黒兎は月夜に跳ねる

小狐丸

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九話 黒兎、幼女に懐かれる

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 少しすると、おそらく拐われてたんだろう女の人達が意識を取り戻したようだ。師匠が現状を説明している声が聞こえる。

 俺は怖がられるのを避ける為、馬車の外で卵を撫でている。

 師匠なら同性だから安心感もあるだろう。司祭さまだしな。




 暫くすると師匠が馬車から出て来た。

「どれ、見せてごらん」
「ん、ああ、今は落ち着いたよ」

 魔力の吸収も収まり、布に包み首から掛けていな卵を師匠に見せる。

「……うーん、シュートが持ってごらん」
「分かった」

 師匠から卵を受け取る。

「……うん、やっぱりシュートから漏れ出す魔力を吸っているね」
「あ、やっぱり? 最初みたいに大量に魔力が吸われてないし、自然に漏れ出している分を吸われるのはいいかと思ってね」
「それでわざと魔力を垂れ流しているのかい?」
「い、いや、まあ、魔力を吸う卵なんて面白いじゃないか」

 最初のように、大量に魔力を吸い続けられると流石に保たないが、普段から意識して体の外に出る魔力を抑えている分を逆に漏れ出すようにしていたんだよな。

 だって魔力を吸う卵なんて面白いじゃないか。

「私が手に持っても魔力の吸収は起きなかった。おそらく最初にシュートの魔力を吸って、それ以外の人の魔力は吸わなくなったんじゃないか。それか、シュートの魔力が好みだったとかかね」
「確かに魔力って個人差があるからな。でも、ひょっとすると、俺の魔力には少しオーラも混じっているからかもしれないな」
「そうか。それはあり得るね」

 この卵が吸収する魔力を選んでいるとしたら、師匠と俺の違いはオーラしかない。

 師匠もオーラを練るのを息をするように意識せず出来るよう練習を始めたが、まだ流石に魔力とオーラを混ぜて同時に練り込む事は出来ていない。

「まぁ、この卵の事はおいとこう。分からない事を考えてもしょうがない。それよりもどうだった?」

 俺は馬車の方に視線を向け、捕まっていた女の人達の状況を聞いた。

「あまり面白くないね」
「いや、拐われて奴隷にされてるんだから、面白いどうこうじゃないよね」
「それが、もっとややこしいんだよ」

 師匠が拐われた人達の事を説明してくれた。

 一人は人族の女性。

 一人は狐の獣人の女性。

 兎の獣人の幼女。

 そして問題なのが、エルフの女性。

「やっぱりエルフだったんだ。珍しいんだろ?」
「ああ、人に混じって暮らすエルフは少ないからね」

 物語りの中のエルフがそうであるように、この世界のエルフも男女共優れた容姿の種族だ。師匠のようなハーフエルフじゃなく、純粋なエルフは人里近くでは珍しいらしい。

 その所為で、男女問わずエルフを奴隷に欲しがる金持ちは多いそうだ。クソだな。

 勿論、そんな事がまかり通れば、種族間紛争の元になるので、厳しく取り締まっているが、こうして拐う犯罪者は当然いる。

「勿論、人族や獣人族だって、正当な理由もなしに奴隷にするなんて許されないけどね」
「まぁ、そりゃそうだよな」

 ただ、人族や獣人族とエルフが違うのは、エルフは基本借金や犯罪で奴隷にされる事がないらしい。

 そもそも森の外にあまり出ないので、犯罪や借金をする機会もない。

「今回は全員拐われた人達だろ? 家族のもとに返さないとな」

 エルフ族もそれで人族との争いにまではしないだろう。小さな女の子は親が心配しているだろうしな。

「まあ、何より腹ごしらえだ。シュート、スープを頼むよ」
「了解。消化に良さそうなのにするよ。何日も食べてなかったら、いきなり普通の物を食べると危ないしな」

 馬車の中で他にも起きだした気配を感じて、師匠から食事の準備を頼まれる。

 まぁ、基本的に料理は俺の役割りになっているから、手早く準備に取り掛かる。

 師匠のマジックバッグから鍋を受け取り、少し離れると地面を土魔法で掘り返し平らにする。

 なにせ此処は、主に後ろ暗い奴らが使う獣道に毛の生えたような場所だ。道を外れれば、雑草だらけでそのままじゃ煮炊きなんて出来ないからな。

 続けてカマドを土魔法で作り上げると鍋を乗せ、薪を拾いに出掛ける。

 土属性は適性が高いからか、かなり自由に魔法が使えるようになった。

 薪を集めてお湯を沸かしている間に、調理台を土魔法で作ると、その上で肉と野菜を刻む。肉はダシ用だ。野菜もトロトロにすれば大丈夫だろう。

 鍋に入れた水も着火の火も魔法だけど、火や水の魔法なんて、こんな時にしか使わない。適性が低い属性を使うと魔力のコストが大きい。俺の魔力量が多くなければ普段使わないだろうな。

