遅らせるため、それぞれが高価な魔導具を装備していた。
ウェッジフォートの片隅で、ユグル王国一のクズが動き始める。
11 豚、目覚める
ユグル王国でのテロ騒ぎは、王都の建物に多少の被害が出て、怪我人も少し出たみたいだけど、幸い死人は出なかった。世界樹に被害もなく、大勢の犯罪組織の人間を捕縛する事が出来た。
その中に、トリアリア王国から救出した元騎士のエルフが交ざっていた事が残念だけど、仕方ないと思うようにしている。
僕にどれだけ力があったとしても、全てを救えるなんて思いあがってはいけない。
なら手の届く範囲の人達は幸せにしたいと思う。
フランさんやアネモネさん、リリィさんにはそのままユグル王国に戻る選択肢もあったんだけど、三人は聖域での暮らしを選んだ。
ただ、全てが上手くいったわけじゃない。
事の首謀者であるホーディアと少数の取り巻きが消えた。
とはいえ、テロを防がなくてはならなかったので、最初から王都を放ってホーディアを探す事は出来なかった。
シルフ辺りが本気になれば、ホーディアを捕らえる事も可能なんだろうけど、基本的に大精霊は直接的な力の行使はしない。
それは女神様が、直接地上世界に干渉しないのと同じで、大きすぎる力は人の歩みを壊してしまうからだと言う。
ただ、ホーディア達が高価な魔導具で精霊の目をも欺き、国を脱出した後、おそらくウェッジフォート方面へと向かったとだけ教えてくれた。
ウェッジフォートは、バーキラ王国やロマリア王国へ行くための中継地。
そのまま南下してサマンドール王国やトリアリア王国に向かうには、街道のない未開地を行く必要があるから、その可能性は低いと思う。
ウェッジフォートからサマンドールまでは、結構距離がある。僕達なら何でもないけれど、普通の人が行くのは自殺行為だ。冒険者も護衛なんて引き受けないだろう。
トリアリア王国に逃げ込むと、ユグル王国からの追手からは逃れられる。また、復興途中の旧シドニア神皇国なら、隠れ住む場所はいくらでもあるだろう。
今日僕は、ウェッジフォートの自分の屋敷に来ていた。
パペックさんの商会以外に卸す聖域の物産の量の話し合いと、バーキラ王国、ロマリア王国に今年売る分の精霊樹の葉と樹液の量の交渉だ。
パペック商会には、いまだにポーション類をはじめとして、聖域で造られたお酒や農産物にエルフやドワーフが作った道具や工芸品を卸している。
でもパペック商会だけを優先していると、いずれこの市場の独占状態が良くない方向に働いてしまうかもしれないからね。
とは言っても、僕がボルトンで家を持てたのも、ソフィアやマリアと出会うきっかけをくれたのもパペックさんのお陰だ。本人には言わないけど、その恩は僕にとって凄く大きい。
それはさておき、諸々の仕事も終わって、今日はウェッジフォートの街を散策する約束をしている。
「パパ、早く、早く!」
「分かったよ。じゃあ行こうか、エトワール」
僕の手を引っ張って、早く行こうとねだるのは、僕とソフィアの娘エトワールだ。
春香とフローラは、今日は来ていない。
前回、連れてきた時、ウェッジフォートの活気ある街並みが、二人にはお気に召さなかったようだ。
兎の獣人族であるフローラは五感が優れているから、活気というのを通り越した賑やかさのウェッジフォートが、五月蝿くて嫌だったみたい。
春香は玩具や公園で遊ぶ方が好きだからね。
エトワールは、色々なモノに興味を持つ娘だから、様々な種族や職業の人で溢れるウェッジフォートの街を散策するのを楽しみにしてついてきた。
「手を離しちゃダメだよ」
「うん! 分かってるよ!」
僕はエトワールと手を繋いで歩き出す。
何処を見せてあげようかな。市場は楽しいから、まずはあそこからかな。
勿論、護衛はついている。
最強の護衛であるカエデが姿を見せずに張りついているし、身重のソフィアの指示で、フランさん、アネモネさん、リリィさん達三人が左右と背後を護ってくれている。
