銀腕の武闘派聖女

小狐丸

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二話 受け継がれるもの

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 天津百合子は、少し特殊な古い神社に生まれた。


 伝統ある神社の神職であり、同時に先祖代々受け継いできた古武術を磨き継いできた天津家の長女として生を受けた。

 天津無双流という、剣術、槍術、棒術、弓術、馬術、合気柔術などの武術を詰め込んだ流派を、物心がつく頃から厳しく仕込まれた。

 兄と弟がいたが、武術の才能という点では、百合子が圧倒的に武の才に恵まれていた。それこそ長い天津無双流の歴史で五指に入ると言われる程には天賦の才を持って生まれた。

 とはいえ実家である神社と、同じ敷地に建つ道場を継ぐのは兄だ。歴史の古い家だけあり、男尊女卑の考えは根強い。幾ら天賦の才に恵まれようと、幾ら誰よりも強くとも百合子は女なのだから。

 祖父や父親から、何度「お前が男だったら」と言われた事か分からない。



 だからだろう、兄や弟と違い、百合子は比較的自由にさせて貰えた。どうせ嫁いで行くのだからとの考えだろう。

 そして歳頃になり、百合子は中国武術の武闘家と知り合い、同じ武を志す者同志として話が弾み、半ば勢いで結婚した。ただ、それが失敗だった。この男、武術以外では碌でもなかったのだ。青春を武術一筋に打ち込んだ百合子は、男を見る目がまるで無かったのだ。

 男の太極拳の腕前は、その年齢では考えられないくらいに優れた人物だったが、とにかくお金と女にだらしなかった。

 それでも百合子は十年我慢したが、我慢の限界もそこまでだったようだ。幸い子供が居なかったので、後腐れなく離婚できた。

 元夫は生活面で碌でもなかったが、武術には真摯だった。そのお陰で百合子は中国武術に興味を持ち、太極拳と八極拳に嵌ったのだから、悪い事ばかりじゃなかったと思うようにした。お陰で、百合子の天津無双流は一段上へと階段を登る事が出来た。



 男はもうこりごりと、実家で師範代をしながら勤めに出て、好きな武術に熱中できた人生は充実したものだと言えるだろう。






 ベッドで体を起こし溜息を吐く。

「しかし興味深いね。此処とは違う世界で生きた記憶かい」
「はい。マーサおばあ様」
「おばあちゃんでいいよ。様なんてガラじゃないからね。ユーリが伯爵令嬢なのは分かってるけどね。私は引き篭もりの魔女だから様は不要だよ」
「じゃあマーサおばあちゃん」

 そう。今の私の名前は、ユーリ・ルミエール。何の因果か、日本とはまったく別の世界に、ルミエール伯爵家の長女として生まれ変わった。

「それで前世は何歳だったんだい?」
「多分、八十二歳で強盗団……えっと盗賊みたいな奴らと刺し違えて死んだと思います」
「ほぉ。なかなか愉快な最後だね」

 ケラケラと面白そうに笑うマーサおばあちゃん。だけど私は全然愉快じゃないわ。平和な日本で強盗団なんて。

 たまたまお友達の所に遊びに出掛け、遭遇した運の悪さに少し落ち込むけど、そのお陰でお友達は救えたと考えれば良かったのかな。

 ナイフやバールを持つ強盗を無力化したのはいいけど、あの至近距離で拳銃の弾は避けれなかったわ。歳は取りたくないわね。あと二十歳若ければあの程度の人数、無傷で制圧してた筈だもの。

「ユーリの親には使い魔に手紙を持たせて放ったからね。私が死ぬまでには間に合わないだろうが、大丈夫直ぐに迎えが来るさ」
「……マーサおばあちゃん」
「そんな顔しなさんな。私はもう四百年近く生きたんだ。もう十分過ぎる程生きたさ」

 マーサおばあちゃんは、長い年月森の中で隠棲して研究に打ち込んできたって教えてくれた。そして、それももう直ぐ終わるという事も。

 マーサおばあちゃんは、伝説の魔女だった。煉獄の魔導士や焔の賢者と言えば、大人から子供まで知らない者はいない。私も家庭教師から習った中に出てきた偉人だ。

 その伝説の魔女であるマーサおばあちゃんは、もう直ぐ寿命が尽きてしまうらしい。

「ユーリはその歳で、子供とは思えない魔力量だ。せっかく出会えたんだ。どこまで教えられるか分からないけど、私の全てを継いでもらうよ。なに、右腕が無いくらい大した事ないさ」
「マーサおばあちゃん……」

