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十六話 アンタッチャブル
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ユースクリフ王国の王城。その一室、秘密の部屋で、三人の男が卓を囲んでいた。
「陛下。やはり影は排除されたようです」
「ふぅ……、原因は長女の誘拐か?」
「そのようです。敵国の仕業だと思われますが、どうやら国内の貴族や教会関係者の協力もあったようで」
「はぁ、ルミエール伯爵が怒るのも仕方ないか」
陛下と呼ばれた五十代の男は、勿論この国の王。ジルマール・ユースクリフ。そして報告しているジルマールと同年代の男が、ウィルソン・ランズリット。ランズリット侯爵にして、この国の宰相を務めている。
「父上。王家の影に手を出したルミエール伯爵家を罰せずともよいのですか?」
「それをどう証明するのだ? わざわざ、どこの間諜か調べてから排除せよとでも言うのか?」
「しかし!」
ジルマールに、ルミエール伯爵を処罰するべきだと主張しているのは、王太子であるサミュエル・ユースクリフ。
そのサミュエルの提言に、ジルマールは首を横に振る。それもそうだ。領内に忍び込んだ間諜を、選別しながら排除など現実的ではない。
「殿下落ち着いてくだされ。今回の影に関しては、間違いなく王家に非があるのです」
「そうだ。一言、ルミエール伯爵に領内で滞在し、行動する許可を得ておけばよかった話だ」
「わざわざ確認を取る諜報活動などおかしいではないですか! なんならルミエール伯爵家の強制調査を王命で申し付けては如何か!」
「サミュエル。お前は、ユースクリフ王国を滅ぼしたいのか?」
「なっ!?」
サミュエルが、知りたい事があるのなら、王命で強制調査すればいいと言うと、ジルマールは溜息を吐き、ユースクリフ王国を潰す気かとそれを否定した。
「殿下。ルミエール伯爵家は、国境で他国や魔物からユースクリフ王国を護る、最強の盾であり矛である事はご存知ですな?」
「シルフィード辺境伯をはじめとする四侯爵家があるではないか。ルミエールも伯爵家としては力はあるようだが、いっそ潰してもいいかもしれん」
「はぁ……、お前には教えていたと思っていたが、我の勘違いじゃたか」
ウィルソンが、ルミエール伯爵家が辺境にあり、特別な家だとの認識は持っているかと王太子に問うも、王太子は伯爵家如きいっそ潰してしまえと言い出し、それを聞いたジルマール王は頭を痛いと深い溜息を吐いた。
「よく聞けサミュエル。ルミエール伯爵家の領地は、あの家でなければ治まらん。お前の言うシルフィード辺境伯は、ルミエール伯爵の奥方の実家じゃ。領地も接しているし関係も良好。一方的に王家に味方するのは有り得ん」
「シルフィード辺境伯は、ルミエール伯爵家と親戚でしたか。それより、ルミエール伯爵家でないと治まらないとはどういう意味でしょう?」
「説明してやれ」
シルフィード辺境伯は、アレクサンダーの妻フローラの実家で、尚且つ領地を接しているので、代々協力関係にある。両家とも武門の家系だけあり、長く信頼関係を築いてきた絆は深い。
ただサミュエルは、ジルマール王が言った、ルミエール伯爵家でないと治まらないというのが理解出来なかった。
サミュエルは馬鹿ではない。寧ろ、次代の王に相応しい優秀な男だとジルマール王も思っている。ただこのところ大きな戦争も無く、サミュエルも能力的に内政よりな為、ルミエール伯爵家を辺境の田舎貴族だろうと、その程度の認識だった。
それに加え、サミュエルは現ルミエール伯爵家当主であるアレクサンダーに対して、強い憧れを持っていた。それも学園生だった頃から。
アレクサンダーは、学園に入学した十二歳の時点で、同級生はおろか上級生の誰よりも強かった。それも比べるのも烏滸がましい程、段違いに。
