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第1章
第2話 魔獣との死闘
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最初に狙われたのは、男の方だった。
突然、体が大きく横に跳ねる。
男は冗談のように大きく宙を舞い、おかしな体勢のまま頭から着地した。
地上に落ちたそれはしばらく小刻みに震えていたが、やがて動かなくなる。
「もろい、実にもろい」
聞く者に嫌悪感を与えるしゃがれた声が森の中に響き渡った。
そして、声の主が闇の中からゆっくりと姿を現す。
その姿は、リアの三倍はあろうかという巨大な獅子だった。
しかし、普通の獅子とは明らかに異なっている点があった。
背中には蝙蝠の翼が生え、尻尾は蠍のものなのだ。
それだけでも十分に異質だが、特に異質なのはその顔である。
巨大な老人の顔。鼻はひしゃげたように上を向き、口は耳の辺りまで大きく裂けている。
頭は禿げ上がっているが顎には立派な髭が生えており、大きく見開いた目は抜け目なさそうに辺りを覗っていた。
闇の魔獣と言われる魔物である。
強靭な肉体を持ち、獣の身でありながら人語を操る。
更に人間でさえ扱える者が少ない魔法さえも行使する。
性格は狡猾にして、残忍。好物は人間の肉だと言う。
リアもこの魔物の話は父親から良く聞かされていた。
「闇の魔獣の餌にするぞ」とは村の子供が一度は聞かされる脅し文句だ。
そんな魔獣を目の当たりにしてリアも例外なく恐怖した。
「さて」
魔獣はリアに顔を向ける。
ときおり覗く長い舌が恐怖を煽る。
「旨そうな娘じゃな、そのまま喰うがいいか、焼いて喰うがいいか」
リアの背中に冷たいものが走った。
しかし、常人であれば気が狂うであろう恐怖を感じても、リアの心は折れなかった。
―――生きていて欲しい。
父親の言葉を思い出して、勇気を振り絞る。
そして、もう物言わぬ死体となった男の体に飛びついた。
血の匂いが鼻を付く。見れば男の首はあらぬ方向に曲がっており、眼球は飛び出し、口からは血の泡を吹いていた。
その凄惨な光景にも怯まずリアは男の腰ベルトの水袋を取り外して、魔獣に向かって投げつけた。
魔獣はリアの咄嗟の行動に反応できないようだった。
投げられた水袋をまともに受けて、その顔を水に濡らす。
リアは大きく後ろに跳躍して距離を取った。
「魔法か? 面白い」
リアは考えを読まれたことに動揺をしながらも、魔獣の顔に意識を集中する。
正確には魔獣の顔に掛かった水にである。
一般的に知られていることだが魔法を使用する際には、それに応じた触媒が必要となる。
高度な魔法を唱えようとすればするほど、希少な触媒を準備しなければならない。
今回、使用する触媒は水。それも水袋半分程度の量である。
触媒としては十分とは言えないが、魔力を注いだ分だけ強力な魔法になる。
リアはこれまでに経験がないほどの大量の魔力を注ぎ込んだ。
その一方で自分の力ではこの魔物を倒すことは到底不可能だということを理解していた。
闇の魔獣は魔法を使うだけでなく、魔法に対する高い抵抗力を持つことを知っていたからである。
少しでも逃げる隙を作ることが目的だった。
ただ、それでもリアは自分の知る最も強力な魔法を使わざるおえなかった。
逃げるための力だけは残すように魔力を調整していく。
そして、両腕を前に突き出して魔法の言葉を叫んだ。
空気の裂ける音がして、それまでリアが意識を集中していたところに霜の爆発が起きた。
霜は魔獣の顔を覆いつくし、胴体部分にまで広がっていく。
リアは自分の魔法が成功したことを見届けると、魔獣に背中を見せて駆け出そうとした。
魔獣の顔は完全に霜に覆われている。しばらくは目を開けることさえ敵わないはずだった。
しかし・・・・・・。
『闇よ。鎖となりて敵を縛れ』
しゃがれた声が響く。
魔法の知識がない者には理解できない言葉だが、リアにははっきりと聞き取れた。
