黒兎は月夜に跳ねる

小狐丸

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二十話 黒兎、死霊召喚する

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 リルを寝かせてからそっとベッドを抜け出す。

 リルはルビーを抱き枕にスヤスヤ可愛い寝息をたてている。ルビーもまだ赤ちゃんだからか、スピースピーと気持ち良さそうに寝ている。

 時々、ピョコピョコと兎耳が動くのがたまらなく可愛い。

 ずっと見てられそうだ。

 おっと、いかんいかん、師匠とバルカさんを待たせるといけない。

 ルビーを使い魔にしてから俺は闇魔法の魔導書を隅から隅まで読み込んだ。

 前に読んだ時には、影に潜って移動する影渡りの魔法や、闇属性の攻撃魔法、シャドウランス、強制的に眠らせるスリープなんかを練習した。

 その時、確かに死霊召喚なんかの魔法も書いてあったのは憶えているが、教会で世話になるなら使い所がないと思ってた俺は、関係なさそうな部分は読み飛ばしてたんだよな。

 実際問題、ランク6の俺がスケルトンを召喚すれば、かなり高位のスケルトンを召喚できるので、戦力として考えれば有用だろう。神官見習いが使ってよさそうな術じゃないけどな。

 ただ、これは触媒が無ければ、魔力の消費が激しいので、今の俺に高位のスケルトンを軍団単位で召喚するなんて無理だ。

 だから世のネクロマンサーは、墓場や戦場跡で触媒となる死体や骨を調達し死霊召喚を行う。

 世間で闇魔法が不人気な理由の一つだ。死者を冒涜する行いだからな。

 実際、闇魔法を操るネクロマンサーは、犯罪に走る碌でもない奴らがほとんどらしい。

 ただ俺の場合、触媒が無くとも人並み以上の魔力量があるので、低位の死霊を召喚するくらいなら、あまり魔力の消費は考えなくてもいい。しかも、今回は使い魔を一体召喚するだけだ。



 音を立てずに階段を降り中庭に行くと、師匠とバルカさんが待っていた。

「ごめん。待たせたかな?」
「いや、大丈夫だよ。死霊召喚の魔法陣の確認してたからね」
「シュートも魔法陣くらい描けるようにならなきゃね」
「……頑張ります」

 バルカさんは、闇魔法死霊召喚の魔法陣が描かれた羊皮紙の最終チェックをしていた。

 無属性の召喚魔法も、闇属性の死霊召喚も、本当なら魔法陣無しでも発動は可能らしい。

 だけど一度にイメージする事が増えて難易度がグッっと上がる。だから魔法陣にサポートしてもらい、召喚対象を明確にイメージする方法が失敗が少ないので、世間ではもっぱらこの方法がとられるそうだ。

 俺はナノマシンのお陰で、脳の性能もピカイチなので、瞬間記憶に近い事が出来る。だから時間が出来れば、魔法陣を描く為の魔法文字や記号を勉強しようと思っている。

「さて、問題はなさそうだな」
「魔力が枯渇しても大丈夫だよ。例え召喚に失敗して死霊が暴走しても私が浄化し尽くすからね」
「いや、失敗する前提で話さないでよ」

 バルカさんのチェックが終わると羊皮紙を手渡される。師匠は死霊召喚が失敗した時、俺が魔力枯渇でも召喚された死霊を浄化する役割を頼んである。

 でも、失敗する前提なのは酷いと思う。

 すると師匠が俺に魔石を手渡す。

「シュート、これを触媒に使いな」
「これは、光属性の魔石?」
「正解だよ。これでシュートは召喚に集中できるだろ」

 なる程、闇属性の魔力に少量の光属性の魔力を自前で混ぜて、尚且つ俺が望む使い魔を召喚するのは大変かもしれない。光属性の魔力を魔石を触媒にする事で置き換えれば、俺は召喚に集中できるな。

「ありがとう。使わせてもらうよ」
「一応、私が結界を張らせてもらうよ」
「ありがとう、バルカさん」

 この教会には、バルカさんが厳重に張っているが、念の為、中庭に臨時の結界を張ってくれた。



 精神を集中して羊皮紙の魔法陣に魔力を込め始める。

 光属性の魔石が触媒となり消え、中庭に羊皮紙に描かれた魔法陣と同じ模様が浮かび上がる。

 どんどん魔力が魔法陣へと流れ込んで行く。

「クッ、これっ、結構きついぞ」

 集中を切らさないように歯を食いしばる。

 ズズズズズッーー!!