サミュエルは、そのアレクサンダーの武に憧れた。そして憧れと嫉妬は裏返しだ。その時からサミュエルは、自身のプライドを保つ為に、アレクサンダーを視界に入れないようにしたのだ。
だからサミュエルは、ルミエール伯爵家が武門の家系という以外、それ程詳しくはない。数多い貴族家を全て憶えておくなど大太子には必要ではないのだから。
ただ、この場合、ルミエール伯爵家だけは、その特異性だけにサミュエルは王太子として、しっかりと把握しておくべきだった。
「殿下。ルミエール伯爵領は、他国と国境を接しているのはご存じの通り。シルフィード辺境伯と比べると、接する距離は短いので、国内貴族も知らない者も居るでしょうが、大軍が進軍するなら地形的に、先ずルミエール伯爵領なのです」
「そ、そうなのか」
国境線を長く他国と接するのはシルフィード辺境伯家だが、その国境を超えた他国と接する土地は、そのほとんどを湿原が占めるので、大軍で侵攻する場合、選択肢として選ばれるのはルミエール伯爵家の方だった。湿原を大軍で進軍など現実的ではないからだ。
シルフィード辺境伯領の南西部は、湿原もなく他国と接しているが、そこはユースクリフ王国とは同盟国なので問題にはならない。
「それに加え、ルミエール伯爵領の近くには、あの不帰の森があります。あの強力な魔物が跳梁跋扈する魔力溜まりのような場所です。そもそもルミエール伯爵領自体も魔力は濃い土地なのでしょう。あの森の影響もあるかもしれませんね。結果的に、ルミエール伯爵領には、他領とは比べ物にならない強力な魔物が棲息しています。私なら、あのような魔境には暮らしたくありませんが、驚く事に、あの領ではルミエール伯爵以下、下々の民に至るまで、それを平気で受け入れ生きているのです」
「…………」
ウィルソンが、説明する魔境の如きルミエール伯爵領。アレクサンダーの強さも納得というものだ。強力な魔物がいない王都付近で、政争に明け暮れている貴族とは、その在り方そのものが違う。
「ルミエール伯爵家の執事や侍女をご存知ですか?」
「その言い方だと実力者なのだろうな。だが、王家の侍女や執事も戦闘訓練は受けているだろう。何かあれば、主人の盾となるのは同じではないのか?」
「それが大きな間違いです。あの家の執事や侍女とやり合おうとするなら、近衛の精鋭を全て投入したとして、はたしてどの程度時間が稼げるか」
「なっ!」
実際、セドリックやカサンドラ、ユノスなら近衛騎士団の大隊規模でも無双するだろう。ルミエール伯爵家の異常性が分かる。
「そもそも先代の常勝将軍とユースクリフ最高の魔導士殿が健在なのですよ。それだけでも、あの家と争いたい者はいないのでは?」
「雷帝と賢者殿か」
ルミエール伯爵家の先代、ガドウィン・ルミエール。アレクサンダーの父で、常勝将軍と呼ばれ、雷帝の二つ名を持つ。年齢も五十代で、寿命の長いルミエール家とすれば、まだまだ十年は楽に現役で働けるだろう。
その妻であり、先代のルミエール伯爵夫人が、サーシャ・ルミエール。
火属性、風属性、水属性の三属性を操る、いまだにユースクリフ王国最高の魔導士。賢者に最も近い者と言われている。
「殿下、知っていますか?」
「な、なんだ?」
「ルミエール伯爵領では、領民にも平等に教育を施し、定期的に戦闘訓練も行っているのです」
「……」
王都やその周辺の領地に比べると、魔境のような土地だからというのもあるのだろうが、大袈裟じゃなく、ルミエール伯爵領の住民全てが兵士と言えなくもないのだ。
勿論、小さな子供は数には入っていない。
「殿下もご存知だと思いますが、ユースクリフ王国の各地の学園が集う武闘大会」
「ああ、そうであったな」
ウィルソンから、二年おきに開催される、学園対抗武闘大会の話を出されると、サミュエルも思い出した。
「私達の代は、アレクサンダー一人無敗だったが、他はルミエール伯爵領とシルフィード辺境伯領で占められたな」
「はい。それは、今も変わりません」