リアは思わず魔獣の方に向き直る。
真っ黒な鎖がリアの体に絡みついた。
リアは残った魔力を振り絞り抵抗を試みるが、その圧倒的な魔力の前には無力だった。
両手両膝を地面に突く。
「若い割りに強力な魔法を使う」
魔獣は愉快そうに髭を揺らす。
顔を覆っていた霜はほとんど消え失せていた。
リアは鎖から逃れようと必死に身をよじる。
魔獣はその様子を邪悪な笑みを浮かべながら眺めていた。
足掻けば足掻くほど後で受ける絶望は大きくなる。
絶望した人間を喰らうのはこの魔獣にとっては、この上ない楽しみだった。
実にいいスパイスになるのだ。絶望は。
もがくリアを見ながら魔獣はこの後の晩餐に思いを巡らせた。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。
リアの体力、魔力はとうに尽き果てていた。もうダメだという考えが頭をよぎる。
死の恐怖よりも、父親との約束を守れなった悔しさと情けなさで涙が出そうになる。
しかし、頭を振って涙を堪えた。
「強き娘よ。とうに限界のはずだが、絶望しておらん」
魔獣は不愉快そうに顔をしかめた。
絶望に呻く姿を見たかったのだが、リアの精神力が予想以上に強くあてが外れたのだ。
「残念だが、もう飽いた。刻んで喰らうとしよう」
リアはゆっくりと近づいてくる魔獣を睨み付ける。
―――と、いつの間にか自分の前に一匹のネズミがいることに気付いた。
大きな耳に、毛で覆われた短い尻尾。リアの手のひらに乗るくらいの小さなネズミだ。
暗いため色などはよく分からないが、模様はないようだった。
後ろ足で器用に立ち、リアと魔獣の間に陣取っている。
体は魔獣の方を向いており、まるでリアを守ろうとしているかのようだった。
その小さいが勇敢ささえ感じさせる姿に、リアは死が迫っているにも関わらず、奇妙な安堵感を覚えていた。
魔獣はネズミの存在には気付いてない。
リアの前に立つとゆっくりと右前足を振り上げる。
「さらばだ」
そう言うと魔獣は無造作に足を振り下ろした。
リアは咄嗟にネズミを庇おうと最後の力を振り絞ったが、やはり体は動かなかった。
死を覚悟して固く目を閉じる。
何かが砕ける音が森に木霊した。
突然、体が大きく横に跳ねる。
男は冗談のように大きく宙を舞い、おかしな体勢のまま頭から着地した。
地上に落ちたそれはしばらく小刻みに震えていたが、やがて動かなくなる。
「もろい、実にもろい」
聞く者に嫌悪感を与えるしゃがれた声が森の中に響き渡った。
そして、声の主が闇の中からゆっくりと姿を現す。
その姿は、リアの三倍はあろうかという巨大な獅子だった。
しかし、普通の獅子とは明らかに異なっている点があった。
背中には蝙蝠の翼が生え、尻尾は蠍のものなのだ。
それだけでも十分に異質だが、特に異質なのはその顔である。
巨大な老人の顔。鼻はひしゃげたように上を向き、口は耳の辺りまで大きく裂けている。
頭は禿げ上がっているが顎には立派な髭が生えており、大きく見開いた目は抜け目なさそうに辺りを覗っていた。
闇の魔獣と言われる魔物である。
強靭な肉体を持ち、獣の身でありながら人語を操る。
更に人間でさえ扱える者が少ない魔法さえも行使する。
性格は狡猾にして、残忍。好物は人間の肉だと言う。
リアもこの魔物の話は父親から良く聞かされていた。
「闇の魔獣の餌にするぞ」とは村の子供が一度は聞かされる脅し文句だ。
そんな魔獣を目の当たりにしてリアも例外なく恐怖した。
「さて」
魔獣はリアに顔を向ける。
ときおり覗く長い舌が恐怖を煽る。
「旨そうな娘じゃな、そのまま喰うがいいか、焼いて喰うがいいか」
リアの背中に冷たいものが走った。
しかし、常人であれば気が狂うであろう恐怖を感じても、リアの心は折れなかった。
―――生きていて欲しい。
父親の言葉を思い出して、勇気を振り絞る。
そして、もう物言わぬ死体となった男の体に飛びついた。
血の匂いが鼻を付く。見れば男の首はあらぬ方向に曲がっており、眼球は飛び出し、口からは血の泡を吹いていた。