結果的に子連れの人族の僕が、エルフの美女に囲まれて、もの凄く目立っちゃってるね。
◇
その日、隠れ住むアジトでの暮らしに飽きた儂――ホーディアは、ウェッジフォートの街に出た。
勿論、偽装の魔導具で美しいエルフの姿から、平凡な人族の姿へと変化させ、併せて精霊の耳目を誤魔化す高価な魔導具をつけて、だ。
仕方ないとはいえ、この儂が、下賤な人族の姿に化けるなど屈辱でしかないがな。
「旦那様、ここの市場は様々な国や聖域からの物産で溢れています。何か面白いものもあるかもしれませんよ」
「確かに、ユグル王国では見ないものが多いな」
癪に障るが、それは認めねばならんだろう。ユグル王国は、最近まで他国との交易も最低限しか行っていなかったからな。
儂があの愚王に成り代われば、もっと国を発展させられたものを……
その時、儂の従者が緊張したような声を上げおった。
「だ、旦那様」
「ん? なっ!? フオォォッ!!」
「旦那様! お静かに」
従者が儂を引っ張って身を隠す。
儂らが目にしたのは、エルフの美女三人をはべらす人族の男。
エルフの美女三人はまだいい。美女ではあるが、ソフィアには及ばない。
問題は人族の男が連れているエルフの幼女だ。
儂は雷に打たれたようになった。
あの子を我が手にしたい。
従者が必死で引き止めていなかったら、儂はあの人族の元に駆け寄り、あのエルフの幼女の買い取りを交渉していただろう。
あの人族も、金さえ積めば嫌とは言わんだろうしな。
だが、姿を偽装しているとはいえ、流石にこの場でそんな事をすれば悪目立ちする。
なに、あれだけ目立つ存在だ。
直ぐに居場所は分かるだろう。
従者にしがみつかれながら、儂の天使が歩き去るのをいつまでも見ていた。
ウェッジフォートも悪くないな。
12 子供達との一日
今日は珍しく、一日これといった仕事がないので、子供達と一緒に遊ぼうと決めた。
普段から文字通り世界を飛び回っている僕は、なかなか子供達と長い時間遊んであげられないからね。
「今日は何して遊ぶ?」
「パパと遊べるの?」
「本当?」
「やったー!」
朝ごはんを食べ終えた僕が、子供達に聞いてみると、エトワールは喜びつつも本当に遊んでもらえるのか疑ってるね。
でも天真爛漫なフローラと春香は、直ぐに喜んでいる。
活発で少しいたずらっ子なフローラと素直な春香と違い、大人しめのエトワールは控えめだな。
「じゃあさ、じゃあさ、鬼ごっこしようよ!」
「えー、チャンバラがいいー!」
「私は魔法を教えてほしいかな」
「「ええーー!!」」
エトワールの意見に、フローラと春香からブーイングが起こる。
春香は魔法は嫌いじゃないが、魔法を教えてもらうのは春香にとっては勉強で遊びじゃない。フローラはこの歳にして魔法は苦手と割り切っていた。獣人族にしては魔力が多いフローラは、頑張ればそれなりに使えるようになれそうなんだけどな。
「見事にバラバラだね。さて、困ったな」
「パパのお休みはいつまで?」
僕が考え込んでいると、エトワールが聞いてきた。
「ん? 今のところ決まってないかな。二日、三日は休もうかと思ってるけどね」
「じゃあね、私達の好きな遊びを一日ずつやってほしいかな」
誰がエトワールにこんな上目遣いを教えたんだ。こんなのダメって言えないじゃないか。
「わ、分かったよ。じゃ、じゃあ、誰がいつ遊ぶのか順番を決めてごらん」
「やった!」
「わーい!」
「ありがとう、パパ」
春香とフローラが飛び上がって喜び、エトワールは僕にギュッと抱きついてお礼を言った。
本当に誰だ、エトワールにこんな仕草を教えているのは……犯人を見つけないとな。
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