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十七話 潜む悪意
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ユースクリフ王国の王城とは別の場所でも、ユーリ誘拐からルミエール伯爵領の大掃除に神経を尖らせる者達がいた。
ユースクリフ王国王都に在る荘厳な建物。この世界で最もメジャーな宗教組織ユ・ルシア教の教会の一室。豪華絢爛な調度品に囲まれ、その身に贅を尽くした法衣を纏うのは、ユ・ルシア教に四人居る枢機卿のうちの一人。バーウン枢機卿。
その部屋に入って来て報告をするのは、バーウン枢機卿の手足となり働くムスレラ司祭。
「バーウン様。手の者からの連絡が途絶えました」
「ムスレラ司祭。それは教会外の草の事ですか?」
「いえ、内外両方です」
「……あの野蛮人の罰当たりが! ……しかし、ルミエールの名は伊達ではないという事ですか」
ムスレラ司祭の報告は、ルミエール伯爵領に潜ませた、教会の間諜が連絡を絶ったというものだった。それに対しバーウン枢機卿は、街中に潜ませた草の事かと聞くと、ムスレラ司祭はその両方だと言う。一瞬、愕然とし激昂するバーウン枢機卿だが、直ぐに気持ちを立て直す。
それに対しムスレラ司祭の表情には怯えがあった。
「何の証拠も目撃者も無く、我らの手の者は消えたそうです」
「ルミエールの小娘一人手に入れる事で、全てを手にする筈でしたが、信頼できぬ者に実行させたのは失敗でしたね。小娘は生還し、ルミエールから我らの目や耳が失われた」
「鴉を動かしますか?」
「……いや、他の枢機卿に足元を掬われるまねはなるべく避けたい。それに、無駄に手駒を減らすだけだ」
バーウンは、ルミエール伯爵領を監視する眼や耳が失われた事で、悔しそうな表情を見せた。そのバーウンにムスレラは、鴉の派遣を提案するも、バーウンは少し考え首を横に振る。
鴉とは、ユ・ルシア教の長い歴史の中で誕生した非合法組織。極一部の人間しか知らされていない、汚れ仕事専門の機関。天罰と称して、邪魔者を消したり、高利貸し、人身売買などなど、表に出せない仕事を担う組織だ。
ただ、鴉はバーウン枢機卿個人の持つ組織ではない為、下手に扱うと他の枢機卿からの攻撃材料になりかねない。しかもルミエール伯爵家が相手では、鴉など何の役にもならないだろう。
「やはりルミエールには手を出すべきじゃなかったのでは?」
「今考えると、その通りだな。どうせ女神様の髪色とはいえ、私の手には入らなかったのだからな。何も無いのと同じだ」
バーウンは、ユーリをユースクリフ王国と敵対しているローデシア王国に売るつもりだった。女神様と同じ髪色というのは、この世界ではそれだけ価値がある。
ローデシア王国は、ユースクリフ王国の西側。当初の予定ではユーリを誘拐し、一旦北へと国境を越え、その後不帰の森を大きく迂回して、ローデシア王国に運ぶ手筈だった。
それが魔物の襲撃により、崖から馬車が不帰の森へと落下するというアクシデントにみまわれる。
そのアクシデントにより運び屋は命を落としたのだが、驚くべきなのはユーリ自身は帰還を果たした事だ。
「ローデシア王国側の教会にも恩を売る機会でしたのに。残念です」
「まったくだ。お陰で大赤字だ。女神様の髪色というのは奇跡でも起こすのかと疑ってしまいそうになる」
聖属性の使い手は、教会としては喉から手が出る程欲しいのだが、流石に有力貴族の娘を教会が攫って利用するのはリスクが大き過ぎた。
仕方なくローデシア王国側に売り付ける事にしたのだ。ローデシア王国は、聖属性の魔法使いを手にし、バーウンは大金を得ると同時に、ローデシア王国に在る教会への影響力を強める筈だった。
結果はと言うと、誘拐の実行犯に対する前金として報酬の半金。運び屋への報酬。そして、鴉を口封じの為に動かしたのでその費用。大赤字だ。まぁ、バーウンの懐が痛む訳ではない。教会のお布施を横領して支出しているのだから。
「暫くは、ルミエール伯爵領の教会から、それとなく情報を仕入れるしかありませんね」
「ああ、それも簡単ではないがな」
間諜の類いが排除されたとはいえ、ルミエール伯爵領にも、ユ・ルシア教の教会は大小合わせると数は多い。そこを運営する教会関係者に、それとなく自然に話を聞き出すのは、面倒だし簡単ではない。