ルミエール伯爵家やシルフィード辺境伯家の嫡男は、慣例的に王都の学園に通うので、そのタイミングだけは一矢報えるのだが、見方を変えれば、ルミエール家やシルフィード家同士が戦っているのだ。それ以外は、王立学園は負け続けている。
「ああ、ボロ負けと言うのも恥ずかしい差を自覚させられる」
「ええ。私の頃からですから。仕方ありませんよ」
「ウィルソンの時もか」
「サミュエルよ。吾もボロボロに負けたのだ。生きる環境が違うのだろうな」
「なっ、父上もですか」
「学園対抗武闘大会は、王家も平民も関係ないからな」
「……そうでしたね」
王都の王立学園の生徒は、貴族の子息子女が大部分を占めるが、ルミエール伯爵領や他の辺境の学園は平民の生徒も多い。特にルミエール伯爵領は、平民も学費無料で受け入れているので、生徒数も多く自然と平民の割合も多い。
「ルミエール伯爵領の兵数は、危険な辺境だけに伯爵家としては多いが、あの家は数ではないのですよ。学園では、戦さは数と教えられるのですが、例外は存在するのですな」
「……もしや、軍を派遣しても討てぬのか?」
「まぁ、有り得ませんが、国内全ての貴族家が力を合わせて事に当たったとしても、難しいでしょうな。そんな事をすれば、少数の精鋭を王城に送られて終わりです。我々に止める術はありません。近衛騎士団など、その程度とお考えください」
「確かに、アレクサンダー、あれは無理だな。勝てる気がしない」
ルミエール伯爵領では、兵士だけでなく領民までもが、最低でも並み以上の兵士となるのだ。侵攻する側からすれば悪夢でしかない。
戦争に略奪は付きものだが、村を襲った兵士が返り討ちにあっては、進軍もままならない。
そこにきてアレクサンダーだ。剣聖と呼ばれる理不尽の塊。
「分かって頂けたようですな。そのルミエール伯爵家を怒らせるなど愚の骨頂。今回の影の件は、我らの失態でした」
「という事じゃ。誘拐騒ぎが起こった時点で、影を引き揚げさせるべきだったのだ。もしくは、ルミエールの影に繋ぎを取り、協力を申し込むべきじゃった。ルミエール伯爵家が、領内のネズミ狩りを始める前にな」
「納得しました。しかし、よくルミエール伯爵家は、我が王家の臣下に収まっていますね。その気になれば、玉座も思いのままでしょうに」
「そんな面倒な事を、あの家が望むなどあり得ぬよ」
サミュエルは、やっと触れてはならないアンタッチャブルが存在する事を知った。いや、知ってはいたが、目を逸らしていたのだろう。
ただ、それだけの強過ぎる力を持つのなら、王家に取って代わるのも簡単なのではとサミュエルが言うと、ジルマール王はあり得ないと切ってすてる。まるで玉座が面倒ごとのような言い方だ。
「面倒って……確かに、面倒と言われると否定は出来ませんね」
「そうじゃろう。王の権威など、如何程のものか。国の運営もやり甲斐はあるが、苦しみの方がずっと多いものだ。辺境で自由に生きるあの家が、自ら望む筈もない」
「そうですな。あの家が立つ時は、王家が致命的な間違いを犯した時でしょう。それでも誰かを御輿として担ぎ上げるでしょうしね」
ジルマール王や王太子であるサミュエルは、王家の権威が絶対のものなどと思っていない。中央の政治は、派閥の力学の元動く。国王だとて、強権を振るえば、当たり前のように反発される。国内だけでも面倒なのに、外交となるともっと面倒だらけだ。国の運営など面倒でしかないというのは、ジルマール王やサミュエル王太子、ウィルソン宰相だからこそ分かるのだった。
「サミュエルよ。ルミエール伯爵家は、逆鱗に触れねば問題ないのだ。そうすれば、敵国からは強力な抑止力であり続ける」
「分かりました。決して間違えぬよう心に刻みます」
これは代々王家に伝えられる不文律。
しかしジルマール王やサミュエル王太子、ウィルソン宰相は考えもしないだろう。小さな武神の影響で、現在進行形でルミエール伯爵領が強化され続けている事を……
そして、超特大の理不尽の塊が爆誕したのを知った時……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