その凄惨な光景にも怯まずリアは男の腰ベルトの水袋を取り外して、魔獣に向かって投げつけた。
魔獣はリアの咄嗟の行動に反応できないようだった。
投げられた水袋をまともに受けて、その顔を水に濡らす。
リアは大きく後ろに跳躍して距離を取った。
「魔法か? 面白い」
リアは考えを読まれたことに動揺をしながらも、魔獣の顔に意識を集中する。
正確には魔獣の顔に掛かった水にである。
一般的に知られていることだが魔法を使用する際には、それに応じた触媒が必要となる。
高度な魔法を唱えようとすればするほど、希少な触媒を準備しなければならない。
今回、使用する触媒は水。それも水袋半分程度の量である。
触媒としては十分とは言えないが、魔力を注いだ分だけ強力な魔法になる。
リアはこれまでに経験がないほどの大量の魔力を注ぎ込んだ。
その一方で自分の力ではこの魔物を倒すことは到底不可能だということを理解していた。
闇の魔獣は魔法を使うだけでなく、魔法に対する高い抵抗力を持つことを知っていたからである。
少しでも逃げる隙を作ることが目的だった。
ただ、それでもリアは自分の知る最も強力な魔法を使わざるおえなかった。
逃げるための力だけは残すように魔力を調整していく。
そして、両腕を前に突き出して魔法の言葉を叫んだ。
空気の裂ける音がして、それまでリアが意識を集中していたところに霜の爆発が起きた。
霜は魔獣の顔を覆いつくし、胴体部分にまで広がっていく。
リアは自分の魔法が成功したことを見届けると、魔獣に背中を見せて駆け出そうとした。
魔獣の顔は完全に霜に覆われている。しばらくは目を開けることさえ敵わないはずだった。
しかし・・・・・・。
『闇よ。鎖となりて敵を縛れ』
しゃがれた声が響く。
魔法の知識がない者には理解できない言葉だが、リアにははっきりと聞き取れた。
リアは思わず魔獣の方に向き直る。
真っ黒な鎖がリアの体に絡みついた。
リアは残った魔力を振り絞り抵抗を試みるが、その圧倒的な魔力の前には無力だった。
両手両膝を地面に突く。
「若い割りに強力な魔法を使う」
魔獣は愉快そうに髭を揺らす。
顔を覆っていた霜はほとんど消え失せていた。
リアは鎖から逃れようと必死に身をよじる。
魔獣はその様子を邪悪な笑みを浮かべながら眺めていた。
足掻けば足掻くほど後で受ける絶望は大きくなる。
絶望した人間を喰らうのはこの魔獣にとっては、この上ない楽しみだった。
実にいいスパイスになるのだ。絶望は。
もがくリアを見ながら魔獣はこの後の晩餐に思いを巡らせた。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。
リアの体力、魔力はとうに尽き果てていた。もうダメだという考えが頭をよぎる。
死の恐怖よりも、父親との約束を守れなった悔しさと情けなさで涙が出そうになる。
しかし、頭を振って涙を堪えた。
「強き娘よ。とうに限界のはずだが、絶望しておらん」
魔獣は不愉快そうに顔をしかめた。
絶望に呻く姿を見たかったのだが、リアの精神力が予想以上に強くあてが外れたのだ。
「残念だが、もう飽いた。刻んで喰らうとしよう」
リアはゆっくりと近づいてくる魔獣を睨み付ける。
―――と、いつの間にか自分の前に一匹のネズミがいることに気付いた。
大きな耳に、毛で覆われた短い尻尾。リアの手のひらに乗るくらいの小さなネズミだ。
暗いため色などはよく分からないが、模様はないようだった。
後ろ足で器用に立ち、リアと魔獣の間に陣取っている。
体は魔獣の方を向いており、まるでリアを守ろうとしているかのようだった。
その小さいが勇敢ささえ感じさせる姿に、リアは死が迫っているにも関わらず、奇妙な安堵感を覚えていた。
魔獣はネズミの存在には気付いてない。
リアの前に立つとゆっくりと右前足を振り上げる。
「さらばだ」
そう言うと魔獣は無造作に足を振り下ろした。
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