特に、何故かルミエール伯爵領の神官達は、ルミエール家に非常に好意的かつ協力的で、中央の枢機卿と言えども強権を振るうと、忌々しい事に公然と反発してくる始末。バーウンの影響力はほぼ無いと言っていい。
「ともかく、今は大人しくしておくか。どうせ、ルミエール伯爵家は引き篭もりだ。それに誘拐された小娘が十二歳になれば、王都の学園に入学するだろう。その時にもう一度狙えばいい」
「では、ルミエール伯爵領の周辺の領地に人を増やしておきます」
「そうだな。そうしておけ」
バーウンとムスレラは、ユーリが当然王都の学園に入学するものとして話しているが、実際にはユーリに、そんな気は一ミリもないなど思いもしない。少し調べれば、ルミエール家の嫡男以外は領内の学園に通っているのは分かるのだが、ある程度の貴族の子息子女なら王都の学園に通って当然という思い込みが判断を狂わせる。
バーウンとムスレラは、自分達の勘違いを五年後に知る事になる。
◇
ユースクリフ王国の西側に位置する、ローデシア王国の王都。その王城でも同様の話題が上がっていた。
金色の髪の毛の色が淡くなり、頭頂部が薄い六十代の男。とてもじゃないが、剣など振れそうにない体型をしたこの男、このローデシア王国の国王であるバーンズ・ローデシアだ。
「なまぐさ坊主の言う事もあてにならんな」
「しかし陛下、ルミエール伯爵家に嫌がらせにはなったのでは?」
聖属性の魔法の使い手と人質。その二つを兼ねた娘を手にする予定が、結果は散々なものだ。なまぐさ坊主=バーウン枢機卿に対して愚痴るバーンズ王を慰めるのは、宰相のヒューボス・マルムシア。
「ルミエール伯爵領内に潜ませた、我が国の間諜が全滅した事を考えれば、嫌がらせ程度では割に合わんわ!」
「まあまあ陛下。今ルミエール家に、我らの動きを勘付かせるのも不味いですから。今回は、ルミエールの小娘に傷を付けただけで良しとしましょう」
ローデシア王国からの間諜が全滅した事に、とてもじゃないが収支が合わないと嘆くバーンズ王を、まあまあと諌めるのは、ビーステッド・ボウウン。ローデシア王国の将軍だ。
ビーステッド将軍は、軍人だけありルミエール伯爵家の怖さを嫌というほど知っていた。決して正面きって喧嘩を売っていい相手ではないと分かっている。
「ビーステッドよ。お前が、ルミエール家の当主を抑えてくれるのなら、直ぐにでも侵攻するのだがな」
「陛下、無茶を言わないでください。あの様な理不尽の塊に挑むなど自殺と変わりませんぞ。しかもルミエール伯爵家の先代夫妻も健在なのです」
「我が国の将軍が弱気な事を」
「宰相殿もご存知でしょう。彼の地が異常な事を」
バーンズ王が、ビーステッド将軍がアレクサンダーを抑える事が出来るなら、迷わずユースクリフ王国へと侵攻を開始するのにと言うが、ビーステッド将軍としては無茶振りでしかない。それを訴えると宰相からは弱気なと言われるも、バーンズ王もヒューボス宰相も分かっている。ルミエール伯爵領が異常なのだと。
長い時間と手間を掛けて、ルミエール伯爵領に草や間諜を潜り込ませていたのだ。ルミエール伯爵家が、兵にどの様な訓練を施しているのか探っていた。
当然、ローデシア王国の兵士に取り入れ、ルミエール伯爵家との力の差を少しでも無くす為に。
結果的には、それが叶う事はなかった。
「回復魔法使いを、我が国へというのは間違いなかったのですが……」
「我が国も、水魔法使いでも構わぬから、回復魔法使いを増やすべきですな」
「いや、無理だろう。鍛錬に耐えきれず皆んな辞めてしまうわ」
ビーステッド将軍が、ユーリの誘拐自体は間違っていなかったと言う。ヒューボス宰相も、回復魔法使いを増やすのは賛成だ。ただ、バーンズ王は、そもそもボロボロになっては回復魔法で復活し、またボロボロになるまで鍛錬するルミエール伯爵家流の訓練など、ローデシア王国では無理だと言う。
「まあ、強者と切磋琢磨する事で、全体のレベルは上がっていきますからな」
「それに、あの魔力の濃い土地で暮らす修羅共と、普通の土地に暮らす人間を同じにはできません」
ビーステッド将軍が言うように、圧倒的な強者であるアレクサンダー。騎士団長のガーランド以下、一騎当千の精鋭達。そんな者達と訓練すれば、自然とレベルは上がるだろう。それをルミエール伯爵家は、代々積み重ねてきたのだ。
