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一話 攫われた少女
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鬱蒼としげる樹々の所為で、昼なお暗い悪路を、無理な速度で急ぐ馬車の車軸や車輪が悲鳴を上げるも、馭者の男は更に馬へ鞭をいれる。
馬車の荷台には、ナニカが積められた分厚い麻袋が時々道の悪さに時折り跳ねる。
ここは正規の街道などではなく、主に後ろ暗い者達が使うケモノ道に毛の生えた程度の悪路。本来なら馬車をこの速度で走らせるなど、正気の沙汰ではない。
やがて鬱蒼とした森の間道を抜けた馬車は、崖を削るように造られた狭い道へと入る。当然、この崖を無理矢理削ったような道も、正規の街道などではない。
馭者の男は、しきりに背後を気にしながら馬に鞭を振るう。既に限界の近い馬は、口から泡を吹きながら狂ったように駆ける。
一つ間違えれば崖下へ転落する危険な道を、気でもふれたかのような無茶な行動も訳がある。
その理由が、背後からじわじわと距離を詰めて来る。
十頭近くの狼の群れが、馬車を標的として襲い掛かったのだ。勿論、ただの狼などではない。
護衛兼何かをしでかした実行犯は、既に狼の餌食となった。残すは逃げる馬車のみ。
本来、正規の街道ならあの種の狼は出没しなかっただろう。魔力の濃い森を縄張りとする狼だから、余程腹を空かせていないと整備された街道には余り近付く事はない。
迫り来る狼は勿論普通の狼ではない。この世界では魔物や魔獣と呼ばれる存在だった。魔力により変異した存在。積極的に人を襲う存在。それが魔物だった。
それは馭者の男が、ここまで来れば大丈夫だろうとホッとした瞬間に起こった。
魔物は基本的に、己のテリトリー、縄張りから遠く離れる事はない。特に狼系の魔物は縄張りがはっきりとしている。森に棲む狼の魔物が、そこを出る事はほぼないのだ。故に、崖側の道へと抜けた事で、馭者の男の気が緩むのも仕方ない。
ガコッ!!
その時、道に落ちていた落石に、車輪が乗り上げ跳ねる。崖を削って無理矢理造られた道だ。落石など珍しくない。この程度の大きさの落石も、今回のようにスピードが出ていなかったなら、乗り上げたとしても何も問題はなかっただろう。
「ヒッ!!」
バキッ!!
限界を超えるスピードで走る馬車は、落石を踏み大きく跳ねた所為で、馬を繋いでいた部分が破損する。馬と馬車が分離し、馬車から解き放たれた馬は前方へと逃げ出し、馭者を乗せた馬車は、そのコントロールを失い崖下へと落下するのは当然の結果だろう。
十五メートル程の高さを落下し、投げ出された馭者の男は地面に叩きつけられ肉の塊へと変わる。即死だった。
馬車も勿論無事では済まず、大破しバラバラに砕け、積まれていた麻袋も投げ出され、地面に転がり、投げ出された麻袋が赤く染まる。
その老婆が現場を訪れたのは、全くの偶然だった。
いや、何故か此処に行かなければならないと、大いなる意志に動かされたのかもしれない。
この場所がどういった場所なのかを考慮した場合、それは運命に導かれたのかもしれない。
魔法使いが持つような長杖を突き、麻袋に歩み寄り縛ってあった紐を解く。
「おやっ、これはいけない!? ウォーターヒール!」
袋の中を見た老婆は、慌てて回復の魔法を行使する。
「頑張るんだよ」
麻袋の中から出てきたのは、六、七歳くらいの少女。上質な生地の服から裕福な家の子女だろうと推測される。おそらく貴族だろうと老婆……マーサは推測する。そしてもう一つ、少女は他にない特徴の容姿をしていた。
「……確か今代のルミエール伯爵夫人は、プラチナブロンドだったね。その娘か血縁かね。しかしユースクリフ王国のルミエール伯爵領か、川でも使ったのかね」
プラチナブロンドの髪色。これだけで、ある程度どの家の人間か辿れる。現に、今の貴族家でこれ程白銀に近いプラチナブロンドと言えば、ルミエール伯爵家の当主夫人しかマーサは知らない。
マーサが隠棲するこの森は、ユースクリフ王国の国境を超えた場所にある。いわゆる他国との緩衝地帯となっている土地だ。