「陛下。やはり影は排除されたようです」
「ふぅ……、原因は長女の誘拐か?」
「そのようです。敵国の仕業だと思われますが、どうやら国内の貴族や教会関係者の協力もあったようで」
「はぁ、ルミエール伯爵が怒るのも仕方ないか」
陛下と呼ばれた五十代の男は、勿論この国の王。ジルマール・ユースクリフ。そして報告しているジルマールと同年代の男が、ウィルソン・ランズリット。ランズリット侯爵にして、この国の宰相を務めている。
「父上。王家の影に手を出したルミエール伯爵家を罰せずともよいのですか?」
「それをどう証明するのだ? わざわざ、どこの間諜か調べてから排除せよとでも言うのか?」
「しかし!」
ジルマールに、ルミエール伯爵を処罰するべきだと主張しているのは、王太子であるサミュエル・ユースクリフ。
そのサミュエルの提言に、ジルマールは首を横に振る。それもそうだ。領内に忍び込んだ間諜を、選別しながら排除など現実的ではない。
「殿下落ち着いてくだされ。今回の影に関しては、間違いなく王家に非があるのです」
「そうだ。一言、ルミエール伯爵に領内で滞在し、行動する許可を得ておけばよかった話だ」
「わざわざ確認を取る諜報活動などおかしいではないですか! なんならルミエール伯爵家の強制調査を王命で申し付けては如何か!」
「サミュエル。お前は、ユースクリフ王国を滅ぼしたいのか?」
「なっ!?」
サミュエルが、知りたい事があるのなら、王命で強制調査すればいいと言うと、ジルマールは溜息を吐き、ユースクリフ王国を潰す気かとそれを否定した。
「殿下。ルミエール伯爵家は、国境で他国や魔物からユースクリフ王国を護る、最強の盾であり矛である事はご存知ですな?」
「シルフィード辺境伯をはじめとする四侯爵家があるではないか。ルミエールも伯爵家としては力はあるようだが、いっそ潰してもいいかもしれん」
「はぁ……、お前には教えていたと思っていたが、我の勘違いじゃたか」
ウィルソンが、ルミエール伯爵家が辺境にあり、特別な家だとの認識は持っているかと王太子に問うも、王太子は伯爵家如きいっそ潰してしまえと言い出し、それを聞いたジルマール王は頭を痛いと深い溜息を吐いた。
「よく聞けサミュエル。ルミエール伯爵家の領地は、あの家でなければ治まらん。お前の言うシルフィード辺境伯は、ルミエール伯爵の奥方の実家じゃ。領地も接しているし関係も良好。一方的に王家に味方するのは有り得ん」
「シルフィード辺境伯は、ルミエール伯爵家と親戚でしたか。それより、ルミエール伯爵家でないと治まらないとはどういう意味でしょう?」
「説明してやれ」
シルフィード辺境伯は、アレクサンダーの妻フローラの実家で、尚且つ領地を接しているので、代々協力関係にある。両家とも武門の家系だけあり、長く信頼関係を築いてきた絆は深い。
ただサミュエルは、ジルマール王が言った、ルミエール伯爵家でないと治まらないというのが理解出来なかった。
サミュエルは馬鹿ではない。寧ろ、次代の王に相応しい優秀な男だとジルマール王も思っている。ただこのところ大きな戦争も無く、サミュエルも能力的に内政よりな為、ルミエール伯爵家を辺境の田舎貴族だろうと、その程度の認識だった。
それに加え、サミュエルは現ルミエール伯爵家当主であるアレクサンダーに対して、強い憧れを持っていた。それも学園生だった頃から。
アレクサンダーは、学園に入学した十二歳の時点で、同級生はおろか上級生の誰よりも強かった。それも比べるのも烏滸がましい程、段違いに。
サミュエルは、そのアレクサンダーの武に憧れた。そして憧れと嫉妬は裏返しだ。その時からサミュエルは、自身のプライドを保つ為に、アレクサンダーを視界に入れないようにしたのだ。
だからサミュエルは、ルミエール伯爵家が武門の家系という以外、それ程詳しくはない。数多い貴族家を全て憶えておくなど大太子には必要ではないのだから。
