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六話 再会
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アレクサンダー視点
娘のユーリが攫われ一月が過ぎる。勿論、その間僕達が何もしなかった訳じゃない。当初、僕達はユーリが着けている筈のペンダントの反応を追い、捜索は続けていた。
ユーリ誘拐の実行犯は、全員が死体となって発見された。いや、全員ではないのだろう。僕達の目を惑わす為に、死んでも痛くない奴らを始末し発見させたのだ。
攫った実行犯とは別に、運び屋は先ず川を魔導具を搭載した小舟で北へと向かい、途中から陸路で森を抜けたところまで分かっている。
その先が問題だった。
現在、ユーリの反応は動いていない。動いていないが、その場所が問題だった。
ただ、悪い事ばかりじゃない。ユーリが攫われ、比較的早い段階で我が家に使い魔が、ユーリの無事を報せる手紙を届けてきた。
差出人は、マーサ・ロードウェル。
煉獄の魔導士、焔の賢者の二つ名をもつ伝説の大魔法使いだ。
まだ存命だった事も驚きだが、危険極まりない森で隠棲していて、ユーリがマーサ殿に助けられたというのにも驚いた。
ユーリがいる場所も問題だったのだけど、こんなに時間が掛かったのには、自領どころか自国ではない故に、大人数で捜索する事が出来なかったという理由もあるが、それ以上に誘拐を企てた奴らを放置したまま、僕が動くのは流石に不味い。
そしてやっと、ルミエール伯爵領に潜むネズミを駆除し、ユーリを迎えに行く事が出来た。
「お館様。もう直ぐ森を抜けれそうです」
「分かった」
四頭の馬が森の中を駆ける。
今、僕達は少数精鋭でユーリを迎えに向かっていた。危険極まりない森を行くのは、大軍ではなく少数精鋭が正解だ。無駄に人を多くすると、その人間を狙って魔物が寄って来る。
先頭を行くのは、騎士団の中でもスカウト能力の高いジェス。その後ろに僕。最後尾に、マーカスが行く。そして何故か、僕の前にプラチナブロンドの髪をなびかせ馬を駆るフローラがいた。なんとなくそうなるだろうと予想はしていたが、フローラは自分も行くときかなかったんだ。
「フローラ! やっぱり戻った方がいいんじゃないか!」
「一秒でも早くユーリの顔を見て安心したいの! それに、聖魔法が使える私がいた方がいいでしょう!」
乗馬パンツにロングブーツ、ハーフコートを羽織ったフローラの姿は、まるで女性騎士のようだ。伯爵家の夫人としては有り得ないだろうけど、ルミエール家ではおかしくない格好だった。
おそらく裏稼業の者達が使う森の中に造られた道。そこを暫く駆けると、やがて森を抜ける場所まで辿り着いた。
「お館様! かなり大掛かりな組織かもしれません」
「ああ。だが、僕達が手を出せない場所だ」
森を抜けるとジェスが馬を止め、目の前の光景に呆れ気味に言う。
崖の中腹を無理矢理削って造った道。馬車がやっと一台ギリギリ通れる幅だ。
「アレク」
「ああ、行こう」
フローラに急かされ、僕達は先を急ぐ。
少し進むとジェスが再び馬を止める。
「お館様。この下に馬車の残骸が有ります!」
僕達は馬から飛び降り、崖下を確認する。
ジェスが言ったように、崖下には原形を止めない馬車の残骸が散らばっていた。
「あの先が、不帰の森ですね。確かに魔力の濃度が濃そうだ」
「そうだね。だけど僕達は行かなきゃいけない」
マーカスが、崖の近くから続く森を見て、その魔力の濃さに顔を顰めるけど、そんな事は最初から分かっていた事だ。
「マーカス。馬を頼めるか」
「了解です。お館様も奥方様も、どうかお気を付けて」
フローラは、気が逸るのか一人先に崖から飛び降り、ジェスが慌ててあとを追う。僕も魔力で身体強化して崖を飛び降りた。
先に降りたジェスが、一応馬車を調べていた。勿論、ユーリはマーサ・ロードウェル殿に助けられているのだけど、犯人が何か残していないかの確認だ。
「お館様。何も残ってはいませんね」
「まあ、そうだろうね」
「アレク、早くユーリを迎えに行きましょう」
「フローラ、少し落ち着いて。この先は、危険な場所なんだ。君に何かあれば、ユーリが悲しむよ」
「ごめんなさい」
フローラの逸る気持ちも分かる。僕も同じ気持ちなのだから。
「お館様。ほぼ真西ですね」
「じゃあ、行こうか」