緩衝地帯と言えば聞こえはいいが、棲息する魔物が強力な上に、開発するだけのコストに見合わない土地。故に人が足を踏み入れるのは稀な為、マーサのような力ある者が引き篭もるには最適だろうが、周辺国には他国との緩衝地としての価値しかない場所だった。
そしてルミエール伯爵領の領都から、この森までそれなりに距離がある。が、それを強引にショートカットする方法がある。それが、途中まで川を使う事だ。ただ、普通ならやらない。水棲の魔物に襲われるリスクが高いのだ。それを魔導具の動力を取り付けた魔導船まで用いて実行するなど、碌な目的ではないと言える。
何度か回復魔法をかけ、少女はなんとか一命を取り留めたようだ。
「可哀想に。右腕は無理だったようだね」
マーサが言うように、少女の右腕は潰れて無くなっていた。千切れた右腕は、繋げる事は無理だろう。
マーサの回復魔法により、骨折を含め内外の損傷は癒えたが、マーサでも人体の欠損は治せない。
欠損を治せるレベルの薬は、この世界でも伝説で語られる中にしか出てこない。回復魔法でも、欠損を治せるレベルの術者は、現状存在しない。
御伽話や英雄伝で語られる聖女も、そういった称号や二つ名を持つ者は居ても、本物の聖女は、この数百年現れたという話は聞かない。
その聖女の称号を持つのが、ルミエール伯爵夫人で、現在もっとも聖女に近い女性なのだが、聖女とは回復魔法の腕前だけで決まるものではなく、創世の女神からの加護が必要となる。
右腕は失くしたが、それでも一命を取り留めたのだ。生きていれさえすれば未来はある。貴族令嬢としての生き方は無理でも、人間その気になればなんとでもなる。
「取り敢えず連れて帰るかね」
マーサは、そう言うと地面に杖をトンと突く。
「クリエイトゴーレム」
マーサがそう唱えると、地面が盛り上がり二メートル五十センチ程のロックゴーレムが出現した。
「そっとだよ、そっと。優しくね」
マーサの指示で意識の無い、プラチナブロンドの髪が美しい少女をゴーレムが優しく持ち上げた。
「揺らさないようにね」
マーサは巨体のロックゴーレムを引き連れ歩き出す。
森の中のそこだけポッカリと空いた場所に、その家は在った。
結界で護られたその場所の周り。大陸でも特に濃い魔力により、強大な魔物が跳梁跋扈する地。そこが煉獄の魔導士や焔の賢者と呼ばれるマーサ・ロードウェルが住む場所だった。
マーサは、その二つ名が示すように、火の魔法を得意とする魔法使いである。
幼少期から魔法の天才として知られ、宮廷魔術師を務め、その後も魔法や魔法薬、魔導具の研究に人生をかけ伝説となった魔女。
この森に引き篭もって五十年近くになるので、最早彼女は伝説上の存在となっていた。
少女がマーサのお陰で一命を取り留めたその頃、その森から遠く離れた場所で、少女を捜す者達がいた。
「どうだっ、見つかったか!」
「もうし訳ありません。逃げた方向は分かっているので、必ずお嬢様を見つけ出します」
「ペンダントの反応はある。生きているのは間違いない。クソッ、僕が直接動ければ……」
部下の報告に、金髪碧眼の整った顔を悔しげに歪めるのは、アレクサンダー・ルミエール。ユースクリフ王国の伯爵家当主だ。流石に伯爵家当主が、領内ならまだしも先ぶれもなく領外、しかも国外へは行けない。
アレクサンダーことアレクは、娘が連れ去られただろう北の方角を見て無事を祈る。
事は今日の昼に遡る。
ルミエール伯爵家の領都エルローダスに出掛けた、娘のユーリが攫われたのだ。
直ぐに異変に気付いた護衛や、ルミエール家の騎士団が動いたにも関わらず、犯人達の逃走を許してしまった。
治安の良さでは定評のあるエルローダスの街故に、油断があったのも事実。既に実行犯や監視役を含めた一味は領外に逃げているだろう。
アレクが部下達に忙しく指示を出す、その場所に、プラチナブロンドの髪に翠眼のまだ
二十代前半に見える美女が部屋に入ってきた。
「もう大丈夫かいフローラ」
「ええ。ユーリが大変な時に倒れてなんていられないもの」
「無理をしちゃダメだよ」
フローラとアレクに呼ばれたのが、ユーリの母親フローラだ。ユーリのプラチナブロンドの髪はフローラ譲りだった。
この大陸でも、白銀に近いプラチナブロンドの髪色は珍しい。このプラチナブロンドの髪色は、創世の女神ルシアの色と言われている。何故かプラチナブロンドの髪色は、例外なく女性限定であり、尚且つこの髪色の者は、希少な聖魔法に高い適性を持つのだ。
