異世界立志伝

小狐丸

文字の大きさ
21 / 163

バスターク辺境伯

 サーメイヤ王国の南に位置し、西の一部をローラシア王国と接し、南はゴンドワナ帝国と国境を接する。
 サーメイヤ王国の防衛の要、王国の盾と呼ばれているのがバスターク辺境伯だ。

 常に他国からの圧力に晒され、何度となく敵を退けて来た、バスターク辺境伯軍は精強で知られていた。

 ここはバスターク辺境伯領都のバンスにある領主邸の執務室。そこに置かれた重厚で豪華な机に積まれた、羊皮紙の束を処理しているのは、この屋敷の主人。ゴドウィン・フォン・バスタークその人だった。

 分厚いドアをノックする音が響き、ゴドウィンが入るよう促すと、初老の男が入って来た。

「どうしたフレデリック」

 フレデリックと呼ばれた初老男が、一枚の羊皮紙をゴドウィンに手渡す。

「ゴンドワナ帝国のチラーノス辺境伯領で、大量の食料、革、馬を集めているようです」

 羊皮紙を見ながらフレデリックの報告を聞いて、思わず顔をしかめるゴドウィン辺境伯

「暫く大人しくしてたと思っていたら」
「まぁ散々繰り返して来た事ですが……」

 フレデリックの顔色が良くない。

「どうしたフレデリック、何か悪い情報があるのか?」

「パブロ・チラーノスは、今回近隣の貴族から兵を借りてまで兵を集めたようです。その数一万」

 この大陸の人口はそう多くない。それは魔物の脅威が日常にある世界で、食料生産量が多くない。
 それ故、今までのチラーノス辺境伯との戦争では、五千対五千の拮抗した戦いだった。

「それでいつ頃仕掛けて来る」
「およそ二月後かと思われます」
「フレデリック、冒険者ギルドに依頼を出してくれ」
「かしこまりました」

 一礼して部屋をあとにするフレデリック。

 フレデリックが出て行ったあと、椅子に背を預ける。

 するとノックの音がして、部屋に三十半ばの金髪の女性が入って来た。

「あなた、何かあったんですか?」

 女性の名はレイラ・フォン・バスターク、バスターク辺境伯夫人だ。

「レイラか、……そうだな、レイラにも話さねばなるまい。……また、チラーノスと戦争が始まる。お前はクリストフを連れて王都へ避難しろ」

 何時もと違う夫の様子に、レイラは不安になる。チラーノス辺境伯との戦争で、レイラを王都へ避難させる事はなかった。

「危ないんですか?」

 ドガッ!

 そこにノックもなしに、勢い良くドアが開く。

「父上!チラーノスと戦争と聞きました!」

 入って来たのは、母親譲りの金髪に線の細い少年だった。

「ノックをしなさい。アルフォンス」
「父上、王都に援軍を要請しましょう!」

 ゴドウィンが咎める声を聞かず、王都への援軍を提案する。

「王都の軍は動かせん。あれは王の親衛隊だ。代わりに冒険者ギルドへ依頼を出した。近隣の貴族家にも援軍要請を出している」
「父上!ギルドじゃ人数が揃えられません!」
「仕方あるまい、最悪籠城して援軍を待つ事になる」
「父上!それではバスターク辺境伯領が踏みにじられます」

 チラーノスとの戦いでは、何時もは国境付近が戦場になる。互いに自領が荒らされるのを嫌うためだ。だが、攻め込む側は相手の領内で掠奪することも目的である為、国境付近で野戦での撃退が基本戦術だった。

「アルフォンスは儂とバンスを防衛する。辛い初陣になるが、お前もバスターク辺境伯の嫡男だ。王国の盾の名を継ぐ立場に生まれた責務を果たせ」
「……わかりました」

 アルフォンスが部屋を出て行く。

「あなた……」
「エルレインに一目会いたかったな」

 ゴドウィンは、自分の娘でバスターク辺境伯の長女、エルレインの事を思った。
 エルレインは親の欲目なしにしても、美しい娘だった。ハーフエルフである妻のレイラに良く似た自慢の娘だった。
 そんな美しい娘故に、中央の法衣伯爵から目に留まり、求婚されるのも仕方のない事だった。

 その話をした翌日、エルレインは家を飛び出した。領内をくまなく探させたが、見つからなかった。

「あの子大丈夫でしょうか?とても一人で生きていけるとは思えないのですが……」

 レイラが娘のエルレインを心配する。

 エルレインはバスターク辺境伯の長女だけあって、箱入り娘として大切に育てられた。
 そんなエルレインが、この厳しい世界で一人で生きていける訳がないとレイラは思っていた。

「生きていればサーメイヤ国内には居ると思うが、レイラ王都のギルドで人探しの依頼をだしてみればいい。
 それにエルレイン付きのメイドのアンナが、暇を取ってまでエルレインを追い掛けたようだ。運が良ければアンナと合流しているだろう」

 ゴドウィンは今更ながら後悔していた。貴族の婚姻とはそういうものだと、エルレインに父親より年上のオークのような男との婚姻話を持って帰った。恋愛結婚した自分とレイラの事を棚に上げて。
 その事を、エルレインに家出されて初めて気づいた。

「あなた……、バスターク家はどうなるのでしょう」

「バスターク辺境伯軍は王国の盾。我等が敗れれば国が滅ぶ。必ず守り抜いてみせる」

 バスターク辺境伯家は存亡の危機を迎えていた。

 バスターク家の屋敷から、早馬が立て続けに各地に出発する。
 辺境伯軍がバンスに軍が招集される。

 レイラとクリストフは、王都へ向け出発した。

 やがて王都にも戦争の情報が届くが、北の辺境の地ノトスに戦争の情報が届くのは、もう少し後の事になる。

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結 新作 【あやかしたちのとまり木の日常】 連載開始しました。