 因みに、魔法で出した水や土や石は時間が経つと消えるが、今使っている水は大気中などの周囲から実際に集める為、時間経過では無くならない。カマドもその場の土を使っているので、俺が意識して崩さないとそのままだ。

 途中寄った村でも塩くらい買えたけど、盗賊から調味料を回収できたのはラッキーだったな。塩味に胡椒があるだけで違うからな。

 最初に鳥の魔物のガラと肉、クズ野菜で出汁をとる。

 灰汁を取り除きながら出汁をとったら、細かく刻んだ野菜を入れる。

 時間があればベーコンやソーセージを作りたかったが、俺と師匠は現在進行形で半分遭難中みたいなものだからな。手の込んだ事は無理だったんだ。それに消化の事を考えると、未だ固形の肉は避けた方がいい。

 煮込んでいる間に、土から器を作る。

 これも慣れたもので、しっかりとしたイメージさえあれば、陶器の器を作れるようになった。そのうち陶磁器を魔法だけで作れそうだな。勿論、素材となる陶石は必要になるけどね。

 次に周辺の土壌から目的の金属を集める。

 欲しいのは鉄とクロム。

 これはかなり魔力を使うが、食器がないと不便だからな。

 そして作り上げたのがステンレスのスプーン。

 今は道具もないから、木で食器を作るより土魔法で作る方が簡単なんだ。

 そろそろかと思って味見をする。

「うん、こんなものかな」

 味見をする俺をジーッと見上げる視線がある。

 俺のすぐ側に黒い兎耳の幼女が、半分空いた口から涎が垂れているが、そんな事は気にならないくらいジーッと俺の持つスプーンを見ている。

「味見するか?」
「!!」

 お腹が空いてるんだろう。俺がスプーンでスープをひとすくいして聞くと、ブンブンと一生懸命首を縦に振る。

 スプーンを口に運んであげる。

「ほら」
「!!」

 兎耳の幼女は、スープを一口飲むとその特徴である兎耳をピーンと立て、そのあとフニャリと惚気るような表情になり、そのあともっともっとと催促の表情へと変わる。

 無言のまま繰り広げられる可愛い百面相に、俺までホッコリとする。

「じゃあ皆んなとご飯にしようか。師匠ー! 食事の準備が出来たぞー!」
「ああ、直ぐに行くよ」

 俺はその場に土魔法で椅子とテーブルを作り、その上にスープを人数分よそって並べていく。

 スプーンを並べ終えた時、水を飲むコップも必要かと作り出す。

 準備が終わった頃合いで、師匠と他の三人の女性が近づいて来たので俺は先に椅子に座る。

 すると何故か兎耳幼女が自分の椅子じゃなく、俺の膝の上によじ登りチョコンと座った。

「あれ?」
「おやおやシュート、随分と短い時間で懐かれたようだね」
「何故だろうな。……アーンしてるって、食べさせて欲しいのか。はぁ、仕方ないな。ほら、溢さないようにな」

 師匠からからかわれていると、兎耳幼女が口を開けて待っていた。俺もどうしてこんなに懐かれたのか分からない。何せ、日本では頭のおかしいジジイとずっと二人きりだったんだからな。

「慌てなくてもお代わりは一杯あるからな」
「…………」

 俺が口に運ぶスープを夢中で食べる兎耳幼女。

 何歳くらいだろうか。五歳にはなってなさそうだ。飢えてたんだろうな。膝の上に感じる重さが随分と軽い。服とは言えない粗末な布切れを纏う身体が痩せているのが分かる。こんな小さな子供が、飢えて痩せた姿は見てられないな。

 幼女に食べさせながら、俺は自分も手早く食事を済ませる。

 兎耳幼女は、小さな体にもかかわらず、お代わりをして完食した。

 その時点でうつらうつらと船を漕ぎ始めたので、抱き方を変えて眠り安いようにしてあげると、直ぐに可愛い寝息を立て始めた。

「クックックックッ、本当に随分と懐かれたようだね」
「俺も戸惑ってるんだから、言わないでくれよ」

 師匠にからかわれて顔が熱くなるのを自覚する。俺も分かってるさ。らしくないってね。

 馬車の中に寝かせて来る事も考えたが、馬車が奴隷を乗せる檻付きだからな。とてもじゃないけど、兎耳幼女をその中で一人寝かせる気にはならなかった。

 俺もどうかしていると自分で思う。こんな僅かな時間で随分と情が移ったもんだ。


 皆んなが食事を終えて、珍しく師匠がお茶を淹れてくれた。

「さて、今後の話をしないとね」

 師匠と他の三人も空腹が満たされ、十分とは言えないが休息も取れただろう。
 何時まで此処に居る訳にはいかないが、この人達を此処で放り出すのも司祭という立場的に不味いんだろうな。

 俺でもこの子をこのまま「はい、サヨナラ」なんて到底出来ないしな。




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『いずれ最強の錬金術師?』のコミック版6巻が、7月19日より順次書店にて発売予定です。

お手に取って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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