そのプラチナブロンドの髪色も、フローラのように白銀に近い程、聖魔法の適性が高いとされている。そして、それは事実だった。
ユースクリフ王国でも、武門の名家ルミエール伯爵家の娘を狙ったのは、ユーリのそのプラチナブロンドの髪色も関係していると思われる。勿論、国内外の敵対勢力が黒幕だろうが。
「それでペンダントの反応は?」
「ああ、北の方角に反応はある」
「よかった……」
ユーリが身に付けるペンダントは、その場所と生死を報せる魔導具だった。
ただ、アレクやフローラの表情は暗い。ペンダントは、持ち主の生死と現在の方角は分かるがそれだけだ。犯人達が遺した痕跡を追って、どれだけ早くユーリを見つけられるか。それにかかっている。ただ、その守護の魔法も付与されたペンダントのお陰でユーリは即死を免れ、マーサの治癒が間に合っている。
「ユーリ、必ず助けるからね」
「アレク……」
不安そうなフローラを抱きしめアレクが言う。
そのアレクの元に、一羽の鳥型の簡易使い魔が降り立ち、手紙を残して魔力へと分解され消える。差出人は、煉獄の魔導士や焔の賢者と呼ばれるマーサ・ロードウェル。長くその生存が不明とされていた、もはや御伽話の登場人物。伝説の存在だ。
ユーリを保護している事と、その場所を報せるものだった。伝説の魔女の使い魔がアレクとフローラの元へと正確に辿り着いた理由は、マーサがルミエール伯爵領の方向を知っていたのに加え、ユーリの魔力と似た魔力を探し、尚且つユーリのペンダントに残されていたフローラの残存魔力を辿ったからだ。
その保護されている場所が場所だけに、アレクは自分とフローラ、そしてルミエール伯爵家の精鋭を少数連れて出発する予定を立てた。
彼の地は、大軍では行軍できぬ不帰の森。大軍は寧ろ邪魔になる。行くなら、大陸でも五指に入り、剣聖と呼ばれる剣士であるアレクや、優れた回復魔法師であるフローラのような強者による少数精鋭に限られる。
何はともあれ、周辺の貴族家に知られぬよう秘密裏に出立できるよう計画を立てるアレク達だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
馬車の荷台には、ナニカが積められた分厚い麻袋が時々道の悪さに時折り跳ねる。
ここは正規の街道などではなく、主に後ろ暗い者達が使うケモノ道に毛の生えた程度の悪路。本来なら馬車をこの速度で走らせるなど、正気の沙汰ではない。
やがて鬱蒼とした森の間道を抜けた馬車は、崖を削るように造られた狭い道へと入る。当然、この崖を無理矢理削ったような道も、正規の街道などではない。
馭者の男は、しきりに背後を気にしながら馬に鞭を振るう。既に限界の近い馬は、口から泡を吹きながら狂ったように駆ける。
一つ間違えれば崖下へ転落する危険な道を、気でもふれたかのような無茶な行動も訳がある。
その理由が、背後からじわじわと距離を詰めて来る。
十頭近くの狼の群れが、馬車を標的として襲い掛かったのだ。勿論、ただの狼などではない。
護衛兼何かをしでかした実行犯は、既に狼の餌食となった。残すは逃げる馬車のみ。
本来、正規の街道ならあの種の狼は出没しなかっただろう。魔力の濃い森を縄張りとする狼だから、余程腹を空かせていないと整備された街道には余り近付く事はない。
迫り来る狼は勿論普通の狼ではない。この世界では魔物や魔獣と呼ばれる存在だった。魔力により変異した存在。積極的に人を襲う存在。それが魔物だった。
それは馭者の男が、ここまで来れば大丈夫だろうとホッとした瞬間に起こった。
魔物は基本的に、己のテリトリー、縄張りから遠く離れる事はない。特に狼系の魔物は縄張りがはっきりとしている。森に棲む狼の魔物が、そこを出る事はほぼないのだ。故に、崖側の道へと抜けた事で、馭者の男の気が緩むのも仕方ない。
ガコッ!!
その時、道に落ちていた落石に、車輪が乗り上げ跳ねる。崖を削って無理矢理造られた道だ。落石など珍しくない。この程度の大きさの落石も、今回のようにスピードが出ていなかったなら、乗り上げたとしても何も問題はなかっただろう。
「ヒッ!!」
バキッ!!