ジェスが、ユーリの位置を報せる魔導具で、方角を確認し、僕達が向かおうとした時だった。
「お館様! 魔物の反応です!」
僕は、直ぐに剣を抜き待ち構える。
だけど次の瞬間、僕やジェスは驚き唖然とする事になる。
森から轟音と共に巨大な熊の魔物が現れた。現れたのはいいのだけど……
「……トライホーンベアだよな?」
「この森でも頂点に近い魔物の筈ですけど……」
もし街の近くで出没したなら、ルミエール伯爵領でも大きな被害が出るだろう強力な魔物だ。それがルミエール伯爵領以外なら、幾つもの街が壊滅するレベルの魔物。
そのトライホーンベアが、森から凄い勢いで飛び出して来た。それだけなら、不帰の森なら有り得る話だろう。僕達の気配を捉えたトライホーンベアが、襲い掛かろうとするのは自然だから。
でも僕達の目の前に飛び出して来たのは、巨大なトライホーンベアの死体。
僕は、直ぐに森へ体を向け腰の剣に手を掛け警戒する。この先に、あのトライホーンベアを斃したモノがいる。
ジェスが緊張しつつも、気配を消して一歩足を踏み出そうとした時だった。
「あっ! フローラッ!」
フローラが、森へと駆け出した。
一瞬の事に、出遅れた僕とジェスがあとを追おうとした時だった。僕のよく知る。会いたくて会いたくて仕方がなかった魔力を感じ取った。森の魔力が濃すぎて、探知の範囲が少し狭まっていたのか……
でも、同時に違和感を感じる。
「ユーリッ!」
フローラが愛娘の名を呼ぶ。
やはり母親だからなのか、フローラはスカウトのジェスよりも先にその気配と魔力を感じ取って駆け出していた。
そして、妻のフローラ譲りのプラチナブロンドの愛娘ユーリが、トライホーンベアが飛び出して来た辺りから姿を見せた。
「ユーリッ!!」
「お母さまっ!」
駆け寄ったフローラがユーリを抱きしめて涙を流している。そこに僕も駆け寄り、フローラごとユーリを抱きしめた。
「あれっ、ユ、ユーリ、その右腕は……」
「ああ、お父さまも迎えに来てくれてありがとうありがとうございます。右腕の事も含めて、一杯お話したいけど、ここじゃ落ち着けないわ」
「そ、そうだね。場所を移そう」
抱きしめた感触で、ユーリの右腕が金属のように硬い事に気付いた僕が、それを聞こうとするも、余りに落ち着いた風のユーリに首を傾げながらも、場所を変えようと言われ納得する。ここは大陸で最も危険な森の側なのだから。
◇
マーサおばあちゃんの家を後にして、襲って来る魔物を斃しながら森を東へと歩いていると、会いたくて仕方なかった懐かしい魔力を感じた。
「アレクお父さまとフローラお母さまが迎えに来ているわ。一緒にいるのは、ジェスとマーカスね」
『へぇ。ユーリの父親と母親が自分で来たんだね』
「ここは国境の外になるから、兵を大勢連れてなんて無理だもの。ルミエール伯爵家の最高戦力であるお父さまと、回復と支援のスペシャリストであるお母さまが来るのは、判断としては間違いじゃないのよ」
『ふ~ん。そうなんだね』
知らない人からすれば、伯爵家の当主とその妻が、たった二人の護衛と迎えに来ていると聞くと、自殺志願者かと思うでしょうけど、アレクお父さまとフローラお母さまなら大丈夫。アレクお父さまは、ユースクリフ王国でも最強の部類に入るから。しかもそこにフローラお母さまがいるとなれば、二人で一軍を蹴散らせる戦力になる。
『でも、その手前にまた邪魔者がいるの分かってる?』
「分かってるわよ。もう、面倒ね。これで何度目かしら」
ゴクウが指摘したように、アレクお父さま達がいる場所と、私の間にまた魔物がいる。マーサおばあちゃんの家から崖までは、それ程距離はないのだけれど、あの蛇から始まって、もう何度目かと溜息が出る。
私の魔力制御が上手くいっているからなのか、この森の魔物が私を弱い餌と思って襲ってくる。
大型の魔物から小さな魔物まで、忙しいったらないわ。お陰で、崖までそれ程距離はないのに、時間が掛かってしょうがない。まあ、魔力を抑え、気配を消して氣を周囲に馴染ませれば見つからないんだろうけど、そうすると戦闘訓練にならないしね。
「足元も歩き難いわ。身体強化してなきゃ大変だったかも」
『アガートラムがあるから大丈夫じゃない』
普段、人の入らない森は、原生林と呼ぶに相応しい様相で、七歳の子供の足にはきつい。私もアガートラムと魔力による身体強化がなければ、もっと大変だったと思う。
グゥワァァァァーー!!