 そう。私の右腕は無くなってしまっている。崖から落ちた時に、潰れてしまったんだろうとマーサおばあちゃんが言う。

 それ以前に、その場にマーサおばあちゃんが来なければ、私は確実にそのまま死んでただろう。



 それからマーサおばあちゃんから、様々な事を学ぶ私。魔法の基礎の基礎は、これでも貴族の子供なので五歳から始めているので、まったくの一からじゃないので助かったわ。

 魔力の繊細な操作から始まり、薬学、錬金術、付与術、魔道具製作の基礎的なものを叩き込まれる。さすがに片手では魔道具製作は難しいので、理論を中心なのは仕方ない。

「私の時間がないのが惜しいね。これ程の才能と前世の知識と経験。ユーリなら、私のように三百年以上なんて長い年月は掛からず、叡智を得れるだろうに」

 マーサおばあちゃんが言うには、私は魔法に高い適性があるらしい。

「私は、火の魔法が好きでよく使ってた所為で、煉獄の魔導士や焔の賢者なんて呼ばれてたけど、ユーリも将来的に私を超える魔法使いに成れるよ」
「ほんと?」
「ああ、本当さ」

 マーサおばあちゃん曰く、聖属性以外は、努力と訓練次第では誰でも身に付ける事が出来るらしい。

 それを聞いた私は思わず声を上げる。それは私が習った事と違ったから。

「えっ!? ウソッ!」
「嘘じゃないよ。まあ、適性の有る無しもあながち間違いでもないんだけどね」

 そもそもこの世界でも、魔法を使うに耐える魔力を持つのは平民には少ない。貴族は、優秀な血を掛け合わせ繋いできたから魔力量が多く、それぞれの家ごとに得意な属性の魔法がある。

 マーサおばあちゃんは、魔力自体にはもともと属性など無く、それを火や水、風や土の属性に変換して行使するのが属性魔法だと言う。

「適性属性があるっていうのが、あながち間違いじゃないと言うのは、私でも魔力の変換効率が、属性によって違うのさ」
「変換効率ですか?」

 マーサおばあちゃんが言うには、二つ名になっている火の属性を100とするなら、風と水、土は90くらいに効率が落ちるらしい。

 ただ、この魔力の変換効率は、世間的には優れた魔法使いでも80くらいらしいし、そもそも意識すらしていないという。

「まあ、この変換効率って考えも、私自身の考えで世間では知られていないけどね」

 そもそも世の中には、マーサおばあちゃんのように、四属性も使える魔法使いは居ないので、変換効率の違いなど気付かないそうだ。

 それに世間では、無属性魔法を下に見て、属性魔法を重要視する風潮がある。実は、その無属性魔法が、属性魔法を含む魔法全般の上達に役立つらしい。

「無属性魔法を馬鹿な貴族や宮廷魔法師は軽視しているようだけどね。属性魔法の精度に始まり、魔力操作、魔力感知の上達に繋がる、無属性魔法は基本中の基本だから大事なのさ」
「身体強化も無属性ですよね」
「ああ、ユーリの前世は武人だったね。なら身体強化を極めるだけで最強の頂に至れるかもね」

 それでも世の中で魔法に適性があると信じられているのは、大人になると属性が固定されるからだとか。

「そもそも属性への変換には、しっかりとしたイメージがいる。その属性に関する深い知識もね」
「イメージと知識……」
「ユーリなら簡単だろう?」

 前世の記憶があり、その知識から科学的アプローチが可能な私なら簡単だとマーサおばあちゃんが言う。

「多少の向き不向きはあるけれど、子供の頃はどの属性にも可能性があるのさ。成人する頃になると魔力の経路が固定するから、魔法属性に適性があるっていうのもあながち間違いじゃないがね」

 大人になると属性が固定される。それがこの世界に、人には適性属性があると誤解される理由だろう。

「聖属性は例外なのですか?」
「ああ、聖属性だけは女神様の属性だからね」

 水属性にも治癒魔法は存在するけど、聖属性の回復魔法は特別なのだとか。

「怪我や状態異常の回復魔法は水属性にもあるけどね。聖属性ほど効果は高くない。私に高い聖属性の適性があれば、ユーリの右腕ももう少しマシになったかもしれない」

 フローラお母様は希少な聖属性に適性がある。優れた回復魔法師だ。

「ユーリの目標は、この森を一人で抜けれるようになる事だよ。時間はそう残っていないが、ユーリなら大丈夫さ」
「はい」

 これからは時間の無駄なんて許されない。私は、マーサおばあちゃんの全てを継ぐ決意をする。




 座学は駆け足で済ませる事が出来た。伊達に日本人として長い年月学んでいない。それに加えて、私は陰陽五行の考えも学んでいる。そのお陰で座学はザッとで済んだ。七歳の脳が柔軟で乾いたスポンジのように吸収してくれたお陰でもある。

「私の集めた魔導書なんかの本もユーリにあげるよ。此処に遺しておいても朽ち果てるだけだからね」
「マーサおばあちゃん……」
「そんな顔しないでおくれ。死は生ある者全てに等しく訪れるものさ」

 まるで形見分けするようなマーサおばあちゃんに、寂しくて悲しい気持ちになる私の頬を撫で慰められる。

「さあさあ、時間はないからね。厳しくいくよ」
「は、はい!」

 湿っぽくなった雰囲気をマーサおばあちゃんが意識して変える。

 私はマーサおばあちゃんの一言一言を、頭と心に刻み込むように真剣に向き合う。

 この得難い時間が、少しでも長く続くように祈りながら。



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 この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。

 2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。

 それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。


 あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。



 また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。

 12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。



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