ヒューボス宰相の言うルミエール伯爵領の土地柄も、当然原因の一つだとローデシア王国も考えている。ローデシア王国なら街の一つや二つ全滅するような、強力な魔物が多く棲み、それを当たり前の様に狩って生きる修羅の地。それがローデシア王国、いや、ユースクリフ王国や他の周辺国も含めた認識だった。
しかも、今はフローラという優れた聖属性魔法の使い手がいる。嬉々として訓練に励むルミエール伯爵家の兵士を含めた使用人達を、ローデシア王国の間諜達が、ドン引きして報告している。そう、ルミエール家は、使用人までが強い。
「仕方ないのう。暫くは、ルミエール伯爵領とシルフィード辺境伯領に、いつもの嫌がらせをするくらいか」
「もう少し大規模に出来ないか、考えてみます」
「うむ。頼んだぞ」
バーンズ王が言う嫌がらせとは、ローデシア王国とルミエール伯爵領との間に在る森。そこを軍で荒らし、魔物をルミエール伯爵領側へと誘導する事だ。
因みに、ローデシア王国とルミエール伯爵領との間に在る森は、ローデシア王国基準で魔力の濃い地で魔物も強く、その為ローデシア王国も領有を主張できない地だ。
ローデシア王国が、ユースクリフ王国に侵攻する場合、その森の北にある荒野を使うしかない。その荒野の向こうは、当然ルミエール伯爵領だ。では、森の南はと言うとシルフィード辺境伯領に繋がる湿地帯になる。嫌がらせ行為となると、やる事は限られてくるのだ。
そこで森を荒らし、人為的にスタンピードを引き起こす事が目的なのだが、それによりルミエール伯爵領が被害を受ける事は少ない。ルミエール伯爵家にとっては、スタンピードなど突発的な実戦訓練扱いだからだ。
ローデシア王バーンズは、己達が決定的なミスを犯した事を知らない。そして知る機会もないだろう。誘拐という愚挙の結果、ユーリに前世の記憶が蘇り、アガートラムを得て、アレクサンダー以上の特大の理不尽を生み出した事を……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
12月中頃には、お近くの書店に並ぶと思いますので手に取って頂ければ幸いです。
ユースクリフ王国王都に在る荘厳な建物。この世界で最もメジャーな宗教組織ユ・ルシア教の教会の一室。豪華絢爛な調度品に囲まれ、その身に贅を尽くした法衣を纏うのは、ユ・ルシア教に四人居る枢機卿のうちの一人。バーウン枢機卿。
その部屋に入って来て報告をするのは、バーウン枢機卿の手足となり働くムスレラ司祭。
「バーウン様。手の者からの連絡が途絶えました」
「ムスレラ司祭。それは教会外の草の事ですか?」
「いえ、内外両方です」
「……あの野蛮人の罰当たりが! ……しかし、ルミエールの名は伊達ではないという事ですか」
ムスレラ司祭の報告は、ルミエール伯爵領に潜ませた、教会の間諜が連絡を絶ったというものだった。それに対しバーウン枢機卿は、街中に潜ませた草の事かと聞くと、ムスレラ司祭はその両方だと言う。一瞬、愕然とし激昂するバーウン枢機卿だが、直ぐに気持ちを立て直す。
それに対しムスレラ司祭の表情には怯えがあった。
「何の証拠も目撃者も無く、我らの手の者は消えたそうです」
「ルミエールの小娘一人手に入れる事で、全てを手にする筈でしたが、信頼できぬ者に実行させたのは失敗でしたね。小娘は生還し、ルミエールから我らの目や耳が失われた」
「鴉を動かしますか?」
「……いや、他の枢機卿に足元を掬われるまねはなるべく避けたい。それに、無駄に手駒を減らすだけだ」
バーウンは、ルミエール伯爵領を監視する眼や耳が失われた事で、悔しそうな表情を見せた。そのバーウンにムスレラは、鴉の派遣を提案するも、バーウンは少し考え首を横に振る。
鴉とは、ユ・ルシア教の長い歴史の中で誕生した非合法組織。極一部の人間しか知らされていない、汚れ仕事専門の機関。天罰と称して、邪魔者を消したり、高利貸し、人身売買などなど、表に出せない仕事を担う組織だ。
ただ、鴉はバーウン枢機卿個人の持つ組織ではない為、下手に扱うと他の枢機卿からの攻撃材料になりかねない。しかもルミエール伯爵家が相手では、鴉など何の役にもならないだろう。
「やはりルミエールには手を出すべきじゃなかったのでは?」
「今考えると、その通りだな。どうせ女神様の髪色とはいえ、私の手には入らなかったのだからな。何も無いのと同じだ」