ただ、この場合、ルミエール伯爵家だけは、その特異性だけにサミュエルは王太子として、しっかりと把握しておくべきだった。
「殿下。ルミエール伯爵領は、他国と国境を接しているのはご存じの通り。シルフィード辺境伯と比べると、接する距離は短いので、国内貴族も知らない者も居るでしょうが、大軍が進軍するなら地形的に、先ずルミエール伯爵領なのです」
「そ、そうなのか」
国境線を長く他国と接するのはシルフィード辺境伯家だが、その国境を超えた他国と接する土地は、そのほとんどを湿原が占めるので、大軍で侵攻する場合、選択肢として選ばれるのはルミエール伯爵家の方だった。湿原を大軍で進軍など現実的ではないからだ。
シルフィード辺境伯領の南西部は、湿原もなく他国と接しているが、そこはユースクリフ王国とは同盟国なので問題にはならない。
「それに加え、ルミエール伯爵領の近くには、あの不帰の森があります。あの強力な魔物が跳梁跋扈する魔力溜まりのような場所です。そもそもルミエール伯爵領自体も魔力は濃い土地なのでしょう。あの森の影響もあるかもしれませんね。結果的に、ルミエール伯爵領には、他領とは比べ物にならない強力な魔物が棲息しています。私なら、あのような魔境には暮らしたくありませんが、驚く事に、あの領ではルミエール伯爵以下、下々の民に至るまで、それを平気で受け入れ生きているのです」
「…………」
ウィルソンが、説明する魔境の如きルミエール伯爵領。アレクサンダーの強さも納得というものだ。強力な魔物がいない王都付近で、政争に明け暮れている貴族とは、その在り方そのものが違う。
「ルミエール伯爵家の執事や侍女をご存知ですか?」
「その言い方だと実力者なのだろうな。だが、王家の侍女や執事も戦闘訓練は受けているだろう。何かあれば、主人の盾となるのは同じではないのか?」
「それが大きな間違いです。あの家の執事や侍女とやり合おうとするなら、近衛の精鋭を全て投入したとして、はたしてどの程度時間が稼げるか」
「なっ!」
実際、セドリックやカサンドラ、ユノスなら近衛騎士団の大隊規模でも無双するだろう。ルミエール伯爵家の異常性が分かる。
「そもそも先代の常勝将軍とユースクリフ最高の魔導士殿が健在なのですよ。それだけでも、あの家と争いたい者はいないのでは?」
「雷帝と賢者殿か」
ルミエール伯爵家の先代、ガドウィン・ルミエール。アレクサンダーの父で、常勝将軍と呼ばれ、雷帝の二つ名を持つ。年齢も五十代で、寿命の長いルミエール家とすれば、まだまだ十年は楽に現役で働けるだろう。
その妻であり、先代のルミエール伯爵夫人が、サーシャ・ルミエール。
火属性、風属性、水属性の三属性を操る、いまだにユースクリフ王国最高の魔導士。賢者に最も近い者と言われている。
「殿下、知っていますか?」
「な、なんだ?」
「ルミエール伯爵領では、領民にも平等に教育を施し、定期的に戦闘訓練も行っているのです」
「……」
王都やその周辺の領地に比べると、魔境のような土地だからというのもあるのだろうが、大袈裟じゃなく、ルミエール伯爵領の住民全てが兵士と言えなくもないのだ。
勿論、小さな子供は数には入っていない。
「殿下もご存知だと思いますが、ユースクリフ王国の各地の学園が集う武闘大会」
「ああ、そうであったな」
ウィルソンから、二年おきに開催される、学園対抗武闘大会の話を出されると、サミュエルも思い出した。
「私達の代は、アレクサンダー一人無敗だったが、他はルミエール伯爵領とシルフィード辺境伯領で占められたな」
「はい。それは、今も変わりません」
ルミエール伯爵家やシルフィード辺境伯家の嫡男は、慣例的に王都の学園に通うので、そのタイミングだけは一矢報えるのだが、見方を変えれば、ルミエール家やシルフィード家同士が戦っているのだ。それ以外は、王立学園は負け続けている。
「ああ、ボロ負けと言うのも恥ずかしい差を自覚させられる」
「ええ。私の頃からですから。仕方ありませんよ」