「うるさいなぁ」
そんな私の前に現れたのは凄くおっきい熊。勿論、角が三本あるから魔物と分かる。確か、トライホーンベアとマーサおばあちゃんの家に有った魔物図鑑に載ってたと思う。この森でも上位に位置する魔物だった筈。
ズドドォーーンッ!!
当然、相手が襲いかかるのを待っている訳もなく、鋭く踏み込み踏み、中段突きからの肘撃(ちゅうげき) を打ち込む。八極拳の猛虎硬爬山という技だ。漫画などの描写により、単発の技だと勘違いしている人もいるが、突きから入り間合いにより突きや虎爪掌又は肘撃を叩き込む。
「あっ!?」
クマがうるさかったから、つい力んだのが失敗だったのか、アガートラムの右腕が巨人族の腕みたいに大きく変化し、クマっころ……トライホーンベアを吹き飛ばしてしまった。
トライホーンベアの巨体が、森の樹々を薙ぎ倒し吹き飛んだ。魔力の反応から仕留めたのは確認してある。アレクお父さまやフローラお母さまを驚かせちゃったかな。
「凄いよね。身体強化って」
『いや、普通、身体強化でこんな事無理だからね。しかもユーリは七歳だからね。普通、小さな女の子が戦うなら魔法を使おうと思うよ。なに迷わず肉弾戦を選んでるのさ。しかもアガートラムが大きくなってたよね。どういうこと?』
「魔法を撃つより、身体強化して殴ったり蹴ったりする方が、私の好みに合ってるのよ。それにアガートラムが巨大化した理由なんて分かる訳ないじゃない」
どうやら単純に身体強化だけじゃないみたい。どうやら前世で積み重ねた内功が関係しているのかな。
とはいえゴクウは、小さな私が巨大な魔物を相手に肉弾戦をするのが納得いってないみたい。仕方ないじゃない。そこは好みの問題なんだから。
それに半分はアガートラムの所為よ。多分そうに違いないわ。
トライホーンベアが吹き飛んだ跡のお陰で、少し歩きやすくなった森を先に進む。
森を抜けると同時に、駆け寄るのは私と同じ髪色の女性。勿論、私のお母さまだ。
「ユーリッ!」
抱き上げられギュッと強く私を抱き締めるフローラお母さま。
「ユーリッ!」
「お母さま!」
生きているとは分かっていても心配だったと思う。まだ私は七歳の子供なのだから。
そこにアレクお父さまも駆け寄り、フローラお母さまごと私を抱きしめピクリと反応する。金属製の右腕に気付いたのね。
「あれっ、ユ、ユーリ、その右腕は……」
「ああ、お父さまも迎えに来てくれてありがとうありがとうございます。右腕の事も含めて、一杯お話したいけど、ここじゃ落ち着けないわ」
「そ、そうだね。場所を移そう」
流石に、私が前世の記憶を思い出した事を含め、マーサおばあちゃんの家での日々や、アガートラムの事を話すには、ここでは落ち着けないもの。
兎に角、ルミエール伯爵領に戻る事を優先するべきだもの。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
娘のユーリが攫われ一月が過ぎる。勿論、その間僕達が何もしなかった訳じゃない。当初、僕達はユーリが着けている筈のペンダントの反応を追い、捜索は続けていた。
ユーリ誘拐の実行犯は、全員が死体となって発見された。いや、全員ではないのだろう。僕達の目を惑わす為に、死んでも痛くない奴らを始末し発見させたのだ。
攫った実行犯とは別に、運び屋は先ず川を魔導具を搭載した小舟で北へと向かい、途中から陸路で森を抜けたところまで分かっている。
その先が問題だった。
現在、ユーリの反応は動いていない。動いていないが、その場所が問題だった。
ただ、悪い事ばかりじゃない。ユーリが攫われ、比較的早い段階で我が家に使い魔が、ユーリの無事を報せる手紙を届けてきた。
差出人は、マーサ・ロードウェル。
煉獄の魔導士、焔の賢者の二つ名をもつ伝説の大魔法使いだ。