バーウンは、ユーリをユースクリフ王国と敵対しているローデシア王国に売るつもりだった。女神様と同じ髪色というのは、この世界ではそれだけ価値がある。
ローデシア王国は、ユースクリフ王国の西側。当初の予定ではユーリを誘拐し、一旦北へと国境を越え、その後不帰の森を大きく迂回して、ローデシア王国に運ぶ手筈だった。
それが魔物の襲撃により、崖から馬車が不帰の森へと落下するというアクシデントにみまわれる。
そのアクシデントにより運び屋は命を落としたのだが、驚くべきなのはユーリ自身は帰還を果たした事だ。
「ローデシア王国側の教会にも恩を売る機会でしたのに。残念です」
「まったくだ。お陰で大赤字だ。女神様の髪色というのは奇跡でも起こすのかと疑ってしまいそうになる」
聖属性の使い手は、教会としては喉から手が出る程欲しいのだが、流石に有力貴族の娘を教会が攫って利用するのはリスクが大き過ぎた。
仕方なくローデシア王国側に売り付ける事にしたのだ。ローデシア王国は、聖属性の魔法使いを手にし、バーウンは大金を得ると同時に、ローデシア王国に在る教会への影響力を強める筈だった。
結果はと言うと、誘拐の実行犯に対する前金として報酬の半金。運び屋への報酬。そして、鴉を口封じの為に動かしたのでその費用。大赤字だ。まぁ、バーウンの懐が痛む訳ではない。教会のお布施を横領して支出しているのだから。
「暫くは、ルミエール伯爵領の教会から、それとなく情報を仕入れるしかありませんね」
「ああ、それも簡単ではないがな」
間諜の類いが排除されたとはいえ、ルミエール伯爵領にも、ユ・ルシア教の教会は大小合わせると数は多い。そこを運営する教会関係者に、それとなく自然に話を聞き出すのは、面倒だし簡単ではない。
特に、何故かルミエール伯爵領の神官達は、ルミエール家に非常に好意的かつ協力的で、中央の枢機卿と言えども強権を振るうと、忌々しい事に公然と反発してくる始末。バーウンの影響力はほぼ無いと言っていい。
「ともかく、今は大人しくしておくか。どうせ、ルミエール伯爵家は引き篭もりだ。それに誘拐された小娘が十二歳になれば、王都の学園に入学するだろう。その時にもう一度狙えばいい」
「では、ルミエール伯爵領の周辺の領地に人を増やしておきます」
「そうだな。そうしておけ」
バーウンとムスレラは、ユーリが当然王都の学園に入学するものとして話しているが、実際にはユーリに、そんな気は一ミリもないなど思いもしない。少し調べれば、ルミエール家の嫡男以外は領内の学園に通っているのは分かるのだが、ある程度の貴族の子息子女なら王都の学園に通って当然という思い込みが判断を狂わせる。
バーウンとムスレラは、自分達の勘違いを五年後に知る事になる。
◇
ユースクリフ王国の西側に位置する、ローデシア王国の王都。その王城でも同様の話題が上がっていた。
金色の髪の毛の色が淡くなり、頭頂部が薄い六十代の男。とてもじゃないが、剣など振れそうにない体型をしたこの男、このローデシア王国の国王であるバーンズ・ローデシアだ。
「なまぐさ坊主の言う事もあてにならんな」
「しかし陛下、ルミエール伯爵家に嫌がらせにはなったのでは?」
聖属性の魔法の使い手と人質。その二つを兼ねた娘を手にする予定が、結果は散々なものだ。なまぐさ坊主=バーウン枢機卿に対して愚痴るバーンズ王を慰めるのは、宰相のヒューボス・マルムシア。
「ルミエール伯爵領内に潜ませた、我が国の間諜が全滅した事を考えれば、嫌がらせ程度では割に合わんわ!」
「まあまあ陛下。今ルミエール家に、我らの動きを勘付かせるのも不味いですから。今回は、ルミエールの小娘に傷を付けただけで良しとしましょう」
ローデシア王国からの間諜が全滅した事に、とてもじゃないが収支が合わないと嘆くバーンズ王を、まあまあと諌めるのは、ビーステッド・ボウウン。ローデシア王国の将軍だ。
ビーステッド将軍は、軍人だけありルミエール伯爵家の怖さを嫌というほど知っていた。決して正面きって喧嘩を売っていい相手ではないと分かっている。
「ビーステッドよ。お前が、ルミエール家の当主を抑えてくれるのなら、直ぐにでも侵攻するのだがな」
「陛下、無茶を言わないでください。あの様な理不尽の塊に挑むなど自殺と変わりませんぞ。しかもルミエール伯爵家の先代夫妻も健在なのです」
「我が国の将軍が弱気な事を」