限界を超えるスピードで走る馬車は、落石を踏み大きく跳ねた所為で、馬を繋いでいた部分が破損する。馬と馬車が分離し、馬車から解き放たれた馬は前方へと逃げ出し、馭者を乗せた馬車は、そのコントロールを失い崖下へと落下するのは当然の結果だろう。
十五メートル程の高さを落下し、投げ出された馭者の男は地面に叩きつけられ肉の塊へと変わる。即死だった。
馬車も勿論無事では済まず、大破しバラバラに砕け、積まれていた麻袋も投げ出され、地面に転がり、投げ出された麻袋が赤く染まる。
その老婆が現場を訪れたのは、全くの偶然だった。
いや、何故か此処に行かなければならないと、大いなる意志に動かされたのかもしれない。
この場所がどういった場所なのかを考慮した場合、それは運命に導かれたのかもしれない。
魔法使いが持つような長杖を突き、麻袋に歩み寄り縛ってあった紐を解く。
「おやっ、これはいけない!? ウォーターヒール!」
袋の中を見た老婆は、慌てて回復の魔法を行使する。
「頑張るんだよ」
麻袋の中から出てきたのは、六、七歳くらいの少女。上質な生地の服から裕福な家の子女だろうと推測される。おそらく貴族だろうと老婆……マーサは推測する。そしてもう一つ、少女は他にない特徴の容姿をしていた。
「……確か今代のルミエール伯爵夫人は、プラチナブロンドだったね。その娘か血縁かね。しかしユースクリフ王国のルミエール伯爵領か、川でも使ったのかね」
プラチナブロンドの髪色。これだけで、ある程度どの家の人間か辿れる。現に、今の貴族家でこれ程白銀に近いプラチナブロンドと言えば、ルミエール伯爵家の当主夫人しかマーサは知らない。
マーサが隠棲するこの森は、ユースクリフ王国の国境を超えた場所にある。いわゆる他国との緩衝地帯となっている土地だ。
緩衝地帯と言えば聞こえはいいが、棲息する魔物が強力な上に、開発するだけのコストに見合わない土地。故に人が足を踏み入れるのは稀な為、マーサのような力ある者が引き篭もるには最適だろうが、周辺国には他国との緩衝地としての価値しかない場所だった。
そしてルミエール伯爵領の領都から、この森までそれなりに距離がある。が、それを強引にショートカットする方法がある。それが、途中まで川を使う事だ。ただ、普通ならやらない。水棲の魔物に襲われるリスクが高いのだ。それを魔導具の動力を取り付けた魔導船まで用いて実行するなど、碌な目的ではないと言える。
何度か回復魔法をかけ、少女はなんとか一命を取り留めたようだ。
「可哀想に。右腕は無理だったようだね」
マーサが言うように、少女の右腕は潰れて無くなっていた。千切れた右腕は、繋げる事は無理だろう。
マーサの回復魔法により、骨折を含め内外の損傷は癒えたが、マーサでも人体の欠損は治せない。
欠損を治せるレベルの薬は、この世界でも伝説で語られる中にしか出てこない。回復魔法でも、欠損を治せるレベルの術者は、現状存在しない。
御伽話や英雄伝で語られる聖女も、そういった称号や二つ名を持つ者は居ても、本物の聖女は、この数百年現れたという話は聞かない。
その聖女の称号を持つのが、ルミエール伯爵夫人で、現在もっとも聖女に近い女性なのだが、聖女とは回復魔法の腕前だけで決まるものではなく、創世の女神からの加護が必要となる。
右腕は失くしたが、それでも一命を取り留めたのだ。生きていれさえすれば未来はある。貴族令嬢としての生き方は無理でも、人間その気になればなんとでもなる。
「取り敢えず連れて帰るかね」
マーサは、そう言うと地面に杖をトンと突く。
「クリエイトゴーレム」
マーサがそう唱えると、地面が盛り上がり二メートル五十センチ程のロックゴーレムが出現した。
「そっとだよ、そっと。優しくね」
マーサの指示で意識の無い、プラチナブロンドの髪が美しい少女をゴーレムが優しく持ち上げた。
「揺らさないようにね」
マーサは巨体のロックゴーレムを引き連れ歩き出す。
森の中のそこだけポッカリと空いた場所に、その家は在った。
結界で護られたその場所の周り。大陸でも特に濃い魔力により、強大な魔物が跳梁跋扈する地。そこが煉獄の魔導士や焔の賢者と呼ばれるマーサ・ロードウェルが住む場所だった。
マーサは、その二つ名が示すように、火の魔法を得意とする魔法使いである。