まだ存命だった事も驚きだが、危険極まりない森で隠棲していて、ユーリがマーサ殿に助けられたというのにも驚いた。
ユーリがいる場所も問題だったのだけど、こんなに時間が掛かったのには、自領どころか自国ではない故に、大人数で捜索する事が出来なかったという理由もあるが、それ以上に誘拐を企てた奴らを放置したまま、僕が動くのは流石に不味い。
そしてやっと、ルミエール伯爵領に潜むネズミを駆除し、ユーリを迎えに行く事が出来た。
「お館様。もう直ぐ森を抜けれそうです」
「分かった」
四頭の馬が森の中を駆ける。
今、僕達は少数精鋭でユーリを迎えに向かっていた。危険極まりない森を行くのは、大軍ではなく少数精鋭が正解だ。無駄に人を多くすると、その人間を狙って魔物が寄って来る。
先頭を行くのは、騎士団の中でもスカウト能力の高いジェス。その後ろに僕。最後尾に、マーカスが行く。そして何故か、僕の前にプラチナブロンドの髪をなびかせ馬を駆るフローラがいた。なんとなくそうなるだろうと予想はしていたが、フローラは自分も行くときかなかったんだ。
「フローラ! やっぱり戻った方がいいんじゃないか!」
「一秒でも早くユーリの顔を見て安心したいの! それに、聖魔法が使える私がいた方がいいでしょう!」
乗馬パンツにロングブーツ、ハーフコートを羽織ったフローラの姿は、まるで女性騎士のようだ。伯爵家の夫人としては有り得ないだろうけど、ルミエール家ではおかしくない格好だった。
おそらく裏稼業の者達が使う森の中に造られた道。そこを暫く駆けると、やがて森を抜ける場所まで辿り着いた。
「お館様! かなり大掛かりな組織かもしれません」
「ああ。だが、僕達が手を出せない場所だ」
森を抜けるとジェスが馬を止め、目の前の光景に呆れ気味に言う。
崖の中腹を無理矢理削って造った道。馬車がやっと一台ギリギリ通れる幅だ。
「アレク」
「ああ、行こう」
フローラに急かされ、僕達は先を急ぐ。
少し進むとジェスが再び馬を止める。
「お館様。この下に馬車の残骸が有ります!」
僕達は馬から飛び降り、崖下を確認する。
ジェスが言ったように、崖下には原形を止めない馬車の残骸が散らばっていた。
「あの先が、不帰の森ですね。確かに魔力の濃度が濃そうだ」
「そうだね。だけど僕達は行かなきゃいけない」
マーカスが、崖の近くから続く森を見て、その魔力の濃さに顔を顰めるけど、そんな事は最初から分かっていた事だ。
「マーカス。馬を頼めるか」
「了解です。お館様も奥方様も、どうかお気を付けて」
フローラは、気が逸るのか一人先に崖から飛び降り、ジェスが慌ててあとを追う。僕も魔力で身体強化して崖を飛び降りた。
先に降りたジェスが、一応馬車を調べていた。勿論、ユーリはマーサ・ロードウェル殿に助けられているのだけど、犯人が何か残していないかの確認だ。
「お館様。何も残ってはいませんね」
「まあ、そうだろうね」
「アレク、早くユーリを迎えに行きましょう」
「フローラ、少し落ち着いて。この先は、危険な場所なんだ。君に何かあれば、ユーリが悲しむよ」
「ごめんなさい」
フローラの逸る気持ちも分かる。僕も同じ気持ちなのだから。
「お館様。ほぼ真西ですね」
「じゃあ、行こうか」
ジェスが、ユーリの位置を報せる魔導具で、方角を確認し、僕達が向かおうとした時だった。
「お館様! 魔物の反応です!」
僕は、直ぐに剣を抜き待ち構える。
だけど次の瞬間、僕やジェスは驚き唖然とする事になる。
森から轟音と共に巨大な熊の魔物が現れた。現れたのはいいのだけど……
「……トライホーンベアだよな?」
「この森でも頂点に近い魔物の筈ですけど……」
もし街の近くで出没したなら、ルミエール伯爵領でも大きな被害が出るだろう強力な魔物だ。それがルミエール伯爵領以外なら、幾つもの街が壊滅するレベルの魔物。