「宰相殿もご存知でしょう。彼の地が異常な事を」
バーンズ王が、ビーステッド将軍がアレクサンダーを抑える事が出来るなら、迷わずユースクリフ王国へと侵攻を開始するのにと言うが、ビーステッド将軍としては無茶振りでしかない。それを訴えると宰相からは弱気なと言われるも、バーンズ王もヒューボス宰相も分かっている。ルミエール伯爵領が異常なのだと。
長い時間と手間を掛けて、ルミエール伯爵領に草や間諜を潜り込ませていたのだ。ルミエール伯爵家が、兵にどの様な訓練を施しているのか探っていた。
当然、ローデシア王国の兵士に取り入れ、ルミエール伯爵家との力の差を少しでも無くす為に。
結果的には、それが叶う事はなかった。
「回復魔法使いを、我が国へというのは間違いなかったのですが……」
「我が国も、水魔法使いでも構わぬから、回復魔法使いを増やすべきですな」
「いや、無理だろう。鍛錬に耐えきれず皆んな辞めてしまうわ」
ビーステッド将軍が、ユーリの誘拐自体は間違っていなかったと言う。ヒューボス宰相も、回復魔法使いを増やすのは賛成だ。ただ、バーンズ王は、そもそもボロボロになっては回復魔法で復活し、またボロボロになるまで鍛錬するルミエール伯爵家流の訓練など、ローデシア王国では無理だと言う。
「まあ、強者と切磋琢磨する事で、全体のレベルは上がっていきますからな」
「それに、あの魔力の濃い土地で暮らす修羅共と、普通の土地に暮らす人間を同じにはできません」
ビーステッド将軍が言うように、圧倒的な強者であるアレクサンダー。騎士団長のガーランド以下、一騎当千の精鋭達。そんな者達と訓練すれば、自然とレベルは上がるだろう。それをルミエール伯爵家は、代々積み重ねてきたのだ。
ヒューボス宰相の言うルミエール伯爵領の土地柄も、当然原因の一つだとローデシア王国も考えている。ローデシア王国なら街の一つや二つ全滅するような、強力な魔物が多く棲み、それを当たり前の様に狩って生きる修羅の地。それがローデシア王国、いや、ユースクリフ王国や他の周辺国も含めた認識だった。
しかも、今はフローラという優れた聖属性魔法の使い手がいる。嬉々として訓練に励むルミエール伯爵家の兵士を含めた使用人達を、ローデシア王国の間諜達が、ドン引きして報告している。そう、ルミエール家は、使用人までが強い。
「仕方ないのう。暫くは、ルミエール伯爵領とシルフィード辺境伯領に、いつもの嫌がらせをするくらいか」
「もう少し大規模に出来ないか、考えてみます」
「うむ。頼んだぞ」
バーンズ王が言う嫌がらせとは、ローデシア王国とルミエール伯爵領との間に在る森。そこを軍で荒らし、魔物をルミエール伯爵領側へと誘導する事だ。
因みに、ローデシア王国とルミエール伯爵領との間に在る森は、ローデシア王国基準で魔力の濃い地で魔物も強く、その為ローデシア王国も領有を主張できない地だ。
ローデシア王国が、ユースクリフ王国に侵攻する場合、その森の北にある荒野を使うしかない。その荒野の向こうは、当然ルミエール伯爵領だ。では、森の南はと言うとシルフィード辺境伯領に繋がる湿地帯になる。嫌がらせ行為となると、やる事は限られてくるのだ。
そこで森を荒らし、人為的にスタンピードを引き起こす事が目的なのだが、それによりルミエール伯爵領が被害を受ける事は少ない。ルミエール伯爵家にとっては、スタンピードなど突発的な実戦訓練扱いだからだ。
ローデシア王バーンズは、己達が決定的なミスを犯した事を知らない。そして知る機会もないだろう。誘拐という愚挙の結果、ユーリに前世の記憶が蘇り、アガートラムを得て、アレクサンダー以上の特大の理不尽を生み出した事を……
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この度、作者著作の「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
それと「いずれ最強の錬金術師?」の17巻が12月中旬に発売されます。書店で手に取って頂ければ幸いです。
あとコミック版の「いずれ最強の錬金術師?」8巻が、12月16日より順次発売予定です。
また、コミック版の「いずれ最強の錬金術師?」1巻~7巻の増刷されます。
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