幼少期から魔法の天才として知られ、宮廷魔術師を務め、その後も魔法や魔法薬、魔導具の研究に人生をかけ伝説となった魔女。
この森に引き篭もって五十年近くになるので、最早彼女は伝説上の存在となっていた。
少女がマーサのお陰で一命を取り留めたその頃、その森から遠く離れた場所で、少女を捜す者達がいた。
「どうだっ、見つかったか!」
「もうし訳ありません。逃げた方向は分かっているので、必ずお嬢様を見つけ出します」
「ペンダントの反応はある。生きているのは間違いない。クソッ、僕が直接動ければ……」
部下の報告に、金髪碧眼の整った顔を悔しげに歪めるのは、アレクサンダー・ルミエール。ユースクリフ王国の伯爵家当主だ。流石に伯爵家当主が、領内ならまだしも先ぶれもなく領外、しかも国外へは行けない。
アレクサンダーことアレクは、娘が連れ去られただろう北の方角を見て無事を祈る。
事は今日の昼に遡る。
ルミエール伯爵家の領都エルローダスに出掛けた、娘のユーリが攫われたのだ。
直ぐに異変に気付いた護衛や、ルミエール家の騎士団が動いたにも関わらず、犯人達の逃走を許してしまった。
治安の良さでは定評のあるエルローダスの街故に、油断があったのも事実。既に実行犯や監視役を含めた一味は領外に逃げているだろう。
アレクが部下達に忙しく指示を出す、その場所に、プラチナブロンドの髪に翠眼のまだ
二十代前半に見える美女が部屋に入ってきた。
「もう大丈夫かいフローラ」
「ええ。ユーリが大変な時に倒れてなんていられないもの」
「無理をしちゃダメだよ」
フローラとアレクに呼ばれたのが、ユーリの母親フローラだ。ユーリのプラチナブロンドの髪はフローラ譲りだった。
この大陸でも、白銀に近いプラチナブロンドの髪色は珍しい。このプラチナブロンドの髪色は、創世の女神ルシアの色と言われている。何故かプラチナブロンドの髪色は、例外なく女性限定であり、尚且つこの髪色の者は、希少な聖魔法に高い適性を持つのだ。
そのプラチナブロンドの髪色も、フローラのように白銀に近い程、聖魔法の適性が高いとされている。そして、それは事実だった。
ユースクリフ王国でも、武門の名家ルミエール伯爵家の娘を狙ったのは、ユーリのそのプラチナブロンドの髪色も関係していると思われる。勿論、国内外の敵対勢力が黒幕だろうが。
「それでペンダントの反応は?」
「ああ、北の方角に反応はある」
「よかった……」
ユーリが身に付けるペンダントは、その場所と生死を報せる魔導具だった。
ただ、アレクやフローラの表情は暗い。ペンダントは、持ち主の生死と現在の方角は分かるがそれだけだ。犯人達が遺した痕跡を追って、どれだけ早くユーリを見つけられるか。それにかかっている。ただ、その守護の魔法も付与されたペンダントのお陰でユーリは即死を免れ、マーサの治癒が間に合っている。
「ユーリ、必ず助けるからね」
「アレク……」
不安そうなフローラを抱きしめアレクが言う。
そのアレクの元に、一羽の鳥型の簡易使い魔が降り立ち、手紙を残して魔力へと分解され消える。差出人は、煉獄の魔導士や焔の賢者と呼ばれるマーサ・ロードウェル。長くその生存が不明とされていた、もはや御伽話の登場人物。伝説の存在だ。
ユーリを保護している事と、その場所を報せるものだった。伝説の魔女の使い魔がアレクとフローラの元へと正確に辿り着いた理由は、マーサがルミエール伯爵領の方向を知っていたのに加え、ユーリの魔力と似た魔力を探し、尚且つユーリのペンダントに残されていたフローラの残存魔力を辿ったからだ。
その保護されている場所が場所だけに、アレクは自分とフローラ、そしてルミエール伯爵家の精鋭を少数連れて出発する予定を立てた。
彼の地は、大軍では行軍できぬ不帰の森。大軍は寧ろ邪魔になる。行くなら、大陸でも五指に入り、剣聖と呼ばれる剣士であるアレクや、優れた回復魔法師であるフローラのような強者による少数精鋭に限られる。
何はともあれ、周辺の貴族家に知られぬよう秘密裏に出立できるよう計画を立てるアレク達だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
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