そのトライホーンベアが、森から凄い勢いで飛び出して来た。それだけなら、不帰の森なら有り得る話だろう。僕達の気配を捉えたトライホーンベアが、襲い掛かろうとするのは自然だから。
でも僕達の目の前に飛び出して来たのは、巨大なトライホーンベアの死体。
僕は、直ぐに森へ体を向け腰の剣に手を掛け警戒する。この先に、あのトライホーンベアを斃したモノがいる。
ジェスが緊張しつつも、気配を消して一歩足を踏み出そうとした時だった。
「あっ! フローラッ!」
フローラが、森へと駆け出した。
一瞬の事に、出遅れた僕とジェスがあとを追おうとした時だった。僕のよく知る。会いたくて会いたくて仕方がなかった魔力を感じ取った。森の魔力が濃すぎて、探知の範囲が少し狭まっていたのか……
でも、同時に違和感を感じる。
「ユーリッ!」
フローラが愛娘の名を呼ぶ。
やはり母親だからなのか、フローラはスカウトのジェスよりも先にその気配と魔力を感じ取って駆け出していた。
そして、妻のフローラ譲りのプラチナブロンドの愛娘ユーリが、トライホーンベアが飛び出して来た辺りから姿を見せた。
「ユーリッ!!」
「お母さまっ!」
駆け寄ったフローラがユーリを抱きしめて涙を流している。そこに僕も駆け寄り、フローラごとユーリを抱きしめた。
「あれっ、ユ、ユーリ、その右腕は……」
「ああ、お父さまも迎えに来てくれてありがとうありがとうございます。右腕の事も含めて、一杯お話したいけど、ここじゃ落ち着けないわ」
「そ、そうだね。場所を移そう」
抱きしめた感触で、ユーリの右腕が金属のように硬い事に気付いた僕が、それを聞こうとするも、余りに落ち着いた風のユーリに首を傾げながらも、場所を変えようと言われ納得する。ここは大陸で最も危険な森の側なのだから。
◇
マーサおばあちゃんの家を後にして、襲って来る魔物を斃しながら森を東へと歩いていると、会いたくて仕方なかった懐かしい魔力を感じた。
「アレクお父さまとフローラお母さまが迎えに来ているわ。一緒にいるのは、ジェスとマーカスね」
『へぇ。ユーリの父親と母親が自分で来たんだね』
「ここは国境の外になるから、兵を大勢連れてなんて無理だもの。ルミエール伯爵家の最高戦力であるお父さまと、回復と支援のスペシャリストであるお母さまが来るのは、判断としては間違いじゃないのよ」
『ふ~ん。そうなんだね』
知らない人からすれば、伯爵家の当主とその妻が、たった二人の護衛と迎えに来ていると聞くと、自殺志願者かと思うでしょうけど、アレクお父さまとフローラお母さまなら大丈夫。アレクお父さまは、ユースクリフ王国でも最強の部類に入るから。しかもそこにフローラお母さまがいるとなれば、二人で一軍を蹴散らせる戦力になる。
『でも、その手前にまた邪魔者がいるの分かってる?』
「分かってるわよ。もう、面倒ね。これで何度目かしら」
ゴクウが指摘したように、アレクお父さま達がいる場所と、私の間にまた魔物がいる。マーサおばあちゃんの家から崖までは、それ程距離はないのだけれど、あの蛇から始まって、もう何度目かと溜息が出る。
私の魔力制御が上手くいっているからなのか、この森の魔物が私を弱い餌と思って襲ってくる。
大型の魔物から小さな魔物まで、忙しいったらないわ。お陰で、崖までそれ程距離はないのに、時間が掛かってしょうがない。まあ、魔力を抑え、気配を消して氣を周囲に馴染ませれば見つからないんだろうけど、そうすると戦闘訓練にならないしね。
「足元も歩き難いわ。身体強化してなきゃ大変だったかも」
『アガートラムがあるから大丈夫じゃない』
普段、人の入らない森は、原生林と呼ぶに相応しい様相で、七歳の子供の足にはきつい。私もアガートラムと魔力による身体強化がなければ、もっと大変だったと思う。
グゥワァァァァーー!!