「ウィルソンの時もか」
「サミュエルよ。吾もボロボロに負けたのだ。生きる環境が違うのだろうな」
「なっ、父上もですか」
「学園対抗武闘大会は、王家も平民も関係ないからな」
「……そうでしたね」
王都の王立学園の生徒は、貴族の子息子女が大部分を占めるが、ルミエール伯爵領や他の辺境の学園は平民の生徒も多い。特にルミエール伯爵領は、平民も学費無料で受け入れているので、生徒数も多く自然と平民の割合も多い。
「ルミエール伯爵領の兵数は、危険な辺境だけに伯爵家としては多いが、あの家は数ではないのですよ。学園では、戦さは数と教えられるのですが、例外は存在するのですな」
「……もしや、軍を派遣しても討てぬのか?」
「まぁ、有り得ませんが、国内全ての貴族家が力を合わせて事に当たったとしても、難しいでしょうな。そんな事をすれば、少数の精鋭を王城に送られて終わりです。我々に止める術はありません。近衛騎士団など、その程度とお考えください」
「確かに、アレクサンダー、あれは無理だな。勝てる気がしない」
ルミエール伯爵領では、兵士だけでなく領民までもが、最低でも並み以上の兵士となるのだ。侵攻する側からすれば悪夢でしかない。
戦争に略奪は付きものだが、村を襲った兵士が返り討ちにあっては、進軍もままならない。
そこにきてアレクサンダーだ。剣聖と呼ばれる理不尽の塊。
「分かって頂けたようですな。そのルミエール伯爵家を怒らせるなど愚の骨頂。今回の影の件は、我らの失態でした」
「という事じゃ。誘拐騒ぎが起こった時点で、影を引き揚げさせるべきだったのだ。もしくは、ルミエールの影に繋ぎを取り、協力を申し込むべきじゃった。ルミエール伯爵家が、領内のネズミ狩りを始める前にな」
「納得しました。しかし、よくルミエール伯爵家は、我が王家の臣下に収まっていますね。その気になれば、玉座も思いのままでしょうに」
「そんな面倒な事を、あの家が望むなどあり得ぬよ」
サミュエルは、やっと触れてはならないアンタッチャブルが存在する事を知った。いや、知ってはいたが、目を逸らしていたのだろう。
ただ、それだけの強過ぎる力を持つのなら、王家に取って代わるのも簡単なのではとサミュエルが言うと、ジルマール王はあり得ないと切ってすてる。まるで玉座が面倒ごとのような言い方だ。
「面倒って……確かに、面倒と言われると否定は出来ませんね」
「そうじゃろう。王の権威など、如何程のものか。国の運営もやり甲斐はあるが、苦しみの方がずっと多いものだ。辺境で自由に生きるあの家が、自ら望む筈もない」
「そうですな。あの家が立つ時は、王家が致命的な間違いを犯した時でしょう。それでも誰かを御輿として担ぎ上げるでしょうしね」
ジルマール王や王太子であるサミュエルは、王家の権威が絶対のものなどと思っていない。中央の政治は、派閥の力学の元動く。国王だとて、強権を振るえば、当たり前のように反発される。国内だけでも面倒なのに、外交となるともっと面倒だらけだ。国の運営など面倒でしかないというのは、ジルマール王やサミュエル王太子、ウィルソン宰相だからこそ分かるのだった。
「サミュエルよ。ルミエール伯爵家は、逆鱗に触れねば問題ないのだ。そうすれば、敵国からは強力な抑止力であり続ける」
「分かりました。決して間違えぬよう心に刻みます」
これは代々王家に伝えられる不文律。
しかしジルマール王やサミュエル王太子、ウィルソン宰相は考えもしないだろう。小さな武神の影響で、現在進行形でルミエール伯爵領が強化され続けている事を……
そして、超特大の理不尽の塊が爆誕したのを知った時……
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この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
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