「なっ!?」
「!!」

 魔法陣の中心、地面から漆黒の棺桶が迫り上がる。

 出現した黒い棺桶には、銀色の幾何学模様が光る。

 パカリと棺桶がバラバラになり、台形の長辺を繋げた様な六角形が四枚の盾となり浮き上がる。

 クルクルと四枚の盾が回転するその中心には、黒いローブを着た人型の存在が浮かんでいた。

 クルクルと宙を舞う四枚の盾が小さくなり、黒いローブを着た人型の肩の部分に装着される。

 深く被ったフードの奥は、髑髏の顔が覗いている。

『マスター、我に名を与えて頂けますか』

 死霊召喚は成功したと思っていいのか? 名前を求められた。なかなか迫力ある死霊が召喚されたな。

「名前か……」

 見た目はリッパー。死神に似た雰囲気はあるが、ローブや棺桶から変化した盾を見ても、おどろおどろしい感じはしない。

 寧ろ、威厳さえ感じさせる。これも光属性の魔石の所為だろうか?

「そうだな。お前はタナトス。俺が知っている世界で、死を司る神の名だ」
『我が名はタナトス。マスターの眷属として力を振るうモノなり』

 タナトスとの繋がりが強固になったのが分かる。

 それと同時に、タナトスがどんな存在で、何が出来るのか自然と理解する。

「タナトス、こっちが俺の師匠のイーリス、こっちがバルカさんだ。この教会に居るのは仲間だから」
『イーリス様にバルカ様ですな。微力ながらマスターの盾となり矛となる事を約束致しましょう』
「あ、ああ、よろしく頼むよ」

 タナトスに挨拶されて師匠の顔が若干引きつっているのはどうしてだ?

『マスター、ご命令を』
「ん、ああ、用が出来れば呼ぶから、それまでは待機だ」
『畏まりました』

 タナトスはそう言うと、地面に音も無く溶けるように消えた。

「ふぅ、リルには見せなくて正解だったな」
「「…………」」

 魔力が枯渇寸前で怠い身体を我慢して振り返ると、呆然とする師匠とバルカさんが目に入った。

「ん? どうしたんだ二人とも」
「……いや、何故シュートは平然としているのさ」
「シュート君、アレは何なんだ?」
「えっ? 死霊じゃないのか?」
「「絶対に違う!」」
「おおぅ」

 どうやらタナトスは死霊じゃないらしい。

 死霊に近い特性も保つ故に、神聖(光)属性の魔法に若干弱い部分はあるが、それも余程高位の司祭が放つ光魔法を受けても、消滅には至らないだろうと師匠は推測する。

「そもそもアレは、アンデッドじゃないよ」
「そうだな。どちらかと言えば闇属性の精霊に近いだろうね」
「確かにアンデッドって言われると違和感はあるな。そうでなきゃ俺も死を司る神の名前なんて付けないしな」

 その後、師匠やバルカさんとタナトスの存在について考察した。

 先ず、タナトスの様な魔物は、師匠もバルカさんも知らないと言う。
 この二人が知らないという事は、新種の魔物かナニカなのは間違いない。

 ランクについても、新種なので後で測る必要はあるが、あの存在感から最低でもランク6より下という事はないらしい。

 バルカさんが言うには、おそらく人の死体や骨を使った死霊召喚なら、俺でも普通にグールやスケルトン、ゴーストやレイスが召喚されたらしい。

 ただ無駄に神話やファンタジー小説の知識を保つ俺が、集中して強いイメージだけで召喚したのがイレギュラーに繋がったんじゃないかと……

 ああ、色々とイメージしちゃったな。

 死神(リッパー)やリッチ、タナトスやハーデスにネルガル、セトに伊邪那美などなど。

 どちらかと言うと、しっかり死を司る神様をイメージしちゃってるな。

 それを説明すると、バルカさんが納得したように頷いた。

「それが原因だね。流石に神は降臨する事はなかったようだが、特殊な魔物には成ったみたいだね。……それでも前例のない魔物が召喚されるなんて、普通はあり得ないんだけどね」

