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二十八話 闘う部族

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 大陸の南端に位置する為、温暖な気候で、開墾すれば良い穀倉地帯となりそうな広大な草原が広がり、大きな湖から流れ出る川の流量も多く、森林資源も豊富だった。

 何処の国でも欲しがりそうなこの土地は、何処の国にも所属していない。

 千年の昔から、この土地を治めようとする国は多くあった。そして千年の間、大陸の国々の興亡を嘲笑う様に、この土地は誰の支配も受け付けなかった。

 大陸南西部の空白地帯と人々は呼んだ。

 元々この地には、遊牧民族が小さな部族に分かれて暮らす地だった。やがてその中から、自ら農耕や牧畜をせず、他の部族から奪う事で糧を得る様になった部族が現れる。

 蛮族はこうして生まれた。

 少数精鋭の蛮族の戦士が相手では、大国の兵士でも大きな被害を免れない。

 機動力に優れる蛮族と、被害を受けた国の騎士団とのイタチごっこが長く続いている。



 遊牧の為に、転々と拠点を移して暮らす部族が多い中、小高い丘の上に防壁を築き、集落を維持する部族があった。

 その部族の名をバルスタンと言う。300人を少し超える程の小さな部族だが、男女問わず全員が精強な戦士だった。
 バルスタン氏族は、この空白地帯と呼ばれる豊かだが過酷な土地で牧畜と狩猟、それと少しの農耕で暮らしていた。

 蛮族とは違い、他部族や他国への掠奪行為は行わないバルスタン氏族だから、国の庇護の下に暮らす事も出来そうなものだが、彼等はそれを選択しなかった。
 それはバルスタン氏族の褐色の肌が理由だった。この世界の人族は、基本的に白い肌からやや黄色がかった肌の者が大半を占め、バルスタン氏族のように褐色の肌を保つ者は、蛮族を中心とした、大陸南端に住む複数の氏族達だけだった。当然、バルスタン氏族や他の遊牧民族の氏族も、蛮族と同じ肌の色だという事でバルディア王国やローゼン王国では討伐対象とされている。

 故に彼等は闘う。
 奪おうとする全ての存在と闘う。
 バルスタン氏族はそうして数百年生きながらえてきた……が、それも今や総勢200人程度にまで衰退していた。





「矢を切らすな! 近付けるな!」

 年の頃は二十代半ば、褐色の肌に鍛え抜かれた筋肉と、燃えるような赤い髪を短く切り詰めた男が、襲い来る外敵に向け、迎撃の指揮をとっていた。

 丘の上に築かれた集落、そこを守るように防壁で囲まれ、丘の途中には馬防柵も組まれている。
 騎獣を駆り襲い来るのは、同じく空白地帯を縄張りとする蛮族だった。

 蛮族の最前線に立ち襲い来るのは、様々な部族や村から攫った肉壁用の奴隷だ。

 バルスタン氏族の老若男女が弓を持ち迎撃にあたる。弓を持たない者は投石で蛮族を迎え撃つ。

 子供も矢や石を運んで迎撃の手伝いをする。
 蛮族に負ける事は許されない。それは悲惨な結果が待っているのが分かっているから。

 バルスタン氏族の激しい抵抗に、蛮族達が撤退して行く。

 指揮を執っていた青年に、青年と同じ赤く長い髪を後ろで三つ編みにして一つに縛った少女が話しかける。

「ローグ兄さん、何とか撃退できたわね」
「レイラか、見張りをたてて皆んなは休ませてくれ」

 走り去って行く妹レイラの後ろ姿を見つめる、蛮族を撃退した筈のローグの顔は晴れない。このままでは、いずれ蛮族達の餌食になるのが目に見えているからだ。
 バルスタン氏族は、騎乗技術に優れた戦士の部族だ。本来、籠城しての防衛戦は不得手だった。
 そのバルスタン氏族が、ギリギリ蛮族を撃退できたのは、彼等の装備が優れていたからだ。