「うるさいなぁ」
そんな私の前に現れたのは凄くおっきい熊。勿論、角が三本あるから魔物と分かる。確か、トライホーンベアとマーサおばあちゃんの家に有った魔物図鑑に載ってたと思う。この森でも上位に位置する魔物だった筈。
ズドドォーーンッ!!
当然、相手が襲いかかるのを待っている訳もなく、鋭く踏み込み踏み、中段突きからの肘撃(ちゅうげき) を打ち込む。八極拳の猛虎硬爬山という技だ。漫画などの描写により、単発の技だと勘違いしている人もいるが、突きから入り間合いにより突きや虎爪掌又は肘撃を叩き込む。
「あっ!?」
クマがうるさかったから、つい力んだのが失敗だったのか、アガートラムの右腕が巨人族の腕みたいに大きく変化し、クマっころ……トライホーンベアを吹き飛ばしてしまった。
トライホーンベアの巨体が、森の樹々を薙ぎ倒し吹き飛んだ。魔力の反応から仕留めたのは確認してある。アレクお父さまやフローラお母さまを驚かせちゃったかな。
「凄いよね。身体強化って」
『いや、普通、身体強化でこんな事無理だからね。しかもユーリは七歳だからね。普通、小さな女の子が戦うなら魔法を使おうと思うよ。なに迷わず肉弾戦を選んでるのさ。しかもアガートラムが大きくなってたよね。どういうこと?』
「魔法を撃つより、身体強化して殴ったり蹴ったりする方が、私の好みに合ってるのよ。それにアガートラムが巨大化した理由なんて分かる訳ないじゃない」
どうやら単純に身体強化だけじゃないみたい。どうやら前世で積み重ねた内功が関係しているのかな。
とはいえゴクウは、小さな私が巨大な魔物を相手に肉弾戦をするのが納得いってないみたい。仕方ないじゃない。そこは好みの問題なんだから。
それに半分はアガートラムの所為よ。多分そうに違いないわ。
トライホーンベアが吹き飛んだ跡のお陰で、少し歩きやすくなった森を先に進む。
森を抜けると同時に、駆け寄るのは私と同じ髪色の女性。勿論、私のお母さまだ。
「ユーリッ!」
抱き上げられギュッと強く私を抱き締めるフローラお母さま。
「ユーリッ!」
「お母さま!」
生きているとは分かっていても心配だったと思う。まだ私は七歳の子供なのだから。
そこにアレクお父さまも駆け寄り、フローラお母さまごと私を抱きしめピクリと反応する。金属製の右腕に気付いたのね。
「あれっ、ユ、ユーリ、その右腕は……」
「ああ、お父さまも迎えに来てくれてありがとうありがとうございます。右腕の事も含めて、一杯お話したいけど、ここじゃ落ち着けないわ」
「そ、そうだね。場所を移そう」
流石に、私が前世の記憶を思い出した事を含め、マーサおばあちゃんの家での日々や、アガートラムの事を話すには、ここでは落ち着けないもの。
兎に角、ルミエール伯爵領に戻る事を優先するべきだもの。
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この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
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