 バルカさんが疲れたような表情でそう言った。 




 俺は二人に、タナトスの能力について説明する。

 タナトスは、闇属性、火属性、氷属性の三つの属性魔法を操り、光属性に耐性を保っている。

 それに加え、物理的な身体とアストラル体を自由に切り替える事が出来る。

 固有能力として短距離の転移とライフドレイン、マナドレインを保っている。

 基本的には魔法使いタイプだが、武器の召喚が可能で、俺がリッパーをイメージしたからか、大鎌(デスサイズ)を振るって命を刈り取る戦闘も得意だ。

 短距離転移が使えるタナトスなら、突然背後に現れて、デスサイズを一閃なんて戦法が使えるだろう。

 そして何より、レイスやゴーストのように物理的な壁などをすり抜ける事が出来る。闇魔法のシャドウダイブと違い、魔力感知や気配察知に優れた者が居たとしても、気配を消して影に潜る事が出来るタナトスを察知するのは難しいと思う。

「なる程、人と変わらない高度な知能に高い隠密性、任せっきりに出来る分、ミネルヴァよりも諜報に向いているね」
「そうだね。しかも闇魔法を一通り使えるのなら眠らせて情報を引き出す事も簡単だろう。タナトスの闇魔法をレジストできる人間は、犯罪組織には居ないだろうしね」

 基本的に精神に干渉する魔法は、対象の精神力や魔法耐性によりレジストされる事がある。

 ただ、タナトスクラスの使う闇魔法をレジストできる存在は、東西大陸を合わせても多くないと師匠は言う。

「リッチに物理系の攻撃手段を持たせた感じなのかね」
「どうだろうね。もしかすると、ベースはその辺りで、それが特殊個体に変化したのかもしれないね。いや闇の精霊がそう変化したのかな」
「まぁ、アンデッドみたいに、存在するだけで害になる魔物じゃなくて良かったよ」

 アンデッドでも、ゾンビやグールは腐った死体だからな。臭いし、どんな病原菌を保っているか分からない。
 だから光属性の魔法を使える者が居ない場合には、火魔法で焼かないといけない。

 実体を持たないゴーストくらいならまだしも、レイスはライフドレインを保つので、長く側に居ると生命にかかわる。

 実はタナトスもドレイン系の特技を保っているが、対象を選んだり機能をオフにしたりと完全にコントロールできるので問題はない。

 そう考えるとタナトスは、リッチが精霊に昇華したと言うのが正解かもしれないな。

「ランク7相当のフェニックスに、ランク6相当のリッチ擬きか。たいした戦力じゃないか、シュート」
「リッチ擬きはやめてよ。タナトスもリッチとは比べて欲しくないって伝わってくるよ」
「それもそうだね。リッチはランク5の魔物。タナトスは少なくともランク6。それも7よりの6って感じだからね」
「これはツーマンセルで軍と対峙できるんじゃないか? イーリス」

 タナトスのランクの話になってから、そこから話がおかしな方向に進んでいる気がする。
 いや、タナトスは新種の魔物だから、正確なランクが分からないのはいいんだ。ただ、まだ雛のルビーと、この世界に来て間もない俺を戦争に放り込まないで欲しい。

 しかも俺はサイレントキリングが得意なんだ。大群に対して無双なんてガラじゃないんだけどな。

 まぁ、兎に角、最高の諜報の手足を手にしたとしておこう。

 タナトスには、取り敢えずオートギュール伯爵領を調べて貰おう。

 俺と同じく闇魔法を使えるタナトスだけど、死霊魔法の扱いに関しては、俺なんかよりも上だろう。

 領都では、周辺の霊と意思疎通し、情報収集にあたるらしい。

 俺は頑張っても幽霊とは話せないからな。



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『いずれ最強の錬金術師?』のコミック版6巻が、7月19日より順次書店にて発売予定です。

お手に取って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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