 昔、父親の代で懇意にしていたドワーフの鍛治師が、弓や革鎧を造ったのだと聞いている。それらの武具は、この空白地帯において、圧倒的なアドバンテージを与えてくれた。不慣れな籠城戦を戦える程に……

 ローグが見張りを指示して、怪我人の確認の為に、集落の方へ歩いて行くと、老人や女子供が協力して、怪我人の手当てをしていた。

「ローグ、怪我はない?」
「マーサ、君こそ怪我はないか?」

 ローグに話し掛けたのは、ローグの妻で遊牧民族出身のマーサだ。

 バルスタン氏族とマーサの居た部族とは、交易や婚姻などの人的交流があった。その中で、ローグのもとに嫁いで来たのがマーサだった。

 若きバルスタン氏族の族長ローグに嫁ぎ、幸せだったマーサに悲劇が襲う。マーサの出身部族が蛮族の襲撃に遭ったのだ。
 蛮族の襲撃にあったマーサの部族は、女子供をバルスタン氏族へと避難させる。多くの部族の戦士達が、命懸けの足止めをして散って逝った。

 全員でも300人程度だったバルスタン氏族は、マーサの小さな弟や妹、母親を含む女子供が中心の逃げて来た100人を超える避難民を受け入れた。

 蛮族にとって商品であり嗜好品である女子供や、逃げる際に持ち出された貴重品を手に入れられなかった蛮族が、バルスタン氏族を次の標的に狙うのは自然なことだった。

「私は大丈夫よ。でも重傷者が二人いて、治療はしたんだけど、私の回復魔法じゃ完全に治すには時間がかかるの……」
「何を言ってるんだ。マーサが居てくれて本当に助かっているよ。死者が出なかっただけでも有り難い」

 希少な聖属性の神印を持つマーサが、己の力不足に悔しそうに俯くのをローグが否定する。
 バルスタン氏族には、マーサが嫁いで来るまでは、回復魔法を使える者は居なかったのだから。それにマーサの回復魔法の技量が拙いのは仕方がない。空白地帯で暮らす少数部族の中で、聖属性の神印を授かる者は稀なのだから。独学で技量を伸ばすしかないマーサが、時間がかかったとはいえ重傷者の治癒が出来ている時点で優れた素質があると言える。

「マーサも疲れただろう。少し休むといい」
「ローグも無理はしないでね」
「ああ、大丈夫だ。体だけは丈夫だからな」

 怪我人の治療に忙しく動き回って疲れているマーサを休ませ、ローグは集落の中を見回る。

 まだ二十半ばのローグの眉間には深い皺が刻まれている。それは、若くしてバルスタン氏族を率いる重責と、絶えることのない蛮族との戦いの所為だった。

「兄さん! 皆んな大きな怪我はないわ!」
「ご苦労レイラ、今日は見事な弓の腕だったな。お陰で助かった」

 そこに仲間を休ませるために向かわせていたレイラが駆け寄って来た。
 ローグの妹であるレイラは、騎乗と弓の技術に優れたバルスタン氏族の中でも、若手の中では一番の才能を持つ少女だった。
 ローグと同じ燃えるような赤い髪の毛を腰まで伸ばし、三つ編みにしている。褐色の肌とネコ科の動物のようなしなやかな肢体、メリハリのある女性らしいスタイルを持ち、常にバルスタン氏族の男達から求愛されている。

「レイラ、俺達も怪我人の手当てと、次の襲撃に備えるぞ」
「分かったわ兄さん。蛮族なんて、何度来ても撃退してみせるわ」

 レイラが強い意志を示し、蛮族が撤退して行った方角を睨みつけている。明確にバルスタン氏族を標的とした蛮族の魔の手から、どこまで仲間達を護れるのだろうか。
 若き族長の悩みは深い。




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